知識を、ただただ知識を

    作者:波多野志郎

     その町の片隅に、ひっそりとその図書館はあった。
     あまり大きな町ではないそこでは、図書館も子供達にとって大事な場所だ。そんな図書館もお正月は休み――のはずだったのだが。
    『…………』
     本が乱雑に床にばらまかれ、それをむしゃむしゃと食べるモノがいた。ブエル兵、そう呼ばれる眷属だ。ふよふよと四体のブエル兵が、それはもう貪るように本を食い散らかしていった。
     その食欲は、旺盛で四体で小さいながら図書館の本という本を食い尽くしてしまう。その食い荒らされた図書館の光景に、子供達が落胆するのは正月休み明けの事だった……。


    「晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)さんが危惧してたように、武神大戦獄魔覇獄で獄魔大将をしていた、ソロモンの悪魔・ブエルの新たな動きがあったんっすけどね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、ため息混じりにそう語り始める。ブエルは武神大戦の戦いによって、力である知識の多くを失ってしまったらしい。知識の再収集をすべく、ブエル兵を図書館へと放ったのだ。
    「幸い、年末年始の休業で人的被害は出ないんすけどね? 放置すると図書館の全ての本が犠牲になっちゃうんすよ」
     それでは、本を楽しみにしていた人があまりにも悲惨である。それとは別に、その知識で、ブエルが力を取り戻してしまうのも問題だ。
    「ブエルが力を取り戻すのを阻止するためにも、みんなには図書館の防衛に参加してほしいんすよ」
     ブエル兵は四体、朝の図書館を襲撃する。
    「で、この無人の車も止まっていない駐車場で迎え撃ってほしいんすよ」
     翠織が取り出した地図には、図書館の見取り図もある。その内の一つ、搬入口に丸をした。
    「ここから、本を搬入したり移動図書館の車に本を移したりするんすけど、このシャッターを破って侵入してくるんす。だから、ここで立ちふさがって戦って欲しいんす」
     眷属でこそあるものの、そこそこの実力がある四体だ。きちんと、こちらも戦術を組んで戦いに挑む必要がある。
    「戦場は広く、障害物もないっす。なので、真正面からの総力戦になるっすね」
     翠織はそこまで語り終えると、真剣な表情で締めくくった。
    「戦力そのものは、そうでもないっす。でも、ブエルが力を取り戻したらどうなるかも不明っすからね。叩ける時に、しっかりと叩いておいて欲しいっす」


    参加者
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    夜伽・夜音(蝶葬クライン・d22134)
    神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)
    董白・すずり(花糖菓・d25461)
    夏村・守(逆さま厳禁・d28075)
    天王寺・岳(雪原の猛獣・d31599)

