アンコール・シガレットタイム

    作者:一縷野望

     おや、と。
     くたびれた背広の男は瞬きひとつ。煙草を持つ形に折り曲げた指が虚ろなのが妙に寂しいと、感じた。
    「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「――」
     殺意孕み向けられた無愛想な棍にも、エメラルドを頭に飾った娘は一切表情を揺らさない。
    「私は『慈愛のコルネリウス』」
    「胸糞悪い名前だねぇ。慈愛なんてもんは、格下だって思う奴に施す自己満足だ」
     社畜として六六六人衆として、常に誰かを踏みつけて上を目指す場所にいた男の揶揄もどこ吹く風。コルネリウスは憐れみ強い瞳に中年男を映す。
    「はぁ」
     男は煙草を取り出すと火をつける。そして味わうようにふかした後で、
    「んで? なにしてくれんだよ?」
    「……プレスター・ジョン」
     その問いに答えるように、虚空に指を翳しコルネリウスは呼びかける。
    「この哀れな男を、あなたの国にかくまってください」
     話しても無駄と悟ったか、男はもはや無言で紫煙をくゆらせる。
    (「あー、殴りてぇ。中断なんて無粋はなしで、延々延々なぐりてぇ」)
     ただただ、燻るような焦がれを持てあまし。
     

    「慈愛のコルネリウスが、あるダークネスの残留思念に力を与えて……」
    「何処かに送ろうと、している、ですか?」
     機関・永久(リメンバランス・dn0072)の言葉に濡烏を縦に揺らし、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は続けた。
    「こないだの前哨戦で倒された六六六人衆の処っておじさんだよ」
     すぐに事件を起こすような事はないだろうが、放置するわけにもいかない。
    「慈愛のコルネリウスには構わず、処さんを灼滅……です、よね?」
     ――コルネリウスは乱入してきた灼滅者達には一切反応を返さなかった。
     以前関わった同種の事件を思い出す永久へ、標は肯を示す。
    「不信感も強いようだし、コルネリウスへは一切の干渉はできない。それよりは処の灼滅に集中して」
     生前は、配下の強化一般人込みで八人の灼滅者に斃された、しかし――。
    「しがらみ無く闘いたいって気持ちが強いのかな……強くなってるよ」
     今回の彼は単独だ。しかし灼滅者九人で掛かっても、油断をすればあっさり下されるだろう。
    「殴り合いたいんだってさ、彼は」
     彼は、マテリアルロッド相当の棍と殺人鬼のサイキックに近いものを駆使して灼滅者達を潰そうとする。
    「接近戦を好むみたいだね。まぁ、好みに拘りすぎて当たりにくい攻撃になるとか、そういう間抜けなコトはしないけどさ」
     社畜にして人殺し。
     そう在る彼は濃密な殺意を携えて、灼滅者達へ棍を向ける。
     殴りつけた時、腕に伝わる打撃の感触が好きなのだという。
    「チーム戦のキミ達の綻びがあれば容赦なく突いてくるよ、気を付けて」
     数を減らすコトが勝利につながると彼は知っている。
     話しかけられれば軽妙に応えるけれど、その手は決してゆるみはしないだろう。
    「巻き込まれそうな人がいないのが……幸い、ですね」
    「そうだね。人払いは必要ないし、現場は闘うにも充分な広さがあるよ」
     その辺りの愁いはないと言い切る標は、不意に口元を綻ばせる。
    「……闘ってあげるといいよ、彼はそれを望んでる」
     此方の目的と合致するのは、とても倖せなコトなのかも、しれない。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    森田・依子(深緋・d02777)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)
    白石・明日香(高校生ダンピール・d31470)

