306号室の怪

    作者:望月あさと

    「……ねぇ、あなた。306号室って知ってる?」
     遅い夕食をとっている最中に、妻は神妙な面持ちで聞いてきた。
    「306号室って、このマンションのか?」
    「うん」
    「ここから2つ隣になる空き室だろう? なんだ、誰か越してきたのか?」
    「違うの。ちょっと、近所の奥さんから話を聞いてね……。あそこ、出るみたいなの」
    「出る?」
    「幽霊」
    「ははは、何をいうかと思ったら」
    「……時間帯はわからないんだけれど、夜にあの部屋のドアが少し開いている時があるんですって。するとね。いないはずの部屋に灯りがついていてリビング内を行ったり来たりする人影が見えるそうよ。ただ、覗くだけならそれだけで済むんだけれど、部屋に入ったら最後。その幽霊に殺されてしまうって……。ほら、あの部屋はいつも通るところじゃない? こういうことは、噂話にしても避けておいた方が無難だから……」
     リビングに風が吹き抜け、夫の背筋がゾクリとさせる。
     妻は立ち上がり、開いていた窓を閉めた。
    「あなたも気をつけて」
     

    「みんな、都市伝説の存在がわかったよ」
     そういった須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、ノートに挟んでおいたマンションの間取り図を開いた。
    「あるマンションの306号室に幽霊が出るって噂が実体化したの。実際は、空き部屋の換気のために、管理人さんがドアを少し空けて放置しておいたって話しなんだけど、それが発端になって今の噂になっちゃったみたい。誰も住んでいない部屋が空いていたら変な噂もたっちゃうよね。
     ということで、みんなに向かってほしい場所は、306号室。
     時間は、人目につかない深夜。
     今日なら、管理人さんが部屋の換気に訪れているはずから、鍵は空いているはずだよ」
     そういって、まりんは間取り図にあるリビングを赤いペンで囲んだ。
     そこは、玄関から入ってすぐの場所。2LDKでありながら、全体の半分以上を占める広さを持っている。
    「都市伝説はね、306号室のドアを少し開けて中をのぞきこんだら、姿を見せるの。いい? 少しだよ? 思いっきり開けても出てこないから、こっそりのぞく感じで開いてみてね。
     そうすると、暗いリビングに明かりがついて、真っ黒な人型になっている都市伝説が動き回るの。
     それが、突入するタイミング。
     一気に攻め込まないと、気づいた向こうが襲ってきて玄関口で戦うことになっちゃうから注意ね」
     玄関は、二人が並べる広さしかない。
     ここで戦うことだけは、避けたいところだ。
    「あと、都市伝説は、伸縮自在の腕を相手の体に巻きつけて攻撃してくるの。
     しかも、一度部屋に入ったら、都市伝説が消えるまで出られないから気をつけてね」
     まりんは、最後に念を押すと、にっこりと笑った。
    「それじゃあ、みんな、噂がただの噂になるように、よろしくね」


    参加者
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    桜庭・理彩(中学生シャドウハンター・d03959)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    江神・颯志(魔銃師・d04842)
    東雲・鋼(高校生殺人鬼・d07924)
    護宮・サクラコ(大天使サクラエルの光臨・d08128)

