●胡蝶之夢
「――これは夢なのかしら」
屋敷内の温室にて、黒髪の少女は問いかける。
その指先には季節外れの蝶が止まっていた。だが、少女はその場にひとりきり。問いに答えられるものは今この場にはいない。されど彼女はそれにも構わずもう一度唇をひらく。
「私は前に死んだはずなのに。どうして……今、生きているの」
蝶がひらひらと翅をはばたかせ、温室内に咲く薔薇の方へと飛んだ。
自分が死んだはずだと知っている少女は自分が置かれている現状を自ずと理解していた。この温室でだけ生きていられる蝶のように、少女もブレイズゲートと化したこの付近から出ていくことは出来ないのだろう、と。
しかし、其処に悲哀の感情は見えない。
「でも、そんなことどうだっていいわ」
傍らに咲く黒薔薇に手を伸ばした少女は小さく笑み、漆黒の瞳をそっと閉じた。
これがたとえ胡蝶が見ている夢であっても、夢ですらなかったとしても構わない。愛して止まなかったこの温室をこうしてまた愛でることが出来るのだから。
「あの頃の続きをはじめましょう。此処を花と血で彩る、私の夢の続きを」
愉しげに呟いた少女は黒薔薇の根元へと手を伸ばす。
其処には血塗れの亡骸が転がっていた。
「私の可愛い黒薔薇、もっと血を吸いなさい。そして、ずっとずっと美しく咲いてね」
少女の名は、咎嶺・蝶子。
その正体は――吸血衝動の儘に人を殺め、残った血を温室に咲く黒薔薇に捧ぐことを好むヴァンパイア。ブレイズゲートの力で蘇った彼女は再び動きはじめる。
眠りの夢と裡に抱く夢。ふたつの夢を重ね、黒と赤の世界を創り出す為に。
●栄華の温室
軽井沢の別荘地の一部がブレイズゲートになってしまったという。
このブレイズゲートの中心となる洋館は、かつて高位のヴァンパイアの所有物だった。だが、そのヴァンパイアはサイキックアブソーバーの影響で封印され、配下のヴァンパイアも封印されるか消滅するかで全滅した。
しかし、この地がブレイズゲート化した事で消滅したはずのヴァンパイア達が蘇り、かつての優雅な暮らしを行うようになったのだ。
復活したヴァンパイアは一度は消滅した配下の一人。彼、あるいは彼女は別荘のひとつを占拠し、かつての暮らしと栄華を取り戻そうとしている。
その存在は、過去の暮らしを続ける亡霊のようなもの。
ヴァンパイア達はブレイズゲート外に影響するような事件を起こすわけではない。されど、その中に一般人が取り込まれかけているのならば話は別だ。
悪しき吸血鬼達の灼滅を決めた君達は、仲間と共にブレイズゲートへ向かった。
参加者 | |
---|---|
村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998) |
分福茶・猯(不思議系ぽこにゃん・d13504) |
水瀬・瑠璃(高校生ファイアブラッド・d13508) |
久我・なゆた(紅の流星・d14249) |
アデーレ・クライバー(地下の住人・d16871) |
タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738) |
ルチル・クォーツ(クォーツシリーズ・d28204) |
アンゼリカ・アーベントロート(黄金奔放ガール・d28566) |
●血の花
――貴方はあくまで私のもの。
黒薔薇の花言葉を思い、ルチル・クォーツ(クォーツシリーズ・d28204)は独り言ちる。
「囚われてるのは……どっち?」
訪れた屋敷の内部。硝子張りの温室の中を窺い、ルチル達は頷きあう。
室内に咲く薔薇の枝葉の向こうには花の手入れをしている少女の姿が見えた。
それがこの屋敷に住まう悪しきヴァンパイアなのだと確信し、分福茶・猯(不思議系ぽこにゃん・d13504)はふと思う。
花を育てるならば血を与えるより、栄養になる物を与えた方が良い気がする。
「吸血鬼の考えてることはよく分からんのう」
猯が溜息を吐く傍ら、身構えた村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)は戦いに備えて思いを固めた。
(「温室育ち、かぁ……文字通りならよかったのかもね」)
