手鏡の辻占

    作者:君島世界

     あ、はい。男の僕が、なぜこんな大きな手鏡を持ち歩いているか、ですね。
     いえね、近頃、手鏡の辻占、という噂話がありまして。
     長崎市新地町――中華街のある辺りにですね、『手鏡でしか見つけられない占い師』が現れるらしいんです。大きな水晶玉持って、黒いヴェールか何かを被った、まあ普通の占い師さんなんですけど、なぜか肉眼では気づくことができなくて、まず手鏡の反射を通さないと認識できないらしいです。あ、スマホとかじゃだめですよ。必ず手鏡で。
     そしてその占い師さん、占ってもらえば正に百発百中で、運勢判断恋愛相談なんでもござれときているそうで。実際に占ってもらって、大きな交通事故を回避することができたり、恋を叶える事ができた方がいるという噂話は、仕事上何度も耳にしています。本当なら、占い師としてはまさに万能ですよ。
     ただ、リスクがひとつだけありましてねぇ……。
     手鏡での認識を行わないままその占い師に声を掛けられると、近いうちに大きな不幸にあって、死んじゃうんだそうです。僕は占いに興味はあんまり無いんですけど、仕事上あの辺りを歩くことが多くて、お守り代わりに持ってるんですよねえ。
     ええ、まあ、そういうわけでして。ご存じなかったですか? でしたら、機会があったら足を運んでみて下さい。もうそこらじゅう手鏡を構えたオンナノコで一杯ですから、お仕事も捗るってものですよ、おまわりさん。
     じゃ、もう行ってもいいですか? ……え、ダメ?
     
    「占いと聞いて! ……といっても、まあ偶然なんだけどね」
     と、噂話の概要を語った遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は、教室に並ぶ灼滅者たちを見回す。鳴歌が学園に来てからまだ一ヶ月も経っておらず、顔見知りもあまり多くはないが、それでも皆がこうして熱心に話を聴いてくれるのは、心からありがたく思えた。
    「改めましてこんにちは、エクスブレインの遥神・鳴歌です。今回はわたしの依頼に集まってくれて、本当にありがとうございましたっ!
     えっと、みなさんにお願いしたいのは、長崎の中華街あたりに現れた都市伝説、『手鏡の辻占』の調査と灼滅ですね。噂話だと見つければ占ってもらえることになってますが、サイキックエナジーが暴走した結果、見つけるとダッシュで追いかけてくるとか笑いながら襲い掛かってくるとか、そんな感じのおばけになっちゃってます。
     このおばけを出現させる為には、手鏡にその姿を写す……のとはちょっとニュアンスが違いまして、実は、『手鏡からの反射光を居場所に当てる』という条件を満たす必要があるんです。なので鏡をずっと見ていないといけないということにはならなくなったんですが、そうしないと例え灼滅者の皆さんでも見つけることはできませんので、注意してくださいね。
     それで、えっと、都市伝説の戦闘能力ですが――」
    「あ、待って待って」
     言いながら手を挙げたのは、柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)だった。泰若は席を立たず、座ったままで言葉を繋げる。
    「折角だから、その都市伝説の居場所も占って欲しいのだけれど。どう?」
    「……あ、はい! そうですよね、早速この水晶玉で見てみます!
     水晶さん、水晶さん、都市伝説がどこに出るかを見せてください――」
     鳴歌は水晶玉の後ろに立ち、両手をその周囲にかざし始めた。視線をおぼろにしていく彼女の様子を、灼滅者たちも固唾をのんで見守る。
    「――見え、ました」
     集中を続ける鳴歌の額から、汗が一筋流れ落ちた。
     同時に少女は、やっぱりそうだ、と小さな声で呟く。
     
