放浪のナミダ姫

    作者:ねこあじ

     大きな岩の上へ、軽やかに降り立つ。
     冷たい夜風に舞うヴェールが視界を遮り、彼女は指先で軽く払った。
     草木の茂る鬱蒼とした山中から一転。尾根は疎林で視界はひらけ、眼下には麓の集落の明かり、見上げれば星空。
     風景を眺望するなか、スサノオの姫・ナミダは呟く。
    「古の約定は果たされた。儂はこれから何をすれば良いのか……」
     穏やかな声だった。
     今や、目的も寄る辺も無い。気の向くままに歩み、放浪する。
     またもや風でヴェールがはためき、擦れ合う飾り石が小さく音をたてた。ヴェール越しに見る世界は、霞んでいる。
     彼女は大きな岩の上から、落ち葉が敷き詰める柔らかな地面へと着地した。
     そこには山道があった。人が歩き、自然と作られていった道。
     目的があって進む道だ。ナミダは、感情を見せないその目で、じっと見つめた。


    「年末年始のお忙しいなか、集まっていただきありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が柔らかな微笑みをうかべ、教室にやってきた灼滅者を迎え入れる。日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)へと頷いてみせた。
    「武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将をしていた、スサノオの姫・ナミダの足取りがわかりました。
     現在の彼女は、目的も無く放浪しているようで、新たな古の畏れを生み出すということもしていないようです」
     教室に集まった灼滅者達から安堵の息が漏れ、少しだけ緊張の解けた雰囲気となる。
    「彼女が恐ろしいダークネスであることは間違いありませんが、目的を失った彼女に、なんらかの道を示すことができれば、今後の危険度が大きく下がるかもしれません」
     ひとつ、アクションを起こしてみようという提案。それはナミダにとって『きっかけ』になるかもしれない。
     武蔵坂学園も、何らかの情報を得ることができるかもしれない。
    「ナミダ姫が人狼に接触を図るかと思っていましたが、人狼の私がナミダ姫に接触を図ることになるとは……」
     霊犬のシュトールをひと撫でし、白銀は言った。
     続く姫子の説明は、再び教室内に緊張感をもたらすものだった。
    「勿論、こちらの都合の良いように操るような交渉をすれば、武蔵坂との決定的な対立を招く危険も出てくるかもしれません。
     場合によっては、その場で戦闘に発展する危険性もあるので、言動には注意が必要だと思われます。
     スサノオの姫・ナミダが、人間形態のままで戦闘をするのならば、手も足も出ないということは無いでしょう」
     だが、と姫子は言う。武神大戦獄魔覇獄にて黒いスサノオに変じたナミダ。
    「彼女が黒いスサノオの姿になった場合は、一瞬でも早く撤退する以外の方法は取れなくなります。
     よほど怒らせた場合か、あるいは、ナミダを追い詰めない限りは、黒いスサノオの姿になることは無いはずですが、万が一のことを考え、脱出方法などは考えておく必要があるかもしれません」
     姫子が地図を示す。山道を登っていけば、ナミダに辿り着く。山道を外れれば直ぐに鬱蒼とした山中へと入る。
    「武神大戦獄魔覇獄では、彼女の心に響くものがあったようです。
     彼女が、皆さんを――灼滅者を通して何かを見つけ、道を見出すかもしれません。
     それがどんな道となるのかは、まだ、私達には分かりませんが……」
     どうあれ、決めるのはナミダ自身だ。
    「学園としても、良い情報が得られれば良いですね」
     そう言って、姫子は灼滅者を送り出すのだった。


    参加者
    白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)
    日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)

