●陽炎まとう変貌
とある山中、小さな泉の傍らで、獣が低い唸り声を響かせていた。
クロキバ率いるイフリート勢の獄魔覇獄での敗北は、とうに知れ渡っている。
クロキバが頭がいいのは知っている。だから多少納得がいかないことにも出来る限り従ってきた。けれど結局、こうなったではないか。もう手段を選んでなどいられない。
「マッテル、モウムリ。カンガエテモムダ」
任されているのは小さな小さな泉。それでも源泉には違いない。
めき。めき。
音をたてて体が変わっていくと同時に、辺りにむっとするような熱気がたちこめ始めた。
クロキバがだめなら、自分たちでやればいい。
この力でガイオウガ復活の一翼を担うのだ。
●脳筋イフリートを説得せよ(物理)
年明け早々の招集を詫びながら、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は灼滅者たちを出迎えた。
「すまない。少しばかりややこしい事態が発生した」
先の獄魔覇獄における敗北により、クロキバら穏健派は発言力を著しく損じた。その結果武闘派のイフリート達が行動を起こすに至ったという。
「自らが竜種化イフリートと化して、な」
あれってなるもんだったのかという空気が流れた。その辺り、詳しいことはいまいち玄乃にもわからないという。
報告書で周知の通り、竜種イフリートは辺りの気温を上昇させ、範囲内の一般人の知能を極端に低下させる。イフリート自身も知能が低下するため、ガイオウガ復活の為にサイキックパワーを得ようと短絡的に暴れ出すわけだ。
「無論、そんなことでガイオウガの復活など望めん。急遽源泉に向かって、イフリートの竜種化を防いで貰いたい」
場所は京都の北部にある山中。
源泉を預かるのはシラミネというイフリートだ。一度接触したことがあり、ボール遊びが好きなところをついて穏便に済んだ。
「とはいえ、さすがに今回はそうはいかない」
接触は昼ごろ。
ファイアブラッドと同じ攻撃の他、額の角で突きかかるスパイラルジェイド、遠い敵にはブレイジングバーストで攻撃をしてくる。
戦闘を始めて10分が経過すると、竜種化により攻撃力が跳ね上がる。
竜種になっても倒されるのではないかと思わせるぐらい殴っておけば、説得で竜種化を思いとどまらせることが可能だ。
「要は殴られないとわからんということだ。遠慮なくボコってくれ」
もちろん説得はせず、灼滅するというのも選択肢の一つではある。
「知っての通り、竜種となってしまえば説得は不可能だ。10分での説得が不可能だと思ったら灼滅するしかない。説得か、灼滅かの判断は、諸兄らに委ねる」
気をつけて行ってくれ、と玄乃は眼鏡を押し上げて呟いた。
参加者 | |
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雨咲・ひより(フラワーガール・d00252) |
久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168) |
敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073) |
銀・ゆのか(銀屋の若女将・d04387) |
御厨・司(モノクロサイリスト・d10390) |
シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370) |
津島・陽太(ダイヤの原石・d20788) |
驪龍院・霞燐(黒龍の神子・d31611) |
●幼い炎獣
武闘派イフリートの蜂起。たまたま年始だったのだろうとは思うが、おちおち冬休みも決め込んでいられない。
「ダークネスにとって年末年始は関係なさそうですね~」
深々と吐息をつく久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)である。
冷え込む京都北部の山中。一行は敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)の【隠された森の小路】で、シラミネの居所までの最短ルートを一行は進んでいた。
「竜種化……自分の意思で出来るんだね」
雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)がぽつりと呟いた。
