あけましておめでとう

    作者:八雲秋


    『孝介、そっちはどうだ』
     青年は親からの電話に努めて明るい声で応答する。
    「うん、問題ないよ、安心して」
    『ハワイも楽しいわよ、孝介、やっぱりあなたも一緒に連れてけば良かったわ』
    「だからぁ、僕は今年高校受験なんだから勉強に専念するって言ったろ、夫婦水入らずで旅行を楽しみなって」
    『そうねぇ、じゃあ帰るときは土産たくさん持って帰るからね』
    「わかった、楽しみにしてるから、じゃあね」
     電話を切ると、青年は呟く。
    「駄目だよ、帰ってきたら……」
     10分後、また青年の携帯電話が鳴った。彼がとると。
    『森田、あけましておめでとう!』
     彼の友人の声が元気に響く。
    「おめでとう」
    『初詣、約束してたのに来ないから忘れてんのかなって。それとも何か声に元気無いっぽいけど風邪でも引いたのかよ』
    「うん、そんなとこ」
    『じゃあさ俺ら、お見舞い行ってやるよ。何か適当な食い物、買ってってやるからさ』
    「そんな悪いよ」
    『遠慮すんなよ三人で行くよ、祐二も久しぶりにお前のとこのクロベエと遊びたいって言ってるし』
     青年の顔が不意に無表情になる。携帯を持っていた右手の甲が透き通り、部屋の明かりを反射させる。
    「……なら来いよ、そんなに僕のしもべになりたいんならさ」
    『え、なんつった? わりぃ聞こえなかった』
    「大したことじゃないよ」
    『そうか。今から……そうだな一時間後ぐらいかな、もっと早くなるかもしれないけど』
    「わかった」
     電話を切った後、青年は、はっと我にかえる。
    「駄目だよ、来たら……あ、クロベエ」
     青年がそう言いながらすり寄ってきた猫の頭を撫でるとその首ががくんと不自然な角度で横を向いた、まるで折れているかのように。青年が呟く。
    「来たら、お前たちもきっと、こいつみたいになっちゃうからさ」

    「森・孝介君、中学三年生。 彼は受験の焦燥感、思春期の訳の分からない苛立ち、飼い猫の事故死、色々な事象が間が悪く重なってしまい、今やダークネス、ノーライフキングになろうとしているんだ」
     エクスブレインが教壇に立ち、説明を続ける。
     ただ、まだ救いはある。彼はダークネスの力を持ち合わせながらも、まだ人としての意識を遺しているんだ。つまり完全なダークネスではない。
     彼に素質があるなら、この闇堕ちから救われさえすれば、灼滅者となれるだろう。もし無理なようであれば、残念ではあるけれど、彼が完全なダークネスになる前に君たちの手で灼滅してほしい。

    「さて、では状況、彼の戦闘能力などを話そう」
     君たちが森君の家にたどり着くのは、彼が友達からの電話を切った10分後ぐらい。時間的には夕方4時頃。なお、家は住宅街の一軒家で近所は殆ど旅行や里帰りしているので他人の目を気にする必要はない。
     それからさっきも話した通り、森君は友達3人を自分の家に迎え入れようとしてる……来てしまえば彼らは殺され眷属となってしまうだろう。その前にカタをつけなければならない。対峙するの自体は簡単だ。彼は友達が来るつもりでいるから呼び鈴を鳴らせば警戒することなく、ドアを開ける。でも問題はそこからだ。
     君たちは対峙した所で不意を突く形で先手で攻撃する事も可能だろう。ただ、その場合、彼は初めから君らを敵とみなし、全力で攻撃してくるだろう。 あるいはまずは彼を説得するという手もある。彼にまだ残っている人の心に訴えかける。そうすれば彼の戦力を下げられるかもしれない、うまくいけば半減させる事ができるだろう。どのような方針で行くかは君たちに任せる。
     戦闘場所は室内、あるいは君らの誘導次第では彼の家の庭になる。広さに関してはどちらも気にしなくて大丈夫だ。
     相手の戦力はノーライフキングの力を持ち合わせている森君と力はさほど無いけれど眷属として彼に従っている彼の飼い猫だけだ。ただ、森君の戦力は全力で着たら相当なものだ、気を付けてほしい。

