彼女の為に、すべてを――

    作者:呉羽もみじ

     彼は彼女が好きだった。
     彼を目にしても驚かなかったこと。
     彼の話を目を細めて聞いてくれたこと。
     彼の淹れる下手くそなお茶や、不格好なクッキーを「おいしいおいしい」と平らげてくれたこと。
     名前を呼ぶ、優しい声。温かい手。柔らかい笑顔。
     彼女を取り巻く空気の全てが、彼は好きだった。

     今日も、彼は彼女の車椅子を押して散歩に出かける。
     暖かな日差しが降り注ぐ中庭の雰囲気は、彼と彼女が纏う空気と良く似ていた。
     病院に戻る手前で、彼女は彼を呼びとめた。
    「近々、私は退院するの」
    「そうなんすか? それはおめでとうっす」
     笑顔を見せる彼を見て、彼女は寂しそうに目を伏せて。
    「私はもう長くないの」
    「……そんな」
    「残りの時間は家族と過ごしたいって言ったら、お医者様は同意してくれたの。あなたも息子のうちに遊びにいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」
     彼女は彼の手を握り、彼の返事を待つ。
    「俺、良いこと思いついたっす」
    「なぁに?」
    「おばーちゃんがダークネスになれば、死なないで済むっすよ」
     彼女の手を一度強く握り締めて、手を離す。
    「取り合えず、この辺のニンゲン皆殺しにすれば、絶望してダークネスになるかもしれないっすねー。
     おばーちゃん! ちょっと辛いかもしれないけど、頑張って絶望して欲しいっす!」
     笑顔で手を振る少年がこれから何をするのか、老婆は分からなかった。
     ――数秒前までは。

    「……この後、三条カラスは一棟すべての人間を葬るんだ」
     たった一人の老女を救う――いや、この場合は「壊す」と言った方が適切か――為に。
     震える声で言う、黄朽葉・エン(ぱっつんエクスブレイン・dn0118)の顔に、いつもの笑みは見えなかった。
    「この病院は、一般病棟と入院病棟の二つに分かれているんだけど、カラスがいるのは入院病棟。そこの入院患者専用の中庭で事件を起こすんだ。入院病棟へは見舞客を装えば、スムーズに侵入出来るはずだよ」
     外来の患者が来ない為、一般人が流動的に増減することはないが、入院患者が車椅子であったり、ゆっくりと歩くことは出来ても自力で走ることは難しい等、動きに制限がある人が多い為、避難・誘導には工夫が必要になるだろう。
    「君達が行動を起こせるのは、おばあさんとカラスが散歩から帰ってきた直後。
     彼女とカラスが手を離そうとする瞬間。その時、カラスは意識を彼女に集中させてるんだ。
     更に、ここでボーナスチャンスの発生だよ。
     おばあさんに向けて攻撃してごらん。それも殺す気でね。そうするとカラスは彼女を守ろうとするから、完璧に先手を取ることが出来るんだ」
    「エンくん、それはさすがに――」
    「ここで最後の犠牲にするか、延々と犠牲者を増やし続けるか選ぶ時が来たってだけだ! 俺だってこんな酷いこと提案したくないよ!」
     水上・オージュ(実直進のシャドウハンター・dn0079)の声を遮って、エンは叫ぶ。
    「とにかく、おばあさんの存在が大きなカギになってるんだ。
     彼女を確保さえしてしまえば、あいつにとって不利な条件でも飲むと思う。
     但し、余りにも無理な条件だと、暴走する可能性もあるから、その辺は皆できちんと詰める必要があるからね」
     中庭には、入院患者や見舞客、看護士等が20名点在している。
     真っ先に狙われるのは彼らの為、もし、人命救助を選ぶならば、まずは彼らの保護を検討して欲しい。
    「……カラスに正面切ってやり合うのも手段の一つだと思う。人命か、灼滅か。選ぶのは君達だ」
    「僕も」
     硬い声でオージュが呟く。
    「僕も考えてみるよ。どうするのが一番ベストなのか」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)
    彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)
    クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    白石・翌檜(絶縁破壊・d18573)
    類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888)

