怪傑ムーンライト仮面

    作者:若林貴生

    「そこまでだっ!」
     深夜の公園に空気を裂くような鋭い声が響く。
    「大の男が寄って集って婦女子に乱暴など許せん!」
    「誰だっ!?」
     男たちが一斉に振り向き、誰何の声をあげる。しかし人影は見当たらない。
    「何処にいやがる!」
     声の主を求めて視線を動かすと、常夜灯の上に一人の男が腕組みをして立っていた。顔はウサギの仮面に隠れて見えないが、全身を白いタイツに包み込み、同じく白いブーツと手袋を身に着けている。腰には一振りの刀と一丁の拳銃が下げられ、首元に巻かれた赤いマフラーが風にたなびいていた。
    「な、何だてめぇ!」
    「降りて来いコラァ!」
     男たちは仮面の男を見上げて怒鳴ったが、彼は全く応じる様子を見せない。代わりにその仮面の下から、朗々と歌い上げるような声が響き渡る。
    「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
    「ひとつ、人の噂も七十五日」
    「ふたつ、不思議な悪を貫く」
    「みっつ、三日月刃をこの手に宿し」
     突然始まった妙な口上に虚を衝かれた男たちだったが、それも僅かな間だけだった。
    「うるせぇ黙れ!」
    「ふざけた恰好しやがって!」
     我に返った彼らは罵声を浴びせながら常夜灯を蹴り付け、足元の小石を拾って投げ始める。しかし仮面の男は、その全てを小器用にひょいひょいと避け続けた。そのまま長々と喋り続け、十数秒ほど過ぎた頃──。
    「ムーンライト仮面、ここに見参! この悪党ども! 月に代わって皆殺しだ!!」
     眼下の男たちに指を突きつけ高らかに宣言すると、仮面の男は刀の鞘を払って地面に降り立ち、目にも留まらぬスピードで彼らを斬り伏せた。
    「あ……ぅ、ぁ……」
     男たちに襲われていた女は悲鳴をあげる事も忘れ、顔面蒼白で仮面の男を見詰めていた。倒れ伏した男たちは血溜まりに沈み、彼らの苦しげな呻き声が段々と細くなっていく。それでも彼女は尻餅をついたまま、動く事が出来ずにいた。仮面の男はゆっくりと彼女に歩み寄ると、その額に銃口を押し付ける。
    「貴様が一人で夜道を歩かなければ、彼らも罪を犯さずに済んだのだ」
     静かな声音でそう告げると、彼は躊躇なく引鉄を絞った。
     
     
    「そんなわけで今回はヒーローさんの都市伝説が相手だよ!」
     そう言って須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、灼滅者たちに笑顔を向けた。
    「名前はムーンライト仮面っていって、月が出ている夜に悪事が行われると何処からともなくやってきて、悪人を成敗して去っていく……らしいんだけど」
     まりんは困ったように眉根を寄せる。
    「どうにもやり過ぎちゃうみたいなんだ。悪人を成敗っていうより、その場に居た人みんなを倒しちゃうの。しかも懲らしめておしまいじゃなくて、殺しちゃうみたい。だからこれ以上被害が出る前に絶対解決してね!」
     正義の味方を気取っているものの、この都市伝説がやっている事は洒落にならない。そう言いながら、まりんは机の上に地図を広げる。
    「ムーンライト仮面が出てくるのは大体この辺り一帯だね。決まった場所に限定されているわけじゃないから、出現させるポイントはこっちで選べるんだけど、戦えそうなのは此処と此処かな」
     まりんが指し示したのは公園と路地裏。前者は場所を広く使えるし、後者は曲がり角を遮蔽物として使えるかもしれない。
    「このどちらかでムーンライト仮面を誘い出せるような悪い事をしてみせる、というのが基本路線だよ。具体的に何をするかは、みんなに任せるからよろしくね!」
     もちろん本当に悪事を行うわけにはいかない。例えば灼滅者同士で暴行や恐喝を演じてみせるなど、一般人や周囲に迷惑が掛からない方法を考える必要がある。
    「首尾よく誘い出したら『誰だ!?』とか『何奴!?』とか反応してあげてね。ここでスルーされると帰っちゃうみたいだから。その後、ムーンライト仮面は戦う前に口上を述べるんだけど、向こうはしばらく一人で喋り続けるから、その間は一方的に攻撃できるよ。ただ……」
     その戦いにも少々面倒な点がある、とまりんは言った。
    「前口上の途中に攻撃を仕掛けた時と、大人しく最後まで聞いた時とで、相手の攻撃パターンが変化するの。基本は刀と銃で攻撃してくるんだけど、前口上の途中に攻撃した場合は、これに強力なビーム攻撃が加わるんだ」
     月輪剣は近くにいる敵全員に斬り付け、相手に付与されたエンチャントを解除する。月光銃は敵を攻撃すると共に、自身のバッドステータス耐性を高める。だが問題はムーンライトウェーブというビーム攻撃であり、これは高威力かつ相手の体力を吸収する力があるのだ。
    「前口上の途中に攻撃すればするほど、後でビーム攻撃を沢山使ってくるようになるから注意してね」
     強力な攻撃を封印させる事が出来れば戦闘は有利になるが、一方でダメージを蓄積させておく事も有効な手段と言える。先制攻撃をするかしないか、するとしたら全力で行くのか、ある程度に止めるべきか。この辺りはよく考えなければならないだろう。
    「ダークネス並とまでは言わないけど強力な都市伝説だよ。相手が一人だからって油断しないでね!」


