港区高輪。
早朝の桜田通り沿いに浮く不気味な影……4体のブエル兵。
ブエル兵たちはくるくると回転しながら、白い建物の中へ入っていった。
「武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将をしていた、ソロモンの悪魔・ブエルの新たな動きがわかったよ。晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)さんが危惧していた通りになってしまったんだ」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言った。
ブエルは武神大戦の戦いで力である知識の多くを失ってしまったらしく、知識の最収集をすべく、ブエル兵を図書館へと放ったようだ。幸い、図書館の多くは年末年始の休業であるため人的被害は出ないものの、放置してしまうと、図書館の全ての本をむしゃむしゃと食べてしまう。
「ブエル兵が荒らそうとしているのは区立図書館の分室で、幼児から中高生向けの絵本、小説、漫画なんかを中心においている、小さいけれど人気のある図書館なんだ。図書館で本を読むのを楽しみしていた子どもたちが、休業明けに図書館に行ってみたらブエル兵に荒らされたあと、というのはかわいそうだよね」
もちろんその知識でブエルが力を取り戻してしまうのも脅威だ。
「みんなに図書館を守ってほしい、というのが今回の依頼だよ」
図書館は建物の3階にある。皆は階段で3階に上がり、図書館に入ったばかりのブエル兵と接触することになる。
「ブエル兵は入り口近くにある絵本のコーナーから食べだそうとしているよ。みんななら図書館内でもうまく戦ってくれると思うけど……」
建物は全体が子ども向けの施設で、2階には広い体育室がある。また階段と図書館の入り口の間は小さめのロビースペースになっている。
ブエル兵の使用サイキックは、魔法使いとバスターライフル相当。
「この依頼の成否がブエルの今後の活動を左右するに違いないよ。子どもたちをがっかりさせないためにも、よろしくね!」
参加者 | |
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最上川・耕平(若き昇竜・d00987) |
芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130) |
ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576) |
ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023) |
クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308) |
浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149) |
雨摘・天明(空魔法・d29865) |
迦遼・巴(疾走する人工肢体・d29970) |
●
図書館。4体のブエル兵はぐるぐる回転しながら、絵本の棚へ接近していた。
「おっと、お食事タイムはおあずけだ」
棚とブエル兵の間にジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)が立ちはだかる。回転する脚がガツンとジュラルの体にぶつかった。
「内容関係なく、とりあえず本なら食っとけってのはどうなんだ?」
ジュラルは手の甲から障壁を展開。自分を含めた後衛の防御を固める。
先頭のブエル兵の前にはアスリートらしい身のこなしでカウンター内を駆け抜けた迦遼・巴(疾走する人工肢体・d29970)、そして芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)。雨摘・天明(空魔法・d29865)はカウンター前でぐっと両手を広げた。戦闘は体育室誘導後という作戦に沿い、4人は体を張ることでブエル兵を押しとどめる。
「おーい、こっちにあるのは知識の宝庫、百科事典だよー」
最上川・耕平(若き昇竜・d00987)が階段近くから、百科事典を掲げて呼びかけた。
「お願いね」
ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)は黒狼の子供のような見た目の霊犬、刃にガードを頼むと、用意しておいた廃棄本を手に誘導を試みる。
