ミンナがタノシイ、セカイがイイナ

    作者:空白革命

    ●形だけの巫女
     神の声が聞こえる子だと、そう言われていた。
     聞こえたことなど一度も無い。
     神が授けた子だと、みなが言った。
     授けられた覚えなどとんと無い。
     幸運に恵まれ、神に愛されていると言われた。
    「そんなの、ないよ」
     木組みの祭壇に、彼女は一人座っていた。
     四角形のステージと言えばわかり良いだろうか。赤黒い布で覆われた祭壇の上で、少女はひとり、正座している。
     ここは古い集落だ。
     山に囲まれ、人が来ることも殆ど無い。
     限られた家だけで存続する、因習深き集落である。
     ……いや、『だった』と過去形で述べるべきだろう。
     なぜなら全員死んだからだ。
     流行病で死んだからだ。
     自分だけが生き残った? いや違う、自分も死んだようなものだ。
    「神様なんて、いないよ」
     首からさげた、石削りのナイフを手に取り、引きちぎる。
    「でも……」
     方から順番に、腕が徐々に水晶化していく。
    「カミサマになら、なれるかな」
     奇妙な光がはしり、周囲に並べられた麻袋がゆっくりと起き上がった。
     麻袋ではない。死体袋だ。
     集落のみなが、起き上がったのだ。
    「どんなセカイにしよう」
     麻袋を脱ぎ、ひとりまた一人と立ち上がる。
     みな頭に麻袋を被ったままだったが、とても元気そうだった。
     とても、楽しそうに見えた。
     少女はとろんと微笑んで……。
    「ミンナがタノシイ、セカイがイイナ」
     闇を、自ら飲み込んだ。
     

     古い集落でひとり残った少女がノーライフキングに闇堕ちした。
     そんな事件の概要を、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はゆっくりとした口調で語っていた。
    「完全な闇には落ちていません。止めるなら、今しかないでしょう」
     
     ノーライフキングとは、死を操るダークネスのひとつである。
    「今回の少女『アケノツキ』もまた、病によって死んだ集落の住人を形だけよみがえらせ、アンデッド化しています。
     彼女に接触するとなれば、アンデッドは確実に障害となるでしょう」
     『アケノツキ』は石のナイフで、アンデッドは農具や猟銃を武器にしている。
     どのような結末を望むにしろ、彼女たちと戦い、倒さなければならない。
    「危険な任務ではありますが……どうか、よろしくお願いします」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)
    風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)
    リュネット・エトワール(針ナシ銀時計・d28269)

    ■リプレイ

    ●模倣された人工楽園
     その集落に明確な名前はない。いわゆる豪族の所有地であることだけは確かだったが……。
    「外部に助けを求める前に死滅するなんてね。ダークネス顔負けの恐ろしさだわ」
     地図資料をめくりながら呟くアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)。
     舗装もろくにされていない細々とした山道を、草木をよけながら登っていく。
     小枝を避けて、エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)は唇をとがらせた。
    「うにゅ。今の日本でもこんなことがあるの? びっくりしたの」
    「どこであろうと、あるよ。人が、人である、限り」
     奇妙に絶え絶えた語調で、一色・紅染(料峭たる異風・d21025)が語り始めた。
    「閉じて、いるんだ。ここ、だけが。……僕の時、みたいに」
    「……?」
     首を傾げるエステルに、紅染はそれ以上語らなかった。

     衛生地図が地球を覆いインターネット電波が日本中を駆け回るこの時代でも、村社会というものは存在する。
    「自分の家にだけのルールって、誰にでもあるものでしょう? 家が大きくなれば、ルールも大きくなって然るべきなんでしょうね」
    「力の強さもまた然り、ですか」
     長い髪が草木にひっかからないようにと手で押さえつつ、海堂・月子(ディープブラッド・d06929)は廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)との雑談を交わしていた。
     とはいえ、二人ともどこか上の空のような、雑談を文字通り雑にこなしているような雰囲気である。
    「……何か考え事?」
    「……そちらこそ」
     二人は一度黙ったあと、探るように、しかし異口同音に呟いた。
    「「むかしのことを」」

