火竜、駆ける

    作者:牧瀬花奈女

     仄暗い森の中に、寝息が響く。息を吸い、吐く度に、風の吹き抜けるような音が鳴って周囲の草を揺らした。
     寝息の主は、竜のような姿をしたイフリートだった。その身は紅蓮の炎に包まれていたが、眠っているためか周りの草が燃える様子は無い。
     そのイフリートへちょこちょこと近付いて来たのは、朱に染まった兎である。兎はひくひく鼻を動かして辺りを窺うと、小さな前足で伏せたイフリートの横腹を叩き始めた。
     しかしイフリートはほんの少し目を開けただけで、身じろぎ一つしようとしない。
     兎はすぐにその行為に飽きたのか、今度は尻尾の方に回ってイフリートの巨体を上り始めた。
     それは、実に平和な光景だった。眠っているのがイフリートで、兎がイフリートに強化された動物である事を除けば。
     やがて兎が、イフリートの背中に到着した頃。
     不意にイフリートがかっと目を見開き、勢い良く立ち上がった。その拍子に、兎が背中からころりと転げ落ちて行く。
     イフリートは一点を見詰めると、めしめしと木々をなぎ倒しながら走り出した。何処かを目指しているかのように、猛然と。
     後には、不満げに鼻を鳴らす兎だけが残された。
     
    「鴻上・廉也さんから、竜種イフリートの動きについて報告がありました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者達に一礼すると、そう告げた。彼によると、京都の朱雀門高校が、竜種イフリートを集めて戦力にしようと画策しているらしい。
    「同じ情報が、先日、竜種になりかけたイフリートの1体――アオトゲからも来ています」
     アオトゲ曰く、竜種になりかけた際、強力な竜種イフリートによる呼び掛けを感じたのだという。このままでは、その強力な竜種イフリートの下に多くの竜種が集まり、多大な勢力となるだろう。
    「アオトゲは、先日の借りを返すためにも、皆さんと一緒に竜種イフリートを倒す事を望んでいます」
     要は共闘の申し出ですねと、姫子は微笑んだ。
    「皆さんには、アオトゲと共に2体の竜種イフリートの灼滅をお願いしたいんです」
     2体。
     ダークネス1体を相手取るのに8人の灼滅者が必要な事を考えれば、本来ならこの人数では無理な話だ。しかし、アオトゲの協力があるのならば、互角といったところか。
    「皆さんに向かっていただくのは、とある地方の森の中になります」
     2体の竜種イフリートは、1体は竜に、もう1体は蜥蜴に似た姿をしている。
     ともに力任せの攻撃を得意とし、使用するのはファイアブラッドとガトリングガンのものによく似たサイキック。後衛にいても安全とは言えないだろう。
     森の中は暗くはないが、木々が隙間無く生えているため視界はあまり良くない。
    「朱雀門が竜種イフリートを集結させて戦力を整えようとしているのなら、それは阻止しなければなりません。アオトゲと協力して、竜種イフリートを灼滅して下さい」
     よろしくお願いしますと、姫子は灼滅者達へもう一度頭を下げた。


    参加者
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    鴛海・忍(夜天・d15156)
    亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ


