たった一冊の絵本のために

    作者:空白革命


     千葉県某所コミュニティーセンター付属図書館。
     学校教室一部屋分程度しかないこの小図書館には、ある絵本が納められている。
     あじさいの花が描かれたその絵本に文字はほとんど無く、ただ色鮮やかな花が十数ページにわたって描かれている本である。
     こんな絵本を借りる者などいそうにないが、不思議とその絵本は頻繁に貸し出し中になっていた。
     それもただ一人、『萌葱めぐみ』という名前だけが貸し出しカードに並んでいる。
     司書いわく、病気で外に出られない少女がその本を愛したというただそれだけのために、この本は納められているのだという。
     その本が。
     一体のプエル兵によって食いちぎられた。
     はらはらと落ちる紙切れをすくいあげ、たいらげていくプエル兵。
     一通り本をたいらげると、次の本棚へのそのそと歩き始めた。
     

     武神大戦獄魔覇獄に参加したソロモンの悪魔の獄魔大将プエルが活動を起こしているという。
     彼は知識を力とするダークネスだが、先日の戦いでその多くを失ったらしくその埋め合わせとしてプエル兵を全国の図書館へと放ったのだそうだ。
    「今から現場に向かって貰うから、図書館へ侵入される前に野外で決着をつけてちょうだい。年の瀬で人はいないから、いいんだけど」
     巨大な本を開き、白紙のページに指をはわせる長髪のエクスブレイン。
    「でも、なんていうのかしらね。あんまり私たちらしくない物言いかもしれないけど……」
     髪の間からちらりとこちらを見る。
    「『本がかわいそう』よね」
     
     プエル兵とは、ソロモンの悪魔『プエル』によってつかわされた眷属である。
     これが山側から十五体ほど現われ、コミュニティセンターの図書館を狙っているという。
     戦闘に適したエリアはコミュニティセンター脇の駐車場である。壁に囲まれ、人目を気にする必要が無いほか、広さをとることができるので非常に戦いやすいのだ。
     ここへ時間ギリギリに滑り込む形で割り込み、戦闘を仕掛ける形になるだろう。
    「仮にプエル兵を取り逃しても人が死ぬわけじゃないわ。本だってよそから取り寄せればいいし、施設もすぐに修復できる。その上であえて言わせてちょうだいな」
     女は本を閉じ、髪をゆっくりとかきあげた。
    「本を守ってあげて」


    参加者
    風野・さゆみ(自称魔女っ娘・d00974)
    マルタ・エーベルヴァイン(ピュロマーネ・d02296)
    風真・和弥(無能団長・d03497)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    玄獅子・スバル(高校生魔法使い・d22932)
    赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)
    星見乃・海星(ぼくは星を見るひとで・d28788)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ


    「公共物である図書館を食い荒らす? しかも知は力とか言ってる奴が書物に敬意も払わずに、と?」
     揺れる列車内。風真・和弥(無能団長・d03497)は手にしていた数十冊のフリーペーパーを、皺がつくほどに強く握った。
    「そんな連中はこの世からもお引き取りさせてやるぜ」
    「ですぅ~」
     テンションの路線変更をかけつつ、風野・さゆみ(自称魔女っ娘・d00974)が横入りしてきた。
    「誰かが愛した本が犠牲になるのだけは避けなければならないのです~」
    「真剣な気持ちは理解できるんだけどテンションがな、テンションがなあ~!」
    「ふん……」
     マルタ・エーベルヴァイン(ピュロマーネ・d02296)は軽く腕組みをして彼らを横目に見ていた。
    「本を大事にしたことはないが、ブエルが強化されることは避けたい。それに……」
     マルタは和弥たちがごっそり抱えているフリーペーパーの束に目をやった。
    「アレを撒いて誘導するつもりらしいが……絵本とフリーペーパーの差はなんだ? 同じ書物だろうに」
    「さぁな。何でもいーだろ、やつらをブチのめせりゃあよ」
     玄獅子・スバル(高校生魔法使い・d22932)は壁に寄りかかり、別の所で固まっている仲間を顎で示した。
    「書物の差ってやつもよくわかんねーけど、あいつらが喋ってるのがそうなんじゃねえのか」
     赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)はボックスシートに座って到着の時を待っていた。
    「情報に、本に、物語に貴賤は無い。だけれど、でも……」
    「『めぐみくん』が悲しむ。そういうことだね?」
     楓の膝の上で大きなヒトデが喋った。星見乃・海星(ぼくは星を見るひとで・d28788)である。
    「ぼくもそれは嫌だな」
    「そういうこと」
     向かいの席で、コーヒー牛乳をストローですする月村・アヅマ(風刃・d13869)。
    「本はあくまで本だけれど、萌葱めぐみの愛した絵本はあの一冊だけなんだ。喰わせるわけにはいかんでしょう」
     それまで黙って目を瞑っていた有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)が、目を開けてアヅマを見た。
    「そう思うでしょう?」
    「……」
     目をそらし、車窓から空を見る。
     やがて列車は目的の駅へと到着し、扉が空圧音と共に開いた。


