斬新コーポレーション合併阻止~進撃のオバチャン

    作者:朝比奈万理

     斬新・京一郎が率いる『斬新コーポレーション』は、先の戦いで多くの人材を失い危機的状況に瀕していた。
     このままでは社の存続の危機であった。
    「生き残りの正社員・派遣社員には自主自立斬新な企業活動を命じております。勿論、企業準備中の給料は100%カットですはい」
    「報告ご苦労、急ぎ、高野山に向かおう。時間が押しているからね」
    「しかし、指定時間に到着せねば交渉決裂とは、何様なのでしょうな」
    「陰陽師様様だろ? こちらは軒を借りる立場だ、そのくらいお安いご用さ」
    「そりゃいいわさ。どーんと母屋を乗っ取ってやりな」
     車内でこんな会話を繰り広げるのは、斬新コーポレーション社長の斬新・京一郎。
     そして新たに人事部長に任命された黒杉・民男と、主婦パートの星である銭洗・弁天子。
     京一郎が目をつけたのは、武神対戦に加わらずに戦力を温存していた、ノーライフキング・白のセイメイの勢力だった。
     一行が向かうのは、セイメイがいる高野山。
     弁天子の膝の上には、斬新コーポレーションが商品開発をした菓子折り『斬新コーポレーション特製どら焼き』が乗っていた。
     
    「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」
     抹茶と精巧に作られた和菓子で灼滅者たちをもてなすのは、西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)。
     召し上がりながら、聞いてください。そう前置きをして、アベルは口を開いた。
    「今回、ハリマさんの調査が功を奏し、今回皆さんにこの情報をお届けすることが出来ます」
     と、アベルは押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)に向かいお礼の意味も込めて頭を下げた。
    「武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将をしていた斬新コーポレーションの斬新・京一郎の次の動きがわかりました」
     大きな情報に、教室内に緊張感が走る。
    「京一郎は、失った戦力を手っ取り早く取り戻す為、強力なダークネス組織と合併しようとしているらしいです。その合併先は、『ノーライフキング、白の王・セイメイ』の勢力と思われます」
     因縁の相手であるセイメイの名に更に教室内の空気が張る。
    「斬新コーポレーションとセイメイの勢力が結託すれば、どんな悪事を働き出すか想像もできません。なのでこの合併は、是が非でも失敗させなければなりません」
     教室内の緊張感を少しでも和らげるべく、桃色の餡を手のひらで丁寧に丸めながら、アベルは続ける。
    「京一郎達は、この合併を成功させる為に、たった三人だけで交渉の席に向かっています」
     3人とは、新たに人事部長に就任した黒杉・民男、スーパー主婦パートの銭洗・弁天子、そして社長である斬新・京一郎。
    「セイメイ側は、この交渉に乗り気では無いようです。なので『交渉開始時間までに京一郎が現れなかった場合は、交渉は行わない』考えのようです。たとえこの三人の灼滅ができなくても、行く道を遮って時間を稼ぐ事ができれば作戦は成功したと言えるでしょう」
     小さい木ベラで、餡に模様を入れていく。
    「勿論、彼らを灼滅できるのならばそれに越したことはありませんが、無理をして敗北し、斬新コーポレーションとセイメイ勢力の合併を許してしまっては意味がありません。そのあたりは状況を見て皆さんで判断してください」
     アベルは和菓子の型を整形し終え、懐紙に置く。それはシャクナゲを模した桃色の和菓子。
     それは、和歌山県伊都郡高野町の、町の花。
    「今回、皆さんが斬新コーポレーションの三人と対峙できる場所は、南海高野線極楽橋駅です」
     布巾で手を拭ったアベルが懐から取り出したのは、和歌山の地図。指を差したのは、高野山の少し上。
    「極楽橋駅は南海高野線の終点で、ここからケーブルカーで高野山に向かう乗り継ぎ駅。ここには駅以外の建物はありません。皆さんは斬新社長一行よりも前にこの駅で待ち伏せて、ケーブルカーに乗り換えようとする斬新社長一行を襲撃してください」
     襲撃後は、斬新コーポレーションの三人のうち一人を取り囲んでの戦闘となる。
    「皆さんに相手取っていただきたいのは、スーパー主婦パートの銭荒・弁天子です」
     銭洗・弁天子は、主婦パートとして斬新コーポレーションに入社後、強力な主婦ネットワークを通じて数々の斬新な商品の開発を行い、並み居る派遣社員や正社員を追い落として、最優秀斬新賞を三度獲得した強者だ。
    「銭洗・弁天子は殺人鬼のサイキックと、斬新商品帖と呼ばれる護符揃えで攻撃をしてきます」
     六六六人衆としての序列は不明。だが、かなり高いと思われる。
    「彼女を灼滅できればそれに越したことはありません。何より、セイメイと、斬新コーポレーションの合併は決して見過ごせません。なんとしても、皆さんの力で阻止してください」
     それと、皆さんの無事を祈っていますと付け加えて、アベルは頭を下げた。