    ■リプレイ


     地を踏みしめる音。
     隠そうともしない灼滅者達の気配に気付いていたのか、ナミダは八人を迎えるように待っていた。とはいえ歓迎している雰囲気ではない。
     静かに佇むその姿は速やかに攻撃を仕掛けられるものでもある。
     鬱蒼とした山道を抜け、片倉・純也(ソウク・d16862)が明かりの照度を落とした。柔らかくなった光が周囲を照らす。
    「こんばんは、武蔵坂学園の者です。私は園城瑞鳥」
     園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)が静かに佇むナミダへと声をかけ、続けて学園のことを話した。
    「武蔵坂学園は灼滅者組織で、人間を守るために闘っているんです。目的のためでしたらダークネスとは利害次第で共闘をすることもあります」
     まだあまり学園のことを知らないであろうナミダへの配慮だった。相手は微動だにしない。
    「ずっと会いたいと思ってたんだ。レインだ。大地を意味する一族の、人狼だよ。こちらはギン」
     レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)に呼ばれ、霊犬のギンがぶんぶんと尻尾を振った。
    「良い夜だな。アタシは日輪一族の玲迦と言う。もし時間があれば話をしないか」
     日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)の声は、どこか上擦っていた。ナミダの強さを純粋に尊敬している玲迦は、敬意が溢れんばかりだ。その赤の瞳も輝いている。
     ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)は無敵斬艦刀を地に刺し、武器から手を離した状態で名乗った。
    「……ナミダ姫、先の戦いで貴女を守った狼達に俺は心を惹かれた。人造灼滅者の俺の体はスサノオだ。この中では一番貴女に近しいとも言えるな」
     ナミダはラススヴィの声を静かに聞いていて目立った反応も見せないままだが、その視線は彼の腕に向けられている。
     純也と共に白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)は名乗り、今回ここに訪れた理由を改めて言う。
    「お話にきました。戦う心算はありません」
     各人、武器を携帯してはいるものの、手を離している。そこをナミダはどう捉えるのか――。
    「情報交換と思って、お付き合い頂けませんか?」
     澄んだ空気のなか、よく通る朝乃の声。
     風で擦れる木々の音や、夜独特の静寂が、いつの間にか消えていた。否、恐らくはこの場に踏み込んだ時から。
     それに気付いたのは純也だ。不自然なほどに、自然を感じ取ることのできない空気。その中枢に自身は置かれている。
     警戒を高めようと純也が視線を巡らせたその時、天星弓を無造作に抱えて風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)が歩き出した。
     やはりナミダは動かない。近付いた彼方はナミダに武器を差し出した。
    「僕は風華彼方だよ。戦いにきたわけじゃないんだ」
    「…………」
     差し出された弓を見たナミダはやや気が削がれたらしく息を吐く。
     ざざぁと木々が風に薙がれる音が生まれ、その瞬間、じわりとした威圧の空気に取り囲まれていたことに各々が気付いた。既に霧散した異様な風。
    「武器を携行し、話をしに来たと申すか」
     武神大戦獄魔覇獄では敵同士であったからこそ、彼女は灼滅者を見据え立っていた。
     ナミダは差し出されている彼方の弓をそっと押し戻す。
    「よい。それは、其方が自身で持つがよい。儂は汝等と拳を交えておる――得物頼りの戦法でないのは知るところじゃ」
     そう言って、視線で彼方をさがらせた。その目は、ようやく彼方を「一人」として認識しているようだった。
     個々の誠意は見てとれる。だがそれはナミダが個として灼滅者一人一人を見た場合だ。一見、武装した状態では真意は濁り、見てもらえない。
    「申し訳ございませんでした。お初にお目にかかります。私は日輪……人狼の一族の白銀と申します――貴女のことを教えて下さいませんか」
     日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)が丁寧に申し出る。
    「何故」
    「古の約定……約束を守る貴女は信用できます。だからこそ、知りたいのです」
     朝乃の応じる声に、ナミダは考える様子をみせ、やがて頷いた。
    「汝等は獄魔覇獄の勝者でもある。今は、応じようぞ」


