途切れた糸の、忘れ物

    作者:雪月花

     ――君の絆を僕にちょうだいね。
     眠りの中、宇宙服のような服を着た不思議な少年が耳元で囁いたのを、彼女が気付く由もない。
     その頭上に薄気味悪い紫と黒色の混じった卵が現れたのを見て微笑んだ少年は、幻のように夜闇に消えた。

    「綾子、忘れてるわよ」
    「……あっ」
     夕日差すカフェ。
     席を立った若い女性が、友人に呼び止められて袋を手渡された。
     編み掛けの何かと編み棒が、袋の口から覗いている。
    「誕生日までに間に合わせるんだーって張り切ってたのに、どうしちゃったのよ」
     不思議がる友人に、綾子は顔を曇らせた。
     優しくて気の合う、大切な恋人。
     誕生日が年の瀬のせいで、いつも他のイベントと一緒のお祝いで済まされてしまうという彼に、去年は手編みのマフラーを贈ったらとても喜んでくれた。
     だから今年はセーターに挑戦しようと毛糸選びにも気合が入っていたのに……。
    「どうしてかな……」
     ここ暫く、綾子はそれまでの気持ちがすっぽりと抜け落ちてしまったように、セーター作りに身が入らなくなってしまっていた。
     折角彼からお誘いのメールがきても「今ちょっと忙しくて」と避けてしまう始末。
     何故こんなに急に心が動かなくなってしまったのか、彼女は心配する友人達より悩んでしまっていた。
     
    「絆を奪われた女性に産み付けられた卵から、強力なシャドウが誕生しようとしている」
     土津・剛(大学生エクスブレイン・dn0094)は険しい目をして、灼滅者達に告げた。
     強力なシャドウである『絆のベヘリタス』。
     標的となった一般人は、そのベヘリタスと深い関わりがあると思われる何者かに大切な人との絆を奪われ、代わりに不気味な卵を産み付けられてしまうのだという。
    「一般人には見えない卵は、標的が最初に奪われた絆以外の周囲の人達の絆を吸い取っていき、一週間程で絆のベヘリタスが孵化する。放っておけば、ベヘリタスの大量生産になってしまうな……」
     ただでさえ強力なシャドウが次々と生まれてしまうなんて、洒落にすらならない。
     だが、剛はこの手口で生まれたベヘリタスは、灼滅者達の行動如何によっては弱体化させる事が出来、ソウルボードに逃げ込む前に対処出来る可能性があると言った。
    「卵を産み付けられた人物と絆を結ぶ事が出来た者に対しては、ベヘリタスの攻撃力が減少する上、被るダメージも増えてしまうようだ。それも、結んだ絆が強ければ強い程、有利に戦うことが可能になる」
     絆のベヘリタスが灼滅者達を迎え撃ち、ソウルボードに逃げ込むまでの時間は10分。
     本来なら正面から戦っても勝ち目のない相手だが、より多くの者が、より強い絆を結べれば、タイムリミットまでに決着をつけられる可能性もぐっと上がる。
    「このベヘリタスは、同様の状態で生まれたベヘリタスと同じ不気味な仮面を着けているが、不定形の黒い煙のような不気味な姿をしている」
     シャドウハンターと同様のサイキック以外にも、身体から噴き出す麻痺を誘う煙を撒いてきたり、捕縛を狙って巻き付いたりもするという。

    「今回、標的となってしまった綾子という女性は、20歳の大学生で趣味は手芸。綾子さんには付き合っている男性がいるんだが、その彼氏との絆を奪われてしまっていて、誕生日にと編んでいたセーター作りに身が入らなくなったことも悩んでいるようだ」
     綾子は大学帰りに、寮の近くにあるカフェによく通っている。
     店内は開放的な雰囲気で、飲食物はカウンターで注文して受け取るシステムなので、趣味などを切欠にして彼女に近付くには一番適した場所ではないかと剛は言った。
    「ベヘリタスが孵化するまで、あと2日程だ。良い感情でも悪い印象でも、絆の種類は問わないようだが、ベヘリタスを倒して本来の絆を取り戻した後のフォローも必要だろうから、それも頭の隅に入れておいて欲しい」
     絆の結び方によっては、フォローも難しい場合もあるかも知れないけれど。
    「心の問題はデリケートだが、まず絆を取り戻せなければそれ以前のことだからな……だが、お前達ならきっと彼女の大切な想いを取り戻せる筈だ」
     剛は信頼を込めて、灼滅者達を激励するのだった。


