「グルルル」
「ウウゥゥゥ」
箱根の山中を、赤く照らすのは夕日ではない、尋常ならざる獣の身体から漏れ出る炎によるものだった。その瞳に宿るはいかにもイフリートらしい獰猛な色。
「トニカク、今ハ動クベキデハ無イ」
「フザケルナ!」
睨み合いにも似た対峙の中、口を開いた男の言葉に返されたのは、苛立ちを隠せぬ怒声から始まる罵声や怒号の合唱だった。
「オ前ノ勝手ナ行動デ、ドレダケノ同胞ガ死ンダ!」
「良クモ、ソンナコトガ言エタモノダ」
口々に責めるイフリート達、同胞に男は返す言葉がない。獄魔覇獄に独断で参加していたのも、事実であれば率いたイフリート達の多くを灼滅者の攻撃で失ったのも事実だったのだから。
「オ前ノセイダ!」
「ドウスルツモリダ!」
ほぼ男一人をつるし上げるのに近い形となったのも無理はなかった。
「コレハ『懲罰』ガ必要ダ」
「手温イ、死ンダ仲間ノ元ニ送ッテ詫ビサセルベキダ」
「ソレヨリモ、ナリ損ナイ共ヘ復讐スベキダ」
尚もイフリート達は騒ぎ立て。
「静マレェェェッ」
一喝したのは誰だったか。
「クロキバハ、ヒトマズ『懲罰』トシテ閉ジコメテオケバ良カロウ」
「ダガ」
「マズハ、ガイオウガ様ヲ復活サセルコトダ」
何か言いたげなイフリートを制したのは先程一喝した者とは別のイフリート。
「ガイオウガ様ヲ復活デキルハ、オレ達ダケ。竜種ノ力ガアレバ、ソレも可能ダ」
「ヌゥ……」
別のイフリートの言葉も重なれば、異議のありげだったイフリートも沈黙し、その場のイフリート達全てが一人の男を見た。突如出現した炎が檻を形作って、クロキバと呼ばれた男を閉じこめたのは、この直後。
「暫クソコデジットシテイロ」
「クロキバ動カナイ。仲間、無駄死ニシナイ」
冷めた目、憎悪の篭もった目、軽蔑のまなざし。非好意的な視線を檻の中に向けると、イフリート達はクロキバに背を向け立ち去って行く。
「我ラハ竜種ノ力ヲ得ル為、源泉ニ戻ル。見張リハ、頼ンダゾ」
「解ッタ」
うち一体の投げた言葉へ頷きを返し、くるりとクロキバの方に向き直ったイフリートは獰猛な笑みを作る。
「良イ眺メダ。ソモソモ、コレマデオマエガ偉ソウニシテキタコトモ間違イダッタ。目ノ前デガイオウガ様ノ力ヲ緑ノ王に奪ワレテオキナガラ逃ゲ出シ、今度ハ……オ前ガ勝手ナコトヲシナケレバ、アイツモ死ナズニ済ンダノダ」
ギリリと歯を噛みしめつつ目を伏せたのは、短く呻いたそのイフリートは空を仰ぐと吐き捨てる。
「馬鹿ナ奴ダ」
と。
「クロキバナドニ従ワナケレバ良カッタノダ……オ前ハ」
続けた言葉は、もはや居ない相手に向けたものか、檻の中の男に聞かせる為のものか。
「クロキバ、俺ハオ前ヲ許サナイ」
視線を檻の中へ戻した炎の獣は、虜囚を一睨みすると、見張りという役割を果たす為か、檻に背を向ける。
「竜種ノ力、力サエアレバ」
譫言のように呟く炎獣の瞳に映るのは、山の景色と源泉に戻るべく去って行く同胞達の炎。
「モウスグ、モウスグダ」
じっとその光景を見つめたまま、それは炎の混じった吐息を漏らした。
「喬市先輩の予想だがね、どうやらその通りになったようだ」
座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)は函南・喬市(血の軛・d03131)に視線をやって、口を開くと、君達に向き直ってから説明を始めた。
「まずは少々遅くなったが、獄魔覇獄の戦いは疲れ様と言わせて頂こう。あの戦いで獄魔大将であったクロキバは敗北し、イフリートの穏健派も力を失ったようだ」
この結果、残された武闘派のイフリート達が自分達の力でガイオウガを復活させることを決め、ほぼ同時にクロキバを箱根の山中に閉じこめてしまったらしい。
