怨の字は鬼を呼ぶ

    作者:灰紫黄

     大阪は曽根崎、とある神社。
     この神社は、かの有名な浄瑠璃の舞台であり、地域の神社としても観光地としても親しまれている。
     ある昼下がりのことだ。ここを訪ねる人々に異質の集団が混じっていた。能面と十二単を身に着けた女に巫女が二人、つき従っていた。たとえ神社といえど、和服や巫女服など着てくるなどまずいまい。それに何より、女の額から生えた黒い角が人ならざる者であることを示していた。
    「何かの撮影?」
    「イベントとかあったっけ」
     口々に噂。いつの間にか女の周りに人だかりができていた。最初は女も無視していたが、煩わしく思ったのか、ぴしゃんと扇を閉じて言う。
    「邪魔じゃ」
     途端、控えていた二人の巫女はその手に持った鏡と榊で一般人を引き裂いていく。最後には、動くものは女と巫女だけになった。

     教室に集まった灼滅者達に、遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)はまずこう切り出した。
    「闇堕ちした九条・御調さんを見つけたわ」
     鳴歌の背後には占いの道具が積んであり、捜索にはかなり手を尽くしていたようだ。
    「御調さんが闇堕ちした羅刹は、拠点にするために大阪の露天神社に現れるの。そこで、邪魔になった周りの一般人を殺してしまう。……そうなってからじゃ遅いわ」
     羅刹が人を殺めれば、御調の魂はますます深く闇に落ちてしまうだろう。もちろん、一般人の被害を見過ごすわけにもいかない。
    「だから、みなさんの力を貸してほしいの」
     灼滅者一人一人の眼を見て、鳴歌は声の震えを抑えて言った。
     羅刹には二体の配下がいる。巫女服を着た女の姿をしていて、一体が鏡を持って中衛、もう一体は榊を持って前衛を担う。いずれも道具に力を与え、眷属にしたもので、この姿は幻だ。倒せば元の姿に戻る。なお、羅刹自身は後衛に位置する。
    「羅刹は自分の力に自身があるから、逃げるようなことはしないわ。人間や灼滅者をダークネスに支配された存在程度にしか思ってないみたい」
     だが、逆にいえば、逃亡を阻止するなど策を練る必要はないということだ。
    「この水晶玉が教えてくれたわ。御調さんは『怨』の感情に支配されているのよ」
     彼女はダークネスと、その力を受け入れせざるを得なかった自身の弱さを憎んでいる。故に面を被り、その下には自ら付けた傷がある。
    「これはまだ御調さんの意識が消えていないってことだと思う」
     説得の役に立つかは分からない。けれど、何もないよりは、と鳴歌は言った。もし言葉で御調の心を呼び覚ますことができれば、戦闘も有利になる。何より、彼女を救うことにもつながる。
    「相手は学園の仲間だけど、今はダークネス。迷いは禁物だわ。……もし救出が無理だと思ったら、灼滅も考えて」
     今回、助けることができなければ、完全に闇堕ちしてしまうこともあり得るだろう。そうなれば、もう御調を救うことはできない。
    「最初で最後のチャンス、かな。まぁ、やれるだけやるしかないね」
     手の包帯を巻き直しながら、猪狩・介(ミニファイター・dn0077)が頷いた。赤茶の瞳は珍しく笑ってはいない。
    「みなさん、お願い。御調さんを助けてっ」
     最後に、鳴歌はぺこりと頭を下げた。顔を上げれば、決意と覚悟に満ちた灼滅者達の表情が見えた。
     


    参加者
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    九条・泰河(祭祀の炎華・d03676)
    炎導・淼(ー・d04945)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    小沢・真理(シュヴァルツシルト半径急接近・d11301)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    荒吹・千鳥(風と共に在りぬ・d29636)

