識箱への潜入

    作者:那珂川未来

    ●知識の箱
     広い敷地には、オブジェや彫刻などが並んでいる。インターロッキングで整えられた道を辿れば、レンガ造りの建物が見える。そこは、図書館、音楽ホール、そして茶室や陶芸室などの施設が整った、中規模公共施設。
     元旦ということで、機械警備のみが整えられた館内は無人。それなのに、何やら紙を引き裂くような音が聞こえている。
     図書館の中にブエル兵が三体。それらは本棚のひとつひとつに張り付いて、むしゃむしゃと本を食べている――知識とりこんでいるのだ。主であるブエルの為に。
     
    ●潜入
     晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)が危惧していたようにブエル兵が動き出したようだそうだ。武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将をしていた、ソロモンの悪魔・ブエルの新たな動きがわかったらしい。
     ブエルは、武神大戦の戦いで、力である知識の多くを失ってしまったらしく、知識の最収集をすべく、ブエル兵を、図書館へと放ったようなのだ。
     幸い、図書館の多くは、年末年始の休業であるため、人的被害は出ない。しかし放置してしまうと、図書館の全ての本が犠牲になってしまうだけでなく、ブエルが新たな知識を得て力を付けてゆくだろう。
     
    「あけましておめでとう。今年もよろしくね。というか早速本題に入るけど、ブエルが力を取り戻すのを阻止する為、図書館の防衛に参加してもらえると助かる。機械警備が作動している公共施設に潜入して、図書館の中にいるブエル兵を灼滅して欲しいんだよね」
     場所は、とある農村の図書館。と、仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)は地図渡し。
    「ブエル兵は闇纏いのようなものを使用しているのか、静かに本を食べているだけだからか、どうやら機械警備のセンサーに引っ掛かったりせずに、事を起こしているみたいだね」
     あんな顔してお上品に食べやがっているせいで、ある意味駆けつける警備員がいなくて助かるわけだが。
    「で、ブエル兵自体はそんなに強くない。皆でいつも通り頑張れば、倒せる」
     むしろ問題は、潜入のほう。
    「えーっとね。当然機械警備のせいで、無理に扉こじ開けたり、力技で自動ドアを解放したら、警報が鳴っちゃうから、一般人がやってきちゃうんだよね……。フツーに役場職員とかも駆けつけるだろうから、出来る限り警備室の装置を切ってから、臨んでほしいんだけど」
     ちょっとESP駆使する内容だから、よく聞いてねと沙汰。
     
     その手順はというと。
     建物は、レンガ造りの基本箱型の建物である。ちょっとロビーがおしゃれな吹き抜けになっていたりして広かったり、音楽ホールはそれらしい作りになっているが。今回はそこまで手が回ることはないので気にせず先に話を進めよう。
     建物のほぼ半分は、箱型になっている為、登ってしまえば屋根は普通に歩ける。高さは二階分程度なので、ESP使えばどうにでもなるだろう。
     そして、四つあるうちのダクトの一つが、どうやら警備室へと繋がっているらしい。ダクトは公共施設の大きさからいっても、精悍な体つきの人でも這い進めそうだ。もしも気になるなら、外で装置が切れるまで、ブエル兵に見つからないよう、待機している方法もあるだろう。建物北側からの侵入や、待機であれば、バベルの鎖に引っ掛からずに安心。
     手分けして侵入して、警備室の中の機械警備のスイッチを切り、戦闘行動をしても問題ないようにしてほしい。ダクトの長さはそれぞれで、ちょっと入ってみなければわからないが、普通に這い進めば制限時間内には辿り着けるはずだ。
     ネズミとか?
     クモとか?
     いるかもしれないが気にしていられないだろう。
     もちろん、警備室にもセンサーがあるため、それに当たらないように掻い潜って押さなければならない。そういったカメラや機器にも反応しない何かがあるから、それを使用するか、センサーの方角を確認しつつ、細い道具を使うなりしてスイッチを切るのだ。ダクトの傍に警備パネルがあって、電源って書いてあるから誰でもわかる。
     サーヴァントなら、この度の機会警備の制度なら引っかからずに押せるのは利点である。ただし、キャリバーはちょっとダクトの中を移動できないので除外する。
     制限時間、今から向かって建物の傍まで辿り着いた瞬間から、15分。それ以内に切って、図書室に飛び込めば戦闘が始まる。
     と言った具合に…………まるで新春特番で行う、スパイ映画の様なことを、行き当たりばったりでしろという。
     図書館の入口前は、広い吹き抜けホールになっているから、戦い易いのはそこだろう。おびき寄せるのもいいかもしれない。
     ブエル兵は、クラッシャー、ディフェンダー、メディックと一体ずつ。魔法使いのサイキックと魔導書の中から、五つ使用してくる。
    「正月早々、慌ただしいよね、ホント。色々他の勢力の事件も起きているみたいだし……今回の任務はそれらに比べたらまだましに見えるけど」
     しかし、ここで放置ししまうと、ブエルがみるみる力を取り戻してしまうきっかけの一つとなる。
    「それだけは、させたくないよね。なんか戦い意外に色々あるけど、よろしくね」