「クロキバが閉じこめられたのは炎の檻らしいのだが、これは後で説明する。ともあれ、この件に関しては武闘派イフリート達への対策も必要だろうが、イフリートの動きを止める為には、やはり穏健派のクロキバにしっかりして貰うことが不可欠と私は見る」
故にクロキバの救出をお願いしたい、君達が呼び集められたのはそう言う理由であった。
「クロキバが閉じこめられている炎の檻があるのは、箱根の山の山中なのだが」
この檻はクロキバに恨みを持つイフリートに見張られており、もしクロキバを救出しようとしようものなら確実に襲いかかってくる、とのこと。
「たった一体で見張りに残って居るぐらいだ、かなりの実力者であると言うことは想像に難くない」
クロキバに恨みを持っているという点からも、説得はおそらく不可能。
「戦闘になれば、件のイフリートはファイアブラッドとバトルオーラのサイキックに似た攻撃手段で応戦してくる」
後者についてはオーラを炎に置き換えたようなイメージらしいが、何にせよ灼滅者の使うそれとは比べものにならない威力を持つと思うべきだろう。
「それで、首尾良く見張りイフリートを倒した後は、クロキバの救出と言うことになると思うが、クロキバの入れられた炎の檻は外側からならば普通に開けられる」
大きさとしては猛獣を移送する檻ほどの大きさであり、あくまで内側から出てこられない物でしかないとのこと。
「尚、山の入り口にはクロキバ派イフリートの少女が居る」
炎と同化したような猫耳と尻尾を持つ少女で、クロキバのことを気にかけているらしい。よって、接触すれば交渉次第で少し前までの道案内ぐらいならしてくれるかも知れない。
「戦闘での助力を頼むのは無理だろうがね」
武闘派と穏健派といえど同じガイオウガの復活を望むイフリート同士だ、そも灼滅者に協力して居るところを見られれば、クロキバの立場が更に悪くなると考えるかも知れないのだから。
「強敵を下し、クロキバを救出する。大変な任務だとは思うが、君達であればやり遂げてくれると信じている」
腕を組んでまっすぐに君達を見つめたはるひは「それと」と前置きして付け加える。
「獄魔覇獄でも敗北し、穏健派の仲間を多く失った上に武闘派の説得にも失敗して閉じ込められたクロキバはかなり気落ちしているようなのだよ」
もし、このままクロキバがやる気を失って隠棲してしまっては、救出に成功したとしても武闘派イフリート達を抑えることなど不可能だろう。
「故に、出来れば君達にクロキバを励ますというか元気づけて貰いたい」
落ち込ませる原因になった理由の何割かが獄魔覇獄にあることを考えれば、むしろ救出よりこちらの方が困難かも知れないが、今後を考えるなら捨て置く訳にも行かない。
「面倒を押しつけるようですまないが、宜しく頼む」
はるひはそう言って君達に頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
日向・和志(ファイデス・d01496) |
ミゼ・レーレ(メタノイア・d02314) |
函南・喬市(血の軛・d03131) |
皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424) |
東屋・紫王(風見の獣・d12878) |
遠野森・信彦(蒼狼・d18583) |
システィナ・バーンシュタイン(心のダム・d19975) |
十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221) |
●少女
「あれかな?」
山中の方を向く少女へ目を留めシスティナ・バーンシュタイン(心のダム・d19975)は、口を開いた。
