灰神楽

    作者:日暮ひかり

     悪い事ができる性格ではないはずだ。
     彼について、かつてそう言った人がいた。
     あなたはそんな彼の知人かもしれないし、誰かと人違いされていただけ、かもしれない。
     
    ●intermezzo
    「お前か。正月の準備してる?」
     年末は何かと忙しい。聖夜の余韻に浸る間もなく、次の年が迫ってくる。
     もっとも哀川・龍(降り龍・dn0196)にとっては正月こそが一大イベントのようで、クリスマスへの関心は薄い様子だった。この日も、学園の廊下で会うなりこの調子である。
    「誕生日? あーうん、ありがと」
     そういえばあったな、そんなもの。龍はそんな表情で、極めて反応が薄い。
    「あー……クリスマスと正月のあいだなせいでめんどくさがられて、冬休み中だしで、今まで友達にも完璧スルーされてたからさ。『クリスマスプレゼントと一緒でいいよな』と『お年玉と一緒でいいよな』が一年ごとに交代して、兄貴からもなんとなくなかったことにされてたし……なんていうか、そういう習慣?」
     生まれたときから些細な不幸を背負ってしまった彼は、誤魔化すような、戸惑ったような、そんな笑い方が染みついてしまっているらしい。いかにも幸薄そうな苦笑いを浮かべたまま、龍はあなたにこう言った。
    「ていうか、ぶっちゃけおれも目立つのあんま好きじゃないしな。パーティーとかはいいよ、ありがたいけど遠慮しとく。ていうか、年末年始ってほんと、やること多くて……そうだ。賽の神やるけど、来ない? すごく来年だけど」
     すごく来年。恐らく年が明けてしばらくしたら、と言いたいのだろうが。
     左義長とか、どんど焼きのほうが通りがいいかな、と彼はマイペースに独りごちた。
     
     左義長とは、毎年小正月の時期に全国広い地域で行われる祭りのことだ。
     そのため、地域によって細かい風習や呼び名には差があるが、竹や藁で櫓を組み、火をつけて、その年の正月に飾った門松や注連飾り、古いお札やお守りなどの縁起物を燃やす……ということは一貫している。
     この火にあたったり、なにかを焼いて食べたりすると、その年は無病息災であるという。
     持ってきた書き初めを燃やして、炎が高くあがると縁起がよく、学業成就にご利益がある……ともいわれる。
     また、燃え残った灰にも厄を退ける力があるといわれ、持ち帰って自宅の周りにまくといいそうだ。
    「賽の神の煙に乗って、お正月に降りてきてた年神様が天に帰ってくんだってさ。お願いごととか、厄とか、いっしょに持って帰ってくれてるのかもしれないよな」
     おれの生まれたところは、雪がよく降るから。
     火にあたってると、なんか守られてる感あるんだよなと龍は笑う。
    「焼く食べ物な、場所によっていろいろっぽいけど……餅や団子がわりと多いのかな。おれの所はスルメ焼いてた。ていうか地元のちっさいお祭りだし、好きなもの持ってきて焼いててもべつに怒られない空気だからさ、よかったらゆるく遊びに来なよ。晴れたら、星もきれいだし。ちょっと寒いけど、雪と、火と、星、いっぺんに見れて、なんかすごいだろ」
     役目を終えた正月飾りやお守りに感謝して、暖かい火にあたり。
     友達と話しながら、熱々の焼き物を食べ。
     書き初めに今年の抱負や、好きな言葉を書いて、縁起担ぎに燃やす。
     彼の適当さには苦笑するばかりだけれど――そのとき『なんかすごい』の向こう側が、あなたにならわかるかもしれない。
    「自然や、大切にしてきたもの、いろいろに八百万の神が宿るって考え方、なんか好きでさ。皆もいろいろ……いろいろあると思うけど、そんな時こそ、新年には心の掃除だよな。忙しいと思うけど、興味あったら考えといて」
     いいことも、悪いことも、いろいろ。
     年明けの夜空に昇る煙はなにもかも、どこかへ運び届けてくれるだろう。


