●
これはどこにでもある悲劇だ。
同情する必要なんかない。
付き合ってやる義理もない。
だけど……。
彼女のために時計を作り続ける人生だった。
歯車を組み合わせて作ったゼンマイ仕掛けの時計を作ったことが始まりだった。それを彼女が喜んで受け取ったことが、全ての始まりだった。
彼女と家が近かったからという理由で、記念日には必ず自作の時計を持って家を訪ね続けていた。幸いにも手先は器用で、子供ながらに精巧な時計を作ることが彼はできた。だからこそその技能は重宝されたし、職人である親も彼を厳しく教育してくれた。
だがそれもすべて、彼女に時計を作るための歯車でしかなかった。
彼女が中学生になり、好いていた先輩と恋人同士になれたのだと喜んだ日にも、彼は時計を贈った。
その時点で将来を属望されていた彼は、めきめきと技術を磨き、高い才能を開花させていった。
彼女が高校生になり、年の離れた先輩との結婚を考えていると言われた時も、彼は時計を贈っていた。その時点で大人顔負けの技術を有していた彼の時計は、どんなブランド品よりもよくできていた。
彼女が大学を卒業し、長く付き合った彼と大げんかをして別れたと聞いた時も、彼は精巧な時計を作って贈るだけだった。
美しい職人芸によって作られる彼の時計は高値で取引され、その界隈の人間たちの知るところとなった。
彼女が会社の同僚と結婚をすると聞いた時、彼は時計を贈った。
彼の時計は世界に二つと無い手作り品ばかりで、大手企業も彼を欲しがったが断固として誘いに応じることは無かった。
彼女が子供を産んだと聞いたとき、彼は時計を贈った。
子供が成長したと聞いたときも。
彼女が病気に倒れたと聞いたときも。
彼女がこの世から旅立ったと聞いたときも。
彼は時計を作り、それを贈った。
そうするための人生だった。
彼女の娘からの手紙が机に置かれている。
『もうこんなものを贈ってこないでください』
「……」
彼は今、八十歳を超えていた。
ぼんやりと光るランプの下、皺の多い手で時計を組み立てていた。
ふと。
歯車のひとつがぱきりと割れた。
老人は目を瞑り。
そして次の時には、彼はデモノイドになっていた。
●
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)によるとこうだ。
ある時計職人の老人がデモノイド化してしまったという。
年齢の問題で、残念ながらデモノイドヒューマン化はありえないのだが……。
「願わくば、安らかに」
デモノイドは大量の歯車が埋め込まれた、からくり仕掛けのようなフォルムをしているという。
人口ダークネスことデモノイドは灼滅者八人で力を合わせてようやく戦えるレベルの戦闘力を有している。決して油断しないように立ち回って欲しい。
「この人の最後を、本当の意味で看取れるのはこの世で皆さんだけになりました。どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
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木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461) |
アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003) |
紅羽・流希(挑戦者・d10975) |
吉祥院・折薔薇(百億の花弁・d16840) |
狂舞・刑(縁の鎖を手繰る者・d18053) |
安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
狼久保・惟元(白の守人・d27459) |
●鐘が鳴るは誰がため
一月の森は、深夜でありながらどこかぼんやり明るかった。
月の光が葉の無い樹枝をすり抜け、枯葉の溶けた土を照らしているからだ。
アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)は夜露を含んだ空気に手を翳し、小鳥のように囁いた。
「残念ね。こうなる前に、あの人に会いたかったわ。そして願わくば、私のための時計を……」
「けれど全ては過去のこと。僕らにできることは、ダークネスを倒すことだけだ」
依頼資料のファイルを閉じ、吉祥院・折薔薇(百億の花弁・d16840)はそれをポケットにしまった。
「それはデモノイドになってしまったあの人を……あの人生を助けるためなんだ」