「……たぶん、そう」
力なく垂れた尾はオレンジに茶色の縞を持ち、猫のモノになった頭部の耳や両手と共に少女がダークネスであることを無言のまま物語っている。
「み?」
そんな少女を振り返らせたのは、物音か向けられた視線か。
「失礼、我等は武蔵坂の者。故有りて事態を知り、義によってクロキバ殿への助力に参りました」
「俺達はクロキバを救出しにきた」
「二人の言うとおりだ、クロキバを救出する為に力を貸して欲しい」
少女が反応を見せる前へミゼ・レーレ(メタノイア・d02314)は名乗り、旗色と目的を明らかにすれば、函南・喬市(血の軛・d03131)や遠野森・信彦(蒼狼・d18583)が言葉を重ね。
『力……貸ス?』
「……道案内、それと――」
「ああ、皇樹くんの言うように案内をお願いしたい」
首を傾げた少女にイフリートへの嫌悪感をおさえつつ、平静に具体的な内容を口にする皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)をフォローする形で、十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)が補足を入れる。
「そして、上手く助け出せた後はクロキバに声をかけて貰えるか?」
今は俺達より仲間の言葉の方が効くだろうから、と喬市は自分の言に付け加え。
「クロキバ殿には武闘派を抑えてもらった借りがある。それを少しでも返す為説得を含め協力して貰えないか」
「に」
再び瑞樹が口を開き、短く鳴いて周囲を見回した少女と眼のあった東屋・紫王(風見の獣・d12878)は、唐突に切り出す。
「クロキバ個人のことは敵であり友人だと思っている」
だからこそ、助けたいと言うことか。
「龍種化は止めないとまずい。あれを止めれるのはクロキバだけだ」
日向・和志(ファイデス・d01496)もまた、少女を真っ直ぐ見据えて言い。
『コッチ……』
少女の中で二人の言葉がどう受け取られたかは、解らない。ただ、歩き出しながら道を示したことで要請が道案内については受け入れられたと見て間違いなく。
『クロキバ、助ケタイ。チャシマモ同ジ』
背に投げられた礼の言葉に一度だけ足を止めて振り返るとポツリと漏らし、少女はまた歩き始めた。
●もたらしたもの
『クロキバ、コノ先……』
ふいに足を止めた少女は脇に退きつつ、告げた。隠密行動を心がけながらの道中だったからか、少女の示した先は静かで、ただ木々の合間から微かに漏れてくる明るさが、そちらへ何か光源のあることを知らせていた。
「道案内、有難う」
『……クロキバヲ』
システィナの向けた感謝の言葉へ、少女は何かをおさえるように間をおいてから口を開き。
「ああ、きっちり救ってくるぜ」
「道案内、して貰っちゃったからね。大丈夫、個人的にクロキバは好きだから立ち直って踏ん張って欲しいって思ってるし」
幾人かは首肯を返し、少女の横を抜け。他の灼滅者達も倣うよう明かりの方へ。
『何者ダ』
向けられたのは、鋭い誰何の声。接近を悟られたは、相手が見張りであることを鑑みれば、ある意味で当然か。
「内より出られぬ仕組みなら、警戒すべきは外部からの干渉ってことだな」
「……だけど」
和志がESPで戦場内の音を遮断しようと試みれば、零桜奈も万が一でも一般人を巻き込まぬよう身体から人を寄せぬよう殺気を放ち。
『ソコカ』
「道を空けて貰おうか」
声の主がおおよその目星を付けたらしき時だった、白光を放ちながら斬撃と共に喬市が踏み込んだのは。
『グッ、ナリ損ナイ共ダ、ガァ』
驚き、目を剥く炎獣の身体にすかさず零桜奈が葬刃へ捻りを加えて突き込み。
「いくよ、ディア」
