本日休館日

    作者:佐和

     年末に激戦が繰り広げられた横須賀中央駅のほど近く。
     入口に『本日休館日』の札が掲げられた市立図書館の中から物音が聞こえる。
     札の下がった扉はわずかに開いていて。
     灯りのない室内の静謐な暗がりが覗き見れた。
     もし、そこに踏み込む者がいたならば、物音の正体がすぐに分かっただろう。
     入口を入ってすぐ右手にあるのは、靴を脱いで上がる絨毯のスペース。
     2段ほどの低い本棚に幼児用の絵本が収まった、絵本コーナー。
     そこに1つ目の影が蠢いている。
     絵本コーナーと逆側にある貸出カウンターの間を抜けた正面には、大人にとっては背の低い本棚が並ぶ。
     収められているのは児童書や子供用の図鑑、そして雑誌。
     そこに2つ目の影。
     そして、階段を上った先には、集会室と書かれた広い部屋と、百科事典や図鑑、歴史書に科学書などの難しめの本、あとは紙芝居が収められた狭い部屋。
     その百科事典の前に3つ目の影が。
     いずれも、図書館で聞こえてはならない音と共に、居る。
     びりり、びりりと。
     むしゃり、むしゃりと。
     音がするたびに本が壊され、図書館が荒らされていく。
     そしてそこに書かれた『知識』は、蠢く影に……ブエル兵に奪われていく。
     
    「ブエル兵、図書館に、来るよ」
     まずは端的にそう言ってから、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は手にしたお汁粉をずずっとすすった。
     年末に行われた武神大戦獄魔覇獄。
     晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)が危惧していた、大戦の残党による事件が起きることが分かったという。
     予知されたのは、獄魔大将の1人であったソロモンの悪魔・ブエルに関して。
     あの戦いでブエルは多くの知識を失ってしまい、その再収集をするべく、ブエル兵を放ったのだ。
     狙われたのは図書館。
     今まで新しい知識を求めていたブエルは見向きもしなかったが、基本的な知識を集める、という点では確かに理に適った場所だろう。
    「ちょうど、年末年始、お休みだから、誰もいない。けど……」
     年始の開館日に訪れた人が目の当たりにするのは、荒らされた本の山。
     もはや本として扱えるものでもない状態となってしまったそれを見て、楽しみにしていた人達はどれだけ落胆するだろうか。
     それに、再収集でブエルが再び力を得るのも、防がなくてはならない。
     だからこそ。
    「ブエル兵、3体、倒して、ほしい」
     灼滅者達に依頼して、秋羽はお汁粉からお餅を拾い上げた。
     図書館に入ると、ブエル兵は3体バラバラなところにいる。
     1階の絵本コーナーに1体、児童書コーナーに1体。
     ここは本棚が低いため、同時に相手することが可能だ。
     だが、最後の1体は、階段を上った先、2階の専門書コーナーにいる。
     唯一大人向けの部屋となっているが、だからこそ狭く、本も多い。
     扉でつながった隣の集会室は、がらんとして広く、本もないので、上手く使うといいかもしれない。
     とはいえ、1階と2階、2ヶ所の戦場となってしまうことは否めない。
     どう行動するか、考えることは大事だろう。
    「眷属、だから、強敵じゃない、けど……気を付けて」
     相対するのはブエル兵。
     しかしその背景にはブエルがいる。
     図書館を守ることが、ブエルの今後にも影響してくるだろう。
     秋羽はこくんと1つ頷いて、お汁粉のお餅にびろーんと噛みついた。


    参加者
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    花房・このと(パステルシュガー・d01009)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)
    桜井・オメガ(オメガ様・d28019)
    不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)