    参加者
    川原・世寿(女教皇のベール・d00953)
    天衣・恵(無縫者・d01159)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    契葉・刹那(響震者・d15537)
    天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)

    ■リプレイ


     一歩、壁へと足を踏み込めば。抜けるような薄青の視界、新年の清涼な空気が広がっていた。
     鼓動が近く感じるのは、いつもとは違う視界のドキドキのせいか、失敗は許されないミッションへと赴く緊張か。
    「はわ。壁歩きも、ど、ドキドキですね」
    「あまり高くない建物でよかったです……!」
     川原・世寿(女教皇のベール・d00953)と契葉・刹那(響震者・d15537)は、空へと向かっていつもの歩幅で進んでいけば。
     追うように。加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)は箒に魔法をかけて。天衣・恵(無縫者・d01159)と槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)を乗せて、屋根の上へと。
     田園に雪の乗った田舎の風景を遠くに。新年の厳かさも相まって、静かで美しい景観。
     こんな時じゃなければきっともっと楽しめたんだろーな、とか、ちっちゃい彩雪の背を見ながら過る本音を、康也は慌てて頭の隅に押し込んで。見据える橙の目は、闘志の色。
     壁に沿うように、緩い速度で浮上してゆく先に見えてきたものは、外壁とはうって変わっての、灰色に塗られた広い床。
    「いやあ、潜入とか胸が高鳴りますね!」
     これの中のどれが正解なんでしょうねと、はつらつとした様子で意気込んでいる恵だけど、声のボリュームは勿論小さめ。
     世寿と刹那は、世寿が用意しておいた、かぎ針つきのロープを、下へと垂らす作業へと既に移っていた。
     屋上には、件のダクトの他にも、変電機等など施設用設備が設置されていることもあって、上手い具合に、ひっかけられそうな場所はある。
    「んと、これで大丈夫、です?」
    「念の為、結びましょうか?」
     ぐいぐい掛かり具合を確かめる世寿と、不意に外れたりしませんよねと刹那。これで本当に大丈夫なのかよくわかんないのが女の子ならではの。
    「こーゆーのは結ばなくても、いけるんじゃね?」
     手間取ってる? と思った、屋上唯の一人の男性である康也がやってきて、かぎ針の固定具合を確かめているため、お隣に屈みこんだものだから、刹那は思わず、
    「ふ、わ……! ごめんなさいごめんなさい私がぶきっちょなばっかりに……(必死に小声)!」
    「うぉ!?(精一杯小声)」
     男の方が苦手な刹那さん、思わず平伏。何しでかした俺と焦る康也さん。
     ともあれ。気を取り直して。
    「新年早々スパイミッションとは……」
     ロープを握りしめるなり、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は壁の凹凸を見定めながら、するすると器用に昇ってゆく。
     日頃、探偵学部にて学んでいることを、実践に生かせるチャンスとあって、使命感はもちろん、高揚感も無きにしも非ず。
     そんな咲哉が図面などから出した予測としてはだ。
     屋根裏にダクトを入り組むように伸ばすという事は、普通の構造ならあまりないだろう。ある程度まとまっていたり、綺麗に伸びていると思われる。
     だから並んでいるダクトのうちの、警備室へと伸びるには都合のいい位置にあるダクトが怪しいのではないか――。
    「可能性、ありますわよね。勿論イレギュラーを考えて、全てのダクトにも入ることも必要でしょうけれど」
    「ああ。方角と見取り図から、自分がどの施設の上に居るのかある程度把握できたなら、闇雲にダクト通るよりは断然早いだろうし」
     地上で待機している天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)と迫水・優志(秋霜烈日・d01249)が、予想経路の示された地図を手に、呟く。一人一つしか防具ESPが持てないので、咲哉が自前で用意した方位磁石も、スーパーGPSがなくたって、地図を把握するうえで役に立つだろう。
    「それにしても――相も変わらず。知識欲だけは素晴らしいものですわね」
     緋弥香は揶揄する様に呟いて。
    「……こういう収集方法はご遠慮願いたいところだな」
     頷く優志の顔には、静かな怒りが滲んでいるようにも見えた。
     本のひとつひとつに、人々の様々な苦悩や努力等のドラマが詰まっている。
     たくさんの人に読み継がれてこそ、本としての存在意義があるというのに、その知識の痕跡すら奪ってゆく。本を読むのが好きな人間にはとても許し難い行為。
    「これで暖取っててくれよな」
     康也はニカッと笑いつつ、ほかほか缶おでんを、この寒空の下待機する皆さんへ配ったあと、狼変身。
    「折角だし楽しませて貰いますかね」
    「皆さん、頑張りましょう、ね」
     咲哉はするりとダクト内へと滑りこんでゆき、彩雪は仄かな頬笑み浮かべながら、霊犬・さっちゃんと一緒に行ってきます、と。
    「お気を、つけてー」
    「お任せー。しっかりポチリしてくるよー」
     世寿の応援を間近に受けて。自信に充ち溢れた含み笑いを浮かべる恵。スイッチはもらったーと言わんばかりに、残るダクトへと飛び込んだ。


