ビーフストロガノフに、愛はいらない

    作者:雪神あゆた

     山口県。道路沿いの廃屋の中。
     あちらこちらに、家具だったと思しきものの残骸が転がっている。
    「酷いところ……」
     呟いたのは、廃屋に足を踏み入れた少女。デニムのホットパンツに、袖なしシャツを着た少女だ。
     彼女が漂わせる色香は淫魔のそれ。
     だが――廃屋の奥にいる男、コックスーツ姿の男は、色香に反応せず、冷たく言葉をかける。
    「なら、こんな酷い所に隠れ住む俺、その俺を訪ねてきたのは、どういう訳だ?」
     男は左手に皿を持っている。皿に盛られているのは、薄い茶色をした料理。ビーフストロガノフ。牛肉やキノコ、玉葱等を炒め、煮込んだ料理。
     彼はロシアン怪人残党、ビーフストロガノフ怪人。
     怪人へ、淫魔は告げた。
    「私達の仲間になって欲しいの」
     怪人は沈黙している。
    「仲間になってくれるなら、私のこと、好きにしていいわ」
     怪人は淫魔に歩み寄る。
     交渉の成功を確信する淫魔。唇が弧を描く。
    「うふっ。優しくし……きゃああ?!」
     甘い言葉は、しかし止まる。
     男のコック帽の先から生えた角が、淫魔の腹を貫いたのだ。
    「なんでよっ……超スーパーアイドルの私が頼んでるのに……いたぁい」
    「新しい主君も、新しい仲間も、いらぬ! くだらぬ淫魔よ、死ね!」
     
     教室に集まった皆の前で、ヤマトは溜息をつく。
    「女の色気は強い武器。けれど万能ではない、か」
     ヤマトは本題に入る。
    「ラブリンスター配下の淫魔がロシアン怪人残党を誘惑しようとし、殺害される事件が起きるようだ」
     その淫魔、元気少女でアイドルのミラランが、ビーフストロガノフ怪人を誘惑して仲間に引き入れようとするが、交渉は決裂し、殺されるらしい。
    「ラブリンスター勢力には、サイキックアブソーバー強奪戦の恩もある。放ってはおけない。
     でなくても、残党ダークネスが事件を起こす前に、倒すチャンスだ。このチャンスは逃すべきでは無いだろう。急ぎ現場に向かい、怪人と戦ってくれ」
     
     現場は、山口県の道路沿いの、廃屋の中。
    「お前達が廃屋の中に入り、ビーフストロガノフ怪人に接触できるタイミングは2つ」
     一つ。『怪人が淫魔ミラランを攻撃する直前』。
     二つ。『怪人がミラランを殺した直後』。
    「淫魔を助けたいなら、一つ目のタイミングを選び、淫魔が攻撃される直前に介入するべきだろう」
     この場合は、淫魔は怪人と灼滅者の戦闘には参加せず、逃げる。共闘はできないが、淫魔の命は無事だ。
     ただし。淫魔は「自分が攻撃されそうになっている」と気付いてない。
    「灼滅者が交渉を妨害したせいで、失敗した!」と思いこんでしまう可能性がある。だから、淫魔が逃げる前に、上手く説明する必要があるだろう。
     二つ目のタイミングを選べば、戦闘に集中できる。が、当然淫魔ミラランは死ぬ。
    「次に戦闘の説明に入ろう」
     ビーフストロガノフ怪人は次の様な技を使う。
     白いご当地ビーム――サワークリームビームを放つ技。
     頭に牛の角を生やして、螺穿槍のように突き刺す技。
     マッシュルームに似たキノコを上空に召喚し、ヴェノムゲイルのように毒を持つ胞子をばらまく技。
     ビーフストロガノフを食べつつシャウトで体勢を立て直すこともできるようだ。
    「ご当地怪人だからか、見た目がユニークな技が多いが、が――本人は真剣で実力もある。気をつけてくれ」
     ヤマトは最後に言う。
    「淫魔ミラランもダークネスだ。あえて助けず『淫魔がやられてから怪人と戦う』という選択肢もあるだろう。
     ラブリンスターはあんなだが、現在普通に活動できるダークネス中、最強クラスという噂もある。警戒は必要かもしれない。
     一方で淫魔を助けた方がいいかもしれないとも思う。
     どんな選択をするにせよ、よく考え最善をつくしてほしい……頼んだ」