     人が一月に一度通る程度の頼りない道を抜けると、空が広く感じた。
     空の中に浮かぶ白い月を見つけ、リュネット・エトワール(針ナシ銀時計・d28269)は手を翳した。
    「アケノツキ……あんな広い空にひとり、残されたらさみしいわ、ね」
    「ひとり……」
     スヴェトラーナ・モギーリナヤ(てんねん・d25210)は自らの胸元を強く掴み、目を細めた。ずっと前の出来事が、頭の中で残響のごとく聞こえてくる。
    「どんな理由でも、だめです。死んだ人は、生き返ったらだめなんです。ちゃんと幸せな所に送ってあげなくれは」
    「……」
     先頭で小枝を切って進んでいた風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)が、ちらりと彼女らの顔を見た。
    「全ては終わってからだ」
     そうとだけ言って、彼は集落へと歩き始めた。

    ●ミンナのためのアケノツキ
     聞こえた。
     歌が聞こえた。
     壊れた蓄音機が無理に演奏しているような声で、訛りすぎて日本語として解釈しずらい歌を、『彼ら』は歌っていた。
     言葉を発しているという様子には、とてもではないが見えない。喉と声帯を誰かの指示通りに動作させているといった様子である。
     彼らは四角形の祭壇を囲むようにして、中央の少女に向けて舞い踊っていた。
     少女は静かに正座し、穏やかな表情で瞑目していた。
     奇妙に完結した世界。
     そこへ、一本の矢が割り込んだ。
     少女のこめかみめがけて放たれた矢はしかし、少女によって寸前で掴み取られた。
    「ダレ? 郵便屋さん?」
    「いいえ」
     弓を放った姿勢のまま、リュネットは言った。
     彼女たちの様子に尋常では無いものを感じたのだろう。周囲を囲っているアンデッドたちが一斉に身構えた。手に猟銃や鎌や鉈を持ち、殺気を露骨にぶつけてくる。
    「お前の悪夢を終わらせに来た者だ」
     小次郎はそうとだけ言ってアンデッドたちへと走り出し、手前で飛び越え、無数のアンデッドたちを眼下に見ながらカードを翳した。
    「風間小次郎、推して参る!」
     空中で宙返りをかけたかと思うと、小次郎は黒い甲冑に包まれた。腰から忍者刀を抜き、少女――アケノツキへと斬りかかる。
     アケノツキは石削りのナイフを翳し、それを受け止めた。
     激しく散る火花。
     それをきっかけにして、スヴェトラーナは駆けだした。足下の影から長い柄が飛び出し、両手で握って引き抜く。
    「死んだ人は、死んだ人なんです。こんな……!」
     クワを翳した老人を、クワごと切断した。
     鉈や金槌を持った老婆たちが一斉に飛びかかってくる。
     まるでカウンターのように、スヴェトラーナの背後から霧が吹き出した。
     霧に覆われた空間をゆったりとした歩調で進むエステル。
    「むきゅ。おふとん、早速いくですよー」
     エステルの足下を駆け抜ける霊犬。そんな中、どこからか吹いた奇妙な風が霧を押し流した。
     途端、彼女たちの肌が奇妙に変色し、ぽつぽつと値を吹き始める。急いで回復をはじめる霊犬。
     彼らを邪魔に思ったのか、猟銃を持った老人たちが一斉に射撃をしかけてきた。
     飛来する弾を、物理的殺意を纏った月子が次々と払い落とす。
    「エステルちゃん、後ろは任せたわ」
     返す刀でウロボロスブレイドを展開。アンデッドの群れへと自ら突っ込み、薙ぎ払うように振り回す。
     彼女の周囲で大量の血花が咲き、乱れ、文字通り死にものぐるいで襲いかかるアンデッドたちの刃が月子に次々と突き刺さった。
     一般人であれば即死していてもおかしくない怪我だが、気にもとめない。後ろを信用しているからだ。
    「カミサマ、きみを終わらせにきたよ」
     ストールのようなものを宙に放つ杏理。すると布が意志をもったように月子に巻き付き、槍包丁や鉈を次々とはじき飛ばしていった。
    「放っておけないんだ。どこか僕みたいで」
     イエローサインを放ち、ゆっくりと前進する杏理。
    「……勝手だけどね」
     アンデッドと灼滅者たちが入り乱れ始める。
     戦乱が、場を支配し始めた。