    ■リプレイ

     生物は皆、炎と似た力を持っている。
    「……不思議だよね、火は。怖いものだとも知っているのに、手放せなくて離れられないんだ」
     守ってくれるとも知っている。だから、怖がると同時に、惹かれる。
     さくらえが幼馴染を見ると、彼は己の手を見ていた。この血が恐ろしかった。でも、今は大丈夫。
    「共にあることを恐れたりしねぇよ。この炎に貸してもらった力があるから、できることもあるんだからさ」
     勇弥の声にそうだね、と頷く。軽口を交わせば、厄が遠のく音がした。

    「学業成就に御利益とあっては気合いを入れざるを得ません」
     ぐ、と拳を握る藤乃の手には『健康第一』の文字。【刺繍倶楽部】はそれぞれの願いを書にこめた。
    「書き初め、健くんは何て書いた? きさは『大願成就』にした!」
    「僕の書き初めは【質実剛健】!」
     健が字と共に描いた飛翔する龍は、燃やすのが勿体ない位だ。皆その出来に感心しつつ、炎の前に並び立つ。
    「僕は『歩』の一文字。一歩一歩進んで行きたいから」
    「高くあがると学業成就だそうですよ、ナゲ氏」
     しれっと隣に並んで、長押と藤乃が何かいい雰囲気。希沙の眼が光った。
    「ちょ、ナゲ氏そこ邪魔。きさのも一緒にお願いします!」
    「……いや。僕、希沙の反対側に居るんだから邪魔なはずないよね」
     間に希沙が割り込み、結局せーので半紙を投げ込む。どつき合いに紛れ、健も願いを火にくべた。
    「激しい炎の熱と渦に包まれて何処までも高く舞い上がれ!」
     想いを乗せた炎に照らされながら、繭玉団子に餅やマシュマロを食べる。皆であったかく笑いあう、素敵な一年の始まりだ。

    「えと、えと、こう言うのは初めてなのですが……!」
     やや緊張しながら、海月は大好きな『くらげ』の書を火に投げ込む。健康祈願だ。自分の書いた『家内安全』をまじまじ眺め、夜深はくたんと首を傾げた。
    「ソ、か。好キな物、書クでモ。良かタ、のネ……」
     えいやっと書を燃やす夜深に、海はご利益ありそうだよと笑った。その手と炎を交互に眺め、なんのお守りですか、と海月が問う。
    「持ち歩く習慣がつかなくて、部屋で留守番ばっかりさせてたお守り」
     知らない間に力を貰っていたかもしれないから。ゆきは頷いて、『心健やか』の書をぽいと入れた。若さが足りないかしら、との呟きに、夜深はぐっと力説。
    「大丈夫! ゆき先輩。十二分、若々シ、もン……!!」
     個性溢れる書き初めに、思わず笑みを零した浅葱の『鷹視狼歩』もまた人狼の彼女らしい。思ったよりも高く燃えた炎に、浅葱は瞳を瞬かせた。
    「なかなか面白いわ。人間の習慣って、本当に面白いわよね」
    「ふふー、本当ねぇ。ふかふかの毛皮も羽毛も好きだけれど、火に照らされるのも乙、ね」
     お餅に焼き鳥、魚の干物を頬張る皆に、ゆきは温かい紅茶を振舞う。
    「わわ、お餅が熱い!」
    「わ、わ、海殿大丈夫でしょうか……?」
     夜風は冷たいけれど、皆と笑えば暖かい。【冬篭りの巣】のよき日々が、今年もまた始まる。

     書き初めか、恋文か。びっしり文字の書かれた形代を覗きあい、悟と想希は笑った。想いは一つ、君に幸あれ。今年は二人で依頼にも行けます様に。
    「俺にとっての炎は強い希望の光だから……きっと去年の厄は全部払って、福を持って来てくれますよ」
    「ふふん♪ 想希の炎は毎日想希の隣で福呼び込みよるから! 新鮮な福招いたるで!」
     肩を寄せ合い手を繋ぎ、互いが焼いたするめと餅を食わせ愛。あーんと戯れに声を出し、触れ合えば、今年最初の幸せが二人を暖かく包んだ。

