とん、とん、とん。地面に描いた図形を目がけて、軽快に歩を進める。
チョークで描いた丸の中に飛び込んでは片足でバランスを取り、次の丸を目指すその遊びが何と呼ばれるものなのか少年たちは知らなかったが、特に道具もいらないその遊びを彼らは好んでいた。
「あっ、そこだめだよ!」
「えっ!?」
突然にひとりが声を上げ、丸に飛び込みかけた少年は慌ててそこを避ける。
綺麗に均された道路の一角、そこだけコンクリートの色が違う。何のことはないただの舗装跡なのだが、子どもたちの間では重大な意味があった。
「あっぶねー、穴ん中につれてかれるとこだった!」
「誰だよここに丸書いたの!」
口々に声を上げ、その『危ない丸』に×印を描く。
『道路の色の違うところを踏むと、穴の中に引きずり込まれて埋められる』
子どもたちの間で流行っている噂話だった。
実際に誰かが試した話は聞かないが、しかし薄気味の悪い噂を確かめようという度胸のある子もいない。
だから子どもたちは皆、慎重に遊んでいた。
「みんな、集まった? それじゃあ説明するね」
資料を手に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が集まった灼滅者たちを見回す。
「今回みんなに倒してほしいのは、とある名前もない都市伝説だよ」
まりんの説明によると、『それ』は路地裏に現れるのだそうだ。
『それ』は舗装跡を踏んだ子どもを、いつの間にか新たに作られた穴に引きずり込んでしまうのだ。
そしてそのまま、埋められる。
「小さい子って、なんでもないものに勝手にいわくをつけちゃうよね。そしてそれを怖がっちゃう。そんな恐怖心がサイキックエナジーと融合して実体化しちゃったんだ」
その都市伝説が、なぜ舗装跡を踏むと現れるのかは分からない。だが確かに現れるのだ。
危ないからってそこで遊ぶ子も少なくなっちゃったんだよね、とまりんが呟く。
「現れる都市伝説は、男の子と女の子の姿をしているよ。男の子のほうはスコップを持ってて、それを武器にしてる」
男の子は、そのスコップで足払いと強打を仕掛けてくる。足払いは食らったら足止めを、強打は麻痺を受けてしまうので注意しなければならないだろう。
女の子は特殊な攻撃方法を持たないが回復能力を持っている。
どちらも厄介というほどのものではないが油断は禁物だ。
「相手は2人だけど、みんなならそんなに大変じゃないと思うよ」
とまりんは信頼して言う。
「危ない都市伝説なんかやっつけちゃって、子どもたちが安全に遊べるようにしてあげないとね。みんな、よろしくね!」
ぽんと手を叩いて、灼滅者たちににっこりと微笑んだ。
参加者 | |
---|---|
草薙・静流(高校生ストリートファイター・d00106) |
枢流・縊(狂繰・d00346) |
大松・歩夏(影使い・d01405) |
九条・茜(夢幻泡影・d01834) |
草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622) |
稲峰・湊(中学生シャドウハンター・d03811) |
辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362) |
リーファ・シルヴァーニ(翡翠姫士・d07947) |
●
薄暗い路地裏は、静かに灼滅者たちを迎える。
本当ならば子どもたちがにぎやかに騒いでいただろうその場所には、今は誰もいない。
「人の姿はないみたいだね」
路地裏の様子を確かめ、辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362)が一同へ伝えた。
灰色の地面に白々と、チョークの跡がいくつも残っている。人気のない路地裏に記されたそれは、どこか寂しげに見えた。
「ここね……」
草薙・静流(高校生ストリートファイター・d00106)の示す先、そこだけ色の違う場所――コンクリートの舗装跡にも記されている。
舗装跡を避けてその中へ足を踏み入れ、枢流・縊(狂繰・d00346)が首を傾げた。
