愛を歓ぶ人々

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     青い空と緑の草原を繋ぐ山々が、流れる雲に向かって背筋を伸ばしているようだ。そんな美しい高原のなかに、何かがいた。
     銅が錆びたような毛色に、薄紫のハートを散りばめた柄を持ち、神経を逆なでする顔をした――とても不細工な、アルパカだった。アルパカは気持ちよさそうに、のんびりと風にあたっている。
     その時、空がひび割れた。
     空間の裂け目を腕でこじ開けるようにして、羊の角と六本の腕を持つ精悍な肉体の男が現れる。男は、突然の事に驚くアルパカを紫の双眸で睨みつけた。
    「某はカウィーと申す。慈愛のコルネリウス配下、フニペロ殿とお見受けした。我が主君アガメムノンのご意向により、先日の返礼に参った。覚悟めされよ」
    「ヴペェェ~~~???」
     アルパカはとぼけるような奇声を発したが、男の眼は戦意に満ちている。ごまかしが無駄とわかるや、アルパカは必死の抵抗を試みた。だが男の猛攻の前にじわじわと押され、最期は胴体をねじり切られて絶命した。
    「主を恨むのだな。おのれコルネリウス……いずれこの手で成敗してくれるわ」
     激しい戦いで、ソウルボードの持ち主が力尽きたのだろう。大地が揺れ、山々が崩壊を始めるなか、男はアルパカの死骸を一瞥し手を合わせる。そして再び逞しい腕で空間をこじ開け、あっという間に消えた。
     
    ●warning
     年は明けたが少しもめでたくない、という顔だ。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は、お世辞にも機嫌がよさそうには見えなかった。
    「呼びつけて悪いな。獄魔大将であったアガメムノンが、獄魔覇獄の戦いに割り込んできたコルネリウスへの報復に乗り出した」
     先日の戦争において、アガメムノン勢力が灼滅者とコルネリウスからの奇襲で被った被害は、総戦力の約7割といわれる。これを敗因と考えたアガメムノンと配下達が、今度はソウルボードの中で休憩しているコルネリウス配下達を襲撃しようと企てたのだ。
     彼らの考えもけして的外れではないため、本来ならば火に油を注ぐようなことはすべきでない。ところが戦場となるソウルボードの夢を見ている一般人が、シャドウ同士の争いに耐え切れず、死亡するとなれば介入せざるを得ない。
     苦虫を噛み潰したような顔で、鷹神は強く言い切る。
    「……どうしてもこの戦いで犠牲者を出すわけにはいかん。どうしても、だ」
     被害者となる大学生の青年は自宅で寝ているため、ソウルアクセスは容易だ。
     ソウルボード内も、緑の広がる高原となっていて、変わった様子はない。コルネリウス派のシャドウが安らげる夢になっているそうだ。
    「以前、そいつが国外脱出を企てていたところを阻止した事がある。コルネリウスの一派だったとはな……」
     名をフニペロといい、遭遇した灼滅者達によれば『不愉快なアルパカ』以外の何でもなかったという。
     対するアガメムノン側の方は、カウィーという逞しい男性で、あまり詳しい情報はない。
     このままだと戦闘はカウィーの勝利で終了するが、一般人が死亡してしまう。一般人を救出する介入法は2つあると、鷹神は告げた。
      
    「1つ目。『フニペロを離脱させた後、カウィーと戦闘する』」
     カウィー達アガメムノン一派は、当然灼滅者も報復対象と考えている。
     フニペロがソウルボードから脱出しても、目標を灼滅者に変更し、戦闘を仕掛けてくる。
    「シャドウ対灼滅者なら、いつもやっている戦いだな。つまり、ここで君達が勝ってカウィーを追い出せば、一般人が死ぬことはない」
     だが、カウィーはかなりの強敵であるため、心してかからねばならない。
     
    「2つ目。『カウィーと協力して、フニペロを撃破する』」
     この場合、フニペロが倒れるのが本来よりも早まるため、一般人が衰弱死する前に決着をつける事ができる。
     上手くカウィーがフニペロに止めをさすように持っていけば、カウィーは撤退していくうえ、フニペロは死亡するらしい。
    「逆に君達が止めをさした場合だが、フニペロはいつも通り逃亡。そのうえ激怒したカウィーと連戦になる。ある程度の危険も伴う訳だな」
     