    「こうやって棒に刺して焼くんだよ」
    「へえ、焼くってこんな感じなんですね……」
     初左義長に緊張しているのか、串に刺す手つきまで危ない。経験者の梨衣奈に教わり、工は恐る恐る繭玉団子を焼いてみる。
     龍に聞いた知識と、子供の頃の思い出を駆使し、何とか『先輩』し終えた梨衣奈も胸をなで下ろした。楽しそうで良かった――ほっと上を見れば、雪と星空と炎の明かり。今年もきっと、いい年になる。
     こんな正月も良いものですね。工の自然な声音が、じんと胸に染みた。

     どこからか漂う牛肉の香りに、周りが心なしかざわつく。
    「ちかきちゃん! いい匂いがしてきちゃってるわよ……!」
    「待って、あとチョット! あとカルビ串……!」
     振袖と紋付袴で必死に隠しているが、そもそもその格好が目立っていた。皆の苦笑は見ないふり、隣と詠美はタレをつけた肉に齧りつく。互いにあーんしあい、新年デート気分。何はともあれ、今年も宜しく。
    「きっと神様は肉のいい匂いに乗って帰っていくのね……」
    「バレたかな? でも美味いしイイよネ!」

     はふはふと焼きマシュマロを頬張れば、口に広がるふわとろの幸福。満天の星を見上げながら、糸子と飛雲は感嘆の声をあげる。
    「星、届いたらいいのにね」
    「届かない、なぁ」
     遥かな星々に手を伸ばす飛雲を真似て、糸子も手を掲げてみる。掴めないけれど、繋ぐ位なら。オリオン座の形をなぞる指先を見て、飛雲は嬉しそうに頬を染めた。
     一年の思い出を、今年も共に繋げますように。
    「糸子さん。今年も、よろしくお願いします」
    「えへへ、わたしの方こそ、よろしくだよう」

    「篠介くんは、これを見て育ったのですか。星も雪も、きらきら。きれい。きれいです」
    「綺麗じゃな。思いがけん里帰りになったのう」
     【Cc】の仲間を連れた篠介は、じっと空を眺める昭子に声をかけた。澄んだ空気の新潟、底冷えする夜だ。
    「ユーレリアちゃんといちごちゃんは寒くない?」
    「いちごは風の子だから平気っ」
     依子に問われた壱子は、ユーレリアにカイロを渡す。見れば男子達も、女子を火の傍にとさりげなく後退していた。寒さも平気、皆の心遣いで温かい。
     一年の感謝をこめ、昨年の破魔矢やお守りをお炊き上げ。皆で出掛けた初詣が思い起こされた。一人封筒を入れた紋次郎は、中身を問われてぽつりと答える。
    「……書初」
     彼は魅入られたように炎を眺めていた。己の炎と違い、神聖で、尊いものに見える。雰囲気に呑まれるように、皆両手を合わせた。
    「浄化の炎、と言うのでしょうか。何だか、安心しますね」
     ユーレリアが呟き、準備よくマヨネーズと一味を取り出す。するめに団子、餅を皆で焼きながら、依子は昇る煙を見あげた。
    「後で灰を貰って帰りません? 中庭に撒きたいな」
    「厄を退ける力があるんでしょ? だったら絶対に撒かないと! 皆で撒こ? ね?」
     その提案に壱子が瞳を輝かせ、先輩達の顔をかわるがわる見回す。
    「撒きましょう。ひとの手が多くかかるのも、験担ぎなのです」
    「素敵な想い出が、あの場所で、沢山生まれる様にですね」
     昭子も、ユーレリアも頷いて。女子達の元気に、篠介と紋次郎はやれやれと顔を見合わせた。
    「昔話じゃないが、撒く前からもう笑顔が咲いとるわい」

