灼熱のマンションふたたび

    作者:一ノ瀬晶水

    「……さむ」
     西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)は両腕で体を抱えこむようにして身震いした。このところぐっと冷えた風が、彼女の体の魅力的な凹凸を通りすぎる。
     早く駅に行こう。
     足を速めた時、ふと暖かい空気を感じた。同時にたき火の燃える匂いも。
     ついつい、そちらへと足が向いてしまった。ますます暖かさを感じ、あるマンションの敷地へ入る外門にたどり着く。
     大きな、少し高級なマンション。隣に公園もあり……。
     ああ、ここですか……。
     玉緒は一人、うなずいた。
     数ヶ月、発狂しそうな暑さが続く日にここへ竜型イフリートが現れ、彼女たち灼滅者が灼滅したのだった。
     あの時、確かに斃したはずなのに。
     マンションの前の庭に、またもや原始人化した人々がいた。今回は寒いのか、ぼろぼろの衣服の上にやはり穴だらけの毛布をかぶっている。
     一部の者は、火の回りで踊っていた。
     大きなたき火だ。大きいがたき火台などは使っておらず、燃えるものを地べたに置いて火を点けているだけだ。あと先考えず手当たり次第に燃やしているせいか、不完全燃焼の黒煙が立ちこめていた。
     先頭で踊っている原始人は日本刀を振り回している。リズム(?)に合わせているつもりなのだろう。そして、別の一人はぼこぼこに凹んだ掃除機の残骸と思しき物体を生木の枝で叩いて、リズムらしきものを取っている。ときどきたき火から火の粉が飛んで、破れたエプロンが焦げるのにも気にしていない。トランスしているのか、掃除機の胴体を叩きながら頭を振っている。そのはずみで、大きなカーラーが頭から落ちた。
     このマンションは竜型イフリートを惹き寄せるなにかがあるのかしら。
     ほうっておくわけにはいきませんね……。
     玉緒はため息をついた。

    「以前、謎の竜型イフリートが現れたマンションに、また竜型イフリートが現れたらしい」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はいった。
    「あの時、きちんと灼滅したので、おそらく別の個体だと思います」
     玉緒はやや困惑していた。
    「ほかの者は初めてだから説明しておこう」
     ヤマトが言葉を引き取った。
    「場所は大きなマンション。敷地も建物もやや広いが、入居している人数はそう多くはない。また、広い公園が隣接している」
    「もし今回もイフリートがマンション敷地内にいれば……」
     玉緒の言葉にヤマトはうなずいた。
    「敷地内か公園かで戦うことになるだろう。ただ、敷地ではたき火の周りに住民が固まっているので、そこはうまくさばく必要がある」
    「前回は焼肉で釣って、うまくイフリートの取り巻きとなった一般人を引き離しましたけど……」
    「取り巻きがイフリートと協力すると、こちらの攻撃の邪魔をしたり、灼滅者へ攻撃しようとするだろう。一般人はイフリートを斃せば元にもどるが、戦闘が長引くことは否めない」
     さて、とヤマトは資料を手にとった。
    「原始人化した一般人の一人は日本刀を持っていて、そのサイキックを使うことができる。しかし、灼滅者の同じサイキックよりは威力はかなり弱い。気をつけなければならないのは、直接的な攻撃よりはイフリートへの援護だろう。……知性も原始人並みとなっているので、なんとかうまく注意をそらせればいいが」
     ヤマトはさらに資料に視線を走らせる。
    「イフリートの攻撃は、当然炎をメインとする。夏に玉緒たちが戦った個体と同様、『レーヴァテイン』に似た攻撃と口から猛火を吐く『バニシングフレア』を使う。そして前回よりパワーアップしているようだ」
     眉を寄せて、さらに資料をめくる。
    「自らがピンチになれば、蝙蝠の羽根のような炎の翼を形作り回復をしてしまう。ファイアブラッドの『フェニックスドライブ』と同様の術だ。そして、尻尾を強く地面に叩きつけて衝撃波を起こす。遠距離複数攻撃、『大震撃』だ」
    「回復を持っているぶん、前回より手強そうですね。うまくやらないと戦闘が長引くかも……」
     玉緒の言葉に、ヤマトはうなずいた。
    「皆もわかっているように、ほおっておくと原始人化する一般人がどんどん増えてしまう。厳しい仕事になるが、君たちならきっとやり遂げられると信じている。そして、可能ならば灼滅後に知性を取り戻した一般人たちを助けてあげてほしい」
    「どうかお願いします」
     ヤマトと玉緒は同時に頭を下げた。


