イフリートは山道を駆けていた。獅子に似た体躯が揺れる度、身を包む火の粉が辺りに散る。時折、背や前足に触れた木の葉が焦げ臭いにおいを放ったが、イフリートは気にも留めない。
道が緩やかなカーブに差し掛かったところで、イフリートはがちがちと苛立たしげに牙を鳴らした。
頭の中にあるのは、クロキバを始めとした穏健派イフリート達への怒りだった。
考えるのはこちらでするから、お前達はただ待っていればいい。ガイオウガ様は必ず復活させてみせる。
そう言われ、歯噛みしながらも従った結果が、獄魔覇獄での敗北だ。
「ヤハリ、クロキバナドニ従ウベキデハナカッタ……!」
唸り声を上げて、足を速める。
やがてイフリートは、開けた場所に出た。これまで走って来た山道とは違い、草木の姿は無く、ごつごつした岩があちこちに転がっている。むき出しになった岩盤が、イフリートの疾走を受け止めた。
イフリートは一際大きな岩の前まで来ると、足を止めた。
足元の岩盤に走った割れ目から、湯がしみ出している。源泉だ。
湯気を立てるそれに前足を浸し、イフリートは吼える。
「クロキバガ失敗シタ以上、オレ達ノヤリ方デヤラセテモラウ!」
それが合図となったのか、音がしそうなほど急速にイフリートの姿は変化して行った。
まるで、恐竜のような姿へと。
「皆さん、集まって下さってありがとうございます」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう言って、集まった灼滅者達に微笑んだ。
「新年早々で申し訳ないのですが、皆さんにお願いしたい事があるんです」
昨年12月に行われた武神大戦獄魔覇獄。それに敗北したイフリートの勢力に、動きがあったのだ。
「獄魔大将であるクロキバが敗北した事で、穏健派のイフリート達は力を失ってしまいました。代わって、武闘派のイフリート達が勢いを得ているようなんです」
武闘派のイフリート達は、自分達の力でガイオウガを復活させるための行動を取る事にしたという。
「その方法は、源泉の力を利用して、自らが竜種イフリートとなる事です」
竜種イフリートとなると知性が大幅に下がり、目的を果たすために短絡的に行動するようになる。今回の場合は、ガイオウガ復活のために、多くのサイキックエナジーを得ようと暴れまわる事になるだろう。
そんな方法で、ガイオウガを復活させられるのか。
灼滅者の一人が放った問いに、姫子は首を横に振った。
「もちろん、こんな方法ではガイオウガの復活は果たせません。けれど、穏健派に抑えられていた反動で、実行に移してしまうイフリートが多数現れるんです」
源泉に向かって、イフリートを止めてくれませんか。改めてそう言う姫子に、灼滅者達は頷いた。
「皆さんに向かっていただく源泉にいるイフリートは、強くも弱くもありません。使う能力も、ファイアブラッドの皆さんと同じものになります」
ただし、戦闘開始から10分が経過すると、イフリートは竜種化し戦闘力が強化されてしまう。
その前にある程度ダメージを与え、竜種化しても勝てないのでは、と思わせられれば、竜種化を止めるように説得する事も可能になる。
一度殴ってからでないと説得出来ないところが、頭の痛い点ではあるが。
「イフリートを説得するか灼滅するかは、現場の状況で判断してください。竜種イフリートになってしまうと説得が不可能になるので、時間内に説得出来ないと判断した場合は、灼滅に切り替える必要があるでしょう」
頑張ってくださいねと、姫子は灼滅者達を見送った。
参加者 | |
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大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263) |
陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760) |
久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057) |