    参加者
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    八尋・虚(幻蜂乙女・d03063)
    青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)
    黒姫・識珂(マキナマギカ・d23386)
    加賀・琴(凶薙・d25034)
    盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)
    月影・瑠羽奈(夜明けの蒼月・d29011)

    ■リプレイ


     高野山のお膝元、南海高野線極楽橋駅。
     クリーム色を基調とした建物は、どこか温かみのある印象だ。
     駅構内にはケーブルカー乗り場があり、この場所から『霊場・高野山』へと向かう者も多い。
     世辞にも広いとは言えないこの駅の連絡口で、灼滅者はその姿が見えるのを今か今かと待っていた。
     斬新コーポレーションの社長、斬新・京一郎。彼が新たに人事部長に任命した黒杉・民男と、スーパー主婦パートの銭洗・弁天子。
     この三人の通過を許してしまうことは、斬新コーポレーションと白の王・セイメイとの合併を許してしまうということ。
     電車が未だ到着しない高野線のホームを見つめる風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)の視線も鋭い。
    「白の王・セイメイも斬新コーポレーションも非道な奴らだわ。合併阻止は当然よ!」
     本当はここで灼滅してやりたい。けれど相手は格上の相手。だけどここで一定時間足止めさせることが出来れば彼等は撤退する。
     ならば、その最善を尽くす。
    「そうね、強敵だけれど、ここで必ず食い止めて見せるわ。連中の思い通りにさせるわけにはいかないからね……!」
     黒姫・識珂(マキナマギカ・d23386)もケーブルカー乗り場を背に正面を見据え、加賀・琴(凶薙・d25034)もいつもは穏やかな表情を引き締める。
    「斬新コーポレーションとセイメイ、どちらか片方だけでも危険なのに両者を結び付かせる訳には行きません。絶対に防いでみせます」
     定刻通りに電車が到着し、普通の一般人とは明らかに見た目が違う、――悪く言ってしまうと浮いた三人組が降りてきた。
     男性二人、女性一人。
     女性はきつめにパーマを当てた髪に、紫色のアイシャドウに赤い口紅が、いかにもオバチャンの代名詞のよう。
     ドラム体型を隠すようなダボッとした服の中央には、今にも鳴き声が聞こえてきそうな豹の顔が編みこまれ、黒いタイトスカートから覗くレギンスも豹柄。
     見た目はベタな大阪のオバチャン。
     その手には斬新なイラストが入った紙袋が下がっており、紙袋の下のほうに社のロゴが入っていた。
     このオバチャンが、銭洗・弁天子。
    「まぁーヤバそう。死のスメルがめちゃ匂ってくるわー」
     八尋・虚(幻蜂乙女・d03063)は軽い口調と共に陣形の配置に付くと、残りの灼滅者も弁天子を囲むように、且つ、斬新社長側とケーブルカー乗り場側の布陣を厚く取った。
    (「最優秀斬新賞って、どんな斬新なモノを考え出したのだろうな、このご婦人は」)
     盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)は進んでくる弁天子を静かに見下ろす。
     と、足を止めた弁天子は顎を上げて訝しげに、ぐるりと八人を見回す。
    「あら、なぁに? あんた達、そこどきなさい。邪魔よ」
     ため息交じりの声。
    「斬新コーポレーションの銭洗・弁天子さん、ですよね?」
     石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)が穏やかな声で尋ねる。
    「あら、あんた、オバチャンのこと知ってるの?」
     弁天子は肯定と取れる返事をした。ならば。
    「お願いがあります。ここは一つ退いては貰えませんか」
    「退く? 何、あんた達、オバチャンたちに帰れって言ってんの?」
     弁天子は驚いたように声をあげる。
    「帰れったって、そうは行かないのよ。オバチャン達ね、これから大事な交渉事があんだから。あんた達こそ、そこ退きなさいよ! 邪魔なのよォ!」
     ため息混じりに手の甲を振ってシッシッとやると、弁天子は布陣が薄い社長側とは反対側から、ケーブルカー乗り場へと進もうとするが、その前に立ちはだかったのはサウンドシャッターを展開させた識珂。
    「悪いけど、ここが終点よ」
     同時に殺界形成を展開させた寂蓮が、車掌や駅員、観光客に向かって叫ぶ。
    「ここから離れろ!」
     物々しい雰囲気と指示に、一般人は慌てふためいて逃げていく中、灼滅者は次々に武装していく。
    「そうもいかないのが私達と貴女方との関係だ。故にだよ、――ここは絶対に通さない」
     眼鏡の奥の黒い眼差しは強い。得物を握り締め、弁天子を見据える騰蛇。
    「六六六衆……、本当なら殺して差し上げたいところですわ……。ですけれど、作戦成功の為、私怨は置いておきましょう……」
     月影・瑠羽奈(夜明けの蒼月・d29011)は殺気と敵意を宿した瞳で弁天子を睨みつけると、
    「凶を薙ぎます!」
     最後にスレイヤーカードの封印を解除するのは琴。
    「おぉコワ……」
     弁天子は武装した八人を見渡しておどけて見せるが、ボトムの尻ポケットからメモ帳の形をした斬新商品帖を取り出した。
    「いいわ、そこまでオバチャン達の邪魔するんなら、相手したげるわよ!」
     紙袋を左の腕に提げたまま、弁天子は斬新商品帖のページを数枚破ると符は、五芒星型に符を放って攻撃とともに攻性防壁を築いた。
    「さぁ、スーパー主婦パートであるオバチャンの進撃を止めて見せなさい!!」
     前衛を薙いだ符の力は、見た目は普通のオバチャンがそれなりに上位の六六六人衆であることを伺わせるには十分の威力だった。