「ここにも絵本があるわよ!」
瞳にバベルの鎖を集中させつつディアナが言った。真後ろの気配に、1番入り口側にいたブエル兵がぐるり向き直るや否や急速に回転。絵本を狙って動くとみたディアナは階段に向かって駆け出す。
「!」
ブエル兵は確かに動いた。が、同時に口からプッと矢を吐き出す。ディアナを守った刃に矢が刺さり、圧縮されていた力が爆発を起こした。
他3体のブエル兵も邪魔者を排除しようとジュラル、巴、傑人、天明に攻撃を加えている。巴と天明は交通標識でブエル兵を押しやりつつ、黄色にスタイルチェンジ。受けた傷を癒すが、一方的に攻撃されていては突破も時間の問題だ。ジュラルが全力で防いではいたものの、何冊かの絵本はすでに食べられてしまっている。入り口近くのブエル兵も矢を放った後は再び図書館内への侵入を試みていた。図書館の大量の本を目の前にしては数冊のエサになかなかおびき出されない。
「来いよ! こっちにはもっと良い物があるぞ」
クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)が放ったオーラ弾が、入り口側の1体の背で炸裂した。タイミングをあわせ入り口から駆け入ったのは浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)。ジュラルの後ろ、絵本を集められるだけ集めて手に抱え、ワンピースの長い裾をひらめかせながら外へ駆け出すと片手で鞭剣を操り、
「ほら、私達はこっちよ?」
つば広帽子の下、眼帯に隠されていない左目の金がきらりと光る。生き物のように、しかし嫉美の思い通りに動く鞭剣の刃が4体のブエル兵を次々を斬り裂いた。
「グギャア」
ブエル兵が気味の悪い声と体液を飛ばす。クリスと嫉美の一連の動きを感じとり、傑人は巴、天明、ジュラルに合図をすると、攻撃にひるむブエル兵たちを一気に押し出しにかかった。
誘導失敗のケースについて具体的に考えていた者はいなかった。が、最低でも図書館の中での戦闘は避けるという点では一致していただろう。誘導組もブエル兵の追い出しに協力する。
「少し痺れるかもよ?」
ピシリと拳に雷を鳴らし、耕平が押し出されてきたブエル兵をアッパーカットでロビーへ叩き出した。皆の負傷はパーシモンに軍師殿、刃がフル回転で癒し、クリスも、蠍の心臓を思わせる真っ赤な宝玉の光る蠍火からシールドを展開。前衛の回復と防御を支援する。
あと一歩。両腕でブエル兵を押しだしながら、ディアナとジュラルは影を走らせた。鋭く尖ったディアナの影の先が切り裂いたブエル兵を、続けてジュラルの影がバクリと飲み込む。
「……Game Start.」
左手でブエル兵を制しつつ、その下方、右手の指にカードを挟み、傑人が武器の封印を解除した。パシリと手にとられたギターのネックをダウン、即座に轟音を鳴らす。音波はまだジュラルの出現させたトラウマに翻弄されている1体を直撃。さらに傑人はライドキャリバーのオベロンをもう1体に突撃させ、一気に2体を図書館外へ追い出すことに成功した。
「行きます」
跳び上がった巴が残りの1体に、流星の重さをのせた飛び蹴りを食らわす。よろけるブエル兵を見て、天明は防御に使っていた交通標識を赤色にスタイルチェンジ。横殴りに叩きつけた。
「やった……!」
天明が言う。4体を全て追い出し、思わず出た一言。 仲間の足を引っ張らないようにと日々練習を重ね、さらに抱え込みやすい性格。天明にとって作戦通りにいかない状況は少なからずプレッシャーだったかもしれない。
「ほーらほら、私達が居る限り知識収集を成すことは出来ないのよ!」
嫉美が階段へ誘いをかけた。しかしブエル兵は相変わらず図書館を狙っており、階段へは誘われない。体育室よりは狭いロビー。だが誘導策が尽きているなら図書館の外へ追い出せただけでも十分な成果。戦闘の作戦は練られている。連携にも自信がある。既に弱った個体もいる。だとしたら。
「これ以上、知識の吸収なんてさせやしないよ」
クリスは図書館の入り口前に立つと、蠍火から今度は殴打のためのシールドを広げた。耕平は百科事典や嫉美の持ちだした本を階段の影に置く。
「本を食べるって……本好きの僕としては、ダークネスである事と同じくらい見逃せない性質だね」
そして片腕を鬼のそれと変え、
「そんな風に書物を扱ったらどうなるか、身を持って叩き込んでやるよ!」
ブエル兵へ向き直った。
「お待ちかねのお食事タイムだ」
足元に影を蠢かせながら、ジュラルが言う。
「たらふく食わせてやろう……トラウマと弾丸をな」
