斬新コーポレーション合併阻止~社長様と踊れ、斬新に

    作者:一縷野望

    ●斬新愛する男、彼の地へ降り立つ
     極楽橋駅、標高538mに位置するこの駅は大阪は難波から伸びる南海高野線の終点であり、高野山の玄関口まで結ぶケーブルカーの乗り継ぎ駅でもある。
     冷涼としたホームに降り立った3人は明らかに異様な存在感を放つ……そう敢えて言うならば、斬新。
    「生き残りの正社員・派遣社員には自主自立斬新な企業活動を命じております」
     副部長改め人事部長黒杉の隣、斬新・京一郎社長の流線型のサングラスがきらりと光流し先を促す。
    「勿論、企業準備中の給料は100%カットですはい」
    「報告ご苦労、急ぎ、高野山に向かおう。時間が押しているからね」
     いつでも人を喰ったように口角をあげている京一郎の口元は、珍しく一文字に切り結ばれていた。
     武神大戦獄魔覇獄を初めとした数々の企業活動で社員の多くを失った斬新コーポレーション。
     斬新な発想を求めても人材がいなければ儘ならない、故に立て直しをはかるべくこの地に立った。
    「しかし、指定時間に到着せねば交渉決裂とは、何様なのでしょうな」
     ――白の王セイメイとの、交渉。
    「陰陽師様様だろ?」
     ようやく浮かぶ笑み。気障ったらしく肩を竦め彼は更に言葉を継いだ。
    「こちらは軒を借りる立場だ、そのくらいお安いご用さ」
     本心か否か、それを容易く読ませるような男ではない。
    「そりゃいいわさ。どーんと母屋を乗っ取ってやりな」
     斬新な発想で並み居る社員を蹴散らしたパート銭洗の物言いに、笑みはますます濃くなった。
     交渉を有利に運ぶため連れてきた人選は、やはり間違ってはいなかったようだ。
     斬新・京一郎社長のマーケティング予測は完璧だ――そう、完璧でなくては、ならない。
     
    ●交渉ブレイク!
    「サングラスの下の素顔が気になるね」
     開口一番、本音炸裂!
     言うだけ言って満足したか、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)はさっくりと予知へ移る。
    「押出・ハリマさんの調査協力もあって、斬新コーポレーション獄魔大将、斬新・京一郎の次の動きがわかったよ」
     標は文庫本を模した手帳を開き目で追い続ける。
    「社長様、失った戦力を手っ取り早く取り戻すために、協力なダークネス組織と合併を狙ってるみたい」
     合併先は『ノーライフキング、白の王・セイメイ』
     どちらが吸収されるのか、それともあくまで対等か――なんて、そもそもそんな交渉にもっていってはいけない、灼滅者達の手で断固阻止すべし!
    「斬新コーポレーション側から出向いてるのは、社長様と新人事部長とスーパー主婦パートのおばちゃんの3人だよ」
     3本指を立てる標は続ける。
    「更にね、耳寄り情報。セイメイ側は乗り気じゃないみたい」
     なにしろ『交渉開始時間までに京一郎が現れなかった場合は、交渉は行わない』なんて条件を突きつけているそうだ。
     つまり、例え灼滅できなくても約束に間に合わないように戦闘で時間を稼げば、交渉の阻止が可能だ。
    「……そう。あくまで今回の目的は『合併交渉の阻止』だよ」
     手帳を閉じ、標は灼滅者ひとりひとりに視線を絡めた。
    「勿論、灼滅できればこれ幸いだけどさ。無理して結局負けちゃって、合併を赦しちゃったら意味がないから」
     しっかりと状況を見極めて作戦を成功へ導く判断が求められる。
     
     戦場になるのは南海高野線極楽橋駅、幸いにも駅以外の建物はない。
     極楽橋駅は南海高野線の終点だ。この駅でゲーブルカーに乗り換えて高野山に向かう斬新社長一行を待ち伏せし襲撃をして欲しい。
    「襲撃後、このチーム8人は斬新社長を相手取るコトになるよ」
     担当する敵1体を8人で取り囲みそれぞれ戦闘に持ち込む流れとなる。
     3チーム・24人合同で3体の敵と戦うわけではないから、作戦を立てる際に間違わないよう注意して欲しい。
    「斬新社長が使用するサイキックは、殺人鬼のとダイダロスベルトのモノ。あとはシャウトだよ」
     両腕をゆるく広げ胸を張る斬新ポーズを取った後で、ふよふよと掌を虚空で揺らす。どうやらダイダロスベルトの表現らしい。
    「奇っ怪グラサンと髪型はじめ、ステキコーディネートな社長様だけど……強いのは確実だと思う」
     斬新京一郎の序列は不明だが、強敵人事部長を初め数々の六六六人衆の『社長様』である。その実力は推して知るべし。
    「……足止めすら大変かもしれないけどさ、そこは社長様も驚くよーな斬新な頑張りでクリアしてよ……信じてるから、ね?」
     斬新!
     そう黒板に書き付けてばーんっと叩き、エクスブレインは大きく頷くのであった。


