●夢の崩壊
「……っ、不覚を取りましたか」
地面へと膝を着きながら、男は傷口を手で押さえた。勿論そんなことでどうにかなると思っているわけではないが、まだ諦めたわけではないことを示すための、精一杯の抵抗だ。
だがやはりというべきか、目の前のそれに対しては意味がない様子であった。怒りを込めた瞳に射抜かれたまま、男は諦めたような溜息を吐きだす。
これが他の相手であれば逃げることも出来ただろうが、眼前の黒い物体は男と同種の存在である。最早どうしようもあるまい。
「……申し訳ありません、コルネリウス様。私はどうやら、ここまでのようです」
敬愛する主人へと言葉を残しながら、男はそれの放った刃に斬り裂かれる。地面へと倒れたその身体は端からボロボロと崩れていき、やがて完全に消滅した。
それを見届けた後で、黒い物体は周囲を見渡す。一面が闇で覆われたそこには、既にそれ以外存在していない。
だがその空間もまた、先の男の後を追うように、端から崩壊を始めていた。もっとも男が死んだせいというよりは、先の戦闘の余波によってだろうが。
しかしそれを気にすることなく、黒いものは踵を返す。
「ふん、コルネリウスの配下共め……我らが味わった屈辱、貴様らも味わうがいい」
欠片も薄れぬ怒りをその瞳に宿したまま吐き捨て、それもその場から姿を消したのであった。
●悪夢の報復
「先日の戦争ではお疲れ様。ただ、当たり前というべきか、その影響は色々なところにあったみたいね……今回あなた達に頼みたいのも、そのうちの一つよ」
皆が集まったのを確認すると、四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそう言って話を始めた。
今回の依頼は、概要だけで言うならば、単純だ。となるシャドウによって夢を見せられている一般人が死亡してしまうので、それを防いで欲しい、というものである。
しかし当然それだけであるならば、先の戦争とは関係がない。そもそもその一般人が死亡してしまうのは、そのシャドウのせいというよりも、そこに他のシャドウが襲撃に来て戦闘になってしまうからなのだ。
「襲われる側のシャドウはコルネリウスの配下で、襲撃に来た側のシャドウはアガメムノンの配下。こう言えば、少しは状況が見えてくるかしら?」
つまり、獄魔覇獄の復讐として、アガメムノン達はコルネリウス派のシャドウを襲撃することにしたらしいのだ。
そしてその戦場となってしまうソウルボードの主は、その戦闘の余波に耐え切れずに死亡してしまう。
「アガメムノン達はコルネリウス達が邪魔をしたから自分達が負けたと思っているらしいけれども……あながち間違っていないのも問題といえば問題かしら」
それがなかったところで勝てたかはまた別の話になるが、今回の敗因が最初の奇襲で戦力の七割が削られたことによるものなのは間違いないので、八つ当たりとも言い切れない。
もっとも。
「そんなことは件の一般人には関係がないわ」
結局のところ、やることはいつもと大差ない。
シャドウの争いから、ソウルボードを守る。それだけである。
「ソウルボードには当然ソウルアクセスして向かう必要があるけれども、今回は特に悪夢を見ているというわけではないから、ソウルアクセスするのは難しくはないはずよ」
今回コルネリウス配下のシャドウがそこに居たのは、休息するためであったらしい。そのためそこはそのシャドウにとって心地いいような空間にはなっているものの、悪夢ではなく、故にシャドウ以外の敵は存在しない。
「その夢は……何と言えばいいのかしら。まあ、端的に言ってしまえば、そこは一面暗闇の世界、とでもいったところかしらね」
周囲には闇があり、闇しかない。ただ、不思議なことにそこは、闇だということを認識するにも関わらず、視界は特に問題ないようである。
だから戦闘に関しては、特に気にする必要はない。
「問題があるとするならば、むしろその後の行動でしょうね。あなた達が到着するのは、おそらくコルネリウス配下のシャドウがアガメムノン配下のシャドウに襲われた直後あたりになると思うわ」
取れる選択肢は、大雑把に分ければ二つだ。
「一つ目は、コルネリウス配下のシャドウをその場から離脱させ、アガメムノン配下のシャドウと戦闘を行うこと」
これならばシャドウ同士の戦いでは無くなるため、一般人が死亡することはなくなる。ただしアガメムノン配下のシャドウは強敵なので、戦いは厳しくなるだろう。
「二つ目は、アガメムノン配下のシャドウに協力してコルネリウス配下のシャドウを撃破することね」