     千葉県某小図書館。
     しんと静まりかえった施設へ向け、ブエル兵の一団が忍び寄っていた。
     そこへ。
    「おっと、そう好きにはさせないぜ!」
     行く手を阻むように和弥たちがずらりと現われた。
    「ブエッ!」
    「プエー!」
     彼らを明確な敵だと判断したブエル兵たちは即座に戦闘態勢へ移行。隊列を組み直して和弥へと襲いかかった。
    「来るか、こいつでも喰ってろ!」
     フリーペーパーを大量にまき散らす和弥。
     対するブエル兵はペーパーを突っ切って和弥へと強烈な体当たりを仕掛けてきた。
    「うおっ!」
     吹き飛ばされつつもヴァンパイアミストを展開。ふんわりと着地する和弥。
    「攪乱作戦はダメか、情報誌なら食いつくと思ったんだが……」
    「戦闘中に美味そうなメシに食いついてたらアホだろ。まあ、そんだけアホならこっちも助かったんだが」
     スバルは和弥と入れ違いに飛び出すと、ラインを引くようにフリージングデスを放射した。
     凍り付いた足や腕を振り払うようにたたらを踏むブエル兵。
    「予定通り、サイキックだけ食らわせてやろうぜ」
    「小細工無しってことだね。わかった」
     楓は本のしおりにしていたカードを引き抜き、一度だけ目を瞑った。
    「『デッドラインは、乗り越えない』」
     途端に彼の周囲にいくつもの武器が出現。楓はそのうちから一冊の本を掴み取り、優しく開いた。
    「爆破」
    「でもって再冷却!」
     楓の呪術が発動し、ブエル兵たちの中心が爆発。と同時に彼の後ろから飛び上がった巨大なヒトデが高速で回転した。
     冷却から熱爆発、更に冷却を繰り返したブエル兵たちはたちは次々と弱り果てていく。
    「やったか」
    「いや……」
     カードを掴む雄哉。
    「『Drei、Zwei、Ein、Anfang』!」
     途端に彼の肉体が変化し、腕にぐるぐると帯が巻き付いた。
     帯の巻き付いた腕を、最初から分かっていたかのように明後日の方向に翳す。
     するとそこへ強烈な回転をくわえたブエル兵はぶつかってきた。帯の強固さに阻まれ、跳ね返っていくブエル兵。
    「……」
     雄哉はブエル兵をにらみ、腕の帯を展開した。
    「ちょっぴり頑丈なのもいるのですね~」
     さゆみはカードを天空に掲げると、きらりと目を光らせた。
    「さあ、私たちの物語を始めましょう」
     するとさゆみの衣服や髪の飾りが光りとなって膨らみ、それらが消え去ったときには新しい衣装に身を包んでいた。
     古びた一冊の魔導書が彼女の前でひとりでに開き、ばちばちとエネルギーのスパークをまき散らす。
    「ブエル兵さんたち、絶対に許さないのです~!」
     びしりと一匹のブエル兵を指さすやいなや、スパークは大量の魔矢となりブエル兵へ殺到した。
     慌てて回避行動をとるブエル兵だが、ジグザグに走る魔矢からはどうあっても逃れようが無い。
     逃げるのは無理と判断した若干大きめのブエル兵たちが、さゆみめがけて全力の突撃を繰り出してくる。
    「猪突猛進か。知識の魔物が聞いて呆れる」
     進路上に立ち塞がり、両腕をリラックスした姿勢で垂らすマルタ。
     彼女の両足に雄哉の展開した帯が巻き付き、鋼のように硬化する。
     マルタは振り上げた膝でブエル兵をガード。凄まじい突進ではあったはずだが、片足立ちのマルタはその場から微動だにしなかった。
    「適当にやるから、うまくつなげろよ」
     マルタはぴょんと飛び上がると、足から炎を吹き出しながらブエル兵を蹴り飛ばした。
    「了解、マルタさん!」
     アヅマは帽子が飛ばないように手で押さえつつダッシュ。
     吹き飛ばされ空中を泳ぐブエル兵へと追いつくと、巨大なバベルブレイカーを出現させた。
     ブエル兵に押しつけ、そのまま壁へと叩き付ける。
    「くらえ」
     手元のレバーを握り込み、鉄杭を発射。
     杭はブエル兵と後ろの壁を貫通した。


