がたん、と電車の揺れる感覚で、灼滅者は目を覚ました。慌てて窓の外に目をやれば、降りる予定の駅は後方へと流れて行くところだ。
寝過ごしてしまった。諦めて、次の駅に着くのを待つしかない。
暖房の吹き出し口を忌々しげに見詰めた灼滅者は、前の座席に男の子が座っているのに気が付いた。小学生だろう。もこもこのダウンコートに身を包んでいる。
周りに大人の姿は見当たらない。一人で電車に乗って来たようだ。
この子は一体、何処へ行くのだろう。考えているうちに、次の駅に着いた。電車の揺れが治まり、男の子が立ち上がる。見られている事に気付いたのか、明るい蜜柑色の瞳は、少しの間だけじっと灼滅者を見詰めた。
その瞳に背中を押されるようにして、灼滅者も立ち上がり電車を降りる。
改札を抜け、駅を出て行く男の子の後を、灼滅者は何となくついて歩いて行った。
雪の積もった歩道を進んで。大きな歩道橋を渡って。角をいくつも曲がって――気が付くと、灼滅者は木々に囲まれた雪原にいた。
辺り一面を覆うまっしろな雪に、改めて寒さを実感する。溜め息のように吐き出した息は、当然のように白かった。
ダウンコートを着た男の子は、雪原の端っこで雪玉を転がしている。どうやら、雪だるまでも作るつもりらしい。
ここに誰かを呼んで、一緒に遊ぼうか。
両手に息を吐きかけた灼滅者は、ふとそう考えた。
ここは雪と木々しかない場所だけれど、その分、周囲を気にせず遊ぶにはもってこいだ。雪はたくさんあるから、あの男の子のように雪だるまを作るのもいい。何人か集まれば、かまくらだって作れるだろう。うんと温かくして木々の間に分け入って、そこで物思いに耽るのもいい。
さて、誰が来てくれるだろうか。
また白い息を吐いて、灼滅者は携帯電話を取り出した。
雪遊び、しませんか。
●
頭から新雪をかぶった木々は、まるで粉砂糖をかけたよう。
木の葉も地面も吐く息も。全てがまっしろな世界に、灼滅者達は足を踏み入れた。
ここまで綺麗に真っ白だと、くっきり足跡をつけて歩いてみたくなる。流希は童心に返った気持ちで、一歩一歩、雪原を踏み締めた。
振り返れば、己の足跡がまるで道のよう。
足跡が 道と記すか 雪世界。そんな一句を思い浮かべて、流希はまた一歩を踏み出した。
吐く息の白さは、周囲の寒さを如実に物語る。冷えるねと言い合いながらも、小さな館の面々は楽しげだった。
来てくれた。急な電話に応じてくれた皆の姿を目にして、煌介の視界は微かに潤んだ。かつては、電話をかける相手すらいなかった。そう思えば、こみ上げる幸せに目尻が僅かに緩む。傍目には分かりにくいそれが彼なりの笑顔である事を、集まった皆はもちろん分かっている。
「まっさらな状態だと、ぽふっとしたくなるねー?」
両腕を大きく広げ、陽桜ははらはらと舞い落ちる雪を受け止めた。積もりたての新雪は、まるで干したばかりのお布団のようだ。
「……こんなん、してみたかった事やるしか無いじゃ、無いか……」
「してみたかった事? って……」
作楽が問い掛けるより早く、煌介はまっさらな雪原へ仰向けに倒れた。ダウンジャケットの襟を整えていた嘉月も、それに続いて雪の中へダイブする。可愛らしい歓声を上げた陽桜が、更に続いた。
ちょっと勿体ない気もする。順に雪の中へ飛び込んで行く皆と、ふかふかの雪原と。二つを見比べて作楽は、そう思った。しかしそんな彼女の肩を、琥界がとんと押す。不意をつかれて、作楽もまた雪の上へ仰向けに倒れてしまった。
抗議しかけた彼女の視界に、はらりと優しく雪が降る。
「空、白い息が昇るなか、しんしんと降る雪……最高ですね」