    参加者
    九条・雷(アキレス・d01046)
    晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)
    鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    イシュタリア・レイシェル(曼珠沙華・d20131)
    黒影・瑠威(贖罪を望む破壊者・d23216)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ

    ●novel
     騒然。
     極楽橋駅は20名以上の闘気孕む足音に包まれる。
    「逃げてください」
     非常停止ボタンを叩き押し風花・蓬(上天の花・d04821)が叫ぶ。
     アラームを起動した押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)が、社長と部下を引きはがすように割り込み、九条・雷(アキレス・d01046)もまた逃げ惑う人を背にし鮫のような笑みを浮かべた。
    「おやおやおや」
     ふらり踏み出した先に居る子供を庇い立つ刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)だは侍のような無骨な眼差し。
    「押し込み就職活動に来たの。一応、大学生だし」
     巫山戯た口調の晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)だが、瞳は凜冽と冷え込んでいた。
    「君達みたいな人材ならいつでも歓迎だよ」
    「――あなたの序列は何位ですか?」
    「力で測ってみればいいんじゃないかな?」
     黒影・瑠威(贖罪を望む破壊者・d23216)のぶれない眼差しに応えるようにあがる右腕。
     凶鳥が禍々しく羽ばたくような耳障りな音が駅構内を包むとほぼ同時、灼滅者達の視界が銀で埋め尽くされる。四方八方に広がる帯の群れは、一定まで伸びると指向性を持つように90度に折れ、後衛達の躰を引き千切るように巻き付いた。
     冬空に景気よく描き出される血の饗宴。ただの一撃で京一郎は恐怖での戦場掌握を完了する。
    「――いざ、推して参る!」
     怖気を握りつぶすように刃兵衛は獣の腕を撓らせる。
    「はァい、社長さん? 邪魔しにきちゃった」
     サングラスを狙いに来た雷の拳もあわせ蹌踉けるように避けた。
    「悪いのですけどここから先はいかせねーのです」
     避けで生じた隙逃さずにチェックのスカート翻し躍り込むイシュタリア・レイシェル(曼珠沙華・d20131)だが、ギリギリで避けられて捉える事叶わず。
    「その狙いは中々いいね~。あやうく当りかけました!」
     回復重視の蓬はスートを浮かべ、瑠威は六月武【雫蝕月剣】にのせた螺旋で太ももに肉薄する。
     ハリマは聖なる言霊を解放し広く浅く疵を塞ぎ、円からの浄霊は瑠威へと注いだ。
     しかし此処で、止まる。
     鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)の行動を決めるのは幽魅自身。だが具体的な判断基準を考えていない幽魅は即座には的確な行動が取れない。ただ口は動く、ぺらぺらと。
    「本当に来るなんて、あの方の情報は本当のようでしたわね」
     咄嗟の判断で朔夜がハリマへ帯の鎧を着せ疵を塞ぐのにあわせ、とりあえず幽魅は周囲を軽く回復した。
    「ふーん、この合併交渉の情報が漏れていた、と?」
     かかった!
     トイレットペーパーマン――友人からの煽りも添えて、得意げに胸を反らす。
    「社員の待遇を軽視するからですわ。トイレットペーパー並みの人望ですわね」
    「おかしいね~、漏洩できる二人は命を賭ける羽目になってるわけだけど」
     ――見透かされている。
     底の浅い戯れ言で不信感を煽るより、もっとすべき事はあったはずだ。
    「そうか! 君達に殺せる程の力量がなければ漏らしても怖くはないよね~」
     台詞を証明するようにのたくる銀蛇は、幽魅の心臓部を柘榴のように噛み壊す。
    「君達の戦力を削ぐためにおびき寄せた……成程、まぁまぁ斬新な策だねー」
     ろくろまわしも絶好調。
     対する灼滅者達は息を呑む。ものの2分で要のはずの癒し手1人を剥ぎ取られてしまったからだ。

