――かつて、この街には小さな人形館があった。
古今東西様々な人形が置かれ、近所の子供達も一度は通った事があった、そんな地域に密着した館だった。この館には、製作者不明の歯車だけで出来た人形があり、その由来も背景も、この館の管理人は語る事はなかったという。
おかげでその歯車人形は、様々な憶測を呼んだ。その中の一つが、殺人犯の人形師が作りだし、夜な夜なさ迷ってはその歯車に挟んで人を殺す、というものだった。
この人形館が街からなくなって、もう幾年月。街で、事故死した人間が出た。ひき逃げであり、犯人はまだ捕まっていない。しかし、その無関係なはずの事故死が過去の噂話を呼び起こした。
――あの歯車人形は、今も夜な夜な殺す相手を求めてさ迷っているのではないか?
その他愛ない噂話は、実際の事故と重なって恐怖を引き起こす。かくして、チクタクと歯車人形は獲物を求めてさ迷うのだった……。
「いや、実はその管理人さんが自作した人形だったんですけどね?」
真相っていうのは味気ないもんす、と湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は真顔で語る。
今回、翠織が察知したのはとある都市伝説の存在だ。
「夜な夜な人を殺そうとさ迷う、歯車で出来た人形っていうのっす。本当、交通事故のひき逃げは無関係だったんすけどね?」
それぐらい、この歯車人形は印象が深かったのだろう。都市伝説となった歯車人形は、噂話通りに行動するのみだ。
「放置すれば、どんどん犠牲者が出るっす。そうなる前に、終わらせてほしいっすよ」
歯車人形は、夜に出現する。翠織は地図を広げ、裏路地の一本になぞるように赤線を引いた。
「この道っす。この道に歯車人形が出現するんで、待ち構えれば遭遇出来るっすよ。不用意に人を巻き込まないように、ESPによる人払いが必須になるっすね」
光源に関しては、電灯があるので困らない。広さもそこそこあり、戦う分には問題ないだろう。ただ、身を隠すような場所もないので、真正面からの戦いとなる事を念頭に動く必要がある。
「敵は一体のみ、全身歯車でできた人形っす。ただし、ダークネスほどではないけど厄介っす。その歯車を使う攻撃力は、油断ならないっすよ」
ただ殴り合うとなれば、一歩間違えばこちらが崩される。そうならないよう、連携を心掛ける必要がある。
「元管理人さんからすると、寝耳に水だと思うっすけど。何にせよ、思い出を穢す必要はないはずっす。ちょっと思い出した、その程度ですむように、お願いするっす」
そうやって噂話に怯えたのも、思い出の一つのはずだ。その思い出を、こんな形で歪めてしまう必要はないはずだ、そう翠織は締めくくった。
参加者 | |
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紀伊野・壱里(風軌・d02556) |
リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794) |
ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068) |
菊水・靜(ディエスイレ・d19339) |
白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044) |
望月・一夜(漆黒戦記ナイトソウル・d25084) |
永尾・月彦(首輪付き・d29722) |
イリヤ・レーヴァレイス(剪定者・d32117) |
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その一本道は、人気のない道だった。安っぽい電灯の明かりだけ照らしたその道は、奥は暗闇に包まれどこまでも続く、そんな錯覚を覚えさせる。
「人形って、怪談多い、から……都市伝説にも、なるよね。み、見た目は、怖くないといいなぁ」
「人形が人を殺すのですね、都市伝説とはいえ人間が生み出してしまったものととらえると、少し奇妙な気持ちになります」
