●赤い瞳が見据えるは
長崎県、西部。
角力灘を望むとある岬に、遠く水平線を睨む1人の男の姿があった。
海風に揺れる黒髪の下の瞳は、赫々と赤く輝いている。
彼の後ろには、傷だらけの男が3人、手足を縛られ無造作に地面に転がされていた。
「げほっ……て、てめぇ……こんな所まで連れて来て。俺らを沈めようってのか」
そう口を開いた1人以外は、意識はないのかぐったりとしている。
「喚くな。ただ殺すのなら、あの場で首を落としている」
海を睨んでいた男は、振り返り、転がる男の首に闇の剣を突きつける。
「本来であれば、貴様らの様に闇に堕ちるわけでもなく、敬うべきを敬う事もせずに秩序を乱す粗暴な者に、生かす価値などないのだ。精々、利用させて貰うぞ」
男は赤い瞳を輝かせ、冷たく見下ろしそう告げた。
●闇の貴族の責務
「長崎で、ヴァンパイアを見つけたわ」
教室に集まった灼滅者達に、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)はそう、話を切り出した。
「軍艦島で闇堕ちした笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)さんに間違いないわ。外見は、彼と殆ど変わっていないから」
ヴァンパイアは、人間と外見が変わらない者も少なくない。
『彼』もそうで、鐐との違いは赤い瞳が強い輝きを放っていることくらい。
尤も、内面はそうはいかない。
「『彼』は既に、かなり確かな人格を持っているわ。」
今の『彼』は、笹銀・鐐ではない。1人のヴァンパイア、ダークネスだ。
礼儀に失した振る舞いを嫌悪し、ただの人間であっても職人や熟達者のような者には敬意を表し尊びすらする。
一方で、既成の秩序を荒らす者に「更生」を期待する事はなく、価値がないと判断すれば殺す事に躊躇いはない。
それは『彼』にとって、力ある者の――支配者としての責務。
そして『彼』はもう、それに基づいて動いている。
とある老舗に現れた地上げのヤクザ達を、対象にして。
「『彼』は、半殺しにした3人のヤクザを連れて、人気のない岬で灼滅者が来るのを待っているわ。例の軍艦島を攻める兵力としてね」
わざわざ殺さずにおいてあるのは、灼滅者達を誘き出すための餌と言うわけだ。
何故、軍艦島を攻めると考えているのかは、サイキックアブソーバーを通じてもはっきりとは判らなかったと言う。
だが、今回、そこは重要ではない。
今すべき事は、鐐の意志が、魂が、まだ残っている内に彼を救う事だ。
「誘いを断れば、『彼』はその場でヤクザ達を3人とも殺そうとするわ」
「私も何か手伝おうと思うのだが……そのヤクザ達は逃がしても良いのか?」
それまで黙って話を聞いていた上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)が、そう訊ねると、柊子は首を横に振った。
「ただ逃がすだけだと『彼』は興味を失い撤退しようとするわ。『彼』は皆に庇わせる事を狙っているの」
『彼』は灼滅者を「新たな支配者にならんとする勢力」と認識していると言う。
力ある支配者として責務を果たすか、あくまで人に近く生きる事を選ぶのか。
その力と覚悟を示せと、問うつもりなのだ。
「攻撃を避けずに受けきると表明すれば、戦いを続けさせる事が出来るけれど」
庇い続けて戦うか、逃がすなら背中に3人がいるつもりで回避を捨てて戦え、と言う事になるようだ。
『彼』を逃がさないような手があれば、ヤクザ達を逃がし、いつも通りに戦う事も出来るかもしれないが、簡単ではあるまい。
「『彼』の力は影業のようでいて、似て非なるものよ。もっと自由で、強力」
闇と影が混ざったような力。好んで使うのは、西洋の剣の形。
