街の喧騒も遠い、深夜の公園。
一年前、ガス管か何かの爆発でかなりの設備が壊れた……と世間では言われたそこも、今や綺麗に直されて人々の憩いの場に戻っていた。
だというのに、『彼女』は今もそこにいる。
ふわふわ漂うように、長い髪を遊ばせてはくりんと首を傾げて。
「うーん……私、やっぱり死んでるよね?」
ここで熾烈な戦いの切欠を作り、使いたくなかった手段を用いるくらい全力で戦って、力尽きた。
「悔いとかないつもりだったんだけどな。めいっぱい、お洒落して来たし」
おめかしして出掛けるのは、彼女にとってはいつ仕掛けられても良いようにという意味合いもあったようだ。
それは死装束であり、命を懸けた遣り取りをする相手への、彼女なりの礼儀だったのかも知れない。
「私は負けたの。もう殺し合ったり競う必要も、なくなったわ。でも……」
やっぱり友達とお買い物してお茶したり、遊びに行ったりしたかったな。
あの子達はどうしてるかな。
会いたい会いたい、そしてこの手で――。
「……あれ、もうそんなことする必要ないっていうか、出来ないのにね?」
力なきただの欠片である娘は、不思議そうに広げた掌を眺めた。
彼女にも、残留思念として浮かぶなりの未練や執念があったらしい。
「仲間、友達……かぁ。だけど私、すぐ殺しちゃったからねぇ。仲良くなれそうな子と出会えても、長くは付き合えなかったの。なんとな~く、とか、気付いた時にはもう死んじゃってたから」
「若い女性の青春に憧れながらも、六六六人衆の本能と定めに従って生きてきたのですね」
もう幾度も、独り言を呟いていた彼女の前に現れた少女――『慈愛のコルネリウス』は、耳を傾け言の葉を紡いだ。
「私には分かります。あなたの心が傷つき、涙を流していることを。私はそんな方を見捨てたりはしません」
「……コルネリウスちゃんは優しいね。こんなユーレイお姉さんのお話、真剣に聞いてくれて。あ、そういえばそのドレス、似合ってるし可愛いっ、お姫様みたいだよね。私ももうちょっと年下な見た目だったら、こういうの着てみたかったかも~♪」
無邪気な笑みの中に、一抹の寂しさが滲む。
「――って。生きてるうちにあなたみたいに強い子と会えてたら、ずっと一緒にいられるお友達になれたのかなぁ?」
それを聞いて微かに目を細めたコルネリウスは、星の少ない都会の夜空を仰いだ。
「こんなにも孤独な思いを抱えながら、あなたは戦いの道を受け入れていたのですね……そう生まれたが故に。でも……。プレスター・ジョン。この女性をあなたの国にかくまってください」
どう話したものか。
土津・剛(大学生エクスブレイン・dn0094)の顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
「……ともかく、四大シャドウの1人・慈愛のコルネリウスが、立花・ゆゆ子の残留思念に接触することが分かったんだ」
幻として現れたコルネリウスが、各地で灼滅されたダークネスの残留思念に力を与えている情報を、もう幾度も耳にした灼滅者もいるだろう。
「この手の存在は、自分を灼滅した相手を恨んでいることも少なくないが……ゆゆ子の場合、恨みというよりも執着だな。彼女は人と闇の間で抗い、身を寄せ合って強大なものと戦うお前達のことを、とても眩しく感じていたのかも知れない……」
ただ、その強い執着心は、未だ六六六人衆の性質を引きずっているようだ。
灼滅者達が彼女の前に姿を見せれば、きっと戦いになる。
「残留思念は力を与えられても、当面は事件を起こす兆しはないんだがな……コルネリウスの思惑が分からない以上、このままにしてもおけないだろう?」
例え生前のように、無差別に人を危めないとしても……。