    ●nuovo
    「イシュちゃんの歌をききやがれなのです」
     回避の直後がダメなら攻撃直後、アイドル立ちで目の横に「きめっ☆」なイシュタリアは催眠へ誘う声を響かせる。
    「ん~もっと斬新な歌詞にならないかなー?」
     イシュタリアの狙いは決して悪くはないが、当てるにはもっと京一郎の足を止める必要がある。
    「……そんな」
     胸にスートを浮かべて蓬は唇を戦慄かせる。開幕速攻で意識を飛ばした幽魅を前に驚愕が隠せないのだ。
    「後衛を狙うのが斬新? いやーむしろ陳腐すぎて恥ずかしいぐらいですよ」
     回復を重ねるハリマと癒し手へ移る朔夜を一瞥し、気障な仕草で肩を竦めた。
    「有効打を当ててくる射手と回復役がいるわけですからね~。まずは潰さないと」
     定石定石とつまらなさそうな京一郎の背で銀の帯もしょんぼり折れる。そんな彼は未だ無傷の状態だ。
    「まァつれないこと言わず、あたしと遊んでよォ」
    「斬新京一郎、私が相手だ」
     故に雷と刃兵衛の攻撃は難なく避けられた。
    「絶対に、阻む」
     しかし瑠威が向ける鋭利な月光は指をすり抜け胸へ到達する。
    「ほらね?」
     唇の端から一筋の血を垂らす社長は、さすがに見切りを嫌いイシュタリアの胸へ手刀を叩きつけた。

     ――既に戦術のちぐはぐさが露呈しきっている。
     守備的すぎるとディフェンダー多めを嫌い、当てやすいスナイパーと加速度的に動きを鈍らせるジャマーを多めに布陣した。
     であれば、ディフェンダーが徹底して庇いスナイパーを生かす、かつスナイパーは前のめりに有効打を叩きだし他ポジションの命中を導き出す……それが目指す形だろう。
     瑠威は攻撃特化、しかし蓬はいっそディフェンダーならと言いたくなる程に攻め気がない。
     ジャマー2人も自己回復やメディックへのスイッチを意識した回復寄りの思考だ。
     ……この破綻に気づいた時には、既に殺意に包まれた後衛2人が凌駕に叩き込まれていた。
    「倒れるわけ……いかないっ、す」
    「……ええ」
     ハリマは伸ばした帯で蓬を包み、瑠威は凌駕の勢いを借りてコンクリートを削り奔り踵落とし。予想外に早く近づいた死地に、滾る。
     スナイパー以外の攻撃は相変わらず厭味なぐらい優雅に避ける京一郎を前に、自らを帯で包む朔夜は焦燥へ身を浸す。
    (「案外、はやくにその時がくるかもしれないの」)
     闇へ堕ちる、時が。

    ●innovador
     ハリマはアラームをポケットの上から握りしめる。
    (「せめて、一つ目が鳴るまでは堪えたいっす……でも」)
     無理だ。
     ならば最後に――誰を回復すべきか。
     自分が斃れるとしたら、もう1人のメディック朔夜を戦場に残すべきか?
     ふるふる。
     しかし覚悟の決まった眼差しで彼女は頭を揺らす。
    「わかったっす」
     厭な感じがするがそれ以上は聞けず。
     ハリマは、現在一番有効打を与えている瑠威へ円と力をあわせて疵を塞ぐ。
    「応えなくてはいけませんね」
     釣り下げた三日月をひゅるり空へ向け、瑠威は滑るように踏切り――身の力を月で増幅し弾けさせる。
    「……おっと」
     二回力を流し込んだ所で振り払われる月、着地の音を後ろに聞きながら蓬が腰に差した柄に指をつけた。
    「参る」
     癒せぬ疵は積み重なり、このままだと射手としての仕事をせずに終わってしまう。だからせめて一太刀と、刀を翳せば蓬の面影が何者かへと書き換えられた。
    「覚悟」
     ち……きっ。
     空を刻む蓬の刃に胸を斬らせる儘に、京一郎はちらと殺戮帯をずらしお高そうな時計で時間を確認した。
     リミットまで五分を切ったが部下が戻る気配はない。
     であれば自らの手で彼らを排除するしかあるまい――まぁ、存外容易かろう。
     恐ろしいのは『絶対に殺す』ないしは『抑えきり時間を稼ぐ』と目的に殉ずる覚悟を決めた人間だが、そういう気概は今のところ見受けられない。
     労働者の分際で資本家を、格の違いを厭わずに死線をつきつけ引きずり込むような人間こそが恐ろしいのだ。
    「ねェ、もっと遊んでよ社長さん」
     靴音は死の輪舞曲へ誘う雷の赤い赤い靴。2人のつけた痕をチャンスに此方へ振り向かせる!
     ばきッ……り。
    「今ならその趣味悪いグラサンも許せちゃうくらい楽しい!」
     踵をしこたまめり込ませるが決して割れないサングラス。押され後ずさる背中へ咲くは緋桜。
    「私に背を向けた事、後悔するがよい」
     血飛沫花弁頬につけ、刃兵衛はしゃんと背筋を伸ばし見返した。
    「実に陳腐だが仕方がないねー」
     刺された衝撃でろくろが斜めに傾いだかと思うと、次の瞬間、彼はバベルの鎖を引き寄せるイシュタリアの隣に立っていた。
    「力づくで道を空けていただくとしましょう」
    「へ、変な所さわりやがるななので……ッ」
     まるでアイドルがスポットライトを浴びるように、パッと紅を散らし少女は崩れ落ちる。
     総崩れの、兆し。
    「……時間を稼ぐから、社長が去ったら逃げてなの」

