●いきるためにしたこと
お母さんが居なくなったその日に、お父さんが消えた。
たぶん、ワタシがおかしな子供だからだめだったんだと思う。
あまり良い育てられ方をした覚えはない。
それはたぶん、仕方のない事だったのだろう。
ひとりになったワタシは、まず最初に狩りの仕方を覚えることにした。
家の裏を歩くネズミや、塀にとまるカラスを噛み殺し、ごはんにする術を知った。
ごはんはおいしい。
だから生きていられる。
しだいにいろんなことを覚えた。
手をついて走る術や、臭いを覚える術や、夜闇を駆け巡る術だ。
そのたびに、少しずつ忘れていくものもある。
お母さんの顔や。
お父さんの声や。
喋り方や。
歩き方や。
ワタシの名前や。
人間であったことを。
ワタシは、怪獣になるのだ。
●怪獣になった少女
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は机の上に資料を並べ、説明を続けていた。
人がダークネスに堕ちようとしているのだという。
それも、イフリートと呼ばれる炎の獣にだ。
だが今回の件に関しては、まだ当初の人格を残している。つまり、人間に戻る道を残しているのだ。
いわば『ダークネスのなりかけ』とも言うべき存在を倒し、人間へと引き戻してほしい。
それが、今回課せられたあなたの役目だった。
篝火・煙火(かがりび・えんか)。
それが彼女の名前だった。中学生程度の少女で、イフリートになりかけている。
……と言うより、もはや言動が獣のそれに傾き、夜には動物を狩って食うと言う。
こうなってしまえば、もはや倒すしか救う方法はない。
姫子の指定した場所で待ち構え、戦闘によって撃ち倒すのだ。
一般人であったならそのまま人として死ぬだろう。
だがもし彼女に灼滅者の素質があれば、灼滅者として生き残ることができる筈だ。
戦闘能力はファイアブラッドのそれとほぼ同じと考えてよい。だが……あくまで元は人間。まだ辛うじて、言葉の通じる部分も残っている筈だ。
それをどう活用できるかは、あなた次第なのだが。
「大変な任務ではありますが、どうかよろしくお願いします」
資料を手渡し、姫子は小さく頭を垂れた。
参加者 | |
---|---|
千布里・采(夜藍空・d00110) |
久我・街子(刻思夢想・d00416) |
三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716) |
石炉・煉志(高校生ファイアブラッド・d02298) |
李・月龍(華之孤・d02641) |
赤威・緋世子(赤の拳・d03316) |
天咲・初季(ブルームスターマイン・d03543) |
雨羽・月(高校生ダンピール・d03647) |
●恵まれぬ者の列 ~weaken parade~
夜道である。
千布里・采(夜藍空・d00110)はブロック塀に背を預け、缶コーヒーを持っていた。
「もうそろそろやな」
「……」
既に解除済みの雨羽・月(高校生ダンピール・d03647)が、刀の柄を指で撫でる。
「イフリートのなりかけか……灼滅者として生きるか、それともこのまま滅びるか」
「人間らしさをまだ失いたくないってんなら、まだ踏みとどまっていられるんじゃねえのか」
手を強く握る石炉・煉志(高校生ファイアブラッド・d02298)。
「捨て置けねえよ。赤ん坊の怪獣に、ちいと手荒な子守唄を歌ってやろうぜ」
「そうだな、人間として生まれたからにゃ、最後まで人間として生き抜くってのが筋だ。辛いことがあろうとな」
腕組みをして道路の真ん中に陣取る赤威・緋世子(赤の拳・d03316)。
準備を終えた天咲・初季(ブルームスターマイン・d03543)が顔を上げた。
「私は……大切に甘やかされて育っちゃったから、気持ちが分かるなんて言えないけど。でも悲しいよ、親がいない、ひとりぼっちなんて」
「それは、分かります」
彼女の横で斬艦刀を担ぎ上げる久我・街子(刻思夢想・d00416)。