    参加者
    葛木・一(適応概念・d01791)
    西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    香坂・天音(遍く墓碑に・d07831)
    犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)
    雲・丹(とげとげうーちんにごちゅうい・d27195)
    美馬坂・楓(幻日・d28084)
    山野・ぬい(おひさまろんど・d29275)

    ■リプレイ

    「竜種イフリートって初めて戦うんだけど変な特性もってるのな」
     葛木・一(適応概念・d01791)が不思議そうに言った時、香坂・天音(遍く墓碑に・d07831)のポケットからモバイルのバイブレーションが密かに響いた。
     はい、と声を抑えて彼女は通話に出る。
    「……うん、一通り回ってみたけどイフリートは公園にはいないわ。――そっちにいると思うから、一般人が公園に来るように罠張ってて」
     一緒にいる仲間たちがうなずくのを確認して、天音は通話を切った。
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)、西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)、山野・ぬい(おひさまろんど・d29275)とともにマンションへと急ぐ。敷地内でイフリートを探していると、早くも公園の方向から肉の焼けるいい香りがただよってきた。
    「あ……いました……」
     玉緒が指さす先に、炎のオレンジ色がちらちら揺れているのが見える。
     天音は再度モバイルを手にとった。小町に、マンションの敷地でイフリートを見つけた、伝えている後ろで、
    「――ほら、いい焼き加減ですよ? 早く食べないとなくなっちゃいますよ? ――」
     と、美馬坂・楓(幻日・d28084)が原始人を煽っているのが聞こえる。
    「いい匂いすぎてお腹がぐーぐー言うぞ……腹へった……」
     ぬいは少し情けない表情だ。
    「一般人班もすぐに来るそうよ。少しでも敵の力を削っておきましょう」
     天音が通話を切ってそう言った。