ジュラルはロビーのコーナーからイオン砲を構えた。嫉美も、
「そうね。そんなに知識が欲しいなら」
ざわつく帯の集合体をなだめつつ、
「あなた達の身体に、恐怖や痛みの知識を死ぬほど与えてあげるわよ!」
皆の踵が一斉に床を蹴った。
●
ブエル兵が狭いロビーの中を動き回る。灼滅者を倒さなければ図書館に入れないと認識したのか無理に突破しようとはしない。試みたとしても集中攻撃を受けるだけではあったが。灼滅者たちは図書館前に空きを作らないよう、気配を読みつつ、声を掛け合いつつ戦いを進める。
「パー子気をつけて!」
「ナノ!」
1体が氷の魔法を後衛にかけたことを察してクリスが言う。パーシモンのローブがピシピシと凍った。すでに攻撃モーションに入っていたクリスはそのままもっともダメージの深い1体をシールドで殴りつけ、意識を自分へ向けさせる。
瞬間別の1体から光線が発射された。前にオベロンが走り込み、その後ろからシートを片手ではたきこむように跳び上がった傑人の足元、闇夜の色に炎燃え金の散る、流焔夜から星色が散りこぼれる。
次いでもう2体のブエル兵から放たれた光線が、ロビーを対角に割り進んだ。刹那2本の交差するポイントへもう1本の光線が向かう。ジュラルが撃った光線だった。
「嫉妬を込めて貫くわ!」
飛び交う光線の間を嫉美の意志を持つ帯が、自由自在に飛び抜けた。光線同士は衝突をおこし、相殺。狙撃者の為に作られたサングラスの下、狙撃者の灰色の瞳は次の獲物を瞬時に見定める。
傑人がブエル兵に蹴りかかると同時、オベロンが機銃を掃射した。パーシモンと軍師殿の飛ばしたハートがふわりと浮かび、刃は巴の手足を凍らせていた氷を溶かす。天明からは耕平に向け、超感覚を呼び覚ます霊力の矢が撃ちだされた。
「グギエ」
射撃と嫉美の帯の貫通でボコボコと穴があいたブエル兵の獅子面を、流焔夜が蹴り潰す。回復か反撃か試みる為か、傑人の足の下から起き上がろうとするブエル兵。が、その眉間をあっさりジュラルが撃ち抜いた。ブエル兵はシュウシュウと音を立てながら消滅する。
「安全なところで配下に任せて、楽して知識集めようとしてるブエルの妨害をしてると思うと、なんだか楽しくなっちゃうわね!」
巻き取られていく帯を赤く長い髪と躍らせ、嫉美が言った。
「ソロモンの悪魔もリア充も邪魔してナンボなのよ! 妬ましい!」
言いながら嫉美は飛んできた円盤状の光線を、手にした槍を回転、弾き返す。
耕平の前には刃が飛びこんだ。ディアナは自分に向かってきた直線の光線を、ギターを斜に差し出して防御する。押し切る力にパシンと漆黒の髪が鳴り、防ぎきれなかったエネルギーがディアナの肌と服へ傷を刻んだ。クリスは顔前、高くあげた純白のエアシューズ、Wunderで円盤を蹴り返し、傑人とオベロンは一時騎乗して光線の軌道を飛び越える。
「本を粗末に扱う輩は、まとめて御用だ!」
刃の後ろから大きく抜け出た耕平の背を起点にすごい安全帯が翼の如く広がった。耕平は、ディアナの傷を駆け寄った刃が癒やし、さらに刃には扇をひらひら、軍師殿のハートが届いたことにほっとする。
ロビーごと包みこむような耕平の帯の翼から逃れられたブエル兵はいなかった。すかさず槍を手に駆けいる巴。ディアナはギター構え直し激しくかき鳴らす。
「グギイイ」
ギターの音波がガスン! と1体を床に落とした。落ちたブエル兵を狙い、螺旋の回転が加わる槍を手のひらにしっかりと抑え、巴が低い姿勢で走りこむ。その背中に向け発射される光線。だが、
「援護、する」
感情はこもらずとも意志を伝える声音の抑揚。射線に入った傑人が光線を防ぎきった。
「グギエ」
ブエル兵に巴が槍を突き刺す。顔がグズグズと崩れ、位置がずれながらも形を残している唇から至近距離、巴へ矢が放たれた。
「!」
咄嗟に防御した巴の腕に矢がささり、まもなくして爆発を起こす。なんとか飛び退いた巴に、天明は大好きな星空の世界の霊力が込められた弓を再び引き絞った。
「巴!」
弾かれる弓。天明のポニーテールも揺れる。
「ありがとうございます」
巴が言った。腕の傷が癒やされていく間、深手を負った1体が場所を変えようと動き出したが、
「逃がさない! 纏めてえーい!」
嫉妬を力に唸る嫉美の鞭剣に、他2体とともに身体中を斬り裂かれる。
「グゲ、ッ」
ゴトリ、ゴトリ、とあちらこちらでブエル兵の足が落下した。走るクリスの足の甲、靴紐代わりのピンクのバンダナがあふれだす流星の煌きに霞む。
「行くよ!」
クリスがブエル兵にとびかかった。回転を早め、逃げるブエル兵。だが、
