マッチョが好きって聞いたから

    作者:ライ麦

     高鳴る胸を押さえ、そっとトイレの鏡を覗き込んだ。大丈夫。寝癖とかついてない。服に汗とか滲んでない。ついでにそっと拳を握り締め、腕を曲げて力こぶを作ってみる。うん、完璧。我ながら惚れ惚れするような上腕二頭筋だわ。この筋肉ならいける。彼を、大好きな彼を、振り向かせられる!
     盛り上がった筋肉を再び鏡に映し、改めて自信をつけて意気揚々とトイレから出る。約束の時間は午後3時、時間ピッタリ。ドキドキしながら指定した場所――この公園で一番大きな木の下に行くと、果たして彼はそこで待っていてくれた。鼓動がいっそう早くなる。
    「は……長谷川くんっ!」
     言葉と一緒に飛び出そうな心臓を押さえ、声をかけてみる。長谷川くんが振り向く……その目がみるみる見開かれていった。
    「え……えと、ひ……姫川さん……だよね……?」
     どこか震える声で彼は私を指差す。ふふ、しばらく学校休んでトレーニングに励んでたから、ちょっと感じ変わったかな? でも、変わったのは感じだけじゃないよ。それを示すためにポージングして筋肉を見せつけ、近くに落ちてたぶっとい枝を拾って力いっぱい折ってみた。バキッと小気味良い音が響き、彼がますます怯えた顔になる。……怯えた顔?
     少々心配になり、問うてみる。
    「え……だって、長谷川くん、この前『マッチョが好き』って言ってなかった……?」
    「お、俺そんなこと言ったっけ? マッチョは、むしろあんまり好きじゃないんだけど……」
     目を逸らしながら彼が答える。そんな……! 目の前がまっくらになる。そんな、マッチョが好きって聞いたから学校休んででもトレーニングに励んだのに。プロテインも飲んだのに。理想のマッチョ体形を手に入れて、自信をつけたのに! 私……フラれたの? あんなに努力したのに!
     そんなことを思っていたら、急に自分の内側から力が湧きあがって来て。
    「うわぁん! 長谷川くんの、バカー!!」
     その辺にあった交通標識を引っこ抜き、力いっぱい殴りつける。彼の体が、血の池に沈む。今際の際に、何か呟く声が聞こえた。
    「……ひょっとして、姫川さん『抹茶が好き』って言うのを聞き間違えたんじゃ……ゴフッ」
     ……抹茶? そういえばそれ聞いた時に抹茶飲料が彼の手に握られていたような……あ。
     でも今更間違いに気づいてももう、湧き出す力は止められなくて。私は再び、交通標識を振りあげた――。

    「助けて欲しい人が、いるんです……」
     教室で、桜田・美葉(小学生エクスブレイン・dn0148)はおずおずと切り出した。
    「えっと、今、『一般人が闇堕ちしてダークネスになる』事件が発生しようとしていて……」
     その一般人の名は、姫川・優奈。中学生の女子である。元来おとなしく、内気で繊細な乙女だ。事の発端は、その乙女がとあるクラスメイトに恋をしたこと。
    「優奈さんが好きになったのは、長谷川・湊さん。イケメンで、勉強もスポーツもできて、誰にでも優しくて、クラスでも人気のある人です」
     そんな人気者の彼に告白しようにも、内気な性格が足を引っ張ってしまい、ただ陰から見ていることしかできない。せめて、彼好みの女の子になれれば告白する勇気も出るのに……そんな風に思い悩んでいた彼女は、偶然彼が話すのを立ち聞きする。『マッチョが好き』と……。
    「だけど、それ、聞き間違いだったんです……本当は、湊さん『抹茶が好き』って、言ってたんですけど……」
