ボクのお母さん

    作者:邦見健吾

    「あ……あ……」
     少年の前に広がる哀しい光景。それは、母の葬儀が営まれているところだった。
     棺桶の中で静かに眠る、写真でしか知らない母。母に寄り添い、堪えきれず涙を流す父。
    「君が殺したんだよ」
     しゃがれた老人のような声が、少年の頭に響く。
    「君のせいで、お母さんが死んだんだよ」
    「そんな……」
    「君が、悪いんだよ」
    「あ……」
     そして少年は何者かの声に屈し、生きる意思を手放した。

    「シャドウがある少年を苦しめているのを感知しました。皆さんにはシャドウの排除をお願いします」
     教室に集まった灼滅者たちの前で、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が説明を始めた。
     少年の名前はコウタ。中学生の少年だ。
    「彼の母親は出産の際に亡くなっています。物心つく前に病気で亡くなったと聞かされていたコウタさんは最近それを知り、思い悩んでいます。自分のせいで母親が死んだのではないかと。自分がいなければ、母は死なずに済んだのではないかと」
     シャドウはそこにつけこみ、コウタに悪夢を見せつけ続けている。このままではコウタがシャドウに屈するのも遠くないだろう。
    「コウタさんは自宅で眠り続けています。日中は彼1人だけなので侵入に苦労はしないでしょう」
     ソウルボードに入ると、そこは母親の葬儀の場で、コウタは呆然と立ち尽くしている。何らかの方法でシャドウを邪魔すれば、シャドウが現れるだろう。
     シャドウはシャウト及びシャドウハンターのサイキックを使うほか、複数の相手を棺桶に閉じ込めて攻撃してくる。これにはトラウマを植え付ける効果があり、注意が必要だ。
    「なお、シャドウをソウルボードで倒しても灼滅することはできません。また、現実世界に現れるシャドウは強力ですので、無闇に挑発しないよう気を付けてください」
     そこで蕗子は湯呑の緑茶を含み、一息ついた。
    「コウタさんは父親や祖父母に大切に育てられました。それと、彼の母親は意識を失う直前、生まれたばかりのコウタさんを見て一度微笑んで亡くなったそうです。……それでは、よろしくお願いします」
     説明を終えると、蕗子は緑茶を飲み干し、静かに席を立った。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    慈山・史鷹(妨害者・d06572)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    木嶋・央(禍刻黒疾・d11342)
    五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)

    ■リプレイ

    ●母の前で
    「かなり不安だけど、でも、やるよ。私にもできるんだって、そう思えるようにね」
     うなされながら眠るコウタの前で、富士川・見桜(響き渡る声・d31550)呟いた。見桜はこうしてエクスブレインから依頼を受けるのは初めてで、緊張もある。けれど自分を助けてくれた人たちのように、誰かを救うために全力を尽くすと静かに決意する。
    「……母親のことを、特別に、何かを想う。という経験は、私にはありません」
     なぜコウタが母の死を罪と思うのか、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)には理解できなかった。ただ生まれ出でた命に何か罪があるのか、いや、鞠音なら無いと答えるだろう。
    「そろそろ行こうか」
     灼滅者たちは長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)たちのソウルアクセスによって、コウタのソウルボードに侵入を開始する。
    「あ……あ……」
     そしてソウルボードに着地した灼滅者たちが見たのは、悲しみの中進められる葬儀の光景と、それを見てただ立ち尽くすコウタの姿だった。
    「僕の、せいで……」
    「随分と勝手な物言いだな」
    「……え?」
     木嶋・央(禍刻黒疾・d11342)の突然の言葉に、コウタが少し遅れて振り返る。目は泣き腫らして赤くなり、その顔には無数の涙の跡があった。
    「お前を産んだせいで母親が死んだ? 確かに結果だけ見ればそうかもしれない」
    「……」
     目を見開き、唖然とするコウタ。しかし央はそんな彼を無視して話を続ける。
    「だがな、母親は死んでもお前を産みたかったんじゃないのか? だからお前はここまで大切に育てられたんじゃないのか? お前はまず真実を知るべきだ」
    「しん、じつ……」
    「何うじうじしてんだ。そんなんじゃ、お前の母親も浮ばれねぇぞ」
     央に続いて、慈山・史鷹(妨害者・d06572)も言葉を重ねる。
    「産むのも命懸けだと知っていただろうさ。でもな、お前に生まれて欲しいって思ったからこそ、お前は今ここに居るんだろうが。母親の命を奪ったんじゃねえ、命を託されたんだよ」
    「託され……た?」
     親というものは大抵自分のことより子どものことを考えるものだと、史鷹は思う。だから母親なら、コウタには前を向いて生きてほしいと思っているはずだ。
    「部外者の俺が解ったような口は利けないが……親だったら誰しも、自分の子どもの幸せを願うんじゃないだろうか」
    「自分で自分を騙してはいけないよ」
     五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294)の言葉をかき消すように、老人のようなしゃがれた声がコウタの周りに降る。それは優しく諭すようでありながら、ひどく冷たく響いた。
    「彼らは君の心が生み出した幻だ。自分を騙してはいけない」
    「惑わされてはいけない。この声は君のお母さんを利用して、君を苦しめようとしているだけなんだ」
     しかし乙彦は影の声に負けぬよう、力強く言葉を投げかける。
    「ようやくお出ましか。このお代は高くつくぜ」
    「え?」
    「邪魔するヤツはぶっ飛ばしてやる。だから、こんな紛い物で泣いてる暇はねぇぞ」
     困惑するコウタを背に庇い、史鷹は不敵な笑みとともに錆びついた剣を握った。

