英知は歴史の中に

     降り積もる雪の上に、獣の足跡が刻まれている。
     足跡の先にあるのは、図書館。現在は正月のため休館しているはずだが、入り口は開いている。
     人気のない閲覧室で、獣のパーツを組み合わせたような異形が4匹、本を食んでいた。
     異形……ブエル兵が口に運んでいるのは、日本史や世界史、歴史にまつわる書物だった。世界を知る上で、基礎と呼べる知識。
     ブエル兵は一通り歴史の本をたいらげると、他の棚へと移っていく。休館中なのは幸いだったかも知れない。もし彼らに見つかっていたら、命はなかっただろうから。
    「ぐるるう……」
     そして全ての本を食い尽くしたブエル兵たちは新たな書物を求め、次の図書館を目指し始めたのである……。

    「ソロモンの悪魔・ブエルの新たな動きを察知したぜ。どうやら、晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)が危惧していたことが現実になったみたいだな」
     そう告げる神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の表情は、硬い。
     先日の『武神大戦獄魔覇獄』で獄魔大将の1人であったブエルは、戦いの結果、力の源である知識の多くを失ってしまったらしい。そのため、基礎的な知識の再収集を行うべく、ブエル兵を各地の図書館へと放ったのだ。
     多くの図書館は年末年始の休業期間中のため、人的被害の心配はない。だが、ブエル兵を放置したままだと、図書館の全ての本が犠牲になってしまう。
    「図書館で本を読むのを楽しみにしていた人達が、休業明けにブエル兵に荒らされた惨状を目の当たりにしたら可哀想だよな」
     加えて、集めた知識でブエルが力を回復してしまえば、灼滅者たちの脅威となる。
    「ってわけで、図書館の防衛に協力してくれないか?」
     次にブエル兵が現れる図書館は、東北のとある図書館。
     このブエル兵は歴史の収集を優先させるようだ。この図書館は今、郷土の歴史を特集しているため、そのコーナーで待つのがいいだろう。
     現場は小さな図書館のため、本を傷つけないよう、ブエル兵を建物の外におびき出してから戦闘して欲しい。歴史本を狙うという特徴を利用するとよさそうだ。
     幸いこの図書館は湖の近くに建っており、ほとりには大きな広場がある。
     出現するブエル兵は4体。その戦闘力は通常の眷属程度だ。
     リーダー格の1体が日本刀相当のサイキック、他の3体が護符揃え相当のサイキックで攻撃を仕掛けてくる。リーダーがジャマー、残りがディフェンダーだ。
    「お前達の活躍次第で、今後のブエルの動きも変わってくるはずだ。ここでブエルが力を蓄えるのを阻止してくれ!」


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス拾センチ・d00662)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)
    イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)
    幡谷・功徳(人殺し・d31096)