    ■リプレイ

    ●鬼が現る
     冬の風は昼間であっても冷たい。けれどその冬の風さえ凍るような、凄烈な空気を纏った女がいた。否、正確には鬼女というべきだろう。二体の巫女を侍らせた羅刹、そして御調が姿を見せた。
     闇堕ちした彼女を救うため、多くの灼滅者が神社に集まっていた。それぞれの役目を果たすべく、散り散りになって一般人を遠ざけていく。
     やがて、八人が残った。他の灼滅者が戻るには、少し時間がかかるだろう。
    「ほほ、妾に遊んでほしいのかえ?」
     そんな状況を知ってか知らずか、扇を口に当て羅刹が笑う。灼滅者など、取るに足らぬという態度だった。無論、ダークネスとしてはそれが当り前なのだろうけれど。
    「迎えに来たんだよ……御調姉」
     弟である九条・泰河(祭祀の炎華・d03676)が言った。言葉には会えなかった寂しさと再会の喜びと、絶対に連れ帰るという決意が滲んでいた。羅刹の殺気をはねのけるように、華奢な体をオーラが包む。
    「借りを返しに来たぜ?」
     炎導・淼(ー・d04945)は御調が闇堕ちした事件にも関わっていた。今、彼が無事なのは御調の闇堕ちのおかげでもある。
    「お待たせしました、御調先輩」
     羅刹の中の御調に向かって、小さく一礼する比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)。灼滅者にとって闇堕ちは無視できぬ現実だ。けれど、仲間がいれば、誰かが助けてくれれば、また人として生きてゆける。
    (「しっかりするのよ、響」)
     この一戦に御調の命運がかかっている。笙野・響(青闇薄刃・d05985)響はそう自分に言い聞かせた。油断などもってのほかだが、気負い過ぎてもいけない。無意識に髪をかき上げ、愛用のロッドを握る。
    「御調先輩こんにちは、シス・テマ教団お出迎え系幹部として迎えに来ました♪」
     小沢・真理(シュヴァルツシルト半径急接近・d11301)真理は戦場とは思えぬほど明るく笑う。けれど、慢心からではない。必ず救うという決意と、仲間への信頼からだ。怪しげな名前だが、クラブから駆け付けた仲間も多い。
    「紅月鬼の緋女がいざ参る」
     自身の髪と瞳と同じ、深紅の大剣を掲げる大御神・緋女(紅月鬼・d14039)。その剣は曙光。宵闇と黎明を、光と闇を分かつ。人を苦しめる悪鬼は、全て彼女の敵だ。
    「みんな、御調さんの帰り待っとるんやで」
     薄桃の羽衣を纏い、柔らかく笑む姿は小さな天女のようだ。琵琶と大槌を携え、荒吹・千鳥(風と共に在りぬ・d29636)は羅刹と正面から向かい合う。
    「どうだい、御調もこの後弟君たちと一緒に観光して回ろうじゃないか」
     いつもと変わらぬ様子で、ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は語りかけた。様子見というのもあるが、言葉は嘘ではない。御調の帰りを待っているのはみんな同じだ。
    「ほう、御調を迎えに来たか。分かりやすい連中よの」
     灼滅者が現れるのもおそらく分かっていたことだろう。それでも、羅刹は余裕を崩さない。なぜなら、ダークネスとはこの世界の絶対者なのだから。