     精悍な人間でも這って進めるようなダクトは、彩雪のように小柄な子であるならば、移動もかなり楽で。冷たい金属の上を、出来る限り音の出ないようにするのも難なくと。
     時折、機械音が響くくらいで、延々と続く、暗く冷たいトンネルは、狭い事も相まって、不気味さはじっとりと溜まっている。
     けれど先導するさっちゃんが、今の心の支え。傍に居る事は、彩雪にはなによりも大きくて。だから、臆せず進めるのは何よりも有り難い事。
    (「それにしても、ぜんぜん換気口まで辿り着けない、です……」)
     地図を確認する。入ったダクトから曲がった方向も考えると、どうも音楽ホールの楽屋などの個室に沿ったまま奥の茶室方向のように思えて。
    (「ここからじゃ警備室、遠いかも、です……」)
     最奥まで確かめに行こうと思えば時間的にもいけるけど――その時、ぷるりと電話が震動した。


     高身長である咲哉だけれども、ダクトの中を這うのも、学んだノウハウのためか、普通の人よりはスムーズに。叩き込んだ地図と予測に従い、余計な枝分かれしているのは無視して。
    (「このまま真っ直ぐ進めば――」)
     行き止まりか、ビンゴか。隣り合っていたダクトもその可能性がある故に、言い切れないが。ただ間違いなく、咲哉の事前準備は全体に有利に働いている。
     残念なことに、ダクトの先端は目の前に。
     だが――。
    (「……ブエル兵」)
     その先端のダクトの隙間。醜いツキハギの眷族が見えて。
     見つからない範囲で、室内を見る。窓の位置は高いが、用心するに越したことはないだろうと。


     狼姿の康也の移動は、誰よりも早い。這い進むではなく、小走りに移動できるのだから当然でもあって。口にくわえたライトを操り、ガンガン進む。
    (「さっさと解除して、すぐに向かわねーとだな」)
     彩雪の暗い顔も見たくないし、何よりブエルが力を取り戻すってだけでも腹の立つところ。
     辿り着いたのは、音楽ホールのようだ。康也は一度変身を説いて、地図を確認する。
    (「六機に枝分かしたダクト方向からいっても、ここ専用だよなぁ……」)
     むーと唸り地図とにらめっこ。こんな広いホールだから。別のところまで繋がっているとは考えにくい。
     けれど念のため、機動力生かして目視での確認。電話が震えたのも、帰還を果たした間際だった。