多々良・鞴(じっと手を見る・d05061) |
淳・周(赤き暴風・d05550) |
鴛海・忍(夜天・d15156) |
猫田・犬太郎(ニャンダバーレッド・d20640) |
狼森・紅輝(群れの温もり知らぬオオカミ・d31598) |
●
馬鹿になる代わりに力を得る感じか。
山道を駆けながら、淳・周(赤き暴風・d05550)はそう考えた。
向かう先にいるイフリートが狙っている竜種化。それをシンプルに言ってしまえば、そうなるだろう。
「個人的には、竜種イフリートとは死ぬまで殺り合ってみたいが……」
「面倒な事になるのは避けたいですね」
大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)の言に、狼森・紅輝(群れの温もり知らぬオオカミ・d31598)が頷くような仕草をする。
イフリートの竜種化を許せば、知性が大幅に下がる代わりに戦闘能力が強化されてしまうという。変異を防げるのなら、それに越した事はない。
仲間と同じく足を動かしながらも、難しい顔をしているのは猫田・犬太郎(ニャンダバーレッド・d20640)だ。獅子と言えば猫科。猫がいる所をご当地とする彼としては、複雑な気持ちだった。もちろん、手を抜くつもりは全く無いけれど。
灼滅者達の視界が不意に開け、足元の地面が岩盤に変わる。一際大きな岩を探して視線を走らせれば、獅子の姿はすぐに見付かった。
「何者ダ!」
素早く距離を詰める灼滅者達に、イフリートはすぐさま振り返って唸り声を上げた。紅輝が中衛に位置を取り、鋭い殺気を周囲に放つ。
こんな岩だらけの所に一般人は来ないだろうが、こうしておけば安心だ。万が一、闖入者が現れたら、それは関係者しかあり得ないのだから。
「俺達はお前を止めに来たー!」
久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)が高らかに宣言し、スレイヤーカードを掲げる。長身の体が、猫の描かれたスーツに包まれた。
「邪魔者……武蔵坂カ!」
「私達は、あなたを殺しに来たのではありません。どうか名前を教えてくださいませんか?」
長い藍の髪を揺らし、鴛海・忍(夜天・d15156)は後方から呼び掛ける。身構えるイフリートに、多々良・鞴(じっと手を見る・d05061)も言葉を重ねた。
「僕たちは、あなたを灼滅したくありません。戦いたくもないです」
イフリートが更に唸り、炎をまとう尾が高々と持ち上げられる。その先端が棘のように尖っているのを、灼滅者達は見た。
「オレノ名ハ、アオトゲ! 竜種トナル者ダ! 止メタクバ、力ズクデ来ルガイイ!」
「よし。強い者に従うなら、アタシ等に負けたら従って貰うぞ!」
アオトゲと名乗ったイフリートの前に出て、周はアラームのタイマーをセットする。その隣に、陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)が進み出た。
「なんならこの黒柴に従ってもいいんだぜ!」
なんてね、ダメかな? そう付け足された言葉は、アオトゲの雄叫びにかき消された。
「戯言ヲ! ソノ軽口、スグニ叩ケヌヨウニシテヤル!」
アオトゲの背に顕現した炎の翼が、戦闘の始まりを告げた。
●
勇飛が長大な剣を掲げ、己に絶対不敗の暗示をかける傍ら、龍星号のエンジンが唸りを上げる。
イフリートは嫌いだけど。
瑛多は怒りに燃えるアオトゲの瞳を見て、かつての自分を思い出す。ああなって好きに暴れようとした事が、彼自身にもあったのだ。
瑛多は息を吸い、アオトゲの前足へ蹴りを放った。流星のきらめきを宿す一撃が、太い足に傷跡を残す。その足筋に迷いは無い。灼滅する気で行かなければ、このイフリートには本気でないと見抜かれてしまうだろう。
「超いっくぞー!」
織兎がぽんと跳ね、瑛多と同じ位置にエアシューズをめり込ませた。まーまれーどは機銃に火を噴かせて、アオトゲを足止めする。
クロキバの失敗。それが武蔵坂学園の起こした結果だと考えれば、鞴は悩みたい気持ちになる。けれど、今為すべき事は決まっていた。
