竜種化・暴走・イフリート!

    作者:三ノ木咲紀

     誰も足を踏み入れないような山深い岩場の源泉に、一匹の獣が身を沈めていた。
     灰色の毛並みをした大型の犬……いや、犬の姿をしたイフリートだった。
     こんこんと湧き出す源泉の温度は、冬の外気に触れてさほど高くはない。野生動物が入りに来そうなものだが、そこにはイフリートしかいなかった。
     イフリートは源泉に身を浸し、ただひたすら源泉の力を溜めこみ続けた。
     イフリートは怒りに燃えていた。
     獄魔覇獄の戦いで、大暴れしたかった。
     灼滅者だろうと六六六人衆だろうと、片っ端からのして潰してクロキバに道を開き、ガイオウガ様に捧げてやりたかった。
     だが、クロキバはイフリートに対して待機を命じたのだ。
     その結果、クロキバは敗北。多くの仲間も灼滅された。
     イフリートさえ前線に出ていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
     やってくる敵を全部倒して、クロキバを獄魔大将にしてやれたはずだ。そうに違いない!
     イフリートの怒りで水温が上がり、源泉が沸騰する。
     もうもうと立ち上る湯気を浴びたイフリートの体毛が、灰色から赤銅色へと変わっていった。
     体毛の色が変わるたび、イフリートから知性の光が失われ、野生化・狂暴化する。竜種化しているのだ。
     ここで力をつければ、ガイオウガ様が復活するに違いない。
     クロキバは何か言うかも知れないが、知ったことか。俺は俺の、やり方でやる。
     ガイオウガ様を復……活させるには、サイキック、パワーが、、足りない。もっと、集めて、そう……。
     獣の咆哮が、山中にこだまする。
     竜種化したイフリートは、サイキックパワーを集めるべく岩場を蹴った。
     目指すは麓の温泉街。そこに行けば、サイキックパワーを集められるだろう。
     イフリートは猛然と山を駆け下りた。


    「新年あけましておめでとうや! 今年もよろしゅう……ってお屠蘇気分したいとこやけど、そうも言ってられへん事件が起こったんや。みんなの力、貸したってんか?」
     くるみは教室に集まった灼滅者達を見渡した。
    「年末の獄魔覇獄で敗北したイフリートやけどな。クロキバはんとこの穏健派が、力を失うてもうてん。残った武闘派イフリートが『自分らは自分らの力で、ガイオウガを復活させたるわ!』てな感じで活動を始めたんや」
     その方法とは、自らが竜種化イフリートとなること。
     竜種イフリートは強い力を持つが知性が低く、目的を果たすためなら短絡的で直接的な手段に出る。
     ガイオウガを復活させるという目的のために、必要なサイキックパワーを集めるべく大暴れするのだ。
     その結果、麓の温泉街が壊滅的な被害を受けてしまう。
    「もちろん、んな方法じゃガイオウガを復活させることなんか不可能や。もしできるなら、クロキバはんも大暴れしとるはずやしなぁ。せやけど、今まで穏健派に抑えられていた反動もあるし、勢いで竜種化してまうイフリートも多いみたいや。みんなは源泉に行って、イフリートの竜種化を止めたってんか?」
     イフリートは一体のみ。人払いの心配はないが、源泉は山頂の岩場にあるために足元が悪い。
     接触は昼間。灯りの心配はない。
     イフリートの実力は、中堅といったところか。絶対に勝てない相手ではないが、油断は禁物だ。
     ただし、イフリートは源泉で力を溜めているため、戦闘開始から十分後には完全に竜種化してしまう。
     そうすると、能力が強化され知性が低下し、灼滅するしか方法はなくなる。
     イフリートのポジションはクラッシャー。ファイアブラッドに似たサイキックを使う。
    「イフリートは最初、みんなの言葉に聞く耳持たへん。けど、ある程度ダメージが行って『竜種化してもすぐに倒されるんやないか?』て思わせられたら、竜種化をやめるように説得することも可能や。せやけど」
     くるみは言葉を区切ると、身を乗り出した。
    「なんやかや言うても、相手はダークネスや。実際に説得するかどうかは皆に任せるわ。説得するにしても、時間内に説得できん思うたら、灼滅に切り替えんとあかん思うで。イフリートを灼滅するか、説得して麓の温泉街に被害が出んようにして欲しいんや」
     頷く灼滅者を、くるみは見渡した。
    「貴重な冬休みに、依頼してもうて堪忍やで。みんな、気ぃつけて行ってきたってや!」
     くるみはにかっと笑うと、灼滅者達に頭を下げた。