「彼女に対して、思うところがある者もいるだろう。本人ではない残留思念を相手にしてそれが晴れるか分からないが、皆に行って貰いたい」
ゆゆ子の残留思念は、灼滅された頃のままの戦闘能力を持っているという。
「戦うとなれば、今度は始めから全開の状態で攻撃してくるだろう。お前達もこの一年で随分強くなったと思うが、それでも簡単には勝たせてくれない筈だ」
充分に気を付けて、団結して当たって欲しい。
剛はそう告げて、この件を灼滅者達に託したのだった。
参加者 | |
---|---|
森野・逢紗(万華鏡・d00135) |
久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168) |
万事・錠(ハートロッカー・d01615) |
空井・玉(野良猫・d03686) |
アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) |
レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498) |
●夜の公園、蘇る想い
「そっか、もうあれから一年経っちゃったんだ」
ビルの谷間に沈もうとしている半月を見上げ、娘は呟いた。
「こんばんは、遊びに来たよ」
友人宅を訪問するような気安さで、空井・玉(野良猫・d03686)はライドキャリバーのクオリアを傍らに声を掛けた。
「待ってたよ」
迎えたゆゆ子の残留思念も、死闘の相手とは思えない笑顔だ。
彼女に対しては、初対面の玉も思うところがない訳ではない。けれど知った風な口を利くつもりはなかった。
(「それでも、今この瞬間の彼女は――好ましく思えるね」)
鋭い眼光も、心なしか柔らかくなる。
「コルネリウスさん、改めて――獄魔覇獄でのご助力、有難うございました。ゆゆ子さんを復活させたのも……あっ」
役目は果たしたとでもいうように。
礼を口にしたアリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)の目の前で、シャドウの少女の背は掻き消えていく。
彼女には見えなかっただろうが、アリスはスカートの裾を摘んでちょこんと頭を下げた。
「お久しぶりね、ゆゆ子。今度は……ちゃんと遊びましょう?」
森野・逢紗(万華鏡・d00135)達の姿に、娘は目を見張った。
「あなた達は……!」
「その様子だと覚えててくれたみたいね。私は森野逢紗。貴女と友達になりにきたわ」
高揚を感じながらも、落ち着きを払った声で彼女は告げる。
最初に会った時から感じていた想いを、今まで募った分も確かめるように。
でもそれは同情ではなく、だからこそ言葉にして表した。
「俺はレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)だ。友達も世話になったみたいだし、後悔しないようにやり合いに来たぜ」
救いようのない六六六人衆としては、ゆゆ子との対峙が初めてだったレイシーも、一方ならぬ思いを抱いてここにいる。
「私は久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)。始めましてですね。今宵一夜限りの出会いと成りましょうが、仲良くして下さいね」
頭を下げた撫子の後にも、灼滅者は名乗っていく。
「……よォ、待たせたな。久々に俺等と遊んでくれっか?」
最後に口を開いた万事・錠(ハートロッカー・d01615)が、スレイヤーカードを掲げ殲術道具を纏う。
「錠さん、女の子と話すときは自然体です。スマイル、スマイル、です」
