カンナビス灼滅作戦~尊厳ある死

    作者:立川司郎

    「今までノ、武神大戦の目論見が全てご破算ニナルとはね」
     かつて殲術病院であった廃墟の元院長室で、革張りのソファの残骸に腰を掛けたカンナビスが、ギギギと音をならしてヘヤの中を見渡した。
     院長室には、特に選りすぐりのアンデッド達が並ぶ。
    「シカシ、ハルファスはさすがに用心深い。この状況で、既に次の手を打っていたトハナ」
     カンナビスは、残存の病院灼滅者のアンデッドを、廃墟に配置して敵の襲撃に備えるようにと、元院長室に集まった配下に指示を出す。
     武神大戦の失敗により、撤退を余儀なくされたカンナビスの元に、同盟者であるハルファスより連絡が来たのは、撤退の2日後の事であった。
     武神大戦でいろいろ動き回った事から、拠点が露見した可能性があり、拠点の大規模移転を行ったというのだ。  また、武神大戦を戦ったカンナビスには、他勢力の監視や追撃があるかもしれないので、拠点の一つで入り、もし、追撃があるようならば、それを撃破して欲しいという依頼も受領している。
     これからも、ハルファス勢力を隠れ蓑に研究を続ける上で、この程度の依頼は、当然引き受けるべきだろう。
     カンナビスはそう考え、この拠点に入ったのだった。
    「だが、ソレももう終わりダ」
     ハルファスから、武蔵坂学園による拠点襲撃の情報が送られてきた。
     この情報は、カンナビスのバベルの鎖の察知とも合致しており、間違いのないものだろう。
     現在のカンナビス配下の戦力では多少手を焼くかもしれないが、迎撃は難しくない上、ハルファスからの援軍もある。
    「武神大戦の借りヲ返す、良い機会でもアル。ハルファスの援軍が来る前ニ、灼滅者を片付けてシマエ」
     カンナビスの命令に、アンデッド達は恭しく礼をしたのだった。
     
     新年早々の呼び出しに、教室で相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は藍色の振り袖姿で待っていた。
     艶やかなその衣装と今回の依頼の内容は、正反対と言えよう。
     隼人は厳しい表情で口を開く。
    「実は武神大戦獄魔覇獄の獄魔大将、智の犬士・カンナビスの行方が掴めた。奴は配下のアンデッドと共に、かつての殲術病院の一つに立てこもっているらしい。この病院近辺には、ソロモンの悪魔・ハルファスの配下も監視をしている」
     この殲術病院は特別な脱出経路がある為、正面からの攻撃に頼るとカンナビスに逃走される可能性が高いという。
     そこで、病院の正面入り口、裏口、秘密の脱出路の三方向から一気に侵攻する作戦を取る事となった。
    「今まで散々灼滅者の骸を利用してきたカンナビスを、ここで見逃す訳にはいかねェ。この機会を絶対に逃すな」
     隼人の言葉に、皆頷く。
     今回の作戦では五部隊が動く為、それぞれ三方向に分散して戦う事となる。
     このうち秘密の脱出路は下水道から繋がっており、カンナビスが居る院長室に直接繋がっているという。
     確実にカンナビスを灼滅するには、カンナビスが脱出するルートを封鎖しておかなければならない……つまり、五部隊がいずれのルートも制圧しておく必要がある。
    「正面には病院灼滅者のアンデッドが、多数配置されて防衛している。ここを制圧するには、最低二部隊が必要になるだろう。裏口には試作型のアンデッドが居るが、こいつらは実験であまり性能が上がらなかった為に不良品扱いされていた連中だ。ただ性能が低いといっても、普通の灼滅者のアンデッドに比べると戦闘力は高めだ。こいつらは連携が取れないから、うまく立ち回れば1部隊で何とか倒せるはずだ。最後に秘密のルート。ここには門番を任されている強力なアンデッドがいる。獄魔覇獄で戦った、試作型アンデッド薬殺人形72号以上らしいが、まぁ不安定だから長い時間戦闘を続けると自壊するようだ。待てば勝手に自壊するのはいいが、その分時間がかかるのは難点だな」
     三つの部隊のいずれかが院長室に到達すればいい為、作戦の幅は広い。
     よく皆で話し合ってくれ、と隼人は話した。


    参加者
    如月・昴人(素直になれない優しき演者・d01417)
    神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    ヴィルヘルム・ギュンター(ナイトノッカー・d14899)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)
    山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)