    参加者
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    東雲・蔓(求める兎・d07465)
    空本・朔羅(うぃず師匠・d17395)
    正陽・清和(小学生・d28201)
    朝臣・姫華(姫番長・d30695)
    梶間・宗一郎(二十一世紀のヒゲ・d30874)

    ■リプレイ


     床にはガラス片や衣類の残骸が散らばっていた。空気は埃っぽい。
     灼滅者八人は廃屋に足を踏み入れていた。部屋奥からの声を聞く。
    「仲間になってくれるなら……私の事、好きにしていいわ?」
     声の主はデニムのホットパンツを穿いた女。淫魔ミラランだ。
     ミラランは部屋の奥に立つ男――コックスーツの、ビーフストロガノフ怪人に近づいていた。
     朝臣・姫華(姫番長・d30695)は仲間達と共に、ミラランに駆け寄る。頭を軽く押さえながら、姫華は告げた。
    「待つのじゃ、ミララン。妾達はお主を助けに来たのじゃ。アイドル勝負でファンになった……のじゃよ」
     ミラランは立ち止まる。きょとんとした顔を向けてくる。
    「貴方達は学園の灼滅者よね? アイドル勝負の時に審査してくれた子もいるし……? でも、助けにって、え? なんで……」
     不思議そうなミラランに海堂・月子(ディープブラッド・d06929)と リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)が説明する。
    「残念だけれど、彼は所詮ビーフストロガノフで田舎者。超スーパーアイドルのあなたの魅力も言葉も、彼には高尚過ぎるのよ。そんな彼だから、アナタの命を脅かそうとしているの」
    「怪人の眼は見てみた? 二君も他の仲間もいらない、終わりを求める獣の眼よ? ……そうじゃない? ロシアンタイガーの兵さん?」
     月子は落ち着いた口調の中にミラランへの称賛を混ぜ。リュシールは怪人の目を指差して。
     怪人の目は細い。薄目の奥の瞳には、空虚さと殺意と。
     正陽・清和(小学生・d28201)も握った拳を震わせながら、口を開く。
    「見ればわかるように……怪人さん……あなたに敵意を抱いて、います……」
     揺れる声で、けれど真直ぐにミラランを見て伝えた。
    「このままだと、ミラランさん、襲われてしまうから……放っておけなかったんです。……いきなりで、難しいかもしれないけど……信じて、もらえませんか……?」
     ミラランは灼滅者の説得に顔を曇らせた。疑念の眼差しを怪人に向ける。
     怪人は無表情。薄く開けた目を動かさず、暗く冷たい声で、
    「灼滅者どもの言う通りだ。近づいてくるなら、殺す」
     空本・朔羅(うぃず師匠・d17395)が反射的に怒鳴った。方言混じりに、
    「お前、可愛い女の子を殺すじゃと? アイドルにそんなことしたら、いけんじゃろが!」
     東雲・蔓(求める兎・d07465)と笙野・響(青闇薄刃・d05985)も視線を交わし、タイミングをそろえ、怪人とミラランの間に割り込む。
    「そうだよ! 女の子の……ましてやスーパーアイドルのミラランのお肌に傷をつけるなんて、万死に値する!」
     蔓は怪人を睨む。蔓の足元で影業が触手のように蠢いた。
    「ミラランさんはわたしたちを助けてくれた。――今回はわたしたちがミラランさんを助けるわ」
     響は姿勢を低くする。怪人の動き次第で、いつでも足に飛び付けるように。
     怪人の注意が蔓と響に移った。ミラランは入口へ走り出す。入口付近で灼滅者を振り返り、
    「私は帰らなきゃいけないっ。けど、あなた達のおかげで助かったっ、ありがとっ!」
     頭を下げ、ミラランは消えた
     一方。怪人は片足を一歩前に。構えをとる。左手に、湯気を出す皿を持ったまま。
    「美人さんの救出は終わった。後は……さあ、やり合おう」
     梶間・宗一郎(二十一世紀のヒゲ・d30874)も、普段にはない闘志を目や体から放つ。宗一郎の腕のオーラが輝く。