     ――それが人としての晦日乃朔夜の最後の言葉だった。

     翼が自分を含む後衛に伸びた刹那、表情の動く事が極々少ない彼女の口元が、にっこりと愛らしく歪んだ。
     ハリマと蓬が斃れる音を聞きながら、はためくコートに潜ませた剣で自在にうねる帯を絡め自由を奪う。そして叩き返すように渾身の力を乗せて斬り伏せた。
    「いいねー。是非、我が社にて24時間365日、絶え間なく輝いてみないかい?」
     肉薄する闇へいけしゃあしゃあ、斬新社長は未だペースを崩さない。

    ●novum
     夢見心地の歌のような笑い、極楽橋という地名に相応しい響き――そう、朔夜という『人』が極楽へ眠りつつある、謳。
     もはや命留める役目の仲間は全て斃れ、辛うじて円が主の意志を継ぎ瞳を向けるのみ。
     ……黙々と攻撃する霊魅が『庇え』と命じられていたならば、誰か1人立っていたかもしれない、が。
    「余所見しないでよォ、社長さん」
     包囲網の穴を塞ぐように雷はジグザグに踵を叩きつけてリズムを刻む。
    「く……すまぬ。朔夜、すまぬ」
     死屍累々の後ろと鼻歌交じりに隠し武器を振り回すダークネスへ、刃兵衛は悔しげに声を絞り出す。
    「残してもらったからには、役割は果たします」
     疵を深める起点を作るべく斬り裂き、即下がる。そして瑠威は右目の疵をすと撫で周囲を伺った。他のチームの勝敗は……やはり時間が満ちるまではわからない、か。
     闇に堕ちる条件は他チームの成功、自チームの失敗確定――見極めをギリギリに置いたのは即ち、闇に呑まれたくないという想い故か。それもまた人としての在りよう。
    「まァそんな所にぽっかり穴がァ」
     うろちょろと鬱陶しいと思われれば僥倖。
     更にこれで恐れを抱かす事ができたなら、なお僥倖。
     指先から咲かせた白熱灯のように目映い花、誇らしげに見せつけて雷は喉仏に押しつけた。
    「指紋、べったべたに付けてやろっと」
     伸びてきた指を握りしめて、京一郎は雷の体を地面へと叩きつける。
    「もう少し斬新な悪戯をして欲しいものだね、実に残念だ」
     艶やかな靴先で急所を抉る京一郎の口元が僅かに下がる。
     ――畏れ。
     しゃがむ姿勢から突き上げられた刃兵衛の刀。立ち上がりつき殺さん勢いの突は、桜が血を浴び哀しげに悲鳴を上げるようで。
    「ん~役割を果たせない悲壮感でいっぱいですねー。実にお気の毒だね」

    ●neuf
    「実に残念! アーマーモードがお見せできなくて非常に心苦しいよー」
     瑠威を殺戮帯で貫いた後、叫び戒めを払い疵を塞ぐ京一郎を前に前衛二人の瞳が絶望に染まる。射手も全て斃れた今、果たして人の儘で有効打を喰らわせる事が叶うのか?!
     それでも時間切れまで足止めできればいい。
     が、
     奇矯なサングラスは、がら空きになった乗り換え口へ向いているではないか!
    「んー今ならギリギリ間に合うかな。僕はこれから折衝へ向かいます。どうですか? 我が社に来ませんか? 首なら沢山ありますし」
     ろくろまわしにあわせふよふよ蠢く背中の銀帯がしゅるり、イシュタリアを絡めて釣り上げる。
    「皆さんにばかり持ってこいと言うのもなんですしね。たまには社長として手本を見せないとねー」
     指が華奢な喉に触れる。
    「生首アイドル。まぁそれなりに斬新かな?」