素早くコルネリウス配下のシャドウを撃破することで、一般人が死亡することを阻止する方法だ。強い方に加勢するため、一般人が死亡する前に戦闘を決着させることが出来るだろう。
「ただしこちらを選択した場合、止めをどうするのかをきちんと決めておかなければ面倒なことになるかもしれないわ」
アガメムノン配下のシャドウが止めを刺せば、コルネリウス配下のシャドウは死亡し、アガメムノン配下のシャドウは満足して撤退するだろう。
逆に灼滅者が止めを刺してしまった場合は、報復を邪魔されたと思ったアガメムノン配下のシャドウが襲いかかってくる可能性がある。
「一応他にも方法はあるかもしれないけれども……リスクにメリットが見合わないだろうし、どちらかを選択することをお勧めするわ」
その二つであるならば、どちらを選んでも大差はないだろう。当然幾つかの違いはあるし、その後のことにどう影響してくるのか、ということであるならば、現時点では分からないとしか言いようがないが。
「ただ、そうね……補足を加えるとするならば、何度も言っているように、襲撃されるのは、コルネリウス配下のシャドウ、よ。あなた達の中には、それと会ったことがある人もいるかもしれないわね」
勿論、だからどうということでもないが。
「それと、今回はシャドウ同士の争いに介入することになるわけだけれども、別にどちらの勢力に味方する、というわけではないわ。あくまでも目的は、一般人が死亡してしまうことの阻止、よ」
それが果されるのであれば、どちらが逃げようが倒されようが、特に問題はない。
「そして、最後にもう一つ。その目的さえ果たせるのならば他はどうでもいいというのも確かだけれども、アガメムノン配下のシャドウにコルネリウス配下のシャドウを倒させれば、シャドウという灼滅しにくいダークネスを撃破する大きなチャンスになるかもしれない、というのもまた事実ね。勿論、どうするかは、あなた達に任せるのだけれども」
最後にそう言って、鏡華は話を締めくくったのであった。
参加者 | |
---|---|
今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605) |
犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) |
空井・玉(野良猫・d03686) |
月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837) |
霧凪・玖韻(刻異・d05318) |
君津・シズク(積木崩し・d11222) |
祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835) |
物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160) |
●
その音が響いたのは、地面から生えた刃が男の身体を斬り裂こうとした、まさにその瞬間であった。
薄闇の中、しかしはっきりと見えるその姿に、男の目が見開かれる。自身の攻撃を防がれた黒いそれも、何処となく驚いたかのような雰囲気を纏い、その半ばで断ち切られた刃が蠢く。
闇の中で軌跡を描いたのは、それよりも尚昏き黒。
「一時は共に戦った誼みです。一般人を巻き込むのは許せないことですが……此度は手助けしましょう」
祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835)だ。そしてそれに続くように、さらに複数の人影が現れる。
「悪いけど、その奇襲邪魔させて貰う!」
「武蔵坂学園の生徒だよ、アガメムノンの残党、見つけた!」
月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)が男を庇うように一歩前に出、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)が男とそれとの間に立つ。
その様子を眺めながら、黒いそれの表面が波打ったのは怒り故か。何処からともなく発せられた声が、黒で塗りつぶされた空間に響く。
『灼滅者……だと? 貴様ら……まさか本格的に手を組んだとでもいうのか……!?』
「何言ってるのよ。優男と黒い物体なら優男を助けるに決まってるじゃない!」