     思いもよらない展開に進んだ場合、一般人の命が助かる保証はないそうだ。
     予測外の状況に陥らないよう、普段の数倍は慎重になってくれ、と鷹神は言った。
    「今回は、アガメムノンとコルネリウスの抗争に介入する形となるが、俺達はけして『今後どちらと仲良くするかを決めに行け』と言ってるわけじゃない。人命の為やむなしと、どうかご理解願いたい。厭な選択をさせるが、他の手段がとれんのだ」
     鷹神は深く頭を下げる。今日は全く笑顔がない。
     巻きこまれる一般人を救出できなかったという結果なら、この戦いに介入した意味はないだろう。
    「……コルネリウスによる数々の迷惑行為も未だに続いている。次いつ始末できる機会が巡ってくるか見当もつかん。アガメムノン配下を利用して、奴の手駒を減らしておくのも悪くないだろう。判断は君達に委ねる。そしてもう一度釘を刺すが、絶対に一般人を救出するのだ。朗報を待っている」


    参加者
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    姫切・赤音(紅爍・d03512)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)
    端城・うさぎ(リンゲンブルーメ・d24346)

    ■リプレイ

    ●1
     夜半。何も知らず眠る青年の顔を、司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)は見下ろし、頷いた。銀河が手を翳すと、風通しの悪い部屋の空気がたちまち吹き飛び、辺りは若草の香りに包まれる。
    「こんなに気持ちの良い景色なのに、これから思いっきり戦場になるってんじゃ、情緒も何もないわねえ……」
     鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)とエデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)は爽やかな高原の空気で胸を満たす。
    「こういう景色が好きな人に悪い人はいないって思いたいんだけどなー」
     堪能する余裕がないのは残念だ。すぐさま走りだすと、やがて予知通りの光景が見えてきた。
    「邪魔だよフニペロ、退いて!」
     埜口・シン(夕燼・d07230)の凛とした一声に、シャドウ達が振り向く。秋津・千穂(カリン・d02870)と霊犬の塩豆が彼女の後を追い、間に割って入った。
     まさかこいつと再会できる、いや、してしまうとは――相変わらずの不細工面できょとんとしているブサパカこと、フニペロ。緊張感がなくなるという意味で、安心できる面だった。
    「よお、久々だな」
     関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)の大胆不敵な挨拶に、フニペロは飛びあがる。
    「プヘェ~! マチュピチュでペロタンをいぢめたヤツプリプリ!」
     喋れたのかよブサパカ。
     峻は脱力した。色々言いたい気持ちをぐっとこらえ、銀河は拳を握る。一応コルネリウス派に借りがあるとはいえ、こんなのに恩を売られた覚えはないが……我慢だ。
    「……コルネリウス派に借りを返すためにカウィーは引き受けるよ、逃げて」
    「自分の身が大事だったら、早くここから出た方が良い、よ」
    「アレレ~焦ペロ? 焦ペロ? ンッン~どぉぉしよっかナァ~~プップクプ~!」
    「え、え、あの……危ない、から」
     唯一まだ好意的だった端城・うさぎ(リンゲンブルーメ・d24346)は対応に困り、おろおろ歩き回りながらも説明を頑張った。ここで皆のイラッが頂点に達する。恐らく己の危機は理解しているだろうに、なんと失礼な畜生だろう。
     つくづく癪な依頼だ。両手をポケットに入れたまま、一際冷たい眼でフニペロを眺めていた姫切・赤音(紅爍・d03512)は殺戮帯を地面に叩きつけた。
    「助けてやる、なンてゴキゲンな事は言いませんよ。灼かれたく無ェならさっさと失せろ」
    「前みたいに俺の華麗な飛び蹴りを喰らいたくないだろ?」
    「ペェ!!」
     嫌な思い出が蘇り、フニペロは峻から遠ざかる。ここは撤退するのが得策じゃない、と、千穂はあえて微笑みを向けた。
    「ア、ありがた~く逃げプニするピョ~。アディオスプミ~ゴ~、パカペロ☆」
     ぺろりと舌を出し、フニペロは煙に早変わりした。ここにブサかわと不愉快の境界線を見た気分だ。青空に昇る煙を見あげ、千穂と峻は嘆息する。
    「……本当にかわゆくないアルパカさん! 味方した訳じゃないけど、何だかやり切れないわ」
    「言ったろ、決して心安らぐような代物じゃないって……」
     皆がフニペロの態度に痛罵を浴びせる傍ら、まずは目標の片方が果たせた事にうさぎはほっと胸を撫でおろす。残る目標は、一般人の安全確保。つまり――。
    「話は済んだか?」
     落ち着き払った声に、うさぎは息を吞む。
     次は――この男を、撤退させる。