     抹茶とマッチョ。確かに似ている言葉ではあるが。あんまりといえばあんまりな聞き間違いだ。しかし間違いに気づかなかった優奈は、そのまま彼の好みのタイプ=「マッチョ」と信じ込んでしまった。マッチョになれば彼好みの女の子になれる。そう考えた優奈は学校をしばらく休んでまでトレーニングに励み、やがて女子中学生にあるまじき、ボディビルダー並みのマッチョ体形を手に入れた。
     ……少し冷静になって考えれば、マッチョな女の子が好きという男子はそうそういないということに気づきそうなものだが。恋する乙女は盲目過ぎて、周りが見えなかったのだ。ある意味ものすごく純粋で一途と言える。だが、せっかく努力したところでそもそも聞き間違い。マッチョは、彼の好みじゃなかった。筋肉と自信をつけていざ告白しようと公園に呼び出したところでそれを知らされた優奈は、ショックでアンブレイカブルに闇堕ち。勢いのままに彼を殴り殺してしまう。
    「ですが、優奈さんはその時まだ人間の心を残しています。彼を殴り殺してしまうその前に介入して、闇堕ちから救い出すことができれば、二人とも助けられます……ですから、どうか……お願いします」
     そう言うと、美葉はいつものように帽子を押さえて深々と頭を下げた。
    「現場はとある公園の、一番大きな木の下。時間は午後3時。さきほども言ったように、優奈さんが湊さんに殴りかかる寸前で介入することができます。それより後……湊さんを殴り殺してしまった後では、人間の心はほとんど失われてしまって、闇から救い出すことはできないでしょう」
     優奈も湊も助けたいのならば、殴りかかるその寸前に割り込む必要があるということだ。その際、湊を庇い、守る方法も考えなくてはならない。無論、その後で彼を避難させることも必要だろう。
    「邪魔されれば、優奈さんは交通標識を手に皆さんに襲い掛かってきます。その時優奈さんが使うのはストリートファイターの皆さんと同じサイキックと、やはり交通標識のサイキックですね」
     闇堕ち一般人を闇堕ちから救う為には、『戦闘してKO』する必要がある。どのみち戦いは避けられない。堕ちかけとはいえ、その戦闘力は侮れないが、優奈の人間の心に呼びかけることで戦闘力を下げる事ができる。
    「ですが、気をつけてください。優奈さんの心はフラれたばかりで、傷ついています。彼女の努力を否定したり、今の体形を笑ったりするとますます傷ついてしまい、心がより闇に傾いてしまうかもしれません……」
     つまり、説得するなら言葉や態度に気をつける必要があるということだ。
    「なお、彼女のマッチョ体形はトレーニングの賜物であって、闇堕ちとは直接関係ありませんから……闇堕ちから救われても、彼女の体形が変わることはありません」
     そして、残念ながら湊の好みもそう簡単に変わったりはしない。救えても失恋は免れないだろう。
    「ですから……もし優奈さんを救えたら、できたらで構いませんので、何らかのフォローや励ましをしていただけないでしょうか? 無理にとは言いませんが、このまま終わるのはあまりにも可哀想なので……」
     お願いします、と美葉は再び頭を下げた。


    参加者
    九条・雷(アキレス・d01046)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    ゴンザレス・ヤマダ(現代だけど時はまさに世紀末・d09354)
    テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)
    五十嵐・匠(勿忘草・d10959)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    十・七(コールドハート・d22973)
    雪風・椿(南海闘姫・d24703)

    ■リプレイ