    ■リプレイ


    「空き部屋に出る化けもんか。人の念いうんは、ホンマ不思議なもんやなぁ……」
     動き出したエレベーターの中で、斑目・立夏(双頭の烏・d01190)は何気なしにつぶやいた。
     一階を灯していたランプは、大きい数字へと規則正しく上がっている。
    「はうう、なんか嫌な予感がするでいす」
     規則正しく上がっていくランプの数字から目をそらした護宮・サクラコ(大天使サクラエルの光臨・d08128)は、振るわせた体を両腕で抱え込んだ。
    「都市伝説って、聞くだけで呪われそうなお話しばかりで怖いでいすし、部屋をこっそりのぞくと動き出すお化けなんて。想像しただけで鳥肌が立つでいす!」
    「大丈夫だよ、みんないるし」
     ゾゾゾと身震いをして、すっかり尻込みをしているサクラコを、月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)は明るい声で包み込む。 
    「で、でぃすね!」
     サクラコは、精一杯の笑顔を作ったが、口の端がわずかに引きつっている。
    「さて、すぐに6階へ着くけれど、深夜には騒げないから静かに行動しようか」
     アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)が、口に人差し指をあてた。
    「出来るだけ小声と身振りで話せば、なんとかなりそうだしね」
    「そうですね。人目に付かず、騒ぎにならないよう気をつけます。――着きましたね」
     桜庭・理彩(中学生シャドウハンター・d03959)が顔をドアへ向けると、甲高い音が鳴り、エレベーターが不規則に揺れた。そして、一呼吸を置いてから、しん、と静まりかえっている廊下への道を開く。
     足音に気をつけながら、表札の上に着いている部屋番号を確認していく灼熱者は、3つほど奥にある扉で306号室を見つけた。
     306号室の扉は閉まっているように見えたが、わずかにドアがずれている。
     きちんと閉まってないのだ。
     東雲・鋼(高校生殺人鬼・d07924)が前に出ると、サクラコは、仲間がやっと聞こえる小さな声で語りかける。
    「突入順は大丈夫でいすか?」
     サクラコの不安を和らげるようにうなずいた灼熱者たちは、先頭に前衛が並び、殿には後衛がつくという二人隊列へと並んで見せた。
     誰も重複することのないきちんとした隊列で問題がないことを確認したアルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)は、隣にいるサクラコの頭を数回なでて、大丈夫だと笑顔をみせる。
     後は突入するだけとなった体勢に、鋼は後ろを向いて一度うなずくと、正面を向いて扉のノブに手をかけた。
    「……」
     ゆっくりとドアを開けた鋼は、隙間から明かりのない室内を見回した。
     闇が邪魔をして、どこに何があるのかを捕らえることは出来ないが、まりんから見せてもらった間取り図を思い返せば、大体の構造を描くことが出来る。
     ふと、奥の方で明かりがついた。
     まぶしくてとっさに目を細めた鋼は、影の姿を見つけようと目を忙しなく動かした。
     隙間から見える明かりに気づいている仲間たちは、鋼の様子を見守り、また突入とのタイミングに息を合わせようとしている。
     そこへ、変化した空気に感づいた江神・颯志(魔銃師・d04842)が鋼に目を落とした。すると、リビングでうろつく真っ黒い人影を見つけた鋼が合図を送ってきた。
     突入の合図だ。
     鋼が大きくドアを開いて飛び込んだとき、後ろへ続く灼熱者たちも走り出していた。


