作者:聖山葵

    「くっ……」
     ミシシッピアカミミガメという外来生物が居る。
    「っ」
     まぁ亀な訳だが、この亀の前で一人の少女が険しい顔をしていた。
    「うわぁぁぁっ」
     暫く躊躇したものの最終的には地を蹴って亀を踏む。
    「あああっ!」
     何度も。まるで、亀の上で飛び跳ねているかのような執拗さは常軌を逸していた。
    「はぁ、はぁ、はぁ……」
     汚染にも強いことからあまり綺麗でない川に繁殖していたのだろう亀の一匹は、緑の帽子をかぶった少女に何度も踏まれ、その命を終えたのだった。
     

    「在来種を追いやってるとかそう言うこともあるらしいけど、持ち込んだのは結局人間なんだよね」
     どこか憂鬱そうに、エクスブレインの少年は一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしていることを告げた。
    「闇堕ちしかけてるのは、中学生ぐらいの女の子で幡間・魅亜。ただ、この子はまだ人間の意識を残してるんだよ」
     通常ならば、闇堕ちした時点ですぐさまダークネスの意識が現れて人間の意識はかき消えてしまうのだが、少女はダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていないらしい。
    「今のところ殺人衝動を河原の亀にぶつけることでやり過ごしてるけど、放っておいたら六六六人衆になってしまうのは間違いないね」
     そうなる前に、灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救出を。
    「完全なダークネスになってしまうことだけは避けないといけない。ダメなら手遅れになる前に灼滅して欲しい」
     それが今回の依頼だよ、と少年は続けた。
     
    「話を続けるね。魅亜さんはさっきも話した通り、殺人衝動をやり過ごす為毎日一度は近くの川に足を運ぶんだ」
     わざわざ立ち寄るのは何匹もの亀が居る為だろう。
    「ええと、みんなが向かう日だとこの地図の川にかかってる橋から下流に200mくらい行った東側の岸に魅亜さんはやって来るね。時間は夕方」
     堤防沿いをオレンジに染め上げるその時間帯を少年は接触のタイミングとしてあげた。
    「闇堕ちした一般人と接触し、人間の心に呼びかけることで弱体化させられることは知ってるかな?」
     殺人衝動をやり過ごそうとしていると言うことは少女もまた抗っているのだ。
    「わざわざ外来種を選んでる辺り自然に及ぼす影響でも考えたのかもね」
     説得するなら少女の思いを汲んでやれるとよいだろう。
    「もっとも、闇落ちから救うには戦ってKOするのが不可欠ではあるんだけど」
     やり過ごそうとはしているものの、殺人衝動を抱えていることは事実。接触をきっかけに少女の方から襲ってくることは充分考えられるとエクスブレインの少年は言う。
    「そう言う訳だから戦いは避けられないと思ってくれて良いよ」
     少女は戦いになると殺人鬼のものと同等のサイキックを行使する。
    「他にも亀を踏んでたからか、踏みつけっぽい攻撃手段ももってるみたい」
     この踏みつけにはフィニッシュの効果があり、敵対者が弱ったと見ればすかさずこれでトドメを刺しに来るだろう。
    「戦場になるのは堤防の下に広がる河原になると思う。傾斜してる堤防の土手を考えなければ、少なく見て三人、多く見積もっても五人横に並ぶのが精一杯の細長い戦場だね」
     相手は一人、遮蔽物はなし。戦場に関しては特筆すべきことは殆どないだろう。せいぜい亀が歩いているかも知れないことぐらい。

    「じゃあ、よろしく頼むよ。救える命なら僕は救いたいと思うから――」
     灼滅者達に頭を下げた少年は、窓の外にちらりと視線をやる。
    「そうか、もう秋なんだね……」
     耳を澄ませばツクツクボウシの夏を惜しむ声はいつの間にか秋の虫が奏でる音へと変わっていた。
     


    参加者
    天上・花之介(残影・d00664)
    仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999)
    久住・かなえ(レザーエッジ・d01072)
    鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)
    エルファシア・ラヴィンス(女は黙って肉を喰え・d03746)
    不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)
    東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)
    白石・茜(女子高生魔法使い・d07850)