「本を読んだり、音楽を聴いたり、友達を作ったり、沢山楽しい事があります。もっと美味しいごはんだって……。もっと幸せな生活が送れるんだって、教えてあげたいです」
カツン、と缶コーヒーの底が鳴った。
ブロック塀の上に空き缶を置いて、影業をざわりと広げる采。
まるで獣のようにその場を駆け抜けようとしていた少女が、本能的に足を止めた。
ぺたりと両手を地についてこちらを見る。
「篝火煙火さん、だよね……? 僕達はお前と戦いに来たんじゃないぞ、友達になりに来たんだ」
両手を上げてゆっくりと近づく三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)。
「僕たちには同じような力がある。もっと面白い世界も知ってる。だから――」
「オマエ」
口を半開きにした煙火に、柚來はぴたりと足を止めた。
幼く、少しばかり高めの声で彼女は言った。
「オマエ、おいしい?」
「え――」
柚來が眉を上げたその瞬間、彼の足元を炎の渦が舞った。
襟首を引っ張って柚來を下がらせる李・月龍(華之孤・d02641)。
「まー、かわいくなっちゃってー」
月龍はカードを手の平に握ると、小声で『キリングハンド』と唱えた。
こがね色のオーラが沸き上がり、彼を包み込む。
「早速だけどさ……ちょっとばかし、がまんしてね」
●怪獣、篝火煙火。
宙を舞う炎を見た。
「――ッ!」
反射的に戦艦斬りを繰り出す街子。その斬艦刀のブレードに素足の篝火煙火が乗っていた。
目を見開く。
「伏せろ街子ォ!」
背後から聞こえた緋世子の声に慌てて頭をひっこめる。頭上スレスレを緋世子の斬艦刀が豪速で通過した。バク転をかけながら飛び退く煙火。
街子は空中の煙火にギルティクロスの十字架を発射。全く同じ速度で緋世子が跳躍した。
「拳で語ろうじゃねえか。これもまた――青ッ春ッだああああ!」
オーラを纏った鋼鉄拳を繰り出す緋世子。両手を重ねてキャッチする煙火。その直後に煙火の背中へギルティクロスが炸裂した。
「ギャッ!?」
獣のような声をあげ、傷口から炎を吹き出しながら墜落する煙火。
そこへ縛霊手を振り上げた煉志が突撃した。
着地直前のタイミングで強烈なビッグパンチを叩き込む。
煙火は吹き飛びブロック塀を破壊。が、両手両足に炎を纏わせてすぐさま飛び掛ってくる。
凄まじい速度でぶつかってくる煙火に、煉志の身体がビリヤード玉が如くはじけ飛んだ。
地面に両手両足をつける煙火。しかし彼女が飛び上がる前に、初季の援護射撃が浴びせられた。ごろんと転がってかわす煙火。続けて采のデッドブラスターが叩き込まれ、そのままごろごろ転がっていく。
起き上がりざま、初季と目が合った。
「――」
目を細めて発砲。煙火は飛来した弾丸を歯で受け止め、がりりと噛み砕いた。
薙ぎ払うように腕を振り、凄まじい炎を発生させる。初季と采は身を覆う炎に顔をしかめた。
「完全に獣じみとる……」
「ううん、まだ人間だよ。言葉は届く!」
ガンナイフをリロード。構えなおしてマジックミサイルを乱射する初季。
煙火はその場から大きく飛び退くが、予め上からかぶせるように放たれた采の影喰らいに覆い込まれた。そこへ采の霊犬が六文銭射撃を連続で叩き込む。
影の中で痩せこけた女性に首を掴まれる煙火。
「――ッ! ――ッ!」
煙火はばたばたと暴れて首を振る。
バランスを崩し頭から落下した所で、柚來はディーバズメロディを放った。
「俺たちは敵じゃない。仲間になれる」
「う……」
ぐらんとよろめく煙火。
「だから」
「ききたくない」
自らの両肩を抱くようにして、爪で背中を切り裂いた。
巨大な炎の翼が生まれ、羽ばたきと共に周囲のブロック塀を薙ぎ払う。
「ききたくない、かんがえたくない、いや、いやいやいや!」
そして、煙火の身体は完全に炎に呑まれた。
「あーらら、怒っちゃったかしらん」
オーラキヤノンを流し打ちしながら円を描くように走る月龍。
煙火はそのすべてを炎の翼で受け止めた。
翼を広げ直し、炎の渦を放つ。