    「いつまでも寝ぇへん悪い奴はだれやーっとぉ」
     真っ先に都市伝説との距離を縮めた立夏は、踊り出すなり至近距離からパッショネイトダンスで先制をとった。
     間を置かない灼熱者たちの移動スピードと、廊下の幅も考慮した侵入は、灼熱者たちを黒い人影である都市伝説が襲いかかる前に、リビングへ到達することを実現させていた。
     次々と入ってくる仲間の気配を背に感じながら、陣を築く時間を持たせようと、立夏は都市伝説の正面から離れない。
    「目撃者を出すつもりはないわ。迅速に済ませましょう」
     ほんのわずかな距離である玄関からリビングへの廊下で行き詰まりが起こらないよう、迷わずに前方の立夏や鋼と肩を並べた理彩は、都市伝説に目を向けるなり、ヴァンパイアミストを広げた。
     ダークネスでなくとも、都市伝説を見逃すつもりはない。
    「たった今から、ここは狩場よ。逃げ場なんてないと知りなさい」
    「いくっすよ!」
     霧を受けた鋼は、都市伝説が攻撃に出る前にシールドバッシュで殴りつけ、視線を自分に向けさせる。
     前衛の動きは、中衛と後衛にスムーズな陣形形勢をうながせ、迅速に動いたアルヴァレスも中衛へ辿り着くなり、バスタービームを放っていた。
    「人々が安心できるように、貴様を殲滅する……。詫びる積もりはない……!」
     アルヴァレスの魔法光線が、まっすぐに飛んでいく。
     その道筋を沿うように走り続けていた颯は、途中で行き道を変え、間近となった都市伝説へ目を動かした。
    「都市伝説……を相手にするとは、随分とおかしな話だ。しかし、人に害する存在である以上、滅さねばならないものであるのは確かだろう」
     ぐっと、武器を握り込んだ颯志は、死角へ回り込むと、上半身へ黒死斬を斬りつけていた。
     スナイパーであれば得意の部位狙いもできたが、今はジャマーのため、その能力を生かせない。
     それでも、今まで培ってきた経験が生きている颯の太刀筋は、人間の急所に近い場所を斬りつけている。
     口も目もない、ただのひょろ長い黒い人影に、アシュは小さく笑った。
    「空想が実現と化す、か。都市伝説……いや、人の心は面白いね。でも現れるのはただの黒い人型ってのは想像が足りてないね。……って文句言っても仕方ないか、さくっと倒そう。敵は一体とはいえ、油断はしないよ」
    「あたしも! 転校後、初のお仕事だからね、はりきっていくよー! 後方射撃はまかせてねー!」
     バスターライフルを構える架乃は、ウインクをしてバスタービームを放ち、アシュのデッドブラスターに続く。
     戦いが白熱する中、サクラコは癒しの矢を放ち、治癒だけではなく、その者の中で眠っている超感覚を呼び起こす。
    「来るぞっ! うっ!」
     伸縮自在の腕の変化に気づいた立夏が声をあげたとき、腕は立夏の体に巻き付いていた。
     どんなに力を入れても都市伝説の腕はびくともせず、むしろどんどん体をしめつけていく。
    「上等や」
     苦痛で脂汗が浮いても、立夏は口の端を持ち上げた。
     戦うことが嫌いではないためか、窮地に立たされても笑う余裕がある。
    「いくぜ!」
     立夏はディーヴァズメロディで抵抗した。
     できることなら、閃光百裂拳を使いたかったが、今は活性化していないため、使える技で抗う。
     その腕へ、駆けるスピードスケッチを活かした抜刀で理彩が居合斬りで傷つけた。
     立夏を締めつけていた腕がほどけ、宙に舞った隙に、アルヴァレスがバスタービームを放って、都市伝説の体をくの字に曲げさせた。
    「今だ」
    「わかったっす!」
     アルヴァレスに言葉を向けられた鋼は、すぐに立夏へソーサルガーダーを与える。
     体勢を取り戻そうと体をあげる都市伝説に、颯志が背後から黒死斬を刻みつける。
    「がら空きだ」
    「これもくらってみるかい」
     敵にはひたすら冷酷な颯志の攻撃を受けて体を反らした都市伝説は、さらにアシュがデッドブラスターを放つ。
    「みなさま、お怪我はありませんか?」
     特に傷の深い前列へ清めの風を吹かせながら、サクラコは仲間の体をいたわる。
     そこへ、都市伝説の腕が伸びてきた。
     黒い腕は、サクラコを捕らえようと両腕を広げていたが、実際に掴んだのは、サクラコをかばった鋼の体だった。
    「仲間を傷つけることはさせねぇっすよ」
     仲間を守ることを重視している鋼は、腕が体に巻かれることをいとわない。
    「俺が相手になってやるっす。さあ、何度でも来いっすよ!」
     裂帛の叫びをあげてシャウトをかける鋼に呼応されるように、理彩がトラウナックルで、立夏がディーヴァズメロディを歌って都市伝説を双方から攻撃で挟み込む。
     鋼に絡んでいた腕はほどけ、次の獲物を品定めするかのように動いた。
    「鋼さんへ回復を頼む」
     アルヴァレスは、マジックミサイルを放ちながら、さらなる先を見据えた先手を打った。
     常に周囲の状況を把握するように努めていたアルヴァレスは、鋼がこれからも仲間をかばうことに気づいていたのだ。
    「わかりましたでいす!」
    「できるなら、回復力の強いものでね」
     アシュの言葉を聞いてアルヴァレスは振り向いた。
     アシュの判断は正しい。
     笑うアシュも、冷静に仲間のことに目を向けていたのだ。
     サクラコが癒しの矢を射ると、立夏も集気法で鋼の傷の治癒にかかった。
    「もう少しやさかい、気張りや……っ」
     だが、そこでも都市伝説が襲ってくる。
    「甘い」
     淡々と都市伝説を刻んでいた黒死斬をマジックミサイルへと変えた颯志は、容赦のない一撃を放ち、腕の向きをあらぬ方向へと撃ち変えた。
     しかし、くねった腕は、軌道を戻そうと、灼熱者の頭上へとあがり、放物線を描いて下りてくる。
     ソーサルガーダーで太刀打ちする鋼に、再び腕が絡みつき、苦しむ鋼の声に、架乃の中にあった一本の線が切れた。
    「…………ふざけやがって。とっとと消え失せろ。ここは、てめえがいていい場所じゃねえ!!」
     豹変した乱暴な言葉遣いが、荒々しいバスタービームを発射させる。
     この一撃には、都市伝説もまいったのか、足をふらつかせて数歩下がる。
    「そろそろケリをつけるでいす。この身に宿いし力、疾風の刃となりて敵を切り裂く!でいす」
     都市伝説に見切りをつけたサクラコは、今まで専念していた回復を止め、代わりに神薙刃で風の刃を起こして引導を渡しにかかる。
    「持っているものしか使えないからね。デッドブラスターでいくよ!」
    「狙いは外さない……砕け散れ……」
     アシュのデッドブラスターやアルヴァレスのバスタービームもくらい、表情がないはずの都市伝説に陰りがみえる。
     腰を低くし、都市伝説の目と鼻の先まで駆け抜けた理彩は、腰へ携えた日本刀を一気に引き抜く。
    「……消えなさい!」
     理彩の居合斬りに、都市伝説は一瞬で無に返った。


