花と活きる

■リプレイ

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（「大好きなことが人を殺すことに繋がるのは……悲しいな」）
　明かりが少し足りないかもしれないと、結月・仁奈（華彩フィエリテ・d00171）は煌色鬼灯を点灯する。
（「でもまだ大丈夫。きっとやりなおせる」）
　鈴生りの鬼灯の実の輝きが仁奈のピンクの瞳を照らした。
「華道少女か……」
「華道とな」
　らすりがくるであろう方向を見ながら、仁帝・メイテノーゼ（不死蝶・d06299）と外法院・ウツロギ（轢殺道化・d01207）が呟く。
「彼女をこのまま闇の道に進ませるのは良くない……ぐらいは分かる」
「武道にしろ華道にしろ、道を極めようとすると深淵を覗きやすくなるのかな」
（「和服を着ているということは普段から和装、正座で生活してるということ」）
　ふっとメイテノーゼの視線が遠くなった。華道の師範、当然正座には慣れているはず。しかし、
（「正座に慣れているはずの子が不意に足がしびれてしまう……しびれに耐え切れずイタタ……とよろめいているところと偶然目が合い顔を真っ赤にした彼女は「何を見てるの！」」）
　メイテノーゼが目を見開く。
「言われたい超言われたい」
「和服少女ぺろぺろ」
「ん？」
「はい？」
　虚の文字の下、ウツロギの口がニッコリ笑った。
（「花の落ちる様は、確かに首が落ちるよう」）
　鬼灯・唯乃（落椿・d31411）が携える日本刀の名前は雪椿。唯乃も椿の花がころん、と落ちる様を見ると衝動が落ち着く節がある。
（「近しいものを感じる子。ずっと1人で耐えてきた子。なんとか、救ってあげたい」）
「あ、あれ」
　ジェルトルーデ・カペッレッティ（撃滅のストラディオット・d26659）が指さした。
「らすりたん発見伝」
　ウツロギが言う。草履を鳴らしおぼろげに歩く少女。その右手には、
「学園では色々なものを殲術道具として使ってるのを見かけるけど、」
　黒揚羽・柘榴（魔導の蝶は闇を滅する・d25134）が花鋏を見ながら、言った。
「道具はやっぱり本来の目的に使ってほしいよね。まだらすりちゃんは戻ってこれるはず。きっちり助け出すよ！」
「はい！　せんぱいを刃の狂気から絶対に解放してあげるのです」
　北護・瑠乃鴉（黒童狼・d30696）がうなずく。
「彼女という花は、咲いていられるだろうか」
　道の中央へ紫乃崎・謡（紫鬼・d02208）が進み出た。
「悲観するにはまだ早い。さて、尽力するとしよう」
　草履の音が止まった。