「なんで地面に引きずり込むのが子どもなんだろーね」
恐ろしい怪物のほうがそれらしいのに、と口にしながら丸を飛ぶ。
崇も不思議そうに首をかしげた。
「うん、なんでそんな都市伝説が生まれるんだろう」
2人の疑問に対する答えは分からなかったが、草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)はかけている眼鏡の位置を直しながら応えた。
「まあ、普段は気にも留めないようなことに気づくのは子ども特有ってことかな」
予防できるものでもないし地道に潰していきますか、と苦笑。
噂とは往々にして尾ひれがつくもの。噂を持ち上げた子どもたちもまた、舗装跡を見て幼い想像力を働かせたのだろう。
それが子どもたちの恐怖を呼び起こし害をなす存在になってしまうとは因果なものである。
(「怖がる心は危険から身を護る本能……勇気と無謀が似て異なるように、慎重と臆病もまた違う」)
チョークの跡を見つめて、リーファ・シルヴァーニ(翡翠姫士・d07947)は思いを馳せる。
今回の都市伝説は、子どもたちの無邪気な恐怖から現れたもの。
(「それでも好奇心と言う諸刃の剣が出るのであれば、せめて取り返しの付くリスクで育ってほしいもの……」)
好奇心に駆られて取り返しのつかないことになってはいけない。だが、だからと臆病になってもいけない。
どうか子どもたちが、恐れることのないように。
小さい頃に似た遊びを楽しんでいたことを思い出し、稲峰・湊(中学生シャドウハンター・d03811)は縊が遊んでいるのを見て懐かしむ。
「このままじゃ遅かれ犠牲者が出ちゃうから僕たちでやっつけちゃおう」
「うん、子どもたちが安全に遊べるように都市伝説をなんとかしなきゃね」
九条・茜(夢幻泡影・d01834)もこくりと頷き、ぐっと拳を握り締めた。
せっかく楽しい遊び場があるのだから、都市伝説のために遊べなくなってしまうのは子どもたちにとっても面白くないことになってしまう。
「子供たちが心配なく遊べるために、この少年探偵がひと肌脱ぐよ! 怖い都市伝説だって、僕の頭と皆の力があれば解決できるよ」
ふふんと胸をそらして崇が言うその言葉に、静流は目を細める。
(「どちらかというと、都市伝説は私は信じないのだけど……」)
だからと言って危険を放置することはできない。彼女もまた気を引き締める。
「みんな、準備はいいかな?」
周囲の状況を確認していた大松・歩夏(影使い・d01405)が一同へ問う。
彼女の見立てでは、建物に据えられた室外機や荷物などの雑多なものは多少あるがそれらが行動を阻害するようには見えなかった。
これならば多少派手に戦ったとしても問題はないだろう。
歩夏の言葉に遊んでいた縊とそれを眺めていた湊は遊びを切り上げる。
全員の支度が整ったことを確かめると、リーファが静かに頷いて歩夏に合図をする。
歩夏自身も確認し、やや緊張気味の崇に微笑んでみせてから舗装跡と向き合う。
「じゃあ、いくよ」
制服の裾を翻して一歩踏み出す。
こつり。
それから、数瞬の静寂。
『……踏んじゃいけないんだよ……』
『……踏んだら、埋められちゃうよ……』
くすくすと笑う声が聞こえる。
男の子と女の子、現れた2つの影に、縊が笑う。
「さ、遊びの時間だね」
●
先手を取ったのは敵の出現位置に注意していた湊だった。
「キミの動きは見えてるよ」
スコップを構えようとする男の子へ向けてバスターライフルの攻撃を放つ。
収縮された魔力はしたたかに男の子を貫き、ごぶりと音を立てて赤黒いしぶきをまく。
げひぃ、とこぼれたのは声なのか。
不意打ちを受け姿勢を崩したところに歩夏が距離を詰めて爆裂手裏剣を撃ち、リーファが巨大な無敵斬艦刀を振りかざした。
男の子は手裏剣の爆発をもろに受けたものの、がづりと重い音を立てて無敵斬艦刀をスコップで受け止める。
スコップを振りかぶり歩夏を狙うが、歩夏の操る影業がするりとうごめき強打を防ぐ。
舗装跡を踏んだ相手を襲う都市伝説は灼滅者たちから反撃を受けるとは思いもしなかったのだろう。女の子が人ならぬ声を上げるが、その声は縊の放つ鏖殺領域の殺気に絡めとられてしまう。
