DEATH WATCH BEETLES

    作者:来野

     初春の住宅街は、静けさに満ちている。
     住人の多くは帰郷中なのか、いつもなら煤けている空もどこか清々しい。
     川沿いの並木道をそれて急な坂を上ると、その図書館はあった。古く大きな屋敷の残る界隈で、小ぢんまりとした造りが品良く映る。
     静かだ。それもそのはず、正面には『本日休館』の札が下がっている。司書も蔵書も、皆、等しく新年なのだった。
     そうした中、無人の館内で蠢くものたちがいた。勤勉な彼らの名を、ブエル兵という。
     サリリッ、という音が休みなく響いているのは、二階の児童書籍コーナーだ。紙屑を踏み散らかして、風車状の異形のものが動き回る。
     閲覧机の脇にちょっと不出来なタヌキの縫いぐるみを見つけた。子供たちのお手製らしい。手には『とびだすおりがみえほん』を抱えている。みんなのポンちゃん、こんしゅうのおすすめ。
     バシッ!
     蹄で絵本を叩き落とし、喰らいつく。これを最後に、二階の書籍は食べ尽くしてしまいそうだ。四体がかりで励んだだけのことはあった。
     柔肉から食べ始めて筋にためらうように、階段の方を窺う。一階は一般書と専門書のフロア。しかし、辞典や趣味の入門書などもないことはない。新聞、雑誌もある。
     そう、彼らは知の礎、基礎知識を食い荒らしているのだった。
     
    「みなさん、去年は本当にありがとう。今年もよろしくお願いします!」
     新たな年を迎え、遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)の笑顔と頭の鳥居の朱色が眩しい。様々なことがあったが、こうして挨拶できるのは皆のお陰である。
     しかし、世は穏やかな幕開けを許してくれないようだ。転がしたサイコロの目を見ると、鳴歌は、あ、と呟いた。
    「どうしよう、晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)さんの心配が的中しちゃった。ソロモンの悪魔・ブエルが動き出すみたい。狙いは、お休み中の図書館の本!」
    「本? どうして」
    「ブエルは、この前の武神大戦で、持っていた知識をずいぶんと失ってしまったようなの。だから、改めて収集しなおすために、ブエル兵を図書館に放つみたい」
     ブエルにとって、知識とはすなわち彼の力である。鳴歌の表情が曇った。
    「年末年始のお休み中だから、館内には誰もいないのが不幸中の幸い、というのかな。でも、年明けの図書館の中はめちゃくちゃ、なんてことになったら、すごく悲しいわ。その上、ブエルは力を取り戻してしまうのだから、ひどいよ」
     占いの本だってきっと食べられてしまう。ぽつ、と呟いて、鳴歌は顔を上げた。
    「お願い。ブエルが力を取り戻してしまわないように、図書館防衛戦に力を貸してくれないかな」
     彼女の拳の中で、サイコロがコツリと音を立てる。
    「現場の図書館は都内の住宅地にあって、あまり大きくない二階建て。正面の扉はブエル兵たちが、壊しちゃってる。そして、すぐ横の階段から二階に上がって、児童書籍コーナーから食べ始めるみたい」
    「割と可愛い趣味だね」
    「どう、なのかな。逆かも。今までマニアックな知識を集めていたのは基礎知識の収集は完璧だったからで、今回はそうしていられないってことじゃないかな」
    「ああ、本気と書いてマジの方か」
    「そう。だから二階から始めて、みなさんが到着する頃にはもうあらかた食べ尽くしてしまっていそう。そのままだと、一階の本も食べてしまうの」
    「上り下りは、階段だけ?」
    「階段横に小さいエレベーターが一機あるわ。二階のフロアは五つの本棚が平行に並んでいて、上ったすぐのところに大きな閲覧机があるの。ぐるっと椅子が並んでいる四角い机ね。一階フロアは、入った片側にカウンターと事務室と閉庫があって、それ以外は八つの本棚と壁際に一人がけの閲覧机が全部で五つ。二階の方がひらけているかなあ。あと、窓の外は大きな中庭になっていて、あずまやとベンチが一つずつ」
     良くある街の図書館だ。
     わかる限りの情報を上げて、鳴歌はほっと息をついた。ブエル兵たちの戦闘能力をメモで渡しながら、皆に告げる。
    「みなさんなら、きっときっちり片付けてくれるわ。そのきっちりが大切なの。だって、この戦いの結果で、ブエルのこれからが決まるかもしれないんだもの」
     鳴歌は手の上のサイコロを見て、顔を上げた。
    「占いすごろく用意して待ってる。無事に帰ってきてね」