    ●2
     カンナとエデは視線を通わせた。
     先のやり取りの間、二人はカウィーの動きを警戒していたが、横槍を入れる様子は終ぞ見られなかった。どうぞ、とエデが顎をしゃくる。カンナは厳しい眼差しで頷くと、聖剣の切っ先を相手に突きつけた。
    「さてと、名乗るまでもないと思うけど。とりあえずあんたにはこっから出てって貰うから、よろしくね!」
     報復対象と認識されているか。それを探る為の宣戦布告であるが、カウィーは存外に鷹揚としている。
    「卿はあくまでコルネリウスに与すると。弁明があれば伺おう」
    「借りを返しにきただけだってば。……第一、フニペロに救いたくなる要素殆ど無いし……! ダークネス同士の抗争に一般人を巻き込ませるわけにはいかないよ!」
    「貴方に加勢する理由はあらゆる意味でないと判断しました。報復の邪魔をするのはマナー違反かもしれませんが……私達も報復対象なら構わないでしょうッ」
    「……ふむ」
     銀河とエデの言葉に、男は小さく頷いた。フニペロに対するぞんざいな扱いを奇妙に思い、様子を見ていたらしい。コルネリウス側にも好意はないがやむを得ず、という主張に得心がいったようだ。
    「心得た。いかにも、卿ら灼滅者にも報いを受けて頂かねばならぬ」
     カウィーは腕に電撃を纏わせた。やる気だ。
    「では。いざ参る」
     ――抗争は興味ないけど、目の前の火の粉は祓わなきゃ……!
     すぐに駆け出したシンを追い、千穂も全力で地を蹴った。まして今日は、憧れの先輩が一際『活きた』顔をしているから。並び立つ二人の足元を、塩豆がひた走る。
    「絶対に守るよ、千穂」
    「はい、シン先輩。行くわよ塩豆!」
     隣に君がいるのが心強い。信じているから、後ろは振り返らない。
     カウィーの稲妻が前衛を撃つ前に、二人の腕が届く。全身に走る電流に思わず膝をつくものの、信頼と覚悟に裏打ちされた闘志は折れない。
     カウィーが、少し笑った気がした。
    「何様か知らねェですけどね、ゴキゲンじゃねェですか」
     研ぎ澄まされた懐刀の如き不意打ち。屈む二人の上を跳び越え、赤音の空中回し蹴りが男の胴を打った。踏み止まる敵の顔に、塩豆の刀が傷を刻む。シンはふっと唇に笑みを乗せた。
    「感謝するよ」
    「……ッたく。簡単にクタバるタマじゃねェことは知ってますが、無理はすンじゃねェですよ」
     続けざまに死角から迫る魔力の帯群を、カウィーは六本の腕で全て掴み、引く。帯はたちまち持ち主である銀河と峻の身を締めつけ、息苦しさを感じる間もなく二人の身体は帯ごと宙を舞った。
     己を遥かに凌ぐだろうパワープレイは、流石武闘派の一門といった所か。だが、負けない。
     地面に叩きつけられた銀河は、友人が贈ってくれた槍を支えに素早く立ち上がった。この程度は今更、とばかりに峻も軽く起き上がる。
    「報復か」
    「左様にござる。恥を知れ」
    「お前もな。人命を脅かす奴は等しく敵だ。此方もこの手で成敗してやる」
     内包した闇が微かに滲む唇から、峻はなにげなく敵の口真似をこぼす。墨色の帯と黒いコートを纏うその姿は、長閑な風景に紛れる筈もない。