脳裏をよぎるのは、源泉防衛で一緒に戦ったイフリート。あの子は悪い子じゃなさそうだった。シラミネはどんな子かな。
銀・ゆのか(銀屋の若女将・d04387)も、しなる木や草が開ける道を急ぎながら呟いた。
「目的こそ、最終的に相容れないのは判っていますが……イフリートさんたち自体は嫌いになれない自分がいるんですよ、ね……」
紫電へちらりと目をやり、雷歌は渋面になった。父親をイフリートに殺され、自らも危機に追い込まれて灼滅者となった彼にとっては好ましい状況ではない。
「……なかなか複雑なものがあるがな。理性ふっとばされて暴れられるわけにはいかねえよ」
「元より考えの至らない馬鹿なのは確かだろうが、それでもまだ話の通じない奴でもない、とは、思う……」
前回、半ば強引に遊びに付き合わされたことを思い出し、若干言葉尻が危うくなりつつも、御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)はそう言った。何はなくとも殴って落ち着かせるしかないだろう、と腹をくくっている。
「だからこそ……理性を失ってまで、竜化して悲願を果たそうとするのは……止めなきゃいけないです。……ボール遊びが好きなあたり、ちょっと可愛らしいのもありますし」
「何としてでも止めてみせます!」
ゆのかの言葉を受け、津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)が意気高く宣言する。
ほどなく、一行は山中の少し開けた場所に出た。地面を覆っていた雪が、その一帯だけは解けて土が顔を出している。その中心で黒い毛皮の獣が低い唸りをあげていた。
なるほど、見た目は額にわずかに湾曲した角があるだけで、ほぼシベリアンハスキーだ。だが牛ほどもある犬はいるまい。二度目ましての司が見ても、1年経って体は大きくなったようだった。
「スレイヤー!」
振り返ったシラミネが毛を逆立てる。その体は異音をたてながら変化を始めていた。
「クロキバダケデナク、シラミネノ邪魔モスルノカ!」
竜種化を見過ごすわけにはいかない。驪龍院・霞燐(黒龍の神子・d31611)は気合いを入れた。イフリート相手は二度目だが、今回は竜種化を止めるという目的がある。
「少し話を聞いてもらえないかな?」
慎重に切り出した彼女に続いて、シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)が豆柴のてぃんだを伴って前に出た。
「竜種化……したら、ボール遊び……できなく……なるよ? てぃんだちゃん……ボール遊び……好きだから、一緒に遊んで……貰いたいの。ちょっと……待って……もらえない……かしら?」
てぃんだはつぶらな目でボールが出るのを待っているようだ。ボールと聞いて尻尾が反応しかかったが、なんとかシラミネは堪えた。鼻の頭にしわを寄せてぶんぶんと頭を振る。
「遊バナイ! 竜種ニナッテ、ガイオウガ様ヲ復活サセル!」
決意は固そうだ。予想はしていたのでシエラは時間を費やすのをやめた。カードの封印が解かれ、雷歌の手に無敵斬艦刀『富嶽』が現れる。
「竜種になったらてめえはどうなる、理性ぶっ飛んだまま狡賢い連中にいいように利用されてえか? ……単純に力だけで勝てるか試してみろよ!」
「シラミネ、利用サレナイ! 邪魔スルナ!」
苛立たしげに咆哮するシラミネに、人を寄せ付けぬ殺気を放ちながら撫子が微笑んだ。
「言って聞かない悪い子には折檻ですね」
「力ずくでも止めてみせます!」
10分で、竜種になっても敵わないと思わせる程に打ちのめす。陽太の寄生体が呑み込んだ妖の槍が駆動音をあげると、炎が噴き出した。
戦装束にそっと触れ、ひよりは大切な人を想った。この防具は彼からのお下がりだ。別の場所で戦う人へ想いを馳せ、ひよりが辺りの音を断ち切る。
(「わたしも頑張るね」)
●教育的指導
ふわりと袖が翻り、取り出したカードに口づけた撫子が力を解放する。
「『殺戮・兵装(ゲート・オープン』」
現れた長い十文字槍は彼女の丈を越え、桜の花びらのような炎を散らす。所作こそたおやかながら、穂先は空を裂いてシラミネに鋭く突き立った。まとう炎が体に這い回る。
怒りの咆哮と共にシラミネが地を蹴り、一歩も引かない陽太に咬みかかった。斬艦刀を掲げて割って入った雷歌が、代わりに肩を引き裂かれる。