    「立って話すのはしんどいからね」
     そう言った彼方が敷物を広げて座る灼滅者たち。やや距離を置いて小さな岩に座るナミダは言葉を待っていた。
    (「我欲の無い存在など俺は聞いたことがない。ダークネスならば尚更不可解だ」)
     静かに待つナミダの存在を感じとり、純也は思った。
    (「それとも埋もれているだけか」)
     特に考えもなく放浪していた様子のナミダ。
     気になっていることは沢山ある。
     どこか強張った空気のなか、慎重に言葉を選び、朝乃が話を切り出す。
    「獄魔覇獄では皆、鳴歌ちゃん目当ての戦いでした。私達は、私は彼女を守る為でしたが……貴女も何かを守って戦ってる様に見えました。だから気になって」
     朝乃は膝の上で、きゅっと拳を作った。ナミダの目から目を逸らさない。
    「古の約定とは何ですか?」
    「それ程に大切な約束だったのですか?」
     白銀も気になって問うた。
    「獄魔覇獄は盟約に従い参じた。借りを返しにきたのだ」
     ――後半、噛み砕かれた言葉。分かりやすくなった。
    「借り?」
     レインが呟く。先の戦いでは、あんなにも沢山の勢力が集っていたのは珍しいと彼は思っていた。
     あの中に、ナミダに借りを作らせたダークネスがいるのか。
    「業大老に助けられた事があった。昔の事だ」
     それ以上は語らない様子をみせるナミダ。レインは頷いた。
    「だから古の約定なんだね」
    「アンタ、義理堅いんだな」
     感じるままを言葉にする玲迦。とても昔に交わされたものなのだろう。
     となると現在の地理的なものがナミダには分からないかも知れない、が、そもそも興味もないことかも知れない。そう思いつつ、ラススヴィは新宿防衛戦のきっかけとなった件を尋ねた。
    「三重県四日市市の巨大地底洞窟に封印されていたスサノオに心当たりはあるだろうか?」
    「物による」
     淡々としたラススヴィの口調に、やはり淡々とナミダは答えた。
     ラススヴィは魔法陣を描いた紙を取り出す。スサノオの転移に使われたものだ。殲術病院からスサノオを奪ったのは白の王セイメイ。スサノオの姫が警戒すべきだろうことも言い添えた。
    「彼は白炎換界陣なる紋様も使うようです」
     白炎換界陣の説明をするのは朝乃と純也だ。
    「関連性が垣間見える。しかし今だ不明瞭」
    「セイメイが何を企んでいるのかは、知らぬ」
     一連の流れを聞き、ナミダは答えた。そこで終わるかとも思った答えは、だが、と続けられる。
    「白炎換界陣。日本すべてのブレイズゲートを一つに束ねれば、それ、すなわち、スサノオ大神なり」
     ブレイズゲートの捉え方を尋ねたいと思っていた純也は思案する。エクスブレインの視界が巨大な白い炎の柱で遮られてしまう場所。
     一つの小さな火でも、二つ合わされば炎となる。一つ一つの小さなブレイズゲートを束ねて大きくしていく。そういうことなのだろう。
     セイメイの話から続けて、ソロモンの悪魔ハルファスのことも丁寧に教えるラススヴィ。なにぶん、霊玉のことを知らなかったナミダである。ハルファスもやはり各種結界を手にし、竜種イフリートを確保しようという動きが垣間見えたことがあった。
     ナミダの様子を窺えば、灼滅者たちを特別気にする様子もなく、ただ話を聞いている。今の流れに身を任せているようでもあった。
     レインと一瞬、視線を交わした瑞鳥が声をかける。今のところ、ナミダからの要求や質問がないことが気になったのだ。
    「あなたは、何か、知りたいことはありますか?」
     説明できることとできないことはあるけれど――そう思いつつ、瑞鳥は申し出る。
    「今は、汝等の話で充分じゃ」
     瑞鳥は頷いた。友好的という雰囲気ではないが、今のところ穏やかに話はすすめられているので、そのまま流すことにした。
     彼方がびしっと手を挙げた。
    「鎖の予兆でナミダ姫とアカハガネが、猫のサーヴァントの事話してたのが見えたんだけど」
     瞳は好奇心で輝いている。
    「猫のサーヴァントなんて初めて聞くもん。犬は学園でもつれている人が居るけれど、猫は見ないし……」
     霊犬たちを見る彼方に、ナミダは答える。
    「サーヴァントか。遠からずお前達の前にも姿をあらわすだろう」
    「そっか。猫、いまどこにいるんだろう」
     どんな猫なのか、すごく気になっていた。
    「サーヴァントは旅立ったんだったね。貴女は、これから何をしようか、決まったかな。アテもなく放浪しているように思えたから」
     ナミダはこれからどうするのか、そんなことを思い、レインは尋ねた。


