羅刹の如く 『あの日の雪が、溶けやまぬ』

    作者:空白革命

    ●積もっては溶け、増えては流れ、肌の上から消えゆく熱。
     12月。雪の積もる夜の高速道下。
     さらしを巻いた女がいた。
     肩から背中へ、背中から脇腹へと天満天神の入れ墨が彫り込まれている。
     冷たくなった手で入れ墨を押さえた。背中をばっさりと裂いた刀傷が痛むからだ。
     雪の残る冬の風なら痛みも和らぐかと思ったが、むしろ熱くてとまらない。
     流れた血が止まらない。
     震える手で煙草を取りだし、ジッポライターで火をつける。
     胸の奥まで煙を吸って、ため息のようにはき出した。
    「あんたは……どこにいっちまったんだろうねえ……」
     女には、自分に課したルールがあった。
     一緒に暮らす男が変われば吸う煙草を変える。
     いつも『前の男が好んだ煙草』を吸うことにしていた。
     気づけば随分重たい煙草を吸うようになったものだが、それも自分が決めたこと。
     しかし……最近は七ノ星の煙草をずっと吸っている。ずっとずっと、そればかりだ。
     前の男を追いかけて、新しい男の家を飛び出し、自分を引き留めるあらゆる者を振り払い、薙ぎ払い、切り捨て、破り捨て、やがて彼女は修羅に堕ちていた。
     今日もいつかの男の足取りを追いかけ、危険な現場に足を踏み入れ、このざまだ。
    「あたしはもう、こんなになっちまったよ」
     刺青が熱い。
     ダークネスの、目覚めたばかりの羅刹の力が暴走しはじめているのだ。
     けれどなぜだろう。
     身体の中に積もった雪が、まだ溶けぬ。
     

     リオン・ウォーカー(りすぺくとるねーど・d03541)が『彼女』を見つけたのは、言ってみれば偶然だった。
     ただの修羅となった男のことを思いだし、ふらふらと夜道を歩いていた時にそれを見かけたのだ。
    「天満天神の刺青に、ダークネス級の格ですか……確かに、『刺青の羅刹』のようです。ただ、覚醒前の羅刹ですから、止めようは……ええ、あるでしょう。ギリギリには」
    「そう、ですか……」
     リオンは胸の前で自らの手を握り、表情を曇らせた。
     何かをひたすらに追いかけるような、求めて止まぬような、そんな女の表情を思い出したからだ。
    「では、今回も?」
    「放置すれば、おおきな被害を生むことになります。すみませんが」
    「分かっています……」
     手を一度開き、そして強く……強く握った。
    「私たちが、必ず止めます」
     
     『刺青の羅刹』事件への対応方法は定まっている。
     半闇堕ち状態の彼女をあえて一度殺すことで、『刺青の羅刹』として復活させるのだ。
     こうして復活した羅刹は強力な戦闘能力を有し、灼滅者たちが強く連携して戦う必要がある相手である。
     今まで対応してきた羅刹とは一線を画した存在だと言えるだろう。
    「刺青の羅刹に関しては強大な力が動いている可能性があります。時間をかけすぎないように、速やかに依頼を遂行して下さい。……お願いします」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    李白・御理(玩具修理者・d02346)
    リオン・ウォーカー(りすぺくとるねーど・d03541)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)

    ■リプレイ

    ●乱れや女郎、雪月花。
     白い肌に彫り込まれた梅紋を這うように、煙草の煙がたちのぼる。
     女は血と煙草の臭いを吸い込んでから、ゆっくりとため息をついた。
    「ようべっぴんさん。こんな寒い場所に一人かい?」
     スキンヘッドの男。桃地・羅生丸(暴獣・d05045)が声をかけてきた。
    「俺が暖めてやるよ、熱い夜を過ごそうぜ」
     ナンパ目的か。それも刹那的な。
     女は煙草をくわえたまま一瞥をくれた。
    「帰んな。ガキにゃ興味ないよ」
    「まあそう言わずに。ええ刺青やけど、どこの彫り師?」
    「……」
     反対側から現われた千布里・采(夜藍空・d00110)が声をかけてくる。
     ナンパどころではないらしい。殴り倒して逃げようかと思った所で、更に人数が増えた。
     アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)と藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)が取り囲むように現われたのだ。
    「申し訳ありません。必要なことなので、一度命を頂戴します」
    「……今の日本にもいるんだねえ、あんたらみたいにタチの悪いのが」
     思いつく限り最悪のケースだ。強盗殺人とは。
     あからさまに空いている隙間をわざと埋めるように現われる六条・深々見(螺旋意識・d21623)。
    「ホントごめんね! いい感じの人生送ってるとこ悪いんだけど、こっちも色々あるんだー」
     とんとんとつま先で地を叩く深々見。
     女はげんなりした顔でため息をついた。
     灼滅者と女。
     お互いにすれ違ったまま、今宵の闇が始まろうとしていた。