ほう、と息を吐き出しながら、嘉月が言う。鈍色の空から舞う雪はとても綺麗で、4人は暫しその光景に見惚れた。
雪にできたひお達も、仲良しさんで楽しそう。人型を崩さないようにそっと起き上がった陽桜は、雪に写し取られた皆の姿を見て満面に笑みを浮かべた。
次はかまくらに雪だるまと、これ! と彼女から飛んだ雪玉が、雪合戦の始まりを告げた。雪合戦、すね、と心で笑んだ煌介が、誰に当たるか分からない、運任せの投球をする。
「リングスラッシャーを日々投擲する身としては、遅れをとるわけには行きませんね!」
嘉月もむくりと起き上がり、素早く雪玉を投げた。作楽を流れ弾からかばう琥界はあっという間にまっしろになってしまって、彼女は思わず笑みを浮かべた。
雪合戦が終わったら、今度はかまくらを作ろう。皆で寄り添い話をすれば、きっともっと温かいだろうから。
雪合戦の話をしたのは、いつだったか。
寒いけど、雪だけで楽しいよな。そう言う兎紀の誘いに応じた夕姫は、眼前の景色に目を奪われていた。柔らかな雪に覆われた世界では、吐く息すらも雪に染められて行くよう。
「あれとかよくねー?」
兎紀の声にはっと我に返れば、彼は適度な距離を保った2本の木々を指しているところだった。こっちとあっちと、木を盾にして雪合戦ぽくしてみよーぜ! と言う兎紀に、夕姫は両手をぎゅっと握り締めて応える。
「雪合戦ですね……!」
頑張るです、と付け足して、彼女は示された木へと足を向ける。
「勝敗はー……雪玉当たった方の負けでいーんじゃね? 勝ったら負けた方のいう事ひとつ、きくこと! とか」
兎紀の提案に、夕姫はにわかに動揺した。勝てるなんて思っていないけれど。でも。
「僕が勝ったら何をお願いしたらいいんでしょうか……」
そう呟く間にも、ふわっと丸めた雪玉が容赦無く飛んで来る。木の陰に身を隠して、夕姫は慌てて雪玉を作った。
雪を丸める。投げる。身を隠す。それを繰り返すうち、二人は投げる事に夢中になって行った。
けれど合戦とは決着がつくもの。幾度目かの攻防の後、兎紀の投げた雪玉が夕姫の腕にぽすんとヒットした。
「よしっ。俺の勝ちだから、これから『先輩』呼びナシな!」
なんかこう、しっくりこねーんだよな。そう言って、兎紀は太陽のように笑った。
●
ダウンを着て、手袋をはめて。マフラーも巻いたなら、防寒は万全。
「昭子ちゃん、装備はばっちりですか?」
「はい、準備は万端です」
依子に問われて頷く昭子は、もこもこ重ね着の上にダッフルコート。マフラーもぐるぐる巻いて、ニット帽も被っている。
降り積もった雪は、遊んでくださいと言わんばかり。一面のまっしろに、二人は心を躍らせた。
何しましょう、雪うさぎ作る? と依子が言えば、雪うさぎ一家も、雪だるま一家も作らねばと昭子は灰色の瞳を瞬かせた。
一家。それは、気合いを入れて作らねばなるまい。雪原へ踏み出すと、真新しい雪の上に足跡がくっきりと残る。
「あっちの人の少ないとこに行って、思いっきり人型つけるのもしません?」
「は。ひとがた。ひとがた、つけたい。つけましょう。やってみたいです」
雪うさぎと雪だるまの一家を作り終えた後、依子が人気の少ない木々の方を指す。昭子は大きく頷くと、鈴の音を鳴らしながら跳ねるように雪を踏んだ。
せーの、と声を合わせ、柔らかな雪の上へ仰向けにダイブする。空は遠いのに、空へ落ちて行くような不思議な感覚。仰ぎ見た空には、種類のよく分からない鳥が飛んでいた。
「もっかい、もう一回やりましょう」