●
「こんばんわ。素敵な装いのお嬢さん」
　優しく謡がらすりに声をかけた。唯乃は殺界形成を発動し、
「これで、あなたと、わたしたちだけ。こんばんは、らすり」
「名前……？　なぜ、」
「大丈夫。わたしたちはらすりちゃんを救いにきたんだよ」
　仁奈が言う。
「救い……」
「その殺人衝動に乗っ取られれば、貴女は消える」
「！」
　謡の『殺人』の一言に、らすりの目の色が変わった。
「その衝動……人に向けちゃ、だめだよ！」
　ジェルトルーデがだめだよのポーズ。
「わ、私は」
　らすりが花鋏を握りしめる。巻きつけられた包帯の間、謡の紫の瞳がそれを映し、
「よく、手入れされているね」
　らすりははっと手元へ視線を落とした。大事にしていることがわかる鋏、丁寧に着付けられた和服。謡は彼女の見目から彼女が愛されて育ったこと、彼女も家族を花を華道という道を愛していることを悟る。
「その鋏で血を見たいのか」
　メイテノーゼが言った。
「違う！　違うから私は！　私、」
「花を切り落とすことも人を傷つけることと同じ」
　仁奈の言葉にらすりがびくり震える。仁奈は表情を緩め、
「そう感じて心を痛めていたらすりちゃんは、優しい心を持ってるんだと思うよ」
「私は……」
「わたしもお花が大好きだからわかる」
　しゃがみこんでしまったらすりの肩に、仁奈が手を置いた。
「人を傷つけないためにらすりちゃんが頑張ってたのわかるよ」
「春南、すてきなお名前です」
　瑠乃鴉が言う。
「南風はお花や木々に春を運んでくるです。お花が大好きなせんぱいにぴったりです」
「らすりさん、お花、好きなんだよね？」
　ジェルトルーデも言った。
「だったら、お花の頭、切っちゃうだなんて、そんな悲しいこと、だめ！」
「でもほかにどうすれば！　っ、」
　らすりが何かを堪えるように左手で口元を押さえる。
「君は花を生けることが好きなんでしょ？　ならまだ戻れるよ」
　ウツロギが言う。
「花の頭を切り落とすことを止めたくないかい？　僕たちが止めてあげる」
「その手は、その花鋏は、花を、人を、活かすために、つかって！」
　ジェルトルーデがつかってのポーズ。
「1人で、辛かったわね」
　唯乃が言った。
「今なら間に合う。ボクたちは阻止しに来た」
　謡が言う。らすりが視線だけをあげた。
（「もうすぐ、時間だ」）
　柘榴が察する。
「私を……止められる、……の」
　らすりの声が不自然にうわずった。謡は、
「ボク達もそれなりに強い。胸を借りるつもりで任せて欲しい」
「もういいんだよ。花を切り刻んだりする必要はもうないよ」
　言いながら柘榴は手の甲を構える。仁奈も槍を握り、
「ご両親に見られたのは……謝ろう。らすりちゃんがお花好きなの、ずっと近くで見てきたんだもん。きっと許してくれるよ」
「……謝る？　私が？」
　仁奈の手元で、槍が少しずつ空気を螺旋に巻き込み始めた。
「終わりを刻んであげるね。屠れ、『雪椿』」
　唯乃がスレイヤーカードを解放する。愛刀を手にとった一瞬口元に艷やかで怪しい笑みを浮かべると、絶対不敗の暗示に内なる魂を燃え上がらせた。
　サウンドシャッターはメイテノーゼによって発動済。そして、
「魔力よ！　邪悪を防ぐ盾となれ！　ワイドガード！」
　足元に五芒星の魔法陣。背には朱に透ける蝶の羽を背負い、柘榴が障壁を展開する。辺りを取り巻く黒い殺気はメイテノーゼが起点。
「！」
　突如音なく謡の身体がしなやかに後転し、風を切った。花鋏から放たれた斬撃は残像を裂いたのみ。らすりはクスクス笑いながら立ち上がる。
「まだ名乗っていなかったね。ボクは紫乃崎謡。貴女の名前も教えてくれないかい？」
「おかしな人。知っているくせに」
　らすりは花鋏の先を自分の髪へ刺すと、ぐっと毛先まで梳いた。
「私は春南らすり、よ」
「それでは六六六人衆の春南らすりさん、」
　らすりへウツロギが黒い聖剣【背徳】を向ける。
「僕たちに花の扱いを教えてもらえるかな？」
　らすりが微笑んだ。