    参加者
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    穂照・海(幻想コングラーツィア・d03981)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)
    高峰・紫姫(牡丹一華・d09272)
    庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)
    嶽之道・豊(無数の経歴を持つ男・d26528)
    八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)

    ■リプレイ


     その夜、とある路地裏は、軽く世紀末の様相を呈していた。コンクリートのビルに囲まれた路地裏は、元々あまり人が入り込むような場所ではないが、サウンドシャッターと殺界形成を併用する事で、一種の隔離された別世界となっている。まず目に付くのが奇妙なマスクを被った巨漢、嶽之道・豊(無数の経歴を持つ男・d26528)だった。既にマスクの時点で怖いというか怪しいのだが、その下には誰が見ても威圧感で後退りするほど怖い素顔が隠されているという。
    「お嬢さん♪ こんな場所に一人でいちゃァ危ないよォ?」
     下卑た調子で薄ら笑いを浮かべながら、彼は愛良・向日葵(元気200%・d01061)の前に立ち塞がった。逃がすつもりが無い、という意思表示の表れか、更に彼女の周囲をぐるぐるとライドキャリバーが走っている。
    「やーん、誰かー!」
     怯えた様子を見せる向日葵の喉元に、今度は穂照・海(幻想コングラーツィア・d03981)が刃物を突きつけた。
    「せいぜい善い声で泣いてもらおうか……?」
     そう言う海の声音は冷たく、目付きは完全に狂人のそれだ。
    「ここはさァ、この時間になると怖い人が出るからねェ……今みたいにさァ!?」
     怒鳴りながら、わざと向日葵の近くで釘バットを振り回してコンクリートの壁を殴り付ける。更に振り回した釘バットに叩き壊されたポリバケツが転がり、中身が辺りに散乱した。
    「助けてー!」
     向日葵が悲鳴をあげて助けを求めるが、それに反応する者はない。近くに人がいないわけではなかったが、遠巻きに様子を眺めている高峰・紫姫(牡丹一華・d09272)は、おろおろするだけで何も出来ない。千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)はヘッドホンで音楽でも聴いているのか、騒ぎに気付いてすらいなかった。とにかく止める者はいないのだ。
    「顔を上げなァ、お嬢ちゃん!」
     豊は拳を振り上げ、向日葵の顔面に振り下ろす。だが振り下ろした拳は寸前でぴたりと止まり、豊は向日葵の額を指で弾いた。
    「いたーい!」
     デコピンされた所を手で押さえ、向日葵が悲鳴をあげる。
    「ククク……そうだ、その顔だ」
     痛がる向日葵を眺め、海は愉悦の表情を浮かべた。