他にも、一点に集中させれば敵を貫く弾丸に、体内に浸透し破壊する力にも、精神を幻惑する力にもなり、装甲の様に拳に纏って使う事も出来る。
力の形を変え、相手を幻惑させる戦い方を好むが、その本質は全て、一点突破。故に強力だが、庇いやすくもある。
「難しい戦いになると思うわ。呼びかけても『彼』は容赦なく力を向けてくるかもしれない。最悪、その場で灼滅せざるを得ない可能性もあるのは、忘れないで」
この機を逃せば、完全なヴァンパイアとなってしまうであろう。
今回が、仲間を取り戻す、おそらく最後のチャンスになる。
「それでも皆で帰って来るのを、待ってるわ。気をつけて行ってらっしゃい」
参加者 | |
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篠原・朱梨(夜茨・d01868) |
望月・心桜(桜舞・d02434) |
武野・織姫(桃色織女星・d02912) |
望月・小鳥(せんこうはなび・d06205) |
蒼井・夏奈(小学生ファイアブラッド・d06596) |
巴・詩乃(姉妹なる月・d09452) |
ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167) |
ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941) |
●待ち人来たりて
「先輩、迎えに来たよー!」
「来たか灼滅者」
蒼井・夏奈(小学生ファイアブラッド・d06596)の声に、海を見ていた赤く輝く瞳が振り向いた。
「人払いは私達に任せて、絶対連れ戻してきてね!」
そう言い残し、海側の警戒に向かった緋色を除いても、まだ10人を越える灼滅者の姿がそこにあった。
その中から8人の少女が、『彼』とヤクザ達の間に進み出る。
「武野織姫です。鐐さん、お迎えに来ましたよ」
深く礼をして名乗った武野・織姫(桃色織女星・d02912)に続き、残る7人もそれぞれに礼を尽くして名前を告げていく。
「あなたの名前も教えて貰って良いかな?」
「私の名前か。さて、な。そんな事より、私と共に軍艦島を攻める兵を挙げよ。私の助力を得られることはそちらにとっても好ましかろう?」
最後に名乗った巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)の問いをはぐらかし、『彼』は灼滅者達に求めてくる。
「生憎だが、我らは、貴殿の側には付かぬよ」
まずはワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)が、はっきりとそれを断った。
「私の助力は要らぬか。ならば、なにをしに来た?」
「わらわ達は、笹銀先輩を連れ戻しに来ました」
続けて、望月・心桜(桜舞・d02434)が答える。
「朱梨達で、あの人達の事を護り抜いてみせるわ。そして、せんぱいを返して貰う」
朝焼け色の瞳で見据え、篠原・朱梨(夜茨・d01868)も、戦う意志を伝える。
「これまでの有形無形のご助力に応える為にも、ここで必ず連れ帰ります――未来を革命する力を!」
カードを掲げたナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)をはじめ、8人の手にそれぞれの殲術道具が現れる。
「支配者になれる力を持ちながら、あくまで人に近しきことを選ぶか。後ろにいる者達にも、私と共に兵を挙げるものはいないのか?」
それを見た『彼』は8人から視線を外して、他の灼滅者達に問いかけ始めた。
「そこの3人はどうだ? あの島を見て来たであろう」
更に、鐐の記憶から知ったのか、彼と共に軍艦島に渡った3人を『彼』が指差す。