永尾・月彦(首輪付き・d29722)の言葉に、イリヤ・レーヴァレイス(剪定者・d32117)がそうこぼした。
「都市伝説というのはオチまでが良く練られた話が多い物です。このケースは人を殺す、といった所がオチでしょうか……傍迷惑な話です」
二人のやり取りに微笑んだリーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)は、歌うように続ける。
「さて、では灼滅者という存在、果たして実在するのでしょうか? 誰かの、不特定多数の噂が生み出した幻でないと言い切れるのでしょうか? この自我も、肉体も、ここで起きる事象においても。誰かの想像上の産物でしかないのかも知れない。違うと誰も証明は出来ない――」
リーリャは、耳をぺたりと伏せた月彦の怯えた視線があるのに気付くと、ふっと吐息のような笑みをこぼす。
「……冗談です。さっさと仕事を終わらせてしまいましょう」
「人の噂話は、根も葉もないただの噂から始まるものだが、今回の依頼もそれに漏れなかったようだ。きっちりと戦い撃破して、都市伝説の噂話に幕を下ろすとしよう」
落ち着いた菊水・靜(ディエスイレ・d19339)の声に、白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)も静かにうなずいた。
「ウワサ、本当になる、前に、こわさなきゃ、ね。自分が作った、人形が、そんなこと、したら、イヤだもの、ね」
夜奈にとっては、昔の暖かな思い出は、思い出のままで思い出を大切にする――そう思うからこそ、凶行は阻みたいのだ。
「来たみたいだね」
紀伊野・壱里(風軌・d02556)の声に、仲間達もその視線を追う。暗闇の向こう、ガシャン、という金属音。それは段々と近づいていき、電灯の下へと姿を現わした。
歯車人形――まさに、そのものだった。人間のシルエットになるように計算された歯車とワイヤーの集合体、それは幼い子供が見たら夢に見そうなおどろおどろしさがある。壱里は、その異様な姿に小さく肩をすくめた。
「人が人型を作る時、何かしらの理由や思いが込められているものだと思うんだけれど、この人形はどんな物で出来てるんだろうね?」
「……危険で物騒。なら遠慮なく、破壊させてもらう」
歯車の音を聞きながら、歯車人形を前に拳を握りしめライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)が言い放つ。チクタク、と歯車のかみ合う音をさせながら歩く歯車人形の眼前に、望月・一夜(漆黒戦記ナイトソウル・d25084)が降り立った。
「こんな良い夜に無粋なマネはさせないぜ。思い出をただの怖い出来事にしちゃダメだ。思い出は、思い出のままで終わらせるっ!」
夜空へ輝く月へと一夜が拳を掲げた瞬間だ、その足元から膨れ上がった影が一夜を包み、ゾワリと影が引くと赤いマフラーが夜風になびいた。
「常闇よりの使者、ナイトソウル見参ッ!」
『――――』
これが返答だ、そう言うように歯車人形は背中から巨大な歯車を一つ外し、フリスビーよろしく灼滅者達へと投擲した。
●
ガリガリガリガリ!! と路地の壁を火花を散らして削った歯車が歯車人形の背に戻る――そこへ、ヒュオン! と射出された布が迫る、イリヤのレイザースラストだ。
ギギギギギギギン! と腕の歯車と布が火の粉を舞わす。それに、イリヤが声を上げた。
「今です!」
「う、うん、おれだって、やるときはやる、です。……怖くなんかないです」
月彦が、バスターライフルを構える。
「ぶっ放す! です!」
ギュオン! と放たれたバスタービームの一閃、イリヤのレイザースラストを弾いた直後だった歯車人形は肩を撃ち抜かれた。一歩後退した歯車人形へと、ナイトソウルが一気に駆け込む。
「闇夜を切り裂くッ!」
鈍色の光を走らせながら繰り出された槍が、歯車人形の歯車と鎬を削る。一合、二合、三合、押す一夜と退く歯車人形、その交差へビハインドのジェードゥシカが加わった。
「にがさ、ない」
夜奈の解体ナイフからこぼれた夜霧が、路地を埋め尽くしていく。槍と杖、その攻勢を両腕の歯車で凌いでいた歯車人形が不意に大きく後方へと跳んだ。