    参加者
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    神楽火・國鷹(鈴蘭の蒼影・d11961)
    緑風・玲那(天界へ導く紅き翼・d17507)
    四季・彩華(魂鎮める王者の双風・d17634)
    韜狐・彩蝶(白銀の狐・d23555)
    暮菜・緋鳥(まだまだ雛鳥・d31589)

    ■リプレイ


     源泉に身を浸したイフリートは、現れた灼滅者達にゆっくりと目を向けた。
    「……ナニヲシニ来タ?」
    「温泉パワーを集めて竜になろうとしているイフリートを、止めに来たっすよ」
     暮菜・緋鳥(まだまだ雛鳥・d31589)の言葉に、イフリートは低い声で嗤った。
    「ナルホドナ。オ前達ハ、ドコマデモ俺達ノ邪魔ヲシヨウトイウノダナ!」
    「竜化したら、知性が下がっちまうんだろう? こんな所で『お前』を捨てちまっていいのかよ?」
     真剣な椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)の言葉に、イフリートは低く唸った。
    「ガイオウガ様ノ復活ハ、俺達ノ悲願! 俺ハ俺ノヤリ方ヲ貫ク!」
     岩場の源泉から一歩前足を出したイフリートは、大きく口を開くと灼滅者達に向かって炎のブレスを吐き出した。
     とっさに散開した前衛に、灼熱のブレスが襲い掛かる。
     迫る熱気に耐えながら、緑風・玲那(天界へ導く紅き翼・d17507)は、少しの迷いを乗せつつイフリートに語り掛けた。
    「どうしても、竜種化を止めないのですか?」
    「クドイ!」
    「……なら、そちらが納得するまで、当たるのみ!」
     戦うことを決意した玲那の後ろから、影がイフリートに放たれた。
     セラフィーナ・ドールハウス(人形師・d25752)の影業は人形の繰糸のように伸び、イフリートを絡め取ろうと動く。
     繰糸から逃れようと大きく後退したイフリートに、セラフィーナは背後のビハインドを呼んだ。
    「騎士! 今です!」
     態勢を崩したイフリートに、聖堂騎士が突進をかけた。
     馬を駆っているかのような勢いで繰り出される盾が、イフリートを弾き飛ばす。
     何とか岩の上に飛び乗ったイフリートに、白い閃光が奔った。
    「灼き尽くせ!」
     声と共に九尾の白狐の姿に変化した韜狐・彩蝶(白銀の狐・d23555)は、右前脚をひらめかせた。
     爪のように伸びた焔天刃が、イフリートを引き裂く。その後を追うように、雷が地から天へと放たれた。
     四季・彩華(魂鎮める王者の双風・d17634)の拳が、イフリートの顎を正確にとらえる。
     雷を帯びた衝撃によろけたイフリートの足に、光線が突き刺さった。
    「そこで大人しくしておれ」
     和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)の愛銃・Lanzeから放たれた光線は、イフリートの足を大きく縫いとめた。
     イフリートは大きくうごめくと、風穴の開いた足をなめる。
    「天上の風よ! 悪しき炎を祓え!」
     神楽火・國鷹(鈴蘭の蒼影・d11961)の声と共に、一陣の風が前衛を吹き抜けた。
     灼熱のブレスによる火傷が、吹き抜ける風に少しずつ癒えていく。
     Lanzeのスコープから目を離した風香は、イフリートを見た。
     イフリートの足首までが、赤銅色に染まっている。竜種化の進むイフリートに、風香は眉をひそめた。
    「余り時間をかけると、竜種化されてしまうのぅ」
    「なら早く、竜種化しても無駄だということを、教えてあげないとね!」
     痛みの残る腕をさすりながら、彩華は笑みを浮かべた。