    「説明は以上。けして簡単な依頼じゃないけれど、君たちならできると信じてる、頼んだよ」
     そう言ってエクスブレインは彼らに頭を下げた。


    参加者
    草壁・那由他(モノクローム魔法少女・d00673)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    楠木・朱音(勲の詠手・d15137)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)
    天里・寵(超新星・d17789)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    ミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)

    ■リプレイ

    ●訪問
     レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)が呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開いた。
    「随分早いね……あ」
     いたのが友達ではないのに気づき閉めようとしたが、その前に楠木・朱音(勲の詠手・d15137)が扉を押さえる。
    「予定のある所すまないが……少し君と話がしたい。君に今、起きている事で」
     孝介がわずかに驚きの顔を見せると朱音は重ねて言う。 
    「良ければ君の家の庭を借りたい」
     ちらりと室内を見た後、孝介は頷いた。家に招き入れるよりは外の方が安全と判断したようだ。
     全員が庭へ移動する。
    (「周囲にひとけはないようだが念のために」)
     そんな事を考え朱音はサウンドシャッターを展開させる。
     庭で孝介と灼滅者らが改めて顔を合わせる。孝介が一同を見回す。
    「君たちはいったい」
     ミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)がぺこりとお辞儀をして。
    「はじめまして。ボクはミーシャ・カレンツカヤ。おにーさんと同じ力を持っているんだよ♪」
    「同じ力……それって」
     北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)は面倒くさそうに頭を掻きながら言う。
    「異能? っつーのかね、オメーはその力を得て戸惑ってるんだろ」
     レイッツァが頷く。何も知らずに急にこんな能力と体を手に入れてしまったのだ、普通は驚き、その身自身をも恐れるだろう。彼は孝介に物おじせず話しかける。
    「その中でも君は僕と同じエクソシストみたいだね……今は、まだ少し違うんだけど」
    「それで僕をどうする気なんだ」  
     日凪・真弓(戦巫女・d16325)が彼の前に出、
    「貴方のその力、御す方法を私たちは知っています。だからこそ、私たちはここに来たのです。誰も傷つけたくはないのでしょう…?」
    「それも知っているの?」
    「ああ。そのままじゃ、オメーの大切なもんを自分自身で傷付ける事になるだろーさ」
     既濁が付け加える。
    「このままだとダークネスっていうのになっちゃうの。ボクらはそれを食い止めたい。だから協力して欲しいんだよ」
    「協力したら僕はもとに戻れるの?」
     いいえと天里・寵(超新星・d17789)が首を横に振る。
    「率直に言うと、君は既に人間を辞めている状態、もう戻れません」
     あまりにストレートな物言い、だが、彼にとって嘘がない事こそが善、孝介がつらそうな顔を見せても、目を逸らすことなく続ける。
    「悲しいですか? でもその変な力は制御出来れば、誰かを守る力になりえるんですよ。君の友達とかね」
    「良かったらウチの学校で力の使い方を学んでみない?」
     喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)の誘いに、
    「学校、か」
     気弱に笑い、呟いた。進学の悩みは彼を追いつめた要因の一つ。ミーシャがとりなす。
    「まだボク中学1年だけど、3年生のプレッシャーが凄いのはわかるよ?」
    「それくらいで人じゃなくなるなんて、弱いよね」
     自嘲で返す彼に真弓が言う。
    「いいえ、あなたは強いですよ、今も人を傷つけたくないという気持ちを残せているのですから」
    「でもさ、だったらどうしろっていうんだよ」
    「今のままでは君はただの化け物になります。そうですね、制御できるようになるにはちょっと痛みを感じてもらう事になりますけど……心の痛みよりはマシじゃないですか?」
     寵は親指と人差し指を使って『ちょっと』というジェスチャーを見せる。
     グルルルル。彼の猫、だったものが唸り声とも鳴き声ともわからぬ声を上げ、孝介の足元に纏わりついてくる。
    「クロベエはどうなるんだ」
    「それは……」
     朱音は言いよどむ。猫はすでに動く死体でしかない。もはや手にかけるしかないだろう、だがそれを告げるのは……。
    「クロベエちゃんはもう手遅れです」
     横から、寵があっさりと答えた。
    「飼い主の役目って守るだけじゃない、今のクロベエちゃんは今の生を喜んでると思いますかニャー?」
     首を傾げ、孝介に問う。
     孝介も猫の蘇生が奇跡とか願いが通じたといった綺麗なものじゃない事はわかっていた。それでも。
    「間違った事だったかもしれない、でも、こんなふうにしてしまったのが僕のせいなら、僕が守らなきゃ」
     その言葉も事実だろう。だがノーライフキングとなろうとする言い訳にも聞こえる。それほどダークネス化は抗えない魅力を持つのだろうか。  
    「あ、あの……」
     先程から言葉を選びあぐねいていた草壁・那由他(モノクローム魔法少女・d00673)がそれでもどうにか声をかける。
    「あなたには力がありますし、力を見る目があるはずですから、決して見誤らないで下さい」
    「口では簡単に言うけど」
     孝介のぼやきを既濁が引き取る。
    「だな。俺たちが言うだけじゃだめだ。自分からその力に抗う意思を見せてみな。それが出来りゃ、傷付ける力から守る力に変えれるだろうぜ」
    「誰も傷つけたくないけど、僕にそんな意思、守る力なんて……」
     孝介は俯くほどに右腕の結晶が広がっていき身体の内から力が湧き上がるのを感じる。どす黒い念も共に。
     彼は顔を上げ、口の端を歪め皮肉めいた笑みを見せる。
    「そういう君たちならできるの? 今の僕をねじ伏せられるのなら、信じてもいいかな!」
     既濁も力を解放し、応じる。
    「上等だ、うっかり灼滅しちまったら許せよな!」
     彼が灼滅者として目覚めるかダークネスとして灼滅されるか、あるいは。
     戦闘が始まった。 
     