    「フンッ」
     ビーフストロガノフ怪人は鼻を鳴らす。料理の皿を手に、突進してくる。
    「そんなもの。妾にとっては止まっているが如しじゃ! ビーフストロガノフ怪人、今日の夕食はお主で決まりじゃ!」
     姫華は槍で迎え撃つ。穂先が螺旋を描きながら、怪人の肩を抉った。
    「宗一郎、いけるかえ?!」
    「勿論だよ、姫華さん」
     後ろを振り返った姫華の言葉に、宗一郎はうっすら笑う。
    「最初から全力だっ!」
     宗一郎は脚でステップを刻む。全身に力をめぐらせ――拳を突き出した!
     刺されたばかりの怪人の顎を、宗一郎の拳がしたたかに打つ! 鈍い音。
     二人の初撃を受けた怪人は、なお薄目のまま、
    「はははは………」
     渇いた声で笑い、
    「……殺す」
     後衛に向かって白いサワークリームビームを射出。
     が、
    「どこを見て、どこに撃ってるの? アナタの相手はこっちよ」
     月子が駆ける。甘い香りをまき、茶色髪をなびかせて。そして、ビームを体で止めた。当たりは浅くない。が、月子は嫣然とした笑みを作る。
    「余所見するなんて、お仕置きが必要かしら?」
     月子の手の中で聖剣が白く光る。彼女は腕を振った。怪人の胸に傷を刻む。月子はとまらず、輝く足で流星の軌道を描き、怪人の顔を――蹴る!

     戦闘は続く。ビーフストロガノフ怪人の技は強烈。今も空中にキノコが出現し、毒の胞子が飛んだ。清和が毒を吸い込んでしまう。
     怪人はさらに身をかがめた。コック帽をつけた頭頂部を清和に向ける。
    「――くたばるがいい」
     コック帽の先から角が伸び、清和の腹を貫く。ふらつく清和。
     蔓は後衛から、
    「前衛にばかり気を取られても良いの? こっちに気をつけないと、ビーストロガノフに――大量の塩をINするよ♪」
     敵を挑発し、歌う。蔓は天使の声で清和を癒す。
    「もう痛くない? 回復はボクがするから安心して?」
    「はい。東雲先輩……ありがとうございます……」
     清和は蔓に頭を下げた後、息を吸い込み姿勢を正す。腕を真直ぐに突き出した。縛霊手を嵌めた拳で怪人を殴り、霊力の糸で敵を縛る!
     縛られた怪人はもがき、強引に体を動かす。一分後には光線を放ってきた。
     朔羅は跳ぶ。光線に己の体をぶつける。
    「仲間に手出しさせないっす!」
     空中で被弾した朔羅は床に倒れた。が、すぐ跳ね起きる。ナノナノの師匠が朔羅をハートの力で治療したのだ。
    「回復したらお腹がすいたっす。ビーフストトトト? を食べたい――じゃなくて――いくっす!」
     床を蹴り、怪人の懐に潜り込む。拳を怪人の鳩尾へめり込ませた!
     怪人はぐらつくが、倒れない。
    「……ビーフストトトトト? 塩を入れる? ……なめるな……」
     怪人の言葉を響が遮る。
    「舐められるわよ。愛を要らないと言う、あなたの料理なんて。まして煮込み料理には愛が必須でしょう? あなたのご当地愛はそんなもの?」
     相手の返答より早く、響は腕を振る。煤竹の小刀の刃で怪人のコックスーツと肌を切り刻む。
     すかさずリュシールは跳んだ。傷ついた敵の白服に、煌めく蹴りを叩きつける! 上体を逸らす怪人。
     リュシールは着地し宣言。
    「さあ。あなた達の仇、武蔵坂学園の灼滅者はまだまだ健在よ! 遠慮なくかかってらっしゃい!」