    「まじかーー!!!! 本当に好かれる為にマッチョになる女の子とかいるんですかー! やべー絶対あほだー」
     件の公園へ向かいながら、テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)は腹を抱えて笑った。
    「恋する乙女は強し、というやつかな。いささかに強すぎる相手だが」
     表情を変えずに、五十嵐・匠(勿忘草・d10959)は呟く。 十・七(コールドハート・d22973)も肩をすくめた。
    「……やり遂げる力はプラス要素にはなるんじゃない? マイナスを補えるかは、別として」
     ……特殊嗜好な人、探せばいそうだけどね。武蔵坂とか、武蔵坂あたりに。そう呟き、七はなんとなく
    「ヒャッハー! 人は外見じゃなくハートだぜ!」
     とか叫んでるゴンザレス・ヤマダ(現代だけど時はまさに世紀末・d09354)を見た。別にゴンザレスがマッチョ好きとか聞いたわけじゃないけど、外見はメンバーの中で一番優奈に近そうだ。マッチョだし。尤もゴンザレス自身も、優奈の事は特に気にかけていた。かつて闇堕ちし、激しい自己嫌悪から世紀末化した彼としては、彼女の行く末がどうしても気になってしまう。
    「理由はともあれ、身体鍛えるのはいいことで、とても大変です。短期間で身体を鍛え上げた優奈さんはむしろ凄いと思いますよ」
     そう言うのは、筋トレが趣味という神凪・陽和(天照・d02848)。年頃の少女らしからぬが、神凪家の者として厳しい戦闘訓練を受けてきたせいだろうか。優奈とは違い、引き締まった筋肉の付き方だけど、彼女は同志だと思う。テレシーもひとしきり笑った後で、
    「いや、この子おもしろいわー、仲良くはなりたくないけど距離をとって観察するには最高の素材だわ。学園に連れて帰らねばならんっ!」
     とキリッとしてみせた。雪風・椿(南海闘姫・d24703)も頷く。
    「気の弱い女の子ってトコはちょっと気が引けるけど、本人が好きな人を手にかける最悪の結末だけは回避しないとな!」
    「ああ、勘違いで失恋の原因を自ら作ってしまうとは悲しいものだが……ともあれ、彼女が立ち直れるよう尽力しよう」
    「そうっすね! 絶対に救ってみせるっす!」
     匠の言葉に、白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)も拳を握る。彼女も見た目は細いが、内筋が鍛えられている。マッチョが剛の拳なら、彼女はしなやかな体のバネと無駄なく力を使う事に長けた柔の拳!
     と、ここで、
    「うわぁん! 長谷川くんの、バカー!!」
     と声が聞こえてきた。見ると、大きな木の下で筋肉質な人が交通標識を振り上げている。あれが優奈で間違いないだろう。
    「あー、やってるやってる。それじゃザッシュちゃん、よろしくねー」
     そう言うとテレシーは大きく振りかぶって……霊犬を投げたー!
    「わァ……霊犬ってよく飛ぶんだねェ……」
     飛んでいくザッシュを見守りながら、九条・雷(アキレス・d01046)は呟く。
    「力強い投擲だな……」
     思わず自らの霊犬、六太を抱きしめながら匠も呟いた。サウンドシャッターを展開しつつ、椿もザッシュを見守る。
    「あーモフモフが……可哀そう……」
     ここに来るまでの間に六太とザッシュをモフらせてもらった時の感触を思い出し、椿はそっと眦を拭う。一方投げられてもザッシュは健気に主人の命に従い、守るように湊の前に着地した。
    「い、犬が飛んできた!?」
     優奈は目を丸くする。しかし一瞬の逡巡の後にやっぱり振り下ろされた標識は、陽和がWOKシールドで防いだ。