そのシラミネの横っ面に、踏み込んだシエラが盾の加護をかけた殴打を加えた。後方からてぃんだの浄霊眼が、雷歌の傷を癒す力を飛ばす。距離をとったひよりの手に裁きの光が灯るや、真っ直ぐにシラミネに放たれた。
「漆黒龍の加護を私に」
カードを解放した霞燐を、驪龍院家に代々伝わる漆黒の甲冑ドレスが覆った。重ねられた帯、漆黒龍の纏が蛇のごとく閃いて刺さる。一瞬にして戻るや、狙いを補正するようにじわりと揺れた。
ゆのかがつとめて冷静に、雷歌へ霊力を込めた癒しの光を放つ。その光で肌を焼く炎が消えた雷歌は『富嶽』を構えて告げた。
「いくぜ、オヤジ!」
白い軍服をまとった壮年のビハインド、紫電が頷くや同時に動く。紫電の霊障波を躱そうと飛びのいたシラミネの脇腹へ、雷歌の『富嶽』が炎の尾を引いて捻じ込まれた。たたらを踏んだ後脚に司の放った影が素早く絡みつく。しかし続いた白いワンピースの少女が放った霊撃を、シラミネは振り上げた前脚で叩き潰した。
「遠慮の必要はない。だが止めを刺すことのないようにな」
司に少女が頷きを返した。
「竜種ニナル、シラミネの勝手! スレイヤー関係ナイ!」
咆哮と同時、炎が奔流となって前衛を襲った。退き損ねた司や雷歌を舐めるように巻き込み、撫子の前には司が連れる少女が立ち塞がる。
(「なるほど、お子様そのものですね))
かつてシラミネに会った知人から伝え聞いた通りの性格のようだ、と撫子は嘆息した。死角へ回り込んで放った斬撃が、したたかシラミネの後脚の腱を傷つける。
「竜化して如何しますか? それでは何も解決しませんよ?」
「そうです、そんな事してもガイオウガは復活なんてしません!」
懐へ跳び込んだ陽太が拳の連撃を捩じこんだ。
傷ついた前衛たちをゆのかの放った清めの風が柔らかく包みこみ、漆黒のドレスを翻した霞燐の放った氷の弾がシラミネの腹部に着弾。その瞬間、雷歌がフルスイングした『富嶽』の衝撃で、シラミネの体は木をへし折って転がった。紫電の霊障波が追撃する。
ひよりの放つ雷が毛皮を焦がして轟音を轟かせる。一方で、竜種化ってイフリートにとってどんな感じなんだろう、とひよりは考えていた。
(「決意とか必要なのかな、恐くない……のかな」)
己を失うということを、この幼いイフリートはわかっているのだろうか。
宙を舞ったシエラの蹴りが、シラミネの背骨を砕かんばかりに落ちかかる。衝撃に苦鳴をあげたシラミネに、司の掲げた指輪から魔力が撃ち込まれた。のけぞる眉間に追い討ちで、少女の霊撃が叩きつけられる。
「竜種化したところで、お前にできることがどれだけ変わると思う?」
さして変わるまい、という意が透けて見える司の言葉に、シラミネが吠えた。
●説得(物理込み)
シエラが重ねた怒りを誘う攻撃の為、シラミネは何度か、攻撃目標を捉えられない苛立ちで時間と体力を浪費した。とはいえ幻獣種の力は大きい。
ひよりを庇って襲い来る炎の渦を斬艦刀で防ぎきり、雷歌は返す刀でシラミネの首筋へ斬艦刀を振り下ろした。重い殴打に続いて紫電の霊障波の着弾で、シラミネがよろけながら距離を取る。しかしその後を追うように、ひよりの放ったオーラキャノンが迸った。その衝撃で氷がばきばきと音をたて、蝕む面積を広げてゆく。
仲間を苛む炎を消し止める為、ゆのかは炎の翼を広げた。あと一押し、という辺りなのだが、仲間の傷が深い。驚くほどに甘い響きを伴う司の歌声が、一度体当たりの直撃を受けた陽太の傷を癒していく。
優雅な挙措から一転、烈火の如き斬撃を見舞い、撫子が微笑んだ。
「竜種化したら大好きなボール遊びも出来なくなりますよ!」
息が詰まるような痛みを呑み下し、妖の槍を呑み込んだ腕を奮って陽太が叫ぶ。
「……んっ」
かすかな声だけ漏らして痛みをこらえたシエラが、囁くような優しい歌を歌い始めた。寄り添うてぃんだが浄霊眼で、攻撃を避けきれなかった霞燐を癒す。
司の振り上げた縛霊手がシラミネを捉えて殴り飛ばすと、地面で撥ねた体に少女が霊撃を叩きつける。ぎゃんと上がった苦鳴に顔をしかめ、霞燐が槍を構えて氷の礫を撃つ。
なんとか立ち上がったシラミネへ、シエラが囁いた。
「今はまだ……竜種化……するべき時じゃ……ない……はずよ? クロキバは……竜種化……してって……言ってない……でしょ?」
「モウ、クロキバノ指図ハ受ケナイ!」
「それで事が済むなら、知識の深いクロキバとて最初から今の様にしたはず。そうしないのはこの方法が近道にならないから!」
意を決し、ゆのかは回復ではなく攻撃を選んだ。渦巻く風の刃が足元も覚束なくなったシラミネを引き裂いて弾ける。
