暴虐の翼

    作者:邦見健吾

    「ごめんください」
     軋む扉を開け、1人の少女が古びた洋館に入ってきた。少女の背からは黒い翼が生えており、見る者によってはその正体が人間でないと判るだろう。
    「ラブリンスター様からの使いで参りました」
     少女が一歩足を進めるたび、濃い血の匂いが鼻をつく。それも獣のものではない。館全体にこびりつく血の匂いは、間違いなく人間のそれだった。
    「何用だ?」
     壮年の男が口から鮮血を滴らせ、屋敷の奥から現れた。マントと見紛うのは蝙蝠のような黒い羽。この男が今の館の主だ。
    「お力を貸していただきたく」
    「おかげであの忌まわしい首輪から解放されたのだ。どれ少しくらい……ん?」
     男は少女の姿を認め、眉をひそめた。
    「どうかなさい――」
    「不快だ。淫魔風情が」
     そして真紅の逆十字を放ち、戸惑う少女に襲いかかった。

    「ラブリンスター勢力が戦力を回復させるために他のダークネスに接触していることはご存知の方もいるかと思います。ですが今回は交渉に失敗し、返り討ちに遭ってしまうようです」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)の予知によると、淫魔はボスコウに首輪を付けられていたヴァンパイアに接触し、交渉を持ちかける。しかしその淫魔が黒い羽を持っていたことが癇に障り、淫魔を殺してしまうらしい。
    「淫魔を助けるかどうかはさておき、ヴァンパイアを灼滅する絶好の機会です。この機を逃さず灼滅してください」
     このヴァンパイアは名をイマニエルといい、戯れに一般人を洋館に拉致・殺害している。ヴァンパイアの戦闘力は強大だが、ボスコウに奪われた力を完全に取り戻していない今がチャンスだ。
     イマニエルはダンピールと同様のサイキックを使うが、その威力は灼滅者のものを大きく上回る。全力を出せないとはいえ、油断できる相手ではない。
    「また、介入できるのは淫魔が攻撃を受ける直前か、淫魔が倒された後になります。淫魔を助けるなら、淫魔がイマニエルと接触してすぐ館内に突入する必要があります」
     ちなみに、淫魔は灼滅者とイマニエルの戦闘が始まると逃走するので、一緒に戦うことはできない。
    「淫魔を助けるかどうかは皆さんにお任せします。それより、ヴァンパイアによって既に少なくない犠牲者が出ています。必ず灼滅してください」
     蕗子は静かに説明を締めくくり、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)
    佐島・マギ(滑走路・d16793)
    姫川・クラリッサ(月夜の空を見上げて・d31256)

    ■リプレイ

    ●血染めの館
    「ごめんください」
     黒い翼を生やした淫魔の少女が館の中へと足を踏み入れた。
    (「まだ残ってたのね。残党狩りが甘かったかしら」)
     開けっ放しの扉から、灼滅者たちが中を伺う。アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)も奴隷ヴァンパイアの悪質さは心得ている。新たな年を迎える前に、決着を付けておきたい。
    「天下井とか、今回は知った顔がいるな。アリスも相変わらずそうで何よりだ、頼りにしてるぜ?」
    「ええ、こちらこそ」
     淫魔に気付かれぬよう小さな声で、吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が挨拶。軽い調子に見えるが、これでも気合は普段以上だ。
    (「しかし、こんなの勧誘する程苦しい状況って事なのか?」)
     外まで漂う血の匂いは体に染みつきそうなほど。殺意を胸に、機会を待つ。
    「ラブリンスター様からの使いで参りました」
    「何用だ?」
     屋敷の奥から、壮年の男が姿を現した。マントと見紛うのは漆黒の羽、この男がイマニエルだ。イマニエルの姿を確認し、灼滅者たちは館の中へと駆けこむ。
    「……ん?」
    「どうかなさい――」
    「はやく逃げるのよ! 彼はアナタを生きて帰す気もないわ!」
     イマニエルが指を鳴らして赤い逆十字を召喚しようとした瞬間、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)がその間に割り込んだ。ヴァンパイアすら勧誘しようとする淫魔を助けるのは内心複雑だが、ラブリンスターには恩もある。
    「危ない所だったね、大丈夫かい?」
    「ふっ、灼滅者共もおったか。よかろう、まとめて礼をするとしよう」
     エリアル・リッグデルム(ニル・d11655)もマジックミサイルを放ってイマニエルを牽制、淫魔を庇うように吸血鬼を睨む。
    「あなた方は?」
    「武蔵坂よ。いつぞやの借りを返しに来たわ。早く逃げなさい」
     眉根を潜める淫魔に、姫川・クラリッサ(月夜の空を見上げて・d31256)が答えた。
    「しかし私はあの方と交渉に……」
    「以前はお世話になりました。交渉を邪魔しに来た訳ではございませんが、ささっと逃げて下さいな」
    「そういうことです。ちゃっちゃと逃げてくださいね」
    「……今は従いましょう」
     佐島・マギ(滑走路・d16793)と祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)が逃げるよう促すと、踵を返して門へと向かう。彦麻呂としては一応これで借りは返したつもりだ。
    「拾った命をどう使うかは君の勝手だが、アレは交渉できる相手ではない」
    「……そのようで」
    「逃走経路はこっちです、急いでください」
    「どうも」
     そして救援に来た義和と瑠理の誘導に従い、淫魔は館を去って行った。
    「淫魔を庇う灼滅者、灼滅者に守られる淫魔、どちらも滑稽だな」
    「仲間ってわけじゃないさ、借りを返しただけだ」
     その様子を見ていたイマニエルが、ありえないと言わんばかりに嘲笑する。逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)にとっても、仲良くしているとは思われたくないところではあるのだが。
    「Slayer Card, Awaken!」
     アリスがカードから殲術道具を解放し、光剣とともに白い輝きを纏う。
    「可愛いと思うですけど嫌です?」
    「はっ、よほど死にたいらしいな」
     マギが首輪と付け羽を見せびらかすと、吸血鬼は苛立ちを込めて指を鳴らした。