    ■リプレイ


     何度も塗りつけた藍の闇を等間隔で区切る寒々しい光が、揺れた。煙草くゆらせる男のそばに立つ少女は響く声に一切の興味を示さない。
    「……」
     暖色の紅されど低温感じさせる白石・明日香(高校生ダンピール・d31470)の瞳が捉えるのは二人のダークネス。
     細い足場に立つ不安定さ、いつ踏み外し堕ちても不思議ではない緊迫感。討てと血を吐くような調律を重ねられた仇敵ヴァンパイアとは違うけれど……充分だ。
    「貴方が望むからでは、無い」
     曖昧模糊なスクリーン映像がぷつり消えるように舞台を去る慈愛のシャドウを一切気に留めず、森田・依子(深緋・d02777)は思念の塊たる男をより強固なる意志で射貫くように見据えた。
    「燻る衝動が、一般の方々に向かわぬよう」
    『一般人は興味ないねぇ、すぐ壊れるし』
     口元から外した煙草をもみ消して、男は無二の相棒を確かめるように人差し指から順繰りに握り直す。
     ああ、確かにある。
     此処に、在る。
    『ま、仕事なら殺すけど』
    「案外仕事が実益を兼ねているようにも見えるが」
    『かねぇ』
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)からの冴え冴えとした銀月の如き呟きに返るは、堕ちたる闇にずぶずぶ浸る下弦の月。
     心抑え狂いかけた過去持つ冬舞は何処か眩しげに、鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)は厄介な人を勧誘してくれたものだと嘆息し、それぞれ瞼を下ろす。
     彼の需要と慈愛の供給が見事に一致、だがそれ以上譲る気は無い、欠片も。
    「死後に未練を残して留まるとはまるで幽霊だな!」
     呵々と夜の闇も冬の寒さも吹き飛ばす勢いで、鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)は上半身を揺らし笑った。
    「ならば成仏できるように送ってやろう!」
    『坊さんって……アフターケアも万全って事かい』
     まだ暇がありそうだと煙草に火をつけた。
     吸い込めば、ぽうっと儚げに灯る橙。だがすぐにまた消え灰色へ。それは思念をかき集め刹那の意思を再構築した彼を思わせる。
    「意外だね」
     身を屈めぱらり落ちた黒糸の隙間から伺うように、空井・玉(野良猫・d03686)は見上げる。
    「囚われるほど溜め込むタイプには見えないけど」
    『人は見かけによらない、アンタもそうじゃね?』
     左は手で覆い同じく前髪に隠した右の目で見返してくる男、滲むは親近感。しかし玉は白線を引いたように距離を置く。
    「消化不良と言った所でしょうか」
     ゆるく傾げると共するように斜めに落ちるゆったり編んだみつあみ。桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)は未だ清楚の仮面を被った儘。
    「弔いにその殺意を受け止めてみせましょう」
     しかしとっくに見透かされている気がする。それで構わない、どうせこんなもんは命の殺り取りする中で剥げるのだから。
    「ねえ」
     瞬くは混じりけなしの翡翠。
    「もう迷い出てくることのないよう、満足するまで撃ちあってあげるよ!」
     魔法少女のように愛らしい仕草で、アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)は銀の十字をつきつける。
    『へぇ、おもしれぇ構え方すんなぁ』
    「ずっと使ってきたからね」
     声と表情から賞賛を感じ取りアイティアは胸を反らす。
    『そりゃ楽しみだ』
     突如、この場にいる者達全員が、背に氷をぶち込まれたような怖気立ちに襲われる。
     頃合いだ。
    「……それじゃ」
     小太郎の伏し目縁取る薄墨が持ち上がり鋭さが顔を出した。
    「死合を始めようか」
     怜悧な気配の儘で糸摘み引き出す冬舞。
    「存分に」
     重なるようにと景瞬が笑い方を変えた。