    「片腹痛いわ。なれば足掻いてみよ」
     カンナのライドキャリバー、ハヤテの突撃を受けながらも、カウィーは鼻で笑う。
     うさぎ、エデも続けて意思持つ帯を射出した。一つ覚えの攻撃に敵は眉を寄せたが、目的はある。次第に敵の動きを学習するこの帯は、格上を相手取る際の鍵だ。
     仲間の攻撃の間に、千穂はシールドを展開して守りを固めた。カンナの祈りが籠められた護符はシンの背に届き、邪法に抗って痺れを取り払う。力が湧くのを感じ、シンは破邪の剣を振るった。
    「やっぱり一筋縄じゃいかないね。でも、真っ向勝負なら望むところだよ!」
     アガメムノン勢力は元より快く思っていなかった所だ。銀河は敵の真正面に立ち、捻りを加えた槍を打ちこもうと振りかぶる。
    「銀河ちゃん、待って!」
     間に割りこんだ千穂へ、カウィーの六つの拳が嵐のように降り注いだ。盾で幾らかガードしたものの――速い。追撃の拳が首の付け根を打ち、千穂は苦しそうにむせる。
    「ナイスガッツね。端城、私が回復するわ」
     護符で癒しを得た千穂は、咳きこみながらもカンナに笑い返し、駆け寄ってきた塩豆にも盾を分け与えた。体力で劣る事なんて分かっている。けれど一人と一匹の力を合わせれば、誰にも負けない壁になれる。
    「はい! じゃああたしは、援護する、よ!」
     うさぎが頷く。皆の善戦は、うさぎの戦意を奮い立たせた。真面目で、お人好しで、少し気が弱い普通の少女だった。そんなうさぎも今、自分のできる全力で人を助けようとしている。
     正面のエデに注意を払っていたカウィーは、側面から滑走してきたうさぎの蹴りを咄嗟にガードした。だが注意深いエデがその隙を見逃す筈もなく、一気に縛霊手を振りかぶって魔力の糸で敵を幾重にも絡めとる。
    「これが私の役目ですっ。出てってください! どっちも、どっちも!」
     やや動きの鈍ったカウィーへ、赤音とシンが走り出した。
    「まさか貴方と並んで戦う日が来るとはね」
     赤音の呟きに、シンは無言で頷く。赤音はやはりポケットに手を入れたままだ。彼に贈った標識が、『通行止め』の赤を示した。
     帯が舞う。シンの飛び蹴りと、赤音の標識がカウィーに痛打を見舞った。手足の痺れが男を蝕んでいる筈だが、表面上はまるで分からない。
    「今度こそ!」
     銀河は小さな身体から渾身の力を集め、杭打機ばりの勢いで槍を叩きつける。
     銀河と峻が突きだした槍の穂先を、カウィーは掌で握り、力技で回転を止めた。削りとられた掌から滴る血を気にもせず――両腕に、電撃を走らせる。
     槍を伝う強烈な電流に二人が膝をつく。続いて、守り手達にも雷が向かった。
     可愛い友達に手出しはさせない。千穂と塩豆に向かった攻撃を、今度はシンが受ける。
     ――強敵なのはわかってる、でも、皆がいるなら負ける気なんかしない!
     一行の士気は極めて高く、実力以上の戦いができている。問題は、未だ底知れぬ敵の力。
    「敵の攻撃力は非常に危険です。直撃は避けましょう!」
     エデの一声に全員が頷き返す。男は不気味なまでの冷静さで、それを眺めていた。