そっと呼びかけてから、システィナは地面を蹴ってイフリートに肉迫する。
「恨み言なら聞く」
ほぼ全員が、タイミングを見計らって重ねる攻撃には、驚きも相まって炎獣は対処し損ねた。ほぼ零距離から先程声をかけた殲術道具を使って近接格闘術でシスティナが襲いかかった時には、一言告げた紫王が一言告げるなり死角に回り込み、斬りかかって来ていたのだから。
『グゥ、オノレェ』
「その炎、業が深いな。浅からぬ怨嗟か……敗北だけが決め手では無かろう?」
いくつもの傷を作りながらも地面を転がり身を起こすイフリートをミゼは見つめながら胸元にスートを具現化させる。
「手前味噌ではないが……私の闇も深いぞ?」
炎獣の瞳に燃える焔の色は奇襲され、傷ついたことに対する怒りだけでは無いのだろう、だが気圧されるつもりなどミゼには欠片も無かった。
「ここだぜ、加是!」
「がうっ」
『ナッ、ガァッ』
まして仲間達が攻め続けている間とあっては。和志足を半ば炎と化して和志が蹴りかかるのに合わせ、霊犬の撃ち出した六文銭がイフリートの顔面へ命中した。
「一人の力なんて高が知れてるだろ。だからこそ結束が必要となる、力だけで解決するなら誰だって最初からしてるさ」
結束の結果は語るまでもない。
『グゥゥ、オノレェ』
「相手は獣じゃない、一筋縄じゃいかねぇんだよ」
信彦は上段の構えから起きあがろうとする檻の番人目掛け斬撃を振り下ろし。
「クロキバ殿」
『オ前達ハ……』
檻の中のクロキバと目の合った瑞樹は視線を対峙する炎獣に戻すと地を蹴るのだった。
●手加減
『容易ク通スト思ッタカ』
「……だよね」
そは、番人の役目を負ったが意地か、囚人を出せば加勢されると見たからか、檻を背にする様に回り込もうとした紫王の接近は二度防がれる。一度目は、炎を集めた前足での連続攻撃、二度目は、放出する炎による牽制。
「大丈夫?」
「ゆくぞっ」
システィナの声に応じようとしたところで、今度は瑞樹が斬りかかり。
『グア』
イフリートは痛みに顔を歪ませる。
『ホムラオ』
クロキバの漏らしたそれがおそらく番人の名なのだろう。
『黙レクロキバ、ヨウヤク仇ヲ討テル時ガ来タノダ』
一喝すると、炎獣は口角をつり上げた。
「竜種に……なっても……ガイオウガは……復活しないし……もし……それで……復活するなら……クロキバだって……やっていただろう?」
『ハッ、ナラバクロキバヲ真似シテ仲間ヲ無駄死ニサセロトデモ言ウ気カ?』
既に身体へ幾つも傷を作った番人を見据えて零桜奈は言外に無益だと諭してみるも、鼻で笑い取り合わない。
『ソモ、アイツヲ殺シタナリ損イ共ノ言葉ナドッ』
いや、それ以上に従えなかったのだ。
『ガアアアッ』
ホムラオは持ちうる力を復讐に傾けた。殴られ、斬られ、突かれ、撃たれようとも、その爪に灼滅者の血を塗ることを望み。漆黒の弾丸に貫かれてもんどりを打ったのは何度目のことか。
『グゥッ』
「和志殿、今の内に回復を」
ミゼは起きあがろうともがく番人を見据えて言い。
「優しい人が苦労するのはダークネスも一緒だね」
『シマッタ』
この期にようやく檻の前に辿り着いた紫王は戸を開けるとクロキバへ一度だけ微笑んでから、愕然とする炎獣へと向き直る。もはや戦いの趨勢は決まった。
「今回の勝者は私達だ……この場だけ従ってもらえないか」
殺さぬよう、敢えて攻撃に手加減を加えながら瑞樹は諭す。
『今ノ俺ハ口を出セル立場にナイ』
助け出したクロキバは処遇について問われても首を横に振ったのだ。
『裁定シタトコロデホムラオは納得シナイダロウ』
とも。
『ヤルガイイ、情ケナド受ケヌ』
そして、当の番人もまた助命を拒絶した。
「っ」
悲しげな顔で瑞樹の振り下ろした日本刀によって、戦いは終わる。