     恵は器用にライトを口にくわえながら、鼻歌のリズムに乗って。音をたてないように這い進む。
     時折覗く光は、要所要所にある換気口。恵が通っている場所は、どうやら廊下に沿っている模様。
    (「フッ、このスーパースパイ恵ちゃんにかかれば、どんな場所でも潜入なんて軽い軽いっ」)
     楽しむ精神を忘れずに。ネズミでもなんでもばっちこーいな勢いで恵は、分岐点まで到達。
     貰った地図を見る。咲哉に分けてもらった磁石で方角を確かめて、迷わず左へと。
    (「あったー!」)
     換気口カバーはあっさりと外れたので、闇を纏ったままするりと部屋の中へと滑り落ち、カチリとスイッチオフ!
     ざっとこんなもんねと髪をかき上げながら、連絡一斉送信。


     ――がたん!
     静かな館内に響き渡る音。ブエル兵たちは一斉に書架から顔を覗かせた。
    「てめーらの好きにはさせねー!」
     館内へと一人飛び込んだ康也の声が、館内に大きく響き渡って。
     顔を見合わせ頷きあうブエル兵たち。一人突出しているようにしか見えない康也へと、ご挨拶がわりのマジックミサイルをぶっ放してきた。手始めに目の前の一匹潰してくれる、という判断もあったのだろうか。
     相手は射撃技に長けているせいか、近寄ってくる気配はない。けれど、一瞬の油断でもある一斉攻撃を仕掛けた間、その隙に。
     寄らぬなら、即座の回り込みは作戦のうちで。
     攻撃一点集中故に出来た道を辿ってそちらへと。まるで恵は鳥のように鋭く、書架の隙間へと駆けこんで。
    「スーパースパイ恵ちゃんにかかれば、回り込むなんて朝飯前っ!」
     狭い館内、逆にホールへと追い立てる様に。鮮やかな輝きの、ブルージャスティスの光線をばら撒いて。
     雨のように落ちてくる蒼の弾道の中、咲哉の十六夜が鋭い一閃はまるで芒のように。
     途端、青から黒へと変わる雨。
     暗夜に落ちるような、書架飛び越えながら撃ちこむライドキャリバーの機銃ごと薙ぎに向かうのは、破音奏でる刹那の縛霊手。
    「負けません……!」
     ガッと音を立てて、ディフェンダーのブエル兵がホール側へと吹っ飛ばされた。
     ありえないものを見たかのように目を剥くブエル兵の一体。その眼前に、優志の打ち放った制約の弾丸があるのだから尚更。
    「こちら、立ち入り禁止ですわよ。地獄までお帰りあそばせ」
     メディックブエル兵へと調伏の力が食い込んで。緋弥香の振るった矛先が、ディフェンダーブエル兵の、獣の足一本を貫き、落す。
    『ガ、ガガ!』
     追い立てられるように、ブエルはロビー側へと。
     この狭い中を抜けてゆくよりは、広く相手の少ない方がいいと思ったのかもしれないが。だが待っていたのは、今度は煙る程の銀。
    「図書館、は……知らないものが沢山で、わくわくする場所、です。絶対、知識を奪わせたりなんてしない、です……!」
     さっちゃんの放つ六文銭。彩雪の白銀纏うかのような退魔の拳が、ブエル兵へと。
     さっちゃんとライドキャリバーに一撃ずつ分担したおかげで、康也も一点集中打で仰け反ることもなく。即座に間合いへと走り飛んで。
    「まずはお前からぶっ飛ばす!」
     鈍い破壊音。
     突出を潰すつもりが、結果挟み撃ちにもされて。まんまと広いところへ追いやられ。
     ブエル側から言えば、相手が悪かった。初っ端から浮き足立ち、冷静な判断もつかなくなっているようにも見えた。
     吐きだされた、炎と凍気もろくに当たらない。当たっても、ことごとくディフェンダー達が遮って、攻撃手の勢いを緩まない。
    「今、何かなさったのかしら? その程度の攻撃しか出来なくって……」
     ひらりと避けて。侮蔑の視線はいつもの緋弥香とは別物で。
    「本を食べちゃって、ボクは、とっても怒ってる、です!」
     ヒーリングライトで、癒しの精霊の力をその身に宿し。その輝き衰えぬ間もなく、天魔光臨陣を発動。癒しの力と共に、康也と咲哉へと魔術的破壊力を宿してあげて。
    「本を食べちゃうような奴はお仕置きだね!」