     都市伝説『手鏡の辻占』は、長崎中華街の中心にある十字路に現れる。その場所に手鏡からの反射光を当てることで、手鏡の辻占が実体化し、灼滅者であれば戦闘を開始することができるようになる。
     もちろん、一般人が手鏡の辻占を偶然呼び出してしまう可能性もある。ただ、手鏡の辻占が実体化できるようになるのは、予知を吟味した結果、作戦予定日の午後3時以降と限定できている。その時刻に合わせてこちらが条件を満たすことで、一般人の被害を最小限に抑えることができるはずだ。
     実体化した手鏡の辻占は、ファイアブラッドと縛霊手のものによく似たサイキックを用い、周囲の手鏡を持った者を無差別に襲い掛かるようになる。都市伝説とはいえダークネスに近い戦闘能力を持つ強敵だが、武蔵坂の学生なら8人もいれば十分対処することができるだろう。
     
    「以上、です。これらが、都市伝説『手鏡の辻占』に関する事前情報になります。
     ……えっと、はい! がんばってください! 前もって準備して、万全の態勢で挑んでいただければ、どうってことのない楽勝な作戦だと思います!
     では、無事の解決よろしくおねがいします、みなさん!」
     そう言って、鳴歌は深々とお辞儀をした。

    「――すいません、やっぱりもう1つだけ!」
     エクスブレインからの解説も終わり、後は作戦を詰めていくだけ……そう考えていた教室の灼滅者たちの前に、再び鳴歌が姿を現す。その切羽詰った雰囲気に、一瞬にして室内のざわめきが消し飛んだ。
    「えっと、その、占いの結果……あの、よくわからないんです、けれど。
     嫌な予感がするんです。事件が解決したら、速やかに学園に帰ってきてもらえるよう、お願いします!」


    参加者
    東谷・円(ルーンアルクス・d02468)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    マリー・レヴィレイナ(千星一月・d11223)
    樹・由乃(温故知森・d12219)
    霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)
    虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)

    ■リプレイ

    ●辻に立つ影
     また一人、女が築町電停で路面電車を降りると、早足で中華街へと歩いていく。
     女は手鏡を取り出し、光を散らさぬよう鏡面を手前に抱え込んだ。明らかにあの都市伝説を探していると知れる行動だ。
     付近で見張っていた霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)は、女にそれとなく声をかける。
    「失礼。貴女も、例の占い師を探してらっしゃいまして?」
    「え? あ、はい。そうですが」
    「でしたら、中華街はおやめになったほうが。今日の辻占は他所で出たそうですから――」
     その数メートル隣を、樹・由乃(温故知森・d12219)と柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)が通る。由乃たちは声のトーンを上げ、女にまで聞こえるよう喋った。
    「今日は北の方ですって。先輩から聞いた話ですから、信憑性は割と」
    「そうなの? まあ中華街も空振りだったし、探すついでにカラオケとか」
     二人の話を聞いた女は、しかし小さく弥由姫に会釈して、すれ違う。
    「……あの、では」
     余程思いつめているのか、自分の目で確かめたいのか。理由はわからないが、呼び止めた女の何人かは、こうして自分の意思で、発生点へと向かっていくことがあった。
     そのフォローもするのが、ESP『殺界形成』である。
     長崎中華街、十字路の中央。
    「ふー……」
     八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)は、息を吐くように殺気を放つ。
    「……大禍時にはいささか早いが、戦に耐えられる民でも無し。この先の逢魔は我に任せ、今はそれぞれのねぐらに帰るがよい……!」
     そしてその場で腕を組み、ふんぞり返って周囲を睨みつける……のは、こちらは虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)であった。
    「――あー、智夜よ、俺は隠れ場所見てくるから、そっちは十字路の番でどうだ」
    「任せてよ! 大地の守護神にして四聖獣の王たる魔獣たる我にこそ、それは相応しい!」
     などと言っている間にも、中華街からは水が引くように人の気配が消えていく。
     南東の門から最後の通行人が出て行くと、マリー・レヴィレイナ(千星一月・d11223)が中華街内に入ってきた。
    「確認終わりまシター。十織さんのが効いてるようで、もう誰も来る気配はありませんよ」
    「ああ、ごくろうさん。けど悪いが、時間まで巡回頼むな」
    「はい」
     建物の影から出てきた十織が言うと、マリーは快く頷いて道を進む。が、通り過ぎ、そこに背を向けるようになると、少女の表情には不安の色がにじみ始めていた。
     出発前、事件のあらましを聞いたときの、遥神・鳴歌の表情……。
    (「占いは、当たるんだもん……」)