    ●戦闘
    「制御? 力を御す? 自分で抑える? それはただ、弱くなるだけじゃないのか」
     せせら笑う孝介に、
    「弱いかどうか。私たちの戦い方、力の使い方を見せてあげるね」
     波琉那が除霊結界を作り上げる。
     他人を傷つけずに済む、正しい道を指し示すための戦いとなるよう全力を尽くす。
    「大丈夫……一緒に問題と向き合おうよ」
    「全ては脆く儚く消え去るもの……」
     ミーシャは力の解放句を唱える。
    「だけど」
     孝介を見る。
    「おにーさんには希望があるから。ボクらがなるんだよっ!」
     効率よく相手の動きを鈍らせるための黒死斬。
     レイッツァと朱音が鬼神変を行い、片腕が禍々しいほどに膨れ上がっていく。孝介の結晶化した腕を連想させる異常な様相。
    「それは?」
     孝介の疑問に朱音が腕を彼の方に見せ、そのまま彼の懐に飛び込み、腕を振りかざし、
    「言ったろ? 俺達も君と一緒だと!」
     遠慮なく殴りつける。ダメージを受けつつもダークネスの力を持ちつつある孝介は倒れる事なく朱音を睨みつける。
     朱音も怯まずに彼を見据える。 
    「『お前』にコイツは渡さん。退場願おうか!」
    「戦闘長びくのは嫌でしょう? 僕もです。さっさと終わらせましょうよ」
    「くっ!」
     寵が螺穿槍を繰り出し、彼の身体を穿つ。脇腹から血を滴らせる。
     ダメージは確かに受けているが、まだ、孝介には余裕があるようだった。
    「僕の力も披露しよう」
     孝介が中空に何かを浮かばせた。それは形こそ十字架のようだったが。いびつで表面は赤黒くまるで血でも塗りたくったような色をしていた。まるで十字架を冒涜するように。
     それを見てミーシャとレイッツァは無意識に眉をひそめる。自分たちが対峙しているのが宿敵であるノーライフキングであると改めて思い知らされる。
    「僕の技を前にいる皆さんに味あわせてあげよう」
     十字架から赤い光が放たれ、前衛にいた者たちを攻撃する。
    「まだ動けます!」
     ディフェンダーの真弓は仲間をかばうように動いた後に炎を纏った日本刀を孝介に向け、かざした前を黒い影が横切る。
     斬撃を受け、ふっとんだのは猫だった。  
    「あなたも仲間を助けようとしたのでしょうか」
     実際はただ、情の無い眷属としての動きだったのかもしれないが真弓にはそう感じられた。
    「クロベエ、よくやった」
     レイッツァが猫と言葉を交わす孝介に言う。
    「孝介君、クロベエの事は残念だけど、死者は生き返らないんだよ。君がやってる事は残酷だ」   
    「敵の説教など聞けるか!」
    「フギャーーッ」
     威嚇されながらもレイッツァは戦闘前の彼の後悔の呟きを思い出していた。『間違った事だったかもしれない』と確かに言っていた。
    「でも、その残酷さに気づけていた君なら、きっとダークネス化から免れる。退魔と浄化の光を操るエクソシストにだってなれるはず」
    「そんな戯言!」
    「おっと、させねぇよ」
     既濁のウロボロスブレイドが孝介に絡みつき、傷を負わせていく。
    「くっ」
    「じれるだろ? 思うように動けない自分をもてあますだろ?」
     既濁は忌々しげにもがく孝介をからかうように言う。それから心の内に言葉を付け加える。
    (「俺も他人の事は言えないかもだけどな」)
    「おにーさん!」
     傷を負いながらもミーシャは声を上げる。
    「ダークネスなんかに負けちゃだめだよ!!」
     小癪なといわんばかりに孝介は顔を歪める。
    「黙れ!」
    「フギャーー!」
     彼の言葉に合わせ猫がとびかかっていく。
    「駄目!」
     那由他が後方からマジックミサイルを飛ばす。
     まともに食らった猫は絶命こそ免れたものの次の動きには移れない。だが。
    「クロベエ、よくやった十分だ!」
    「え? ……っ!」
     ミーシャが猫に気を取られた隙に孝介は光条を放っていた。それはミーシャの身体を貫き、彼を戦線から離脱させた。
    「どうだ、これでもまだ僕を倒せると言えるのか!」
    「言えるとも!」
    「そのために来たんだから!」
     先程の孝介と猫の連携のように朱音と波琉那が駆け寄る。
     咄嗟によける間もなく、朱音のフォースブレイクも波琉那のレッドストライクもまともに食らう。
     孝介の意識が遠のく。
    「馬鹿な……負けなどと……」
     彼はそこまで呟くと前のめりに倒れた。ダークネスは抑えられ、新たに灼滅者がここに新たに誕生したのだった。
     ダークネスとして不完全だった事、油断していた事、連携し戦っていく事の意味を軽視していたのが彼の敗因だったのだろう。