●
「力比べです。これは、重いのです」
　小さな身体に漆黒の髪が躍る。瑠乃鴉が異形巨大化させた片腕をらすりへ振りかぶった。袂を返し受け流そうとしたらすりだったが、後ろから肩を仁奈の槍に穿たれタイミングを逃す。螺旋に巻き込まれ破ける布地。瑠乃鴉の腕が振り下ろされ、潰れた右肩に血が弾け飛んだ。しかしらすりは平然と突き刺さったままの仁奈の槍の先を左手で掴んだ。
「！」
　花鋏が肩ごし、仁奈の顔面へ向かう。が、
「はいはい、僕の相手もしてくれないと」
「ッ！」
　瑠乃鴉が間合いを抜けた隙、らすりの胸の中央へウツロギが【背徳】から放った白光の斬撃が命中。仁奈は槍を引き抜いて飛び退いた。
（「雷は嫌い。でも、」）
　ゆらりと身体を起こしたらすりと対かのように、唯乃もゆるやかに服の裾をさばき、雷とかえた闘気を拳へ宿す。銃声、朱い海、愛する幼馴染。雷が唯乃に思い出させることは多すぎる。それでも。
　パキパキと唯乃の拳へ集う雷光の下、コンクリートを走るメイテノーゼの黒い影。対角では謡が影をShibateranthisに纏いつけ、ひゅ、と身体を沈めるや否や尾を残す動物のように低い姿勢から間合いへ飛び込む。
　先に届いたのは鋭く尖った影の先端。避けようと動いた脚を逃さず伸び上がった影が、らすりを斬り裂いた。
　刹那暴風が巻き起こる。らすりが左腕を伸ばすとともに毒の渦は後衛に向かったが、その前には盾役が立ちふさがった。
「ルーデちゃん、平気？」
「うん、ありがとう！」
　毒に耐性のある装備を身につけた柘榴の羽の影からジェルトルーデが駆け出る。ジェルトルーデはソードを構えると、刻まれた祝福の言葉を癒しの風に変換。前衛を浄化する。聖なる風に前髪を揺らし、踏み込む柘榴。
「もう大丈夫だよ！　君の中の闇の心はボクたちがやっつけるからね！」
　すれ違い様、柘榴がらすりの首筋に針を突き刺した。生命力を吸い取られ眉をしかめたらすりの下顎を、素早く懐に入り込んだ唯乃の拳が雷鳴を響かせ殴りつける。
「ウ」
　らすりの唇から鮮血が滴った。瞬間らすりの頭上に跳ぶ影。華奢にも見えるShibateranthisを翻し、謡が殴りかかる。らすりは霧を展開、逃げ切ろうした。だが獣の如き直観を持って動く謡に目眩ましは通用しない。
「ッ、」
　らすりの肩を謡の爪先が押した。前転した謡は天地逆の状態でらすりと目が合う。
「華道に通じる貴女が、花の頭を落とすのはさぞ辛かったろう」
　謡が槍を振りぬいた。叩きつけられた影がらすりのトラウマを引きずり出す。
「花が好きなら尚更。殺すより、活かすのが似合いだ」
　らすりに当てた槍を軸に身体をひねり、謡は離れた間合いへ着地する。
「衝動に負けてやるのにはまだ早いさ」