    ■リプレイ

    ●出会い
    「いきなりですね」
     堤防の上を亀が這っていた。
    「のんびりしていると危ないですよ?」
    「ん?」
     東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)が仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999)の言葉へ反応したのは、昂修がのんびり屋という一面をもっていったからだろう。
    「こんな上の方にもいるのか。じゃあ、降りるのにも気をつけねえとな」
     思ったより早かった亀との遭遇に天上・花之介(残影・d00664)が足下を気にして降り始める土手は既にオレンジ色へ染まり始めていて。
    「アイツに伝える言葉を、嘘にしたくはねえ」
     呟く背中を馬鹿にする者は居らず。
    「同じ命ですし、ね」
     瞭は頷くと、やはり足下に目をやりながら階段を下り始める。
    「殺生はいけないことよ、というつもりは無いけれど……」
     これから出会うであろう少女を説得したい、抗う力になりたいというのは、久住・かなえ(レザーエッジ・d01072)も前を行く二人と変わらない。
    「わぁっ?! 階段は、揺れるっ」
     一段一段階段を下りるたびに大きな胸をたゆんと揺らすエルファシア・ラヴィンス(女は黙って肉を喰え・d03746)はある意味スルーでも良いかもしれない。
    「いける、階段の上り下りで、カロリー消費っ!」
     無駄にテンションは高く、確かに階段の上り下りは運動量も大きそうなのだが。
    「どいてくれぬか? 後ろがつっかえて居るのじゃ」
    「あ」
     階段を利用しているのは、後続の不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)を始めとした面々も同じで、振り返れば渋滞が生じていて。
    「ごめんなさい」
     何というか、見事なまでの黙っていれば美人っぷりだった。
    「ふふ、綺麗な夕焼けね」
     降りきってしまえば、灼滅者達はただ待つだけで。土手だけでなく川面をも染めた夕日を眺め、白石・茜(女子高生魔法使い・d07850)は微笑する。
    「……かもな」
     少し沈黙して言葉を探した昂修は、ただ一言、素っ気なく相づちを返して階段へ腰を下ろした。
    「赤とんぼか……すっかり秋だな」
     流れるのは短くも穏やかな時間。
    「ま、何にしてもだ」
     ふいに花之介が土手の上へ向き直ったことを訝しむ灼滅者は居ない。
    「お出ましだな」
     鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)は花之介に倣って川に背を向けると足を前に一歩踏みだし、エルファシアもスレイヤーカードの封印を解く。
    「とりあえず解除(仮)!」
     戦いが始まるのは分かり切っていた。
    「五里を彷徨え」
     昂修も封印を解き。
    「早めに決着付けないとな。これ以上亀踏まれたら、何時の間にか無限増殖してそうだ」
     灼滅者達の存在に気付き堤防の上で立ち止まっていた少女も、夜魅の行動をきっかけに階段を降り始めていて。
    「キミ達は?」
     やがて階段を下り終え、問うた少女へと。
    「大丈夫ですか? ……頑張りましたね。今から貴方を、その衝動から助けます」
     瞭は微笑みかけ、影から作り出した長剣を手にする。
    「……亀だろうと人だろうと、命を奪うことに戸惑えるならお前はまだ大丈夫だ」
     花之介も口元をつり上げると死角に回り込むべく地を蹴った。
    「そう……」
     対峙する少女は安堵するような表情を浮かべて身体を傾がせ。
    「HAHA、じゃあ楽しませておくれよぉ?」
     目深に帽子をかぶり直すと飛び抜けに陽気な調子の声で言葉を続ける。戦いは茜色に彩られて幕を開けた、緑と漆黒の交差を皮切りに。