     僅かに時を遡る。
     女から見えない物陰で、李白・御理(玩具修理者・d02346)はスマートフォンをいじっていた。
    「天満天神といいますと、実在の人物から派生した雷神でしたね。鬼って記述もあったから……鬼の入れ墨、ってことになるんでしょうか。あ、でも初雪とともに詩を詠むともいいますし……」
     話題を振ってみるが、ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)は虚空を眺めてじっとしているだけだった。
    「ホワイさん」
     彼女の手を取るリオン・ウォーカー(りすぺくとるねーど・d03541)。
     腕にはシュシュが巻かれている。言葉らしい言葉はかけていないが、ホワイトはそれを見ただけで言わんとすることの全てを察した。
    「だいじょうぶ」
     そうとだけ言って、手の中に瘴気を生み出す。
     直後。大きな破壊音が鳴った。

    ●雪々、積雪、雪吹雪。
     万年下りきった服屋のシャッターに大きな穴が空いていた。
     場はしんと静まりかえり、深夜の冷たい空気に支配されている。
    「……あれ、やってもうたかな」
     裕士は首を傾げて言った。
     長い包帯のようなものを腕に巻き戻し、深々見は軽い足取りでシャッターの穴に近づいていく。
    「普通に死んじゃった? 流石に人違いってことは無いと思うんだけどな。ごめんくっださーい」
     派手に破壊されたフレームに手をかけ、中を覗き込――もうとした瞬間、彼女の眼球前二十センチの位置に氷の槍ができていた。
    「あかん!」
     深々見を体当たりで突き飛ばす裕士。彼の肩を槍が貫通。えぐられないように両手で握ると、急に重みを感じた。
     槍の柄に裸足の女が立っていたからだ。
    「――っぐ!」
     咄嗟に槍から手を離し、両手で剣道の構えをとる。いつの間にか握られていた得物が、彼女の回し蹴りを受け止めた。刃部分で受けたというのに、まるで氷の柱でも打ったような硬い手応えだ。
     逃がしきれない衝撃で、裕士がアスファルト道路を転がっていく。
     まだ車の通っていない深夜の道路である。
    「覚醒来ました! 始めますよ!」
    「……」
     異形化した腕で地面を殴りつけ、反動と共にジャンプする御理。
     一方でホワイトは瘴気を剣のごとく握り込み、地面すれすれを滑るように突撃をしかける。
     シャッターの大穴から出てきた所を二方向から一気に叩くためだ。
     して、穴から出てきたのは、素肌に薄手の白い和服だけを羽織った女だった。
     これが人であれば、たちまち凍え死んでいるような風貌である。
     女は両手の中に凍りの扇子を形作ると、それを同時に開いた。
     御理の空中円月斬りとホワイトの瘴気による突きが同時に阻まれる。扇子一本しかないというのに、まるで見えない壁でもあるかのようだった。
     その間ずっと閉じていた目を、女はゆっくりと開く。
     どこからともなく吹雪が巻き起こり、御理たちの肌に付着。内包された毒が凄まじい即効性でまわり、二人は耐えきれずに黒い血を吐き出した。
    「ホワイさん! 李白さん!」
     急いで術式を組むリオン。突風が吹き、吹雪を洗うように流していく。
    「こりゃいい女だ。去った男を追いかけるより、目の前の男だぜ。別嬪さん!」
     その中を突き進むように羅生丸が突撃。
     炎を纏った大きな剣を女へと叩き付けた。
     翳した扇子に止められ、懐に入られる。
     サングラスの奥で開く羅生丸の目。
     片腕で抱きかかえようとしたが、まるでその場に彼女がいないかのようにすり抜け、羅生丸の背後に立った。
     胸と背中に大量の切り傷が開き、血の花を咲かせて崩れる羅生丸。
     アルヴァレスは突撃槍をカードから取り出すと、女めがけて駆けだした。
    「リオンさん、彼の回復を」
    「わかり、ました……!」
     このままでは追いつかない。そう察しながらもリオンは縛霊手に内蔵された祭壇を展開していく。
     彼女の足下では深々見のナノナノ(きゅーちー)が急ピッチで回復エネルギーを送り続けている。
     一方でアルヴァレスは女に突撃。これが常人であれば胴体を貫いておかしくないようなチャージアタックが、扇子一本で止められる。分かっている。相当格上の相手なのだろうとも。
    「なぜ過去の男性を追いかけるんです。危険だと分かっていながら! 止めてくれた人だって、いたはずなのに……っ」
    「やーめなって。女にはあるんだよそーゆーの」
     逆方向から飛びかかった深々見の縛霊撃が繰り出されるが、背中越しに翳した扇子で止められた。なぜだ。あまりにも止められてばかりだ。
     が、深々見はむしろ楽しそうな口調で言った。
    「好きなように生きてるはずでも満たされないんだよねー。満たされたら終わっちゃうのが人生だもんねー。そうでないと――ねっ!」
     至近距離から大量の布槍を発射。
     と同時に、采が小さく手を翳して影業を膨らませた。
     影の形成を待たずして霊犬が射撃を開始。
     深々見の布槍と霊犬の射撃……はしかし、女のすぐそばでびしりと停止した。
     空間へ放射状にヒビが入る。
    「ほう」
     呟いて笑う采。影業はついに骨だけの腕を形成し、女を殴りつけた。
     激しい破砕音が鳴り響き、女を覆っていた氷の膜めいたものが砕けて散る。
    「あれは……シオリさん!」
     リオンが呼びかけるが早いか、シオリ(ビハインド)は女へ急接近。
     瞬きよりも短い時間の中で、無防備な女の前に立つシオリ。
     延々に近く引き延ばされた時間をへて。
     シオリは平手を女の頬に放った。