依子ちゃん、これ楽しいです。そう言って昭子は、頬と鼻を赤く染めて声を弾ませた。次は素敵なポーズで芸術点を狙うのです。
「銀白の世界、素敵ですわね」
何もかもが白い世界に、桐香は目を細めた。
雪遊びの定番と言えば、雪合戦。たまには童心に返って楽しみません? と彼女が誘えば、いいですよといちごも笑んだ。
ふわりと優しく丸めた雪玉が、ぽんと弧を描いて飛んで行く。
「いちごさんの大学生活は、最近どんな感じですの?」
「最近ですか……?」
ライブ活動の事。クリスマスで、ごたごたした事。そんな何でもないような事を、いちごは思い出しながら答えて行く。
雪原の中、特に避けるわけでもなくやり取りした白球は、すぐに二人をまっしろに染めてしまった。けれど、そんな様子すら子供に返ったようで楽しい。
「この一発はちょっと痛いですわよ!」
「ふぇ?!」
不意に桐香から鋭く飛んだ雪玉が、いちごの額に直撃した。予想外の一撃に、仰向けに倒れてしまう。
ぱっくりと割れた雪玉の中からは、いつの間に仕込んだのか、苺キャンディがころりと出て来た。今年1年、遊んでもらったお礼ですわ! と弾んだ声が聞こえる。
「こちらこそ、またよろしくお願いします」
来年も、遊んでくださいませね。そう言う桐香に、いちごは起き上がりつつ笑顔を見せた。
雪のように白い霊犬パーカーのフードの端を、七緒はぐっと引っ張った。隣では、ミカが霊犬マフラーをしっかりと装備している。そこへシベリアンハスキーのルミが加われば、霊犬3匹揃い。自然と心が浮き立った。
「ねえ、あそこの木まで競走しない? ルミも一緒に、妨害もOKでさ」
「競走? するする!」
ミカの誘いに、七緒は二つ返事で頷く。よーいどんッ! の声が聞こえると、七緒は素早く作った雪玉を反対側に向けて放った。取っておいでルミちゃん。そんな魅力的な一言も付け加えて。
雪玉に向かって飛んで行くルミに胸をときめかせつつも、二人は雪原を駆けて行く。時折後ろを振り返るミカに、七緒は容赦無く雪玉をぶつけた。
「僕は走りながら雪玉投げられる男さ、フハハハ!」
だがミカも負けてはいない。彼の両親はフィンランド人。寒さは得意だ。笑う七緒の顔に、べしゃりと雪玉が投げ返される。見ればミカは、七緒の方を向きながら走っていた。
「ボクは雪の中でも後ろ走りできる男さ、ふははは!」
「後ろ走り……だと?」
流石やりおる。しかし七緒は日本の雪国生まれ。負けるわけには行かない。彼は走る速度を上げた。
ゴールにたどり着いたのは、ほぼ同時。雪の中にどーんと飛び込んだ七緒は、やっぱり冬には雪がなきゃ! とはしゃいで見せた。
ふと横を見れば、同じく雪にダイブしたミカが両手両足を使って雪に跡を作っている。あれは正しくスノーエンジェル。
だがこの場に天使はルミちゃん一人で十分なのだよ。起き上がった七緒は、ルミと共にミカの上へ雪をかけ始めた。
●
雪の滅多に積もらない地域の生まれである雪音にとって、積もった雪は珍しい事この上ない。
身を切る寒さも何のその、彼女は高まるテンションに任せて雪原を走り出した。
「見ろ! 雪だぞ雪!」
白く染まった木々。誰かの作った雪だるま。可愛らしい雪うさぎ。建設途中のかまくら。全てが物珍しくて、雪音は心が打ち震えるのを感じた。足元の悪さすら、今は楽しい。
はしゃいだ様子の彼女とは対照的に、落ち着いているのは宗一だ。
今の時期、実家の方は雪化粧だな。まっしろな世界を見て、そう思う。あちらは山だから、この雪原とはまた違う姿を見せているのだろうけれど。
湧き上がった郷愁を、白い息と共に細く吐き出す。ふと気付けば、共に来た筈の赤い髪の少女が見当たらない。