     ――離れるなんて赦されなかった。
     陣を敷くためにと踵が半歩浮いたのと、アイティアが胸に灼熱の如き痛みを感じたのはほぼ同時。
     烙印を穿つように押しつけられた棒は斜めに肌を裂き去った。
    「……ッ」
     壊された護りは手を当てても治まらない、だから――意識した時には、人差し指が処へ向いていた。
    『なんだよ、殴ってこねぇのかよ』
     人差し指の上を滑るように射出された帯を払い不機嫌露わ。
    「お楽しみは取……」
     祭壇の開く音は噛ませるように棍を喰わせ止め、対角線上に顕れた銀爪は無造作に蹴り落とす。
    「……ておくものだよ」
     少女の台詞の続きを耳にしながら。
    『そばにこねぇの?』
    「生憎、手が空いてなくてね」
     縛霊手の自由を取り戻し即下がる玉は釣れない返事。旋回し戻るクオリアのエンジン音をBGMに。
     一方の小太郎は自由落下任せにはせずそつなく着地、至近から怜悧な瞳を向ける。
     片目隠しのナイフから漂う霧で仲間を包む詠子の傍ら夜を張り裂く銃撃。ヴァンキッシュの弾丸は傾ぐように避けて、処は咥え煙草を外し煙を吐いた。間髪入れずその鼻先を咎が掠める。
    『やれねぇよ』
     本命は後から来る咎の黒、其れから護るように棍を惹きつけ苦笑い。回避直後を狙ったがさすがに難しいかと冬舞は先のためデータを蓄積する。
     突如編まれ出した戦を把握すべく、明日香は紅瞳を左右に揺らした。
     虚空汚す仲間の血飛沫は暗闇でもよく見えた。自然噛まれる唇――此方へ攻撃を惹きつけたい。
    「お前の相手はこのオレだ!」
     破鐘のような声は別の誰かのよう、しかし震える喉が自分が発したと示している。
    「六六六!!」
     肉薄しつきだした刃は弾かれて夜闇を半円に裂くに留まった。
    『若いねぇ』
     気怠く棍を下ろす男の瞳が殺意に塗れたのに小太郎は即座に気付く。恐らく次は明日香。意図を察知した冬舞も微かに前髪をさらり鳴らし、景瞬も襷に指をかけ白髪の少女に気遣わしげな眼差しを向ける。
     が、それも一瞬。
    「ほう、ほほうほうほうほう!」
     布擦れる音は殊更大仰な声と所作で潰した。僧服の袖を襷で纏めついでに固まる護りにいたく機嫌がよい素振りで。
    「流石は社長氏の目の付けた武器ということか!」
    『あぁそれそうなんだ』
     煙草の火で焼ききるように機関・永久(リメンバランス・dn0072)からの糸を弾き、ずらす。
     だがそれは、囮。
     ――獣。
     左足の枷モノともせず全身から業火吹き出し吠える、そんな獣の気配。
    『ッ』
     煙草落とし両手持ちにした棍を右後方へ。しかし依子の祭壇からの霊糸は諫めをかいくぐった。
     つんのめる男押さえ込むように捉えたままで、依子は穏やかな笑みを口元に描く。
    「後ろにいるから殴るの苦手だなんて、思わないでくださいね?」
     今宵も内の獣は出たいと喚くか、そうはさせぬ。


     踏みにじられた煙草が喘ぐように漏らす微かな煙、その真横の土が跳ね上がった。
    「ッく」
     突き上げられ浮く明日香の足。唇伝う血はぬるく折れぬ心映す瞳は反して熱い。
    「……」
     熱に応えるように玉は顔をあげて、頭を覆うパーカーのネコミミをつかんで後ろへ流した。
     攻撃を読み切り伸ばされていた冬舞の糸を目印に、流星の踵で三日月を描けば、呼応するように足首に絡む糸が蛇腹に動き疵が広げにかかる。
    『やられると面倒なもんだね』
     片足あげて振り払う、そこに産まれた不安定さを見逃さず小太郎が肝臓の位置に拳を捻り込んだ。
    「好きなんでしょ」
     少年を包む陽溜り色は夜が苦手な彼女がくれた夜明けへの絆。力は攘災の光風。だから怖くない――ただいまとおはよう、数時間後にはどちらも口ずさめるはずだから。
    「接近戦」
    『ッ……ああ』
     だから、存分に。
     二人の同音が打撃音の隙間から夜に零れ落ちる。

     ――序盤は処優勢。
     攻撃を弾き、いなし、止め、叩き伏せる。返す殺意は灼滅者全てへ。
     獄魔覇獄の礼と此の行為に見出した慈愛……口にし満ち足りたアリスの額に、こつり。
    「アリスお嬢様に手は触れさせませんわ」
     と当たる前に身を投げ出すミルフィ。白騎士で弾けぬ無垢木は兎の柔らかな胸を無遠慮に貫くが、引くものか。
    『泣けるね、その忠誠心』
     解け突きに来る白騎士は棒で巻き取り空へ流す。そして連撃見舞うべく引いた手首に、違和。
    「……」
     闇に熔け潜む竜鬼は好機逃さず、水気帯び重くなる糸は容赦なく引いた。
    『しゃあねぇ、やる』
     左手は引かれる儘に。届く距離に来たら即棍は右から消失、同時に竜鬼の胸に記されし痛烈。
     振り下ろした標識はより赤く赫く。
    「おっさんの流儀に合わせて殴……ッ」
     血と紫の煙香纏いにたり笑う男は『愉しい?』と問う。
    「あぁ、刃物でバラすのとはまた違って悪くねェ」
     ねじ込まれた無骨な棍を掴み錠もまた高ぶるように、笑う。
    『そりゃなにより』
     背後に迫る、影。
    「拳でしか語れないんなら、語ってやるよ」
    『おしゃべりも嫌いじゃねえけど』
     流希の影叩き伏せた手応えは示す、彼もまた拳で語る者だと。
    『ッと』
     エクルのたてた風切り音は手の甲薄く斬らせるコトで、止めた。