    参加者
    大神・月吼(戦狼・d01320)
    江楠・マキナ(トーチカ・d01597)
    比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    七蛇・虚空(屋上四天王の中でも一番の小物・d15308)
    三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    セリス・ラルディル(蒼光穿黒・d21830)

    ■リプレイ

    ●カフェの窓辺
     冬の昼は短い。
     おやつの時間頃にはもう、なんとなく空気や街並みが飴色を纏っているようだ。
     最近暗くなるの早いねなんて話しながら、袋を抱えた2人の少女がカフェの扉を潜る。
     のんびりした雰囲気の店内、その中に紛れた知った顔の若者。そして窓際の席に、頬杖を突いてぼんやりしている綾子の姿がある。
     気付く者はいないが、その頭上にはなんとも気味の悪い色合いの大きな卵が乗っていた。
     眼鏡を直すフリをして、比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)は軽く眉根を寄せた。
    (「この間の戦争で戦ったデスギガス勢力……あいつらよりイラッとくる奴らだわ」)
     八津葉は先日の戦いで、大将だった金ピカのシャドウにきつい一撃をお見舞いしていた。
     同じシャドウでも、ベヘリタスの手の者の性質は彼らと随分違うようだ。
    「上手く作れるかなぁ」
     カウンターで飲み物を待つ間、江楠・マキナ(トーチカ・d01597)は手に提げた袋を眺めなて呟いた。
    「大丈夫。基本を覚えていけばそう難しいことはないわ」
    「編み物が上手な比良坂センパイがそう言ってくれると、なんとかなりそうな気がするよ」
     言葉を交わしながら、大神・月吼(戦狼・d01320)と結城・桐人(静かなる律動・d03367)が座っている席の横を通る際にはお互いそっと目配せして、少女達は綾子の近くのテーブルに着いた。
    「繰り返して慣れていくのが大事だと思うけど……マキナさんは何処で詰まってるの?」
    「この辺とか……」
     マキナが開いた初心者向け編み物の本のページを眺め、彼女が用意していた編み始めのマフラーを見て助言していく八津葉。
     窓辺に目を向けると、編み物の話に聞き耳を立てている綾子と目が合った。
    「……あ」
    「あの、編み物されるんですか?」
     気恥ずかしく視線を泳がせる綾子に、マキナは隣の椅子に置かれた袋から覗くものを目敏く見付けたフリで声を掛けた。
    「ええ、元々服や小物を作るのが好きで」
     好きな手芸の話だからか、綾子に人懐っこい笑みが浮かぶ。
     八津葉も口を開いた。
    「あら、私も編み物が好きなの。良かったらそちらの席でご一緒しても?」
    「そうね、ひとりより楽しいわ」