    「あらやだスーパー主婦ですって? でも未来のミラクル主婦の私に適うかしらね!」
     体勢を立て直す前衛から弁天子の視線を自分に引き付けるように、クラレットは弁天子を挑発しがてら、『クラレットロッド』を握り締め。
    「いくわよ! クラレットビィーーム!!」
     そのビームは弁天子の左腕に当たったが、紙袋を破壊するまでは至らなかった。
    「危ないわねェ。おみやが台無しになったらどうしてくれんのよ!!」
     弁天子が吼える。紙袋の中は、セイメイに渡すために持参した斬新コーポレーション特製どら焼き。こんなところでお釈迦にされるわけにはいかない。
     弁天子はどら焼きをセイメイに渡す気満々のようだ。
     ならば灼滅者は、そのどら焼きがセイメイの手に渡ることを防ぐという使命がある。
    「……なんとしても10分、耐え切ってみせるよ! もちろん油断してたらガンガン攻撃するから覚悟してよね!」
     青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)は弁天子の懐に飛び込むや否や、闘気を雷に変換た拳で、その少したぷ付いた顎にアッパーカットを撃ち込むが、弁天子の足は地面から浮かない。
     琉嘉の後ろでは霊犬のトウジロウが、清らかな瞳で騰蛇の傷を癒す。
    「よし、トウジロウ。なんとしても耐えきるよ!」
    「ワンッ!」
     相棒の活躍を褒める様に琉嘉は声をかけた。
    「やっぱり結構ファンデーション塗りたくってるのね。パンチされた所、くすんでるわよ」
     くすくすと笑いながら、識珂は炎を纏った激しい蹴りを放つ。蹴りは弁天子の腹に大きく描かれた豹を焦がす。
    「ちょっと何してくれたのよ。これお気に入りだったのよォ……」
     ぱっぱと炎を払いながら口を歪める弁天子。自身のファンデーションの剥がれよりも、豹の顔が焦げたことにご機嫌を斜めにする。
     その隙に琉嘉の傷を防護符で癒す琴。守り手の後ろについて、狙われるのを回避する位置取りを取り続ける。
     そんな彼女の目の前に立つ騰蛇は、未だ自分の洋服の豹に気を取られている弁天子の死角に回り込んだ。首を狙っていったその斬撃は、寸でのところで避けられてしまうが、彼女お気に入りの豹の顔面を切り裂き、微かに血を飛ばす。
    「――っ!」
     その顔の歪みは、自身に傷を付けられたものに由来するのか。それとも、お気に入りの豹が切り刻まれたものに由来するのか。
    「よそ見してるからよ?」
    「油断大敵、ですのよ?」
     虚は指輪から弁天子に向けて呪いを発すると、瑠羽奈も心を惑わす符を放つ。
     交通標識をポールを握り締めるのは寂蓮。黄色の表示した標識は、攻撃手と守り手の傷を癒していく。
     それでも、まだ傷は癒し足りない。これが斬新コーポレーションの正社員や派遣社員を払い落として伸し上がったパート、銭洗・弁天子の実力だ。
    「よくもオバチャンのパンサーちゃんを……!」
     と悔しそうに歯をギシギシと軋ませた弁天子。
     灼滅者は彼女の冷静さを欠いたと、多少は思った。が。
     弁天子はさっきまでの表情をがらりと変え、からっとした笑顔を見せた。
    「でもその若さに免じて許したげるわ。だってオバチャン、同じ服は五枚は持ってるもの」
     そして口元には余裕の笑みを宿し、ギロリした目で八人を見回した。
    「さっき、10分耐え切ってみせるって言ったわね? やれるモンならやってみたらいいけど、まぁたぶん無理じゃないかしらねェ」
     そう宣言した弁天子。まずは手始めにと斬新商品帖からページを一枚破り、自身の鳩尾にペッと貼り付ける。
     弁天子の豹は元には戻らなかったが、弁天子の傷は見る見るうちに癒えていった。
    「オバチャンを討ち取ってやるって気持ちじゃなきゃ、オバチャンは超えられないわよ!!」
     それは灼滅者に放った言葉でもあり、自分が蹴落としてきた並み居る社員に向けた言葉でもあるかのようだった。
     