    参加者
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)
    栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)
    雲・丹(とげとげうーちんにごちゅうい・d27195)

    ■リプレイ

    ●名もなき薔薇の一片を
     川縁の坂道は急で、自然と俯きがちになる。
     上りきったところで、少し遅れていた千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)と遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)が追いついた。二人とも手に携帯電話を握っており、その指先がいつもにも増して白い。触れる液晶は寒風に冷やされて薄氷のようだ。
     番号の交換が済んで、これで連携もスムーズになる。手許から目を上げると、カーブの向こうに白く小ぢんまりとした建物が見えた。
     休館中の札と、こじ開けられた正面扉。問題の図書館だ。
     橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)が建物の二階を見上げ、眼鏡のブリッジを押し上げる。
    「窓は。ああ、結構な大きさがありそうですね」
     造りから察するに、二階の窓は奥行きを持たせた腰高窓。隣で見上げたニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)が、マジカルブルームの準備を始める。
    「あれなら、何とかいけるだろう」
     彼とヨギリ、そしてマナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)は、中庭に回って中空に待機することになっている。雲・丹(とげとげうーちんにごちゅうい・d27195)が数冊の本を差し出した。
    「これ、持ってってやぁ」
     マナが受け取る。
    「お借りしますよう」
     三人が、一斉に駆け出した。
     そして、残る五人が駆け込むのは正面玄関。彼らは階段から敵を追い込む勢子の役割だ。
     静まり返ったエントランスには、ひどく埃くさい空気が漂っていた。何かを引きはぐような微かな音が聞こえる。上からだ。
     二夕月・海月(くらげ娘・d01805)が、階段に足をかけた。先頭を切って駆け上る。
    (「本はみんなで楽しむものだ。独り占めはよくないな」)
     踊り場を折れて手すりをつかみ、一息に二階へ。
    「クー」
     トン、と降り立つ彼女の肩に、カードから解放された影業がクラゲの輪郭を象り始める。
     灼滅者たちの面前で薄紅色の紙吹雪が舞った。ぱっと花開くかのように。
    「折り紙?」
    「ウ、ウィ、ウ?」
     口から紙片をあふれさせて、毛深い異形のものが灼滅者たちを見下ろしている。血でも滲んでいるかのような赤い目だ。
    「イ……ッ」
     現状を察したか。赤い眼球の中心で、瞳孔が長く縦に割れる。それはただ黒く深い亀裂だった。
     惨状を見た瑪瑙が苦い笑みを浮かべ、携帯電話へと薄く唇を動かす。
    「二階入り口、接敵したよ。誘導開始」
     室内入り口際のブエル兵が、折り紙絵本の残骸を吐き出して低く身構える。他の三体は、書架の間から駆け出して来るところ。
     階段室のフロアまで上り切った灼滅者たちは、カードを切るように左右へと展開する。前衛が散ると、栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)の視界が一気に開けた。
    (「図書館の本を食べるだけで知識が得られるってちょっと不思議……」)
     大きく目を瞬き、封鎖の形に両手を上げる。
    「一階には行かせない。皆の図書館を荒らしちゃうのはいけないん、だよっ」
    「オ、オ……!」
     先頭の一体が高く吼えて、踊り出そうとした。後方を護るための威嚇だ。その時、弥々子の斜め後ろに黒っぽくて丸くてトゲだらけのシルエットが現れる。
     ウニ。違う。あたかもウニであるかのように変じた丹の姿だった。
     ほんの一瞬、敵の蹄が動きを鈍らせる。即死でも危惧したかのように慎重だ。どんな書から何を学んだのか。後ろの三体は一斉に室内奥へと後退る。先手は灼滅者の側に。
     九里が、自らを基点に戦場の物音の一切を外界から切り離した。川辺の鴨でさえ、異変に気付くまい。
    「さァ、精々僕を愉しませてくださいな」
     そして、消え去るが良い。