そう言って、その黒い物体へとびしりと指を突きつけたのは君津・シズク(積木崩し・d11222)だ。その言葉に対し、それは理解不能とばかりに苛立たしげにその表面を波立たせるも、シズクは構わずに言葉を続ける。
「見た目を気にしないのは駄目よ。相手に好かれる為に外見を整えもするし、そうじゃなきゃ仲良くなれないわ」
それが人間らしさだと、嘯く。その姿から離れる程、人の心とも程遠い存在になるんじゃないかと、人の心の世界で、人に非ざるモノを相手に。
「次に会う時はリボンかネクタイでも着けて来なさい!」
それでも、分かり合える可能性を否定せずに言い放った。
まあそれはともかくとして、実際のところは勿論のこと、この場に居る者達でさえ、男に対して好意的というわけではない。これはあくまでも、この間の戦争での借りを返すためや、そのお礼を返すためにしていることに過ぎないのだ。
先の戦いもそうであるが、これはただ互いの利害が一致しただけであり、利用しあうだけに過ぎないのである。馴れ合う気は無いし、向こうもそれは同じだろう。
「戦いの邪魔だ、さっさと退け……悪い話では無いだろう?」
故に犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は、端的にそれだけを告げた。優先とすべきは、シャドウ同士の戦闘の回避であり、一般人への被害の阻止。それだけなのだ。
勿論、両方を灼滅することが出来れば、それが一番ではあるものの――
「ここでお前らが戦ったら、このソウルボードの持ち主死んじまうだろ? 俺らとしては、そいつは避けたいんだよ」
物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)とて、優先とすべきものを間違うつもりはないのである。
「そうですね、戦場がソウルボードでなければ、シャドウ同士の戦いになど手出ししないのですが……さあ、貴方も此処から出て行って頂けますか」
黒いそれを視線で制しながら、緋月はそう言葉を投げ――
(「シャドウ同士の殺し合い……共食いに近いが、これも生存競争の一種か。まぁダークネスと灼滅者の関係も似たようなものだな」)
霧凪・玖韻(刻異・d05318)はそんなことを考えながら、男へと視線を向ける。殺し合うのを止めるつもりはないし、勝手にしろとさえ思う。だがそれをするのであれば、余所でやれ、という話だ。
「これは警告、いや脅迫かな。君をここから放逐するに際し、生死には関心が無い。意味は解るな?」
それらの話を、男は黙って聞いていた。そして一通りの言葉が終わったのを確認すると、その口元に苦笑のようなものが浮かぶ。
「ここで無理を通したり、あなた達と敵対しても意味はありませんか……少々、複雑ではありますが、ね」
その視線を紅葉とシズク――そして沙夜へと向け、しかしそれ以上は何も言わずに一歩後ろに下がった。
「これからも暫くは気をつけて、残党とはいえ強そうですし……あ、あと、コルネリウスさんにも気をつけてねって伝えてください」
掛けられた紅葉の言葉に黙って頷き、男の頭が恭しく下げられる。
「それでは、私はこれで失礼しましょう」
だがその姿が去る間際、沙夜が口を開いた。
「名くらいは名乗っていったらどうだ? 私は沙夜」
「ふむ、そうですね。確かに結果的とはいえ今回は……いえ、やめておきましょう。ええ、私の名前を知っても、やはり意味はないでしょうから」
その言葉に何処か引っかかるものを覚えたものの、確かめている余裕はない。ならばその代わりとでも言うかのように、続ける。
「コルネリウスに伝えろ、引き篭もっているなら大人しくしていろと……顔を合さなければ殺し合う事も無いだろう」
その言葉を聞いた男が、その口元を僅かに歪めた。それはどういう意図なのか、沙夜が訝しげな視線を向けるも――
「あなたより伝言を託されるのは、これで二度目になりますが……確かに、今回もお伝えいたしましょう」
それだけを告げ、消えた。
その姿があった場所を、沙夜はしばし見つめていたが、やがて前方へと向き直る。今の言葉に思うところがないわけではないが、まだ厄介そうなのが残っているのだ。
そして問題の黒いそれは、何をするでもなくただそこに居た。男を追うような素振りも見せず、何処か不気味に佇んでいる。
しかし油断なく見据え、かといってこちらもすぐに動くわけでもない。このまま去ってくれれば、それはそれで問題ないのである。