     で、ここまで全て芝居である。
    「……ちょっと怖い」
     物陰に隠れながら、ぽつりと庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)が呟いた。同様に隠れて様子を窺っていたエリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)と八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)も頷いてみせる。
    「よォし! 次はコレだ、こっちを向きな」
     豊はカメラを取り出して向日葵の写真を撮り始めた。上目遣いでこちらを見ている向日葵をファインダーに収めながら、豊は『ロ』で始まり『ン』で終わる、闇堕ちとはまた違った別の方向に堕ちかけたが、使命感と倫理観と持ち前の人の良さがそれを凌駕する。そして、どこまでやっていいのかと思いながら、豊は向日葵に手を伸ばした。
    「そこまでだっ!」
     豊の手が向日葵の太股まであと数センチと迫ったところで、ようやく現れた都市伝説が待ったを掛けた。
    「俺の楽しみを邪魔するとは……何者だァ!?」
     声がした方向に振り向いた豊がわざとらしく尋ねる。
    「……我が名はムーンライト仮面」
    「ムーンライト仮面だとォ!?」
     都市伝説が名乗ると、再び豊がわざとらしく声を張り上げた。
    「……わあ」
     真珠の口から渇いた笑いが漏れる。聞いてはいたが、これは酷い、と素で思う。赤いマフラーに、白い手袋と白いブーツ。そして腰に下げた刀と銃。そこまではいい。問題は筋肉質の身体にぴっちりと貼り付いた白い全身タイツと、ウサギをモチーフにしたらしい白い仮面だ。頭部にはウサギの耳らしき長い部分がマフラーと一緒に風に棚引いているが、どう見てもウサギの耳というよりパンストを被って余った部分にしか見えない。こんなものを夜更けに見たら、100人中100人が変質者だと認めるだろう。
    「現れたなムーンライト仮面! 必ず来ると思っていたぞ!」
     海は向日葵に突き付けていた切っ先をムーンライト仮面に向ける。
    「我こそは血塗られた刃、暴虐の焔、暗黒の太陽にして反逆の貴公子!」
    「もう演技は十分、だよ?」
     千影がそう声を掛けたものの、海は半ば無視して舞台俳優のように声を張り、びしっとポーズを決めた。
    「黒曜王オーンブル=ソウェルだ。見知り置き願おう」
    「ああ、まだ続くんだ……」
     真珠は苦笑しつつ預言者の瞳を使う。
    「ひとつ、人の噂も七十五日」
    「ふたつ、不思議な悪を貫く」
    「みっつ、三日月刃をこの手に宿し」
     ムーンライト仮面は全てを無視して口上を述べ始めた。
    「始まったか」
    「じゃあ、今のうちに」
     相手の口上を聞きながら、灼滅者たちは各々がサイキックで自身を強化していく。
    「よっつ、嫁の居ぬ間に命の洗濯」
    「いつつ、愛しいあの子の為に」
    「むっつ、ムカついた時は八つ当たり」
    「……結構どうでもいい事言ってるね」
     千影は白炎蜃気楼を施しながら、ちらりとムーンライト仮面に目をやった。彼は着々と準備を進める灼滅者たちを気にも留めていない。
    「ななつ、泣いた鴉がもう笑う」
    「やっつ、闇夜を切り裂く虚ろの刃」
    「ここのつ、子供も斬り捨てる」
    「そろそろ来るぞ」
     海が皆に呼び掛けると同時、ムーンライト仮面がこちらに向き直った。
    「ムーンライト仮面、ここに見参! この悪党ども! 月に代わって皆殺しだ!!」
    「……駄目だな、全ッ然駄目だぜ!!」
     刀を抜いた都市伝説を前に、ジョーはゆっくりと頭を振った。
    「お前は何の為に戦う! 俺は愛する町を、人々を守る為に戦う! ……だがどうやらお前は違うらしいな。お前は命を奪うだけか。奪う為に戦うのは悪党のする事だッ!」
     どんと胸を叩き、高らかに宣言する。
    「俺は千葉魂ジョー! 千葉を愛する男だ!!」