「お疲れ様。……さてと」
カードへと殲術道具を大切そうに収め、システィナが振り返れば、そこには既に助け出した者を囲う幾人かの仲間達の姿があった。
●再起を願い
「今、なんだけどな――」
無言のクロキバを前に、信彦は語り始める。武力派の竜種化へと武蔵坂の灼滅者達が対応に当たっていること、しかし対応にも限界があり、今後も続けば灼滅する場合があることを。
「武力派ではない竜種が別組織に居て、竜種化した武力派も狙われるかもしれねぇ」
「このままでは竜種化で知性が低下して意思疎通が出来なくなり、イフリート勢力自体が危うくなってしまうのではないか?」
「アフリカンパンサーの復活を見過ごしガイオウガの力も奪われれば、知能を失い暴徒と化したイフリート達は易々と知恵の働く別種族の手に落ちて利用されるだろう」
「知性を失ったイフリートが他組織に利用される可能性は否定出来ない。あなたは、これを看過出来るのか?」
状況の説明へ瑞樹の発言から紫王の声を挟む形で共に加わりつつ喬市も問い。更に言葉を続け。
「鶴見岳で『共闘』の話を聞いた者として、譲れないものがあった中で武蔵坂へ義理を通した対応へ俺は心から感謝している。また、あなたの高潔さはダークネスや人の区別なく尊敬に値する」
「同感だ。クロキバ殿の持つ戦士としての心構えと潔さに義心、主のガイオウガに対する忠義それは敵ながら見事であり、私も敬意を抱いている」
ミゼは頷くと、反応を待つも語りかけた相手はまだ無言のまま。
「あんたは賭けをして負けた。俺達も原因であり恨まれるのは当然だ」
再び口を開いた信彦は、だからって戦いを止めるつもりはねぇと付け加える。
「止めたら、灼滅したダークネスも助けられなかった命も報われない、仲間がこの先も背負っていく。俺は、きっと後悔する。……クロキバ、あんたはどうなんだ」
『……ガイオウガ様復活ニ結ビツクナラバ、手段ハ問ワヌ』
信彦の問いかけへ短い沈黙の末口にしたのは、獄魔覇獄でクロキバ自身が口にした言葉だった。
『ソウ思イ獄魔覇獄に挑ンダ結果、多クの者が倒レタ』
代償無しに目的を果たせるはずもない、だがクロキバにとっての獄魔覇獄で失ったのは、仲間だけでは無かった。それでもガイオウガと仲間を思い、武闘派達の暴挙を止めようとするも失敗、それどころか炎の檻に囚われた事実は物語る。
「貴方は己が主の為に行動していたが、それを責められるのは筋が違うというもの。むしろ組織として強固にしていたのは貴方の尽力あっての事ではありませぬか」
だが、ミゼは反論した。
「上に立つ者だからと決定の全てに責任を負う必要はないはずだ。あなたに従いついていくことを最終的に是としたのは彼ら自身だ」
後になって上を責めるのは的外れだな、と喬市も続け。
『ホムラオ達の言ウコトモ半分は間違ッテはイナイ。俺が獄魔覇獄に出ナケレバ死ナズに済ンダモノが大勢居タノは事実ダカラダ』
だが、二人の言葉に対してクロキバは首を横に振る。その胸中にあるのは、迷いかそれとも。
「零桜奈」
名を呼ばれた時、零桜奈は既にクロキバへ向け歩き始めていた。
(「…………イラつく」)
宿敵のくせに引き摺ってウジウジと、とは声に出さず激情を全て握る拳へ籠め。
「ぶみっ」
頬目掛けて繰り出した一撃は、一人のイフリートを殴り飛ばした。
「え」
ただし、割り込んできた少女を。
『チャ……シマ?』
『みぃ……クロキバ、殴ル、駄目』
身を起こした少女は、そのまま零桜奈の前に立ち塞がる。説得されても尚、落ち込んだままならば気付けに一撃殴る。仲間達と相談した上での最後の手段であったが、少女が割り込んでくるのは想定外だった。
『チャシマ、話ス、苦手……出来ル、動クコト』