「ほら煙火、こっちこっち!」
月龍は舞うように避けて跳躍。煙火の眼前まで飛び掛ると、閃光百裂拳を繰り出した。
腕を交差させて攻撃に堪える煙火。
適当に攻撃してから飛び退こうとするが、その直前に襟首をひっつかまれた。
「いや」
零距離からバニシングフレアを叩き込まれる。
炎の渦に巻き込まれて転がる月龍。
その上を月が飛び越えて行った。
刀を鞘に納めたまま腰を捻る。
「反応が遅い」
着地と同時に踏み込み、高速で居合斬りを繰り出した。
胸が切り裂かれ、血と炎が吹き上がる。
「腕を落とすか牙を砕くか」
返す刀で雲耀剣を繰り出す月。
煙火は腕を狙う刀を素手で掴み取り、そのまま月の腕に齧りついた。
「ぐ……!」
肉ごと食い千切り、軽く跳躍。月の胸に零距離ドロップキックを入れながらその場から飛び退いた。
宙をくるくると回り、ブロック塀の上に降り立つ。
そんな煙火を見て、月は自らの腕を抑えた。
「もはや……人の姿ではないな」
篝火煙火は炎に覆われ、炎の翼を生やし、洞のような目を瞬かせていた。
怪獣になりきる時は、近い。
●人間、篝火煙火。
今にも飛び掛らんとする煙火へ刀を突きつける。
月は、目を細めて言った。
「何もかも忘れて、獣に成り下がるか。確かにそれは楽だろう。考えることもなくなる。だがそれはただの逃避に過ぎない。目を背けただけだ」
「…………」
ぱちぱちと瞬きをする煙火。
彼女を包む炎が、徐々に火力を弱めていった。
「抗うと言うなら手を貸そう。道連れくらいにはなってやる」
「…………」
今なら通じる。そう思った柚來は意を決して足を踏み出した。
「境遇とか、考え方とか、そういうのは分からないんだ。ごめん」
がしがしと頭をかく柚來。
「でも、友達にはなれるぜ」
「ともだち」
「そう、友達に――」
「いらない」
煙火はゆっくりと二本足で立つと、両手に炎を集め始めた。
殆どぼろきれだった衣服が焼け落ちていく。
「ともだちはいらない。おいしくない」
両手を振りかざす煙火。その途端、柚來や月の居た場所から炎の柱が昇った。
「うわ!?」
慌てて飛び退き清めの風を吹かせる柚來。
これ以上暴れられてはまずい。柚來が本能的に危機を察した所で、視界を影の幕が覆った。
更に放たれる炎を振り払い、采が手を広げる。
「お父さんやお母さん、大切なんやろ」
「……ん」
ぴくりと指を振るわせる煙火。
「生きたくて、苦しテク、そんなきもちは分かる。忘れても、いいんよ?」
「わすれても」
「いい。誰かの想いはずっと傍にあるんや。だからこっちへ戻っておいで煙火。その名前に込められた思いまで、燃やさんといて」
「だったらなんで、いないの」
ばりばりと、べきべきと、煙火の皮膚が焼けていく。
その下から、まるで脱皮をするように爬虫類じみた体が現れようとしていた。
「みんないない。いない。ワタシが『こんな』だから、でしょう!?」
煙火の足元にあったブロック塀が一瞬で爆砕した。そう思った時には、煙火は闇夜を飛んでいた。
飛翔とは違う。
だが彼女の背から伸びた竜のような炎翼が、まるで空を覆うように大きく大きく羽ばたいたのだ。
大量に降り注ぐ炎。
月龍は顔を腕で覆いながら叫んだ。
「煙火、本当に嫌な事しかなかった? 楽しかったことや、嬉しかったことは無かったの!? アンタはまだニンゲンのニの字も味わってない。そんなやつが人間やめるなんて百年早いわ!」
僅かな隙間からオーラキヤノンを叩き込む。
バランスを崩して落下を始める煙火。
そこへ緋世子と初季が飛び掛った。
煙火の拳から繰り出されたレーヴァテインと初季のレーヴァテインがぶつかり合い、お互いの背後へ大量の炎を吹き流した。
「あなたは人間なの、忘れないで。思い出を消して、心を殺して獣なんかにならないで! 一人が嫌なら、居場所が欲しいなら、私達が一緒にいてあげられるよ! 煙火ちゃん!」
斬艦刀が叩き込まれ、それを素手で受け止める煙火。
「俺は、ええい語りづらい。つまりだ! これから人間として楽しい人生歩もうって話だよ!」