    ■リプレイ

    ●殺意の矛先
     上着もいらない程の晴れ模様。時折流れる風も春の訪れを感じさせる。
     中庭の様子は、これ以上ないと言っても良い程平穏だった。
     もしもの話をしても仕方がないことだろうが、もし、この日、雨が降っていたら。風が強ければ。ダークネスと老婆が会うことがなければ、数分後に起こる悲劇は生まれなかったのかもしれない。
     使い古された車椅子はきしきしと音を立てながら、病院の出入口へと近づいていく。
     出入り口付近で立ち止ると、車椅子に乗った老婆と、車椅子を押していた少年が何かを話している。
     ――いや、何を話しているのかは承知していた。この会話が終了すれば、これから悲劇が始まる。
     それを止める為に、灼滅者はやってきたのだ。
     名残惜しげに少年が老婆の手を離す。その直後。
     セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)のレイザーブラスト。クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)のレッドストライク。鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の黒死斬。白石・翌檜(絶縁破壊・d18573)のスターゲイザー。若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)のライトキャリバー・デスセンテンス、クリスのナノナノ・パーシモン、類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888)のナノナノ・助六の一斉攻撃が老婆の命を掻き消そうと放たれた。
     視力が落ちているのか、老婆が自らの身に何が起きようとしているのかは理解出来ていないようだったが、放たれた殺意は感じられた。恐怖に身を固くする。
     カラスと交戦経験のあるクリスは目深に被ったフードを剥ぎ取ると、カラスを見据え。
    「やぁカラス久しぶり。この間は追いかけっこの途中でいなくなって悪かったな。今からその続きをしないか?」
     親しげに話し掛けるクリスに、カラスは何かを言いかけるが、すぐに目を逸らす。
    「おばーちゃん。どこも痛くないっすか」
    「……カラスちゃん?」
     エクスブレインの言葉通り、三条カラスは灼滅者達の殺意を持って放たれた全力の攻撃を全てその身で受け止めた。身体中に傷を作りながらも、何事もないように明るい口調で訊く少年に、老婆は茫然とした様子で返事を返す。
    (「俺に婆さんを殺す覚悟はねーよ。でも、お前が婆さんを守ってくれるんだろ? だったら躊躇はしねぇ」)
     翌檜は老婆が無事であるのを確認し、誰にも気付かれないようにそっと息を吐く。
     ここまでは灼滅者達の思惑通りに動いている。
     戦闘からの死角になる場所で機をうかがっていた、弾と凪流は、速やかに老婆を確保すべく、強く地面を蹴り付け彼女の元へと走る。
     彼女の確保まであと一歩というところで、弾はふと視線を感じ、そちらへ顔を向けると――カラスと目が合った。
     その直後、全身が湯を浴びたように温かくなり、そしてすぐに冷えていく。
     体温が失われていく為か、震える身を叱咤しつつ具合を確かめると、大きく切り裂かれた傷口からは血がとめどなく流れている。そこでようやく迎撃されたと理解した。
     三条カラスは六六六人衆の中では下位に当たるかもしれないが、それでも現在の灼滅者にとっては十二分な程、驚異的な相手である。
     格上を相手に先手を取り、且つ、キーマンである老婆の確保の二点を目指すのならば、力技だけでどうにかなるものではなかった。
     また、灼滅者は一般人の被害を抑えることを選択していたはずだ。ならば、なぜ一般人である老婆に殺意を持って攻撃を仕掛けたのか。
     目的と行動が一致していない。
     その大きな矛盾が小さな綻びを生み、カラスに動きを察知されてしまう結果となったようだ。
    「おばーちゃんに向けて攻撃してくる相手に、よござんず、差し上げましょう。なんて言って素直に渡す馬鹿がどこにいるんすか。ちょっと俺を舐め過ぎじゃないっすか」
     唸るようにカラスは言う。
     老婆は震えながら浅い呼吸を繰り返している。
     恐怖に歪んだ老婆の表情は凪流の心を大きくかき乱した。過去に彼女の力に怯え、離れていった友人の顔とリンクする。絶望で膝を付きたくなる気持ちを押し殺し、菊水・靜に目配せをする。清涼な風は速やかに効果を発揮し、老婆を眠らせた。この風が心の傷をも癒すことが出来るかは分からないが、これ以上の惨劇を見ることを防ぐことは出来るだろう。
     負傷した弾に更に追撃を加えんとカラスが手を振り上げる。その瞬間。
    「動くな! 動いたら婆さんを斬るぜ」
     脇差の声が響く。その言葉に偽りはないと言わんばかりにセリルが【エイルヴィート・ゲンストゥル】を老婆に向け、翌檜はいつでも蹴りを繰り出せるように構えを取る。
     三条カラスの動きが、止まった。