通訳するなら、自分は会話より行動で示すタイプだといった所か。ひょっとしたら励ますのに協力してくれと言われて承諾したものの、難しいことが苦手なイフリートのためここまで言葉が見つからなかったのかもしれない。
「…………貴様……何の為に……「クロキバ」に……なったの? 白の王……セイメイの……復讐者と……なったんじゃないの? いつまでも……下を向いてないで……前を見ろ……貴様の……覚悟は……その程度なわけ?」
そんな少女の肩越しに、零桜奈は言葉を投げた。
「イフリートは勇敢だ。だからこそ道を誤りやすい。それを正しい道に導けるのはあんただけだ」
和志も訴え。
「目的を違え、獄魔覇獄で協力を断り君の勢力を壊滅させた。大河虎次郎だってそう」
徐に口を開いた紫王は、事実を挙げ。
「君が灼滅者に牙を向くなら俺は君の敵になる。君もそうだろう」
そして確認する、ただ。
「けど今は――クロキバ、君を今でも信じてくれる仲間がいる」
最後の言葉を口にした時、視線はクロキバではなくイフリートの少女へと向いていて。
「クロキバ、あんたにはまだついてきてくれる仲間がいる。そんな奴が一人でもいる限り立ち止まってちゃダメさ」
後をついだ和志は、続ける。
「それに俺はあんたを信頼してるんだ。敵とは言えあんたがパンサーに借りを返したいなら、俺個人で出来る範囲なら情報提供でも共闘でもするぜ?」
「そうだ、武闘派を止められるのは貴方しかいない。貴方が武闘派を抑えてくれたお陰で起きずに済んだ事件があった。その借りを少しでも返す為に私も協力したい」
そのまま具体的な連絡方法にまで言及しようとした和志に乗る形で、瑞樹も申し出て。
「原因にもなった私達が言うのは図々しいと百も承知だがそれでも頼む!」
「クロキバ殿。イフリート達は貴方が居なくては暴徒と成り果てる。このままではかつての時と同様、緑の王や白の王につけ込まれるや必定。どうか今一度、決起を」
話に加わるミゼの声を聞きつつ、システィナも口を開く。
「大人数をまとめるって凄い大変な事だと思うんだよね。一気に失敗が続いて落ち込むのもわからなくはないけど……難しい話は他の皆がしてるから省かせてもらって、キミが居たからキミ達は今まで纏まっていたって言うのは事実だし、今後だって大人数を纏める為には上に立つ者は必要だよ」
それはキミにしか出来ないんだからと促したのだ、もう一度挑戦することを。
『……クロキバ』
「辛いのはお前を慕ってる仲間もだろうが。仲間失ってバラバラになって、それでもあんたが戻るのを待ってる、そんな奴等をあんたは放っておけるのか?」
ポツリと男の名を呼んだ少女を横目で見て、信彦は問う。そんな一同の思いは届いたのか。
『今ハ、考エサセテクレ』
いくつもの声をかけられたクロキバは、短く答えると足を前に踏み出した。
『……クロキバ?』
慌てて寄り添う少女と共に去って行く背に覇気はなく。
「クロキバ、あなたは正確な情報をもとに分析を行いその時正しいと思ったことをすれば良いと俺は思う。あなたの判断力こそが、他のイフリート達を率いることができる力だ」
喬市の声に一度だけ振り返ると、木々の茂みの中へと消えた。
「立ち直ってくれるだろうか」
「どうだろうな」
無反応ではなかったと言うことは、些少なりとも効果もあったのだろう。
役目を果たした一行は山中を後にする、先に去ったクロキバが何とか立ち直ってくれることを祈りながら。
作者:聖山葵 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 10
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