「殺人によってしか救われないか。クソッ」
狂舞・刑(縁の鎖を手繰る者・d18053)は毒気付き、月明かりから目をそらす。
「時計を作り続けることでしか自分を表わせない、機械のような人生。そんなのまるで……クソッ、クソッ!」
土を踏む彼を横目に、木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)は仲間の様子をうかがっていた。
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)が黙ったままうつむいている。
「どう思う」
「どうとも……」
言いかけて、想々は胸元を押さえた。
「言葉になりません。悲しさも切なさも、あの人に対して、安っぽく思えて」
「まあ、な」
視線を狼久保・惟元(白の守人・d27459)の方へ向ける。
惟元は月明かりを浴びて、じっとアトリエのほうを見つめていた。
「そろそろです」
彼の手には、既にカードが握られていた。
安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)が扉を開けたとき、アトリエはまだ暗かった。
だが目が慣れるのは早かったようで、部屋の奥に座る老人がぼんやりと見えている。
「……」
ライトを翳し、道を譲る刻。
彼に促されるように、紅羽・流希(挑戦者・d10975)は小さく頭を下げた。
「あなたの最後を看取りに参りました。この場所を荒らしたくありません。どうか外、に――」
不穏な空気を感じ取り、目を細める。
「構えて」
「えっ」
刻が呟き、流希がそちらを見たその瞬間。流希の首が異形化した腕に掴まれていた。
老人の面影は既に無い。凶悪にして凶暴なデモノイドが、彼の首を掴んでいた。
「――ッ!」
椅子の倒れる音。
急速に流れる周囲の風景。
獣が獲物を食い殺すかのような獰猛さと俊敏さをもって、流希は野外へと連れ出されることになった。
●針が廻るは誰がため
「ぐうっ……!」
首を掴まれたまま流希は封印解除。身体が森の樹幹に叩き付けられた頃には、彼の身体は特殊なオーラに包まれていた。
武器を手に取る暇は無い。握りしめた拳を相手の顔面に叩き付け、ひるんだ所に更にもう一発。
引きはがした所で虚空から抜き身の刀を抜き、逆手振りでもって切りつける。
数歩後じさりしたデモノイドを確認して、刑はカードを左目の前に翳した。
「これより宴を――」
途端に彼の左腕に影の鎖が巻き付き、全身を殺意が覆い尽くした。反対に彼の顔からは表情が消えていく。
「開始する!」
影が大きく広がり、影の鎖が周辺の木々へと次々に巻き付いていく。
現われた鎖を次々と引きちぎりながら流希に襲いかかろうとするデモノイド。そこへキィンが割り込んだ。
「ンな姿になっちまって、自分が時計になるつもりか?」
「――」
デモノイドは拳を握り、強く引き絞った。がちゃんという音と共に全身の歯車が軋んだ。
「言葉にはできないよな。オレもそうだ。だからこっちで語ろうぜ、ジイさん!」
キィンが防御の構えをとった途端、彼を茶色い毛皮が覆った。
それだけではない。アルベルティーヌが放ったリングが特殊な力場を発生させ、彼を守るように翳される。
こうして生まれた鉄壁の防御だが、しかし。
「――ッ!」
デモノイドの拳はシールドと彼の防御を全て突破し、キィンへと直撃した。
思い切り吹き飛ばされるキィン。
それを見て、アルベルティーヌは小さく息を吐いた。
「それがあなたの慟哭なのですね。言葉にできない、言葉の代わりに」
キィンへ再びシールドを放つ。
「私には壊れた歯車(運命)を取り替えることはできない。できるとすれば、ただ」
「壊すこと。終わらせることだけだと?」
追撃をはかろうとしたデモノイドに、側面からぶつかっていくライドキャリバー・灼熱ノ熾。
そのはるか後ろで、折薔薇が腕を砲台化させて構えていた。
「言葉は届かないかもしれない。届くかもしれない。もしどちらでもあり得るなら、ボクは届ける方を選ぶ」
振り向き、即座に砲撃を放つデモノイド。
対する折薔薇は横に飛びながら砲撃。
折薔薇の砲撃はデモノイドを覆う歯車に弾かれ、一方の折薔薇は肩を掠っただけだというのにその場で激しく回転し、地面を転がるはめになった。片腕を突っ張って身体を起こす。
「あなたは時計じゃない。歯車がひとつかけたとしても、幸せでいいんだ。幸せになっていいんだよ!」
「そうだね」