     海は鋭角に展開させたシールドを構え、突っ込むようにしてムーンライト仮面に叩き付ける。
    「小癪な!」
     ムーンライト仮面は一瞬足を止めたが、体勢を崩すことなく刀を振り下ろした。海は、それを再びシールドで受け止める。しかし、押し込まれたのは海の方だった。
    「悪とは……他者を顧みず己の欲望に忠実であるということだ!」
     シールドを通して圧し掛かる重みに耐えながら、海は『悪党』を続ける。
    (「……力比べは避けた方が良さそうだ」)
     真正面からの力勝負では敵わないだろう。そう判断した海は、後ろに飛び退って間合いを取った。ムーンライト仮面を見据えて剣を構え、僅かな隙を待つ。
    「欲望ある限り悪は不滅……お前には絶対に負けない!」
     海は一気に距離を詰める。その手に握られた剣の刀身は既に非物質化していた。
    「獄無尽蔵獄天魔波旬斬!」
     揺らめく刃がムーンライト仮面を断ち切り、彼の刀を包んでいた淡い光を霧散させる。
    「厄介な……」
     ムーンライト仮面が再び刀を振るい、その刃先が豊の頭部を掠めた。
    「ぬおっ!」
     豊は思わず声を上げる。彼の被っていたマスクが二つに割られ、街中をただ歩いているだけで通報されかねないレベルの素顔が露わになったからだ。その顔には一筋の血が垂れ、そのせいで顔の怖さは三割増しである。
    「遊びはここまでだ、テメェ……!」
     ぎろり、とムーンライト仮面を睨み付け、釘バットを振りかざして突進する。しかし勢いよく振り下ろした釘バットは、ムーンライト仮面のマフラーに引っ掛かり、赤い布地を引き裂いた。
    「悪党の攻撃など当たるものか!」
     そう言って回避したムーンライト仮面だが、避けた先にはエリザベスが待っていた。
    「ちいっ!」
     ムーンライト仮面は舌打ちしながら刀を突き出す。その一撃をエリザベスはナイフで受け、刃と刃が火花を散らした。そのまま彼の動きに合わせて自分も身を捻り、相手の背後へと回り込むと、すかさずその足を払う。
    「おらァ!」
     仰向けに倒れ込んだムーンライト仮面に、豊が釘バットを振り下ろして顔面を強打した。更に打撃を加えようとする豊を振り払い、ムーンライト仮面はエリザベスに銃口を向ける。
    「貴様ぁっ!」
     凝縮された光が放たれて、エリザベスの肩を貫く。熱く焼けるような痛みに、エリザベスは仮面の下で顔をしかめた。だが、すぐさま向日葵がジャッジメントレイで彼女の傷を塞ぐ。続けて放たれた光線を、今度は横に跳んでかわし、エリザベスは反撃の機を窺う。猫をモチーフにした黒いスーツに身を包み、低い体勢で構えるその姿は、まさに獲物を狙う黒猫のようだ。
    「ヒーローを騙る哀れなものよ」
     エリザベスが小さく呟く。仮にもヒーローを名乗る者として、そしてヒーローに憧れる者として。ヒーローを名乗りながら外道に振る舞う都市伝説の存在は、到底許せるものではなかった。エリザベスの怒りを具現化したかのように、彼女の影が大きく広がる。
    「Ia! Ia!」
     声と共にエリザベスの足元から黒い影が一直線に伸び、大顎の形を成してムーンライト仮面に喰らい付く。影はそのまま飲み込むように都市伝説を包み込み、闇の塊となって膨れ上がった。
    「喰らいつけ、白姫!」
     紫姫の腕から伸びた白いストールは、意思を持つ蛇のようにうねり、闇に包まれたままの都市伝説を貫いた。
     これは灼滅者としての日常とも言うべき戦いだった。幾つもある中の、僅かな一局面でしかない。それと分かっていても、紫姫は戦いというものに恐怖を感じていた。誰かが傷付き膝をつく度、痛みに耐える声を耳にする度、心の中に小さな不安が生まれて黒い染みのように広がるのだ。その染みが広がり切った時、その身を、その心を、再び闇に堕としてしまうかもしれない。
    「小娘がっ!」
     悪態をつきながらムーンライト仮面が月光銃を撃つ。紫姫はその光を紙一重でかわした。だが、ただそれだけで、氷の手で心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、冷えた汗が背筋を伝う。
     今自分が立っている場所と闇との間には、本当に薄い皮一枚しかないのだと紫姫は知っている。でも、だからこそ、恐怖という感情に踊らされてはいけない、とも思うのだ。己の内にある恐怖を自覚し、それを制御しなければならない。
    「誰かを守ることが出来ない相手に、負けるわけにはいかないんですよ」
     凛とした声と共に、再び白いストールが伸びた。ムーンライト仮面はそれを薙ぎ払おうとしたが、白姫は彼の刃を掻い潜って敵の胸元に突き刺さる。
    「……ふぅ」
     紫姫は敵を見据え、呼吸を整える。彼女は決して恐怖を忘れたわけではなかったが、少なくともその瞳に怯えの色は無かった。