ハットにモッズコートで決めつつも、女子会に男子独りで内心動揺していた彼を、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)がそっと励ます。
「お、おう。スマイル……ってこうか?」
ニヤッ。
「それじゃあ悪い奴みたいだぜ」
レイシーもニッと笑う。
「……その槍」
「気付いたか?」
ゆゆ子にとっては忘れもしない、彼女を殺した槍。
それは、錠の相棒から託されたものだった。
「そっか、あの子のお友達なんだね」
「あいつをオトモダチとか言われると痒ィな……」
しかし緩い空気はそう続かず、ゆゆ子の手に虚空から現れた武器が握られる。
「みんなでお茶でも……と思ったけど、やっぱりこうなっちゃうか」
自らの衝動に苦笑するゆゆ子を前に、他の灼滅者達もカードを取り出した。
「Release」
澱みない玉の声により、彼女の手に月の文様が刻まれた銀色のクルセイドソードが現れる。
撫子は袖から取り出したカードに軽く口づけた。
「殺戮・兵装(ゲート・オープン)」
即座に現れた、軽く身の丈を越える十文字の槍を構える。
「それじゃゆゆ子さん、この世界でお互い悔いのない青春を楽しみましょ?」
そう言った白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)は、いつもの白衣姿ではなかった。黒いシャツに薄いピンクのフード付きパーカーを羽織って、濃紺のスカートに黒いニーソックスと、女の子らしい格好だ。
「雪風が、敵だと言っている」
対して布地の少ないビキニにジャケットという出で立ちで、バスターライフル『雪風・改』を構える鞠音。
その右腕には、同居人が作ったビーズアクセサリーが鈴生りになっていた。
放たれる殺気と戦闘音を遮る力により、戦いは外界の人々が知れるものではなくなる。
「俺達は手出し無用ってことか」
それならと、有杜はビハインドと共に彼らを遠巻きに見守る。
「な、里絵子。俺に縛られて、里絵子は……りっちゃんは、幸せ?」
想いに縛られた残留思念のことを思い、問う。
答えは当然、返ってこないと知りつつも。
ダークネスは灼滅すべきと思いつつ、千慶は死んだら仏さんになるのは人間と同じ、と考えていた。
(「あいつのことは嫌いだけど、仏さんに罪はない」)
行き着く先が何処でも関係ないし、祈りや願いを捧げる柄でも義理もないが、と彼は1体と8人を眺める。
(「ゆゆ子さん……」)
柚羽も固唾を呑んで見守っていた。
見間違いじゃない。
ゆゆ子は確かに、こちらを見て嬉しそうに笑っていた。
それは彼女に対してだけではないだろうけれど、ゆゆ子は今まで対峙した灼滅者のことを覚えているらしかった。
●戦いと想いと
玉がワイドガードで前衛の守りを固める間に、同じディフェンダーに配され彼女を乗せたクオリアの掃射を、ゆゆ子は軽いステップで避けた。
錠の螺穿槍、逢紗の縛霊撃、レイシーのレイザースラスト。
命中も掠めたものもあれ、この相手にはまずまずの初手か。
そして鞠音のヴァンパイアミストが、後衛陣の破壊力を高めていく。
羽衣のように棚引く撫子のダイダロスベルトが、ゆゆ子に襲い掛かる。
炎を帯びた一撃を、ゆゆ子がピックで受け止めている間に、アリスの前にハートの印が浮かび上がった。
(「ゆゆ子さん……普通の女の子として、お友達とお洒落とかもしたかったでしょうに……」)
名家の息女として大切に育てられたアリスも、彼女には同情的な思いを抱いていた。
「このベルトいいでしょう? 入手した切欠の六六六人衆、見た目が斬新過ぎて驚いたものよ」
幽香のダイダロスベルトがゆゆ子目掛けて伸びるも、僅かに届かない。
「あ、名前聞いたことあるかも。まだ活躍してるんだね。でも、それお洒落に組み込むのは難度高そう」
凄いねぇ、なんてゆゆ子は世間話のように言う。