「これでどう! 神薙刃!」
茜の生み出した風の刃が荒ぶり女の子へと襲いかかる。
切り裂かれた箇所からどろりとした赤黒い血のようなものを散らして女の子は短い悲鳴をあげるも、大してダメージを受けてはいないようだった。
「指輪よ、僕に力を貸せ!」
崇が契約の指輪に向けて言葉を発すると、女の子を指し示す。
「罪深き者よ! その体石のごとく!」
放たれた石化の呪いは、しかし女の子の動きを止めるには至らない。動きが鈍ったかと思ったが、それは一瞬のことだった。
静流が縛霊手を繰り出して一撃を見舞うも軽く受け流されてしまう。
相手の様子を伺っていた悠斗は眼鏡を外し、バベルの鎖をその黒瞳に集中させてゆく。視線の先には、邪悪な気配をまとった女の子の姿を捉えていた。
「見逃さないからな」
その視線を受け、ぇぎぃと奇声を発して女の子が飛びかかる。
鋭く叩き込まれる一撃を悠斗は日本刀でいなして避け、そこへ目標を切り替えた湊が暗く昏い漆黒の弾丸を女の子へと撃ち込んだ。
湊の内に潜む暗き想いは女の子を穿ち侵食する。
「数はこっちが上だけど、油断してちゃ危ないよ」
大きな瞳を瞬き、湊が女の子をまっすぐに見据える。
ぎぃ、と聞こえたのは呻きか悲鳴か。ダメージを負っていても、女の子はニヤニヤと張りついたような笑みを浮かべている。
「薄気味悪いな……」
嫌悪を含んだ言葉とともに、歩夏が再び爆裂手裏剣を男の子へ向けて放つ。
手裏剣が直撃し、ばじゃりとどす黒い赤を撒き散らしながら、それでも男の子も笑ったまま。
滴る鮮血の如く赤いオーラをまとわせ、リーファは一息に無敵斬艦刀を男の子に叩き付けた。
どろりとしたものをしぶかせ、ぞぐんと体を深くえぐるその感覚はどこか硬質な――まるで、コンクリートを斬りつけるかのようだった。
『埋められちゃうよ……埋めちゃうよ……』
不気味な笑みを浮かべて男の子がスコップを振り抜き歩夏を襲う。
歩夏の足元でうごめく影業が素早く動くも、低く向けられたスコップをガードしきれず足元をすくわれてしまった。
「うわっ!」
膝を突くまでとはいかずとも空足を踏み、何とかその場に留まる。
不調を見て取った茜が歩夏へ向けてふわりと清らかな風を招くと、優しい風に触れて歩夏の傷が癒されていく。
「歩夏先輩、大丈夫!?」
「だ……大丈夫」
まだ少しふらついていたが、戦闘に支障はない。大丈夫、ともう一度、今度は自分自身に言い聞かせるように口にし身構えた。
「あはは。キミはどれくらい赤くなるのかな?」
解体ナイフを手に踊るような動きで女の子の背後へ回り込んだ縊が都市伝説にも負けない凶笑を浮かべて切り裂く。
全身から赤黒いものを垂れ流し、ぼろぼろに斬りつけられてもなお、都市伝説たちは笑みを浮かべている。
ただひたすらに、埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めてしまいたいと願い願い願い願う故の狂笑。
『埋めてあげるよ……』
地を這うようなささやきはどちらのものだろうか。
女の子が男の子へ治癒の力を向ける。茜のそれとは違う力もまた傷を癒すが、アンチヒールの影響であまり効果を得られていないようだ。
どろりとしたものは変わらずぞぶぞぶと流れ続けていた。
再び女の子を指し示し、崇は魔力を弾にして撃ち放つ。
「その動きを封じるよ!」
魔法の弾をその身に受けた女の子の動きが鈍くなる。だがやはりその顔は変わることなくニヤニヤと笑っていた。
そこへ追い撃ちをかけるように静流が縛霊手の一撃を、悠斗が日本刀の一閃を放つ。
「何となく硬い気はするけど、そこまで硬くはないんだな」
感触に、悠斗は日本刀を振るって呟く。
拍子抜けするほどではなかったが、いささか違和感はあった。何にせよ、武器が弾かれることはなさそうだ。
バスターライフルに魔力を込めながら湊は女の子に狙いを定めた。
凶相を浮かべているが確実に消耗している。倒してあげるよ、と口の中で呟きビームを放つ。
女の子は、動けない。
ぎぃぃぃぃぃいいいいいいいいいッ!!