    「はい、申しわけありませんが、ストップ、です」
     そしてごめんなさいね、と詫びつつ、シールドバッシュで殴りつける。その隙に雅も湊の前に飛び込み、
    「今のうちに逃げるっす!」
     と呼びかけた。
    「ほら、早く」
     冷めた瞳のまま、七も湊の腕を掴んで引き離す。内気なクラスメイトがマッチョになって現れ、犬が飛んできたと思ったらなんか世紀末っぽい人とか、某伝説の戦士っぽい人とか出てきて、湊にとっては大層ワケが分からない状況だが、異常事態な事は分かる。大きく頷き、湊は公園の出口に向かって駆け出した。
    「あっ待って長谷川くん!」
     腕を伸ばす優奈の前にはゴンザレスが立ちはだかった。
    「ヒャッハー! 中々良い体してるじゃあねぇか。だが、テメェの筋肉には足りねぇもんがある」
    「何?」
    「男ばかり見てるテメェには筋肉に対する愛が足りねぇ! 愛が注がれてねぇ筋肉で男に愛されようなんざ言語道断だぜー!」
    「ひ、ひどい! 男ばかり見てるだなんてー!!」
     怒りを体現するように、赤色標識にスタイルチェンジした優奈が、思いっきりゴンザレスを殴りつける。ディフェンダーの力を持ってしても膝をついてしまうほど強烈な一撃だが、彼女の意識をこちらに向けさせることには成功した。
    「はァいストップ優奈ちゃん。流石に暴力はダメじゃなァい? あんた、彼殴る為に筋トレした訳? 違うでしょ?」
     鷹揚に手を振り、諭すように言う雷に、優奈は泣きながら交通標識を振り回す。
    「でも、長谷川くんがマッチョ好きっていうから頑張ったのにー!!」
    「んー、多分抹茶とマッチョを聞き間違えたんじゃ……」
     優奈の動きが止まった。
    「……そういえばあの時、長谷川くん抹茶飲料持ってたような……」
     ぶつぶつ呟いて、みるみる赤くなって。
    「……は、恥ずかしいー!!」
     両手で顔を覆う。……なんか可哀想な気もするが、ともあれ、灼滅者達も殲術道具を構え、戦闘態勢をとる!


    「恋が実らないことってよくあるし、切ないよねェ。努力が無駄になることもままあるし、悲しいよねェ。まァそれはそれとして、だからって後悔する道選ぶのって違うんじゃなァい?」
     語りかけながら、雷はアッパーカットを繰り出す。
    「もう後悔してるよー! なんでこんなになるまで鍛えちゃったの私!」
     泣きながら応戦する優奈。片腕を半獣化させた陽和は、攻撃しながらも優しく声をかけた。
    「ここまで、よく鍛えましたね。私も身体を鍛えていますが、ここまで鍛えぬくのは並大抵の努力では出来ませんよ。自信を持ってください」
     筋トレを趣味とする者として、鍛えぬく過程の辛さも知っているからの言葉。テレシーも上段からまっすぐに早く重い斬撃を振り下ろす。
    「まーほら、あれだ。あいつの事好きでマッチョになる努力できたんなら、マッチョから元の女の子に戻ることも出来るって」
    「ほんと!?」
    「たぶんね」
     テレシーは目を逸らした。そんなやりとりをしている間に、ザッシュと六太が負傷したゴンザレスの回復に当たる。
    「好きな人に好かれる為にこんなにも努力したんだ。今回は勘違いだったけれど、この努力だけは嘘じゃないだろう?」
     匠もDESアシッドを放ちながら呼びかける。七も頷いた。
    「それに、元々内気だった割には今十分すぎるくらいアクティブよね。それもトレーニングの成果って言えるんじゃない?」
     淡々と言いながら、死角から一撃を浴びせる。
    「そ、そうかもしれないけど、でも」
     惑う優奈に、さらに雅が煌きを宿す飛び蹴りを放つ!