    ●巫女舞
     羅刹が奥義を振るうのに合わせ、二体の巫女が前に出る。
    「せいぜい妾を楽しませてみせよ」
     中衛の巫女が捧げ持った鏡から、光の弾が発射される。それを受け止め、真理がニヤリと笑う。
    「さすがホーミング三つです。よく当たります。バステ無しジャマーなんてさすが御調先輩です、可愛すぎます」
     確かに眷属の布陣はセオリー通りとは言えない。しかしそれも羅刹の深謀遠慮があるのだろう。おそらく。能面越しに苛立ちが伝わってくるような気がするが、受け流す。
    「邪魔だっつうの!」
     事前の打ち合わせで、まず榊の巫女から倒すと決めていた。淼の炎を帯びたハンマーが巫女を捉え、その身体を炎で包む。ダメージも相当なはずだが、幻ゆえか、反応はない。意図で操られた人形のように生気のない動きで榊を横凪ぎする。
    「こんなの、痛くもなんともないっ!」
     仲間を庇い、斬撃を受ける泰河。全身に刻まれた傷から血を流しながらも、羅刹と巫女をきっと睨んだ。大事な姉が今、目の前にいる。そして、下手をすればいなくなってしまうかもしれない。だから肉体の痛みなど、取るに足らない。
    「まず一体なのじゃ! 大・切・断!」
     大上段から振り下ろされた暁の刃が、榊の巫女を一刀両断にした。灼滅者は集中攻撃で確実に眷属と羅刹を追い詰めている。対して、羅刹側は入り乱れる防御役のせいで攻撃をうまく通すことができない。
    「推し通らせてもらうよ」
     ユーリーの手には、いくつもの戦場を友に乗り越えた愛剣があった。そして、今日もまた友を取り戻して帰還するために。刃が非物質化し、鏡の巫女を穿つ。
    「おイタはあかんで?」
     薄桃の羽衣が、千鳥の指の動きに合わせてふわりと揺らめく。最初は穏やかに、けれど初速を裏切り加速して、鋭い刺突となる。先日の戦いで得た、ダイダロスベルト。自己学習機能によって攻撃の精度を高める。
    「邪魔はさせません」
     蒼い瞳が鋭く闇を射抜く。アレクセイの影が生物のように蠢き、無数の触手を生んだ。標的は榊の巫女だ。手足を縛り、締めつけ、動きを奪う。その隙に、響が一歩踏み込んだ。
    「どいて。わたしたちは、御調さんに用があるの」
     魔力がマテリアルロッドの先端に凝集する。直撃の瞬間、秘められた魔力は波動となって内側から巫女を破壊する。
     これで二体の巫女が力尽き、元の道具の姿へ戻った。榊も鏡も、どこかの神社にあったものだろう。あるいは、御調自身に縁あるものか。
    「ほほ、健気よのう」
     眷属を倒されても、羅刹はただ笑うだけだ。灼滅者を脅威とは感じていないのだろう。彼女が表に出たこと自体がその証明でもある。もし灼滅者に力があるなら、御調が闇堕ちすることもなかったろう、と。能面の奥から灼滅者達を見下す羅刹の眼は嗜虐に満ちていた。

    ●鬼
     たん、と軽く石畳を踏む。ゆるりと舞えば、似合わぬ速度の風の刃が生まれる。灼滅者の鮮血が神社を赤く染める。
    「ほれ、見ておるか御調よ。お主の無力の結果がこれじゃ。力なきゆえに力を求め、その力に滅ぼされる。それはお主の弱さじゃ」
     ころころ笑う姿は、無邪気な子供にも似ていた。けれど、泰河は一括した。
    「笑うなぁっ!!!」
     細い喉から絞りだせるだけの大声で、泰河は叫んだ。
    「御調姉を笑うな三下! 僕は御調姉が凄いと断じる! だって……御調姉は怖くて仕方ない筈の闇堕ちを選択してまで、みんなを救ったんだ! それが弱さな物か! 弟として鼻が高いんだよ! だから御調姉! 自分の強さを信じてっ! 強いと断じる僕達を信じて!」
    「五月蝿い小童じゃ!」
     羅刹の声には、不快な色が混じっていた。それこそハエでも叩くように、力を振り回す。ユーリーが真正面からそれを受け止めた。そのまま口を開く。
    「昔、君に何があったのかは少しであるが人伝に聞いたよ。だからといって過去にとらわれ続けてはいけない。何も過去を捨てろと言っているわけではないよ。ただ、御調の今いる場所をもう一度見回して欲しい。聞こえるかい? 君の帰りを待っている人々の声が。過去は覆らない。だが、未来は全て御調の想い次第であることを思い出して欲しい」
     そして、その傷を緋女が癒す。符の雨が飛んだ。
    「堕ちざるをえなかったのは、決してお主の弱さが原因ではない。その事をお主一人の責任と思わなくともよいのじゃ。お主はダークネスが憎いのじゃろう。その憎むダークネスにむざむざ体を明け渡してよいのか、己自身が憎む存在そのものになってもよいのか」
     灼滅者の言葉が紡がれる度、羅刹の動きが鈍くなっていく。優雅な舞いも失われつつあった。
    「おのれ、心など、思いなど、移り変わる曖昧な幻想であろうが!」
     冷たい風が、なおも灼滅者を切り裂く。だが、その程度で怯む者などいない。風に負けぬほどの剣幕で、アレクセイは叫ぶ。
    「戻ってきてください先輩! 泰河先輩から聞きました。灼滅者になった時のこと、闇堕ちした時のこと。でもそれは先輩のせいじゃない。闇堕ちだってみんなを守ろうとしてした事。それを責める人はどこにもいない! 力というのは暴力だけじゃない。僕に、皆に日常をくれるのもまた力なんです! だから戻ってきてください、御調先輩!」
    「弱い? 一人なら、そうかもしれない。でも、あなたのためにみんな集まった。その力は、あなたの力でもある。みんなも、一緒に恨んでしまうのかしら。そうじゃないしょう? だから、戻ってきて」
     響の小太刀が閃き、羅刹を切り裂く。羅刹に今までの勢いがないのは明らかだった。
    「おっと、ぎりぎり間に合ったかな?」
     ここで猪狩・介(ミニファイター・dn0096)を始め、一般人の避難に回っていた仲間も合流し始めた。御調の救出は大詰めを迎えていた。

