深淵の車輪は知を求めん

    作者:御剣鋼

    ●休館日の図書館にて
     新宿区立T巻図書館は、学生街近くにある、小さな小さな図書館だった。
     が、年末年始の休館日に入っていたT巻図書館が、静かに年明けを迎えようとしている中、紙のようなものを咀嚼する音が、不気味に浸透していく。
     ——むしゃむしゃ。
     ——ムシャムシャ。
     ——むしゃむしゃ、バリ、バリッ。
     地下1階の夏目漱石コーナーと、1階の一般書籍を食い荒らしたブエル兵らは、満足そうにくるくると車輪を回していて。
     そして、2階の児童フロアに留まっていた1体もまた、小さな図書館に納められていた多くの本を、瞬く間に食べ尽くしてしまったのだった。
     
    ●知識を求めて
    「武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将だった、ソロモンの悪魔「ブエル」の新たな動きがわかったわ!」
     教室に集まった灼滅者らを出迎えた遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は、何やら水晶玉に両手をかざしている。
     皆の視線が自分に注目していることに気付いた鳴歌は、占いの詳細を伝えたいと、元気よく話を切り出した。
    「占いによると、ブエルは武神大戦の戦いで、力の源である「知識」の多くを、失ってしまったみたいなの」
     そこで、ブエルは知識の再収集をすべく、各地の図書館へブエル兵を放ったのだという。
     幸い、図書館の多くは年末年始の休館日のため、人的被害は出ないものの、放置した場合は図書館にある全ての本が、犠牲になってしまうだろう。
    「図書館で本を読むのを楽しみしていた人々が、休み明けに図書館に行って見ると、本は全て荒らされていた……というのは、可愛そうだよね」
     もちろん、その知識でブエルが力を取り戻してしまうのも、十分驚異と言える。
    「本が好きな地域のみなさんのため、ブエルが力を取り戻すのを阻止するためにも、東京都新宿区にあるT巻図書館の防衛をお願いします!」
     元気良く頭を下げた鳴歌の期待に応えるように、灼滅者達も大きく頷いてみせた。
     
    「新宿区立図書館の中では4番目に小さい図書館だけど、揃えている蔵書はユニークなの」
     図書館は4階建てで「地下1階」「1階」「2階」が図書館フロアという構成だ。
     1階には、雑誌、新聞、日本の小説と随筆、家事関連本、ガイドブック、地域資料等の一般書架が納められているという。
     2階の児童フロアには児童書関連が集められていて、地下1階には残りの一般書架が納められており、そこには地域ゆかりの文学者である、夏目漱石に関わる資料収集や展示もされているようだ。
    「この図書館を襲撃するブエル兵は3体。14時頃に各階に1体づつ、同時に現れるわ」
     図書館は休館日に入っているので、人が来ることはない。
     また、3体の戦力は獄魔覇獄等で交戦した、ブエル兵と殆ど変わりないことを告げた鳴歌は、各階の詳細を付け加えていくように、図書館の見取り図を広げてみせた。
    「3カ所共に広くはないけれど、戦いに支障がでる狭さではないみたい」
     言い換えれば、どの階もブエル兵を容易に見つけることができて、退路を簡単に塞ぐことができる広さだとも言える。
     小さな図書館なので出入口は1つ、各階への移動経路も階段が1つだけだと付け加えた。
    「地下1階には一般書架もあるけど、その一角には漱石関連の資料が掲示されているの」
     そこには漱石の生涯をまとめた資料が掲示されており、その手前の低い棚と左の回転棚に、漱石の著作や漱石の研究本、関連本が並んでいる。
     というのも、この近くには夏目漱石生誕の地と終焉の地があり、漱石ゆかりの地に建つ図書館でもあるからだ。
     この階に現れるブエル兵が最初に食べようとするコーナーも、一般書架ではなく、この資料や研究本に間違いないだろう。
    「1階の一般書架フロアだけど、大判の本が多めで、文庫本は少ない感じね」
     小規模図書館の場合、限られたスペースで冊数を確保するために、大判より文庫本の所蔵数を増やすことが多いけれど、この図書館はそうしたことはしていない。
     この地域ではT巻図書館を窓口に、他の図書館の所蔵物を取り寄せる形になっているようだった。
     鳴歌は、1階のブエル兵はここを狙うと、ガイドブックが収集された一角を指差した。
    「ここには国内海外の……何故か、古いガイドブックがずらりと並べられているの」
     ちなみに、ガイドブックの棚見出しが、国内ガイドブックには電車のイラスト、海外ガイドブックには帆船のイラストとなっているので、図書館の分類に詳しくない人でも探しやすくなっている。
     最新の情報ではなくても基礎知識を補うには十分なので、ブエルが狙うのも納得出来る。
    「最後に2階、ここは2階全体が児童フロアになっているわ」
     靴箱の隣には「ファミリー文庫」という棚があり、育児雑誌や絵本読みに関する本、赤ちゃんの誕生が描かれた本などが並んでいるという。
     更に進むと、右手前のカウンター正面に絵本、右前方に児童読み物、壁際にちしきの本が並んでいるという配置だ。
    「面積の狭い図書館だけど、児童フロアは棚の高さも低くて窓も大きいから、他の階よりもゆったりした印象ね」
     奥側の絵本棚の脇には仕掛け絵本があり、紙芝居棚の下には布絵本もいくつか所蔵しているという。
     2階のブエル兵は、ファミリー文庫中心に食べていく様子だったと、鳴歌は付け加えた。
    「敵はダークネスじゃなくって眷属だから、苦戦することはないと思うわ。でも……」
     ……この防衛戦は、ブエルの今後の活動を左右するかもしれない。
     一瞬だけ視線を水晶玉へ落とした鳴歌は、直ぐに灼滅者達を真っ直ぐ見据える。
    「新年早々大変だけど、みなさん宜しくお願いします!」