    ●雪ぎ雪ぐ、雪ぎ雪ぐ。
     音がした。
     人を叩く音である。
     ばらばらと落ちる氷の塊と、自らの頬に手を当てる女。
     ブルージーンズとサラシだけを纏った女である。
     胸元には桜紋。背中には天満天神の刺青が彫り込まれ、街灯が汗にでも反射しているのか、てらてらと光っているように見えた。
    「……なんとなく、分かってたよ。『そうなんだろう』って」
    「…………」
     リオンは口をきゅっと引き結び、胸元を強く掴んだ。
    「もうええ?」
     采が影業から大量の犬を形成し、その先頭に霊犬が立った。
     犬の群れを率いるかのように飛びかかる霊犬。
     女の腹に霊犬が食いついた途端、大量の影犬が飛びかかり、女を押し倒した。
     うなり声が反響し、肉色赤色の物体が大量に引きちぎられていく。
    「思ったより、早く決着がつきそうやね」
    「いや、そうは行かなそうだぜ」
     剣を構え、にやりと笑う羅生丸。
     影犬の群れから一本の腕が突きだし、強く虚空を握った。
    「う――ああああああああああああああああああああ!!!!」
     影犬たちがエネルギーの波を受けてはじけて消える。霊犬もまた吹き飛ばされ、地面を転がった。
     全身を傷だらけにした女が、ポケットからバタフライナイフを取り出し、素早く展開。
    「なんでだろうな。デジャビューを感じるぜ。思い当たるフシはねえんだが……」
     羅生丸は笑いながら突撃。剣を無理矢理叩き込む。
     女の腕がぶった切れ、陸にあげた魚のように跳ね転がっていく。
     ナイフが羅生丸の心臓部に突き刺さる。
     直後に回し蹴りを繰り出し、羅生丸を激しく吹き飛ばした。
     道路標識が拉げるレベルで柱に激突。サングラスにヒビが入り、そのまま動かなくなる羅生丸。
    「あーあ……」
     深々見は半笑いでその様子を見ていた。
    「ねえ、あのさ。コレ終わったらなんか強いの来るまで待ってようって話だったよね」
    「そうやけど……?」
     話を振られ、裕士は剣を正面に構えたまま頷いた。
    「やめたほうがいいよソレ。たぶん誰か死んじゃう」
    「なん――」
     何の根拠で、と言おうとした所で、既に深々見は動き始めていた。
    「『これ』を押さえるくらいのレベルが来たら、そりゃあねえ」
     助走をつけてからの跳び蹴り。女の側頭部に直撃。足を掴んで地面に叩き付けられるが、即座に腕に巻いた布を発射。女の心臓部を突き破る。
     血を吐き散らしながら、女は深々見の顔面に拳を叩き込んだ。
     びくんと大きく痙攣し、動きを止める深々見。
     身体を起こした女の背に、ホワイトの拳が叩き付けられた。
     ただのパンチではない。瘴気が柱のように突きだし、女の腹を貫通した。
     道路へ放射状に血肉が飛び散るが、女はそれを無視して振り返り、ホワイトの顔面を鷲づかみにした。爪が食い込み、所々から血が噴き出す。
    「ホワイさん、離れ――」
    「そんな余裕無いですよ!」
     勢いよく飛び込んだ御理が、二人の間を突っ切る形で剣を繰り出した。
     腕が肘部分で切断され、女は大きくよろめいた。
     異形化した腕でホワイトを掴み、その場から離脱する御理。
     何とかリオンのそばまで転がってきたが、がくりと膝を突く。脇腹がばっくりと切り裂かれ、血がどくどくと流れ出ていた。
    「煙草の煙で灰のうろを満たせても、心までは満たされなかった……というわけですか。まったく……」