    「頭を、冷やしやがれ!」
     裂帛の気合と共に、武流のヴァリアブルファングが、炎を纏いイフリートに叩き込まれる。
     その攻撃を敢えて受けたイフリートは、にたりと笑うと爪を閃かせた。
     物凄い勢いで振り抜かれた爪を受け、武流は岩場に叩き付けられた。
     炎に巻かれた武流に、玲那はスレイヤーカードを解放し、祭壇を展開した。
    「深淵の先を逝く者達を祓う光の加護を!」
     声と共に展開される光の祭壇から、癒しの力が舞い降りる。
     光はまるで水のように降り注ぎ、武流の傷と炎を癒していった。
     武流にほんの一瞬気を取られたイフリートの隙を、彩華は逃さなかった。
    「よそ見してると、危ないよ!」
     赤いスカーフをなびかせながら、一気に跳躍した彩華は、鬼人の腕に変容させた腕を振り上げた。
     そのまま、脳天めがけて振り下ろす。岩場にめり込む勢いで叩き込まれた攻撃に、イフリートは低い唸り声を上げた。
    「マダダ……。マダ、ヤレル!」
    「強大な力も、使う者の頭が悪くなっては宝の持ち腐れっすよ!」
     よろりと立ち上がったイフリートに、緋鳥はエアシューズを起動させた。
     一筋の強い軌跡を描いたエアシューズが、イフリートのこめかみを直撃する。
     吹き飛ばされたイフリートは、岩場に反対側の頭をしたたかに打ち付け、叫び声を上げた。
     叫び声をかき消すように、白狐の九尾がざわりと伸びた。
    「全身全霊で、相手をするよ!」
     勢いに乗せた尻尾で加えられる強力な連撃が、イフリートの強靭な毛皮をなめすように繰り出される。
     何とか身をよじって逃げ出したイフリートが、勢い良く岩場を蹴って距離を取ろうとした。
     飛び出したイフリートの目の前に、赤い標識が迫った。
    「止まってください!」
     駆けるイフリートを迎え撃つように、糸で繋がれた小さな「とまれ」の標識が直撃する。
     遠心力も加わって倍の威力となった交通標識に、鼻面をぶつけたイフリートは岩場に向かって落ちていった。
    「狙い撃ちじゃな」
     空中に投げ出されたイフリートを、Lanzeのスコープが正確に捉えた。
     光線が薙ぐ。
     光線はイフリートの胴に突き刺さり、苦しげな咆哮が山中に響いた。
    「源泉ノ力デ竜種化スレバ、必ズヤガイオウガ様ハ……!」
    「貴様の望みを、俺は否定する」
     静かな宣告と共に、國鷹は再び清めの風を解き放った。
     癒しきれなかった傷が癒え、前衛の表情に余裕が生まれる。
     戦線を立て直した灼滅者達に、イフリートがフラフラと立ち上がる。
    「……俺ハ、マダ戦エル!」
     次の瞬間、空気が震えた。
     イフリートの咆哮で、源泉の湯が空高く巻き上げられた。
     舞い上がった源泉は、やがて重力に従ってイフリートに降り注ぐ。
     雨のように打ちつける源泉が、イフリートの傷を癒して赤銅色が大きくなる。
     傷を癒したイフリートは、灼滅者達に向かって猛然と突進した。


     戦いは、灼滅者達の優位に進んでいった。
     イフリートは源泉の力を取り込み、その力を強めていく。
     だが、灼滅者達の容赦ない攻撃に、イフリートは徐々に体力を削がれていった。
     イフリートはふらつく足をなだめながら、ゆっくりと立ち上がった。
     その目には、以前のような竜種化に対する絶対的な自信が薄れ、不安の色が浮かぶようになっていた。
    「俺ハ……。俺ハ、絶対ニ、ガイオウガ様ヲ復活サセル!」
    「竜種化して暴れ回るだけでガイオウガが復活するんなら、穏健派も既にやってるよ」
     彩蝶の指摘に、イフリートは一瞬押し黙った。
    「それに、竜化して力を得ても、知性が低下した状態では他のダークネスにいいように扱われるだけです。あなたはそれで良いのですか?」
     玲那の問いかけに、緋鳥は腕を組みながらうんうんと頷いた。
    「単純な相手は倒しやすいっすからね。それくらいなら、アツアツで効能たっぷりな温泉に浸かって、疲れを取る方がいいはずっすよ」
     二人の説得に、イフリートは唸り声を上げた。
    「ダガ、ナラ、ドウスレバイイ! クロキバハ失敗シタ! ガイオウガ様ヲ復活サセルニハ、竜種化スルヨリ他ニ方法ハナイ!」
    「がむしゃらに突っ込むだけが戦いじゃない。あの時クロキバが何故待機を命じたか、クロキバが守ろうとしたのが何か、もう一度考えてみろよ」
     誰よりも真剣に説得を試みる武流の言葉だが、イフリートは頭を大きく振った。
    「考エタ! 頭カラ火ヲ吹ククライ、考エタ! 今更考エタッテ、アノ時ヨリモイイ答エナンカ、出ナイ!」
     体の半分以上を赤銅色に染めたイフリートは、竜種化が進んでいる。
     駄々をこねるようなイフリートに、風香はやれやれと言いたげに頭を振った。
    「なぜクロキバが今、戦力を温存しようとしたかも考えつかぬのか。それが分からぬのであれば、さっさと灼滅された方が良いのではないかの?」
     風香の言葉に、イフリートはびくりと体を震わせた。
    「クロキバハ失敗シタ! 戦力ヲ温存シタノハ間違ッテイタ! 竜種化シテ戦力ヲ増ヤセバ、ガイオウガ様ガ復活スルコト、俺ガ証明シテヤル!」
     イフリートは吠えると、狂ったように自分の前足に牙を立てた。
     炎の血が溢れ出し、イフリートを包み込む。炎を纏ったイフリートの目から、理性の光が消えていくのが見て取れた。
     イフリートの竜種化が進行する。体の八割近くが赤銅色に染まったイフリートに、國鷹は冷静に指示を出した。
     こうなっては、もはや打つ手はない。人々を暴虐から守るためにも、灼滅するしかない。
    「時間切れだ。竜種化する前に灼滅するぞ」
     セラフィーナに癒しの矢を放つ國鷹に、彩華は頷く。一気にイフリートとの距離を詰めると、手にした侵蝕の針 -白衣の堕天使-を閃かせた。
     イフリートの首筋に、サイキック毒が注入される。襲う痛みに、イフリートは大きく暴れて距離を取った。