     ひゅと鳴り地面に描かれた血色の弧は混ざりおうたモノ。
     だが決して取り違えず景瞬は疵を塞ぐ。時に襷踊らせ守護もたらし、時に絶大なる弓引き鷹目の如き鋭さ付与す。
     処は生前癒し手を狙った記録が残されている。
     故に攪乱のため前に出たいと焦れるが、その余裕が無いのであれば致し方がない。
    『だあから、殴ろうって』
     あしらわれかけたアイティアの帯は予想外に曲り、煙草持つ所作の右手に蔓めいた絡みをみせる。
    「本当に煙草が好きなんだね」
    『とりあげられるなら死んだ方がマシ』
     呆れる半目。
     一方、自他の血で粘ついた棍へ寄せた思慕を見逃さず依子は口火を切る。
    「楽しい、ですか?」
    『とっても』
     親程の年の男は晴れやかな破顔を見せる。
    「戦って、その果てに生きるか死ぬか、それ以外に何があるんです?」
     慢性的な殺意など理解出来きぬと一旦ナイフを下ろす詠子。
    『おじさんの若い頃って、派手に見えて中身スッカスカでね』
     黒髪おさげ、依子が眼鏡を外している事もあり二人の見目は似通っている。
     だから、
     詠子の左の髪留めを弾き飛ばしくるり旋回、瞬間手放し横握り娘と腹の間の空気を押し潰す。
    「かッ……はっ」
     喀血。
    『コイツで殴ると中身の詰まった手応えあんだわ』
     砕けるとは即ち実体が存在しているというコト。ほら今だって感じた。
    「気にいらねェな」
     悦楽に鳴らされる喉が酷く不愉快で、粗野な手つきで残った髪留めを引き千切った。
    「……六六六人衆ッて奴はどいつもこいつも!」
     バサリと禍々しく広がる黒髪、口調に相応しい柄の悪さが詠子を包む。
    「くたばッてな!」
     本性のせ叩き下ろす一撃に男の躰が辞儀するように、折れた。
    『っぷ……はは! いいねぇみっちみち』
     血染めで屈託なく笑う処の声が急速に、途絶える。
    「たまに思うんです」
     ぶちまけるような返り血浴びてなお響くは柔和。
    「行為としては、同じことをしているのかもと」
     依子が望むは守護。
     されど螺旋で散る血肉に沸く血は確かに。楽しみまでは見いだせないけれど。


     まるで水を薙ぐような重たさに男は切っ先に目をやり描く流れを数えた。
     遅い。
     ようやく灼滅者側の準備が整ったとも言える変化。
     その視線の意味を小太郎は見逃さない。今までは趣味優先で殴っていた彼が、此方を正式な得物だと認識したのだ、と。
     その予想通り、処は棍の構え方を変えてぼやくように視線を斜め下に向ける。
    「余所見しちゃイヤン」
     つかんで振り向かせるような拳を蹴り弾き、空を分断するように解放された稲光は景瞬へ着雷する。
     ……かに見せて、
     ばちりっと爆ぜ音、前面部の装甲が弾け飛ぶのも厭わずに庇い立ったのはヴァンキッシュ。
    「頼もしいな!」
     襷を纏わせた腕を振り回し、信頼に満ちた鴉羽の瞳を皿のように開き僧侶は吠える。
    「私にばかり気を取られていてよいのか?!」
     念願の螺旋捻り込み。
     玉は黒猫のようにしなやかに漆黒のクオリアに跨りハンドルを捻った。夜闇を引き裂く車輪の音。
     咄嗟に棍を前に突きだし防御態勢に移る処の手首に炎の如くうねる漆黒がちろちろ嬲りつく。
    『やべ』
     影の主依子と目があった時には既にクオリアには誰も乗っていない。
     空だ。
     玉が散蒔く灼熱の雨粒を弾こうにも、黒影に引き摺られた手首はあがりやしない。トドメに轢かれて被害甚大。
     その隙を縫って、渾身の一撃を最後に見せるべくアイティアは跪く処へ帯を叩きつける。
     ひゅ。
     息着かせずに彼を蝕むあらゆるモノをより深く濃くするように奔る糸。
    『ああ面倒くせぇ』
    「お褒めいただき至極光栄」
     静逸に見えて血を交しあう渇望は冬舞の胸で溶鉱炉の火の様に滾る。
     だがやはり彼は冷静で、
    「無理はするな」
     また挑発しようとした明日香は冬舞の声に唇閉ざし無言で斬りつけた。指が処の喉を裂くと同時に降る詠子からの祭壇の光。
    「寝てんじゃネェよ、しっかりしろ!」
     戦う前に見た清楚で敬虔そうなシスターとは様変わりしていて、一瞬誰だかわからない。そんな反応には慣れっこで詠子はにたりと歯を剥いた。
     ……常に目を配り支え合う仲間、こんな立ち振る舞いもあるのか。強がり一人で背負うばかりが戦いじゃないと、明日香は息を吐き出す。