    参加者
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)
    豊穣・有紗(神凪・d19038)
    猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)
    佐見島・允(フライター・d22179)
    西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)

    ■リプレイ

    ●知を求む車輪
     ——カチッ。
     内側から聞こえた解錠の音に、一行の視線が集まる。
     休館日の図書館は閉まっており、佐見島・允(フライター・d22179)が空飛ぶ箒で窓からの侵入を試みたところ、一か所だけ空いていて。
     先に潜入して内側から鍵を開けてくれた允に、城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)は礼を述べ、静かに足を踏み入れる。
     館内は今から襲撃を受けると思えないほど静かで、8人と4体はそれぞれの持ち場へ別れると、そっと息を潜めた。
    「なんだかブエルもまだ諦めてないみたいだし、ここで出鼻を挫いておかなくちゃねっ」
     これが本当の図書館戦そ……と、言い掛けた豊穣・有紗(神凪・d19038)を、霊犬の夜叉丸が前足で冷静にツッコミを入れる。
    「やるからには被害ゼロ冊。目指すっきゃねー」
     そんな光景に允は苦笑しつつ、2人から少し離れた所に隠れると、戦場の音を遮断する帳をおろした。
     サーヴァントを合わせた6人の多数班で地下から早期撃破を狙い、自分達1階班と2階班の3人精鋭の少数班が抑えているうちに、順に撃破していく作戦だ。

    「全く、図書館の一般書架のみならず、貴重な資料も食べるとか……」
     どんなモノも何時かは壊れるとはいえ、決して許されるものではない。
     同じ地下班の葵の携帯電話に、リダイヤルを試していた刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)が、静かに洩らす。
    「知識得る為とはいえ、図書館の本が食い荒らされるのは、何とも心が痛む話だね」
     それに、再びブエルが知識取り戻してしまうのも厄介だ。
     葵が続けた言葉に、前方で息を潜ませていたメリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)も、黙したまま頷く。
     14時まで僅か。静寂が流れる中、猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)は、食い入るように本を見つめていて。
    「本とは食べられるものでござったろうか」
     何処かうわ言のような呟きに、メリッサも首を傾げる。
    「料理のご本を食べるの……」
    「いや、さすがに紙の味しか……と言うか、食べるな、食べるな」
     すかさず晶が突っ込んだのは、言うまでもなかった。

    「本っておなかいっぱいになるですかね? おいしいものって他にもある気がするです」
     以心伝心とはこのことを言うのですか、場所は変わって2階。
     宿敵退治に意気込んでいた、西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)に、イルフィーネ・ブイオルーチェ(悪性変異・d07248)が視線を向ける。
    「薄い本ばっか読ませてみたら、どうなるんですかねぇ」
     と、目星の書架に「肌色多めの薄い本」を色々紛れ込ませると、めりるとナノナノのもこもこと共に身を隠して、静かにブエル兵の出現を待つ。
     時計の針が14時を差した時だった。
     音も無く現れたブエル兵が、薄い本の前で動きを止め、むしゃ……バリバリバリッ!
    「あ、美味しそうに食べてますね」
     勢い良く食べ始めたブエル兵を、イルフィーネは満足そうに眺めていて。
     けれど、根が真面目なめりるには、宿敵の暴挙に映ったようだった。
    「これ以上、本を食べさせないですー!」
     もこもこと一緒に飛び出しためりるが、勢い良く詠唱圧縮した魔法の矢を撃ち出す。
     何処か面白そうに眺めていたイルフィーネも、伊語で毒を意味する言葉で武装解除した。
    「これもまた一興」
     鋏の形をした解体ナイフの持ち手に指を引っ掛けて回すと、毒の竜巻を巻き起こす!