考えても叶わぬことを思考から振り払い、寛子は硝子の扉に手をかける。
すると、タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)が彼女の代わりに扉を開く旨を申し出た。今回、ブレイズゲートに訪れた仲間の中で男は自分だけ。それならば先陣を切るのは己の仕事だ、と。
「行こうか、早く終わらせてのんびりしようぜ」
キィ、と蝶番が軋む音と共にタロスは温室へと踏み込む。
水瀬・瑠璃(高校生ファイアブラッド・d13508)も前へと歩みを進め、奥の薔薇の傍に立っていた少女を見咎めた。
「花の手入れをしているところ失礼する」
瑠璃が礼儀正しくかける声は凛々しく、花の傍にいた少女は驚いて首を傾げている。
相手からの警戒が滲む視線を受け止めた久我・なゆた(紅の流星・d14249)は一礼し、しっかりと言い放った。
「お花の手入れはそこまで! 此方の挑戦を受けてもらうよ!」
「さぁヴァンパイア勝負しろ! 私達がやっつけるからなー!」
アンゼリカ・アーベントロート(黄金奔放ガール・d28566)もぶんぶんと腕を振り、戦う気概とやる気いっぱいの姿勢を見せる。
二人の言葉を聞いたヴァンパイアは此方が何をしたいか理解したのだろう。逃げるまでもないと感じたらしい少女は大鎌を手にし、灼滅者達を迎え入れた。
「いいわ、この咎嶺・蝶子がその挑戦を受けて立ちましょう」
淡々とした声で返した少女は、「ただし花は汚さないで」と付け加える。アデーレ・クライバー(地下の住人・d16871)は勿論だと答えようとするが、蝶子の足元に転がっているものを見て眉を顰めた。
其処には、以前は人だったであろうものが無造作に置かれていたのだ。
「血染めの花……忌むべき芸術とでも言いましょうか」
唇を噛み締めたアデーレは卑劣なヴァンパイアので悪趣味さを肌で感じ取り、灼滅への思いを強める。そして――戦いは静かに幕開けた。
●哂う蝶
戯れに殺された人の血で染められ、育てられた花は哀れに思えた。
それに、と踏み出した寛子は少女の名を聞いた時に感じた想いを噛み締める。
「蝶子って名前は、寛子の大切な友達と同じ名前なの……」
友達を侮辱しているようにも感じた寛子は魔力帯を展開し、敵への狙いをしっかりと定めた。しかし、寛子よりも先に蝶子が動く。
大鎌を振り下ろそうとするヴァンパイア。その射線に立ち塞がった猯は刃の軌道を読み、掲げた標識で以て受け止めた。
「しかし、折角の綺麗な花も骸と血臭と一緒じゃぁ魅力もがた落ちだと思わんかね?」
問いかけてみる猯だったが、蝶子は答えの代わりにより一層強い斬撃を見舞う。
猯の肌から血が滴り、アンゼリカはむむ、と唇を尖らせた。
「なかなか強いな! だけどぶっとばすぞー!」
そして、アンゼリカはで相手を捉えようと狙い、縛霊撃を放つ。
おそらく敵の力量は自分達よりもはるかに高い。だが、それは一対一で見たときだけのこと。協力しあえば勝てぬことはないのだと感じ、寛子は攻撃に移った。
なゆたも仲間の思いを感じ取り、盾を構える。
「まずは援護。それから、この拳でやっつけるよ」
前衛達の守りを固める為、なゆたは防護の力を展開させた。先んじて仲間のサポートに回ることを選んだなゆただが、強く握った拳は敵への闘志を宿している。
瑠璃も同様に盾の力を開放し、更なる防御を重ねていった。
「ダークネスとはいえ貴種を名乗る種族が弱者を食い物にするとは許せぬな」
汝のような邪悪を見過ごして置けるほど我らもお人好しではない。凛と告げた瑠璃の瞳は真っ直ぐに敵を貫き、揺るがぬ意志を映しているかのようだった。
瑠璃の後方、ルチルは黒薔薇の茂みを何気なしに見遣る。
「ルチルは薔薇より水晶の方が好きだな」
ふと零した呟きはすぐに他所へやり、地面を蹴り上げたルチルは脚に炎を纏った。赤く揺れる一閃が蝶子を穿ち、衝撃を与える。
しかし、まだその程度ではヴァンパイアは揺らがなかった。
タロスは敵が更なる攻撃に転じようとしていると見抜き、その前に一撃を撃ち込むべく駆ける。見れば、そこかしこに亡骸の破片のようなものが散らばっているのが見えた。
「ガーデニングは良いが、随分と悪趣味なこった」