     見せて貰った作り掛けのセーターを、熱の入った目で眺める八津葉。
    「綺麗な模様。これを贈られる人は幸せね」
    「え、どうして……」
    「だって、あなたが着るには大きいもの」
     驚いた綾子に、八津葉はこともなげに言う。
    「綾子さんもやっぱり、恋人の為に編んでるんですか? 私も大事な人にって……綾子さん?」
     マキナの問いに、綾子の顔から笑みが抜け落ちた。
    「……そう。その筈だったのに」
     失われた感情を探すように宙を見詰める彼女を前に、ことの深刻さを推して知る。
    「私って冷たい人間だったのかな」
     椅子を引く音が、周囲の話声に紛れた。
    「綾子さん、やっぱ悩みがあるのか」
     様子を窺っていた月吼が、状況を察し桐人と声を掛けてきた。
    「あなた達は……?」
     服装も大学生らしき若い男性、けれど面識のない2人に、綾子は怪訝そうだ。
    「俺達、センパイから頼まれてね。自分だと話し難いことかも知れないからと、とかなんとか」
    「先輩、いつも綾子さんのこと、話してますよ。最近忙しそうだって心配していました」
     月吼と桐人の言葉に、綾子はきょとんとしている。
    「あなた達の先輩が……私を?」
     なんだか会話が噛み合わない。
    「あ……先輩、というのは、綾子さんの彼氏のこと、です」
    「えっ、秀一君の?」
     やや言い難そうに桐人が告げると、綾子は驚いたようだ。
    「なんだ、そうだったんだ。私、2人ともてっきりここの店員さんかと思って……ごめんなさいね」
     プラチナチケットか、と2人は視線を交わした。
     その場の関係者として、ここの店員という立場が今自然に受け取り易かったのだろう。
     ただ、その勘違いが生んだ動揺は、却って彼女の身構えを崩す形になった。
    「(彼氏の名前、知らなかったしな)」
    「(まぁ、結果オーライだ)」
     そのうち、綾子は落ち着いてきた。
     むしろ消沈してきた。
    「やっぱり、さっきの話聞こえちゃったよね」
     綾子は、彼にはまだ言わないで欲しいと願う。
    「1週間くらい前までは、一緒にいると凄く楽しかったのに……今の気持ち、彼が知ったらどうなるか」
     それは彼が傷付くのが怖いのか、自分を守りたいだけなのか。
    「ま、そういう気持ちになることもあるさ。でもそういうのは一時的なもんで、時間をおきゃなんとかなるもんさ」
     善良であるが故の苦悩を聞いた月吼は、あえて軽い口調を選んだ。
     桐人も眼鏡の奥に真剣な光を宿して口を開く。
    「俺、先輩のこと、放っておけなくて。……俺も、気になる人がいるんです。けど、ちょっと踏み出すのが怖くて。でも、先輩から綾子さんの話を聞いて……俺も、勇気を出してみようかな、って思ったんです」
     朴訥とした語り口の中には、真実が秘められていた。
    「だから……もし何か困った事があるのなら、手伝わせて下さい」
     話を聞いていた綾子の目は、潤んでいた。
    「秀一君、いい後輩がいるのね。……ありがとう」
     彼女は2人に、また恋人の様子を教えて欲しいと頼んだ。
     とりあえず、今の状態で早急に結論をすのはやめたようで、気持ちを切り替えて編み物談義に戻っていった。

    ●明くる日もカフェ
    「あの、お姉さん。どうかしたんですか?」
    「えっ?」
     金髪の可愛らしい少年に、綾子は目を瞬かせた。
    「オリヴィエくんったら……」
     片目が髪に隠れた朗らかな雰囲気の、高校生くらいの少年もやって来て、困ったように笑う。
    「いきなりすみません、先日からよくここに来てるんですが、どうも気になって仕方ないらしくて」
    「パパとママの帰りが遅いから、お兄さんが面倒見てくれるんです」
     もう冬休み、昼間から子供がいても不思議ではない。
     それで、見掛けた綾子の様子が気になったのだと説明するオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)に、綾子はそうだったの、と目尻を下げた。
    「お節介かも知れませんが、悩んでることがあるなら聞きましょうか」
     面倒見のいいお兄さん然とした三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)に、ほんのり苦笑する綾子。
    「私、そんなに深刻そうに見えてたのね」
     昨日4人に打ち明けたからか、綾子は渚緒達にも悩みを話した。
     渚緒は耳を傾け相槌を打つ。
    (「絆を奪うシャドウか……」)
     笑顔の陰で、複雑な感慨が巡る。
     今やさっぱり記憶から抜け落ちているけれど、自分にもビハインドとして傍に置く程大切な人がいた筈なのだ。
     胸の中の空白は妙に虚しく、絆を失うってこんな感じなのかなと思うと、まだ間に合う彼女は絶対に助けてあげたいという気持ちが強くなる。
     オリヴィエは、真っ直ぐ綾子を見上げた。
    「一生懸命になり過ぎて疲れたのかも。僕も、日本語習ってる間、一日中頑張ってたら急に何もかも嫌になった事あります」
    「そっか、頑張ったんだね。私も根詰めすぎちゃったのかな……」
     寂しげに呟いた綾子の許へ、来店したばかりの銀髪の少女がやって来た。
    「こんにちは、こちらのお姉さんはそこの大学の生徒さん、なのか?」
    「ええ、そうよ」
     返答にセリス・ラルディル(蒼光穿黒・d21830)は安堵を見せた。
    「良かった……学生インタビュアーとして見学に来たが、キャンパスは部活の人達しかいなくて、な。それに寮近くのカフェで、行きつけの学生も多いだろう、学校で話を聞くよりもこうした場で話を聞いた方が、本音が聞けるのではないかと思ってこちらへ伺った、のだ」
     綾子は自分で参考になるならと、快く申し出を引き受けた。
     セリスもいずれ、大学へ行く身。
     熱心に学校の雰囲気やお勧めを聞いてくる彼女に、綾子も一生懸命色んな話をしていた。