     葉の誘いで集まった【Quipu】の五人は、持ち寄った書き初めを一斉に見せ合う。錠の達筆に皆言葉を失った。
    「こ、これは無限って意味だ。横になった8じゃねェぞ!!」
    「……らいもんよりは上手いとか言うなよ。あれはアートだからな」
     葉は貫の書に目を移す。ナノナノのらいもんが書いてくれた『おめでとう』らしき図形がそこに踊っていた。
    「隅っこのなんかもじゃもじゃしたのは多分羊。その隣がジョーの似顔絵。多分」
     まさかと瞬く錠を見て、結理はくすりと笑う。彼の手には『迷』の一字。少し勿体無いけれど、次々炎にくべる。『葉』と『逃避』を同時に投げ込み、葉と啓は星空を仰いだ。願いは天へ。迷いは塵になり、何処かへと消えていく。
     結理が取り出したビスケットとマシュマロ、ジュースで、少し遅めの誕生会が開かれた。
     遠ざけてまで大事にしてきたはずのものは、こういう時いつも役に立たない。けれど、逃げるのはもうやめる――失敗作は口に放りこみ、啓は上手く焼けたマシュマロを錠へ渡した。
    「おめでとう。今年もよろしく」
     こういう食い方初めてだなと、貫が嬉しそうにビスケットでマシュマロを挟む。
    「2015年が君に、皆に、良い一年でありますように。かんぱーい!」
     大切な結理と、友人と乾杯し、錠は破顔した。サンキュ――生きてて良かった。

     僕の書初め、見る?
     半紙一杯に書かれた『ともだち』の字を掲げ、徹は照れ笑いを浮かべた。
    「学校で沢山お友達ができたから」
     戀の書いた『合縁奇縁』には目を瞬かせ、意味を尋ねる。今の私と繋がっている縁と、これから繋がる縁、両方がより良いものであるように――冷えた徹の手を、戀の両手が優しく包み、繋がった。
    「こうすれば、ちょっとは暖かい?」
     良い言葉ですね。大好きなお姉さんへ、徹がにっこり頷いた時。
     天まで伸びる炎を背に、記念写真が撮影された。

    「子供の頃から持ってた奴でさー、もう補修きかなくなってきちゃって……」
    「え、それは、憎い奴の毛髪とか入ってる的な?」
    「夜中に電話かかってきて『今神社にいるの』から徐々に家まで近寄ってくるんじゃね」
    「うるっさいし! お焚き上げダメって知らなかったっつってんでしょ!」
     こわ。引き気味で炎にあたる一平と哲の背中を、雷は半分本気で蹴飛ばした。【廃工場】の仲間達を模糊が軽く諌め、甘酒をこくりと飲む。
    「あ、模糊たんさみーよな。甘酒一口くれね?」
    「哲、温かくてあまーいのがお望みなら、アタシみたいに門番のいない相手にしなよ」
     風除けになっていた一平が、照れたように目をそらす。不意に頬に触れた手に、彼は瞠目した。
    「……つめたかった?」
    「寒い。だから、もっとよれ」
     お返しだと笑い、上着で模糊を包みこむ。紫ゴリラは燃えてろと野次を飛ばしながら、ふられた哲も甘酒をあおる。
     燃やせなかったテディベアを抱いたまま、雷は少し離れて焼きみかんを齧った。来年も同じように騒げたら、幽かにそう思いながら。

     故郷の炎に想いをはせ、灯はお守りを火にくべる。寄り添ってくる秋乃と一緒に餅を味わっていたら、少女の様な彼は言った。
    「あのね、今年のお墓参り、一緒に行って欲しいんだ」
     顔も知らない両親だけど、伝えたい。僕が一緒に生きていく大切な人のこと。
     灯はその提案に驚く。今まで気がひけて、触れずにいた。
    「……俺が、行っていいなら。挨拶はしておきたいとは思ってたし」
     けれど秋乃の願いなら。一緒にいたいと決めたのも俺だから――幸せな未来へ、踏み出そう。