    ■リプレイ


     冬の早朝、吸えば肺の隅々まで冷たい空気が染み込んでいく。その事を自覚しながら、夏村・守(逆さま厳禁・d28075)はしみじみと呟いた。
    「テストの時とかにちらっと思った事が無かないけど、マジでその覚え方する奴がいるとは思わなかったわ」
    「本を食べて、賢くなるんだったら便利……確かに、テストの時なんか、苦労しないんだろうね」
     あまり読書をしない神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)も、ため息混じりにぽつりぽつりとこぼす。
    「知識が動力源? 悪夢のような生活だなオイ」
     自分では耐えられない、ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)は唸った。テストがクラスで最下位なぐらいには、お世辞にも頭はよくないからだ。知識を押し詰められる日々、など考えただけでもゾっとした。
     そんな本と馴染みのない者達の一方で、静かに怒りを燃やす者達もいた。
    「知識の為なら本当になりふり構わないのね。図書館の本はみんなの本だわ」
    「私の役目は……本を……仲間を…守ること……そう、矛ではなく盾……大丈夫です……大丈夫……私は冷静、です……」
     董白・すずり(花糖菓・d25461)が静かに闘志を燃やし、三影・幽(知識の探求者・d05436)は霊犬のケイに宥められる。本とはただ読むだけのものではない、読み返すべきものだ。そうして、一人だけではなく多くの者達がその知識を共有していく――目の前にある小さな図書館にある本は、そういう繋がりを持ってきた本なのだ。
    「来たみたいだな」
     天王寺・岳(雪原の猛獣・d31599)の言葉に、仲間達もそちらに視線を向ける。早朝の町をふわふわと進む四つの影――眷属ブエル兵の姿がそこにあった。
    「本は食うもんじゃありません! ってな……、虫じゃあるまいし」
     ずぶり、と守が武器を取り込みながら触覚から曳航肢まで黒い大百足となる。その姿を見上げて、夜伽・夜音(蝶葬クライン・d22134)は目を丸くした。
    「わ、わ。守くんおっきいさんだねぇ……ん、トギカセ」
    「ぎゃあああああああああああああ、って影かー」
     隣で夜音が解除コードを唱え、足元からは影の蝶が羽ばせたのに大百足は体をくねらせて驚く。湊詩が両手は翼、足は鳥の足の男性ハーピーのような姿に、岳が白を基調とした豹へと変貌する――仲間達が戦闘体勢を整える中、ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)はマントのように広がるバトルオーラを展開させ、姿を現わしたブエル兵達へと言い放った。
    「知識は得るものであり奪う物ではないさよー?」
     グ、と鍛え抜かれたその肉体で、ゼアラムが身構える。ブエル兵達も、目的の図書室に入るのに目の前の灼滅者達が邪魔だと気付いたのだろう、ふわり、と陣形を組んでいく。
     迎え撃つ灼滅者達は食い止めるために、ブエル兵達は突破し目的を果たすために――お互いの目的の一致した戦いの幕が上がった。


     ――最初に動いたのは大百足、守だった。
    「さーて、皆後ろは気にせずどうぞ遠慮なくぼこってきてって」
     守が展開した夜霧、その守の動きに夜音は目を輝かせる。
    「おおー、動くとますます百足さんだねぇ」
    「夜音先輩はいいから前見て! 無邪気さが痛い!」
     ヒュン、とブエル兵が動く。それに、幽は普段よりも冷たい視線を向けた。
    「穿ち……砕き……潰し……滅す……欠片も……痕跡も……魂も……一匹、残さず……!」
     バラララララララララッと、幽が魔導書を開いていく。その本を愛おしげに指の腹で撫でて、呪文を紡いだ。
    「讃えられし忘我……」
     幽のカオスペインがブエル兵二体に原罪の紋章を刻み込む。そして、そこへ拳を振りかぶったハノンが跳躍、着地と同時に拳を振り下ろした。
    「どかん、と行くよ!」
     ゴォ!! とグッナイアラモゴードが白と黒の光を爆ぜさせ、爆発を巻き起こす! そのハノンのサイキックフラッシュに続いて、夜音が駆け込んだ。
    「よいしょっとぉ」
     夜音が振りかぶったバベルブレイカーの杭がアスファルトに突き刺さり、襲撃を撒き散らす。夜音の放った衝撃のグランドシェイカーによる衝撃に打ち抜かれながらもブエル兵はゴォ! と牽制に回転して見せた。ハノンと夜音が弾かれないように、ケイが飛び掛かりその刃を突き立てる。
     そして、そこへシュタタタタタタ! と湊詩の放った羽が二体のブエル兵を囲んだ。
    「させない」
     ギン! と湊詩の除霊結界が展開され、ブエル兵達の動きを鈍らせる――そこに、岳が唸った。
    「ぐるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
     ゴォ! と巻き起こる毒の旋風、岳のヴェノムゲイルがブエル兵達を飲み込――見切れない。一体のブエル兵が自ら横回転して相殺、旋風を打ち砕いたのだ。
    「それで逃げたつもりさね?」
     しかし、そこへゼアラムが駆け込む。マントのごとき青いオーラが両手を包む、上から右を振り下ろした一撃に回転が鈍ったところを左のフックに繋げ、右、左、右――ゼアラムの閃光百裂拳が炸裂した。
    「灼滅者は甘くないってこと……痛いほど理解してもらうわ!」
     そして、それに連携してすずりの異形の怪腕と化した鬼神変の殴打がブエル兵を吹き飛ばした。
    「来るよ」
     素早く体勢を立て直し、すずりが声を上げる。前衛の二体のブエル兵達は、迷わず幽へと殺到する。その羊の足の蹄で踏みつけるような羊蹄撃の攻撃を、幽はアセイミーダンスで左右へ動きながら受け流していった。
    『――ヒヒ』
    「む、眷属の癖に頭よさそうな事を」
     嘲笑を浮かべたブエル兵が傷を負った仲間達を回復するのを見て、ハノンが言い捨てる。その頭上を横回転したブエル兵が飛び越え、夜音へと襲い掛かった。
     夜音の足元で、影が動く。師である『先生』の使っていた花の形を模そうとしたがう上手くいかない――咄嗟に蝶の形へと切り替え、夜音はブエルホイールの一撃を受け止めた。
    「落ち着いて、立て直そう」
    「ええ、とにかく殴って殴って殴り続けるのみよ」
     両の翼を羽ばたかせて呟いた湊詩の言葉に、すずりも同意する。真っ向勝負になったとしても、数の優位は変わらない――湊詩は、冷静にその事を自覚しているのだ。
     そして、すずりの言葉も正しい。ただ、守勢に回ればこちらが疲弊するのみ――だからこそ、攻撃を積極的に重ねる事に、意味がある。
    「さぁ、こっからが本番さね!」
     腰を低く落とし身構えたゼアラムは、アスファルトを蹴った。ブエル兵達も、それを真っ向から迎撃する――退く事を知らない両者は、激しくぶつかりあった。