    「Slayer Card――Awaken」
     アリスがカードを握りしめるとカードは剣の柄となり、柄からは白い光が刃となって伸びた。
    「死んだ人は生き返らない。そのことわりと曲げると、いつか痛い目にあうの」
     放たれたクワを打ち弾き、素早く剣閃で十字をきった。十字の軌跡がまばゆく輝き、周囲のアンデッドたちをことごとく薙ぎ払っていく。
     後方から回転する鉈が飛んでくるが、アリスは肩越しに八卦の刻まれた札を大量にばらまいた。札は空中に一枚のシールドを作り、鉈と周辺のアンデッドをはじき飛ばす。
    「ついでに、これもおまけしてあげる」
     アリスが回転斬りを繰り出すと、周囲の空気が急速に冷却。アンデッドたちは粉となって砕け散った。
     ここまでやって、ふと思った。
     あまりにも手応えがなさ過ぎるのだ。
     常識を往々にして超越するサイキック戦闘で数の優位が絶対ではないとはいえ、アンデッドから明確な殺意を感じないのだ。最初にぶつけられた殺意も、どこか野犬の遠吠えに近いものがあったように思う。
    「アケノツキ。あなた、もしかして……」
     長柄に包丁を巻き付けたものが突き込まれる。それを、横から割り込んだ紅染が袖振りだけで払いのけた。
    「どっちが幸福、だったのかな」
     舞うように相手の懐へ潜り込み、袖を当ててすれ違う。まるで刃のように、彼の袖は敵を切り裂いていった。
     さがアンデッドたちはそういう意図があるかのように、執拗にアケノツキまでの進路を阻もうとした。
     されど低級アンデッド。リュネットが腕を一振りするだけで、彼らはまるで藁束のように破壊されるのだった。
     開かれたアケノツキへのライン。
     リュネットは僅かに目を細めた。
    「これが、あなたの思った『タノシイ』なの?」

    ●世界の死
     無数にいたアンデッドはついに片手で数えるほどになっていた。
    「むきゅー」
     猟銃の弾をスキップをするようにかわすエステル。
     髪を、リボンを、フリルの裾を靡かせながらくるりと回る。ただそれだけでアンデッドの身体が切り裂かれた。
    「無理矢理動かしても意味ないの。ぬけがらだけなのです」
     残り少ないアンデッドが農具を拾い上げ、エステルめがけて一斉に襲いかかる。
     その間に、紅染と小次郎が割り込んだ。
     アンデッドたちの間を高速で駆け抜け、紅染は長く垂れた袖を、小次郎は忍者刀を振り払った。
     一瞬遅れて切り裂かれ、その場に崩れ落ちるアンデッドたち。
    「人は神になどなれん。人のまま生きるほか無い。あえて言おう人の子よ、お前にはまだ人として生きる時間があるのだ」
    「だから、もう。この人たちを、休ませて、あげて」
    「ミンナを、休ませて、あげる……?」
     それまで静かに座していたアケノツキが、にっこりと笑った。
     『こういう形に笑いなさい』と強要されたような、それはそれはよく出来た笑顔だった。
    「それはきっと、タノシイじゃないよ」
     そう言った途端、鋭い光の槍が小次郎と紅染を連続で貫いた。
    「ぐっ……!?」
     小次郎の鎧や紅染の服が消え去り、二人が仰向けに倒れる。
     更に、周囲の空気が突如として淀み、目に見えるほどに毒々しい風があたり一帯に渦巻いた。
     ストラを顔に翳して毒の風を防ぐ杏理。
    「神様みたいに扱われることは、時にむなしい。好意や敬意を、裏切っているような気持ちになるから。君も……なりたかったの? 彼らに応えてあげたかった? でも……僕らは『そう』じゃないんだ」
     腕と共にストラを振り、限定的に毒の風をかき消す。
    「君はただの人間でいい。その足で立って、君の世界を生きるのがいい」
     毒の晴れた僅かな空間を、リュネットは素早く駆け抜けた。
     すると周囲がぼんやりとした霧に覆われ、アケノツキに続く道がおぼろげになっていく。
    「皆でセカイを作ったら、きっとたのしい、わ」
     心の中で指した方向へ矢を放つ。霧が円柱状にかき消され、散っていく。
    「集落のみんなと作りたかったのかもしれないけど。でも……リュネたちと」
    「だ、ダメ……」
     アケノツキの表情にヒビがはいる。
     文字通りの意味である。笑顔にびきびきと割れヒビが走った。
     限られた一筋だけの道を、アリスと月子が同時に走り出す。
    「アケノツキ、世界はこんなに狭くない。あなたを受け入れる場所はあるわ!」
    「神はいないと知りながら、まつられることを受けいれたのでしょう?」
     アケノツキからプリズム体が放たれるが、二人はダメージ覚悟で突き破った。
    「可哀想な村人たちは死んだわ」
    「だからあなたはもう、神の子をやめていいのよ!」
    「そのために、アナタを滅ぼす。こうしている間が、全然楽しくない、ただ――」
     二人の剣が交差し、アケノツキへと放たれた。
    「「悲しいだけよ!」」
     渾身の力で放たれた剣はしかし、アケノツキのナイフによって止められた。
     しかし。
    「ダ、ダメ……ダメ!」
     笑顔に走ったヒビが全体を覆い、そして。
     カミサマは崩壊した。