     昇る炎を宿し、金の眸が燃えていた。櫓に歩み寄るゆまを律は慌てて止める。
    「何だかあの炎って、りっちゃんの炎に似てる」
     彼女を照らす炎が、その笑顔に深い陰影を描いた。
    「……俺の炎は……」
     あんな大層なもんじゃない。言いかけた言葉を呑みこみ、手帳を破る。願い事なら今書けばいいと。
     皆が幸せな笑顔でいられますように。
     律は願う。そう、そうやって笑っていてくれ。焼べられた紙に、ゆまは気づかないふりして笑う。
     ゆまが、幸せになってくれますように。

     もっと心を強く持ちたい。そう抱負を語る秀憲の横顔が、傍らにあるのにどこか遠い。
    「もう慣れたと思ったけど、度々化け物めいたこの力が怖くなってさぁ」 
     ――私の事も?
     逡巡の沈黙が落ちる。ぎゅ、と無意識に、繋いだ手に力が入るのを感じた。
    「……秀憲の優しい心は、確実に誰かを救ってる。例えば、私とか」
     ごめんな。ありがとう。似た言葉を交わし、親指で彼女の手を撫でる。正しい事なんて判らない。けれどどういう思いでも、マキナは俺の大事な恋人だから。

     天へと昇るこの路に、何かを預けるとするならば。『自分自身』を選ぶでしょう――繊細で、深遠なひとは、遠くで燃える櫓を眺めそう言った。
     辛さも全て抱え抜き、愛す強さが欲しい。今にも炎へ身を投げてしまいそうな君を、君の心を唯、暖めたい。
    「……もっと、火の近く、行こうか」
    「……あら、ふふ。『エスコート』はしてくれへんの?」
     悪戯好きなことかて、存じてはるくせに。目を瞬く煌介の指先に、璃乃の左手が触れた。
     君の真実は霧中でも、そっと、歩き出す。

     破魔矢や達磨を櫓に入れる七葉に倣い、恭輔も思い切って古いお守りを並べた。炎が上がる。きっと役目は終えているから、これで良い。
    「都会よりも星が良く見えるね。これなら空や星まで届くかな」
     共に煙を仰ぎながら、七葉はそっと和歌で答えた。
     ちょっとカッコつけちゃったかな。少し恥ずかしそうに、七葉は貸りたハーフコートの襟を正す。ありがとう、小さく微笑えんだまま、恭輔が空へ手を伸ばす。
     ――冬の日に 星海目指す 灰神楽 我請い願う 空まで届けと。

    ●『今年の抱負。……死なない。とか』
     いきなり後ろ向きな龍の答えに、煌希はそうかあと笑う。貰った餅を愉しげに炙る様子を見るに、彼は今年もマイペースに歩んで行けそうだ。
    「古き良き日本の風習、って感じがしてイイよな。こうしてみんなで焼いて火に当たって食べると、なんかこう連帯感みてえなのも感じるし」
    「あはは、地方ならではだよな、ほんと。でも地元まで呼んでよかった。今年もよろしくな、ありがと」
     誠士郎は、焼けていく繭玉団子を物珍しげに眺める。地元では縁起物のみを焼くそうだ。
    「父は仕事柄、正月やクリスマスといった時こそ忙しくなるものでな。花と出会う前は俺一人で過ごすことが多かった」
    「寂しくなかった」
    「俺にとっては当たり前だったんだ。でも、皆と過ごす方が好きなのだと最近思う」
    「……なんかわかるよ」
     全部。龍は苦笑する。こうして過ごす時間の心地よさは、この学園が教えてくれた事だ。
    「久良くんは北海道だっけ。やっぱり食べ物は焼かない系?」
    「うん。どんど焼きならわかるな」
     久良はお守りを焼いたようだ。一緒に手を合わせ、ありがとうと天を仰ぐ。
     そして久良はコートのポケットを探った。いつもと少し違う悪戯っぽい笑顔でさし出されたのは、厄除けのお守り。
    「これ、誕生日のプレゼントです。なんか似合いそうかなって思って」
    「ありがと。大事にするよ。ここにも神様が住んでるんだもんな」