「……ありがとう」
その1人、天明は、一歩出て頭を下げた。
「あたしたちが軍艦島から逃げ出せたのは、笹銀と、あなたのおかげ。だから、ありがとう。伝えたいのは、それだけだよ」
「笹銀よ。お主のおかげで、我らは無事じゃ。後はお主が戻れば良いだけじゃ……! 自力で戻れないようなら……張り倒してでも、正気に戻してくれるのじゃよー!」
下がった天明の隣で、落葉は握った拳を見せて言葉を重ねる。
「人に近くであるか、支配者としてか、なんて主観だろ? 俺は俺として、俺である為に力を使う。俺の力は自分の意志を貫く為に使うんだよ」
シグマは、『彼』が自分達を知っていた事に内心で驚きを感じながら、変わらぬ口調で飄々と返す。
「ささは貴方のことは何一つ知らないです、だから語るようなことはございません」
それまで黙っていた望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)が口を開いた。
「ですので、行動でもって示させて貰います」
「よかろう。お前達の力と覚悟を示してみせろ!」
「望月小鳥、推して参らせて頂きます」
『彼』の掌から放たれた闇の弾丸を、小鳥は答えとして、避けようとせずにじっと見据えて構えていた。
●闇との対話
「ここは通しません!」
「未来を革命する力――確かそう言っていたな」
ヤクザを狙わせまいと立つナタリアに、影の剣に血の様な赤を纏わせながら『彼』はそう問いかけて来た。
「それがなにか?」
「未来の変革は構わんが、何故既存の秩序を荒らす者すら守ろうとする? 逆らう者、価値無き者を鏖殺せずして事が成せるか?」
更なる問いと共に、突き込まれる刃。
「どのような人であれ殺めて良いという法はありません」
そう答えながら、ナタリアは急所だけ避けて、刃をその身で受けた。
「人の法に従えと? 私も支配する気か」
「支配は望みませんよ。ですが、強きが全てというのなら、それはただの獣ではありませんか?」
「強きが全てとは、私も言わんがな。敬意を払うに値する人間もいる一方、価値無き者は確実にいる。そこに転がっている者共の様にな!」
影の剣を『彼』が再び振り上げる。
「ここあ!」
「ナノ!」
その前に飛び出しながら、心桜は一声、ナノナノの名を呼ぶ。
それだけで主の意は伝わり、ナタリアへとハートが飛んだ。
「わらわ、難しいことはわからぬ。でも、貴方の考えはある意味、正しいと思うよ」
影の剣と心桜の障壁がぶつかり、闇と光が弾ける。
「じゃが、わらわや、笹銀先輩はそれを望んではおりません。人として生き、全ての人に幸福を、と祈った笹銀先輩の意思、ここに示します」
障壁を砕いた影に斬られるも、心桜は『彼』を見据えて告げた。
その隣に、小鳥が黙って縛霊手を手に進み出る。
攻撃が来ると思ったか、大きく後ろに下がる『彼』の前で、小鳥は癒しの霊力を後ろへと放つ。
下がった『彼』を詩乃が狙っていた。
「私は、ヴァンパイアでもいいと思っていたよ。私と大切な人を結ぶ絆だと思っていたから……でも、違ったんだ」
闇は命を刈り取ろうとした。詩乃も、周りも。
「私は大切な人にまた会う時に私でいたい。闇じゃなくて私として会うために。闇から救うために私は人に近しく生きたい」
詩乃の指がギターの弦を爪弾き、激しい音の衝撃が彼の体を揺らす。
「朱梨は難しい事はよくわからないけど、ただ助けたいと思うことに”責務”なんていう名前をつけなくちゃいけないのかな?」
そこに、朱梨が横から迫る。
「情動は責務とは違うものだ。責務は情動に勝ると知れ」
「やっぱりわからない。けど、朱梨は、目の前で零れる命は救いたいと思う。責務とかじゃなくて朱梨がそうしたいから」
阻もうと形えた影を、朱梨は地を蹴って跳び越える。