「自棄になってはいけません。それでガイオウガの復活がないことは、わかっているのではないですか?」
織兎に向けて矢を放ち、鞴は彼の超感覚を呼び覚ます。今のうちに、考えられるうちに、考えてください。その言葉は、今のアオトゲには届かない。
周が紅の闘気を揺らめかせ、拳に炎をまとわせる。まっすぐに打ち込まれた一撃を、アオトゲは牙で受け止めた。紅蓮の焔が燃え上がる。
武闘派のイフリートが自暴自棄になるのは、何となく分かるけれど。忍はしなやかな指で弧を描き、逆十字を紡ぎ出す。無尽蔵に暴れられるようになるのは困る。ここで止めなければ。描いた十字に合わせ、リオルが斬魔刀を振るった。
犬太郎のエアシューズがアオトゲの足を鋭く打ち据え、巨体がわずかによろめく。ニャンダバーレッドの機銃が乾いた音を奏でた。紅輝が白い炎を紡いで、仲間達の力を高める。
めり、と音を立てたのは勇飛の片腕。獣と化した腕がアオトゲの腹に喰らい付き、引き裂く。
アオトゲが前足を持ち上げ、勢い良く地面に叩き付ける。震動と共に中衛へ伝わったのは、炎だ。噴き出す炎が紅輝を焼き、加護を砕く。
「そう言えば、ブレイク持ってるんだったな……」
紅の鎌で炎を振り払い、紅輝は独り言つ。10分の時間制限がある以上、かけ直している暇は無いだろう。
「とにかく今は、ダメージを与えないとね」
瑛多の足が、アオトゲの脇腹をえぐる。こぼれた血はすぐに火の粉となり、岩盤の上に弾けて消えた。織兎のサイキックソードが後足を切り裂き、アオトゲの加護を砕く。
強力な力を得て暴れまわるより、倒すべき邪魔者を見定めて、力をつけて欲しい。そんな思いを込めて、鞴はクルセイドソードを閃かせた。
ただでさえ、ブレーキ無いようなイフリートなのに。周はアオトゲの真横に位置を取り、右手にオーラを集束させる。完全にぶっ壊れたらどれだけやばい事になるか、考えたくねえ。繰り返しの連打が、アオトゲをほんの少し怯ませる。
その隙を逃さず、紅輝は畏れをまとい、大鎌を振るった。燃え盛る毛皮が裂け、新たな火の粉が宙を舞う。犬太郎から射出された帯がアオトゲの背をかすめた。忍の手の中で交通標識が黄色に変化し、仲間の傷を癒す。
勇飛のマフラーが風を切って、肩に突き刺さる。一瞬身を引いたアオトゲは、すぐに体勢を立て直し、瑛多に喰らい付いた。爆ぜるような音を立てて、炎が燃え上がる。
体を蝕む炎には構わず、瑛多は腹の下をくぐって後足を蹴り上げた。揺らいだその足を、織兎が真横に蹴る。
後衛から届いたのは、鞴の呼んだ祝福の風。魔なる炎が消えて行く。真紅の髪をたなびかせ、周はご当地の力を宿したビームを放つ。
アオトゲの瞳が今までとは別種の怒りに染まり、彼女を鋭く睨め付けた。振り上げられた前足の一撃を、まーまれーどが割り込んで受け止める。燃え上がったボディへ、忍が癒しの光を飛ばした。
犬太郎がぽんと岩盤を蹴る。鋭い爪先をかわしたところに、紅輝が断罪の刃を振り下ろす。小さな銀の剣を揺らして、紅の刃はアオトゲの足を深々とえぐり、あふれた炎が彼の頬を炙った。
勇飛の銀爪をがちりと歯で受け止め、アオトゲは吼える。怒りに染め上げられたイフリートの標的は、またしても周だ。まーまれーどがエンジンを唸らせ、また庇いに走る。
がつん、と、今までより大きな音が周囲の空気を震わせた。
「まーまれーど!」
堪えてくれと織兎はサーヴァントの名を呼ぶが、この一撃は深い。
ぐらりと車体を傾がせて、まーまれーどは音も無く消滅した。
●
短い電子音が周囲に響く。周のセットしたアラームだ。
「6分だ!」
仲間にそう言い置いて、彼女はアオトゲを地面に叩き付ける。ぼんっ、と派手な爆発音が鳴った。
アオトゲはすぐさま立ち上がったが、度重なる攻撃により足元は覚束ない。勇飛が脇腹を裂いて、更なるダメージを与えた。
幾度目かの炎の翼を顕現させるアオトゲに、ねぇ、と瑛多が呼び掛ける。右手に構えたバベルブレイカーは、油断無くアオトゲを狙っていた。
「そうやって一人の力で暴れるだけで、俺達に勝てそうかい?」