     ――滑落しはじめたら止まらない、それは前回と同じ。でも今回の道行きはなんだか悪くない。
    「オッサンの相手はこのオレだ!」
     獰猛なる明日香の切っ先は時間経る毎にどんどん惑いが消えていた。
     氷の上を滑るように流麗にくるりくる、街灯の光を受け輝く翡翠に目を奪われ喰らうコト2回? 今度こそ止めると斜め前に出した棍を小さく揺らす。
    「ジャッジメントーーレイッ」
    『だから違ぇっての』
     ツッコミつつ捉えたアイティアの銀、頬緩むもつかの間、右にずれて到達するんだろうとずらしたのは、左。
     ゴスッ。
     深く突き入れられた切っ先、咳き込み溢れる紅。
    『あーあ、自分を信じられねぇって……年とりたくないもんだ』
     なぁとネコミミパーカーをかぶり直した玉へ向いた髪に隠した眼。
    『いつまで前髪下ろしてる気よ?』
    「……」
     何故彼はこんなに語りたがるのか。
    「煙草臭い人は好みじゃなくてさ」
     突き放すように琥珀眇め未だ煮えたぎるように熱いA-K2/Sを玉は構えた。
    「辛気くせェな。てめェモテなかっただろ」
     血染めのナイフをぴとぴとと頬につけて、半月のように瞼下ろし詠子は落ちぶれた六六六人衆を睥睨した。
     ひゅ。
     言葉の代わりに突き出される棍がチンピラの腹をしこたまぶち抜く。先程裂いた部分と寸分違わぬのがまた厭らしい。
    「上等ッだ……オラァッ!!」
     怒り、嗤い、血塗れで交しあう良く似た情念、煮こごりのように固めた漆黒を思う様男へと叩きつける。
     仰け反る上半身の上に乗った力無くした双眸へ、眠たげな眼差しの少年が映し出された。
     ひらり、肌色の蝶。捉まえようと握りしめた棍を突き上げれば、蝶は黒く変じ絶望を塗り込めるように目を覆う。
    「何が見えた?」
     トラウマ喚起の拳を当てて小太郎が平坦に問うた。
    『言うかよバーカ』
     明滅する意識の中翻ったのは、何をやっても勝るコト叶わなかった兄の顔――はじめてころしたひとの、かお。

    「今度は無粋なしで延々戦えたな」
    『感謝してる、愉しかったなぁ……』
     懐を探れば出てきたのは最期の1本。今回は前よりじっくりと味わえそうだ。
    「満足させちゃった、かな?」
    『不満そうな顔だねぇ』
     煙を吐き出してふと気付く。棍に触れている感触が、ない。慌てて手元を見れば、手首から既に消え失せ始めてる。
     触れていたい、お仕舞いまで。
     まだある足で転がし膝の裏に抱え込む。煙草は咥えて手を伸ばし、再びまみえて嬉しかった手応え、戦いの記憶と共に最期まで、どうかどうか。
    「もし社長氏へ伝言があるなら承ろう!」
     景瞬の申し出に煙草を外す。
    『陳腐な方がいいモンもあるって、例えばこれとかさ』
     口寂しいから早口、そしてまた咥え煙を肺に落とし込む。感覚のない指で忘れないと縋り付くように棍を握る……それが、終焉。
    「また夢の国で会おうな」
     今度は何も残さず消え去った男へ冬舞は穏やかに囁き立ち上がる。
     下ろした瞼にはその顔立ちはどうしても描き出す事ができず、依子にはそれが酷く哀しかった。
    「今度こそ、ゆっくりおやすみなさい」
     彼方で――。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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