激しい叫びが上がる。
女の子は身体をまっすぐに撃ち抜かれ、魔力の粒子が散った。
●
雷鳴にも似た叫びがほとばしる。
『埋めてあげる……!』
対を失ったからか、それとも他の理由からか。笑みを浮かべたまま男の子が咆哮した。
歩夏の影業が走り刃と化してその体を切り刻んでも、リーファが無敵斬艦刀を振りかざし超弩級の一撃をその体に叩き込んでも、狂気じみた哄笑は止まらない。
その異様さに茜は気圧されるが、怯えを払い咎人の大鎌を振るう。
「切り裂け! 虚空ギロチン!」
現れる無数の刃。男の子はスコップを構えてガードしようとするが防御しきれない。
「どこ見てるのさ? こっちだよ」
解体ナイフを構えて縊は笑い、男の子が振り向くよりも早く刃が閃いた。
その凶刃に深くえぐられ苦痛に体を折ったところへ、圧縮され高められた魔法の矢が降る。
げぁっ、と軋むような音がこぼれた。
「僕の魔法からは逃れることはできないんだよ」
マジックミサイルを放った契約の指輪に触れて、崇は男の子へ微笑む。
「そして、あなたは私たちを埋めることはできない……永遠に」
優しくさえ聞こえる言葉とともに、静流が縛霊手を繰り出した。
男の子は狂笑を浮かべてスコップを振り攻撃を防ぐと、リーファへ向けて振り下ろす。
がぐんと重い音を上げて、無敵斬艦刀は狂気を打ち払った。
そこへ悠斗の一閃が一呼吸のうちに断ち、湊の一撃が撃ち抜く。
男の子の姿をした都市伝説はその得物も歪み全身に傷を負っていながらも、なおも笑みを消さない。
『うめてあげ……うめ……て、あが……げぎィ……』
奇怪な、もはや言葉ですらない声を上げながらスコップを構えている。
「そろそろ終わりにしようか」
暗く色を濃くした影をゆらめかせ、歩夏が男の子をしたたかに殴りつけた。
リーファの放つ紅蓮斬に男の子がよろめき茜の神薙刃にその得物を落とす。
そう長くはもたないだろうと判断した縊は、にぃと笑みを深くする。
「んーなんだかつまんないなー、がっかり」
もっとボクを楽しませてよ。笑いながら肉を斬り刻む。
探偵が犯人へ向けてそうするようにまっすぐに示して崇が魔法の矢を叩き込み、粛々と静流が縛霊手で殴りつける。
「悠斗、今だよ、お願い!」
好機を伺っていた湊が声を上げる。
既にほとんど力を失っていた男の子が最後に見たのは、白刃。
「チェックメイト」
くずおれる都市伝説に、そっとリーファが呟いた。
●
再びの静寂が訪れる。
「終わった……のかな」
ぽつりと歩夏が口にするそばで、縊と茜が舗装跡を踏んでみる。
つんつん。ぺしぺし。……とんとん。
何度踏んでみても、新たに何かが現れる気配はしなかった。
「もう大丈夫そうだね」
「ちぇー」
軽快に丸を飛びながら、心から残念そうに縊は溜息をつく。
まだまだ戦い足りないと言いたげなその様子に、眼鏡をかけ直しながら悠斗が苦笑する。
「そんなに何度も出てきたら困るじゃないか」
「出てきたらいいのにー」
「無事に解決したんだから、物騒なこと言わないの」
困ったように茜も笑い、ふわりと訪れた風に夕日色の髪を払った。
路地裏からは、先程まで感じた寂しさと違い、今は訪れる人……恐らくそれは、子どもたち……を待ち望むかのように思えた。
(「特に荒れていないし、後始末は必要なさそうね」)
戦闘の痕を確かめていたリーファは、大した被害のないことを見て取ると安堵した。
邪魔にならないと言えどもあちこちにある雑多なものは、整然としてかつ乱雑に置かれている。
「これでもう都市伝説におびえることなく子どもが遊べるよね」
ほっとした様子で喜ぶ崇に静流が頷いて応える。
「ええ。これで、安全は確保されたわね」
「えへへ、皆お疲れ様っ♪」
緊張を解いて、湊がにっこりと微笑む。
「さ、帰ろうか」
「そうだね」
言葉を交わし、一同は帰途へとつく。
ふと。立ち止まり、崇がチョークを取り出した。
地面に記したのは『Q.E.D.』――『かく示されたり』。
「これで事件も解決、だね」
ぽつりと呟き、愛用の鹿撃帽を目深にかぶる。
灼滅者たちが立ち去った後の路地裏は、変わらず静かだった。
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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