    「今すぐには報われないとしても、その努力と想いは絶対無駄にはならないっす!」
     そう、熱く語りながら。好きな人の為に変わろうとした、勇気と強い想いを思い出してもらえるように。ゴンザレスも筋肉美を見せつけながら、鍛え抜かれた拳で肉弾戦を仕掛ける。
    「このパワーに柔軟性、愛が足りねぇのは事実だがテメェの筋肉は大したもんだ! なぁ、その筋肉を育てるの実は途中から楽しかったんじゃねぇか?」
    「そ、そんなこと……」
     優奈は口ごもった。でも、実際楽しかったんだと思う。そうでなきゃ続かない。シールドを広げ、椿もサムズアップしてみせた。
    「告白をするという一大決心、それを支えていたのは長谷川の理想の女性になれたという自信=筋肉! その肉体美は誇っていいと思うぜ!」
    「す、すぐにはムリだもん!」
     口々に褒められ、頬を赤らめながらも、優奈は首を振って雷を宿した拳を再びゴンザレスに向かって繰り出す。
    「六太!」
     すかさず匠が頼もしき相棒の名を呼び、仲間を庇わせた。


     続く戦いの最中、雷の打ち出した鋼鉄拳が守りを砕く。怯む優奈に、雷は言った。
    「恋も努力も結ばれなくても無駄にはならないよ。玉砕しても一緒に筋トレして慰めてあげるからまずはきちんと告白しておいで」
    「えっ、ムリムリムリ! どうせダメだって分かってるのに告白なんてしたくない!」
     優奈はブンブン首を横に振るが、さらにテレシーが飛び蹴りをかましながら
    「何の為にきんにく身に付けたの! ほら、勇気出してちゃんと告白せんと」
     とのたまう。なんか楽しそうに見えるのは気のせいか。
    「マッチョ好きじゃないって言ってたもん! もう失恋決定だもん!」
     喚く優奈が標識を青にスタイルチェンジさせ、光線をばらまく。健気に主人を守るザッシュを始め、ディフェンダーの面々がすかさず仲間を庇った。さらに雅がローラーダッシュで迫る。
    「一度振られても、その強い気持ちがあれば何度だって立ち上がれるはずっす!」
     熱い気持ちを、炎と共に叩き込む。
    「ああ、これだけの努力ができるなら、失恋の辛さだってきっと乗り越えられるはずさ」
     頷く匠が、流星の煌めきを宿す一撃を放った。呼応するように六太も六文銭射撃を放つ。
    「どのみちそのままじゃ告白する勇気も出なかったってことなら、少なくともこうして踏み出せたことは無駄じゃなかったはず。違う?」
     静かに諭す七から放たれた弾丸が、優奈の動きを縛る。
    「う……」
     思うように動けず漏らす声は、制約のためだけではないだろう。灼滅者達の言葉は、確かに優奈に届いている。陽和も拳を握り、優奈の懐に飛び込んだ。
    「良く考えてみてください。その身体で、大切な方を護れるじゃありませんか。少なくとも、私はそう思っていますよ」
     彼女には守護者としての素質があると見ているから。思いを込めて、オーラを集束させた拳で凄まじい連打を放つ。ゴンザレスも、同じく無数の拳を浴びせながら力強く言った。
    「テメェは人のために頑張れる良い女だ! だったらまずは自分の筋肉を、自分自身を愛してやりな! 自分を愛せなくて誰がテメェを愛してくれるってんだッ!」
     優奈がはっと目を見開く。自分で自分の努力を認める、自分を愛する。それは、今までの優奈にはなかった発想だった。もしかして、今ならいけるんじゃないか。そう思って、椿は仲間を回復しながら試しにボディビルダーのポーシングを叫んでみる。
    「はい! ダブルバイセプス!」
     つられたように優奈は両腕を上に曲げ、上腕二頭筋を強調するポーズをとった。
    「おおー、すごい決まってるね! 次はモストマスキュラー!」
     反射的に身体をやや前傾にして、僧帽筋や肩、腕を強調する優奈。ちなみにモストマスキュラーとは最も力強く見えるポーズという意味らしい。
    「素晴らしい筋肉美だぜー!」
     やんやと褒めそやす椿に、優奈ははっと我に返った。
    「はっ体が勝手に!?」
     けっこうノリノリでやってたように見えるが、優奈は恥ずかしげに赤くなり、照れ隠しのようにとりあえず近くに居た雅を掴んで地獄投げをかました。だがパワーダウンしている模様、説得が効いている! 間髪いれず雅は立ち上がった。
    「悲しみの闇で心が曇っているんっすね、だったら希望と愛の光、光の戦士ピュアライトが照らしだすっすよ!」
     きっと今がクライマックス、雅は、光の戦士ピュアライトはおもむろに優奈を掴み、投げ飛ばす!