    ●地下
    「拙者達が相手にござるよ」
     地下にもブエル兵が現れるや否や、書架の死角に隠れていたブレイブが距離を狭め、先端が幾つにも分かれた杭を勢い良く撃ち出す。
     先の大戦やエクスブレインからの情報で、気魄が弱いとみていた予想は的中、強烈な一打はブエル兵の体力の3割を削り取った。
    「早々に片づけてしまわないとね」
     敵の速攻撃破を心掛けていたのは、葵も同じ。
     盾役になったビハインドのジョルジュに列攻撃は使用しないように命じると、流星の力を宿した飛び蹴りを見舞い、先ずは機動力を奪い取る。
    「壊して、ため込んで、消費するだけ……何も生まない」
     知識を破壊しなければ、知識を得られない、愚かなモノ……。
     妨害されたブエル兵の意識は灼滅者達に向けられ、反撃を見舞わんと、車輪で蹂躙する。
     それをぼんやりした表情で捌いてみせたメリッサは、鋭い銀爪で力任せに引き裂いた。
    「それは、お前たちが食い散らかして……いや」
     サーヴァントを合わせれば、6対1。
     速攻を重視した猛攻を前に、眼前のブエル兵は既に疲労困憊に陥っていて。
    「どんなモノも、お前たちが食い散らかして良いモノはない!」
     晶が神秘的な歌声を響かせると、ビハインドの仮面とジョルジュが霊撃を重ねていく。
    「ここを守り、ブエルを倒すにござる!」
     満身創痍のブエル兵を灼滅者達が取り囲み、ブレイブが退路を断つ形で位置を取る。
     まさに、速攻の勢いだ!
    「此処はつとめを果たさないとね……」
     普段は盾役を買って出ることが多い葵にとっては、スナイパーは慣れないもの。
     それでも、盾役で奮闘するジョルジュを支援するように、網状の霊力で動きを縛める。
     ブエル兵の動きが止まった刹那、攻撃に徹していたメリッサが、半歩前に飛び出した。
    「……(本に燃え移りませんように)」
     口を開けば片言で、途切れ途切れでぼそぼそなのを除けば、ボーイッシュかも知れない。
     けれど、インドア派で本もそれなりに好きなメリッサは、誰よりも本に傷をつけないように、駆け出していて。
     メリッサの炎を纏った蹴りは、美しい弧を描いて、ブエル兵の脳天を打ち砕いた。
    「早く次へ!」
     消滅し始めたブエル兵を見るや否や、ブレイブは1階を目指すべく、階段を駆け上がる。
     2階にも応援を、と短く声を掛けると、並走していた晶が力強く頷いた。
    「手筈通り、私と仮面は2階の支援に回ろう」
    「刻野さん有難う、お願いするね」
     次もスピーディーに済ませると微笑んだ葵に、晶も武運を祈ると短く返す。
     晶はウェーブが掛かった藍色の髪をなびかせ、2階を目指して駆け上がっていった。