「あなたのお洒落の理由はともかく、可愛くて素敵じゃない? 何処で買ったのか教えて欲しいわ」
彼女の声に、ゆゆ子は若い女の子が知っているようなブランドや、手頃な値段の量販店の名を出した。
「意外と安い店のとかも使ってんだな……」
「インナーとか小物類とかね。結構可愛いのあるんだ~」
思わず呟いたレイシーに、なんでも組み合わせ次第だよというゆゆ子。
「私もいつもよりお洒落したけどどうかしら?」
戦いでボロボロになっちゃうのが勿体ないけどね、と幽香は自分の服装を示す。
「そうだねぇ、元がいいからそれでも充分可愛いけど……ワンポイントにアクセサリ着けたり、差し色で明るい色入れたりするともっといいかも」
自分は戦場にあっても、誰かとの繋がりがあると。
鞠音は幼馴染の手作りの服を意識して、改めて意識する。
「友人から、何か貰ったこと、ありますか?」
問われて、ゆゆ子は少し寂しい目をした。
「貰ったものは、すぐに壊れちゃったわ」
彼女は鞠音の想いに、気付いたろうか。
闇から救えなかった先輩の姿をしたトラウマを前に、耐えた錠は集気法で掻き消す。
「相棒絡みでお前のことは知ってた。他人事と想えなかった」
殺意を押さえつけながら戦う者にとっては、明日は我が身の六六六人衆。
「俺は運がよかっただけだ。腐らず生き抜いたゆゆ子はすげェよ」
「でも、私は負けちゃったんだ」
何にと言わずとも分かる、誰の中にも闇は棲んでいるのだから。
「やっぱゆゆ子も寂しいって思うのか。俺が前に戦った六六六人衆も、そんなこと言ってたな」
雲耀剣を押し留められつつ、レイシーも言葉を紡ぐ。
「そっかぁ……色んな目的で組んだりする人達もいるけど、六六六人衆って基本は独りだからね」
「誰かがいなくなるのは寂しい。だから、殺してばっかの六六六人衆は嫌いだった。でも、ゆゆ子たちが寂しいのだって、良くないことだ」
もっと向き合って分かってやれなかっただろうか、そんなレイシーに、難しいねと娘は眉尻を下げた。
「でも結局、戦いは戦い、敵は敵。優しすぎると心が壊れちゃうよ」
けれどそれがあなた達のいいところなのかも、と武器を弾き返し離れながら、ゆゆ子は零した。
胸の痛い話ばかりじゃなくて、と逢紗がお洒落話に再び目を向ける。
最近の流行や、ゆゆ子に似合いそうなデザインのこと。
「私のこの服は、子供用のエプロンドレスですけど、私も、こういったエプロンドレスやロリータ系の服がお気に入りで……ロリータ系の服は、お好きですか……?」
アリスの言葉に、ゆゆ子は食い気味に頷いた。
「アリスちゃんはそういうお洋服、とっても似合ってるよね! 本当にお伽噺のアリスみたいだよ。私も可愛いのは大好きだけど、生まれた時から大人だったからねぇ……何か機会があれば着たかったなぁ」
ゆゆ子は20歳程度の見た目だから可愛らしいドレスも似合う筈だが、一応暗殺者としてのTPOは弁えていたらしい。
玉は特にお洒落はして来なかった。
正直なところ、お洒落な服より武器を考える方が楽しい。
それでも、髪留めをひとつ。
そして自分なりの礼儀として、ゆゆ子を真っ直ぐ射るように見据える。
「玉ちゃんは髪型に拘りはあるの?」
「特にはないね。ただ少し、黒髪を視界に入れていた方が、落ち着くというだけの話だ」
「そうなんだー、着るものも機能的っていうか、素直クールな感じ?」
彼女を知らないと気の抜けるような会話が、激しい立ち回りの合間に漂っていく。
「私は洋服には詳しくないですが、和服ならそれなりに」
話に乗って、撫子はゆゆ子にはどんな柄が似合うか考える。
「赤をベースにして百合などの華を柄にしましょう。帯は金色系。全体的に派手な感じに成りますが、振袖とかだと華やかですね」