    ■リプレイ

    ●失われた知識を求めて
     休館中の図書館。その郷土歴史特設コーナーに、8つの気配が潜んでいた。
    「わたしたちが守れる図書館は、本当に一部だとは思います。けれどせめてここだけでも、被害が減らせれば……」
     ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)が想いを口にした。休館中とあって空調が入っていないため、その吐息は白い。
     厚めの歴史書をそばに積み、彼女らと敵を待つのはリーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)。魔法使いである彼女にとっては、ブエルの知識欲もむしろ理解できるもの。しかし学園の方針が放置でない以上、関わることにやぶさかでない。
    「失った力を戻す為にこつこつと知識の収集とは……実に不便な存在だな」
    「全く、敗戦の将が往生際の悪い事だ……。兵を減らされ、何時まで玄室に籠っていられるだろうな……」
     同様にブエルの動向に思いを巡らせるイサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)。表情が固いのは寒さのせいというより、ソロモンの悪魔との因縁ゆえか。
    「そもそも本は読む為にあるもので、食べるためにあるものでは無いのですけれどね。それに、図書館内は基本的に飲食禁止だと……」
     ぼやく神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)の手には、この図書館より拝借したナポレオンの偉人伝。
     そのそばで仏頂面ながら軽口を叩くのは、幡谷・功徳(人殺し・d31096)。
    「ってか、あいつら本食っただけで内容暗記できんのか? 俺もテスト期間中だけブエル兵になりてぇぜ」
    「ふむ、人から知識を奪うだけでなく本まで食べるとは、ブエル兵には変わった習性があるようでございますね。かといって、力を蓄えるのを見過ごす訳にはまいりません」
     仲間に応じながら、翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)はダンボールに本を詰めていく。本物の歴史書ともう一種。
    「私の半生を綴った自伝も、言ってみれば歴史系の本で問題ございませんね」
     食べられても構いませんし、とつぶやき、朝日は『重要な歴史書』とダンボールに書きこんだ。
     皆とブエル兵に備えつつ、若宮・想希(希望を想う・d01722)はじっと手を見つめる。
    「俺には……人を幸せにする力なんて、ないのかもしれない。それでも、守りたい物がある……」
     首飾りを握ると、傍らの少年に視線を注ぐ。それに気づいた東当・悟(の身長はプラス拾センチ・d00662)は、笑顔をのぞかせ、
    「本は絶対護る。お前の好きなもん壊させるもんか。……っと、来たようや」
     五感を澄ませていた悟の言葉通り、館内に新たな影が現れる。その数、4つ。
     人と同等の背丈を有しながら、人とは似ても似つかぬシルエットを持ったそれこそ、悪魔ブエルの眷属・ブエル兵。
     異形の獣たちは知識を求め、書架を目指す。
    「ぐるるう……?」
     首を傾げるブエル兵。特設コーナーはもちろん、他の書架にも布がかけられ、本が見えない状態になっていたのだ。
    「図書館内ではお静かにってな」
     姿を見せた功徳がサウンドシャッターで獣の唸りを遮断すると、ラインが本を手に前に出る。
     見せつけるように掲げられたそれが、三国志人物事典と世界偉人伝……歴史の書物であることを理解するなり、ブエル兵が一斉にこちらへ向いた。