足音もたてずにデモノイドの背後へ急接近した刻が、砲台化した腕をデモノイドの背中に押しつけていた。同じく彼の隣に発生したビハインドもまた、手のひらを押し当てている。零距離から同時に連続射撃。
「あなた自身は勿論、彼女だって喜んでいたか分からない。けど異議をあなたが見いだしていたなら、無駄な人生なんかじゃなかったんだよ」
「――!」
歯車だらけの腕を振り回し、刻たちをはじき飛ばすデモノイド。
「穿て」
そんなデモノイドの腕に、長い布槍が突き刺さった。
布の先では、想々がぎゅっと端を握っている。
「最後まで、彼女を思い続けてあなたのままでいて欲しいの」
デモノイドは刺さった布を掴んで急速に引っ張る。力負けした想々はそのまま近くの樹幹に叩き付けられそうになったが、寸前のところで惟元が受け止めた。
「みんなそうだ。理性を失ったままのあなたを殺したくないんです。それが残酷なことだとしても。わがままだとしても」
想々を足下に下ろし、腕を獣のそれに変える。
「あなたを看取ることができるのは、もう僕たちしかいないから」
凄まじいスピードで突撃する惟元。
巨大な歯車がデモノイドから露出し、盾のように翳される。
惟元の繰り出した爪撃と歯車がぶつかり合い、甲高い音と火花を散らした。
彼の腕を掴み、放り投げるデモノイド。
デモノイドは身体の中から無数の歯車を引き抜くと、それを辺りへまき散らした。
まるで意志をもつかのように惟元たちの身体にめりこんだ歯車が、次々と爆発した。
あまりにも明確な力の差である。
本来なら語らう余裕などないのだ。
情けをかける余裕すら。
感情を挟む余裕すら。
しかし。
「一方通行は寂しいもんな」
ぼろぼろの身体を毛皮で覆い、キィンはゆっくりと立ち上がった。
「付き合ってやるぜ、ジイさん」
●歯車は誰がために
幾度目になるだろうか。
巨大な歯車に薙ぎ払われ、挽きつぶされ、殴り飛ばされ、キィンは樹幹に激突した。
木が折れ、めきめきと音をたてて倒れていく。
「どうした、まだ立てるぜ」
手招きをしながら無理矢理たちあがる。骨のいくつかがやられていて、本来なら立つこともままならない状態だった。毛皮で身体を保護してギリギリ立つフリをしているだけだ。
血の混じったつばを吐き捨てる。
「本当のとこは、どうだったんだろうな。時計を贈り続けるのも、受け取り続けたのも、どんな気持ちだったんだろうな。あー、クソ……」
ふらつく身体に追い打ちをかけるように、デモノイドが突っ込んでくる。
「クソッ!」
腕を無理矢理振り上げ、無理矢理相手に叩き付ける。
デモノイドの拳がキィンの顔面にめり込み、同時にキィンの拳がドリル状にねじれた毛皮と共にデモノイドの腹にめり込んでいた。
互角、ではない。圧倒的な差によってキィンは吹き飛ばされ、冷たい土を転がっていく。
「あいにく」
弓を構え、強く引くアルベルティーヌ。
「あなたに届けたい言葉を持ち合わせていません。ゆえに知りたいのです。あなたを殺したその歯車(感情)は、きっと私にかけている歯車(感情)だから」
矢が放たれる。デモノイドはそれを寸前のところで握りつぶし、歯車を投擲。
続けて放った矢が歯車と交差し、それがデモノイドの顔に突き刺さった。一方のアルベルティーヌは歯車の直撃を受けて撥ね飛ばされる。
――と同時に、デモノイドの頭上から刑が飛び降りてきた。
「アンタを殺すのがこんなろくでなしなんてな。だが」
腕から放った影の鎖がデモノイドに巻き付く。
「その手を、俺と同じにさせはしない」
続けて取り出したナイフを、連続でデモノイドの身体に叩き込む。
痛みゆえか、それ以外の何かによるものか、デモノイドは頭を押さえて暴れ出した。
「――!」
腕を振り回して刑を払いのける。
「……!」
機銃射撃を仕掛けながら突撃する灼熱ノ熾。
デモノイドは腕を巨大な歯車に変え、灼熱ノ熾をなぎ倒す。
そうして出来た僅かな隙を狙って、折薔薇と流希は突撃した。
「いい人生だった!」
異形の翼で切りつける折薔薇。
流れるように拳を叩き込み、零距離で腕を砲台化する。
彼の肩を押さえつけたデモノイドの腕もまた砲台化。
「あなたが人生をかけて時計を贈った。彼女は幸せだった。その真実は、何があっても消えはしないよ!」
双方同時にDCPキャノンを乱射。
折薔薇の腕が肩から吹き飛んでいく。
「そこだ」
刀を繰り出す流希。
それを歯車で受け止めるデモノイド。
勢いが余って流希の肩が強くぶつかった。
すまない。
俺はあなたの悲しみを知ることは出来ない。