     リュシールは自分の胸に拳をのせ叫ぶ。
    「独りのふりせず、仲間や親分の魂と一緒にかかってらっしゃいよ! あいつらは今のあなたみたいに、情けない目してなかったわ!」
     怪人は薄目であったが、突然目を見開く。怒気を露わに、
    「貴様らが我が主と仲間を口にするな! 煮込みも語るな! 貴様ら、貫き粉砕する!」
     怪人は腰を落とす。短距離走者が構えるように、両手を床につけた。走りだす。リュシールとの距離を詰める。彼女を角で貫くつもりか。
     月子が怪人の前に立ちはだかった。
    「(リュシーちゃん、アナタは前だけを見ていて。守りはひきうけるから」)
     口の中で呟き、構えた。怪人の角は月子を抉るが――月子は苦痛を顔に出さない。
     流血するが、月子は冷静に祭霊光をあて止血する。
     リュシールは月子を一瞬心配そうに見たが――怪人に顔を向け直す。
     リュシールは光の刃を飛ばす。刃を怪人の腹に食い込ませた。怪人は「ぐっ」呻き、後退。
     響が怪人を追い、彼の横でしゃがんだ。
    「忠義は認めてあげるけど、前に進まないならその程度かしらね」
     煤竹の小刀を太腿に刺し――黒死斬で肉を断つ!
     怪人の額に脂汗。
    「――黙れ! 俺は……俺の忠義は……っ!」
     喚き、腕を天井に向ける。一分後に巨大なマッシュルームが空中に発生。毒をばらまいた。毒が、響にも降り注いでいた。
     蔓は響を見る。
    「(すぐ治すから、ほんの少し待っててね。ボクが支えるから――)」
     表情で意志を伝えると、息を吸い込んだ。蔓の口から紡がれるのは、テンポの速い歌声。
     蔓の歌が、響の体内の毒を中和していく。

     蔓が中心になり回復を行うことで、戦線が維持されていた。怪人もそこに気付いたらしい。ビームや毒で蔓を狙う。
     が、ディフェンダー達が仲間を庇う。
     今も清和が怪人の放った白いビームを受け止めていた。足元をよろめかしていたが――朔羅の師匠が与えてくれたふわふわハートの力で踏みとどまる。
     清和はちらっと仲間を見、
    「空本先輩、姫華ちゃん……お願いますか?」
    「任せるっす! ばっちりきめるっすよ!」
    「問われるまでもない。なれば、妾から参るぞ!」
     朔羅と姫華は即座に返す。
     姫華は正面から仕掛けた。相手の顎を杖でかちあげ――フォースブレイク!
     姫華の打撃と魔力で足をふらつかせる怪人、彼の衣服を朔羅は掴んだ。投げ床に叩きつける!
     床に大の字になる怪人。清和は影を操る。影で怪人を包み、心と体を蝕んだ。
     三人の連携攻撃は、怪人の体力を大幅に削った。
     怪人はよろめきつつ、かろうじて立ち上がる。
    「俺は負けな……ロシアンタイガー様……バンザ……」
     うわごとのような呟き。が、怪人の瞳には闘志。頭を灼滅者に向ける。角で死に物狂いの一撃を仕掛けるつもりか。
     宗一郎は怪人へ突進する。怪人よりも、宗一郎の足が速く動く。宗一郎の炎を宿した脚が、怪人の頭を――蹴る! 怪人を吹き飛ばす!
     怪人は壁に激突。壁に入る亀裂。天上から落ちる埃。怪人はそのまま消滅した。


     怪人が消えたのを確認し、響は、
    「終わったわね」
     と漆黒の髪をかきあげた。
    「ええ……美味しそうな名前の割に、ずいぶん激しい相手だったけどね」
     月子が同意するように頷き、肩から力を抜いた。
     いつも通りの髪と目に戻った宗一郎が、ふわっとした笑みをこぼす。
    「いや、しかし、やっぱり戦いはいいね」
     満足そうに何度か首を縦に振る宗一郎。
     しばらくし。事後処理も終えたころ。
     姫華は入口に目をやる。
    「妾が淫魔を助けることになるとはな。人生何があるかわからぬものじゃ……しかし、全く! あの淫魔ときたら、助けてやったのに、逃げていくとはな!」
     腰に手を当て怒りだす姫華。
     リュシールは姫華を見てくすっと笑い宥めた。
    「でも、恩を返せた……でしょ?」
     清和と蔓も、淫魔ミラランのことを口にする。
    「ラブリンスターさんには、御恩がありますし……それに、アイドル淫魔さんたち……みんな、一生懸命がんばってて、眩しくて……だから助けられて、よかったって……思います」
    「ボクもよかったって思う。淫魔とはいえ、女の子だもんね」
     清和は普段通りおどおどと、蔓は満面に笑んで。
     朔羅は師匠と共に仲間の治療を担当していたが、突然、あーっと叫んだ。
    「ビーフストトトト食べ損ねたっす~」「ナノ~」
     残念そうな声を出す朔羅と師匠。彼女らの言葉を聞いて、他の何人かが声を出して笑った。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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