    ●駆け引き
     当初の予定とは大きく狂いが生じてしまったが、態勢を立て直し再挑戦という訳にはいかない。クリスは発煙筒を放り投げ火事を偽装する。
    「火事です、直ぐに避難を」
     彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)と龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)、水上・オージュ(実直進のシャドウハンター・dn0079)が先導して一般人の避難行動が開始された。
     沙耶は元々、自身や同行者の生死に関心は無く、ダークネスに対しても憎しみ等は抱いてはいない。依頼だから殺すという完全に割り切った考えを持った人間である。
     しかし、だからといって誘導に手を抜く事はなく、寧ろほぼ完璧にこなしている。
     終始落ち着いた様子の沙耶の声は、不意に起きた小火騒ぎに浮足立っていた職員達を冷静にさせた。声を掛け合い、見舞客と患者の避難を開始し始めた。
     カルム・オリオルは職員に予め確認しておいた避難先を指さし、渡橋・縁と山城・竹緒は、高齢者を優先して避難にあたる。
     柾・菊乃とリリー・アラーニェは沙耶の指示を受け、混乱する患者達をカラスから遠ざかる方向へ誘導させる。
    「頑張って、僕につかまってください」
     煙に驚き足をもつれさせる患者を抱き起こし、菅谷・慎太は安心させるように言う。
     城守・千波耶、汐崎・和泉、エリスフィール・クロイツェル、シフォン・アッシュ、崇田・來鯉は戦闘の流れ弾が一般人に被弾してしまわないよう常に注意を払い、儀冶府・蘭は音を遮断させ、中庭に人が来ないよう工作をする。
     文月・咲哉は患者が転ばないように支えてやりながら、カラスと睨み合う悪友の姿を確認し、心の中でそっとエールを送る。
     表面上は毅然と避難誘導を行っている麗華だったが、心の中にある澱のようなものを払拭出来ずにいた。
     一般人を自らの手で殺すかもしれない。それを割り切れるほど私は灼滅者になれていなかった。
     無力感に目眩がする。絶望に前が見えなくなる。
     それでも彼女は歩みを止めない。身に纏ったドレスのスカートを皺が寄る程握り締める。
    (「絶対にカラスを殺す」)
     一般人に被害が及ぶその時は――闇落ちしてでもカラスを殺す。
     不退転の決意を胸に一歩前に踏み出す。かつかつと高い音を立てるヒールの音が人の声に掻き消され、儚く空間に溶けていった。
     その間にも灼滅者とカラスの睨み合いは続いていた。
     老婆の確保が叶わなかった今、強気の交渉は灼滅者側の不利に動く可能性が高い。
    「おばーちゃんを攻撃しておいてだんまりとか。一体何がしたいんすか? 訳わかんないんすけど」
     老婆を背後に隠しカラスが言う。煽るような口調で灼滅者を挑発していることから、苛ついているのは明らかだ。
    「戦うなら一般人を避難させた後だ」
    「避難が済むまで身動きを取るな」
    「邪魔は少ないに越した事はないからね」
    「イッパンジン? ヒナン? ふん、どの口が言うんすか。さっき何をやったのかもう忘れたんすか」
     脇差と弾、セリルの言葉を聞き、老婆に目をやると、吐き捨てるようにカラスは言う。
    「俺達を倒した後でも、婆さん闇堕ちの機会はある。今、逃げようとしても俺達はお前と婆さんを無事に返すつもりはないぜ」
     翌檜は言葉を選び、カラスにこの場に留まるように促す。
     弾は元々、六六六人衆灼滅に強い執念を燃やしており、灼滅の機会があれば、如何なる犠牲があろうとも灼滅すべきであると信念を持っている。脇差も必要なら汚れ仕事も請け負う覚悟で依頼に臨んでいた。
     彼らの視線を面倒臭そうに受け止めて、カラスは辺りの様子を窺うように目を細めた。
    「おにーさん達の他にもネズミちゃん達はあちこちにいるみたいっすね。……何人いるかまでは分からないけど、こっちの様子を見てる人の気配を幾つか感じるっす」
     麗華が誘導の手を緩めることなく戦闘場所をちらりと見やり、凪流は内心の動揺を悟られないように交通標識を握り締める。
    「……りょーかいっす。いくら灼滅者さんがネズミみたいにかわいらしーとは言え、何匹も相手したらさすがに面倒っす。ニンゲンが全部いなくなるまで休戦ってことで良いすか?」
     でも。そう言い、声を低くする。
    「もし、この人に手を出したら許さない。どこに逃げても、どこに隠れても、絶対に探しだしてソイツを殺す。それがこっちの条件だ」
     カラスの周囲の空気が歪む。身体から溢れ出た殺気が目視出来る程膨れ上がったのだろう。揺らぐ殺気は灼滅者にはむき出しの敵意を放ちながら、老婆を守るように彼女の周囲を取り巻く。
     非常に危うい状況であったが、一般人の無事を確保出来たようだ。
    (「私も一歩間違えれば……」)
     不安な気持ちに苛まれた天道・雛菊は思わず誘導の手を止めかけるが、首を振り歩き始めた。
    (「絶対に許さない」)
     クリスを闇落ちさせたカラスに、渡来・桃夜は並々ならぬ敵意を抱いている。本当なら、すぐにでもカラスを殴りに行きたいが……逸る気持ちを抑え誘導を再開させる。
     明鶴・一羽はカラスの心境が理解出来ないと冷めた目で見据える。
     一方で、彩瑠・さくらえや日向・一夜、朝山・千巻は三条カラスの気持ちに一定の理解を示し、星空・みくるは心配気にカラスを見つめている。
    (「彼女をダークネスにしても、ダークネス同士が仲良しこよしすることは、出来ないんだよ」)
     ピアスに触れながら夜鷹・治胡は思う。
     倫道・有無はカラスに「輝く闇」の欠片でも見出すことは出来ぬかと目を凝らすが――見つけることは叶わなかった。