    ●1階
     1階班の有紗と允も、1階に現れたブエル兵から本を死守せんと、奮闘していて。
     増援が来るまで自分や味方が倒れないように前線を維持するのが、メディックの有紗の役目だった、けれど。
    「別に倒してしまってもいいんだろう……なんちゃって」
    「それ、フラグっぽくなるんでやめてください」
     有紗のボケに対して允が突っ込み、夜叉丸が鼻先でポンっと突いていたり……。
     君達全然余裕だなッ!
    「ブエル兵とはもう何度も戦ってんのに、何度見ても見慣れねーな……」
     地下班が合流するまで、とにかく注意を惹きつけておかないと。
     允は殲術道具の魔導書を高らかに掲げると、煽るようにヒラヒラと動かしてみる。
    「オイコラ、てめーら本が欲しいんだろ! 食えるもんなら食ってみろっつーの」
     半歩引くと半歩迫り、走ると爛々と追い掛けてくるブエル兵さん、怪奇!
     だが、ここで異形とキャッキャウフフするほど、廃れちゃあいないッ!
    「逆にコイツに食われても、知らねーけどな!」
     地下班が来るまで、なるべく削って置きたい気持ちが強いのは、允も同じ。
     魔導書から伸びた魔力の光線が、隙が出来たブエル兵の防護を容易く貫いた。
    「ブエルもだけど、配下のブエル兵も諦め悪いね~」
     有紗は生暖かい目で見守りながらも、回復に専念していて。
     攻撃を惹きつけるように仕掛ける夜叉丸を援護せんと、癒しの矢を放った時だった。
     地下の剣戟が止むや否や、直ぐに階段を駆け上がる幾つもの足音が聞こえてきたのは!
    「一点突破!」
     槍先を引き、半歩踏み出したブレイブが、炎を纏った横薙ぎの鋭い蹴りを見舞う。
     待ってましたとばかりに允も炎の軌跡に合わせ、魔導書から光線を撃ち出した。
    「余所見はさせないさ、その代わり——」
     2階に合流した晶から、リダイヤルによる救援要請の合図は来ていない。
     葵は1階の壁を一手に引き受けていた夜叉丸を霊力で癒すと、直ぐに攻撃に加わる。
    「確実に一体ずつ消して行かないとね」
     2階に戦闘不能者が出た場合、自分とジョルジュが支援に向かう手筈になっている。
     万が一に備え、少しでも多くのダメージを稼ごうと、葵も炎を纏った蹴りを交差させた。
    「あばれないで」
     仲間の負担を減らすため、時間を掛ける気が毛頭にないのは、メリッサも同じ。
     表情は眠たげでも青色の双眸には強い意思が灯り、非物質化した剣撃を流れに乗せる。
    「夜叉丸、もう少し頑張ってね!」
     倒れないことを念頭に自身でも浄霊眼で回復していた夜叉丸を、有紗の声が勇気づける。
     それに応えるように尻尾を振った夜叉丸は、味方を補佐するように駆け出した。
    「倒れるでござるよ!」
     順調とはいえ、ブエル兵は2階にもう1体残っている。
     回復は仲間に委ね、攻撃中心に動いていたブレイブも積極的にダメージを重ねていく。
     炎に焼かれ、苦悶で体を折り曲げたブエル兵に、允の眉間の皺が深くなった。
    「このブエル兵も、何も罪もない人が変えられちまった、姿なのかもしんねーけど……」
     銀の杭を構え直すと、レーザーサイトのように、五芒星の魔法陣が浮かびあがる。
    「今俺らに出来んのは、コレ位しかねーんだよな」
     ドリルの如く高速回転させた銀の杭を打ち下ろし、突き刺したまま一気に捻り斬った。
    「2階に急ごう!」
     拳を高らかと掲げた有紗のペンダントの、雪のチャームがきらりと煌めいた。
     