「朱梨は人でありたいの。大切な人の命に、心に寄り添って、人々の平穏と幸せを護れる心ある”人”でありたい。その覚悟を力で示せというのならば、朱梨は、あなたと戦って、あなたを打ち破ります!」
示したものは、強い使命感。
煌きと重力を纏った重たい蹴りが、『彼』に叩き込まれる。
そこに2体のビハインドが霊障で岩を飛ばすが、『彼』は影で岩を中から砕いて撃ち落した。
「我も人を支配することを夢見て故郷を飛び出した身。ゆえに立場は『そちら側』かもしれぬ」
槍を構えたワルゼーが、岩の破片を掻い潜って『彼』の懐に飛び込む。
「だが我が考える『支配者の責務』とは即ち、『誰よりも努力・精進を欠かさず、弱きものを護り、正しき道へ導く』ことにある」
「それが人面獣心の輩でもか!」
「護るべき者がどんな外道であっても同じことだ!」
螺旋に回る槍が『彼』の影を突き破って、その体を穿つ。
「ボクも人に近くして生きていきたいな。戦いばかりの人生なんてイヤだし。ボクはみんなと楽しく過ごして生きていきたい」
だから夏奈は、仲間を誰も倒れさせはしないと、光輪を幾つかに分裂させて、傷を負った仲間の盾にと飛ばす。
「私も、夏奈ちゃんと同じです。人であり続けて、皆で仲良く一緒に笑って生きていきたいです」
バベルの鎖の集まった瞳で『彼』を見据えて、織姫も声を上げる。
「そこに誰が上も下も無いんです。誰かを支配する気も無いし、されたくもない! ヤクザさん――悪い人だって関係ない。殺させません。これがわたしの覚悟だよ!」
示した覚悟と同じく、放たれた魔力の矢が真っ直ぐに『彼』を撃ち抜いた。
「……」
「確かに、俺達ならば人の命を奪うことは容易いだろう」
戦いの切れ目と見て、沈黙した『彼』に誠士郎が口を挟む。
「容易く出来るからこそ、重みを知らなくてはならない。己の天秤で他人の命を決めてはならないのだと。どんな者でも一つの命として助けたいと思う、その心は、人の心だ」
「――そうか。理解は出来ぬが、揺るがぬと言う事は理解した」
全てを聞いた彼は、何かを諦めるように短く息を吐いて、そう告げた。
「灼滅者と敵対する気はなかったのだがな」
●呼ぶ声が響いて
詩乃の影が刃に変わる前に影に押し潰され、織姫が投じた光輪も躱される。
それで身を捩って『彼』の前に、ワルゼーと朱梨が躍り出た。
黒百合の絡む白銀が螺旋に回って突き込まれ、光を纏った拳の連打が叩き込まれる。
「甘い!」
対して、『彼』は攻撃を受けながら影の剣を両手に作り、緋色を纏わせて2人を同時に斬り上げた。
ヤクザを狙って庇わせる攻撃一辺倒だった『彼』の戦い方は、少し前から8人の戦い方に応じるものになっていた。
「ここあ!」
「っ……ヤクザの事はもう良いのか?」
「かかる火の粉は払わねばなるまい、それに――」
心桜の声でナノナノが飛ばしたハートを受けながら問うワルゼーに、『彼』は答える言葉を一度切って、8人を見回してから再び口を開く。
「闇に堕ちきらぬとは言え、覚悟を示した貴殿達の価値はあの者達より上だ。なら、この戦いに専念しないのは、無礼と言うものだろう!」
「どうして、そうやって、名前とか価値を、つけるのかな……!」
夏奈の癒しの霊力を受けながら、朱梨は槍を支えに立ち上がり、あくまで人の価値を付ける『彼』を見据える。
(「まだ此処は離れられませんね。まあ、ささは逃げも隠れもしませんよ」)
手の甲から障壁を広範囲に展開しながら、小鳥は胸中で小さく溜息を吐く。
ああは言うが、まだ隙を見せれば『彼』はヤクザ達を躊躇なく殺すだろうと言う事がバベルの鎖で判っていた。
「――そうですね。覚悟を示せと言いましたよね? ならば貴方もまた私達に示して下さると信じます」
その時、やはり『彼』とヤクザ達を遮るナタリアが、声を上げた。