●
「霊子力原動機、起動！　出力、上昇！」
　ジェルトルーデの身体をオーラが包む。
「もっと、もっと！　足りなければ、そのぶん魂を、燃やす！」
　両足でタン、とジェルトルーデの隣、同時に柘榴も地面を踏んだ。一瞬顔を見合わせた後、柘榴は前方へ走り込み、ジェルトルーデはその場からジャンプする。
「どうか落ち着いてくれ」
「ッ！」
　不死鳥の加護を得ているメイテノーゼが、死角かららすりの防御を破壊し、右脚の腱を断った。花鋏の先が間一髪避けたメイテノーゼの頬へ薄く血の線をひく。
「君が道を間違えると、世にある美しい物が消えてしまうし」
「！」
　再度狙おうしたらすりの身体がガクンと傾ぐ。今度は柘榴がらすりの左脚の踵へ、ざっくりと斬り込みを入れていた。
「君という美しい者も無くなってしまう」
　金に混じる前髪の赤い一房を、瞳の赤の上から払い、メイテノーゼが言う。
「らすりさん、絶対に、ぼくたちが、連れて帰るから！」
　ジェルトルーデは空中で両手を構え、
「ちょっと、痛いかもしれないけど、我慢してね！」
　手のひらに集めた動力をらすりに向かって放った。
「今なら、まだやり直せるから、おねがい、その衝動、乗り越えて！」
　眩い衝撃にぐわんと揺らぐらすりの身体。光の中からメイテノーゼと柘榴が駆け出る。
「この輝きが、ぼくたちの、ちから！　だから、ぼくたちの、手をとって！」
　ジェルトルーデがちからのポーズ、そして手をとってのポーズ。そこへたっ、と地面を蹴り、
「今のぼくは、ちょっと速いのです」
　輝きの残る中央へ瑠乃鴉が飛び込んだ。狼の片腕、銀爪がらすりを狙い、らすりは花鋏を向ける。しかし鋏は空を切った上、
「君の衝動は僕が受け止めてみせよう」
　ウツロギがぱしんとその手首を掴んだ。
「ーーッ！」
　瑠乃鴉の爪が和服の胸元へ食い込む。
「らすりちゃん、やっぱり……」
　らすりの人の心は、花鋏で人を傷つけたくないのだ。仁奈が薄々感じていたことが確信に変わる。戦闘が始まってからどれ程の時間がたっただろう。幾度となく花鋏を自分たちに向けてはいたが、まともに命中したことなど1度もないのではないか。
「らすりちゃんは鋏は使えないよ！」
　ロッドを構え仁奈が駆け入る。ウツロギがぱっと手首を放すと、らすりは殺気の霧を放出した。それしかできないことを皆知っている。得られる防御もまた破壊するだけのこと。
「刃物は、人に狂気と凶気を与えてしまうです」
　殺気に耐え、爪を食い込ませたまま瑠乃鴉が言う。
「ぼくの刀も、元来は人を斬る道具でしかないですから。でも、」
　瑠乃鴉は母の形見である黒刀を見、
「使い方によっては、人を守ることもできます」
「ッ！」
「ダメだよ、油断しちゃ」
　瑠乃鴉に掴みかかろうとしたらすりのうなじへ、大鎌【罪悪】の断罪の刃が振り下ろされた。
「ア、あ、」
「春南せんぱいのはさみも、傷つける事のできる刃物ですけど、朽ちゆく葉を落として、お花を活かす事の出来る道具でもあります」
　爪を抜き、瑠乃鴉が駆け抜ける。うなじを押さえ、逃げようとしたらすりを縛り上げる唯乃の影。
「あっ、っ、放し、」
「花を生けることが好きなあなたなら、その手で切り落とした花も、その手で『生かす』ことができるはず」
　ダンと地面に手膝をついたらすりを、唯乃の影が引きずり戻した。立ち上がろうと立てた片膝は、背中から胸へと通された謡のShibateranthisの先に貫かれ、
「今度は花を育ててみるのはどうかな」
　一歩も動くことのできないらすりの前に、仁奈も膝をつく。
「活けるのとは違うけど、よければ一緒に……冬が終われば春が来るから」
「僕たちの学園においでよ」
　ウツロギが言った。
「一緒に学園で、力の使い方、学ぼう！」
　ジェルトルーデが言う。
「これが済んだら、もう、ずっと友達！」
「内なる狂気に負けず、一緒に頑張るです」
　瑠乃鴉が微笑む。仁奈がロッドの先をらすりへ当てた。注ぎこまれた魔力が爆発し、崩れ落ちたらすりをメイテノーゼが受けとめる。
　指先からこぼれた花鋏は、ウツロギがそっと拾いあげた。

●
「落ち着いたか？　……と、」
　メイテノーゼが自分の頬を、ちょいちょいと指でさしてみせた。
「あ」
　気づいたらすりも、自分の頬に揃えた指を持っていく。
「これ使って？」
　仁奈がハンカチを差し出した。
「ありがとうございます」
　らすりは受け取ったハンカチで頬を拭う。
「洗ってお返しします。……ええと、でもどちらへ」
「もしよかったら」
　メイテノーゼが言った。
「俺たちのいる、武蔵坂学園に来てはどうだろうか」
「むさしざか、ですか？」
「そうだよ」
　らすりと視線の合ったジェルトルーデがうなずく。
「俺も時々自分を見失うようなことはあるが……周りに仲間がいるおかげで自分を保てたこともある」
　メイテノーゼがらすりの正面に立つ。
「美しいままに美しいものを生み出せる学校に是非」
「ボクも貴女の活ける花が見てみたいね。よければ、学園で」」
　謡が言い、ウツロギがらすりに花鋏を渡した。らすりは手にもった花鋏をじっと見つめる。柘榴は、
「お父さんたちへの説明も一緒にしてあげるね」
　らすりが顔をあげた。そして皆の顔を確かめるように見回し、
「よろしく、お願いします」
「嬉しいわ。歓迎する」
　唯乃が言った。瑠乃鴉はらすりの両手をスッと取る。
「せんぱいの活けるお花、楽しみにしてるですよ」
「はい」
　らすりははにかみながら答え、メイテノーゼの方を見ると、
「あの、しっかりしていらっしゃるんですね……同じ年、くらいなのに」
「あ。あー……まあ」
　まだ冬は終わらない。しかし美しい花はすぎゆく季節のどこにでも。

作者：森下映	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 5／キャラが大事にされていた 2
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