    「初心者なら上出来よ」
    「でも、編み目がなかなか綺麗に揃わなくて……」
    「そうね、編み終えたところと、棒に掛けたループの端が隙間が出来ないように、棒針がピッタリくっ付くように編んでみて」
     綾子はマキナの挑戦に、丁寧にアドバイスしていく。
    「結局、皆、集まってしまったな」
    「でも、雰囲気は悪くないよ」
     桐人と渚緒が隅っこでそっと呟き合った。
    「編み物難しいなぁ……でも、センパイ……彼が私の作ったものを身に着けてくれたらって思うと、やっぱり嬉しいかも」
     このマフラーの色には、緑の髪がきっと映える、なんて想像を羽ばたかせるマキナ。
     本来なら綾子にだって、そんな気持ちがあった筈だ。
     やるせない表情に、彼女の葛藤が見えた。

    ●悪意の誕生
     夜はも更けて。
    「いい加減寝なきゃ。悩んでても仕方ないし」
     時計を見た綾子は、寮内にある自室の暖房を消すとベッドに向かった。

     まだ明かりの点いている部屋はあったが、寮への侵入は簡単だった。
     階段を上り、もう綾子の部屋は目と鼻の先。
     ばたんと何かが倒れるような音。
    「(綾子さんの部屋だ!)」
     桐人が目を見開く。
    「(急ぐ!)」
     滑るように扉へと向かったセリスが、寮母さんの許から拝借した鍵を使った。
    「綾子さんっ!」
     仲間達と部屋に駆け込みながら、オリヴィエが張り詰めた顔で呼ぶ。
     グツグツと何かが煮えるような音を立てながら、ベッドの上に黒い煙の塊が燻っている。
     その頭部らしき位置に、不気味な仮面を頂いたシャドウ、生まれたばかりのベヘリタスがいた。
     綾子は尻餅をついたような格好で床に座り込んでいる。
    「あ……みんな?」
     肩を震わせながら振り返った彼女の目に、『どうして』と不思議そうな色が浮かんだ。
    「話しは後です! とにかくこらちへ」
     七蛇・虚空(屋上四天王の中でも一番の小物・d15308)の声に、前衛陣が前に出ながら綾子を支えて退がらせる。
    「ハロー、ワールド。……やっと私とキミの絆が繋がったね」
     解放の言葉と共に、カードから飛び出した『orgel』の名を持つガトリングガンを手に、マキナは微笑んだ。
     ディフェンダーとして揃い並んだ彼女のライドキャリバー・ダートが威嚇のように唸りを上げる。

     座っている余裕はないので、オリヴィエは急いで頭を下げた。
    「あの、勝手に入ってごめんなさい。僕達、お姉さんの悩みの原因知ってるんです。信じて貰えないかも知れませんけど……元凶を退治にきたんです」
     綾子は灼滅者達の顔を見て、ベヘリタスを見て。
     混乱と恐怖冷めやらぬまでも、再び縋るように自分達を見てきたので、オリヴィエはほっとした。
    「どこか痛くないですか?」
    「あ、足が」
     綾子の視線を追って、月吼が足首を確かめる。
    「捻ったか。渚緒、頼む」
    「うん、任せて」
     託された渚緒は爽やかな風を呼び、癒しと共に眠りに落ちた綾子を横たえた。