「無論だ。たっぷりと――」
「ああ、いえ。貴方ではなく」
『彼』の言葉を遮って、ナタリアは光輪の盾を飛ばしてワルゼーに重ねる。
「私が知っている鐐さんならこのまま屈して終わりなどあり得ません。いつまでダークネスの良い様にさせているつもりですか?」
呼びかける。そこに、いるはずの鐐に。
「何を言うかと思えば……無駄な事を!」
『彼』の手の内に、闇が収束する。
「どうかな? きっとまだ頑張っているよね。だって、こんなにあなたの帰りを望む人が揃っているものね」
呼びかけながら、詩乃は『彼』に銃口を向け狙いを定める。
「もう少しだけ想いを強く持っていてね」
詩乃が小さく呟くように言って、ガトリングガンの引鉄を引く。
「呼べば、答えると思っているのか!」
無数の銃弾を浴びながら、『彼』は影の弾丸を、また2つ連続で放った。
「っ……思って、おるよ。笹銀先輩は優しいし、物事の侘び寂びを知ってる方。そして、灼滅者は人とともに生きる者。貴方のような闇には、飲まれないとあがく者じゃ」
1つに撃ち抜かれた心桜は、強い精神で持ち直し、障壁を広げながら『彼』でなく鐐に呼びかける。
「一緒に笑って生きていきたいのは、鐐さん、貴方も勿論、一緒……だから『貴方』に鐐さんは渡しません!」
もう1つの弾丸に撃たれながら、相打ち気味に織姫は魔力の矢を放つ。
「そんな怖い顔した笹銀先輩やだっ。帰って来てよー……もうちょっとでお正月だしみんなと初詣にいこうよ~」
幼馴染を癒しながら、夏奈も呼びかける言葉を口にする。
「いつまでそいつに好きなよーにさせて、黙ってんだよ。そーゆー奴じゃねーだろ、リョウ!」
そこに、新たに康也の声が響いた。
内陸側、道路付近で邪魔が入らないように動いていた灼滅者達が、そちらを上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)に任せて戦場の方に姿を表していた。
「――あの時のセリフ、そのまま返すぜ。待ってんだ、帰る支度ぐらい急ぎやがれ! 8人じゃ足りねーなら、俺がぶっ飛ばす!」
「鐐おにいさんとは、まだほとんどお話したことはありません。でもやっぱりいなくなっちゃったらさびしいから……回りの人たちがさびしそうにしていますから……」
借りを返す時、と声を張り上げる康也に続いて、なつきも言葉をかける。
「統べることと、相手に服従を強いることは違うでしょう? 貴方の望む支配の形はそんなものだったの? さっさと戻って来なさいよ!」
「とりあえずぅ、みなさん待っているみたいなのでぇ、早めに帰ったほうがいいですよぉ。もしかしたらいいことあるかもですしぃ。一人で迎える年越しは寂しいものですぅ」
感情を煽るように識珂が威勢の良い声を上げれば、箒に乗って上空を哨戒していた亜綾が高度を下げて、ぽやぽや間延びした声で呼びかける。
「待ってますね、笹銀さま。戻ってこられたら、また一緒に行きましょう。ライブハウスもブレイズゲートも、いっぱい。いっぱい。楽しみに、してますね」
「慕われてますね、鐐さん」
笑みを浮かべて呼びかけた心に続いて、想希も穏やかにその名前を口にする。
「今ここにいる人達は、皆あなたに帰って来て欲しい。だから迎えに来てるんです。またおいしい弁当やケーキ振舞って下さい。人として。そんな生き方……似合いませんよ」
「想希が気に入る味って珍しいんやで。皆の待つここに戻ってきて、また作ったってや。皆でやさしい世界を取り戻そうや。独りは、冷え込むやろ?」
想希と並んで『彼』の逃げ道を狭めるように立つ悟も、言葉をかける。
「連れ戻したいと思うみんなの気持ち、俺の歌声に乗せてやる。魂に届け、俺の歌っ」
未来はこれからだと、ファルケはギターをかき鳴らし、音程の外れまくった歌声を高々と響かせ――。