     イフリートは大きく息を吸い込むと、灼熱のブレスを吐き出した。
     怒りと混乱、竜種化によって溜められた力を込めたブレスの威力は、最初のものとは桁違いだ。
     容赦ない攻撃が、前衛に襲い掛かる。
     炎の壁のようなブレスが前衛に直撃する直前、セラフィーナと聖堂騎士が動いた。
     彩蝶の前に割って入ったセラフィーナは、ものすごい炎の圧力に思わず膝をついた。
     体中が熱い。めまいにクラクラするが、一撃で倒れたりはしない。これならば、まだ戦える。
    「こうして私たちに勝てるかどうかわからない。そんな程度の強さでは、目的はきっと果たせませんよ?」
    「ウル……イ!」
     吠えるイフリートに、無数の白い矢が突き立った。
     彩蝶の左前脚から放たれた鋭い毛のような矢が、炎の加護を無効化する。
    「馬鹿野郎がぁっ!」
     武流が怒りと共に、無数の拳をイフリートに叩き込む。やるせない思いを乗せた拳を受けたイフリートは、ただ低く唸るだけだった。
    「他のダークネスに利用される前に、倒すっす!」
     緋鳥の周囲を舞う光の輪が、イフリートに向かって放たれた。
     鋭く回転しながら空を裂くリングスラッシャーに、イフリートはとっさに駆けだして避けた。
     イフリートの逃げた先を読んだかのように、彩華の星空の勝風 -天風の織姫-が蒼白い炎を上げた。
    「君の目論見を、終わらせるよ!」
     蹴り上げられた衝撃で、イフリートが大きくのけぞる。何とか着地したものの、もはやイフリートに余力は残さていない。
     それでもなお灼滅者達に向かって駆けるイフリートに、風香は銃口を向けた。
    「状況も分からぬ馬鹿者が!」
     風香の砲撃が、イフリートに突き刺さる。
     体を大きく削がれながらも、イフリートは突進をやめなかった。
     もはや、自分が何をしているのか、なぜ戦っているのかさえ理解できないだろう。
     敵がいるから進む。それしか考えられないほど竜種化の進んだイフリートを、玲那は切なそうに見遣った。
     可能ならば竜種化を止めてやりたかったが、こうなっては仕方がない。玲那はエイルの盾を構えた。
    「止まらないというのなら、止める!」
     突進するイフリートの鼻面に、エイルの盾を叩き込む。弾き飛ばされ、岩場に倒れたイフリートは、もはや動くことさえ難しかった。
    「隙を見せたな」
     國鷹が構えたあかがいの右手から、影が溢れ出した。
     漆黒の影が、身を起こしつつあったイフリートを飲み込む。
     影に呑まれながらも、イフリートは何かと戦うように足掻き続ける。
     やがて影が消えた時、そこには何も残ってはいなかった。


     何もいなくなった源泉を、緋鳥は恐る恐る覗きこんだ。
     激しい戦闘で湯量は減っていたが、岩の割れ目からは何事もなかったかのようにお湯が沸き出ている。
    「ここの温泉に浸かると、まさか緋鳥も竜になってしまうっすか?」
     恐れおののきながらも湯に触れようとする緋鳥に、風香は苦笑いをこぼした。
    「そのようなことはないが……。せっかくじゃから温泉にでも入って、ゆっくりしていきたいのぅ」
    「そうですね。麓に温泉街があるそうですから、温泉に入って行きましょう」
    「賛成! お風呂でゆっくりあったまるんだいたい!」
     気持ちを切り替えるような玲那の提案に、獣人に戻った彩蝶が嬉しそうに手を挙げる。
     戦いを終えた灼滅者達は、一路麓の温泉街へ向かって歩き出した。

     誰も立ち入ることのない山奥の源泉は、今日も静かに温泉の恵みをもたらしていた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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