    「さぁ、今っすよ!」
     そう呼びかければ、かすかに頷いた七が続けてレッドストライクを叩きつける。さらに雷の黒死斬、陽和の妖冷弾にテレシーのグラインドファイア。ザッシュも斬魔刀で続く。
    「さぁ、戻ろうか。折角の努力を、無駄にしないためにもね」
     最後に匠が放った、炎を纏う一撃が、優奈の闇を焼き尽くした。


     倒れた優奈にテレシーが近づき、マッチョボディをぺたぺた触る。
    「うぉー硬てー! 格好いいぜ! これおっぱいも硬いんですかね」
     手をわきわきさせるテレシーに身の危険を感じたのか。優奈はばっと起き上がった。
    「えっ……キャーッ!」
     そのまま逃げる優奈。その様子を、匠は六太を抱っこしながら見ていた。
    「……元気そうだね。救われて、よかった」
     そっと六太を撫でる。ついでにふかふかの毛並みに頬を寄せてもふもふ。至福の時間だ。
     同じく様子を見ていた七は、そっと優奈に声をかける。
    「動いて多少はスッキリした? 別に一度ダメだったからってもう一度挑戦しちゃいけないわけじゃないんだから。想いが続く限り、砕けたとしても当たり続ければいいじゃない」
    「そうそう、最後まできちんとやりきるのが良い女ってもんよ」
     雷も大きく頷いた。
    「その通りだぜ」
     椿がそう言いながらどこかに隠れていた湊を引っ張ってくる。ちゃんと振らせるため、わざわざ探してきたらしい。尤も湊自身も、やはり気になったのかそこまで遠くには行っていなかったようだ。湊の姿を見た優奈は顔を赤らめて身を縮こませる。それでも、灼滅者達の説得もあり、ちゃんと告白する決意は固めたらしい。体を小さくしながらも、おずおずと湊の前に進み出た。
    「あ、あのね、長谷川くん……勘違いでこんなマッチョになっちゃったけど私……長谷川くんのことが、ずっと前から好きだったの!」
     マッチョの体に不釣合いな、喉の奥から振り絞るような声。けれどそれは、元来内気な少女が精一杯出した勇気の証。やっと言えた言葉を聞き届け、椿は湊の背を押す。
    「自分の事を好きと言われたんなら男なら真摯に応えな」
     湊も真剣に頷く。そして、勢い良く頭を下げた。
    「ごめん! 気持ちは嬉しいし、そこまで頑張ったのは素直にすごいと思うけど、やっぱりマッチョはタイプじゃないんだ……本当ごめん!」
     優奈は泣いた。声を上げて泣いた。でも、その方が絶対気持ちが楽になる。椿はそっとハンカチを差し出した。
    「大丈夫、きっといつかもっと素敵な人に出会えるっすよ」
     雅も優しく励ます。
    「ヒャッハー!まぁ俺もこんなナリだ。簡単に自分を好きになれねぇって気持ちはよくわかる。俺ん所にゃ似たようなモノ好きがよく集まってくる。何か思うことがありゃ顔出しな」
     ゴンザレスもそう声をかけてやり、うん、うんと頷きながら優奈は受け取ったハンカチで涙を拭った。
    「頑張った、頑張った。後で一緒に筋トレしましょ?」
     雷は優奈の肩を軽く叩き、さて、と念のため周囲の索敵をする。雅も何か思うところがあるようで、一人別の場所に向かって歩き出した。
    「優奈さん、走りにいきませんか」
     陽和はあえて明るい声で優奈をトレーニングに誘う。
    「うん……うん。こうなったらとことん、鍛えてやるわ!」
     泣きながら笑って、優奈は陽和と一緒に走り出した。
     涙で頬を濡らしながらも、その顔は晴れやかだった。

    作者:ライ麦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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