    ●知と魂のムレータ
    「マジかる・ショータイム! マナの魔法、ご覧あれ!」
     マナの声が中庭で弾けた。カードから霊犬が解放され、身を震わせる。
    「いきますようケレーヴちゃん! まて!」
     ぴたり。
    「……あれっ?」
     だが、これで良いのだ。最初の指令は庭でおすわり。
     それを見ていたニコが二階の窓へと視線を転じ、苦々しげに舌打ちをする。
     クリーム色のロールスクリーンが降ろされていた。外から宙へと飛び立った三人は、苦渋の面持ちとなる。
    「これでは、どちらからも見えないですねい!」
     その時、陽光を反射するばかりだったサッシ窓がビリッと震えた。寒風がそそけ立つ。
    「あ」
     三人に目の前でクリーム色に赤黒い点がいくつも飛び散って、次の瞬間、斜めに大きく裂ける。
     だらりと捲れたスクリーンの向こう、一体のブエル兵が窓に激突してひびを走らせるのが見えた。
     そのさらに向こうには、腕を振り抜いてウロボロスブレイド『ALTER』の軌跡を刻む瑪瑙の姿。ヨギリの耳に携帯電話越しの声が届いた。
    「追い出すよ。見えるかな」
    「見える、わ」
     頷くヨギリ。海月の肩から漂い敵の脚に踊りかかるクラゲの影と、それを避け損ねて窓を蹴る蹄。唇が動いているのが見える。
    『さっさと行ってくれ――』
     ドンッという鈍く重たい音と共に一度白く濁ったかのように見えた窓が、ついに砕け散った。ガラス片が虚空へとほとばしる。あたかも高圧の散水ホース。
    「後ろが閊えてる」
     はっきりと聞こえた。仲間の声が。
    「ギッ……ゥ!!」
     挑発を控えたことが吉と出る。逃げようとする一体がもんどり打って転がり出し、宙へと放り出された。
     手裏剣でも放ったかのようにすっ飛んで行く同胞を見て、窓枠に引っかかった二体目が部屋へと戻ろうとする。窓枠に叩きつけられた海月の首筋へと牙を剥いた。
     バチン! 目に見えぬ穿孔の激痛が、彼女をその場に磔にするべく喉を抉る。
     それを見た九里が、返却ワゴンの上に残っていた本を引っつかんで窓辺に走った。手首のスナップを利かせて、割れた窓の外へと放る。
    「ウ?!」
     挿絵の色をちらつかせながら飛んでいく書を、ブエル兵が視線で追う。燃えるような赤い色が窓の外近くで、大きくひるがえった。
     飛んでくる本を片手でキャッチしたニコの裾だ。ぎりぎりの至近で箒の柄を切り返す。
    「好物を食べ残すとはお行儀の悪い」
     片手に書を掲げて寒風に煽られるその装いは、挿絵の魔法使いそのまま。まるではためくページの間から立ち上がったかのように。
    「ニコおにいさんのお薦め? 勿論、剣と魔法の冒険物語だ」
     欲しい。ほんの一瞬、目を丸めて顔を突き出したブエル兵の背に、どっ、という衝撃がぶち当たった。
    「ガ……ッ??」
     振り返ったが、既に遅い。重心を崩した身が仰向けで窓から落下し始める。下へ、下へ。
     縦長の瞳孔の中で遠ざかるのは、体当たりをかました九里の姿。その唇が薄く笑っている。
     その隙に、弥々子が海月の元へと清めの風を送る。裂けて落ちたスクリーンの端が揺れて払われ、その陰に叩きつけられていた仲間の傷にまで風は届いた。
     ほっと息をついて歩み寄った彼女の背に、蹄の音が迫る。
    「あ……」
     見張った紫の瞳の中で、旋回するダークネスの姿が見る間に膨れ上がった。まるで鼻先が触れ合うような、そんな印象で赤い瞳に覗き込まれる。
     本当のことを言えば、怖い。敵の顔が、あまりに近い。言葉にはしない胸の底を見つめ、舌先で舐めて読もうとするかのようだ。
    (「でもちょっとだけ。ちょっとだけ、だよ」)
     目を瞑ることなくせめて真っ直ぐに見返した彼女の間近で、ふっと赤い瞳が上向く。窓の外、藍色の長い髪がひるがえっていた。ヨギリだ。
    「こちら……よ」
     さあ、とばかりに差し出す手には、一冊の書。『掌上の月』と書かれた表題が、彼女の手の上に小さな真昼の月が浮かんでいるかのような印象をかもし出す。
     ――夜の暗さが怖いから、ウサギはランプを探しに行きました。
     いっそ読み聞かせを強いることができるのなら。誘惑に負けたブエル兵が、窓枠に蹄をかける。顎が上がった。
    「……っ」
     そのほんの一瞬を使い、海月が弥々子を抱えて脇に身を逃す。そう、仲間がいるから大丈夫なのだった。皆がいるから、まだ、頑張ることができる。
    「ギィッ」
     探究心と好奇心をつかまれた。それに気付いて後退しようと後ろを見返ったブエル兵だった、が。
    「……」
     そこに大きなウニがいた。なんとなく踏むのを避けて口を開き、ぐぅっと喉を膨らませる。
     火焔を吐くつもりだ。
    「わー! わー! 燃えんといてぇ! PRGEL PAMBT!」
     火気厳禁。とっさに丹の放ったフリージングデスが、真正面からヒットする。ブエル兵は毛並みの先を白く凍えさせて、衝撃に身を揉んだ。勢いついて外へと落ちていく。細かな霜が眩い。『掌上の月』も無事だ。
     あと、一体。戦うよりも逃亡を選ぼうとする敵を、室内の灼滅者たちが包囲する。少しずつ、少しずつ、その輪が小さくなっていく。
    「ほら、楽しい本が外で君を待ってるぞ」
     海月の声が聞こえた直後、絢爛たる音を立てて窓ガラスがもう一枚、吹っ飛んだ。