     隙間無く生えた常緑樹の中を、灼滅者達は進んで行った。歩を進める度、足元に落ちた枝や葉が、ぱきぱきと音を立てる。
     最初にその熱に気付いたのは、若桜・和弥(山桜花・d31076)だった。
     冬だというのに、熱さを感じるほどの熱気。熱源を探して視線を巡らせれば、炎をまとった獅子の姿が目に入る。アオトゲだ。
    「アオトゲさんはじめまして、不破桃花って言いますっ」
     魔法少女のコスチュームに身を包んだ不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)が、そう言ってアオトゲの前に進み出る。挨拶代わりなのか、棘のように鋭く尖った尾が、軽く揺れた。
    「アオトゲちゃん、教えてくれてありがとー……今日はよろしくねっ!」
     愛らしい熊のボディを持つライドキャリバーを傍らに、元気良く微笑んだのは亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)。情報ありがとうございますと、津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)も挨拶をした。
    「オ前トハ、コノ間モ会ッタナ」
    「覚えていてくれたんですね」
     視線をこちらで止めたアオトゲに、鴛海・忍(夜天・d15156)は緩く微笑む。賢くないと聞いていたから、もしかしたら忘れられているかもしれないと思ったけれど。さすがに、刃を交えたばかりの相手は覚えているようだ。
     先日、戦ったばかりなのに今度は共闘。不思議な感じだが、頑張りましょうねと言葉を掛けると素直に応じてくれた。
    「竜種は何処だ?」
    「コノ先ニイル」
     暁・鈴葉(烈火散華・d03126)の言葉に、アオトゲはついて来いと言うように灼滅者達の先に立って歩き出した。
    「視界が少々悪いですね。気をつけましょう」
     目の高さにある枝を払い、鷹嶺・征(炎の盾・d22564)が言う。伊勢・雪緒(待雪想・d06823)が頷いた。
     数分も経たぬうちに、むせ返るほどの熱気が灼滅者達を襲う。幹の隙間から様子を窺えば、竜種イフリート達が今まさに木々を薙ぎ倒しながら突き進んでいるところだった。
     竜と、蜥蜴。
     2体の竜種イフリートを、灼滅者達は素早く見比べた。力量は分からないが、体格は竜の方が大きい。ならば先に狙うべきは――
    「トカゲから先に倒しちゃおー!」
     ライドキャリバーのヘペレに飛び乗り、まりもは仲間に盾を広げる。距離を詰めた灼滅者達に気付いて、イフリート達がこちらを振り向いた。
     その瞳から目を逸らさず、和弥は眼前で強く拳を撃ち合わせた。白詰草のブレスレットが揺れる。
    「……行きましょう」
     両手に伝わる痛みが、和弥に教えてくれる。今から、教えに反する事をするのだと。
     竜が唸り、前足をゆらりと持ち上げる。その爪に灯る炎。狙いは桃花だ。
     振り下ろされた一撃を受け止めたのは、しかし雪緒のバベルブレイカーだった。
    「強そうですが、頑張りますです!」
    「こちらは僕達が抑えますから、蜥蜴の方をお願いします」
     彼女の隣に霊犬の八風と、征が並び立つ。言葉を掛けられたアオトゲは、小さく頷いて他の灼滅者達と共に蜥蜴へ向き直った。
     蜥蜴が牙を剥き、吼える。火弾が生まれ、後衛に降り注ぐ。
    「申し訳ないですが、灼滅させて頂きます!」
     蜥蜴に接敵した陽太が、力いっぱいフォースブレイクを叩き込んだ。