撫子の死角を狙った一撃を、ゆゆ子は低く身を翻してピックの先で弾き返す。
「うん、確かに派手な感じ。でもそういうの着たことないから、試してみたいかも!」
その切っ先が撫子に向けられる。
逢紗が咄嗟に庇おうとするが、僅かに生じたタイミングのずれがそれを許さなかった。
とす、と軽い衝撃音が走り、相反した大ダメージを受けた撫子が崩れ落ちる。
「……あれ、お喋りに夢中になりすぎちゃったかな?」
ゆゆ子の方が、ちょっと意外そうな顔をした。
「流石に殺しのスペシャリストか。ちょっとした隙も逃さねぇ、ってな」
同種の者を前にした時特有の震えに、錠が歯を見せて嗤う。
灼滅者達は一定以上の力を持ち、判断力のある相手を敵にすることの難しさに直面していた。
相手が何を狙いどう動いてくるか――その対処が追いついていないようだ。
戦法としては、都市伝説や我武者羅な眷属相手なら充分なくらいだが……。
そうこうしているうちに、あらぬところから現れたニードルがアリスを射抜いていた。
「あっ……」
まだ戦える、と思いながらも、小柄な少女は膝を折る。
●瀬戸際
戦いの定石を考えれば、この後真っ先に狙われるのは回復役の鞠音と逢紗のナノナノ。
そしてゆゆ子は正道を貫いてきた。
逢紗は文字通り身体を張って、ざわめく影の刃から鞠音を庇う。
例えそれが100%でなくとも。
「頑張るね」
ゆゆ子は好意的な笑みで彼女を見る。
「負けてられないもの。まだ終わらせるには……早いわよねぇ?」
緋色散る縛霊手『聖鐘鬼壇』の爪先にぎりりと力を籠めて、逢紗も口端を釣り上げた。
ジャマーのレイシーと幽香がゆゆ子のバッドステータスを増やし、スナイパーの錠が隙を縫ってクリティカルを狙っていく。
しかし、唯一のクラッシャーだった撫子、スナイパーのアリスを早い段階で欠いてしまったせいか、決定打となるダメージを叩き出すことが出来ずにいた。
やがてクオリアが消滅し、堪え切れなくなった逢紗も、ついに膝を突く。
ひとりだけになったディフェンダー・玉のガードを掻い潜り、ナノナノが倒されて。
そう掛からないうちに、ゆゆ子が召喚したニードルが鞠音を貫いた。
(「血の匂い……私の髪は、何色?」)
トラウマに倒れそうになったところを魂の力で堪え、玉は炎を纏った蹴撃を繰り出す。
命中はしたものの、延焼が増えてもゆゆ子の顔に未だにマイナスの感情は浮かんでいない。
ざわめく影が、玉の足を捕えた。
目と目が合う。
と思えば、ゆゆ子の鋭い切っ先が一瞬にして目の前に。
誰もが悟った。
これ以上戦っても、恐らく戦況はひっくり返せない。
「勝負あった、ってトコだな」
灼滅者達の後方から、終幕を告げる一言が投げられた。
●ひとつのピリオド
トドメの一撃は、寸前でピタリと止まった。
ゆゆ子はぱっと声の方を向いて笑う。
「葉君! 来てくれたんだ」
「悪ぃな、用事が入ってなきゃ駆けつけたんだけどよ」
もう戦う雰囲気ではないのを感じて武器を下げた灼滅者達に、ゆゆ子は「なんかスッキリしちゃった」と清々しい顔をした。
「力ではまだ私の方が強かったみたいね」
何処か誇らしげに言って、ゆゆ子は「でも」と付け加える。
「なんかみんなには負けたなって思う……不思議だねぇ」
「まさかこうして貴女と再び会えるなんて、思ってもいませんでした」
歩み寄ったまほろの言葉に、私もびっくりだよと娘は肩を竦める。
「でも嬉しいな。私のこと、覚えていてくれる人がいて」
そりゃそうだと葉が口端を上げる。
ともすればすぐに割れて落ちてしまうような、薄氷の上を歩く感覚の中でも。
「今でも答えを探している最中だけど、ちゃんと覚えてるよ、アンタが言ったこと」
「葉君……」
ゆゆ子の目がうるっと揺れる。
ずっと憶えていたし、この先も。