忌々しさすら覚えたが黙祷を捧げるのは後。肉体を巨躯へと変化させたタロスは掲げた標識を一気に振り下ろし、蝶子の動きを止めようとした。だが――。
「力強いけれど、大振りね」
少女は身を翻して一撃を避け、嘲笑うような瞳を向ける。
きっと、彼女は此方の力が自分よりも劣っていると知り、侮っているのだ。そう感じたアデーレはサングラスを外し、敵を強く睨み付けた。
それと同時に左半身の青痣から寄生体が発現し、アデーレの持つ槍を取り込む。目を細めた蝶子はアデーレを見遣り、くすくすと笑んだ。
「面白い身体ね。特別に、貴方達も黒薔薇に捧げてあげる」
「いいえ、私達は花の養分にはなりません」
視線で火花が散ったような感覚。
そして、アデーレの腕に巨大な鷲の爪めいた刃が生成され、螺旋の槍撃がひといきに振るわれた。しかし、蝶子の鎌刃もまた槍を迎え撃つ。
その瞬間。空気が震え、温室の硝子までもが振動したかのような衝撃が走った。
●薔薇の色
戦場と化した温室で繰り広げられる戦いは激しく巡る。
霧が辺りを包み、魔力が弾け飛び、どちらのものとも知れぬ血が散る。未だに両者一歩も譲らぬ状態だ。
「どんなにお前が強くたって負けないぞ!」
アンゼリカが勢いよく応戦する中、踏み込んだなゆたも拳に抗雷の力を宿す。
「あなたが亡霊のようなものなら、きっちりと成仏させないとね」
瞳はしかと蝶子を見据えており、正拳突きの如く繰り出した拳は真正面から大きな衝撃を与えた。しかし、ヴァンパイアは痛みをものともせず、こてりと首をかしげる。
「亡、霊……? そう、やっぱりこれは……夢なのかしら」
茫洋した瞳は何処かぼんやりとしていた。
それでいて容赦のない攻撃を放ち、此方を薔薇の養分にしようと考えているのだから性質が悪い。猯は息を吐き、仲間を支えるために癒しの力を紡ぐ。
「お前さんとは趣味も合わなければ、まともな会話もできそうにないの」
目の前のヴァンパイアは元より人を何とも思っていないような輩。それゆえに致し方ないかと諦めを覚え、猯は標識を黄色に変化させた。其処から癒しが仲間達に広がり、更なる耐性を与える。
対する蝶子も咎の力を黒き波動に変え、タロスやアデーレ達を穿った。
その衝撃は侮れず、灼滅者達の力を削り取ってゆく。
いけない、と仲間の危機を察したルチルは剣を高く掲げ、祝福の言葉を紡いだ。風に変わった癒しはタロス達の背をしっかりと支えた。
その際、ルチルはふと蝶子に問いかけてみる。
「何で、黒薔薇……好き?」
「どうしてかしら。じゃあ、貴方はどうして水晶が好きなの?」
対する蝶子は先程にルチルが口にしていたことを覚えていたのか、逆に問い返す。予想外の反応にルチルは口を噤み、そっと瑠璃の背後に隠れることで誤魔化した。
瑠璃は背に彼女を守るような形で布陣し、斬艦刀の柄に手をかける。
「その邪悪な花ともども我が大太刀のサビにしてくれよう」
容赦のない眼差しを向け、瑠璃は居合抜きめいた動作で一気に刀を振るった。炎を伴う斬撃はヴァンパイアに直撃し、大きな衝撃を与える。
小さな悲鳴が零れる中、寛子は追撃を与えんとして弓を引き絞った。
「きれいな花を咲かせるのに与えるべきは血なんかじゃないの!」
一直線に放った彗星撃ちが敵を捉え、敵の腕を貫く。仲間達が更に其処へ続いて畳み掛けようとするが、蝶子とて紅蓮の反撃を繰り出した。
アンゼリカはまた押されてしまうと感じ、纏った魔帯を大きく展開する。
「みんなが危ないな。まだまだ頑張れよー!」
応援の言葉と共に味方の全身を鎧の如く覆い、防御を固めるアンゼリカ。これ以降にどんな攻撃が来ても、この力で守って見せる。
幼い眼差しの中には真剣さと力強さが宿っており、タロスはそれを頼もしく感じた。
「どうしても血がやりたけりゃ、手前のでやれってんだ」
タロスは腕を突き出し、寄生体を纏った布を舞い飛ばす。射出された帯は勢いを増し、蝶子の白い肌を赤い血で濡らした。
続いたアデーレは敵が弱り始めていると気付き、強く言い放つ。
「あなたが花を血で染めるなら、私はこの爪をあなたの血で染めます!」
それが、蝶子の灼滅を決めた自分の覚悟。
.閃光を纏う爪拳が大きく振るわれ、追撃が幾度も重ねられた。そして、次の一手を決めるべく駆けた寛子が跳躍する。