    「発見したからには……斃す事が……わたしの使命……」
     玉緒は拳を握りしめた。
    「参りましょう」
     口調は静かに、フランキスカの影が伸びた。不意をつかれて、イフリートはそれに囚われる。
     そこへ天音のライドキャリバー『ハンマークラヴィア』が猛スピードで突っ込んだ。
     轟音が響く。イフリートを発見してすぐに張った、玉緒の結界のおかげで、戦いは一般人には悟られない。
    「覚悟はいい? ……あたしはできてる」
     天音自身は背中に炎の翼を広げ、彼女の周囲にいる仲間たちを包み込んで、力を与えた。
    「ドカーンと行くぜ!」
     すさまじい速度に足元を輝かせ、一は蹴りを叩き込む。イフリートはのけぞり、炎の鱗を散らした。彼の霊犬『鉄』は仲間たちを護るように身構えていた。
    「務めを……果たさねば、なりません……」
     玉緒は握りしめた拳を体ごと、炎竜に叩き込んだ。火花とともに闘志の電流がほとばしる。
     竜は雄叫びをあげ、燃えさかる前肢で突撃してきたライドキャリバーを薙いだ。
     イフリートの炎は燃え移り、クラヴィアは力なく主人の近くに戻っていく。
    「よおし! 負けんぞー!」
     ぬいはイフリートに駆け寄った。大地の畏れの力を引き出しながら、敵を斬りつける。
     彼女を守るように前にいたビハインド『ばば』は、すいと炎竜に近づく。ヴェールのように顔を隠す布をめくり上げた。
     イフリートは悲鳴に近い声をあげ、怯えたように後ずさった。
     フランキスカが鬼鉄刀をまっすぐに斬り下ろす。天音がクラヴィアとともにイフリートの炎を散らし、一はギターをかき鳴らし鉄は癒しの瞳をクラヴィアに向ける。
     玉緒はさらに拳を固く握った。超硬度の体を武器にして、イフリートの体を打ち抜く。
     その時、楓たちが駆けつけた。
    「遅くなってごめんなさい! 一般人はたぶん大丈夫、こたつと焼肉に釘づけなってます」
    「夏でも迷惑やけどぉ、冬でも迷惑なイフリートさんやねぇ」
     と一緒に巨大なウニも転がってきた。
     楓は狼の爪を光らせ、イフリートを裂いた。
    「間に合ってよかった!」
     犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)は息を整える暇もなく、クラヴィアに指を向けた。指先からやわらかな光が伸び、ライドキャリバーの傷をふさいだ。
    「ウチのとげは鋭いんよぉ」
     巨大なウニは人造灼滅者だ。雲・丹(とげとげうーちんにごちゅうい・d27195)は言葉通りの鋭いとげで、ダークネスを貫いていた。
     灼滅者は全員そろった。
     天音と一はダークネスの炎の前に立ちはだかり、フランキスカと玉緒は武器を握りしめて敵へ突っ込む。楓は油断なく敵に睨み、後方でぬいと丹はイフリートに狙いをつける。 小町は油断なく仲間に眼を配っていた。
     そんな彼らに、炎竜は四肢で薙ぎ業火を吐き出す。その強大な力で彼らを凌駕していた。
     竜は凶暴は尾を振り上げる。
    「――小町!」
     弾丸のように走り、天音がイフリートと小町の間に割り込んだ。
     ダークネスの一撃が、天音を襲った。
     地面が大きく震える。たまらず地面に叩きつけられた天音は、足を踏みしめ立ち上がった。イフリートの炎が彼女の唇の端に垂れた血を照り返す。
    「香坂さん! なんてこと、ボクのせいだよ……!」
     小町の悲鳴に近い声、仲間たちも狼狽の色を浮かべた。
     天音は小町を振り返り、仲間を見渡した。
    「小町のせいじゃない。これがわたしの役目。誰も倒れさせないわ。――それが、盾たる矜持よ」
     小町のそばにいたぬい、丹もそれぞれ『ばば』と『クラヴィア』が守っていた。
    『ばば』は傷を負いながらも、舞いによる霊障をイフリートへ送り込む。小町は天音を癒し、丹は血の色の槍をイフリートに捻じ込んだ。


     ダークネスは猛火を操り、圧倒的な巨体で灼滅者たちを追いこもうとしていた。
     小町をはじめ、一や『鉄』そして天音も仲間たちを癒しそのおかげで倒れるものはいない。
     しかし、回復に手を取られすぎていた。そのためにイフリートに致命的な痛手を負わすことができない。
     竜が炎の尾を振り上げた。灼滅者たちは衝撃に耐えるために身構えた。しかし、イフリートは途中で動きを止めてしまった。
    「見て! イフリートの動きが鈍ってる!」
     天音が冷静さの中に歓喜を滲ませ、炎竜を指差した。からみつく影、まといつく星のごとき輝きがダークネスの動きを阻止する。また、見てはならない『ばば』の顔が知性のない竜をすら、怖れさせてしまったようだった。
     天音の言葉に、仲間は力を得る。
     彼らの攻撃は熾烈さを増し、炎竜を逃さない。
    「その爪牙、もらい受ける。受けてみよ!」
     フランキスカが鬼首椿を振りかぶった。大太刀が竜の厚い皮膚を削ぐ。星の煌めきと炎の光をまとった天音の足が、イフリートを蹴り飛ばす。勢いで竜の足が折れて、高い咆哮が結界の中に響いた。
     小町に癒しの力を与えられた天音は、イフリートに武器を叩きこむ。
    「ビンビンに響かせるぜ! ジャーン!」
     裂帛の気合いとともに、一がバイオレンスギターをかき鳴らす。大音響にイフリートの悲鳴が混じった。
     もがく炎竜へ、玉緒の足技が炸裂する。豊かなふくらみが揺れるのにもかまわず、彼女は続けて攻撃の構えをとった。
     楓の狼の爪をむき出しにした。銀色の爪はイフリートの炎を照り返し、凶暴に光る。
    「炎の竜ですか……RPGにでも出てきそうです。でも今はここにいていい存在ではありません」
     言いながら炎竜の鱗を切り裂いた。
     イフリートは怒りの眼を楓に向けた。炎を吐かんばかりに、大きな口を開ける。しかし、そこからはなにも起きず竜は奇妙な声を出してうなだれてしまった。
    「ぬいつよい子!」
     ぬいも狼の力を持って斬りかかる。『ばば』は舞うように彼女を援護していた。
     小町はガントレット型の祭壇からダークネスを拘束する結界を展開する。
    「ウチは炎も痛いんよぉ」
     丹は全身を覆うとげに炎をまとわせ、回転しながらイフリートの体から肉をえぐり取っていた。
     イフリートは吠えた。
    「祓魔の騎士、ハルベルトの名において、汝を討つ。邪竜伏すべし!」
     フランキスカが片手で鬼鉄刀で、片手でブリッツェン=クロイツを構えた。ファイアブラッドの力をもって両刀を火の十字架にし、竜を斬り裂く。
     イフリートは断末魔の痙攣を踊った。
    「――犬塚!」
    「わかってるって!」
     一の跳躍と小町の影が同時にダークネスに襲い掛かった。
     ――!
     イフリートの悲鳴は止まった。痙攣は地面に伏した後も数刻続き、火が消えるようにその体は空気に溶ける。