    「人数よし、周囲に人影無し。時間は――ジャストだ」
     時計の針が3時を指したのを確認して、東谷・円(ルーンアルクス・d02468)はスレイヤーカードの封印を解除した。腕を這うダイダロスベルトを流し、同時にESP『サウンドシャッター』も展開する。
    「始めるぞお前等。今回もいつも通り、無事に終わらせるぞ!」
    「おう!」
    「ええ」
    「……はい」
     仲間たちが円にそれぞれの首肯を返す中、代表して刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)が手鏡を取り出した。その鏡面を裏返して、今は何もない空間を照らし出す。
    「わっしら手鏡持ちがディフェンダーに立つ事で、敵の攻撃は大方軽減できよう。じゃが、ゆめ油断などされんようにな。なにせ――」
    「例の『嫌な予感』が、この後控えて居るのだからな」
     天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)が、同じくディフェンダーとして、りりんの言葉を繋いだ。
    「まあ、まずは目の前のこいつだ。響華さん、共にやりましょう」
     呼び声に合わせて、玲仁のビハインド『響華さん』が彼の背後に立つ。それに続いて、都市伝説『手鏡の辻占』が、ついに現出した。

    ●悲観する託宣
     鏡の反射光が銀色に凝固し、占い師をかたちどると、しかし濃い暗黒色に染まっていく。
     手鏡の辻占。その掌中にあった水晶球は、見る間に人の髑髏の形へと変化していった。
    「ウフフ……アナタ方モ、未来ヲ知リニ来タノデスネ?」
     髑髏水晶の顎が不意に開くと、奇妙に美しい炎塊がそこに灯る。
    「デモ残念。私ニ語ラレル未来ハ、不運・破滅・絶望ニヨル終幕ノミ!」
     直後――。
    「いささか足りぬぞ、占い師!」
     ザンッ!
     予想通り放射された火焔は、りりんの一閃に両断され……ない。
    「ウフフ、アッハハハハハハ!」
     追加の炎条が、髑髏水晶の眼窩からも放たれる。りりんの全身が、やがて炎に包まれた。
    「……ころ殺號、撃て!」
     その、炎の中からの叫びに従って、りりんのライドキャリバー『ころ殺號』が駆け出でる。連射される銃弾は、身をかわす辻占を追い、弾痕を刻み付けていった。
    「さっそくやりやがって! りりん! 今、治す!」
     円は背後のダイダロスベルトを手繰り寄せると、伸ばした腕を発射台代わりに添え、飛ばす。巻きついた帯は、自律するかのようにりりんの鎧と化し、また包帯を擬していった。
    「……これでよし、っと。りりん、傷の具合は?」
    「うむ、大事無い。少々面食らったが、その実ただのまやかしと見える」
    「なるほど。敵はキャスター、命中と回避に優れたポジションですから」
     マリーが言う。思案顔は昔のこと、今の彼女は、眼前の敵にきっちり集中している。
    「……その動き、わたしが止めマス。あなたとは違う、本物の占い師として!」
    「ナノナノ!」
     マリーを応援するように、ナノナノ『りんたろう』が周囲を飛び回った。マリーは微笑むと、影業の狙い済ました一撃を走らせる。
    「ッ! スリ抜ケテ――」
     機銃と舞う辻占の足首に、それは吸い付くように巻きついて。
    「――上!?」
    「残念、当たりだ」
     掌中で上を向いた髑髏水晶と、直上から跳んだ智夜とが、視線をかち合わせた。
    「その刹那にとくと見よ、ハイアングル幻狼銀爪撃ィッ!」
    「行ケ! ソノ運命ヲ食ミ弄レ!」
     銀の切断力は、しかし辻占から跳ねた水晶髑髏に阻まれる。光の飛沫を散らしながら、智夜は石畳に爪を立てて止まった。