     鈴葉の斬艦刀が空を裂き、蜥蜴の横腹を叩く。
     竜種2体。現状を確認するように脳裏で紡げば、自然、口元がつり上がった。難儀な事だと思うが、こんな状況は嫌いではない。
     ミニスカートの裾を翻して、桃花は蜥蜴の後足を穿つ。確かな手応えが、相手の機動力を奪った事を教えてくれた。
     オウ、と吼えたのはアオトゲだ。獅子の牙に喰らい付かれ、蜥蜴の身を包む炎が膨れ上がる。
     その光景を見て、和弥はちりと罪悪感が胸を刺すのを感じた。
     彼女は闇堕ちした時の感覚を、何となく覚えている。あの攻撃的な意識の中、人と共闘が出来るかと問われれば多分答えは否だ。
     和弥は縛霊手を構え、蜥蜴との距離を詰める。無骨な爪は前足に叩き付けられ、その肉をえぐった。網状の霊力が放出される。
     アオトゲを凄いと思うと同時に、僅かなりとも理性を残した存在が同族を屠るという状況が、僅かに和弥の胸を痛める。こんな複雑な気持ちは、恐らくアオトゲは分からないだろうけれど。
     竜が口から炎を吐き出し、奔流となったそれが前衛を薙ぐ。律儀にブレイクしてくるねと、すぐにまりもが盾を広げた。
     めり、と木々を薙ぎ倒し、蜥蜴が陽太の肩に噛み付く。炎が噴き出した。
    「回復します」
     静かな声音で言い置いて、弓弦を引き絞ったのは忍。癒しの矢が放たれたのを見届けた後、藍の眼差しはイフリート達へと向く。
     竜種イフリート達には、理性というものが感じられない。今こうして戦っているのも、本能の赴くままに行動しているが故の事だろう。朱雀門高校は竜種イフリート達を戦力にしようとしているようだが、彼らを巧く操る術があるのだろうか。
    「貴方たちとは、竜種になる前に、話をしたかったですよ」
     そう言う征の影から現れたのは、刃持つ鎖。それは、今はもう、意味の無い望み。だからこそ、全力で止めて見せる。
     鎖が竜の後足に絡み、刃を突き立てる。雪緒がダイダロスベルトを翼のように広げ、竜と蜥蜴をまとめて締め上げた。
     影と帯に縛られながらも、竜は吼え、火球を紡ぐ。征は咄嗟に木の陰に身を隠した。衝撃が伝わり、盾にした木が焼け落ちる。
     炎をかいくぐって、斬艦刀を振り上げたのは鈴葉だ。まとう畏れは白い炎のよう。横腹を裂かれた蜥蜴が、苛立ったように前足でだんと地面を叩く。鈴葉の足元から火柱が噴き出した。高い命中精度を誇り、複数のサイキックを織り交ぜて攻撃して来る鈴葉は、蜥蜴にとって目障りな存在に違いない。
     陽太がオーラを集め、拳を繰り出す。身を引いて避けられる。忍が夜霧を呼んで、仲間を癒す。前衛を苛んでいた炎が消えて行く。リオルが雪緒に浄霊の眼差しを向けた。
    「……負けないのです、絶対!」
     竜の勢いに押されながらも、雪緒は左手の指輪に口付け勇気を貰う。まだ倒れる訳には行きませんからねと、征も冴え冴えとした眼差しを竜に向けた。その唇は、緩く弧を描いている。
     ごきり。嫌な音は、アオトゲが蜥蜴の喉を噛み切った証。桃花が獅子座の加護を宿した聖剣を閃かせ、蜥蜴の鼻面を切り裂いた。蜥蜴の体から炎があふれ、周囲の気温が一気に上がる。
     鈴葉が斬艦刀を真横に振り抜く。一閃。脇腹を裂かれた蜥蜴がのたうち、一際大きな炎が上がる。
     木々の倒れる音と共に、蜥蜴は火の粉を撒き散らしながら消えて行った。