    「――やめろ」

     ぐっ。
     奥歯を噛みしめた刃兵衛が黒髪束ねる赤いリボンを、引いた。
     これは、桎。
     これは、箍。
     しゅるり。
     布のほどける甘美な音と共に降り注ぐ髪は、赤く、朱く……赫い。
    「下郎よ、わしが相手じゃ」
     ……ッ! ごづり。
     つるし上げた手首を断ち切らず敢えて骨で止めて痛みを喚起するように、禍々しき桜は縦に何度も何度も軋む。
     どさり。
     京一郎の手からイシュタリアの躰が離れ、無造作に地面に落ちた。
    「ゆめゆめ逃げるなど、無粋はせんことじゃ。のう?」
     刃兵衛だったモノの口元、裂けるようにつり上がる笑みは、サングラスの元で常に灯る彼のモノとまったく同じ歪み方。
    「こちらも忘れないで」
     ブンッ。
     風切る音は一瞬。
     遊びをねだる童女のようにあどけなく立つ朔夜の袖の中、潜むソードは血を吸い重い。
    「ははぁ、2人目ですか」
     流線型のサングラスの僅か上でちらりと眉毛があがり見えたのを、雷は見逃さない。
    「強ォい社長さんでもビビッてるの?」
     仲間二人の意識がもっている内に、斃せるならば斃せるならば。
     願うように咲いた雷花は、社長の殺戮帯で相殺。それどころか腕に絡みつき肉を断ち切るように苛烈な締め付けを返してくる。
    「ッ……くぅっ」
    「フフッ、君は『来ない』のかい?」
     からかうような勧誘に、雷は歯を剥きだしにした直後にサングラスに頭突き。
     堕ちない。
     堕ちるものか。
     もし、仲間だった彼らが闇に熔けきり仲間に牙を剥いてしまったら……護れるのはもう自分しか、いない……。

    ●斬新
     ……腸を裂かれ明滅する意識の中、先程からアラートのように鳴っていた音が止む。
     それがハリマが仕掛けた10分計であり、消す者がいないので1分鳴り消えたのだ。そう認識した雷は床を塗らす自分の血の熱に溺れはじめている。
    「作戦は失敗か、本当に残念だ」
     ぼやけた視界の中、時計を確認する京一郎が浮かぶ。下げられた拳についた血で一番新しいのは雷のモノだ。
    「が、まぁ、また新たなビジネスプランを考えれば良いだけさ」
     此処で、未だ無傷で剣と刀を構え陶然と笑むダークネス達を一瞥。さすがに2人に喰いつかれては振り切り離脱は叶わなかった。
     が、逆に言えば、
    「それはそうと、エンドレス・ノットは今どこにいるのだったかな?」
     ――2人を闇に堕とした。
     左に刃兵衛右に朔夜をのせるように手を広げ、この上なく愉しげにろくろをまわす京一郎。
    「今からでも君達の分を闇堕ちゲームのポイントに承認してもらえるよう、ネゴシエートしなければね」
     果たしてどれだけ序列があがるのやら――もはや斬新京一郎の意識は次の一手へと向いている。
     堂々とした足取りで離脱する京一郎を、闇に熔けはじめている2人は阻もうとはしない。
     ……風が吹き抜ける。
    「く……」
     途切れそうな意識でコンクリートを掻く雷の左右を、朔夜と刃兵衛が通り過ぎた。仲間だったモノ達へ手をかけぬよう最後の力を振り絞り、彼らは舞台を降りたのだ。
     命拾い――。
     響く足音は部下達を相手取った仲間のモノだろうか? であれば、彼らは学園に帰還できるはずだ、2人欠けた状態ではあるが。
     斯くして、辛うじてではあるが斬新コーポレーションとセイメイの合併計画は潰えた。
     しかし代償は余りに大きく、その甲斐があったのか今はわからない。
     ……わからないのだ。

    作者:一縷野望 重傷:鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365) 風花・蓬(上天の花・d04821) イシュタリア・レイシェル(曼珠沙華・d20131) 
    死亡:なし
    闇堕ち:晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821) 刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445) 
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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