しかし、それをライラが逃がさない。ガシャン、とG-Blade【ミストルティン】の刃を展開、破邪の白光をその刃に宿し着地の瞬間を狙って振り払った。
「……まずはその歯車を狂わせる」
ガガガガガガガガガガガガ! と回転する歯車が、G-Blade【ミストルティン】をかろうじて受け止める――しかし、受け止めた歯車ごとライラは刃を振り抜いた。
その直後にオーラの砲弾が着弾、歯車人形を鈍い爆発が飲み込んだ。
(「ダークネスほどではないというけれど――」)
オーラキャノンを放った壱里が、目を細める。それでも、身体能力や単純な戦闘能力では、こちらの一人一人より上だ。こちらの連携が崩れれば、厳しさが増す――その自覚が、壱里にはあった。
『――――』
チクタク、と歯車の回転速度を上げて歯車人形が身構える。そこへ、ガンナイフを振りかぶったリーリャが迫った。142センチ、その小柄な体を大きく見下ろす歯車人形は歯車の拳を繰り出す。それをリーリャはガンナイフで受け止め、ギギギギギギギギギギギン! とナイフの腹で歯車を逸らしリーリャは踏み込み――。
「大きければ良いというものでもない」
燃えるナイフが突き出され、歯車人形の脇腹に突き刺さった。まさに一角獣の疾走――そのままリーリャが踏み込むのと同時、靜が豪快に槍を突き出した。
「それでは、こちらの番だ」
豪と鋭、二連撃が歯車人形を吹き飛ばした。ガランガランガラン、とアスファルトの上を火花を散らして歯車人形は転がり、突然ばね仕掛けのように跳ねるとガシャン! と着地した。
グ、とその膝に力がこもるのを見て取って、イリヤが呟く。
「来ますよ」
「……わたしが盾でいる限り、そう易々とやらせはしない」
ライラが答えた瞬間、ガシャン! と歯車人形がアスファルトを蹴った。
●
悪趣味なグラン・ギニョールは序章を終え、その激しさを増していく。チクタクという歯車の音は、もはや無数の音が一つに重なり轟音のようだった。
「……よく動く」
ライラのG-Blade【ミストルティン】が振るわれ、歯車と激突を繰り返す。回転する歯車は電動ノコギリのようであり、その一撃一撃をライラの紫の瞳が見極め、叩き落していった。
「援護するよ」
そこへ、壱里の放った漆黒の弾丸が歯車人形の脇腹に着弾する。壱里のデッドブラスターに歯車人形が一歩体勢を崩した瞬間だ、ライラが跳躍しM-Boots【ティルフィング】を魔力で加速させ跳び蹴りを繰り出した。
『――――』
ミシリ、と歯車人形が踏ん張る。しかし、その膝が大きく揺れた。死角から跳び出したイリヤの縛霊手の鉤爪が、歯車人形のふくらはぎを削ったのだ。イリヤは、低い体勢から大きく跳び上がる。
「今です」
「あぁ――喰ろうて見よ」
そして、靜のマテリアルロッドが歯車人形の胸板を強打、その衝撃で吹き飛ばした。ギギギギギギギギギギギギギギギ! と壁に手をついて歯車で踏みとどまった歯車人形へ歌声が響き渡った――月彦のディーヴァズメロディだ。
「だ、大丈夫……ちゃんと、歌えます!」
ちりん、と鈴のピアスを鳴らして月彦が歌姫がごとく歌い上げる。人間臭く頭を振った歯車人形が月彦へと襲い掛かるが、その歯車の一撃をライラが庇い受け止めた。
「……まだまだわたしは倒れないよ? その程度の攻撃では」
「きを、つけて。無茶は、だめ」
すかさず、ライラを夜奈は癒しの矢で回復させる。歯車人形は構わずライラを襲おうとするが、それをロングコートをひるがえしてジェードゥシカが杖で弾いて許さなかった。
「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
英雄への憧れをその拳へ宿し、一夜が歯車人形を連打する。歯車の防御が、拳の速度に間に合わない。だからこそ、歯車人形は強引に閃光百裂拳を受けながら踏み込み、歯車を薙ぎ払った。
その歯車を足場に跳んだのは、リーリャだ。空中でツインテールを揺らしながらバスターライフルを構え、言い捨てる。
「いい位置だ」
ヒュガ! と放たれたリーリャのバスタービーム、その一撃に吹き飛ばされながらも歯車人形はすぐさま身構えた。
(「隙がない相手だ」)