    ●知に飢えた獣
    「ほらほら、大好きな歴史系の本ですよー」
    「この知識も気になりません? すごいんですよこれ」
     この機を逃すまいと、柚羽がナポレオンの偉人伝を軽く掲げ挑発してみせると、想希も戦国武将と三国志の軍師の本をちらつかせる。本を愛する彼にとっては、決死の覚悟を伴う行為である。
     その甲斐あって、ブエル兵の関心は書架からこちらに移った。それを確めたリーグレットは、本をアイテムポケットに収納してみせる。
    「さあ、君らの目当ての本は私が頂いた。欲しければ力づくで来たまえ」
     言葉に応じて、ブエル兵の足が動いた。彼らにしてみれば、予想外の獲物を見つけたに等しい。それを見逃す余裕など、今の彼らにはない。
     灼滅者たちは本を餌にしつつ、ブエル兵の誘導を始めた。
    「うわ、さむっ! ほれジョン! お前の大好きな伊達正宗だぜ? なんとデザートには西郷隆盛だ!」
     外に出た途端襲ってきた寒さに体を震わせつつ、功徳がいくつもの鞄を見せびらかした。
     中には偉人関連の古本が詰まっている。ジョン呼ばわりされたことには一切構わず、ブエル兵たちが足を速める。
     その中で、慎重に付いてくるブエル兵がいる。おそらくリーダー格であろうその個体が興味を示したのは、朝日の持つダンボールだった。中に彼女の自伝……彼女曰く、中二病の産物……が混じっていることなど、知る由もない。
    「これ以上詳しい人物辞典はあらへんで! お前らには絶対渡さへん!」
     歴史人物事典をちらつかせ、誘導を続ける悟。その行く手に湖、そして広場が見えてくると、アイテムポケットに本を仕舞いこむ。懐で本を死守しようとする想希に気づくと、それも収納した。
    「なるほど、伝承に残る姿はブエル兵のものか……兵のみを派遣し自らは隠遁していたが故に……」
     広場で足を止め敵の姿を見据えるイサも、本を仕舞う。他の仲間とは違う、ある場所に。
    「ブランディーバ様、よろしければこれもお願いできますでしょうか」
     朝日から自伝以外の本を託されたリーグレットは、功徳が放り渡した本ともども仕舞い終えると、ブエル兵たちに告げた。
    「邪魔すると決めた以上は全力で潰す、さぁこの試練を突破してみたまえ」
     目の前に知識が、本があるのなら、ためらう理由などない。ブエル兵が一斉に地面を蹴った。
     先手を取ったのは、悟。手近のブエル兵に駆けゆくと、死角を突き、WOKシールドを叩きつけた。
     怒りの形相と化したブエル兵は、これまでに得た知識の影響か、符状のエネルギー体を生み出す。虚空に結ばれた五芒星が、周囲の灼滅者たちをはじき飛ばしてしまう。
     それに追随した他の2体の放った符は、柚羽とリーグレットに張り付いた瞬間、意識を揺らがせる。
     そして、エネルギー体の刀を生成したリーダー格が、獣の膂力でイサを切り下ろした。
    「構わん、お前の相手は私がしよう……さぁ、蒐集すべき知識はここにあるぞ……」
     痛みに一瞬顔を歪ませつつ、イサが胸元を見せた。そこにあるのが、彼女の持っていた伝記系の本だと知るや、リーダー格の注意が引きつけられる。
    「邪魔だと思っていた胸が役に立つとはな……」
     無粋な視線への返礼として、無慈悲な槍の一撃を繰り出してやる。
     溢れる悲鳴を、ラインのフラメンコギターが掻き消した。その旋律は仲間たちを鼓舞するように戦場に響き、傷をも癒していく。

    ●英知の守り人たち
     次第に、雪のちらつき始めた広場。敵との間合いを測りながら、功徳とパートナーのナノナノさんが、仲間たちを回復してゆく。
     ラインのナノナノ・シャルの光も、イサの斬撃痕を優しく包む。それを確認した朝日が狙うのは、先刻WOKシールドに吹き飛ばされた個体。巨大化させた腕で地面に叩きつける。
     ブエル兵が起き上がる間もなく、展開された結界が周囲の同族もろとも動きを停止させた。
    「本は人が読む為の物です。あなた方には1冊たりともやりませんから」
     結界の主たる想希の背後から、柚羽が飛び出した。振り下ろされるマテリアルロッドを、ブエル兵はとっさに腕でガード。しかし、ヒットした瞬間生じた魔力爆発に飲み込まれた。柚羽自身は、その爆風を利用して距離を取る。
    「ぐる……る!?」
     雪上で受け身を取るブエル兵の体を、リーグレットの槍が鮮やかに貫通していた。その身は、雪が積もる暇もなく消滅していく。
     仲間を失ったリーダー格がそちらを顧みようとする。だがイサがそれを許さず、蹴撃を放った。流星の如き軌跡が、リーダー格の腹部に突き刺さる。
     リーダーをサポートすべく、ブエル兵が符を放つ。降りかかる光から仲間を庇おうと動く想希。だが他方より、別の符が迫っていた。しかし。
    「あ……」
    「お前は俺が護る。体も心も」
     自分の背を庇った悟の姿に、想希が苦笑をもらした。
     だが次の瞬間、月光のごとく冴えた斬撃が襲った。見れば、リーダー格の刀が光の残滓を宿していた。
    「やれやれ、俺は治すより殺す方が本業だってのに……」
     そうぼやいてみせるものの、功徳の回復タイミングは的確そのものだった。ナノナノさんと共に回復を行う間、朝日が結界を展開し、ブエル兵たちを寄せ付けない。
     そして、一旦距離を取ろうとするブエル兵の一体を、リーグレットの意志ある帯がえぐった。ブエル兵がそれを引き抜いた瞬間、背に柚羽の剣が突き立った。破邪の力がこもった一撃。炎のような揺らめくオーラとともに、ブエル兵がその場に崩れ落ちた。
     これで、残るはリーダー格と随伴の一体のみ。
    「Schall、Bitte!」
     ラインから、鋭い指示が飛ぶ。即座に応じたシャルの癒しが、仲間にもたらされる。ラインもオーラで仲間を包み、攻め手のサポートに徹する。
    「本は人が読む為の物です。あなた方には1冊たりともやりませんから」
     真紅の一撃で相手の活力を奪う想希。彼が牽制しつつ離脱したところに、柚羽が高速で迫る。
    「ええ、本を食べる行為は知識の専有に等しいですよ。共有して新しく広がるものが、広がらなくなります」
     ブエル兵が柚羽の動きを捉えた時には、既に腕を切り裂かれた後だった。
     体中に斬撃痕を刻まれたブエル兵が、最後の力で反撃を試みる。だが、霊体の符は一刀の元に掻き消された。
    「ぐ……る……!」
     そのブエル兵が最後に見た光景は、殺人的抜刀術を繰り出す悟の姿だった。