    ●影の囁き
    「罪に耐えきれないからといって、自らを許してはいけないよ」
     突如灼滅者たちの前に黒い塊が現れ、それは手足を生やして獣のような姿をとった。その体に無数に浮かぶのは、黒く禍々しいスペード。
    「君が、お母さんを殺したのだから」
     さらにどこからともなく無数の棺桶が出現し、灼滅者たちを呑み込もうと迫る。
    「違いますよ。お母さんは命がけでコウタさんを産んだんです。だからコウタさんは、お母さんの魂を受け継いでるんです」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が首を横に振ってシャドウの言葉を否定するが、棺桶に捕まり、蓋が閉まる。
    「……華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     しかし緋色に染まる鬼の拳が蓋を突き破り、中から深い赤色のオーラを纏った紅緋が姿を現した。透き通る瞳が、シャドウを睨む。
    「あ……」
    「安心してください、私達は味方です。貴方と、貴方のお母様の」
     目の前で繰り広げられる超常の戦いに、言葉を失うコウタ。そんなコウタの手を、セラフィーナ・ドールハウス(人形師・d25752)が優しく握った。
    「お母様も、できることなら貴方と一緒に生きたかったのでしょう。死んでしまった事は悲しんでいるかもしれません。……でも、貴方を生んだ事への後悔はなかったと思いますよ?」
     セラフィーナが剣をかざし、祝福の風を吹かせて仲間を包む。そして言葉を重ねる代わりに、優しく微笑んだ。ビハインドの聖堂騎士は大盾を構えてシャドウに突進し、力強い一撃を見舞った。
    「手前の思う通りになると思うなよ。存分に邪魔してやるぜ!」
     仲間の異状を回復させようと、さらに史鷹が護符を飛ばす。この護符は後輩に頼んで用意してもらった品。それだけに心強いというものだ。
    「きみはお父さんやおじいさんやおばあさんに愛されてるじゃない。お母さんだって、きみのことを大切に思ってたんだって思う。その人達を悲しませたらダメだよ」
     シャドウと戦いながらも、灼滅者たちはコウタに想いを伝え続ける。胸に抱くものを伝えるのに、シャドウに邪魔される筋合いなどないから。見桜は魔弾でシャドウを狙いつつ、心をコウタに向けながら言葉を続ける。
    「きっと寂しかったんだと思う。でも負けないで。きみの周りの人も、きみのお母さんも、きみに笑って生きてほしいって絶対に思ってるから。だから……がんばれ!!」
     戦闘経験の乏しい見桜は、状況判断も的確とは言えず、攻撃を当てるのもそう簡単ではない。しかし気持ちで負けることはできないと、声に力を込めて叫んだ。
    「人の思いは、死して尚誰かを縛ったりするのでしょうか。今のように、それは、呪いでもあるのでしょうか」
     鞠音がそっと呟き、白く輝く剣で影を切り裂いた。