     暗い路地裏には不似合いな優しい風が吹き、皆の傷を癒す。何度目かになる清めの風を起こしながら、相手の必殺技を封じておいて良かった、と向日葵は思った。それをやられていたら、もっと傷付く人が増えただろうから。そんな事を考えていたところに、豊が文字通り血達磨になって転がってくる。
    「豊ちゃん、だいじょーぶー?」
    「おう」
     向日葵が回復すると、豊は振り返らずに返事をした。顔が怖いのを気にして、こちらを見ないようにしてくれているのだろう。ライドキャリバーの機銃掃射に援護されながら、豊はムーンライト仮面に突っ込んだ。
    「うおおっ!」
     豊は猛牛の如く突進し、ムーンライト仮面の背中に向けて鉄の拳を叩き付ける。
    「くっ!」
     背後からの打撃に思わずたたらを踏むムーンライト仮面。8対1という人数差に加えて、相手のエンチャントを悉く潰していく作戦が功を奏したか、灼滅者たちはじわじわと都市伝説を追い詰めていた。
    「呪われし狼姫の牙、その身に受けてもらうよ」
     千影の足元から伸びた影が狼の形を成して、疾走する獣の如くムーンライト仮面に迫り、その身体を切り裂いた。
    「灰狼、創出」
     再び放たれた影の狼が敵の足を裂き、よろめかせる。その隙を見逃さず、真珠が距離を詰めてムーンライト仮面に斬り付けた。素早く一撃を加え、すぐさま退いて反撃に備える。必要な事を、必要な時に、必要なだけ行う。それが彼女の戦い方だった。
    (「それにしても……」)
     都市伝説の動きに気を配りながら、真珠は思った。悪事を見逃さない、というのは立派だ。だが、決して悪事を肯定するわけではないが、悪人にも止むに止まれずといった事情を抱えた者がいるだろう。そうでなくても余裕の無い弱い立場に置かれると、人はそうなりやすいのだ。
    (「悪事をしたから……悪事を働かせたから殺すなんて、それは──」)
     真珠は唇を噛む。人は誰でも過ちを犯すものだ。けれど人は、それを悔いる事も正す事も出来る。だが、それも全て生きていればこそだ。人の一面だけを見て、人の可能性をただ潰すだけの『正義の味方』。
    「そんなのは、ヒーローじゃない」
     そう呟いた真珠の言葉に反論するかのように、ムーンライト仮面が刀を振るう。その斬撃を剣で受け流し、真珠は逆に相手の身体を切り裂いた。
    「教えてやるぜ! これがジャスティスだ!!」
     ジョーが拳の連打を叩き込む。
    「弾雨、散華」
     千影がガトリングガンを連射して弾幕を張る。既に敵の動きは精彩を欠いていた。
    「トドメだ!」
     ジョーはコンクリートの壁に向かって助走すると、その勢いで壁を斜めに駆け上がった。
    「正義の心が炎と燃える! 灼熱の!」
     そう叫びながら一際強く壁を蹴り、三角飛びの要領でムーンライト仮面の頭上高く跳び上がる。
    「チバジョォォォ……キィィィィィック!!」
     そしてムーンライト仮面の胸板に足型を付けるほどの勢いで強烈な蹴りを食らわせた。
    「ぐはぁっ! ……く、くそっ!」
     地面に叩き付けられた彼は、それでもよろめきながら立ち上がろうとする。
    「なら、もう一度……」
     ジョーが再び必殺キックをお見舞いしようと身構えた。が、それよりも早くムーンライト仮面の背後に忍び寄っていたエリザベスが猫の爪にも似たナイフを一閃する。
    「くっ……無念……」
     そう言い残すとムーンライト仮面は、がくりと膝をつき、倒れ伏した。


    「ウソついてごめんね」
     消えていく都市伝説を見下ろして、向日葵は謝罪の言葉を口にする。
    「助けに来てくれてありがとー、怪傑ムーンライト仮面ちゃん」
     実際のところ彼は悪であり、人外の存在ではあったが、少なくとも『困っていた自分を助けに登場した』ことは確かだったからだ。
    (「行き過ぎた正義、かぁ……」)
     灼滅者と都市伝説。決して同種の存在ではないが、強い力を持つという点は共通している。その力を振るい続ける以上、ひょっとしたら自分たちも似たような状況に陥ることがあるかもしれない。何れにしろ他人事とは思えず、千影は自戒の念を深めるのだった。

    作者:若林貴生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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