     蜥蜴の姿が消えた後、灼滅者達の視界は幾分かすっきりしていた。竜種イフリート達の大振りな動作によって、木々が薙ぎ倒されていたためだ。
    「お待たせしました!」
     マテリアルロッドを構え、陽太は竜に向き直る。これまで竜を相手取っていた雪緒と征には、既に癒し切れない傷が積み重なっていた。
     とんと地を蹴り、和弥が竜との距離を詰める。縛霊手が伸びる。爪が描いた軌跡は黒。竜の後足を削いだ一撃は、確かにその機動力を奪っていた。
     木々の隙間を縫うようにヘペレを走らせていたまりもは、手の甲の盾に触れながらぽんと飛び降りた。乗り手を失ったヘペレは、しかし止まる事無く竜へと突撃して行く。
     朱雀門高校は、一体何と戦おうとしているのだろうか。竜の前足めがけ、忍は解体ナイフを振り上げる。二つにくくった髪が踊る。何か情報を得る足がかりがあればと思うが、相手が理性なき竜種イフリートではそれも難しいだろう。ナイフの刃が足の付け根に突き刺さり、力を汲み上げた。
    「効いてますね」
     和弥の視線のなか、竜は後足を引きずりながら、体を縛る鎖を振り払おうとするかのように身をよじった。鎖が影でなければ、きっとそれはじゃらじゃらと派手に鳴った事だろう。生まれた僅かな隙に鈴葉が滑り込み、弓弦を引き絞る。加護の砕ける音がした。
     竜が吼え、細かな火弾が嵐のように吹き荒れる。強烈なプレッシャー。征は自分の体がぐらりと傾ぐのを感じた。暗転する視界。八風が癒そうとするが間に合わない。倒れた彼の前に回り込み、白柴は低く唸る。
     陽太が大きく息を吸い込みシャウトするのを聞きながら、桃花はマテリアルロッドを振りかぶった。叩き付けられた箇所から荒れ狂う魔力に、竜の腹から炎が噴き出す。
     地を叩き炎の奔流を生み出すアオトゲに合わせて、和弥が縛霊手を突き出した。放たれる霊力が、幾度目かの捕縛を竜に与える。
     大地を震わせるような咆哮が辺りを満たす。放たれた火球は、アオトゲの額に勢い良くぶつかった。獅子の体を包む炎を消すには、忍だけではなくリオルの力も必要だった。
     傷口から炎を零しているのは、竜だけでなく鈴葉もだ。炎の照り返しに染まる肌に、知れず気分が高揚した。それに乗せて斬艦刀を振るえば、刃が胸へとめり込む。竜を見据える茶の瞳に浮かぶのは、明確な敵意であった。
     陽太の右腕がマテリアルロッドを呑み込み、巨大な刀へとその姿を変える。青い刃と化した腕が竜の尾を切り裂く。零れ出た炎が地面へと落ちて、大きな焦げ跡を作った。
     桃花のクルセイドソードが風を切り、竜の腹を突き刺す。しかし炎はあふれ出ない。非物質と化した刃が傷付けたのは、魂のみだ。
     唸りを上げ、竜へと喰らい付くアオトゲを見て、まりもはほんの少し眉を下げた。太陽のような表情が仄かに曇る。共闘は嬉しいが、小さな胸には僅かな悲しさも同時に生まれていた。まるで、こちらの都合で利用しているようで。
     しかし彼女はふるりと頭を振ると、縛霊手の爪に霊力を集めた。竜の命が終わるまで、恐らくあと少し。今はまだ、戦いに集中すべき時だ。淡い光が鈴葉へと届き、その身を包む炎をかき消す。
     傷口から炎をあふれさせ、竜はその紅すら武器とするかのように新たな炎を紡ぎ上げる。放たれたのは、またしても火弾の嵐だ。巻き起こる重圧。その勢いに耐え切れず、雪緒が倒れ伏す。意識を失う直前、仲間をかばった八風が消えて行くのが見えた。
     攻撃を終えた竜が少しばかり身を引く。それに合わせて鈴葉が畏れをまとい、斬艦刀を振るった。大きく肉が削げ、炎の塊があふれ出る。
     巨体が傾ぐ。陽太の右腕が刃へと変わり、竜の喉元を切り裂いた。炎が降り注ぐ。周囲に焦げ臭いにおいが漂った。
    「今です!」
     声に応じたのは和弥。繊手が竜の前足をつかむ。次の刹那、竜の体が持ち上がった。細身の体からは信じ難いほどの膂力。浮き上がった巨体は斜めに投げ飛ばされ、木々を倒して地に叩き付けられた。
     何かがひしゃげるような音。呼吸の代わりのように大きくひとつ跳ねて、竜は火の粉と共に消えて行った。


     戦いが終わって暫しの時間が経つと、倒れていた二人が目を覚ました。
    「雪緒、征、大丈夫ですか?」
    「ご心配をおかけしました。大事ありません」
     そっと顔を覗き込む陽太に、征は軽く首を振って答えた。私も完全復活ですよと、雪緒も笑顔を見せる。戻って来た八風が、彼女に寄り添った。
    「アオトゲちゃん、一緒に戦ってくれてありがとねっ」
    「助かったぞ」
     まりもと鈴葉がアオトゲに向き直る。借りを返しただけだと、棘のように尖った尻尾が、緩やかに揺れた。他の灼滅者達も、それぞれに共闘の礼を口にする。
     アオトゲさん、と桃花が一歩前に進み出た。
    「アオトゲさんが強力な竜種から受けた呼びかけって、どんなものだったんですか?」
     その問いに、アオトゲは小さく唸って首を傾げた。暫しの沈黙が訪れる。
    「コチラヘ来テ従エトイウ、プレッシャーノヨウナ……ウマク言エナイ」
     どうやら言葉で説明出来るものではないようだ。重ねて征が、何か気付いた事は無いかと尋ねたが、これにもアオトゲは首を捻った。
     灼滅者達が言葉を途切れさせると、アオトゲはくるりと踵を返す。
    「戦イハ終ワッタ。オレハ帰ラセテモラウ」
     お前達も帰るがいい。そう言ってアオトゲは、森の中へと去って行った。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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