    ■リプレイ

    ●絵本と児童書
     『本日休館日』の札を超え、入口の扉を開けると、蠢く2つの影が見えた。
     薄暗い部屋の中、伸ばされた山羊のような足が背の低い本棚に触れ、ばさばさっと本が落ちる音が響く。
     そして開かれた本に覆いかぶさるようにして、影は……2体のブエル兵は、びりびりと、そしてむしゃりむしゃりと本を食べだす。
     そこに。
    「みんなの本をぐちゃぐちゃにするなんて許せないぞ!」
     正面のブエル兵に帯を射出しながら、桜井・オメガ(オメガ様・d28019)が飛び込んだ。
     横手の絵本コーナーにいる相手には、星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728)がモップを鋭く振り抜く。
     ぎろり、とブエル兵の視線が本から灼滅者達に移ったところで、北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)も続けて帯を放ちながら、
    「司さん、壱さん、行ってくださいです!」
     声を向けた背中の後ろを、篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)と柊・司(灰青の月・d12782)が駆け抜けた。
    「おーけい。行くわよ、らぎ」
    「皆さんも気を付けて」
     2人が向かうのは2階へと続く階段。
     駆け上る足音が遠ざかるのを聞きながら、みくるはハタキを構えて立ち塞がり。
    「では、1階はボク達が御担当させて頂きたいと思います」
     その横に浮かぶナノナノのノノがふわりと頷く。
    「参ります」
     飛び出したその背中と、その向こうの敵を見つめて、結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)はミラーシェードを取り出した。
    (「本は1冊1冊に誰かの思い入れがあるんだ。
     それを荒らすなんていうのは、止めないといけない」)
     床に落ちた数冊の本、それもちらりと視界の端に捕えて。
     創矢は目を伏せるようにしてミラーシェードを着ける。
    「それじゃあ、後はキミに任せるね……」
     そして顔を上げると、無言のまま鋭く床を蹴り、異形巨大化させた腕を振り上げた。
    「……Fais ce que tu voudras」
     不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)も解除コードを呟き、羽織った黒いコートをマントのように靡かせながら魔法の矢を周囲に生み出した。
     そのまま正面のブエル兵を指さすと、矢はその指示に従うように集い、放たれる。
     続くようにオメガも手にした槍を突き出した。
     念のためにとサウンドシャッターを展開した花房・このと(パステルシュガー・d01009)は、傍らに現れたナノナノに視線を向けて。
    「ノノさん、回復をお願いしますっ!」
     頷くノノさんの向こうで、ノノがきょとんと振り向きました。
     似た名前に首を傾げるノノに、みくるはくすりと微笑んで。
    「ノノにも回復をお願いします」
     そして2匹のナノナノは、ふわふわとハートを振り撒いていく。
    (「ナノナノがいっぱいです」)
     そんな光景を見て心弾ませた朋恵は、もう1匹の自分のナノナノに笑いかける。
    「ロッテは、まずはこうげきするです」
     主の声に応えて、クリスロッテはしゃぼん玉を生み出した。
     まずは敵を減らそうと、灼滅者達の攻撃は正面のブエル兵へと集中する。
     とはいえもう1体、絵本コーナーにいる方を放置するわけにもいかず。
     絵本にまたその足を伸ばそうとしたブエル兵に、みくるのハタキが雷を纏って振り下ろされた。
     再びこちらを睨みつけてくるブエル兵と、その足元に散らばる絵本をちらりと見て、ふとみくるは首を傾げる。
    「あのような御方法で『知識』は得られますのでしょうか?」
    「本は読むものだ!」
     答えるように叫びながら、オメガが児童書コーナーのブエル兵を撃ち貫いて。
    「ったく、食べて知識を得ようとするとか……度し難いね?」
     九朗もため息まじりに呟きながら、本棚の影に隠れつつ魔法弾を撃ち出した。
     集中砲火を受けながらも、ブエル兵もやられてばかりではない。
     振り上げた羊の蹄のような足が、重く鋭く襲いかかり、創矢が大きく吹き飛ばされた。
     しかしすぐさまこのとが小光輪を放ち、盾として庇いながらもその傷を癒していく。
    「本は大切に扱わなくちゃ、駄目ですよ!
     ぐちゃぐちゃになった本を見たら、図書館の人も、子供だって悲しんでしまいます!」
     そして訴えるような声はブエル兵に向けて。
     その声を届かせようとするように、すぐさま起き上がった創矢は鶯矢を振るい、生み出した冷気のつららをブエル兵に叩き込む。
     そしてそのつららに紛れるように飛び込んだ朋恵が、鋭く槍を穿ち放った。
    「確かに図書館は知識を得る場所だけど、『皆が』知識を得る場所だよね」
     食べてしまったら他の人は知識を得られなくなるし、と呆れたように言う九朗に、みくるも1つ頷いて見せる。
    「いずれにしましても、本をお食べになられます事は良くないと思います」
     ミラーシェードの下から冷静にブエル兵を狙い続ける創矢も、想うのはこの場所にあるべき物達。
    (「プエルの知識の収集を防ぐとか、力を蓄えるのを防ぐとかじゃない」)
     あるべき物がそこに在れるように。
    (「本を、守るために」)
     その思いで空を翔け、鋭い飛び蹴りを叩き込むと、ブエル兵は本棚へと倒れ込み、そのまま姿を消した。
     すぐさま朋恵はもう1体、絵本コーナーにいる相手へと視線を向ける。
     そこにあるのは、きっと朋恵自身も幼い頃に楽しい時間をもらった絵本の数々で。
    「子どもむけの本は楽しいものがいっぱいありますです!
     それを食べて読めなくしちゃうなんて、ゆるせませんです……!」
     その時の楽しかった気持ちを思い出した分だけブエル兵への怒りが湧いてきて。
     杖と魔力と共に、その想いも叩き込んだ。
     創矢が放った魔法の矢を見て、オメガも張り合うように魔力を詠唱圧縮して放ち。
    「……シュート」
     その攻撃に気を取られたところを、隠れていた本棚の影から飛び出した九朗が、ぼそりと呟きつつ撃ち抜いていく。
     ハートやしゃぼん玉が漂う中で、ブエル兵に次々と攻撃が重なって行き。
    「この図書館は、わたしたちが守りますっ」
     ぐらりと傾いだその山羊のような頭にこのとが殴り掛かり、網状の霊力で縛り上げたところで。
     朋恵とオメガの放ったダイダロスベルトが、ブエル兵を交点として交わり。
     知識を求めた五本足の山羊は消え去った。