    『――――』
     ブエル兵が、ふわっと後方へ飛ぼうとする。そこへ、ハノンが一気に間合いを詰めた。
    「引かさないよ!」
     純銀製の殺人注射器が突き刺さり、ハノンは一気に中身を注入する。もがいたブエル兵へと、夜音が背後へと回り込んだ。
    「……ブエル兵さんって後ろから見るとどうなってるんだろう……気になるさん……!」
     ブエル兵の背後を堪能した夜音は、すかさず影の蝶を群れにして放ちブエル兵を切り裂いていく――ヒュオン!! とブエル兵が回転して振り払うと、岳が飛び掛かりその爪で切り裂いた。
    「今だ」
    「任された、さね!」
     回転が鈍ったブエル兵を、ゼアラムがむんずと引っ掴む。そこへ、動きを合わせたすずりが駆け込んだ。
    「うふふ、この戦闘も知識になるのかしら? でも、あなたたちにはあげないわ。絶対よ。絶対ね! 知識を扱う者として、魔法使いとして宣言するわ!」
     振り払われたすずりのマテリアルロッド、そのフォースブレイクの衝撃によって加速したゼアラムのジャーマンスープレックスがブエル兵をアスファルトへと叩き付けた。まさに、明日へかける橋――鍛え抜かれたゼアラムの体がアーチを描いた瞬間、叩き付けられたブエル兵は文字通り粉砕された。
    『――――』
     そこへ、襲い掛かるブエル兵。それを庇ったのは、幽だ。突き出した縛霊手を盾にして、幽は踏ん張る。そこへ、ケイが飛び上がり斬魔刀で切り裂いた。押して来る力が弱まったその直後、幽は宙へ飛ぶ――そして、空中で一回転、アセイミーダンスの黒い刃を向け。
    「砕星の天撃……」
     ドォ! と幽のスターゲイザーがブエル兵を捉えた。その重圧に、アスファルトへと叩き付けられるが、ブエル兵はすぐさま浮上する。そこへ、湊詩の白い羽が投擲された。
    「回復を、今の内に」
    「おう、お任せだぜ!」
     湊詩の言葉に、守はすかさず甲殻の隙間からダイダロスベルトを飛ばし、幽の体を鎧のように覆わせる。最後衛から、幽の意気込みを見て大百足が戦々恐々としていた。
    (「にしてもどことなく女子勢のが強そう、というか凶悪な感じがするのは……や、気のせい気のせい」)
     大百足が、体をくねらせる。あんな表情でにらまれたら、自分なら一秒で平謝りする自信がある――自慢にはならないけど、と守は意識を戦闘に集中させた。
     ――実際、幽とすずりは本や図書館が大好きな二人はブエル兵、ひいてはブエルのやり方に強い憤りを感じていた。本とは、知識とは、みんなと共有すべきものだ。それを食らう事で独り占めしてしまうブエルのやり方を、本が好きな人間ならば、許せるものではない。
     その一ページ一ページに、歴史が、思い出があるのだ。書き記した人の想い、読んだ人の想い、そして未だその本に出会っていない者の未来を奪う行為に他ならない。
    (「知識が力。つまり、今のブエルは頭が空っぽのおバカさん。わたしの仲間だ!」)
     ふと、ハノンはそんな事を考えもしたが。どこかの秘密道具みたいな現象は、あってはならないんだ――そう、心に決めて駆け出した。
    「本は守るわ」
     残り二体まで追い込んだブエル兵達へ、ハノンは真っ直ぐに駆け込んだ。ぐう、と腹を鳴らしながら全身を炎に包み、ハノンは突進――レーヴァテインを叩き込んだ。
    『――――』
     燃えながら、ブエル兵が宙に浮く――そこへ、湊詩が舞い降りた。足の爪で引き裂くように、ブエル兵を空中で切り刻む!
    「残り、一体」
     最後のブエル兵が、飛び出した。狙う先は幽――しかし、すかさず幽は魔導書を開き、ページに目を走らせる。
    「終束の光よ……」
     ヒュガ! と放たれた魔法光線が空中でブエル兵に命中、ブエルホイールが相殺された。そこに、ゼアラムが一気に駆け込む。
    「はっはっは、畳み掛けるさよー」
     豪快な投げ技、ゼアラムのご当地ダイナミックが爆音を轟かせた。なおも浮かびあがるブエル兵へ、岳がその爪を振り下ろす。切り裂かれたブエル兵、そこへ夜音と守が同時に迫った。
    「御本も御話もとっても大事なもの。糧として食べさせるのは、めっ! だよぉ」
    「一冊一ページだって食わせてやるかっての!」
     影の蝶が、大百足から伸びた影が、ブエル兵を切り裂いた。空中でグラリと体勢を崩したブエル兵へ、すずりの足元から伸びた影が走り縛り上げる。
    「あなたたちの暴食も、ここまでよ」
     穏やかに、しかし、隠し切れない憤りをこめてすずりは言い捨てた。ブエル兵は逃れようともがく――そこへ、ケイの六文銭が射撃され突き刺さった。
    『――――』
     のけぞるブエル兵、そこへ一気に幽が駆け込んでいく。縛霊手を振りかぶり、渾身の力で――。
    「知識を……本を、喰らおうとした……その罪……その存在を以って……贖え……! 繋縛の魔手……!」
     ゴォ! と振りぬかれた幽の縛霊撃がブエル兵の顔を貫き、粉々にした。幽は、静かに安堵の息をこぼす。それが、戦いの終わりを告げる合図となった……。