    「あら、思っていたよりも『やる』のですね」
     間をおかず、弥由姫が仕掛ける。
     両腕の間を泳ぐダイダロスベルトが、掌を突き出す仕草でルートを変えた。直進する。
     それを愚直と嘲るつもりか、ニィ、と辻占は笑った。
    「ではもう一工夫」
     と、ダイダロスベルトは自ずから変形する。辻占の視線と平行に、敵の主観において最も薄くなる形をとった。
    「……ッ!?」
     直撃する。視線の高さを頭の半ばまで穿たれ――しかしそれも一瞬のこと。
    「アハ……アラアラ。アナタ方モ、私ヲ怒ラセルノデスネ?」
     辻占の傷口はじくじくと沸騰し、やがて元通りの見かけを取り戻す。
    「ウフフ、運命ヲ迎エ入レラレナイナンテ、ナンテ惨メナノデショウ」
    「笑うなよ……ったく。俺はな、そういうオバケはお呼びじゃないんだって」
     呟く十織。彼はエアシューズの爪先で地を叩くと、不意にその身を宙に浮かせた。
     足を屈め、滑らかに空を滑る。
    「人に危害加えるってなら、尚更だ!」
     途中で鋭くスピン、そこから予想以上に伸びるソバットが繰り出された。
    「!?」
     堪え、しかし膝をついた辻占に、十織は指をさして言う。
    「さて、質問だ辻占。そいつは何の色だと思う?」
     その問いに従うと、辻占は紅を見た。目の前が大量の鮮血に汚されている、錯覚。
    「ハ……!?」
    「――あなたも、普通に恐怖を覚えるのかしら? それとも演技?」
     辻占の背後にいた泰若が、敵の頚動脈から喉笛を辿るよう、赤い交通標識を挿し込んでいた。
    「まあ、どちらでもね」
     ギザギザに尖ったその縁を、辻占が抑えようとするのも当然として、泰若は標識を強引に引き戻す。敵の掌から、朱色の液体が吹きこぼれた。
    「恐怖ダト!? ソレハ、私ガオ前等ニ与エル物ダ!」
     辻占は傷を負った手を髑髏水晶に乗せる。と、それは辻占の体内へと潜行しはじめ、やがて表面から見えなくなった。
    「教エテヤルッ!」
    「――!」
     その攻撃の正体を最も早く看破したのは、響華であった。
    「響華さん!」
     叫ぶ玲仁の眼前で、響華は水面に飛び込むようにして、浮上する髑髏水晶に手を押し付けた。そのまま髑髏水晶は、響華の腕を齧り上っていく。
     結果として、本来のターゲットであった玲仁が、傷つけられることは無かった。
    「……無茶を、します」
     響華は玲仁の方に向くと、何故か、頬をふくらませた。
    「語るに落ちましたね。いえ、もう占い師を僭称する資格すらないですよ、お前に」
     と、由乃は穏やかに言った。その四肢を包むバトルオーラ『喧嘩極意』は、それに反していつもより煌々と光を放っている。
    「決定シタ運命ヲ語ルニ、何ノ間違イガアリマショウ?」
    「……いえ、そういうの、マッチポンプって言いますし」
    「ハ?」
     問い返す辻占に、神速のハイキックが叩き込まれた。
    「ハ……」
     それを始点に、由乃は閃光百裂拳の構えを取る。
    「ただ灼滅されるだけの都市伝説として、では、さようなら――」 

    ●ハイド・アンド・ゴー・シーク
    「――円さんと天地さんの邪魔にならないよう、ボクは先に撤退するよ。そっちは?」
     霊犬を連れたサウンドソルジャーの青年が問うと、殺人鬼の俺っ娘はやれやれと肩をすくめる。
    「なら、俺と入れ替わりだな。……ったく、人払い工作のつもりが、突発の恋愛相談室にまで発展するとは思わなかったぜ。おかげで時間を食った」
    「お疲れさま。じゃ、気をつけてね。本隊の人たちにもよろしく」
    「ああ。そっちもな」