その衝撃でよろけた隙を、雷歌と紫電は見逃さなかった。ばちりと火花が散るような音をたて、髪と同じ炎色の『震電』を展開。捻じ込んだ拳と霊撃に打ち据えられ、がくりとシラミネの力が抜ける。
「只でさえ難しいことを考えるの苦手だろう、お前。思考の放棄は、誰にどう利用されても文句はないということだ」
「ほらほら、ちゃんと考えてくださいな。本当は如何するべきかを」
司と撫子、二人の言葉にシラミネは動きを止めた。巨大化しつつある体は既に犬らしい形状さえ失い、自身がまとう炎の他に灼滅者たちの炎によって焼かれている。
炎を噴きあげる血を滴らせながら、陽太も妖の槍を呑み込んだ腕を突きつけた。
「僕達はいつでも立ちはだかりますよ! 竜種化を諦めてくれない限り、何時でも! 何度でも!」
「もう少しだけ……クロキバ……待ってて……あげて。クロキバは……あなたの……大切な仲間……でしょ? ガイオウガの為に……頑張る……仲間の事……信じて……あげて……ほしいな」
シエラが言葉を重ねるが、シラミネは荒い息をつきながら沈黙を続ける。ひよりは真っ直ぐシラミネを見据えた。敢えて言葉は選ばず、事実だけを突きつける。
「あなたが竜種化しても、ガイオウガは復活しない。無駄に命を散らして終わっちゃうよ。思い止まらないと言うなら、わたし達は、ここであなたを倒さなくちゃいけない」
「そう、それなら、この場で倒すだけだ」
静かに得物を構えて、司が宣告した。万一の場合にはと覚悟を決めていた撫子が、十文字槍を握る手に力を込める。
「……無駄ナノカ」
その瞬間、シラミネが後ろ脚をよろめかせ、どうと腰が落ちた。燃える血を滴らせ、体の半ば以上を氷に浸食され、シラミネは弱々しい声をあげた。
「シラミネノ負ケダ。諦メル」
●小さな泉の傍で
時計は8分経過を告げていた。長い長い溜息を、ひよりがつく。
竜種になれば押し切れるかもしれない。そんな考えをシラミネに抱かせないため、意識して背筋を伸ばして泰然とした態度を取り続けたものの、なかなかの気疲れだ。
「ん……お疲れ様。怪我……大丈……夫?」
シエラが仲間を振り返って傷の手当てを始める。庇い手である雷歌や司の怪我は深い。
霞燐が撫子や陽太の怪我を癒し始めると、シラミネがぐったりと地面に伸びた。先ほどまで周囲に満ちていた熱気が、嘘のように消え失せていく。荒い息をつくシラミネへ、シエラがそっと声をかけた。
「手荒なこと……して、ごめん……ね。大丈夫……かしら?」
「アチコチ痛イ」
不貞腐れたような返答もむべなるかな。とはいえ、負けを認めたせいかシラミネはさばさばしたようにすら見えた。
「ただ竜種になって力任せに暴れるだけでガイオウガが復活するのなら、穏健派のイフリートも最初から暴れていたんじゃないかな?」
治療しながらの霞燐の言葉に、シラミネが苛立たしげに鼻のあたまにしわを寄せる。
「ダガ何モシナイナド、我ラノ誇リニカカワル!」
竜種と化して力を蓄えれば打開できるのではないか、という短絡的な考えがイフリートに蔓延したのだろう。それほど、イフリートたちにとってガイオウガ復活は悲願なのだ。
雷歌はため息をついて、シラミネの頭をごんと小突いた。
「ったく、頭冷やせ。少し協力ってもんを覚えたほうがいいと思うぜ?」
「頭使ウコト、苦手ダ」
火の粉を噴いて長い息をついたシラミネの傷を、霞燐が検めた。無造作に近づいた陽太が霞燐に声をかける。
「治してあげて下さい」
驚いて顔をあげるシラミネに構わず、頷いた霞燐が治療を始めた。陽太がにこりと笑う。
「じゃないとボール遊びができないでしょう?」
司が絶望したように額に手をあてたが、もちろんシラミネの尻尾はぱっと立った。熾った炎のような瞳がいきいきと動きだす。子供のような可愛げが現れてひよりは少し安心した。
シエラの傍らで、てぃんだが丸まった尻尾を振ってボールを待ちかねている。治療が済んだシラミネも立ち上がると、ぽんとボールが宙を舞った。
こうして、京都の北の山に棲む若いイフリートの暴走は抑えられた。
すっかり暮れるまでボール遊びに付き合わされた一行は、やっとのことで山を下りると学園への帰途についたのだった。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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