    ●少女
    「そっちのお兄さんはどうしたんだい? 何もおしゃべりしないのかなぁ?」
    「っ」
     少女との邂逅から何も言わず、ただ昂修が無言でいた理由は口下手だったことに加え、少女の戦闘力がまだ高かったことに由来する。
    「自然保護まで考えて殺人衝動に抗えているならまだ引き返せるし生きていけるわ!」
    「用がないならそこどいてよ、向こうのお姉さんが耳障りでさぁ」
    「うぐっ」
     戦いは始まって間もなく、灼滅者達が少女と交わした言葉も多くはない。人の心がもたらす弱体化もまだ体感出来るか微妙なレベルだが、エルファシアの呼びかけに反応しているところを見るに効果はあるのだろう。
    「紅蓮!」
     攻撃の隙をついて花之介が自身の炎を宿した一撃を繰り出せば。
    「殺生が良くないというつもりはないわ。殺人衝動もまた自分の一部なのだから」
     切り離せるものではないと語りかけつつ、かなえはガンナイフを少女へ向ける。
    「抗うことは大事。でも衝動を否定し消そうとするからかえって強くなるのよ」
    「消そうと?」
    「自分の一部であることを認識、肯定して。目をそらさず抑え込んで!」
     龍砕斧に宿る「龍因子」を解放しつつ、夜魅は説得の様子を見守った。
    「うあっ」
     撃ち出された弾丸はまるで意思があるかのようにレーヴァテインを身に受け燃え始めた少女を追う。
    「待ってましたよ」
     展開されたどす黒い殺気はホーミングバレットから少女の逃げ場を奪う為のものではなく、次の攻撃。
    「この程度どうってことないよぉ?」
    「侮れぬようじゃな」
     殺気を突き抜けて姿を見せた少女を魔力を宿した霧の中で読魅はそう評し。
    「まだ、よ」
    「わわっ?!」
     突破したものとは別の、茜の放出した殺気が再び少女を包む。
    「みんなの中にいるために殺人衝動にあらがう、その気持ちを大事にして」
     説得と攻撃を織り交ぜて、戦いは続く。
    「……オレはこっちだ」
     茜の殺気を隠れ蓑に近づいた花之介が死角から防具ごと切り払う勢いで日本刀日本刀を振るい。
    「おっとぉ」
     ジャンプでかわした少女を見て、は皮肉げな笑みを作る。
    「悪い、囮だ」
    「っ!」
    「あなたは下がって」
     味方を庇った昂修を気遣いつつ前に進み出たかなえは、既に少女の足下に居たのだ。死角から足を狙う斬り上げはもはや避けようもなく。
    「オレも居るぜ」
     龍砕斧を振り上げたまま、夜魅も空へと飛んでいた。
    「うわぁぁぁ、ぐっ」
     打ち落とされて地面に跳ねた少女はそのまま河原を転がり。
    「なかなかやりますね、君」
     展開させた殺気から逃げられた瞭は、ちらりと少女とは別方向を見やる。
    「おわっ」
     飛来した魔法の矢が仰け反る少女の頭があった場所を通り過ぎ。
    「悪い」
     炎の翼を顕現させたが、傷を癒して前線へ復帰する。戦いはの行方はまだ解らない。

    ●言葉
    「もう少しだけ頑張って抗ってください」
     瞭が口を開くと同時に、アギトを開いたの影が少女へ襲いかかる。
    「おおっとぉ」
    「チッ、悪いけど止まってもらうぞ!」
     かろうじて影に飲み込まれず済んだ少女の足を花之介は滑り込むように潜り込んで狙い。
    「それはこっちの台詞だよぉ?!」
    「ぐっ」
     同じ技で競り負けて斬撃を見舞われた足に鮮血が散る。
    「っと、あの連携は厄介だったけどねぇ、決まって同じ三人なら毎回してやられはしないよぉ。他の人達はてんでバラバラだしねぇ」
     夜魅の龍骨斬りを自ら倒れ込みつつ少女は避け。
    「それでもやりようはあるのじゃ」
    「痛っととと」
     予言者の瞳の恩恵を受けた読魅の紅蓮斬で二の腕を斬られながら、炎を宿して叩き付けられる解体ナイフの一撃を足でいなす。
    「これは回復に回らざるをえないわね」
    (「弱体化どうこうは個人的にはどうでもいい、その気持ちに偽りは無いつもりだけれど」)
     傷も負い、徐々に弱体化しつつある筈の少女の攻撃は、重く鋭い。
    「その衝動、全て私達にぶつけてきなさい! 受け止めてあげるから……」
    「ほら、ああ言ってるんだからどきなよぉ!」
    「ぐぉっ」
     かなえの視界の中でエルファシアを庇うように立ち塞がる昂修の傷は、徐々に増えている。直前にエルファシアが集気法で癒したにもかかわらず、だ。
    「俺もだ」
    「はぁ?」
     昂修が口を開いたのは、丁度この直後。
    「俺も受け止めてやる……大したことは言えないけどよ……人より身体は丈夫なつもりだ」
     自分の血で汚れたまま、衝動全部吐き出して戻って来いと昂修は囁いた。ようやく言葉が見つかったのだろう。
    「ああ……ぐうぅ、そ、それなら望み通りにしてやるよぉ!」
     うめき声に続けた少女の陽気な声は何処か作り物めいていて。
    「それぇっ!」
     昂修を踏みつけんと跳躍したが。
    「終わりか?」
    「なっ」
     トドメとなるべく一撃はもはや、昂修を倒せるほどの威力を有していなかった。
    「うわぁぁっ?!」
    「そんなに踏みつけたければ亀ではなく、女子に踏まれて喜び悶える変態を知っておる故、そ奴を踏みつけてやれ」
     踏みつけを防がれ、ひっくり返ったへ言葉を投げるのは、読魅で。
    「……読魅、何でそんな奴知ってるんだ?」
     生じた疑問を即座に投げかけたのは、夜魅。
    「お主の姉の事じゃ」
    「あぁ、あれの事か」
     説得とはベクトルの違う内輪話が繰り広げられる中。
    「周りのことをちゃんと考えられるんだ、少しずつ抗えるようになればいい」
     そのためならいくらでも付き合ってやるよ、と花之介は前方を這っていた亀をまたいで飛ぶ。
    「必ず、助けますから」
     少女を安心させるよう穏やかな笑みを浮かべ、瞭も緋色のオーラを影の長剣に宿して最後の一歩を踏み切った。
    「こ、これぐらい――」
     二方からの攻撃へ反応しようとした少女は。
    「はい、そこまでよ」
    「っ」
     茜がガンナイフから撃ち出した銃弾に足を止められ。
    「……おやすみ、幡間」
    「あ」
     紅蓮斬に意識を刈り取られる直前に少女が効いたのは、花之介の囁きだった。