    ●あなたのために、すべてを
     後はサポートだけで大丈夫だと興守・理利に促され、麗華が無線で仲間達にその旨を伝え、沙耶、オージュも戦線に復帰する。
    「もう始めても良いんすか」
    「いや、まだあそこに残ってるな……その避難が終わり次第だ」
     弾の指さす方向にカラスは無造作に振り返る。その隙に音もなくカラスに接近。渾身の力を拳に込めて突き出す。
    「ふぅん、油断も隙もないっすね」
    「別に俺は正義の味方って訳じゃない。使えるならどんな手だって使ってやるさ」
     弾かれた攻撃を悲観することなく、落ち着いた様子で、距離を取ると再び拳を構える。
     セリルとクリスのダイダロスベルトが唸る。縦横無尽に駆け巡るベルトの脇を掻い潜ると、体重を感じさせない動きで地面に降り立つ。攻撃はかわされてしまったが、それで良い。攻撃を重ねるごとに精度が増し、いつかはかわすことが不可能な程の動きを見せることだろう。
     脇差は刀の柄に手をかけると――一閃。ジャマーである彼の攻撃は、回避力の高いカラスの動きを鈍らせる。その機を見逃すことなく凪流が交通標識を振る。スナイパーの効果もあり、その攻撃はカラスに深く突き刺さった。
    「ふう、やっぱ、ちょっとしんどいっすねー」
     老婆を確保するという作戦は失敗したが、初手に出来る限りの行動阻害の攻撃を叩きこんでおいたのが功を奏したようだ。傷の具合を確かめながら、困ったように呟いた。
     沙耶が槍を握り締め、流れるように突き出す。その一撃をゆらりとかわし、挑発するように軽く首を傾げる。麗華は妖冷弾を撃ち出すが、その切っ先はカラスの腕を掠めるに留まり、彼の腕に小さな氷の粒を作った。
     幾ら、先手の利があったとはいえ、仲間と呼吸を合わせずに、成り行き任せで散発的に攻撃をしては効率的にダメージを与えることは難しいだろう。それが格上なら尚更だ。
    「もう終わりっすか? じゃあ、こっちも行くっすよー」
     防戦一方だったカラスだったが、灼滅者達の連携の僅かな乱れを察し、攻勢に転じようとする。
     その瞬間。黒い影が滑るように現れ、カラスとすれ違いざまに、一撃。攻撃の主を探そうと身をよじった彼の背後からミサイルが撃ち込まれた。
     サポート達の援護に出鼻を挫かれ、不満そうに口を尖らせるカラスだったが思い直し、構えを取る。
    「今日はすっごく機嫌が悪いから、いつもより強く攻撃しちゃうっすよー。さあ、覚悟覚悟!」
     のんびりとした口調とは裏腹に攻撃は苛烈。列攻撃で狙われた後衛は成す術もなく倒れるのか。
     いや、パーシモンと助六が己の危険も顧みず立ちはだかる。
     黒い羽根はナノナノ二匹を抱きしめるように覆い続ける。羽に隠され完全に姿が見えなくなり、羽が消滅した頃、二匹のナノナノは始めからいなかったかのように消滅していた。
     途切れそうになる意識を必死に掴みながら、翌檜は立ち上がる。態勢を立て直すべく回復をしようとするが、列回復では回復量が追いつかない。単体回復では回復できなかった者が次に倒れる。
     共倒れか、誰かを見捨て誰かを生かすか。どちらを選択したとしても、誰かが欠けた状態で戦闘を続けては劣勢に追い込まれることは避けられない――僅かな時間ではあるが逡巡する。
     しかし、その直後、矢のように回復サイキックが放たれる。漣・静佳、月姫・舞を始めとするサポートからの援護だ。傷を癒された翌檜は、軽く目を伏せ再び戦闘に集中する。
     彼らは八人で戦っているのではない。背後には頼れる仲間達がいる。
     灼滅者の攻撃は輝きを増し、反対にカラスの攻撃は回を重ねるごとに精彩を欠き始めた。
    「……あれ、おかしいっすね」
     戸惑いの言葉を遮るように攻撃が繰り出される。
     クリスと脇差で徹底的に行動を阻害し続け、動きが鈍ったところを、セリルが重い一撃を喰らわせ、沙耶と麗華、凪流の命中率の高い攻撃で追い打ちをかける。
     弾とデスセンテンスはカラスの攻撃を受け止め、受けた傷は翌檜が癒す。回復量が足りない場合はサポートからの支援を受けることが出来た。
     それに、カラスは気付いていなかった。
     誰かを守りながら戦うことは初めてであったことに。
     その為、いつもの力を発揮出来なかった。
     結果的にカラスの手元に老婆を置いておいたのが良い方向に作用したようだ。
     六六六人衆であるのにも関わらず、大切な、守るべき人が――酷く歪んで、自分本位な感情であったのかもしれない。それでも、彼は彼女を愛していた――出来てしまった時点で彼の負けは決していたのかもしれない。
    「オヤスミ、悪夢は此処までだから」
     どこか優しげにセリルはそう言うと槍を突き出した。槍は鋭く滑り、カラスの胸に突き刺さった。カラスの胸にある羽飾りが、涙のようにはらりと落ちる。
    「……ありゃ、三条カラス、これにて終了ってところすか」
     そう言うと、守るように老婆の周囲を覆っていた殺気が消えた。