勿論灼滅出来るのが一番だが、さすがにそれは難しいだろう。ソウルボード内に居る限り、シャドウを灼滅することはほぼ不可能である。ソウルボード内で倒しても、それは倒したように見えるだけであり、灼滅出来ているわけではないからだ。シャドウを灼滅するには、同じシャドウか、ソウルボードの外へと引っ張り出す必要がある。
だが今回は実体化するか否かは分からず……何にせよ、まずは相手の出方次第だ。
「さて、コルネ配下は居なくなった……後は貴様だけなのですよ」
「そうだな、報復対象はいなくなったわけだが……君はどうする?」
それらを窺い知るためにも、无凱が問いかけ、玖韻が続く。
しかしそれでも相手からの反応は無く……けれども撤退していない以上は、それが答えだ。
「そうか」
それに玖韻は、予想通りというように頷き――
「退く気はないと。解りました……務まるか解りませんが、全力にてお相手しましょ!」
无凱も、構える。
そしてそれは、他の皆も同様だ。
「まぁ、死なない程度に頑張るとするか」
そう嘯きつつ、暦生は気合を入れ、高まる戦闘の気配に、それぞれの殲術道具を握る手に力がこもる。
「そうですか、では改めて……。実力行使と参りましょうか」
そうして愛刀の柄を、緋月の手が掴み――激突したのは、次の瞬間であった。
●
その場で真っ先に動いたのは、他の何物でもない、黒いそれであった。薄闇の空間を満たす、大小様々な黒い触手。それの身体から、地面から、生え、伸びるそれらが、一斉に灼滅者達へと向けて襲い掛かる。
圧倒的な質量で触手を叩き付け――だが響いたのは、鈍い音。
その眼前に躍り出たのは、一台のライドキャリバー、クオリアだ。その身を以って触手を防ぎ――それを踏み台にするようにして、一つの影が宙に飛び出す。
空井・玉(野良猫・d03686)である。密集している触手の間を一直線に抜け、その瞳に映るのは当然の如く黒いそれ。
しかしそこに特別な何かはない。そもそもそれらは玉にとって宿敵に当たる存在であるが、別に特別視しているわけでもないのである。
だから今回男を助けたことも、一時的に利害が一致した結果に過ぎず、仲間意識が芽生えたという事ではない。それ以上でも以下でもなく、率直に言ってしまえば、彼らの諍いなどはどうでもいいのだ。
かと言って、今回玉が人命の為に来たのかと言えば、それはそれで語弊が生じる。実の所、当人の与り知らぬ間に事が進むのが許せないだけで――
(「それに付随する結果を、私は多分、ただのオマケ程度にしか見ていない」)
そんな思考を弄びつつも、身体は動いていく。というか、別にそれとこれとは何の矛盾も生じない。
要するに、目の前のそれは叩きのめす。それだけのことだ。
振り抜いたのはその足。履かれたそれの名は、Code:Qualia。流星の如き煌きと、宿した重力を以って。
ぶち込んだ。
僅かに宙に浮いていたその身体が地面に叩きつけられ、すかさずそこに踏み込んだのはシズク。拳を握り締め、宿した雷が僅かにその横顔を照らす。闇の中を奔った一条の光が、その先にあるそれを捉え、めり込んだ。
しかしそこで終わらず、振り上げた先に待っているのは、巨大な杭打ち機。
玖韻だ。Aegis Killerという名のそれにより、ドリルの如く高速回転した杭が打ち出される。その直前に、防御のためか触手が展開されるも、構わない。
それごとぶち抜いた。
確かな手応えが腕に伝わり――だが直後に顔を顰める。自身の身を見下ろしてみれば、その胸が斜めに斬り裂かれていた。
いつの間に、と思うも、その時には既に次の刃が放たれている。迎撃に移ろうとするも僅かに遅く――だがそれがその身に届くことはなかった。
その眼前に割り込んできたのは、漆黒の刃。緋月が愛刀の黎月で受け止め、その身で衝撃を受ける。しかしそのまま流し、刃の上を滑らせるようにして前に出た。
その横に並ぶのは、ビハインドである黎月だ。放たれた霊撃で一瞬の隙を作り出しと、緋月はそこに迷うことなく飛び込む。振り被られ、下ろされた刃が、迫ってきた数本の触手ごと斬り裂いた。
痛みにか、黒いそれの身体が波打ち蠢く。そこにさらに追撃を行なうべく、緋月が黎月を振り上げ――しかし寸前で飛び退いた。直後にその場を通り過ぎたのは、数本の触手。
間一髪のところでかわし、だが逃さぬとばかりに、すぐさま触手の向きが変わり――ギチリと、その本体ごとその場に縫いとめられた。
それを成したのは、糸。沙夜だ。
さらにはその間にもう一歩下がる緋月の後方で、紅葉の唇が人差し指の指輪へと落とされる。放たれ、突き刺さったのは、制約を科す弾丸。その身が一瞬震えて止まり――貫いたのは、蒼雷の如きオーラ。无凱である。