「わからない。そんなの……わかんない!」
それはたぶん、子供の癇癪だったのだろうと思う。
緋世子の剣と初季の腕をそれぞれ掴むと、地面に思い切り叩きつける。
アスファルトが盛大にえぐれ、砂塵が雨の様に降った。
煙火は自らから吹き出る血を炎に変え、一面を炎の海に変えた。
しかしそれはすべて、癇癪の類だったのだろうと……そう、街子は思った。
「いっしょなんですね……僕も、君も」
斬艦刀をしっかりと握り、炎の海を歩く街子。
「僕はもしかしたら、君みたいになっていたのかもしれない。その逆だって、あったかもしれない。だから――」
思い切り振り込んだ剣が煙火の腕を引き裂く。直後に街子の腕が引き裂かれ、腕から炎が沸き出した。
「君は、人として幸せになれます。その権利があります!」
「わからない、わからない!」
歯を食いしばって剣を叩きつける街子。その剣が嚥下の肩に食い込むのと同時に、彼女の拳が街子の顔面をとらえた。
炎と血を吹き上げ、きりもみして吹き飛ぶ街子。
「にんげんなんて、もうしらない」
だが次の瞬間、噴き上がった炎を突き破って煉志が飛び掛って行った。
「ふざけんな!」
縛霊手の拳が煙火の顔面に炸裂。
煙火はごろごろと燃える地面を転がった。
「捨て親も責めねえようなヤツが、ひとりで人間やめようとしてんじゃねえ!」
うつ伏せの状態から顔をあげる煙火。
煉志は炎の中でファイティングポーズをとった。
「そんな所に一人でいるのは寂しいだろうな。お前ひとりじゃ人間やるのも難しいんだろうよ。だったら!」
煉志の背から炎の翼が生えた。
四足で飛び上がり、殴りかかる煙火。
拳を繰り出す煉志。
二人の拳がすれ違い、互いの頬へ叩き込まれる。
衝撃を逃がしきれずに回転する煙火。熊手のように掲げた手を煉志へ叩きつける。
側頭部へモロに食らってよろめくが、煉志は気合で持ちこたえた。
「俺が思い出を作ってやる! 手伝ってやる! 煙火あああああああ!」
全力でパンチを繰り出す煉志。
彼の拳は煙火の顔面を叩き潰し、激しい縦回転をかけながらブロック塀の瓦礫へと突っ込ませた。
「しらない……ワタシ、まだ……なにも……」
手を振るわせ、起き上がろうとする煙火。
空に掲げられた彼女の手は、虚しく地面へ落ちた。
●死とその意味
炎はやみ、世闇は静寂を運んできた。
いつのまにか空を覆っていた暗雲が、重たい雨を降らせている。
ぐっしょりと髪を濡らし、街子は立っていた。
「お疲れ様……みんな」
「……ああ」
塀に背を預け、地面に座り込んでいる緋世子。
雨の降る地面は冷たいのかもしれないが、今はむしろその冷たさすら感じなかった。
雨にぬれる髪を上げる柚來。
「彼女は……?」
「…………」
初季は目を伏せ、煙火のそばで立ち止まった。
空き地の雑草の中で、仰向けに倒れた少女がそこにいた。
衣服は殆ど焼け落ちているのに、肌は白いまま。
まるで炎そのものだった彼女は今、冷たくなっていた。
「貴様は、人を選んだか」
「人間のアンタも可愛いわよ」
月龍が上着をかけてやり、月は彼女に背を向けた。
采が煙火の傍に腰を下ろした。微笑んで頭を撫でる。
「気持ち、分かる……。全部捨てたかったんやろ、大切なものも纏めてぜんぶ。でも、捨てきれなかったんろ。わかる……わかるよ……」
目を瞑る采。
封印状態にした煉志が、煙火を見下ろせる位置で立ち止まった。
「煙火」
「……ん」
ぴくり、と煙火の瞼が動いた。
ゆっくりと目が開く。
「こっちに来い」
手を出す煉志。煙火はその手を見て、すぐに空へと視線を移した。
唇が開く。
「つめたい」
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 18/感動した 8/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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