     都市伝説が消えると室内は元の暗闇に戻った。
     どうやら、リビングの明かりも都市伝説がもたらした一部だったようだ。
    「……皆さん無事ですか?」
     目が暗さに慣れる時間を待てず、アルヴァレスは仲間へ声をかけた。
     それぞれの返事で、全員が無事なことを知ったアルヴァレスは安堵の息を吐き、改めて室内を見回した。
    「これで終わったのでしょうか?」
    「終わりっすよ。ご丁寧に明かりも消えてくれやしたしね」
    「時間があったら、ある程度室内を整えて……と思ったが、これじゃあ、無理やな。管理人さんには悪いけど、勘弁したってな」
     徐々に慣れてきた灼熱者の目に、両手を合わせて頭を下げている立夏の姿が映る。
    「まあ、本物の泥棒が居るよりはマシだってことにしてもらうか」
    「仕方ありませんね」
     両肩をあげたアシュは、帽子を軽く傾け、理彩はため息をつく。
    「まっ、見たところ、そんなに酷くなさそうだし、よかったよ!」
    「架乃さん、言葉遣い、治ったのですね」
    「え? あ、いやー、油断するとさらっと出ちゃうんだよねー。あんまり、気にしないで」
     理彩の指摘に笑ってごまかす架乃は、そそくさとリビングから廊下へ出て行く。
    「依頼は完了した。長居することもない」
     都市伝説が残した物がないか室内を歩いて確認した颯志も、架乃の後に続く。
     サクラコは、笑って仲間の中へ飛び込んだ。
    「一件落着! でいすね!」

    作者:望月あさと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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