    ●戦いは歴史の陰に
    「ぐるうう!」
     遂に孤立したリーダー格が吠えた。達人にも匹敵する居合抜きが、降る雪の粒ごと灼滅者を切り裂く。
     しかし、ラインのギター技巧がリーダー格の腹部にヒット。その苦悶の声を耳にしながら、ラインが指示の言葉を紡ぐ。
    「Gehen Sie!」
     直後、シャルのたつまきがリーダー格の顔面を直撃。乱暴にそれを払いのけるも、突如態勢を崩す。イサの放った妖気の氷が、足元を凍り付かせていた。
     もがくリーダー格を、リーグレットの炎を宿したロッドが殴りつける。
    「今回は残念だったな。この妨害を超えて知識を収集しきったその時は、敬意を持って挑ませてもらおう……adieu」
     炎を振り払う間もなく、ナノナノさんの援護を受けた功徳の縛霊手が、リーダー格の顔面をとらえた。
    「ぐる、るるるるうっ!」
     我に、そして主に知識を。
     しかしその叫びが、不意に途切れる。殺人技巧……朝日の黒死斬が、ブエル兵の急所を突いていた。
    「次からは知識が欲しけりゃネットで調べろよ。デジタルネイティブからのアドバイスだ」
     功徳の忠告めいた言葉の直後、リーダー格の日本刀が、ぱきん、と砕けた。一瞬遅れて、自身もまた同様の末路を辿ったのだった。
    「ふう」
     かけたままだった眼鏡に触れ、無事を確認する想希。一息つくと、親友から貰った飴を悟の口に入れようとする。彼はそれを笑顔で頬張りつつ、
    「次は想希手製の飴で頼むで」
    「……ごめん」
     謝られた悟は、笑顔を崩さぬまま、
    「お返しどーん!」
     鼻眼鏡姿を披露した。想希が笑ってくれたのを確かめると、「借りた本返しに行こか」と促した。
     皆で図書館に戻ると、ラインが書架に掛けられた布を取り払う。それから柚羽が、丁寧に本を返却していく。
    「本は大切に扱いましょうです」
    「同感でございます。開館したら、改めて歴史展を見に来たいでございますね」
     拝借していた歴史書を並べ直しながら、朝日が告げる。そんな彼女と功徳に、預かっていた本を返していくリーグレット。
     そして後始末を終えたイサたちは、速やかに図書館を後にする。
     休み明け、来館者はここで本を巡る攻防があったことなど知る由もないだろう。だがそれこそが、悪魔の侵攻から日常を守り抜いた証なのだ。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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