    ■リプレイ

     緊迫した空気を破る、突撃の声。
     各班準備を終えると、合図とともに一斉に攻撃を開始した。正面二班、裏口一班、そして隠し通路から二班が潜入を開始する。
     つい先ほどまで冷静にタイミングを計っていた神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)が奇声を上げてバベルブレイカーを振るうと、通信機を持っていたユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は少し驚いたようにその背を見る。
     だが慌てず、自身もヴォイド・ドゥームを構えると三成の後に続いた。
    「各班行動開始した。まず私達二班は入り口付近間制圧にかかりましょう」
     ……数が多い、とユーリーが呟く。
     群がるアンデッド達は、ほとんどが病院関係者の元灼滅者である。
     しかし、三成の目にも他の仲間にも……そしてむろんユーリーにも、迷いは表情には見られなかった。
    「ヴァローナ様、群れの流れの阻止をお願いします」
     ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)はインカムを耳に押し当てると、ビハインドに声を掛ける。押し寄せるアンデッド達は、意志のない虚ろな目で掴みかかる。
     体をつかまれながら、ユーリーは剣を振り上げ押しとどめようとする。ヴァローナはちらりと、と時折ナターリヤの方を振り返るが、すぐにそんな余裕は無くなった。
     押し寄せる、アンデッド達。
     山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)が、掴みかかる死人に標識にレッドサインを点灯させて吹き飛ばす。体を前に押し出して、後衛の仲間へと突破を塞ぐ霞。
    「行かせるな!」
    「行かせるかよォ!」
     霞の言葉に、甲高い声を上げる三成。
     三成が地面にバベルブレイカーを叩き込むと、振動がビリビリと彼らの肉体を痛めつけていく。
    「安らかに眠れや、元ご同胞よぉ! 手前らを死後も辱める奴らは、俺たちでキッチリと消毒してきてやるからよぉ!」
    「落ち着いていけ、三成君。まだ戦いは序盤だ」
     ヴィルヘルム・ギュンター(ナイトノッカー・d14899)は三成に掴みかかったアンデッドに蹴りを叩き込むと、続いて振り向きざまに螺穿槍を放つ。
     流れるような動きのヴィルヘルムに対し、三成はバベルブレイカーを暴力的に振り回し穿った。
     三成のバベルブレイカーが生む焔、それは死人の体に燃え移ると燃え広がっていった。
     熱さも、傷の痛みも、そして死人に対する感情も。
     ただ心の奥底にしまいこむと、武器を振るう。
     群がる死人が体を掴み、三成の後頭部に死人の拳が叩き込まれた。ぐらりと一瞬意識が飛び、体勢を崩す。
    「しっかりしてください!」
     ユーリーの剣が一閃すると、死人の頭部が寸断された。
     ずるりと転がった死人の下敷きになった三成に手を差しだすが、飛び起きると三成はまた元のように体ごと飛びかかっていった。
     ふ、と笑うように息をつくユーリーと、目を合わせたヴィルヘルム。
    「さて、まだまだ息をつくには早いようだな」
     ヴィルヘルムはそう言うと、周囲を見まわした。
     しかし、入り口にこれだけの兵がいるが強敵らしきアンデッドの姿は見当たらない。ヴィルヘルムはアンデッドを蹴散らしながら、そう呟く。
     黒鐵・徹(オールライト・d19056)はゆっくりと意識を集中し、ユーリーたちの前方へと結界を広げていった。同時に如月・昴人(素直になれない優しき演者・d01417)が小さく言葉を紡いで護剣を構えると、風がふわりと巻き上がる。
     風を巻き上げながら結界がふわりと前衛周辺を包み、結界が押し寄せる死人を弾いた。緩やかな風は、ユーリー、そして傷の深いヴァローナを癒していく。
    「…ありがとう」
     ナターリヤの礼に昴人がこくりと頷いて返すと、ヴィルヘルムに視線を向ける。
     この辺りの敵は数は多いが、それほど強いとは思えなかった。では強力なアンデッドはどこに行ってしまったのか、不安が残る。
     昴人が言うと、徹は少し考え込んで病院を見つめた。
    「恐らく病院内に居るのだと思います。ここを片付けるのも大事ですが、余力を残さなければカンナビスまでたどり着けません」
     徹の言葉に、護剣を掲げて昴人が冷気で死人を包んでいく。
     先ほどまでは焔に焼かれていた死人の体が次々と冷気で凍り付き、体力を奪っていった。前衛が押しとどめている隙を、見逃しはしない。
    「個体としてはそれほど強くない。時間を掛けずに次々片付けよう」
     昴人はそう言うと、ミサイルの集中攻撃で死人を沈めた。
     霞や三成、ユーリーといった仲間が壁となって支える間、残った仲間が蹴散らしていく。彼らを信じて突っ込んだ百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)は、長槍を振りかざして縦横無尽に切り結ぶ。
     槍に焔を纏わせて、焼き尽くしていく煉火。
     焔はまるで怒りのように。
    「……さあ、片付いたよ」
     槍を肩にとんと置くと、煉火が病院の方を睨み付けた。
     倒れた骸を見下ろす事もなく、煉火は真正面を見据えている。そこに崩れ落ちているのは、灼滅者であったもの。
     今倒したのは、仲間であるはずだった骸。
    「待っていろ、カンナビス」
     入り口へと歩き出した煉火に続き、徹はじっと病院を見上げる。