さらにはほぼ同時に暦生が踏み込んでおり――
「まぁ、いきなり脱落させられたお前らの気持ちもわからんでもないが。負けは負けとして、きっちり飲み込めよな、ったく迷惑な」
影を宿した拳を後方へと引き絞り、そのまま振り抜いた。
●
強敵というものは、対策を万全にし、全員が理想通りに動けてこそ、ようやく対等に渡り合えるような存在である。
故に。
迫り来る触手をかわしきれず、その身に直撃を受けた玖韻の身体が崩れ落ちた。クオリアも黎月も既に消滅しており、これで三人目の脱落者だ。
さらには他の皆も満身創痍に近く、紅葉や沙夜だけでは回復が追いつかず、玉や緋月も回復に回っているのが現状であった。
しかし先に述べたように、強敵とはそういったものである。
だからシズクはその状況を確認し、ただ小さく息を吐き出した。
別にこの程度のことは、慌てるようなことではない。ある意味で、予想通りですらある。
大体こちらだってただでやられていたわけではなく、相手にも余裕はないはずだ。というか、まだ自分達で定めた撤退条件にも至ってはおらず――つまりは、ここが正念場であった。
ロケットハンマーを握る手に、さらに力を込める。そもそも最初からシズクは自身の成すべきことを一つのみに定めており――それを実行すべく、再度吐き出した息と共に一気に踏み込んだ。
飛び込んだその勢いは、ロケット噴射によりさらに加速される。迎撃のために伸ばされた触手を、それ以上の速度ですり抜け、掠るそれを無視し、地を蹴る。
距離を詰めるのは一瞬。振り上げたそれを、全力で叩き込んだ。
衝撃でそれが仰け反り、そこに走りこんでいるのは玉。その右手には黄金の鉤爪の付いた祭壇――Code:Vesuvius。踏み込みと同時に殴りつけ、放出された網状の霊力がそれを縛り付ける。
それはすぐに破られてしまったが、その一瞬で十分であった。生じた隙の間に、死角には影。
暦生だ。振り被っていた道路標識を打ちつけ、さらに追撃の為に懐へと飛び込み――だがそこは逆に撃ち出された触手により吹き飛ばされた。
即座に紅葉が反応し――しかしそれを暦生は視線で制す。
迷いは刹那。既に動き出していた沙夜の後を追うように、指輪へと唇を落とす。漆黒の弾丸が形成され、撃ち込んだのと、沙夜が白光を放つ斬撃を繰り出したのはほぼ同時だ。
斬り裂き、貫き――それでもまだ、それは倒れない。抗い、触手を蠢かせ――その真下の影から這い出るは、翼を持つ獣。
――先日の戦争では、確かにコルネリウスの協力によって得たチャンスであった。だがそれはあくまでも切欠でしかなく、今回はその協力もない。
だから。
(「少しは灼滅者の意地を見せてやりたいところだ」)
鵺黒羽という名の影の獣が、无凱の意思に応え、頭上のそれを斬り裂いた。
そして。
音はなかった。あったのは黒の軌跡と、その結果だけ。緋月は黎月を振り抜いた体勢のまま、しばし前だけを見据え、やがてゆっくりとその姿勢を解いていく。払い、仕舞い、ポツリと呟く。
「次は人を巻き込まない場所でなら、ご自由にどうぞ」
それが、戦闘終了を告げる合図となったのであった。
倒れ伏したそれは、まるで地面へと溶けていくかのように、その姿を消した。
灼滅出来たわけではないが、迎撃出来たことに変わりはない。それを眺め、紅葉は安堵と諦観の入り混じった息を吐き出した。
「逃走のマスターたるシャドウですから、追っても無駄ですね」
「まぁ、流石にソウルボードをたどって追う訳にもいかんしなぁ」
暦生もそこを見やり、頷く。既にこちらも満身創痍であるし、最初から深追いをするつもりもない。
ただ、出来ればシャドウの名を聞いておきたいところであったが、それはただの興味だ。どちらにせよ、聞けなかった以上は諦めるしかなかった。
しかしともあれ、危機は去った。この世界よりシャドウは姿を消し――残ったのは灼滅者達と、その薄闇の空間のみ。
「暗闇の世界……こんな所が心地いいなんて、流石はシャドウってところかしら」
それを眺め、ポツリと呟いた後で、シズクは皆の方へ振り返った。
それに頷き……最後にもう一度だけ、紅葉は周囲を見渡す。この世界が無事であることを確認し、再度安堵の息を吐き出すのであった。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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