    「ガキん頃にさ、空に向って燃える炎をずっと飽きずに見てたんだ」
    「飽きないよな、ふしぎと。怖くないんだ」
     目を細め、空を仰げば、『どんどや』の炎が甦る。一つだけ違うのは、隣に父がいない事。
     この日常を守りたい。それが脆いものと、知っているから。
    「そだ、猪肉あんだけど食う?」
     突然ホイル包みをさし出した御伽の笑顔に、龍は一つ瞬く。唯ありがと、と笑い返した。きっと今、似た事を考えていたから。
    「……あれ、水花だ。大丈夫? そっちの神様怒らない?」
    「ふふ、他の宗教の行事に参加してはいけない決まりは無いんですよ」
     焼いて食べると美味しいんですと、水花はカラフルなマシュマロをさし出した。
    「哀川くんもよろしければどうぞ」
    「じゃあおれが餅焼くから、交換な。異文化交流」
     少し違う気もしますと、水花は笑う。彼が幸せな一年を送れますように――ひっそりと祈りながら、ささやかな贈り物を炙った。

    「よっす哀川。何かコンブ焼くと縁起いいって聞いたんで持ってきたぜー」
    「え、まじで。スルメと交換しよ。ていうかさっきのお札自作?」
     ビビリ系開運男子トークが謎の盛り上がりを見せた後、允は昨年を振り返る。友達も、やりたい事も増えた。神様に持ち去ってほしいような出来事も――あったけど。
    「まー全部忘れちまうのは淋しいんで……ちゃんと覚えてて持っときてーな」
    「うん。それもいいんだなって最近思う」
     意を決し、成海は歩み寄る。
     焼き加減は分からないから、贈り物は熟れた蜜柑。焼煙に託す思いすら見つからないけれど。
    「今年はどんな道を辿って、何を得たいと願いますか?」
     哀川龍の答えが、知りたい。
    「あんま考えてないかな。目の前の事を頑張る」
     難しいこと考えだすと、落ちこむだけだから。
    「……私は。あなたと仲良くなれたら嬉しいです」
     白い息が舞う。それは頑張らなくてもできそうと、龍は笑った。

    「峻さん、お正月中はちゃんとご飯食べましたか?」
    「え……まあ普通に店が開いてたから問題無く食べてたけど……」
     餅と干し芋を焼く香乃果と峻の会話に、龍は驚く。香乃果ってお母さんみたいだなと。
    「俺もずっと誕生日スルーされてたが、この学園で初めて友人に祝って貰った」
     結構、いや、かなり嬉しいもんだ。初めて解ったんだと、峻は炎を眺めて微笑む。
    「これってすごい事だよな」
    「うん、すごい」
     すごいです。香乃果も笑って頷いた。だからお祝いしたいのと、いい焼き加減になった干し芋を龍へさし出す。
    「私は誕生日って凄く大事だと思います。だってその日が無ければ決して出会えなかったのだから……」
     龍さん、お誕生日おめでとうございます。
     きっとこれから、多くの人が祝ってくれる。
     その時、串を握った穂純が走ってきた。
    「友達から誕生日を祝って貰えるとね、私のこと気にしてくれたんだって嬉しくなるの。それでね、私もお友達の誕生日をお祝いしたい! ってすごく思うの」
     はいっと元気にさし出されたのは、福瓢箪を持った羊のちりめん根付け。
    「今年の干支だ。……ありがと。遅刻したけど、穂純ちゃんも誕生日おめでとう」
     穂純はえへへ、と笑う。
    「ねえねえ、皆でマシュマロ焼こうよ!」
     口に広がるのは、優しい甘さ。四葉のクローバー入りレジンのマグネットと七福神飴を抱え、龍は思った。

     あ。
     今、幸せかもな。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月10日
    難度:簡単
    参加:56人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 5
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