     咲哉の影が、的確に相手の痛いところを突いたところへ。本棚を背面跳びしながら、撃ちおろす爪先は、まるで炎纏う一筋の矢のように鋭く。
     さらにホール中央へと追い立ててゆくしかないブエル兵。
    『ギ、ガゥッ!』
     さすがにディフェンダーブエル兵とはいえ。これだけの猛攻を喰らって無残な程。闇の力を身に纏ったところで、彩雪の爪先から翻る炎のひとひらに、また瀕死へと追いやられ。
     優志はクルセイドソードを構えたまま、懐へと飛び込んで。明らかな疲弊のある敵を、放置するよりは討つべき時。
     視界に入る、本の残骸。顔には出さずとも、優志の中の怒りはぬるいものではなくて。
    「お前ら倒した所で本が元に戻る訳でもないだろうけど。これ以上被害出されたり……ブエルに力を取り戻されちゃ困るんでな」
     体現する様な、鮮烈な残光は紅。
     それはブエル兵の、最後の命の灯で。
     飛沫となった血を先に送る様に。刹那の歌声がクラッシャーポジションのブエル兵の精神を揺るがす。
     存在しながらも見えない声の力と繋いで踊る、キャリバーの駆動音。体当たりに揺らいだブエルを穿つのは、緋弥香の鋭い矛先だ。
    『ガウッ!』
     クラッシャーブエル兵が、アンチサイキックレイを吐きだして。けれど康也が、獣のように素早く前に。
    「ぜってー後ろへ反らさねー!」
     腕に走る赤い線も仲間を思えばこその。かわりに、影から飛びかかる獣の牙が、ブエルの足を二本もかっさらって。
     世寿は断罪輪をくるりと回して、癒しの輝きを呼び出し、康也へと。
    「ふぁ、ふぁいおー、です」
     降り落ちち輝き弾ける中、前衛を補助しようとメディックブエル兵が炎吐き出すものの。
    「そのような攻撃では、助けにもなりませんわよ」
     身を焼く炎など、まるでそよ風の如し。そんな顔で。緋弥香は冷やかな目つきのまま、渾身のフォースブレイクをお見舞いする。
     崩れるその身へと。咲哉が咄嗟に傘を広げるように影を伸ばして、飲み込まんとするけれど。
     相手も必死だ。スレスレでかわして持ち直さんと、闇の力を引き下ろそうと。
     けれど素早く、刹那の指先が律動を描く。
    「――幸せの中で、おやすみなさい」
     ライドシャリバーの機銃が、キンキンと高い音を奏でれば。刹那が歌う声色は、天上へ導く子守唄のように。
     しゅん――かき消されるブエル兵。
    「よし。あと一体だな」
     ナイスフォローと、咲哉は刹那にサムズアップ。
    「めめめめめめっそうもない、です……!」
     刹那は、やっぱり男性と会話するのにどもってしまうけど。敵を見定めることによって集中力はちゃんと維持。
    「あと、一体です……!」
    「がんがん押すよー!」
    「補助します、ですよ」
     早急に排除すればするほど、全ての被害が抑えられるから。恵は手を天へと掲げて。夜に住まう闇の精霊を呼び出せば。歪む次元より恵へと揺らぐ程の力が振り下ろされて。
     彩雪がひらりと足を瞬かせたその瞬間に、恵の振るう踵は、火炎荒ぶ程の勢いで。
     二つの力にひしゃげる獣。必死に火炎吐き出し、間合いを掴もうとするけれど。緋弥香のとどめの螺穿槍が、その意味さえかき消した。


    「なんとか、お、おわったです……」
    「うん。これも頑張った成果だな」
     思った以上に、図書館の被害は少なく済んで、世寿と優志は安堵の息つく。
    「片付けも少なめでほっとしたよ」
     もっと散らかっていたら、元通りにするのも骨が折れたよなと咲哉。
    「怪しまれないように、私がもう一回いんぽっしぼーいっとく?」
     警備スイッチならダクトからの戻る道も覚えているしお任せと、恵がにぱっと笑って。くすり、刹那は笑い返しながら、
    「さて。最後のミッション開始ですね……!」
     絵本を一つ拾い上げると、空白の棚に収めた。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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