     10ターン……10分を耐え切って、斬新コーポレーションの三人を高野山へ行かせない作戦を取った灼滅者たちは、攻撃よりも護りや回復に重点を置いて攻めていった。
     しかし、相手は斬新コーポレーションのスーパー主婦パート、銭洗・弁天子。攻める場所は既に把握済みであった。
     回復に重点を置いているのなら、回復手をまず狙う。続いて消耗している盾を叩く。
    「隙あらばその首を落とす……!」
     騰蛇は激しく渦巻く風の刃を生み出して弁天子に放つが。
    「あら、そんな攻撃当たんないわよっ」
     弁天子は、ふとましい体躯に似合わずさらりとその風を交わす。
    「持久戦である以上……、回復役が狙われるであろうことは折り込み済みだ……!」
     苦痛に顔を歪めた寂蓮は、小光輪を自分の周りに漂わせて盾にすると同時に自身の傷を癒すが、弁天子の狙いから逸れる事はなかった。
    「ほら、若い子は寝る時間だよ」
     無尽蔵に放たれるどす黒い殺気は回復手を一気に覆い、その身体に傷を付けていく。
     薄れ行く意識の中、寂蓮は弁天子に告げる。
    「……若人には若人なりの、意地がある。主婦のアイディアに負けない、熱い意地がな……」
     それは仲間の奮起を促すような言葉でもあり。
     琴は腕を盾にぎゅっと目を閉じていたが、目の前に倒れたのは騰蛇。弁天子の攻撃から仲間を護り続けた護り手だ。
    「まだまだ若い子には負けないわよ!」
     狙い通りふたりを戦闘不能にして、弁天子は豹柄の袖を捲ってみせる。左腕の紙袋はボロボロにはなりつつあっても、袋の形をとどめていた。
    「若い子には負けない、ですか。でも、私達も負けるわけにいきません。ありきたりな台詞ですがあえて言いましょう。此処から先へは行かせません!」
     ふたりの奮闘は犠牲にしない。護符揃えから符を抜き出すと、心を惑わせる符を弁天子に飛ばす。
     続いたのは瑠羽奈。交通標識の色を赤に変えて弁天子に振りかぶるが、軽い身のこなしに避けられてしまう。
    「なら、死ぬ気で足止めしたげるわよ!」
     そこに低く飛び込んだのは虚。黒死斬で弁天子の足を斬り刻む。よろけた所に受けた斬撃は流石に避けきれずに、弁天子は微かに顔を歪ませた。
     主人の傷を浄霊眼で癒したトウジロウ。琉嘉は相棒にありがとうの意を込めて微笑むと、
    「オバちゃん、こっちにも若い子がいるってこと、忘れないでよ!」
     繰り出す飛び蹴りは、流星の重力と煌めきを宿す。
     それに追随するように識珂が自身の腕を巨大化させて弁天子を殴りつけると、重い蹴りと殴打によって彼女の体が浮いた。
    「これは若さなのよ、オバサマ」
     弁天子の着地地点を読みきったクラレット。一瞬たりとも弁天子から目を離さなかった。
    「主婦って名は伊達じゃないわね。お母さんも強いし」
     『銀誓剣クロワーゼ』を構えると、その剣先は白く輝く。
    「クルセイド、スラーッシュ!!」
     斬撃は弁天子の左腕に深い傷を付けたかと思うと、紙袋の紐も切り刻み、特製どら焼きが紙袋と共に宙を舞った。
     と、その時だった。
     プルルルルルと発車の合図が聞こえたかと思ったら、けたたましい機械音をたてながら山を上がっていくのは、高野山へ登るケーブルカーだった。