    ●帰還
     教団の援護を受け、真理が羅刹の懐に飛び込んだ。いつの間にか豪華版ギラギラ仕様になった日本刀を振り下ろす。
    「人間だから弱さも失敗もありますけどその後に成長して強くなれます。お料理上手だけど慢心せずに腕を磨く御調先輩が私は大好きです。だから御調先輩、戻ってきてください」
     教団だけでなく、御調が所属する円卓世界や撫桐組などからも灼滅者が集まっている。あるいは、それ以外のクラブからも。戦力は十分どころではない。サイキックの嵐が羅刹に殺到する。
    「御調さんにはこんだけ頼れる人居るやろ。それやのになに一人で背負うとるんや! うちは御調さんとの付き合い、はっきり言うてペラッペラや。でもうちは御調さん連れ戻したい一心で此処に居る。もっと御調さんと仲良うなりたいんよ」
     千鳥の手には細い身体に似合わない大槌が握られている。かつて悲しい殺人鬼が手にしていたそれが、今は仲間を救う一手となる。
    「観念しぃや。御調さんは弱くない。それでも弱いって言うんやったら、その弱さも含めて御調さんが好きなんや。……だから、早よツラ見せぃ!!」
     渾身の力で振り下ろされた槌は面を打ち砕き、羅刹を吹き飛ばす。攻撃精度を高めていた理由がこれだった。
     鳥居に叩き伏せられた羅刹はがくりと意識を失う。角はすでになく、顔の傷……弱さの証ももうなかった。
    「うへぇ、痛そう」
     おどけながら、介が駆け寄る。息があるのを確認して、みんなに無事だと合図する。この場に集まった灼滅者の全員が、戻ってきていた。
    「御調姉!」
     思わず泰河は眠ったままの御調を抱きしめた。目を覚ますにはもう少しかかるだろう。でも、それでいい。語らう時間はこれからいくらでもあるのだから。
    「ありがとう。よく来てくれた」
     円卓世界の盟主として、集まってくれた仲間を労うユーリー。協力のおかげで、一般人を巻き込まずに済んだ。神社への被害も最小限で済んだ……と思いたい。
    「教団のみなさんも、ありがとうございました」
     真理がぺこりと頭を下げると、教団のメンツは当然だ、と頷いた。怪しげな組織だが、構成員の危機には駆けつけるのだ。
    「みんなもお疲れ様」
     髪をかき上げ、ふっと笑みを浮かべる響。彼女の周りには同じクラブの仲間が集まっている。御調の人望というか顔の広さというか、かなりの数の灼滅者が神社に来ていた。
    「撫桐組も、やね」
    「うまくいってよかったです。帰還祝いは……また今度にしましょうか」
     アレクセイと千鳥、撫桐組の仲間はお互いの無事を確認した。帰還祝も考えていたが、今はそれどころではないだろう。なにせ家族がべったりだから。
    「おーし、そろそろ撤収すっぞ!」
     いつまでも神社を占拠してはいられない。淼が大声を張り上げた。映画やら何やら撮影、と誤魔化してはいるが限界がある。プラチナチケットを使っても何の関係者かを判断するのは向こう側であるし、そもそも撮影に協力してくれる人だけとも限らない。今回はともかく、ときには強引な選択肢も考えた方がいいだろう。
    「善哉善哉。これにて一件落着じゃな」
     かかか、と大笑いする緋女。羅刹は倒し、御調も無事に救出することができた。大きな怪我を負った者もいない。これ以上ない成果といえた。
     昼間より冷たくなった風を背に受けて、灼滅者達は帰還する。少年の背には、すやすや寝息を立てる姉が負ぶわれていた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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