    ●たとえ翼を持たずとも
     きらめきをばらまいてガラス片がほとばしり、ブエル兵が脚をでたらめに振り動かしながら落ちていく。
     一瞬を置いて窓枠から飛び立った影は、四つ。虚空へと駆け出すと、肩を、頬を、ガラス片がかすめる。身軽に避ける箒部隊の間をエアライドの軌跡がきれいに放物線を描き、その後ろに続くのは箒に跨った丹だった。
     最後に落ちたブエル兵が頭を振り立てて、落下のショックから立ち直ろうとする。
    「ウ、ィ……グッ、ハ、ガッ?」
     が、その頭蓋のてっぺんに九里の踵が食い込み、また、顎を落とした。
    「おや、失敬」
     つらっと言ってのける彼の横顔を睨めつけ、ブエル兵が剣呑な空気を発し始める。
     虚空のマナが、それをびしっと指差した。
    「これで皆さまお揃いかしらん。本を大事にしない方々は、マナだいっきらいなの!」
     片腕の本をぎゅっと抱き締め、放つのはマジックミサイル。後ろに控えていた一体が、地で跳ねた。
     それを守るように前に出た別の一体が、頭を低める。冬枯れの芝が一斉になびき、ささくれて、無数の刃に切り刻まれるように飛び散った。それは、やがて灼滅者たちの足許に襲いかかる。
     切り刻まれる爪先、脛、膝。一直線に鉄錆の色が散る。別の一体から間髪入れずに浴びせかけられるのは、ひらめく赤い舌にも似た劫火。退却のための血路を開くつもりだ。
     ただ、やられているわけにはいかない。護りの固い海月が、いち早く弥々子へと祭霊光を届ける。薄れていく痛みに気持ちを支えられ、弥々子が全身に風を纏い始めた。
    「が、んば……って」
     ふわりと流れる風は、焼かれた枯れ草を払い、灼滅者たちの苦痛をそそぐ。
     一斉に逃げ出そうとしたブエル兵たちの足許に、しかし、うねりながら迫る影があった。地からケーブルが生えたかのように襲いかかるのは、ニコの影業『Kabel』。
    「食べたご本に書いてあっただろう? 悪いことをしたらごめんなさいだ」
     唇が微かに動く。許してもらえるかは別の話だがな。
    「ォオ、……ッアア!」
     最も弱っていた一体が、四散した。蹄をやられていた一体。恐らくは狙撃手。
     味方の消滅を踏み越えて脇に跳ねた一体が、蹄で地を削り、急停止する。瑪瑙が行く手を遮っていた。
    「行かせないよ」
     風の裂ける音が聞こえる。
    「ゥ?」
     一瞬の後、ブエル兵の足の付け根をダイダロスベルト『UPD.』が貫く。呆然と見下ろしたダークネスが、ぱちり、と目を瞬いた。
     これは、マズイかもしれない。察すると同時に、瑪瑙の肩口へと襲いかかる。目に映らぬ刃が大きく開き、そしてザクリと閉じる。激痛は肩甲骨から胸へと斜めに抜ける。
     しかし、死なば諸共の足掻きはそこまでだった。次のザクリ、は、ブエル兵の背から胸へ。
    「イ、ギィィッ!」
     異形の歯が震え、ガチガチと鳴る。背にいるのは丹。貫いたのは、殲術執刀法の一撃だった。
    「ウニのとげは鋭いんよぉ」
     するりと刃が抜けたそこから、二体目が崩れ落ちていく。
     走る、走る。残り二体の内、前の一体を、海月がWOKシールドで殴り倒す。
    「図書館のルールを守れない奴はお仕置きだ」
     ぐるりと向きを変えたブエル兵が足許をふらつかせた。そこにヨギリが振りかざすのは、青の標識。ブルージャスティス。ありふれた標識のはずが、地へとめり込まされた敵は歯軋りの音を最後に消滅した。
    「ウ、イィーーッ!」
     残り一体、塀へと一直線に駆け抜けようとするブエル兵の背へと迫るのは、凄まじい風の一撃。九里の神薙刃だ。
    「イ、ッァガ!!」
     毛皮に包まれた背がズタズタに引き裂かれ、塀を駆け上り始めた蹄が虚空に踊る。二度と地を踏むことはない。
     もはや跡形もないのだから。
    「めでたしめでたし……で終れぬのが現実に御座いますか」
     ガラスの失せた窓を見上げて、風の使い手は肩を竦めた。