    ●帽子
    「回復の必要はなさそうですね」
     意識がない少女の具合を見つつ、瞭はそう結論づけた。
    「そう、それはそれとして……ちょっと良いかしら?」
     クリーニングのサイキックで戦闘中に生じた汚れを落とすことを茜が提案したのも、少女が意識を取り戻すまで待つしかないからかもしれない。
    「確かに、起きるまですること無いんだよな」
     学園のこと、灼滅者のことにダークネスのこと。少女が目を覚ませば、話すことはいくつもあるというのに。
    「無事だったものね、亀」
     幾人かの灼滅者が気を配っていたからか、戦闘に巻き込まれ命を落とした亀というのもおらず、犠牲はこの日以外に少女が踏み殺した亀のみにとどまった。
    「そう言えば、ここに降りてきた時水音がしておったのぅ」
     何匹かの亀は人の気配を感じた瞬間川の中に潜っていたし、堤防や河原を歩いていた亀も少数派だったのだろう。
    「お主の敗因は赤い帽子ではなく、緑の帽子を被っていた事じゃ」
     足下に転がっていた緑の帽子を拾いあげると読魅は目を閉じたままの少女、魅亜の胸へポンと乗せて背を向けた。沈みきらぬ夕日が帽子を染めていたが、緑は緑、それが変わることはなく。
    「お墓、作らないと」
     それでも犠牲があったことは確かで、エルファシアは掘りやすそうな地面を探して首を巡らせる。
    「ん……」
    「気がつきました?」
     少女が小さく呻いたのは、エルファシアが墓を作る場所に目星をつけ終え、オレンジ色の土手に作る影がいくらか長さを増した後のこと。
    「無理はしないで。これ、お水です」
     瞭は用意していたミネラルウォーター入りのペットボトルを差し出しながら微笑みかけ。
    「あなたに話したいことがあるの」
     かなえは瞭の横でそう切り出した。
    「俺達は――」
     説明するのは、瞭と交互で。
    「仲間が出来ること、守りたいものが出来たら衝動に打ち克つ力のひとつになるんじゃないかしら」
     かなえは提案する。
    「ねぇねぇ、お墓作らない?」
    「えっ」
     エルファシアの申し出はハイテンションと相まって突拍子もなかったが。
    「そうだね……許して貰えるとは思わないけど」
     少女が命を奪った亀のものであると説明されれば、魅亜は頷いて。
    「何かまた困ったら教室に尋ねてきてね」
     数分後、作られた墓の前で手を合わせる少女が立ち上がるのを待って、かなえが声をかけた。
    「……教室」
     背を向けたまま反芻したは首を縦に振ったのだと思う。オレンジ色を黒く切り取るシルエットが小さく揺れて、土手に茂るススキの葉が秋の風に騒いだ。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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