     厭らしくグツグツと笑いながら、ベヘリタスは煙の尾を走らせた。
     身を躍らせたマキナが、スカートの裾をはためかせながら手の甲を翻す。
    「相殺した!」
     互いのサイキックが派手に掻き消え、桐人の声に少し明るい色が浮かんだ。
     それぞれ結んだ絆。
     特に、編み物を通じて大切な人への想いを呼び起こそうとするマキナの心は、綾子の心に深く根を下ろしたようだ。
    「恋路を邪魔する無粋者、凝らしめてやるよ!」
     不敵に笑って、月吼は肩に掛けていたバベルブレイカーを構える。
    「すぐに終わらせるわ」
     対照的に、静かな怒りを秘めた八津葉を取り巻く帯が、素早くシャドウの胴らしき場所を貫いた。
     効いている!
     すかさず桐人はローラーダッシュ、摩擦の炎で以て蹴り上げる。
    「彼女から奪った物を、返して貰おうか」
     激しい攻撃とは裏腹に静かな声。
     そこにも、炎のような思いが秘められていた。
     これが呼び水となって、流れるように仲間達の連携攻撃が決まる。
    「よっしゃ、新しい武器で暴れるか!」
     月吼が射出したダイダロスベルトが貫通し、更に風穴を広げるよう妖の槍がセリスごと突っ込む。
    「厭らしい奴……。彼女達を報われないままにはしない、からな」
     眇めるように睨む視界の端、皆もう次の行動に移ろうとしていた。

     存外に叩きのめされて、狼狽の色を見せるベヘリタス。
    「……お前は、産まれたばかりで消えていくべきなんだ」
     厳しく投げ掛けながら、桐人は皆の傷を癒していった。
    「恋人同士の絆を奪うなんて無粋なことをするシャドウには、痛い目を見て貰わないとね。さぁ、オリヴィエくん」
     影を喰らいつかせながらにっこりする渚緒に、少年は強く頷きシャドウを睨む。
    「絆返せよ……泥棒っ!」
     縛霊手で思いっきり殴りつけた瞬間、その仮面が砕け散った。
     断末魔と共に消えていく残骸を、マキナはそっと見送る。
    「またドコかで会おうね、ベヘリタス」

    ●還る絆、新たな絆
     眠りを経た為か、綾子の恐怖は夢のように薄らいだらしい。
     それよりも、絆が蘇ったことに涙が零れ震えていた。
    「もう大丈夫。あいつがお姉さんの大事な気持ちを盗んでたんです」
     オリヴィエの言葉に何度も頷いて、綾子はありがとうと繰り返した。
    「良かった……」
    「ああ、本当に、な」
     深く安堵しながら、八津葉とセリスも彼女が落ち着くまで見守る。

    「すみません、騙すようなことして」
     沈んだ桐人の声に、綾子は首を振った。
    「あの化け物を倒す為だったんでしょ。……でも、あなた達はいつもあんなのと戦ってるの?」
     心配そうな顔だ。
    「大丈夫、僕達には仲間がいるから。ね、後は早く大事な彼氏さんに会ってあげて下さい。お互いほっとできると思うんです。だって」
     オリヴィエは編み掛けのセーターを見せる。
    「……ほら、こんなに丁寧な編み物。こんな素敵なのを贈ってくれる人のこと、絶対怒るよりもまず心配してます。今までプレゼントがうまく行かなくてって言えばいいんです、本当のことだもの」
    「うん、うん……本当にそうね……」
     綾子はセーターを受け取って、少年の頭を撫でた。
    「頑張って下さい。そして、もっと、幸せになって下さい」
     精一杯の、桐人の言葉。
     マキナは編み掛けのマフラーを取り出す。
    「私もこれ、頑張って完成させようと思うから、綾子さんも素敵なものと絆を作っていってね」
    「桐人君……マキナちゃん……。彼の誕生日まで日がないけど、私、絶対間に合わせる。約束するよ!」
     綾子はセーターをぎゅっと抱き締めた。

    「うお、寒っ!」
     外に出た月吼が首を竦める。
    「冷たいが、澄んだ空気だな……」
     桐人が目を細めると、白い息が眼鏡を軽く曇らせた。
    「そうだな」
    「ええ、お陰で空が綺麗よ」
     いつでも見飽きぬ夜空に星が瞬くのを八津葉も清しい気分で見上げていると、セリスが目を瞬かせる。
    「流れ星、だ」
    「えっ、どこ!?」
    「うーん、もう消えちゃったかなぁ。残念」
     空を見回すオリヴィエに、渚緒が小さく笑った。
     マキナも顔を綻ばせながら、ふと振り返る。
     寮の廊下らしき上階の窓に明かりが点き、綾子が手を振っていた。
     皆それぞれに手を振り返し、影は夜へと遠ざかっていった。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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