    ●生の資格
     マナが、視線を落とした。
    「みゅー……ボロボロになっちゃいましたの……」
     すると、瑪瑙が肩から手を降ろし、黙って戸口へと向かう。
     普段はあまり物事に関心を向けない彼なのに、今は、片付けるために。この独特の空間は嫌いじゃないから。靴底でガラス片が鳴る。
     丹が、そっと箒を構えた。
    「少しくらい掃いといた方が良えかなぁ」
     そして、瑪瑙の後に続く。はっ、としたマナが後を追った。
    「これ、無事でしたよう!」
     階段を上ったところで、大切に抱いていた本たちを差し出す。一番上に垣間見える文字は『やさしい まおうさま』。
     ――あるところに、心やさしい少年がおりました。
     優しいって、何だろう?
    「寄付できると良えなぁ」
     本を受け取った丹は、ぽつりと口にする。それから、一冊ずつ閲覧机の上に並べ始めた。今週のお勧め。
     皆が追いつくと、ヨギリとニコが警察へと匿名の電話をかけ始めた。残った本が傷まないように。もしもし? 図書館の窓ガラスが割れています。
     現実は厳しい。惨状を知った子供たちは驚き、涙するのかもしれない。だが、いつか必ず、残った一階の本へと手を伸ばす日が来る。
     優しいって、何?
     彼らが守り、残してくれたものと共に考えながら。
     命脈とは、きっと、そういうもの。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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