    ●戦闘を終えて
     孝介が目を覚ますとレイッツァが上から覗き込んでいた。目が合うとにっと笑う。
    「お疲れ様、大丈夫? これが僕たちの力だよ、わかってくれたかな?」
     朱音が苦笑しつつ、孝介に手を差しだす。
    「お疲れさん。ちと辛かったろうが…お前さんの中の『奴』を黙らせるにはこれしか無くてな」
     孝介が身を起こすと那由他と目が合う。彼女は丁寧にお辞儀をし、
    「あけまして……おめでとうございます」
     彼に告げた後、少し不安げな表情になり、独り言のように続ける。
    「でいいのでしょうか」
    「えっとそうですね、多分それで。僕もあけましておめでとうございます」
     戸惑いながらも、孝介も挨拶を返した後、はっと辺りを見回す。
    「……そうだ、クロベエは?」
     那由他が悲しげに告げる。
    「残念ですが、もう、生き返る事はありません」
     蘇らせた者が倒れたあと、、猫も急速に力を失い、彼らが止めを刺すまでもなくじきに骸にと戻った。
    「そうか……ううん、それが当たり前なんだよね」
     ミーシャが彼に言う。
    「猫さん。ちゃんと弔おうか、今度こそ安らかにって……ボク、こう見えてエクソシストだからね♪」
     祈りを捧げながらも時折、どこか痛そうに眉をしかめる。
     孝介の攻撃のしわ寄せが彼に来ており、重傷を負っていたのだ。
    「すまない」
    「いいんだよ。おにーさんも同じでしょ? それより、おにーさん、学園に来る気はないかな?」
    「それは……自信がないんだ、君たちみたいにできるかどうか」
    「ボクらだって同じだよ、でも一人じゃないから、皆となら大丈夫だよ、皆頼りになるってわかったでしょ?」
     孝介は頷いた。
    「僕は学園に行くよ、もうあんな自分には戻りたくないから」
     そうして彼はミーシャの手を取り立ち上がった。

    作者:八雲秋 重傷:木梨・凛平(神薙使い・dn0081) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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