    ●心喰らう影
    「君がいなければ――」
     しゃがれた声を遮り、麗羽が光の盾でシャドウを打ちつける。故人の声なき声を騙り、大切な人を追い詰めるシャドウのやり方を、麗羽は素直に不快だと思った。
    「簡単に答えは出ないだろうけど、じっくりと自問自答してもいいんじゃないかな。それか、困ったら知ってる誰かに聞くとか。一歩踏み出す勇気は必要だけど、ね」
     戦いの最中、麗羽はコウタの隣に立ち、そっと言葉をかけてまたシャドウへと走る。母はこの世を去った。けれど、その想いはコウタ自身という形で今確かに存在しているはずだ。
    「甘い言葉に耳を貸してはいけないよ」
    「僕は……僕は……」
     シャドウの言葉が響く度、灼滅者の言葉が届く度、コウタは頭を抱えて呻いた。きっとコウタの中でも色々な感情が渦巻き、せめぎ合っているに違いない。
    「お前は黙っていろ」
     蒼い光を帯びたエアシューズで戦場を駆け、央が一気にシャドウへと迫る。そして左に装備した縛霊手を叩き込み、シャドウを覆う邪気を砕いた。間髪入れず、霊犬のましゅまろも魔を断つ刃を振るって追撃する。
    「受け取ってください」
     セラフィーナがまた剣を振り、祝福の言葉を風に変えて仲間を癒す。今回は回復役として戦線を支えるセラフィーナだが、遠い距離から単体を回復させるサイキックがあればなお良かっただろう。
     回復の手がやや少ないこともあり、灼滅者たちはシャドウの攻撃に苦しめられながらも、一歩も退くことなく戦い続ける。
    「君が自分のせいで苦しんでいると知ったら、母さんは悲しむと思うぞ」
     実は母の手料理が一番好きだという乙彦は、母の顔を思い浮かべながらコウタへとまた語りかける。
    「自分がいなければと嘆くより、精一杯誇れる生き方をして欲しい。君が笑っていたら、きっと母さんも幸せだと思う」
     自分の母もそうだと思うから、コウタにもそう言える。手挟む呪符を投げると、風に乗ってシャドウへ飛んだ。
    「お母さんは最期に笑って旅立ったと聞きました。コウタさんももっと胸を張って、前を見てください」
     紅緋は時折サイキックの選択を迷いながらも、影を伸ばし、風を放ってコウタへ言葉を投げ続ける。
    「……不思議、ですね。親が子に抱く感情も、その逆も」
    「え?」
    「命は、紡ぎ、育むことが目的です。貴方の母親は、十月十日だけでも、貴方を育み、産み落とした。そのことを、誇りに思っています」
     これまでコウタに言葉をかけることをしなかった鞠音が、じっとコウタの目を見て語りかける。
    「何故なら――死んだ自分のことを、優しい貴方が、想ってくれているから」
     普段より少しだけ優しい口調で、鞠音が言葉を伝える。言ってから自分でもどうしてそんな言葉が出たのか不思議に思ったが、また不思議なことにそれは疑いないことだと確信を持っている。
    「雪風が、敵だと言っている」
     そして長大なライフルを構え、光の奔流がシャドウを呑み込んだ。

    ●別れの先に
    「これが私の全てだ!」
     見桜は腕を殲術道具ごと巨大な剣に変え、すれ違いざま青白く光る刃を振るう。歯を食いしばりながら、全力と全霊を込めて剣を振り切った。さらに史鷹が銀に光る爪を突き立てると、央もエアシューズに熱を収束させ、蒼い軌跡が敵を一閃する。
    「そろそろ消えてもらおうか」
     乙彦が螺旋を描く槍でシャドウを貫く。そして麗羽のスターゲイザーを受け、シャドウ音もなく姿を消した。

    「お前の命は母親との、お前を愛してくれている家族との絆なんだよ。その命使って生き抜いて、最後に笑って終われりゃいい。それが最大の親孝行ってやつじゃねぇのか?」
    「あの、その……がんばります」
    「へっ、その意気だ」
     自分を取り戻したコウタの答えに、史鷹が笑って返した。邪魔者は追い払った。今度はコウタが頑張る番だ。
    「そうだな。自分の意志で歩み出さないと」
     乙彦も頷いてコウタの言葉を受け止める。家族と一緒に過ごせるのはやはり幸せなことだと乙彦も実感させられ、家に帰ったら母に日頃の感謝を伝えるつもりだ。
    「終わりです。貴方も、私も、産み落とす事を知りました」
    「がんばれ、きっと上手くいくって、そう思えばいいからね」
    「ありがとう、ございます」
     コウタはシャドウのせいで疲労していたが、それでも振り切れた様子で鞠音と見桜に礼を述べた。
    「お父様に、貴方が生まれる前のお母様の様子を聞いてみてください。きっと答えてくれると思いますよ」
    「怖くてできなかったけど……」
     セラフィーナの言葉に、コウタは母のことを知る勇気をもらう。もう灼滅者たいがいなくても大丈夫だろう。
    「私もかつてはお見送りをしました。けれど年嵩の人からでしたから、悲しいというより、これまでありがとう、おつかれさまでしたって感覚の方が強くって」
     紅緋がふっと微笑む。笑えるのは、きっとその思い出が悲しいばかりでなかったから。
    「コウタさん、悪夢はこれで終わります。全ては夢の出来事。でも、私達がかけた言葉は本物ですから、覚えていてくださいね」
    「……うん。本当に、ありがとう」
     そしてさよならと言葉を交わし、灼滅者たちは少年の元から帰還した。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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