攻撃の好機を狙い、靜は注意深く歯車人形を観察する。ダークネスに比べれば、確かに恐ろしい相手ではない。だが、その一つ一つがこちらの個々を上回っている事を考えれば、油断はすなわち大怪我に繋がるだろう。冷静に、靜はその一線一線を見極めていた。
同じく、壱里もまた歯車人形がこちらの連携を分断しようという瞬間を的確に潰していた。これがダークネスなら、個の実力だけでこちらを圧する事も可能だったろう。しかし、連携を崩せない限り、この都市伝説に勝機はなく――そして、それを掴ませる気のある者は、誰一人としていなかった。
チクタクと加速する歯車の音、襲い来る歯車人形へ、一夜は身構える。後退する気も、譲る気も一切ない――何故なら、それが一夜の思い描くヒーローの姿だからだ。
ガチン! と歯車人形が両手の歯車を合わせる。軋む歯車が一夜を挟もうと迫るその瞬間――ヒュガ! と長い夜を終わらせる朝焼けの霊杖が、その歯車が砕き払った。
「これが、夜明けの光だ!!」
暁光色の魔力、その炸裂が歯車人形を大きく宙へと舞わせる。その浮かぶ太陽のような歯車人形へとジェードゥシカは跳躍、その杖の先端を突き刺した。
「おもいでは、けがさせない」
そこへ飛び込んだ夜奈の鋭い燃える回し蹴り、グラインドファイアが歯車人形を切り裂く。そのまま地面へと叩き付けられた歯車人形が起き上がるよりも速く、死角から回り込んだイリヤが、槍で足を大きく切り裂いた。しかし、その手応えにイリヤは言い捨てる。
「間違いありません、どうやら術式に耐性があるようです」
「ん、わかりました、です」
イリヤの助言を聞いて、月彦は制約の弾丸を撃ち込む。バキン、と撃ち抜かれた歯車人形が大きく体勢を崩したそこへ、壱里が生み出した巨大な氷柱をゴォ! と唸りを上げて叩き込んだ。
「このまま、押し切って!」
「任せろ」
バキバキバキ! と氷柱を抱き留めていた歯車人形が軋みを上げる。そこに、応じたリーリャが音もなく舞うように降り立つとオーラを宿した小さな両の拳を叩き込んだ。ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! と小さな歯車を飛ばしながら吹き飛ぶ歯車人形、それでもなお動こうとする歯車人形へライラと靜が同時に踏み込んだ。
「……これにて終幕よ。歪なる人形に、永遠の眠りを」
「これで、仕留める……!」
牙が多数生えた紫色の巨腕をライラは豪快に叩き込み、靜は歯車人形の手足を削ぎ落とすようにレイザースラストを射出する。ガゴン! とアスファルトの上を歯車人形が転がっていく――そして、止まったその時に、あの歯車の音はしなかった。
「……これで管理人の人の思い出も守れた、かな?」
ライラは鬼神変の時に自分の手の中へと潜り込んだ歯車とともに手に合わせた。不意に、歯車の感触が手から消え失せていく。それは、歯車人形の都市伝説が消滅した、その証だった……。
●
「これで皆も安心して眠れるかな」
安全を確認し終え、一夜はようやく安堵のため息をこぼした。夜奈もまた、小さくコクリとうなずく。
「おもいで、守れた、ね」
「ええ、そうですね」
イリヤもうなずき、荒れた路地をできる限りで整えた。これでもう、ここに歯車人形が出た、などと考える者も出ないだろう――月彦は、寒い寒いとフードを被りがらしみじみと呟いた。
「ほあぁ……終わったぁ……コンビニ寄ろうかな…寒いし、ピザまん食べたい」
その言葉に、仲間達もようやく体が疲労を覚えている事を自覚する。
「うん、後であったかいコーヒー飲んで一息つきたい……」
壱里もまた、夜空を見上げながらそうこぼした。それに、靜も同意するようにうなずく。
「戻るとしよう、夜は冷えるからな」
仲間達を気遣う靜の言葉に、灼滅者達は歩き出した。夜空は、まだまだ暗い。しかし、朝を誰もが無事明けられるのだ、その事を誇りに灼滅者達は帰路へとついた……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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