    「標無き闇で、永劫……彷徨え……」
     祈りもなく言い捨てた幽の足元に、ケイがそっと身を寄せた。それを見ながら、守は人の姿へと戻って唸った。
    「大きな怪我人がいなくて、よかったぜ」
     何度か、厳しい場面はあった。足りない分は、仲間達がフォローが出来た――その結果の勝利だ。
    「知識の集まる場所を探していけばブエルも見つかるか? それは甘いか」
     ハノンは、小さくそうこぼした。
    「獄魔大将じゃなくなっちゃったからね。どこぞで見つかったときは遠慮なく攻め落としたいね」
     それも、今後次第だろう。これはあくまでブエルが力を取り戻す事を防いだまでの事、これからが本当の戦いなのだ。
    「お疲れ様。疲れた時は甘いモノよ。あ、でも館内は飲食禁止……ね?」
     周囲に異常がない事を確認し終えて、すずりは持ち寄ったお手製のお菓子を仲間達へと配った。口の中に広がる甘い味に、思わず頬が緩む。甘いものを体が求めるほど、戦いで疲労していたのだ、と灼滅者達も自覚した。
    「本、絵本なら、読んでみてもいいかな……」
     ぽつり、と湊詩が図書館を見上げて、呟く。それに、仲間達も笑みを見せた。
     ――図書館の本は、こうして守られた。この図書館ではこれまでのように、多くの本が子供達に読み継がれていく事だろう。知識とは、本とは、そのためにあるのだから……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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