     ダークネスは灼滅されたら遺体が残ることはない。
     まもなくカラスも消滅するだろう。
    「俺も自分に正義があるとは思っちゃいないぜ。だが好き勝手殺られるのは好きじゃない。悪く思うなよ鳥頭」
    「む、誰がトリアタマっすか」
     脇差の言葉にカラスは軽口を叩く。
    「君とちゃんと話をして、わかり合ってみたかったよ。……忘れへんから」
    「俺もおにーさんのことは忘れないっすよ。って、もーすぐ死んじゃうっすけどねー」
     八千草・保の言葉に嬉しそうに笑みを返す。
     東当・悟はクリスの無事を確かめてからそっと姿を消した。
     当のクリスは放心状態なのか、暫し虚空を見ていたが、カラスに言っておきたいことがあることを思い出し、彼の元へ行く。
    「君の大切な人を傷つけようとして……すまなかった」
    「や、これで本当に傷付けてたら、おにーさん殺してたっすよー」
    「おにーさんじゃない。僕の名前はクリスだ」
    「おにーさんにお願いがあるっすよ。俺が死んだこと、おばーちゃんに伝えてくれないっすか。そーしたら絶望してダークネスになってくれないかなーなんて」
    「っ、だから、僕の名前は」
    「お願いしたっすよ。……クリス」
     今までにない真剣な顔をしてクリスを見据える。
     そして、姿を維持するのが限界になったかのように、三条カラスは消滅した。
     
     灼滅者達が戦闘の後片づけをしている時、鴉と呼ぶには色が薄く、白鳥と呼ぶには翼の色が酷くくすんだ、不思議な色をした鳥が中庭の上をゆったりと旋回し、そして空に溶けていった。

    作者:呉羽もみじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月26日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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