    ●暴虐の翼
    「ッ!」
     イマニエルが指を鳴らすと、真紅に光る十字架が現れ、マギを切り裂いた。羽と首輪が弾け飛ぶと同時に精神を蝕まれ、マギの顔が苦痛に歪む。
    「私に任せて」
    「ありがとうございます」
     ホナミが弓に矢をつがえ、マギ目掛けて矢を射出した。癒しの矢は流星のように煌めいて飛び、マギの胸に吸い込まれた。傷を塞ぐとともに、眠る感覚を呼び覚ます。
    (「殺したいわけじゃない……」)
     たとえダークネスでも殺さずに済むなら殺したくないと、彦麻呂は思っている。けれどイマニエルを放置して、次に被害に合うのは自分や誰かの大切な人かも知れない。だから。
    「私の世界に……あなたは要らない」
     彦麻呂がエアシューズを駆動させ、血の匂いがこびり付いた館内を走る。瞬時に敵の側面に回り、炎を纏う足で一撃見舞った。炎が燃え移り、漆黒の羽を焦がす
    「吸血鬼って、どうしてこうも舞台に凝りたがるのかしらね」
     アリスが手をかざすと、その先に白い光が収束し、魔力の矢が生成された。矢は白く輝く軌跡を残してイマニエルを貫く。続いて昴がイマニエルに接近。一見無秩序な歩法で忍び寄り、間合いに入ると一気に抜刀して足を斬った。
    「灼滅者風情が」
     しかしイマニエルはそう言い捨てると、鮮血のように赤いオーラを爪に纏わせて昴を狙う。
    「俺の方が似合うだろ?」
    「いいだろう。お前から殺してやる」
     その前に奏夢が立ちふさがり、黒い偽翼をちらつかせた。正面から赤い爪に切り裂かれ、吸血鬼は生命力を略奪してその傷を癒す。
    「殺させねーっての」
     すかさず響我が歌声を響かせて奏のダメージを取り除いた。戦線を崩されないよう、回復を絶やさない。
    「お前は烏でもそうやって腹立てんのか?」
     もちろん奏夢もやられるばかりではない。剣を持つ左手に痺れる右手を添え、両手で横薙ぎに振るった。刃の軌跡が白く輝いて奏夢を包み、その肉体を強化する。霊犬のキノも吸血鬼に走り、斬魔刀で追撃した。
    「ヴァンパイアの羽ってそんなに重要だったんだ。知らなかったよ」
    「小童が!」
     エリアルが螺旋を描く槍を突き立てると、イマニエルは冗談交じりの言葉にも目を見開き、爪にオーラを宿して槍の穂先を弾いた。灼滅者はおろか、他のダークネスすら見下し切ったその態度に、鳥なき里の蝙蝠という故事を思い出す。
    「スコア、合わせて。優雅に余裕をもって、ね」
     クラリッサはナノナノのスコアに指示を飛ばし、銀の輝きを纏いながら伝説に迫る歌声を響かせた。スコアもそれに合わせ、しゃぼん玉を飛ばして援護する。
    「パン好きです? 嫌いです?」
    「はっ、貴様の血で酒でも作ってやろう」
    「それは嬉しくないですね」
     霊犬の常晴の援護射撃を受けつつ、マギはかみ合わない会話を交わしながら、白く輝く剣を振るった。剣から破邪の力が伝わり、防御力を上昇させる。
    「我の館に踏み入れたこと後悔するがいいぞ、堕ち損ないが」
     かつて奴隷に堕ちた身とはいえその力は強大。イマニエルは余裕たっぷりに笑み、また十字架を生み出した。