「鬼神の一撃、凌げるかい?」
「グギャ、」
待ち構えていた耕平の鬼の腕が、ブエル兵の顔面を叩き潰す。1度目の蹴りはフェイク。上に振りぬいて体を半回転ねじり、逆足を向けたクリスが、流れる星の重さをのせたWunderでブエル兵を蹴り崩した。
ブエル兵は千切れ飛び、消えていった。
●
「嫉妬の知識を体にどーん!」
「グギイ」
怒りに燃えクリスに向かっていった1体へ『どーん!』と同時、嫉美の槍の妖気から作りだしたつららがどーん! と刺さった。つららで床に縫い止められた状態から、身を破きながらも進もうとするブエル兵の裏側をジュラルが冷静に撃ち抜き、3体目が消滅する。
ブエル兵がいくら回復を繰り返しても、動きが鈍くなることは止められない。盾として奔走していたオベロンと刃は消滅していたが、パーシモンと軍師殿が状態回復を確実に行ない、灼滅者たちは攻撃と連携の精度を落とすことなく、図書館の入り口を死守。4体目も追い詰めている。
ロビー内を複数のエアシューズの音が駆け巡る。ブエル兵はぐるぐると目玉を回して狙いを定めると自分自身も回転。エアシューズを走らせている1人、天明に向かって光線を発射した。
「やらせない……!」
射線に入った傑人がギターを一振り。光線を弾き返す。そしてそのまま鮮血の色のオーラをギターへ宿すと、ワンステップで踏み切り、殴りかかった。対し、ブエル兵が口から矢を飛ばそうとする。が、口からはみ出た矢ごとバクリと忍び寄った真っ黒な影が飲み込んだ。トラウマを出現させた影がジュラルの元へ戻るより早く、傑人のギターが打ち付けられ、ブエル兵は生命力と魔力を吸い取られる。
弱りぐらつくブエル兵の顔のど真ん中を間髪いれずに嫉美の槍が貫いた。時計回りにねじ切れ歪む獅子面。加えて天から降り注ぐような煌きの嵐。2方向から天明と巴が、同時にエアシューズで蹴りかかる。
ブエル兵は回転を強め、2人を弾き飛ばそうとした。しかし、
「一時停止よ!」
交通標識を赤色にスタイルチェンジ。ディアナがブエル兵を殴りつける。
「ギゥ」
衝撃に震え動きを止めたブエル兵へ、天明と巴が蹴りを放った。測ることができないほどの重さ。片方なら部屋の角まで蹴り飛ばされていただろう。2人の攻撃に挟まれたブエル兵は細長く押し潰される。その比率の狂った顔を、正面から蠍火のシールドでクリスが殴打した。振り切った腕の斜め上には外周から駆け入った耕平が跳んでいる。
「本食べるより先に、公共物の扱いについての決まり事を読んで来い! 話はそれからだ!」
炎を纏ったエアシューズの片脚が空中で後ろにひかれ、愛用のジャージの背中、雲海を渡る龍の刺繍が勢いに煽られ波打った。
「昇竜炎舞!」
「ギアアアアア!」
爪先がブエル兵を蹴破り、豪炎が破片を燃やす。着地した耕平の後ろ、最後の1体が燃え尽きた。
●
「ブエル兵にも食べる本に好みってあったのかしらね?」
後片付けをしながらディアナが言った。復活した刃もお手伝いをしている。
「絵本の知識で力を取り戻す悪魔って言うと、何だか可愛らしいようなそうでもないような……って思ってたけど」
少なくとも姿は可愛らしく、はなかったはず。
「本を食べちゃうなんて、すごく……すごく迷惑、なんだけど」
巴と一緒に絵本を並べながら天明は、
「実を言うと、あたしも本を食べて知識を吸収できたらテスト勉強しなくていいのになって」
ちょっとうらやましい、と巴と顔を見合わせた。
しばらく後、あらかた片付いたところで、
「さ、これでいいかしらね」
嫉美が言った。
「そうだね。食べられてしまった本は、早く職員さんが気づいて補充してくれるといいな」
耕平が言い、傑人が頷く。傍らにはオベロンも復活している。数冊の絵本はなくなったものの、図書館が荒らされることは防いだ。子どもたちががっかりすることもないだろう。自分にはやはり読書より運動の方が合っているかも、と思いつつ、巴は整頓された棚を見て安堵する。
「新年早々はた迷惑な奴らだったねホント」
軍師殿の扇子がそよそよと風を送る隣、トマトジュースで一服中のジュラルが言った。
「まあおかげさまで、いい運動になったからいいけど」
「うん、みんな今年初の一仕事お疲れ様」
クリスが言う。そして、
「パー子もお疲れ様だよ、よくできました」
パーシモンの頭を優しくなでた。
作者:森下映 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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