     本来なら誰の邪魔も入らずに遂行できるはずだった図書館襲撃作戦。
     しかし灼滅者たちの乱入により、ブエル兵たちは予期せぬ被害を受けていた。いや、被害というより致命傷と表現するべきだろうか。
    「ぷぇぇ……」
     スバルや楓たちに切り捨てられ、ブエル兵が次々と消滅していく。
     そんな中、残り僅かとなったブエル兵たちは最後の抵抗に出た。
    「「ブェー!」」
    「なんだ……?」
     お互いにがしりと足をつかみ合い、巨大な車輪のようになって突っ込んでくるブエル兵。
    「――ッ」
     危機を察した雄哉は標識を素早くチェンジ。イエローサインを発動させ、巨大な黄色い壁を生み出した。それすらも突き破ってきたブエル兵に、マルタや楓は身を挺してぶつかっていく。
    「うわっ!」
     されどブエル兵決死の攻撃。楓たちは思い切り吹き飛ばされ、建物の窓を突き破って屋内へと消えていった。
    「マルタさん! 赤阪さん! こいつ……!」
    「一緒にいくのです~!」
     アヅマは先端の光るステッキを取り出し、さゆみは先端に月の装飾が施されたステッキを取り出した。
     二人はそれを交差させ、一緒になってブエル兵に突っ込んでいく。
     再度高速回転して対抗してくる合体ブエル兵。
     交差させたステッキの魔力と合体ブエル兵の威力はほぼ互角。余った衝撃によってさゆみたちが吹き飛ばされてしまうところではあった……が、雄哉の放ったイエローサインが二人の足場をしかかりと保護。ついにさゆみたちはブエル兵をはじき飛ばした。
     ばらばらに散らばるブエル兵。
    「おっと、逃がさないよ」
     ぴょんと飛び上がった海星がお腹から大量の星が飛び出し、ミルキーウェイとなってブエル兵たちを次々に捕らえていった。
    「マルタくんたちの仇は討たせてもらうから」
    「勝手に殺すな」
     三階の窓を内側から突き破り、マルタが飛び出してきた。
     背中から炎の翼を広げ、ブエル兵の一団へとミサイルのような跳び蹴りを叩き込んだ。
     激しい爆風がおこり、次々に吹き飛ばされ、消滅していくブエル兵。
     そんな中、ひときわ大きいブエル兵がマルタへと突撃をしかけてきた。
     が、マルタの手前で見えない壁に阻まれて止まった。
    「こいつがラストだ! ちょっぴり面倒だから気をつけてね」
     間に悠々とした足取りで入ってくる楓。
     片手にはピンクのノートパソコンを抱えており、エンターキーを叩くと同時にブエル兵を撥ね飛ばした。
    「弱点は……ま、いいか。やれるよね?」
    「勿論!」
    「ったりめえだ」
     ほぼ同時に突撃していく和弥とスバル。
     和弥は両手にそれぞれ刀を握り、たくみな滅多打ちでもってブエル兵を切り裂いていく。
     後方へ回ったスバルはナイフを変形。目にもとまらぬ速さで切りつけまくった。
     その途中でスバルは武装を縛霊手にチェンジ。
     対して和弥は刀を揃えて横振りする構えにチェンジ。
    「頼まれちまったしな」
    「うん?」
    「『守ってくれ』とさ」
     二人はほぼ同時にブエル兵へ渾身の打撃を叩き込んだ。
     吹き飛び、建物の外にあったオブジェに衝突するブエル兵。
     ブエル兵はごろごろと転がり落ち、そして跡形も無く消滅した。
     細く、長く息を吐く雄哉。
     カードを手に取り、元の姿へと戻った。


     壊れた壁やガラスをどうしようか。和弥たちは色々考えはしたが、ここは後から見た人たちに任せておくのが一番だろうと結論づけて、その場を立ち去ることにした。
     とはいえあたりに散らばったフリーペーパーは彼らのものなので残らず拾い集めたわけだが……。
    「本は本。されど思い出が籠もった時点で『本』が別の意味をもつ……か」
     くしゃくしゃになったフリーペーパーを眺め、和弥はぽつりと呟いた。
     そんな彼の顔を無言のまま横目に見る雄哉。
    「ま、その辺に落ちてる本と大事にとってある本とじゃ違うだろ、そりゃ」
     頭をくしゃっとさせて言い捨てるスバルに、さゆみがのほほんとほほえみかける。
    「やっぱりスバルくんも、萌葱さんの愛した本を守ってあげたかったんですね~。いい人なのです~」
    「やめろ、ンなわけ――」
    「インクにしみた紙束と守るべき本の差か。なるほど……肉塊と人間の差もしかり、か」
     腕組みするマルタ。スバルは苦笑して帽子を被り尚した。
    「いや、そんな大それたものじゃないけどさ。でも、大事なものってあるじゃいですか、誰にでも」
    「そう、誰にでも」
     青い髪の少女が意味深に微笑んだ。
    「……誰だっけ?」
    「ぼく、ぼくだよ。ぼく。海星だよ」
    「まあとにかく」
     楓はぱたんとノートパソコンを閉じ、小脇に抱えた。
    「守れて良かったよね、誰かが愛した一冊の本、ってだけでもさ」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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