ただ最後を過ごすことしかできない。
俺たちがあなたにできることは、情けないがそれだけだ。
だが願わくば、あなたが――。
「……」
夜が明けた。
東の空が茜色に染まり、木々の影を長く長く伸ばしていく。
まるで日に照らされて闇を失ったかのように、デモノイドの身体から寄生体や歯車がぼろぼろと落ちていった。
すべて、ではない。
その証拠に老人の身体は完全にデモノイド化していた。
だが、明けた空を見つめたまま一歩も動こうとはしなかった。
「終わりにしよう」
飛びかかる刻とビハインド。
同時に繰り出した蹴りと斬撃が交差し、老人を切り裂いた。
続けて飛びかかる惟元。
爪撃を連続で繰り出した上で、獣化した腕を叩き付けた。
老人の身体が爆発し、まだ埋まっていたいくつかの歯車をまき散らす。
目を瞑る老人。
惟元と刻はそれぞれ頷いて、想々へと振り返った。
「おやすみなさいを言う人が、私たちだけで……ごめんなさい」
剣を抜き、顔の前で垂直に構える。
「そして」
強く踏み込み、横一文字に剣を振り込んだ。
老人の身体が真っ二つに切り裂かれ、周囲に付着していた寄生体の全てが消滅していく。
振り切った姿勢のまま、想々は両目を瞑る。
「ありがとう」
彼女の足下には、綺麗な身体のままの老人の遺体が、眠るように倒れていた。
●運命の歯車は廻る
戦いを終え暫くした頃には、キィンたちの身体は元の満足な状態に戻っていた。
あれだけお互いを破壊しあったというのに、その全てが嘘のように修復されるのはどこか皮肉でさえある。
「あークソ……これも生きてるやつの特権か」
倒れたあたりに散らばった歯車は、まるで雪や氷のように溶けて消えていく。
そんな中で、想々は小さな歯車を一つ拾い上げた。
「本当に、彼女のことが、好きやってんね。羨ましいよ、正直」
手の中で消え始める歯車。
が、消える途中で歯車が急に輝き始めた。
「これは……?」
周囲に散らばったいくつもの歯車がひとりでに彼女の手元へあつまり、巨大な歯車を形作った。
想々は小さく頷いて、歯車に手を添える。
歯車は一度だけカチリと周り、想々のカードの中へと収まった。
アトリエの奥にある小さな寝室。
そこに老人は寝かされていた。
首筋には牙の跡がふたつ。
枕元には、口元をハンカチでぬぐうアルベルティーヌ。
「その人のを?」
部屋を片付け終えた流希がやってきて、後ろに立った。
アルベルティーヌは表情なく振り返る。
「ええ、この人の歯車が必要だったの」
「歯車……?」
同じく片付けを終えた惟元が、老人の顔を覗き込んだ。
まるで安らかに眠るかのような姿だ。きっとすぐに親しい人が彼の死に気づき、そのことは伝わっていくだろう。
『安らかな最後』が、彼の知人たちに伝わっていくのだ。
「分かってくれたん、でしょうか。僕たちのわがままを、この人は……」
その時、窓から蛍のような光が舞い込んできた。
光は惟元の手元へとまると、一個の歯車になって消える。ヘッド部分に歯車をつけたような腕輪である。
「あなたにも必要だったようね、その歯車が」
アルベルティーヌの言葉に、惟元は無言で頷いた。
「真実は消えない、か……」
アトリエは綺麗に片付いていた。
元々それほど散らかっていなかったが、いつも以上に片付いたこのアトリエを見た誰かはどう思うだろうか。天使のいたずらか……もしくは小さなはからいだととるだろうか。
「どうか安らかに」
「……」
アトリエを見回して、刑は顔を曇らせた。
「どんな理由があっても、オレたちはあの人を殺した。殺人以外の何物でも無いんすよ」
「いいんだ。それで」
「いいって……」
眉間に皺を寄せた刑を遮るように、刻が一個の時計を手に取った。
動かない懐中時計である。
歯車がいくつも足りていないのだろう。開閉機能だけが生きていて、時計から音がなることはない。
「たとえ行為が悪だったとしても、それを必要としている人が居るなら……いいこと、なんじゃないですかね」
老人が正体不明の化け物となって人々を襲うこともなく。
アトリエがめちゃくちゃに破壊されることもなく。
ただの『死』として終わった。
「だよね、おじいさん」
その時、刻の手の中で針が一つだけ動いた。
老人が頷いたように思えて、刻はその時計をポケットへしまった。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 2
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