     入り口付近のアンデッドが粗方片付くと、正面ロビーで地図を見ながら徹が険しい表情で院内を見まわした。
     DSKノーズを使用した徹によれば、まだ内部に強力な敵が残っているという。
    「先行して内部の敵は見送るか、それとも片付けながら院長室を目指すかのどちらかでしょうか」
     その説明に少し考え、口にする別班の天嶺。
    「中のアンデッドを無視して進む訳にいきません。左右に分かれて掃討しながら院長室を目指しまょう」
     徹の提案にユーリーはこくりと頷き、ここで分かれる8人の仲間の顔をじっと見つめた。
     どうか、ご無事で。
    「皆様に神のご加護を」
     短い言葉と共に向く笑顔に水花も優しい笑みを返す。
     共に戦った16名の灼滅者達は左右に分かれ、院長室へと向かう事にした。表での掃討戦とうってかわり、院内は思いのほか静かであった。
     怪我の手当をしている余裕が無い為傷をおしての進行であったが、霞や三成は体力がまだ余裕があるようだった。
    「この先に強力なアンデッドがいるようです。気をつけてください、そこを抜ければ階段があります」
     徹が忠告をすると、霞は盾を前面に押し出すようにして慎重に進んだ。
     のろりと歩み寄る死人の体を盾で押し退けると、煉火が一刀で切り伏せる。一人、二人と現れる死人を切り伏せながら、煉火は周囲を探るように耳をそばだてた。
     こつん、と靴音が響く。
     比較的動きがかろやかで、のろのろと動く死人とは違う動き。
    「……来たぞ!」
     煉火の声が合図のように、階段への曲がり角から影が飛び出した。数体の死人を引き連れ、ナイフを構えた死人で斬りかかる。
     動きは決して速くはないが、戦い慣れたような動きだった。
     攻撃を受け止めたのが霞であったが、煉火は霞が引きつけている横から回り込んで槍を突きつける。
    「…躱し……たっ!」
     かすめた槍先も、手応えはわずかであった。
     体勢を戻すよりも、死人がナイフを振りかざすのが先。ナイフが切ったのは煉火ではなく、飛び込んだユーリーの霊犬であった。
     階段からのそりと現れる死人の群れを睨みつつ、ユーリーは霊犬とともに煉火の前へと立つ。
    「ここを抜けなければ、院長室まで行けそうにありませんね」
    「向こうの、班も…手強い相手、いるそうです。裏口と、地下道の別班、みんな院長室に、たどり着けていない、そうです」
     ナターリヤは通信を聞きながら言う。
     度重なる戦いで、皆疲労している。ちらりとヴァローナを見るナターリヤの視線は、彼の傷を気にしているように見える。
     階段から現れた死人達は、ナイフの男の前へと歩み出て霞の盾にしがみついた。
    「さて、どちらから片付ける」
     霞が問うと、結界で死人の群れを散らしながら徹が思案した。
     結界で怯んだ死人の群れに、ヴィルヘルムは魔力の弾丸を撃ち込みながら吹き飛ばしていく。残りの数と、そしてここから院長室までの距離。
    「カンナビスをこの後確保したとして、灼滅出来るかどうかは賭けだな」
     冷静にヴィルヘルムはそう言っているが、分の悪い賭けになる事だろう。それもまた、悪くないとヴィルヘルムは思う。
     派手に暴れ回っている三成の焔が死人を焼くと、つんと鼻につく匂いに徹は一歩身を引きながら縛霊手から網を放った。
    「今此処で正面班が引きつけていなければ、他班が苦戦する結果になるかもしれません」
    「私が言うのは、そういう事ではない」
    「分かって居ます。……カンナビスと戦うなら、犠牲が必要になる」
     残りを蹴散らすだけなら、そこまで怪我をする事はあるまいと徹は言う。
     無言で聞いていた霞は、盾で死人を押し退けながら蹴りつけた。死人を盾にしながら、ナイフの男は霞の懐に飛び込む。
     死人の相手をしていた霞に、躱す事は出来なかった。
     切り裂かれる霞に向けて、昴人が閃光を放つ。
    「一つ一つ片付けていくしかない。こいつを置いて院長室に行くことは出来ない」
     昴人はそう言うと、ゆっくりと後ろを振り返った。
     うしろからも、死人が迫っている。