さて、何処へ行ったのか――ぼんやりそう考えていると、後頭部に衝撃が来た。何かが当たったと思しき箇所はほんのり冷たく、振り返れば雪音がどうだと言いたげな表情で胸を張っている。
喜ばしい顔の彼女へ、そうかそうかと一歩一歩、のしりのしりと近付いて行く。はたと雪音が気付いて逃げ出そうとするも、時既に遅し。
「雪の上で山国生まれから逃げられるとでも?」
難なく雪音を捕まえた宗一は、その背中へ雪をひとすくい投入した。うぎゃー!? とおたけびが轟く。
「やるなら付き合ってやるから、不意打ちは辞めておけ」
「うー……分かった。負けないぞ」
ぱたぱたと雪を払い落とし、雪音は再び雪玉を握る。もちろん宗一とて、やるからには負けるつもりは無い。
雪原に二度目のおたけびが轟くのは、それから間もなくのこと。
御厨について行くのはおもしれーなー。雪のかけらをくっ付けたふわふわ頭を眺めながら、民子はそう思った。こんな所に一人で来ている理由は、よく分からないけれど。
「あたしもいーれーてー!」
「あー、澤村せんぱいだー」
やって来た民子に、望は雪だるま作りの手を止めて笑顔を見せた。ぶんぶんと振られた手に軽く手を振り返して、民子は積もった雪の柔らかさを確かめる。十分にふかふかだ。
なればやる事は一つ。彼女はぼふっと雪の上へダイブした。何もない雪原に人型を残すのはロマンだ。オレもやるっ、と望がその隣へ小さな人型を作る。
「雪降ってる時ってテンション下がるけど、こんだけ積もってるとアリだな」
「うん、楽しいね」
オレは雪だるま作ってるんだ、と表情を緩ませる望の元に、ぽっちゃりした人影が近付いて来た。
「御厨君、こんにちは!」
「あ、饗庭くん、こんにちは」
軽く手を挙げる樹斉は、厚手のコートに手袋と完全武装。作りかけの雪だるまを見て、どっちが大きい雪玉作るか競争してみない? と誘えば、望は元気良く頷いた。
ころころと雪玉を転がし出す二人の傍ら、人型を壊さないようそっと抜け出た民子は、雪うさぎを作り始めた。
周囲に視線を巡らせれば、煌介達の作ったかまくらが目に入る。4人がすっぽり入れる大きさのそれに向けて、民子は雪うさぎを並べて行く。少しずつ大きくなって行くうさぎ達は、まるでかまくらに進化したよう。目と耳つけていーい? と問えば、彼らは快く頷いてくれた。
一通り遊んだ後は、温かい紅茶で一休み。一から何かを作る喜びの原点ってここだよなぁ、と民子は初心に帰った気持ちで雪うさぎ達を見詰めた。
その裏で樹斉と望の競争が終わり、二つの雪玉は木の実で目鼻をつけた雪だるまに変化している。
「今度はかまくら作らない?」
雪だるまの形を整えた後、樹斉はそう提案する。彼としては雪合戦や鬼ごっこにも興味があったのだけれど、この同級生はどちらかと静かに楽しむ方が好きそうだ。
その予想は当たったようで、作る作る! と答えた望の表情は実に嬉しそう。二人は雪原に新たなかまくらを作るべく、雪を集め始めた。
二人で雪を集めていると、里での雪遊びを思い出す。今日は心行くまで遊んでいこう。
雪原の日は、まだ高かった。
作者:牧瀬花奈女 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月3日
難度:簡単
参加:17人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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