     前のめりに倒れる御理。
     リオンは慌ててかけより、ナノナノ(きゅーちー)たちと一緒になってホワイトの緊急回復を図った。
    「大丈夫ですか、ホワイさん」
    「……」
     うつろな目で女をみやるホワイト。
     視界には女へ突撃する裕士の姿があった。
     柄を握る手が熱い。
    「なんや、あせっとるんか俺……ンなわけあるかい!」
     女の手前で牽制のような突きを放つ。これで隙を作って返す刀で致命傷を与えるのが彼流だが……突いた刀がそのまま女の腹に突き刺さる。
    「ん……ぐっ……!」
     女はこともあろうかそのまま身をねじ込んできた。根元まで突き刺さる。
     本能的に身をひこうとした裕士の首元に顔を寄せる。
     何をするのかと思いきや、女は裕士の首筋を一息に噛み千切った。
     壊れたスプリンクラーのように血を吹き、目から光を喪失する裕士。
     倒れる彼と共にずるりと引き抜かれる刃。
     女は荒い息をしながら、発作的に吐血した。
     ゆっくりと歩み寄るアルヴァレス。
    「僕を恨んでくれて構いません。貴女を殺して――」
    「いらない」
    「……え?」
     血の混じったつばを吐き、女は言った。
    「あの人に会えるんなら、他になんもいらないよ」
     無い腕を胸にあて、粗く粗く息を吐く。
    「この気持ちはアタシのもんだ。アンタが勝手に背負っていくんじゃない。アタシから、この気持ちを取るな」
    「あなたは……そこまで……」
     女は短くなった腕を揺すってから、苦々しい顔をした。
    「ポケット。右のポケットに入ってんだ。出してくれるかい」
    「何を」
    「煙草だよ。腕のない人には代わりにものをとってやりなさいって、お母さんに教わらなかったのかい」
    「僕は」
     自分のことを言いかけて、アルヴァレスは首を振った。
     言われたとおりに血まみれになった煙草を取り出して、女にくわえさせた。
    「火は、どうします」
    「いいよ。あの人に借りる」
    「そうですか」
     アルヴァレスはきびすを返し、背を向け、取り出した眼鏡をかけた。
    「それでは黄泉路に気をつけて」
     女は、はじけて死んだ。

    ●君を待つ日々は
    「……ふう」
     采は惨状を眺めて嘆息した。
     仲間は片っ端からズタズタにされている。仮にこの後強大な羅刹勢力でも来ようものなら皆殺しにされるだろう。過去の調べに照らし合わせるならば、心霊手術をする暇は……あったとしても難しい。
    「あの、私は撤収するつもりですけど……皆さんは……」
     ホワイトを抱えたリオンがおずおずと聞いてくる。
     アルヴァレスは顔をしかめた。
    「撤収しましょう。僕が羅刹の立場なら、この現場には来ません。過去の例によれば、その強大な羅刹は刺青の羅刹を脅迫して配下にしたのでしょう? 対象が死んでいるなら用は無いはずです」
    「そうなん? 聞きたいことあったんやけどなあ」
    「無理でしょう。変に質問して嘘を吹き込まれたらたまりませんし」
     仕方が無いか。采は心の中で呟いて裕士を抱え上げた。

     明け方の高速道下には、誰も居なかった。
     女の死体がひとつあるだけで。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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