    「貴女は今、目的を失っているように見えます」
     鎖の見せてくれた兆しを思い出しながら、白銀が言う。
    「いろんな組織があるから、見て回るのも良いんじゃないかな。個人的にはクロキバの所に行くのも良いと思うけど、他のスサノオをまとめるのもありかな?」
     彼方が指折り数えつつ提案をしていった。
     情勢は常に動いているのだ。
    「決めかねるなら寄り道は如何かと」
     そう言った純也へと、彼女は目を向けた。純也の仏頂面に磨きがかかる。
    「先を探している最中や、多様な夢を持つ者達との会話から得られる視点も恐らくある」
    「寄り道か。それもまた良し」
     淡々かつ落ち着き払った純也の言葉にナミダは頷いた。
    「なので、武蔵坂学園にも見学に来てみませんか?」
     提案するのは瑞鳥だ。
    「現代の灼滅者組織を、直接目にする事は貴重な体験になると思うんです。私達の事をより良く知って貰えるととても嬉しいです」
     控えめな、あくまでもナミダに任せるという提案だった。
     瑞鳥は微笑んで言葉を続ける。
    「大淫魔ラブリンスターを学園祭に招いた実績もあります。危険な目に合わせない事は約束いたします」
    「あいわかった」
     やはり、ナミダは頷いた。
     おいしいものもたっくさんありますよ、と瑞鳥。
    「学園には沢山のルーツが集っているんです」
     ルーツというのは己のダークネスに起因するものだと言い添える朝乃。ナミダが踊り子さんのようだと気になりながらも言葉を続けた。
    「私はサウンドソルジャーで、人の繋がりや音を楽しめる日常を守る為に戦っています」
    「強いヤツってのは尊敬できると思う。アタシらが束になってかかっても、アンタにゃ敵わねーだろう」
     正座した玲迦が、真っ直ぐな視線でナミダを見上げた。
    「武蔵坂には、アタシみてーにアンタを尊敬してるヤツが何人もいる。無理にとは言わねーけど、ひとつ稽古でもつけてくれないか」
    「相手には当然の事や認識も落ち着いて知れる機会は得難く。気さえ向けば学習機会を得たい」
     玲迦と純也が言い終わるのを待ったナミダは、目を閉じたのち、座していた岩の上に立った。舞うヴェールがランプの光りに照り返し、淡く輝く。
     別れの気配に灼滅者たちも一人、二人と立ち上がった。
    「気が向いたら連絡してほしい。連絡手段は任せるね。ここにいる皆、誠意を持ってそれに応えよう」
     レインが石版の手紙や神社に書置きなどの連絡手段の例をあげたのち、白銀がどこか嬉しそうに耳と尻尾をぱたぱたさせた。
    「応えてくださってありがとうございます」
    「言葉を交わし、良き別れとなれたこと、感謝する」
     ラススヴィの一礼を見て、玲迦も慌てて真似をするように動く。
     そんな灼滅者たちを眺め、ナミダは口を開く。
    「寄る辺は無けれども、寄り道は可能か。汝等の申し出、確約はできぬが、しばし、今の世を見て回るとしよう」
     ナミダの放浪は、情勢次第ではしばらく続きそうでもある。
     スサノオの姫が遠ざかり、身を覆うヴェールが闇に溶けて見えなくなるまで、灼滅者たちは静かに見送るのだった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 21
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