    ●舞い踊る鮮血
    「とりゃー!」
     落葉が掛け声とともに杖を打ちこむと、竜鬼が険しい顔でウロボロスブレイドを振るい、イマニエルの羽に斬撃を刻む。
    「ええい、鬱陶しい!」
     イマニエルの実力は灼滅者個人を圧倒するものの、サポートに来た灼滅者にも助けられ、互角以上の戦いを演じていた。苛立ちが募り、イマニエルは腹立たしげに灼滅者たちを睨みつける。
    「月の光、その身に受けなさい」
     魔力を帯びた霧を展開したイマニエルを狙い、クラリッサが弓を引く。弓と弦が三日月のしなり、放たれた矢が月の欠片のように吸血鬼を貫いた。月光のごとく闇を吹き飛ばし、魔力を打ち消す。
    「黒い羽をが気に食わないなら、東京のカラス駆除をしてくれると助かるんだけど? あら、あなたもお仲間だったっけ?」
    「ならバラバラにして餌にしてくれるわ!」
     まさに売り言葉に買い言葉。アリスの安い挑発に乗る当たり、イマニエルの器が知れるといものだろう。アリスは両手を重ね、身に纏う白の光を拳に集め敵目掛けて撃ち出した。
    「雑魚が! 我に! 刃向かうかあっ!」
    「ああ、いくらでも。お前を倒すまでな」
     イマニエルががむしゃらに振るった爪を、奏夢が再び受け止めた。誰かの大切なものを奪わせないため、吸血鬼をまた野放しにするわけにはいかない。震える右手でイマニエルの腕を掴み、至近距離から熱を帯びた蹴りを見舞った。
    「私がやるわ」
     そして、すかさずホナミが癒しの力を秘めた矢で奏夢を射抜く。さりげなくルフィアも回復に回り、気を癒しの力に転じさせてダメージを減じた。防御と回復が機能し、灼滅者たちは徐々に吸血鬼を追いつめることに成功していた。
    「……」
     今の昴の思考にあるのは敵の殺害のみ。太刀を上段に振り上げると、水が流れるがごとく斬り下ろした。袈裟切りに刻まれた傷から赤い血が迸り、立ち込める血の匂いに溶ける。
    「あまりお行儀が良くなさそうですね。粛清です」
     どこか生き生きした表情を浮かべながら、マギが雷を帯びた拳を打ちつける。ビハインドの常晴も霊力を帯びた打撃を繰り出して追い打ちをかける。
    「惨めな姿だね、自慢の羽根もボロボロだ」
    「がはっ」
     挑発の言葉を投げるエリアルの足元から影が伸び、刃となって吸血鬼を襲った。漆黒の刃に切り刻まれ地に伏せるイマニエルに、彦麻呂はさらに躊躇なく杖で打ちつけ、魔力を注ぎ込んで内部から破壊する。
    「おのれおのれおのれえええっ!」
     吸血鬼は恥辱に震えながら立ち上がり、半狂乱で叫んだ。

    ●朽ち果てる翼
    「死ね死ね死ねぇ!」
    「舐めないでよね!」
     イマニエルが滅茶苦茶に叫びながら生み出した赤の逆十字を、ホナミは魔力の矢を放って迎撃。そのまま光の矢を浴びせて撃ち抜く。相手は多くの人命を奪った吸血鬼、ここで必ず仕留める。
    「……!」
     その身は一振りの刀のごとく。決め時と判断した昴は音もなく飛び出し、踏み込みながら太刀を抜き放つ。首を狙った一閃はあやまたず首筋を斬りつけるが、紙一重で落とすには至らない。
    「我が! この我が! 灼滅者ごときにぃ!」
    「やっぱり心は広く持った方が長生き出来るんだろうね」
     そしてエリアスの大鎌が吸血鬼を捉え、イマニエルをあっけなく真っ二つに切り裂いた。
    「……御愁傷様」
    「あ……あ……」
     戦う前の面影は微塵もなく、こうして吸血鬼は血に濡れた館に消えた。

    「ありがとう、お疲れ様」
     奏夢が頭をなでてやると、キノは尻尾を振って応える。黒い翼がヴァンパイアに似ているから気に入らない、というだけで殺意を向けたイマニエル。その器の小ささが身を滅ぼしたのだと奏夢は思う。
    「とれちゃったね、かわいかったのに」
    「そうですね……」
     ボロボロにされてしまったマギの付け羽を拾い、少し残念そうにする彦麻呂。マギも首輪と付け羽は気に入っていたようで、やはり残念な様子。
    「淫魔さんは無事に帰れたですかね?」
    「どうかしらね? でも借りは返したわ」
     マギが首を傾げると、気にすることはないとクラリッサが答えた。淫魔にもバベルの鎖があるので、そう簡単にやられることはない。おそらくは無事ラブリンスターの元に戻れただろう。
    「これでお終いね」
    「ふぅ。さて、飯でも――」
    「それはまたの機会にね」
    「だな」
     アリスが決着を宣言すると、昴はただの青年に戻り、一息ついた。しかし館内は死臭に満ちており、みんなで食事をしようという雰囲気ではない。
    「僕は館の中を探して帰るよ。きっとたくさんいるから」
     自己満足とは分かっているつもりだが、この死に満ちた館を放っておくことはエリアルにはできなかった。もしこうなるまでに救うことができれば……と内心悔やむ。
    「私もいくよ」
     彦麻呂も手を上げ、エリアルに加わった。もしかすると、まだ生存者がいるかもしれない。
    「それじゃ……行きましょう」
     きっと吸血鬼の戦いより凄惨で、心を痛める光景が待っていることだろう。ホナミはそう理解しつつも、館の奥に足を進めた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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