    ●専門書と集会室
     2階に上がった司は、耳を澄まして辺りを伺う。
     そして音を頼りに専門書コーナーの一角を覗き込み、すぐさま目指す相手を見つけた。
    「鬼さんこっち、向いてください?」
     のんびりした言葉だけれども、同時に放たれた朱塗りの槍は捻りを得て鋭くブエル兵を抉る。
     振り向くブエル兵に、壱は青色に変化させた標識から光線を撒きながら、引き付けるように後退して見せた。
     進む先は、隣の集会室。
     さらに、攻撃だけでは足りないかと、用意してきた本をちらりと見せてみたり。
    「ねぇ、基本的な知識が欲しいならこれとか丁度良いんじゃない?」
     ふふっと笑いながら掲げるその表紙には、幾種類かの植物と『家庭菜園入門』の文字が書かれていて。
    「じゃじゃん! らぎが居るからこれにしてみマシタ!」
     ブエル兵にというよりは司に向けて、いい笑顔を見せた。
    「しのさん、その本は、その本はやめて下さい……!」
     とたんに花好きの司が慌てて壱に追いすがる。
    「ていうか何で『僕がいるから』なんですかっ」
    「え? ほら、らぎが喜んで飛びついてくれたら、向こうも釣られるかなって」
    「投げますよ。いや、本じゃなく、しのさんを」
     にまにま笑ってからかう壱と、必死にそれを追う司。
     その後をブエル兵もじりじりと追って、一団は集会室になだれ込む。
     壱の作戦通りか、それとも単に本につられてか、はたまた攻撃されたからか。
     理由は不明瞭だけれども、とりあえず狙った通りにブエル兵を誘い込めた2人は、また本のある場所に戻られないように攻撃を繰り出していく。
     司が夕暮れ色の杖を魔力と共に叩きつければ、その後ろから追い迫っていた壱が飛び蹴りを叩き込み。
     回転する羊蹄を喰らいながらも、明るいオレンジ色のオーラを纏った拳の連打を放ち、右中指の指輪から繋がる鋼糸を緋色に染めて切り刻む。
     元が足止め目的の灼滅者と、手数に劣るブエル兵。
     じりじりと互いの体力を削り合い、決定打のない戦況が続いていた。
     だがそこに、朋恵の射出した帯と、九朗の放った魔法の矢が降り注ぐ。
    「柊さん、篠崎さん、大変お待たせ致しました」
     ブエル兵の横を駆け抜けざまにモップを振り抜いたみくるが声をかけると、次々に仲間達が集会室に入ってくる。
     創矢が蹴りを繰り出し、オメガが槍ごと突っ込んで行くその隙に、司と壱はそれまでの負傷を考慮して後ろへと下がった。
     そこにふわふわとハートが降り注ぎ、このとも指先に霊力を集めて浄化の光とする。
    「ロッテも手つだうです」
     朋恵の声に応えてクリスロッテも回復へと回った。
     仲間の助けを得て傷を癒していく2人を、ブエル兵は唸るようにして睨み付けて。
    「よそ見している暇とか、あるのかな?」
     そこに、銃の形にした指で狙いを定めた九朗が、魔力弾を撃ち込む。
     続けとばかりに攻撃が重ねられ、一気に形勢が不利となったブエル兵は、それでも本を狙って壱へと羊蹄を振りかぶり。
     とっさに間に入ったこのとがその一撃を受け、お返しとばかりに縛霊手で殴りつける。
    「本を大切にしないブエル兵は、ここで倒させていただきます!」
     同意を示すように、創矢が無言で一条の光のように抉り出した鶯矢で貫けば。
    「これで終わりだぞ!」
     叫ぶオメガの周囲に魔法の矢が生まれて。
     振り下ろした腕に合わせてそれはブエル兵に次々と突き刺さり。
     次いでみくるが振り下ろしたハタキが起こした爆発の向こうに、ブエル兵の姿は消えた。