    ●2階
    「わたしのお相手してくださいですー!」
     仲間が到着するまで、もこもこと一緒に攻撃を惹きつけていた、めりるの傷は軽い。
     聖剣の加護で防御を固めていたのも大いに貢献していたけれど、すぐに増援が来たことが負担を軽くしていたのだろう。
    「早かったね」
    「火力に寄った編成と、刻野さん達が早めに2階に回ってくれたおかげかな」
     先に2階に合流、癒しの歌声でめりるの治癒に専念していた晶の表情が、柔らかくなる。
     全員の無事を確認した葵もまた、穏やかな口調で言葉を返すと、網状の霊力でブエル兵の動きを縛りに取り掛かった。
    「意外に素早かったので、足止めを重ねてます」
     駆けつけた仲間に、イルフィーネは背を向けたまま、ブエル兵の状態を報告していて。
     敵の隙を狙い打つように桃色の双眸を細めると、左手に潜ませていた鋏で急所を絶ち、更に足取りを鈍らせた時だった。
    「マジサンキュー……ぅげ!?」
     攻撃に専念しようとした允の視線が、足元に散らばっていたモノに止まる。
     ブエル兵の食べかけのようなソレは、肌色多めの薄い本じゃありませんかあッ!!
    「なにたべさせてるんですか」
    「いろいろ御馳走さまでした、佐見島さんも見ます?」
     半ば放心状態の允の肩を、イルフィーネが楽しそうにポンっと叩く。
     返事がない。冷汗がデフォルトの、唯の魔法使いのようだ。
    「ごちそう……食べ物でござるか!」
    「漫画……?」
     ブレイブが瞳を輝かせ、サブカルチャー好きのメリッサの喰い付きに、阿鼻叫喚♪
     だが、悪夢はここで終わっちゃあくれない!
    「よい子のみんなの本、食べちゃダメです!」
     めりるの言葉がトドメと言わんばかりに、允の精神をごっそり削り取る。
     間違ってはいないんです、食べさせたモノだけが、間違ってるんです、と……。
    「……」
     そんな中、攻撃に余裕が出たメリッサは仲間全体の布陣を見回していて。
     サーヴァントを含めると12対1。
     集中砲火を受ける形のブエル兵は攻撃が手薄になり、回復一方に追い込まれている。
    「サーヴァント連れが多いとはいえ、それだけで此処まで行かないな」
     やや攻撃優先に切り替えた晶も本から少しずつ引き離すように、断罪の刃を振り下ろす。
     殆どの者が見切りを考慮し、かつ単体攻撃中心のサイキックを使っていたのも、速攻に繋がったのだろう。
    「終わったら本の代わりに、ボクたちはみんなでご飯だっ!」
    「是非に!! 拙者も何か食べて帰りたく!」
     回復に専念していた有紗も、足元から伸ばした影を鋭い刃に変え、やや攻めの姿勢で斬り裂いていく 。
     猛攻を堪えようと、ブエル兵は守りを固めようとするけれど、すかさずブレイブがご当地パワーを爆発させるように、地面に叩きつけた。
    「あとは、殺し合いを楽しむだけですね」
     敵を小馬鹿に扱おうにも、挑発しようにも、具体的な方法が思いつかなくて。
     ならば、攻撃に専念するだけだと、イルフィーネは死角からの斬撃を繰り出していく。
    「あなたのお相手はこっちですよー!」
     反撃に見舞った蹄の一撃を、庇うように飛び込んだめりるが、聖剣を横にして受け流す。
     そのまま弾き上げてブエル兵の胴が空いた刹那、めりるは身を低くして己が影に触れた。
    「ここにある本はあなたではなく、たくさんの子供たちに必要な本なんです!」
     大きなラフレシアが開くように広がった影が、満身創痍のブエル兵を飲み込んでいく。
     影が消えると異形の姿はなく、館内は古書の匂いと日常の静寂で包まれていった。

    ●日常へ
     個々の力量を生かした班分けと、速攻を重視した作戦により被害は皆無に等しく、少し片付けるだけで済みそうだった。
     しいていえば、囮に使った肌色が多めの薄い本が、食べられたくらいだろう。
    「倒したブエル兵が食べた分は、知識にならないといいね」
    「神様、マジ頼んます!!」
     満足げで薄い本を回収するイルフィーネに対して、葵は穏やかに微笑み、允は胸元のタリスマンを握り締めて全身全霊の願掛け中。
    「後片付けも終わりましたし、みんなでおいしいものを食べに行くです!」
    「美味しい店……お肉……お肉にござろうか」
     折角だからと食事を提案しためりるに、ブレイブが脊髄反射の如く反応したのは、言うまでもなかったけれど。
    「ごはん、食べに行くの……?」
    「学生街だから安くて量が多いお店や、美味しいお店とかありそうですね」
     たどたどしく言葉を紡いだメリッサに、イルフィーネも近隣のグルメ雑誌が近くにないか視線を巡らせた時だった。
    「どこか近くで、旨いステーキを食べられる店にでも行くか……」
     この辺りに安めだけど美味い肉料理の店があると、晶が携帯端末に指を滑らしていく。
     全額までは行かないけれど、5割ぐらいなら持つと告げると、館内に歓声が響き渡った。
    「いい汗かいたし、沢山食べるぞ~」
     個室だったら一緒に食べれていいねと有紗が声を掛けると、夜叉丸はやれやれと首を振りながらも、嬉しそうに尻尾を振る。
    「腹一杯旨いもん食おーぜ!」
    「どこへでもゆくでござる!」
    「うん、メリッサも行く……」
     財布の中身に不安を覚えながらも允が声を掛けると、ブレイブは嬉々と瞳を輝かせて、メリッサも強く頷いて。
     少女達の満面の笑みに、允は「足りなければ少し出すか」と胸の内で呟きながら、軽い足取りで図書館を後にしたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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