「花に水、人に愛、そしてあなたにアイドル灼滅者!」
次の瞬間、時計台キックと名付けられた一閃が放たれた。だが、蝶子に避けられてしまった寛子の一閃が薔薇を掠めて温室の硝子を割ってしまう。刹那、それを見咎めた蝶子の表情がひどく歪んだ。
猯は逸早くそれを察し、仲間達に呼びかける。
「ふむ、黒薔薇には手を出さんほうが良さそうじゃ。花に罪はないからのう」
「おー!」
「……大丈夫」
元気よく返事をしたアンゼリカは花を見遣り、頷いて応えたルチルは祭霊の光で仲間達の補助を担い続けた。
既に蝶子の息は上がり、終わりも見えて来た。
拳を更に強く握りしめ、なゆたは一撃を撃ち込むべく敵に肉薄する。
「ここで終わらせるよ――!」
なゆたが向けた強い意志は鋼鉄の如く、迷いも衒いすらもない一閃が炸裂した。
●夢の終わり
ヴァンパイアがよろめいて片膝をつく。こうなれば最早、最期を与えるのみ。
「介錯仕る故、恨みはないが覚悟めされよ」
瑠璃は掌を強く握り直し、雷の力をその身に纏った。ひといきに接敵した瑠璃の一撃が蝶子を貫き、其処へアデーレの撃ち出した弾丸めいた寄生体の力が放たれる。
「さあ、ご退場願いましょう!」
「どうして。夢なのに、どうしてこんなに……痛い、の」
羽状になって落ちたアデーレの寄生体を振り払い、蝶子は苦しげに呻く。
タロスは今こそ最期の時だと感じ取り、魔術杖を己の右腕に取り込んだ。魔力の奔流がタロスの巨躯に巡り、腕が振り上げられる。
「手前にとっては生き返ったことが夢に思えるかもしれないが、こっちにとっては……」
これが現実だ、と言い放ったタロスの右拳は一瞬にしてヴァンパイアを貫いた。
そして、蝶の名を持つヴァンパイアは息絶える。
何の言葉も残さぬまま、血濡れた黒薔薇だけを遺して――。
戦いは終結し、温室には静けさが満ちた。
「押忍! ……終わった、ね」
拳と拳を合わせたなゆたは倒れた少女を見下ろし、複雑な表情を浮かべる。猯は片目を瞑り、これが自業自得かもしれぬと言って武器をカードの中に戻した。
「ま、泡沫の夢じゃな。次は彼岸花でも育てると良い」
そうして、猯は戯れに「また会う日を楽しみに」という花言葉を亡骸へ送る。
アンゼリカは皆で手に入れた勝利を嬉しく思い、胸を反らす形で勝ち誇った。だが、すぐにはっとした彼女は薔薇の花に手を伸ばす。
「ごめんな~。お前達を世話する人倒しちゃって」
花にお詫びするように撫で、アンゼリカは謝罪の言葉を向けた。
戦いで硝子が割れ、荒れた温室はきっとこの後に朽ちていく運命を辿るのだろう。寛子は顔を顰めたが、凄惨な出来事があった場所なのだからこれで良いと首を振った。
「ここは、こうなるのが良かったの」
「そうですね。主を失ったならば……これが定めです」
アデーレはサングラスをかけ直しながら答え、その傍らでタロスはヴァンパイアに殺された者達の冥福を静かに祈った。
ふと顔をあげれば、一匹の蝶々がひらひらと舞っている。
今まで何処に隠れていたのか。タロスが腕を伸ばすと、するりと擦り抜けた蝶々が舞い上がる。そうして割れた硝子の隙間から飛び立った蝶は、いつしか見えなくなった。
「さて、帰るとするか」
瑠璃が仲間達に声をかけると、ルチルが少し待ってと止めた。
少女は自らの水晶で薔薇の形を作り、黒薔薇と比較した後に得意気に瑠璃に渡す。すると、瑠璃はルチルの了承を取ってから、水晶の薔薇を温室の中央に置いた。
これが此処で生を終えた者達に送る手向けになればいい。そう願って――。
そして、灼滅者達は帰路につく。
ルチルは最後に振り返り、これから誰も訪れることのないであろう温室を瞳に映す。
少女が蝶の夢を見たのか。それとも、胡蝶が少女の夢を見たのか。
きっと――そのどちらでもない。
「……夢の末路」
幽かな声で紡がれた言の葉は風に混じって消え、温室は再び静けさに包まれた。
作者:犬彦 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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