    「終わったな」
     一が彼らしくもなく、静かな口調でつぶやく。
    「竜型のイフリートってなんのために原始人量産してるんだ? クロキバとかと違ってあんまイシソツーできそうにないけどなんかか目的でもあんのかね」
    「そうだわ、一般人……! 正気にもどったらマンションの方に来るわね」
     天音が門のほうを振り返った。怯えた様子で、イフリートの影響から抜け出た一般人が早くもこちらへ向かっていた。
    「このたき火の跡……住民のみなさんには小火騒ぎがあった、って言えば納得してもらえるでしょうか」
     フランキスカがあたりを見回してため息を吐いた。
     玉緒はさっそく持って来た衣類を一般人たちに手渡す。
    「玉緒のほうが寒そうに見える……うぅ、風がぴゅーぴゅー吹いて寒いぞ!」
     一は両腕で自分の体を抱えて震えていた。
    「この衣装は……わたしが、わたしでいるための……誇り、なのです……」
     玉緒は、ほんのりと微笑む。
    「少し、このマンションを……探索してみます……なんども、イフリートが現れるのが……気になります……」
    「腹へった! ぬいも肉食いたい!」
     ぬいが公園の方へ駆け出した。
    「あまった肉は持って帰って食べよう。ここだと目につく。それに寒い」
     天音も冬物の衣服をマンションの住民たちに手渡しながら言った。
     公園ではすでに楓が片づけかけていた。
    「こたつを用意してきてよかったです。一般人はこたつから動けなかったみたいですね……」
     仲間たちが後始末に動き回る中、丹は影に隠れるように転がっていた。そんな丹を一は熱っぽい視線で見つめている。
    「腹へった……雲ってどんな味だろ……」
     肉の残りをしまい終わったぬいがそれに気づく。
    「丹! 原始人たちに食べられなくてよかったな! 丹はうまそうだから心配した!」
     と、ぬいは丹を抱え上げた。
    「怪しいところは、ないみたいだよ。続けてイフリートが現れたのは気になるけど、しばらくは大丈夫だよね!」
     と、玉緒と一緒にマンションの周りを探索していた小町が帰って来た。
    「じゃ、学園に帰ったら焼肉パーティーやるぞ! ガーン食うぜ、ガーンと!」
     一が先に立って歩き出す。ぬいも一緒に走った。もさもさの黒い癖のつよい髪が彼女の動きに合わせて跳ねる。仲間たちはそれを追う。
     真冬の緩い光の下、灼滅者たちは風のように街を駆け抜けた。

    作者:一ノ瀬晶水 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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