「ふざけるな!」
『彼』が、これまでにない怒りを露わにした。
灼滅者も何人か耳を塞ぎかけた歌声が気に入らなかった、と言う訳ではなく。
「黙って言わせておけば……お前達の前にいるのが、誰だと思っている」
ここに来て、『彼』は気付いたのだ。
誰の眼差しも言葉も、『彼』に向いているようで違う。灼滅者達が最終的に見て、求めているのは鐐なのだと。
それは、貴族的な傲然さを持つ『彼』を強く苛立たせたのだった。
●1つの結末
『彼』の操る影が包み込むように広がる。
だが、それが夏奈に届く前に、小鳥が飛び出して自ら影の中に飛び込んだ。
「ささに出来る事はこのくらいですからね」
語る言葉は持たない。出来る事は、戦い打ち倒す事で力を示す――だから、倒れない。途切れかけた意識を繋ぎ止め、小鳥は細い手足に力を込める。
『彼』はもう、ヤクザを殆ど見てはいなかった。
周囲で見守っていた心や誠士郎がヤクザ達の傍につけるようになり、8人も俄然、動き易くなる。
それでも、これまで庇わされた影響は大きく、ロビンさん、ジェドとビハインド達は力尽きて行く。
「笹銀先輩……聞こえて、おるんじゃろ。支配者なんてつまらん、一緒に帰ろうよ。みんな、待っておるよ。わらわも、笹銀先輩おらんと寂しいんじゃ」
その言葉と、障壁の一部を仲間に残し、心桜が倒れた。
何度も庇って、限界も超えた彼女に、内側に浸透した影の衝撃に耐える体力は残されていなかった。
「このままお前達を追い詰める方が、あの者達を殺すより効果がありそうだな」
「――彼の手を汚させはしませんよ!」
『彼』の振り下ろす影の剣を体で阻むと同時に、ナタリアが残る力を振り絞り摩擦の炎を足に纏わせ蹴り上げる。
そこに、後ろから飛び越えるようにしてワルゼーが『彼』に飛びかかる。
「恐怖と暴力で律する支配など、所詮は砂上の楼閣。その歪んだ支配者思想を壊し、本来の鐐殿を取り戻させてもらうぞ!」
2合、3合、と切り結び、鍔迫り合いに持ち込むと、ワルゼーは「双子の暴君」の名を持つ呪術神具を押し込み、その先端を触れさせた。
流れ込んだ魔力が『彼』の内側で暴れ狂う。
「笹銀お兄さんと一緒に生きられないの?」
「下らん事を聞くな」
苦悶を浮かべるも、にべもなく答える『彼』の様子に小さく溜息を吐いて、詩乃は影を鋭い刃に変えて斬り裂く。
「人を”人”と思わないあなたには負けない。そんな無慈悲で身勝手な人に、鐐せんぱいを連れていかせたりもしない!」
朱梨が振り下ろした破邪の光を纏った紫水晶の刀身は、夜明け色の翼の様な軌跡を残して『彼』を斬り裂いた。
間を空けずに、織姫が続いて飛び込んだ。
「鐐さんは絶対に、返して貰うんだから!」
その強い気持ちを、ただただ込めて。至近距離から放たれた蹄鉄型の光輪が、超光速の名に違わぬ凄まじい勢いで『彼』を貫く。
「……ここまでか、仕方あるまい」
『彼』が低く呟き、闇色の影が霧散する。
「私の躯を貸してやる、丁重に扱うよう伝えよ」
赤い瞳の輝きがふっと消え、その体から力が抜けて前に倒れ込む。
「鐐さん――って、わわっ!」
正面にいた織姫が半ば飛びつくような形で受け止めるが、戦いの傷と疲れもあってか、体格差に負けそうになる。
そこに見守っていた何人かが駆け寄り、やはり戦いで疲れ切った少女達もゆっくりとそこに加わる。
誰もが判っていた。
そこにいるのは、もう『彼』ではない。
――灼滅者、笹銀・鐐は戻ってきたのだ。
作者:泰月 |
重傷:望月・心桜(桜舞・d02434) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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