    「あーあ、イッちゃった……」
     弁天子はケーブルカーを見送って少し残念そうにため息をつく。
     灼滅者は目的どおり、10分間耐え抜いて弁天子の足止めに成功したのだ。
     弁天子は斬新商品帖を尻ポケットにしまった。そして灼滅者を見渡すと、
    「あんた達も武器しまいなさい。オバチャンたちの足止めが成功したんだから、もう戦う意味もないでしょ?」
     灼滅者たちはそう言われて、次々に武装を解除した。相手にももう戦う意思はないようだ。
     弁天子はもう一度ホッと息をつくと、足元に転がった特製どら焼きの箱を拾い上げ、それを識珂に差し出した。
    「これ、もう必要ないからあんた達にあげるわ。みんなで仲良く分けて食べなさい。あぁ、あと、あんたとあんた、手ぇ出しなさい」
     その隣にいた虚と瑠羽奈には手を出すように促す。
     手を出してみるふたりの手のひらの上に降ったのは、カラフルな飴がたくさん。
    「オバチャンを足止めできたご褒美の飴ちゃん。みんなで分けて食べんのよ? 倒れてる子にも分けてあげなさい」
     手のひらの飴に面食らった虚だったが、ばっと顔を上げる。
    「セイメイのアホに限らず、どっかと同盟なんざ考えんなら、今後もこんな感じでジャマすっからさ。頭ん中によーーっく叩き込んでおくコトね!」
     弁天子は鼻で笑い、踵を返したが数歩行ったところで振り返った。
    「あんた達、元気があって楽しかったわ。またオバチャンと遊んでね」
     豪快な笑顔を残し、弁天子は高野線のホームへと消えていった。
     しばらくしたら寂蓮と騰蛇も意識を取り戻す。
     灼滅者たちは、ボロボロの紙袋からどら焼きの箱を取り出す。
     パッケージには半分に切られたどら焼きの写真。中身の餡は赤い食べ物で作ってあり、とても緩い餡。ただ切っただけなのに中身が蕩け出て、その様はまるで血。
     八個入りで、イチゴ餡とトマト餡、スイカ餡やニンジン餡に混ざって、激辛唐辛子餡が一個入っているらしい。
     それは斬新コーポレーション特製『流血ロシアンどら焼き』であった。

    作者:朝比奈万理 重傷:石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845) 盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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