    ●開館日へ向けて
     敵の消えた集会室をぐるりと見回してから、創矢は目を伏せるようにしてミラーシェードを外して。
    「さて、と……少しだけ、掃除してから帰らないと、かな」
     上げた顔に大人しく優しげな笑みを浮かべて、そう皆に声をかけた。
    「お掃除、頑張りたいと思います」
     やる気満々で掃除用具を構えたみくるは、まずはと自分自身とノノをクリーニング。
     自らが汚れを振り撒かないようにしてから、片付けへと向かう。
     早くにブエル兵を引き出せたとはいえ、専門書コーナーの本は、わずかな間に数冊荒らされてしまっていて。
    「破れちゃったのは戻せないわねえ」
    「できる限り整えましょう」
     残念そうに眺める壱に、司も、完璧に直せたらいいのに、と思いながら片付ける。
     そして、1階の児童書コーナーと絵本コーナーは、戦いの場となったために2階よりさらに荒れていた。
     本や本棚を傷つけないように気をつけてはいたけれども、灯りのない暗がりではそれにも限度があって。
    「最初に灯りをつければよかったですね」
     スイッチを見つけて室内灯を灯しながら、このとが寂しそうに微笑んだ。
     本の状態を確かめながら、無事なものを本棚に戻していた九朗は、ページが数枚破れた本を手に肩を落とす。
    「どうしたのでしょうか?」
    「この本、今度読んでみたいと思ってたんです」
     心配そうに覗き込むみくるに、手にした児童文学の本の表紙を見せて、九朗は苦笑した。
     朋恵も絵本コーナーを整理して。
    「絵本、やぶれちゃったです……」
    「こっちは表紙が汚れてしまいましたね……」
     このとと共に、幼い頃から親しんできた本の破損に目を落とす。
     傷ついたのは数冊の本だけ。
     ブエル兵をそのままにしていたら図書館全ての本がそうなっていたと考えれば、被害は格段に少なく抑えられたのだが、本が好きだからこそ、1冊でも傷つけられてしまったのがやっぱり悲しくて。
     沈む空気に、んー、と考えていた壱は思いついて、持ってきていた『家庭菜園入門』を司の前に開いた。
    「ね、らぎ。この本見て見て。
     で、アタシでも育てられそうな植物ってオススメある?」
    「植物ですか? しのさんって面倒見良さそうですから……」
     問われて、あれかこれかとページをめくる司。
    「もっと、こう……あ、観葉植物とかは?」
    「それだとこの本には載ってなさそうですけど……」
    「こっちに植物図鑑あったぞ!」
     そんな2人の間に、ずいっとオメガが子供用の図鑑を差し出した。
    「絵が綺麗ねぇ」
    「易しいですけれど、結構解説がありますね」
    「これとか美味しそうだ!」
     ぺらりぺらりと本が捲られる音に、そして本を覗き込む3人に、惹かれるように他の皆の意識も向いていく。
    「……ちょっとくらい、読んでもいいですよね?」
    「おススメの本とか、ありませんか?」
    「あたしは絵本にするです」
     そして始まる読書の時間。
     守れた本を大切に手に取って。
     それは、ほんの一時ではあったけれども。
     灼滅者達は、図書館での楽しい時を過ごしていった。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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