     おそらく、正面に最も死人の群れが集まっていただろう。
     正面班が派手に暴れた事もあり、こちらの行く手は阻まれっぱなしだったが他の班は少数強敵との戦いに専念していた。
     レッドサインを掲げて振り回す霞は、ひたすら死人の体を人形のように蹴散らす役目を担う。
    「手を借りられるか?」
     昴人が徹に問うと、徹は陣形を張りながら頷いた。高速で展開する徹の陣形と、昴人の風が死人に喰らい付かれた霞やユーリー達の傷を癒していく。
     しかし幾度もの戦いのうち、それにも限界が来ている事を察している。
     霞もユーリーも、そして三成もそれを表情には出さない。
    「さあ、倒れるまで相手をしてやろう」
     霞は叫ぶと、死人に掴みかかった。
     ナターリヤの前を動かないヴァローナは、押し寄せる死人を霊撃で一人一人片付けて行く。ナターリヤの構えた剣は、まっすぐにナイフの男へと向けられていた。
     彼女とナイフの男の間には、煉火の背がある。
    「……後ろは任せた」
     飛び込んでいく煉火は、男のナイフを肩に喰らいながらも氷塊を次々槍から放った。少しずつ相手の傷を広げながら、ナターリヤの剣に合わせて左右から攻め立てる。
     飛び込む煉火の背が、ナターリヤの姿を男からちらちらと隠して攻撃の隙を造り出す。
     煉火の全力に、ナターリヤもいつしか引きずりこまれるように剣を振りかざす。
    「これで終わりだ!」
    「はい。……終わり、です」
     ナイフをしっかりと握った男の胸元に、ナターリヤの剣が突き刺さる。背後からは、煉火の槍が貫いていた。
     ずるりと抜いた剣の感触は、まだ柔らかかった。
     からんと床を叩いたナターリヤの剣は、乾いた音を立てる。
    「……後ろも掃討完了ですね」
     徹は背後の敵を縛霊手で引き裂くと、ふっと息をついた。

     上階からは、仲間の声が微かに聞こえていた。
     仲間の傷を見ながら、昴人はぐるりと皆を見まわした。
    「カンナビスはどうなった」
     昴人の問いに、通信に耳を傾けていたユーリーが顔を上げる。どうやら、地下道から潜入したうちの一班が院長室でカンナビスと交戦したようだ。
     一瞬、皆に緊張が走る。
    「カンナビスはどうなった」
     煉火の問いに、ユーリーが答える。
    「相当数仲間に犠牲が出た。……カンナビスは、もう一班が倒したらしい」
    「裏口、に…ソロモンの悪魔、だそうです」
     細い声で、ナターリヤが彼に続いて言った。
     カンナビスだけでなく、ソロモンの悪魔が退路を塞いだ……となると、いよいよここに留まってはいられない。
     昴人は周囲を見まわし、別班の姿がない事を確認する。
    「撤退しよう。これ以上の戦闘は不可能だ」
     この上ソロモンの悪魔と遭遇しても、戦闘を続ける事は出来ないと昴人は言う。ほっと肩の力を抜くと、三成は『そうですね』と呟いた。
     もしかすると、そこにソロモンの悪魔の強敵が多数いるのかもしれない。
     煉火は仲間が無事である事を祈りつつ、槍を握り締める。
    「撤退するまで気を抜けない。敵が出たらボクか突破するから、後ろは任せたよ」
     しっかりとした足取りで、煉火が歩く。
     残された骸は、無残に病院内に点々と……。それをじっと徹が見ていたが、ユーリーが肩にぽんと手を置いて促した。
     今は引く事が責務であると言う。
     カンナビスは倒したのだから。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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