     都市伝説の灼滅作戦は、無事に終了した。それでも灼滅者たちの多くがまだ撤退を始めないのは、ひとえに『嫌な予感』を見極める為である。
     サポートに同行した者たちは、ビルの屋上など思い思いの場所に。本隊の9人は、ある路地裏の物陰に潜伏していた。
     皆、声量を絞り、息を殺して、……待ち続ける。
    「鬼が出るか、蛇が出るか……何が出ようと、見かけたらすぐに逃げる。じゃろ?」
    「そうだ。深追いは厳禁、今回は正体がわかればそれでいい」
    「ナノ?」
     りりんの確認には、十織が即答する。と、彼の頭上で疲れて寝ていたナノナノ『九紡』が、今更のように顔を上げた。
    「逆に、その位は掴めなけりゃ、助言してくれた鳴歌に悪い」
    「土産に敵の首とはいかぬのがな。何が美味い土地だったか、ここは――」
     そう呟いて、瞑想に戻るりりん。戦いのダメージは完治していたが、現場の監視は他の者が担当するということで、そちらに一任していた。気配を探るくらいはできよう。
    「さて、手鏡を持ち込んだのだ。こうして出せば、視認の助けになるだろう」
     玲仁は角から手鏡を出し、大通りの様子を探っていた。無人の中華街が、その中に写る。
    「どうだ。お前の所からでも見えているか?」
    「私? んー、眼は悪くないんだけど、距離的にこう」
     泰若がそこに割り込もうとするので、玲仁は反射光に注意しながらスペースを空けた。
    「……む」
     泰若も女子にしては背の高いほうだが、さすがに身長差があるので、彼女の黒髪が目の前を横切ることになり……。
     ……こつん。
     と、鏡とは別の所に注目が向かっていた玲仁の頭に、小石が落ちてくる。少し驚いて上を見ると、やはりというかなんというか、こちらをじっと覗き込む少年がそこにいた。
     サポートに来ていたらしい。玲仁は思わず苦笑し、彼に貰ったお守りを握り締める。
    「ふむ。我、今は鏡を持っておらぬ故……これか」
     智夜はポケットから携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させた。
     玲仁たちとは逆側を見るが、そちらにも人影はない。しばらくすると飽きたのか、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
    「ところで、今ここにいるのは8名だな。えと……由乃は何処に?」
     そう呟く智夜の目の前に、突如として緑色の蛇が現れた。うわ、と声を殺す智夜を尻目に、蛇は小さく会釈してから壁のパイプを伝っていく。
    「おっどろいたあ……ととというのは社交辞令でな、も、もちろん由乃が『蛇変身』してたなんて先刻承知であった! あったぞ、我!」
    「それにしても、『嫌な予感』の影も形もありませんね」
     スルーし、嘆息する弥由姫は、路地の奥側を監視していた。そちらからもやはり、何の手がかりも掴めてはいない。壁に寄りかかり、もう一度息を吐く。
    「折角、シャッター音が出ないようにスマホを改造しましたのに。これでは宝の持ち腐れ――」
    「あはは、そうかもねー♪ でも、死ぬ時はみんな手ぶら、気軽に逝くのがトレンドだよ?」
    「は……?」
     弥由姫の隣で、あかり取りの窓が一枚、音もなく開けられていた。
     一人の少女が、身軽に――効果音としては『ずるり』と――そこから外に抜け出してくる。
    「こーんにっちはー! 中国語ではニイハオ♪ HKT六六六でーす☆」