「ずっと憶えていてやる、です。忘れなんか出来る訳ないですよ」
ゲームセンターでの苦い思い出も、もう過去のことだと、柚羽は目尻を下げた。
「柚羽ちゃんも、そう言ってくれるんだ……」
今度はまほろが尋ねる。
今際に聞いた、彼女の寂しい心の内を。
「もし、貴女にあの時の記憶があるのなら……あの時の言葉は本当ですか?」
「うん。『ゆゆ子』はね、色々諦めてはいたけど、嘘をつくのは好きじゃなかったの」
娘は笑みを浮かべたまま目を閉じた。
普通の女の子のように過ごしたいと願っていたことも、みんな仲良くと平和を望んでいたことも、全部本当のことだった、と。
しかし何事よりも上回るのが、六六六人衆としての性質だったと。
「私ね。力を貰った後、薄々分かってたの。ここにいる私は『ゆゆ子』の忘れ物……もしこの世に生まれ変わりがあるのなら、本当の『ゆゆ子』はいつか生まれてくるわ」
(「その時は、今度こそお友達になりましょうね」)
夢のような話、けれどまほろはそれを信じたいと思った。
(「次があったらそん時は、ダークネスじゃなくてふっつーの一般女子になれたらいいね」)
千慶はそっと見守りながら思った。
「……前にやり合った時にさ。聞いたよ、想い。あの時はすぐにぶっ倒れちまったけど、今はずっと考えてる」
勇弥は幼馴染のさくらえと前に出た。
「勇弥君は真っ直ぐだね」
彼の心根に触れて、ゆゆ子は呟いた。
「貴女の戦い、見届けました」
さくらえは言葉少なに告げる。
彼女がここに来たのは、殺人鬼である自分と同じ業を背負った娘の想いに、何処か自分と通じるものがあったから。
実際の姿を目に留め、さくらえは何かを得られたろうか?
ゆゆ子の身体が、キラキラとした光に包まれ始めた。
「……もう行かなきゃ」
「立花」
時を悟った彼女は、葉がぽんと投げ寄越したスイートピーのミニブーケに目を丸くする。
「バレンタインはとっくに過ぎちまっているけど……餞別だ、持ってけ」
「お前もかよ!」
「あん?」
錠と彼の間で一瞬火花が散ったが、そんな場合じゃないと錠はポケットに突っ込んでいたものを出す。
それはちょっとガーゼに皺が寄ってしまった、ドラジェの花を束ねた小さなブーケ。
「友チョコ……遅くなってごめんな」
なんとなくしんみりし掛けたところに、鞠音が静かにずいと入ってくる。
「ビーズアクセサリー、私が作った分で良ければ、差し上げます」
作りすぎた分だと、やや歪んだにゃんこを押し付けた。
「これ、私のとお揃いの空色のリボンですけど……」
アリスはリボンを差し出した。
「こいつは、ダークチョコとクランベリー風味の創作珈琲。あんたの為だけにアレンジした、名付けて『アドミレート』だ」
こういうの好きだろ、と勇弥はコーヒーの入った携帯タンブラーを渡す。
ゆゆ子はひとつひとつそれらを眺めて、ありがとうと小さく呟く。
「友チョコとか、私も用意出来たらよかったなぁ」
「これからどうするの?」
逢紗が尋ねると、城に呼ばれた以外は何も知らないのだと娘は小首を傾げる。
「でもコルネリウスちゃんには恩返ししなきゃ、って思ってるの」
全てはあのハートのお姫様と、学園の状況次第か。
「向こうに行っても忘れないでね?」
幽香の声に、光の陰影だけになった彼女が頷く。
再び彼女と灼滅者達がまみえることになったとして、それがどんな局面かは予想もつかない。
けれど、きっとこれが一番しっくりくる言葉だと、屈託なく笑って。
『またね』
光の粒子になった娘は、夜の闇に溶けた。
作者:雪月花 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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