    ●世界の生
     ぱらぱらと、割れたガラスのように水晶の破片が落ちていた。
     空を見て、声を上げて泣く子供の足下に、カミサマの破片が散っていた。
    「ミンナ、ミンナが……タノシイ、セカイが……セカイ、が……!」
     しゃくりあげる少女を見て、小次郎はゆっくりと起き上がった。
    「人の世界へ帰ろう、人の子よ……!」
     瞬間移動のように接近し、刀を繰り出す。切り裂かれる腕。
     涙を散らしながら、少女は水晶化した腕で小次郎を殴り飛ばした。
     背後へ同時に現われる紅染とエステル。
     二人の斬撃が少女の背中を切り裂くが、歯を食いしばって振り返った少女によっていっぺんに薙ぎ払われた。
     少女は石のナイフを握りしめ、巨大な剣へと変形させた。
    「ミンナが、死んで……死ん、で……!」
     スヴィエ(ナノナノ)の放ったシャボン玉を破壊し、たまたま目に付いたアリスへと斬りかかる。
     横からストラを飛ばし、剣を受け止める杏理。
     白い光が長く伸び、アリスの剣が少女を切り裂いた。
     吐いた血を飲み込み、無理矢理剣を振り回してアリスたちを殴り飛ばす。
     少女の周りを月子の剣が多い、コマ回しのように複雑に切りつける。
     腕が切断され、石ナイフごとごろごろと転がっていく。
     更にリュネットの放った矢が腹に刺さり、反対側へと抜けた。
     振り向きざまに手を翳し、光の矢を放つ少女。光が月子とリュネットを貫通し、宙に浮く。
    「死んで、アケノツキは、アケノツキは……!」
    「それでも、だめなんです。死者を生き返しては……!」
     鎌を振りかざし、突撃するスヴェトラーナ。
     頭のなかで過去が残響する。
     もう一人の自分が彼女を殺せと言った。
     歯を食いしばり、目尻に浮かぶものを無視し、スヴェトラーナは少女の首へと鎌を放ち――。
    「寂しかった!」
    「――ッ!」
     首の皮に刃が食い込む、その段階で、鎌は止まった。
     少女の頬を、赤い涙が伝った。
     鎌の背に、少女は手をかけた。
    「どうしたら、いい?」
     スヴェトラーナは。
     歯を食いしばり。
    「手伝って、あげるから」
     腕に強く力を込め。
     斬った。

    ●明月・希(あかつき・のぞみ)
     燃えさかる家々のそばに、簡素な墓はあった。
     アリスや月子、小次郎やリュネットたちはまだかけられて新しい土に向けて手を合わせていた。
    「集落のみんな。神の子は死んだわ」
    「だからおやすみなさい」
    「生きている私たちだけが、この人たちを送ってあげられるのね」
    「ああ……」
     そんな中に、スヴェトラーナはいた。
     何も言えることは無い。
     そんな彼女のスカートの裾を、少女がそっと掴んだ。
    「……ワタシ、どこに行けばいい?」

     空は夕暮れ時の色をしていた。
     エステルはそんな空を見ながら。
    「うにゅ。こんなことして、恨まれるかも。でもきっと最後は」
    「そう、ですね。自分勝手なことをしたかも知れません。けど……」
     帽子をまぶかに被る杏理。
    「分かる、日が……来るよ」
     空を見る紅染。
     月はようやく、隠れ始めていた。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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