    ●オン・ユア・マーク?
     いきなりのことに、弥由姫は思わずスマホを取り落とした。と、HKT六六六を名乗るダークネスの少女は、それを丁寧に拾い上げ、持ち主に手渡そうとする。
     しかし結局、弥由姫はそれを掴むことはできなかった。……形ある、としか言いようのないほどに濃密な『殺気』が、周囲に漂っていたからである。
    「え……な、ぜ?」
     熱病のようなめまいと、直に当てられる殺気に耐えながら、弥由姫は考える。
     何故、この場所がバレたのか。
     何故、この場所にピンポイントで襲撃をかけてきたのか。
     これは偶然なのか、それとも……!?
    「あれー? 『こんな美少女が何故殺人鬼を?』って顔だなあ。嬉しいけど殺すゾ♪」
     屈託なく恐ろしく笑う少女は、胸元に『HKT六六六』とプリントされたTシャツを着ていた。自己紹介と外見と、これで2つの証拠が得られたわけである。
    「……ほぅ。やっぱり今回もか、六六六人衆」
     天星弓『Mistilteinn』に矢を番えた円が、じりじりと間合いを離しつつ言う。が、この近距離でも、まともに中てられる気がしなかった。
    「あれ、もしかしてファンの子? 嬉しいなー、サインかっこ四肢切断してあげよっか?」
     これ以上、1秒だってこの場には居られない――!
    「真逆……!」
     ブンッ!
     円は眼を見開いた。矢を速射し、結果を見届けず全力で踵を返す。
     あまりの集中に、空気が粘るような気がしてもどかしい。
     どうにかして皆の逃走ルートを合わせ、一点突破で逃げおおせないと。
    (「『嫌な予感』が『最悪の結末』に変わってしまいます!」)
     タロットカード型の護符揃えを手に、マリーは走る。
     事ここに至っては、もう占いを見るまでもない。
     次に出るはずのカードは、間違いなく『月の正位置』だった……!
    「あー、そっちに行っちゃうんだー。おじさまー、出番だよー♪」
    「ヴォアアアアアアアアア!」
     皆が大通りに飛び出すと、突如として、中華街全体を揺らすほどの怒声が響き渡った。
     その発生源を『見上げる』灼滅者たちの前に、巨躯半裸の大男が立ち塞がる。
    「ヴォウッ! ヴォフッ! オアアアアアアア!」
     大男は、どういう理由からか、少女ダークネスと同じデザインのシャツを顔に被っていた。――知りたくもなかったことだが、あれは多分お子様サイズとかそういう奴で。
    「なにあれ変態!?」
    「戻れ戻れ戻れ! そっちはヤバ過ぎる!」
    「エイヂ! ケェイ! ディ! ログログログウウウウウ!」
    「「「知ってるよ!」」」
     明らかな身の危険を前に、灼滅者たちは無言の全員一致で逃げ道を変更した。十字路を通らず、一番近い門から中華街の外に出るルートだが……。
     まさに前門の虎、後門の狼。少女ダークネスが、腰を落として待ち構える。
    「あれあれ? アタシの方でいいの? おじさまだと一瞬だから、楽に死にたいならオススメだよ☆」
    「死ぬ気も殺される気もない、ですよ!」
     と、他の灼滅者たちよりも一歩早く。
     蛇変身で気づかれずに先回りできた由乃が、少女ダークネスの背後に飛び降りた。
    「……あ゛!?」
    「お前もできればさようならしたいんですがねえっ!」
     少女ダークネスの反射的な肘打ちが、由乃の前蹴りとかち合い、しかし一方的に競り勝つ。その反動で距離を取った由乃の上から、別働隊の誘導が行われはじめた。
    「そのまま大通りへ出ろ! 今度の奇襲は、逃げ切れるはずだ!」
    「周囲にアンブッシュは確認できていない。俺なら、いない方に賭けるがね」
     雑居ビルの屋上から、殺人鬼とデモノイドヒューマンの仲間が声を飛ばす。そのコーチングを支えに、本隊の灼滅者たちは一斉に加速した。
    「あ。あー! あああああモギュ!」
     そして少女ダークネスは、己の左右と頭上を越えていく灼滅者を抑えることはできなかった。逃げる背中に向けて何本かの畳針を投げつけるが、それだけでは絶命にも、KOにすら至らない。
     人質を取って足止めしようにも、周囲に一般人の人影はなく。加えてこの、
    「ナノナノ、ナノ、ナノナノナノ!」
    「りんたろ、りんたろ……ごめん。ごめんね……っ!」
     顔にまとわり付こうとするナノナノが少々いじらしい。少女ダークネスはそれを軽くと引き剥がすと、蝶を逃がすかのように手放した。
    「……あーあ、悔しいなあ。ZOC取っとけばよかったかなあ。そんなものないけど♪」
    「ヴォ……惜しかったですね。此度の失敗を教訓に、次はより上手くゴオオアアア!」
     唐突に叫び始めたシャツ被りダークネスが、右の手刀を振り下ろす。
     一羽の『蝶』が、垂直に切断されていた。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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