ジェット噴射の勢いで杭を突き立てられたアオトゲは、傍目にもはっきり分かるほど動揺した。
「多分、竜種になっても結果は同じだよ?」
竜種になれば――ちらと浮かんだであろう考えを遮るように、瑛多は言葉を続ける。
「考えた結果がこれじゃ、竜種になって『考えることができない』様になったら、お前らの念願は、遠のくだけだぜ」
くん、と空を切った紅輝の鎌は、刃ではなく背の部分でアオトゲを打った。
「やり方にだって、いろいろあるだろう。ちょっとかんがえてみようぜ」
「考エル……考エル……」
織兎のサイキックソードが腹を裂き、火の粉を辺りに飛び散らせる。犬太郎のウロボロスブレイドが奇妙な形に伸びて、アオトゲを縛った。
「今のお前の状況見てみろよ。クロキバが俺たちと事を構えなかったのは、こういうことだって」
アオトゲが、ぐっと言葉に詰まる。
これまでの戦いでアオトゲが倒せたのは、周を庇い続けたまーまれーどのみ。灼滅者達とて無傷ではないが、まだ余力がある。
対してアオトゲは、満身創痍に近い状態だ。この状況でアオトゲが勝てると、誰が言えるだろう。
「そもそも力でなんでも勝てるんなら、クロキバも武神大戦獄魔覇獄で敗北なんぞしなかったろうに……」
理性なき野生など無力と、勇飛もマフラーでアオトゲの肩を刺す。
「あの戦いに、勝者などいませんでした」
すっと掌を前に突き出しながら、鞴はまっすぐにアオトゲを見る。
「今、あなたもそうなろうとしているのです」
目的を考えれば、手を取り合うことだって出来るはずです。呼ばれた清らかな風が、前衛を包み、癒して行く。
「力のみを得てもたかが知れている。だからこそ、意志ある存在は考えてもっと効果的な事をやるんだろう」
今のお前は、それが面倒だから放棄しているだけの負け犬にしか見えねえぞ。周の言葉は、峻烈な連打と共にアオトゲへ突き刺さる。
「あなたが竜種化して、理性を失ってボロボロになるまで戦っても、ガイオウガ復活は成し得ないでしょう」
暴れても状況は変わりません。忍は縛霊手の爪に光を集める。
「それどころか無駄死にになってしまう……武蔵坂は無駄な殺生を好みません。ここはどうか冷静になって、退いてください」
解き放たれた光が勇飛を包み、その身を苛む炎を消し去った。うう、とアオトゲが唸る。
「ガイオウガの復活を目指すなら、クロキバの言うように我慢しながら力を蓄えた方が可能性あるんじゃないかな」
ここで灼滅されたら、何にもならないんだよ。瑛多の言葉に、アオトゲは今まで立てていた尾を、すっと下げた。
「……負ケヲ認メヨウ」
獅子の身を包む炎が、心なしか勢いを減じたように見えた。
●
アオトゲの戦意喪失を受けて、灼滅者達は武器を下ろした。
灼滅せずに済んだ。その事実に、安堵が広がって行く。
「冷静になってくださって、ありがとうございます」
ゆるりと笑んで頭を下げる忍に、アオトゲは小さな唸りで答えた。
「ガイオウガ様復活ノタメニ、何ガ出来ルカ……難シイ事ハ分カラナイガ、オレナリニ考エテミヨウ」
ガイオウガに復活して欲しくはないのだけれど。頭に浮かんだその考えを、鞴は静かに呑み込んだ。相容れずとも協力は出来る。今はこれで良いだろう。
「やりかたはわからないけど、これからみつかるかもしれないし!」
がんばれー! と手を振る織兎に背を向けて、アオトゲは緩やかに尻尾を左右に振る。返事の代わりだろうか。
その仕草を見て、周は一昨年に出会ったイフリートを思い出した。虎に似た姿の、シロツバキという名のイフリート。獄魔覇獄で灼滅されていなければ何処かにいるのだろうが、一体何をしているのやら。
あんまり無茶してねえといいが。ぽんと岩盤を蹴るアオトゲを見送りながら、そう思う。
細かな火の粉を散らしながら、獅子の巨体は山の中へと消えて行った。
作者:牧瀬花奈女 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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