    ●3
     守り手が極力均等に攻撃を受ける事は、意識のみでは難しくはあった。殴り飛ばされた塩豆の傷が深い事に気づき、カンナが全員に聞こえる声で叫ぶ。
    「交代よ、ハヤテ!」
     一斉に襲いかかってきた灼滅者達を見て、カウィーは眉を寄せた。その間に主人の命を受けたハヤテがたちまち前線に躍り出て、代わりに塩豆がカンナの方へ駆けてくる。瞠目するカウィーを睨み返すと、カンナはしたりと笑みを浮かべた。
     誰も倒れさせないわよ、と。
     彼女が癒しの魔力を籠めた帯が、鮮やかに光り、仲間を護る鎧となるべく硬質化していく。ハヤテは無傷。カウィーの単体攻撃が後衛へ届かないことに着目した灼滅者達の、決死の抗戦だ。
     戦いはそのまま続き、同じ手で千穂とうさぎが交代する。先輩をお願い、と千穂は小さく囁いた。
    「……人を助けるため、と申したな。縁も恩も無い人間の為、卿らは我が主君に抗うか」
    「しつこい人ですね。ソウルボードを……この青空と草原を守る為です!」
     冷気のつららを叩きこみながら、エデは強く叫ぶ。説明を受けた時から、夢の景色を楽しみにしていたのだ。だから知らない人を守るというより、こう思う方が張り切れたり――それは利発なエデが垣間見せた、驚くほど素直で、子供らしい一面だった。
    「シャドウの派閥とか関係なく、フニペロだってほんとは逃がしたくない相手なんだけどね。私が助けたいのはあくまで一般人であって、その目的が最優先よ」
     意外な答えに目を見張るカウィーへ、カンナが今一度答えを述べる。
    「あたしたちはあたしたちの、戦う大義がある、から。それに従って戦うまで、なの」
     うさぎの目線から見あげた男は、余計に大きく映る。重圧で言葉は一層たどたどしくなるが、彼女は青空に黄色標識を掲げてみせる。――落雷注意。
     カウィーに、一行の自己強化を砕く術はない。攻守ともに容赦なく重ねられた強化量は、今や実力差を埋める礎となり、カウィーに圧し掛かった。
    「その心意気やよし。なれば、止めてみよ」
     男が、明確な笑みを見せた。
     刹那、稲光が瞬き、激しい打撃がシンを四方から襲った。
     赤音は、咄嗟に走り出していた。
    「シンッ! ――手前ェ、何してくれやがるッ!」
     ポケットの中で拳を握り、激昂する。だがシンは大丈夫、と首を振った。カンナの帯や、千穂の盾が護ってくれたのだ。
     息をするように。
     紅榴の赤と、夕陽の橙が交差したのは一瞬。
     だって私達は、いつも並んで戦ってきた――四つの眸はたちまち敵へ向き直ると、聖剣と禁戒で力の限り敵を斬った。
    「今は砕けない壁でも……いつか絶対打ち克ってやるから! いくよ、峻先輩!」
     銀河は宿敵の姿を強く見据えると、槍の先端に自らのサイキックエナジーを極限まで集束させる。エネルギーの塊で作られた氷柱は、もはや氷塊と言っていい大きさまで膨れ上がった。銀河はその中心点を槍で突き、力任せにカウィーへ叩きつける――!
    「シャドウ同士の抗争は勝手にやってろ。誰にも迷惑のかからない所でな」
     時を同じくして、音もなく滑走した峻が敵の背後をとった。その声を聞いた時には、もう遅い。摩擦で生じた熱は殺さぬまま、軽やかに跳んだ彼は、カウィーの背に炎を纏った飛び蹴りを打ち下ろす。振り返る隙も与えず、黒は全てを消し炭にする。
    「……!」
     静と動、炎と氷。二つの破壊力がエデの攻撃で凍りついた身体を軋ませる。いくら屈強なカウィーと言えど、これにはさすがに膝をついた。
    「ふ、腐っても獄魔覇獄の覇者、であるか……見事。降参よ、出直して参る。我が主君が此度の結果に対しいかなる御感想を抱かれるかわからぬが、卿らが二度と卑劣な真似をされぬよう、某は心より願い申す。これにて御免」
     一礼すると、カウィーは瞬時に空間をこじ開け、消えた。
    「何を偉そうに」
     赤音が悪態をつく。全員一丸となっての奮闘と、嘘偽りない言葉をぶつけた成果か。アガメムノンはともかく、カウィーの心証は悪くなかったように思われた。最善は尽くされた、と言っていい。
     千穂はほっと笑みをこぼし、塩豆を抱き上げる。カンナも満足そうにハヤテを撫でていた。相棒を失わずに済んだことが嬉しい。
    「今回は仕方なかったとはいえ、これ以上厄介事が増えませんように……」
    「毎度追い返すしか出来ないのは歯痒いな。奴等は又誰かの夢に……」
     やはり、今後の両勢力の動向がやや不安ではある。安堵と共に、僅かな苦味が峻の胸に走った。再会が叶えば、その時は必ずや――。
     高原を吹き抜けた心地よい風が灰色の帯をさらい、峻ははっとする。
    「わあ、気持ちいい風!」
     エデが嬉しそうに声をあげ、カンナと一緒に谷の近くまで走っていった。私達も行ってみようよ、と銀河がうさぎの手をひき、二人を追って走りだす。
     仲間も、夢の主も、無事だったから過ごせる、穏やかなこの一時。峻も武装を解き、遥かなる空へ思いを馳せた。一年少し前に出会った異国の彼女も、今夜は良い夢を見ているだろうか。
     シンはそっと赤音の隣へ立つ。愛想に欠ける彼の眼は、彼女を一瞥し、空へ向かう。それは拒絶ではない。心地良い距離感に、少し泣きたい気持ちで、笑った。誰より近く――けれど触れるのが怖いほど、大切な人。
    「一緒に帰ろう」
     彼と、あの娘と、皆と一緒に帰れる。それが僥倖だと、知っているから。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