放課後は逢魔の時間

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     教室の窓からさしこむ光の色に目を瞬かせ、女生徒達は言葉を失った。
     夕陽がやけに赤い。燃えるような赤に染まった佐賀の街は異界のようで、胸をざわつかせる。
     最終下校時刻を告げる放送が鳴ってから、もう随分と経つ。友達とのお喋りに夢中になって、時間を忘れて話しこんでいた。そろそろ帰らなければ、日が暮れてしまう。
     その時、聞きなれたチャイムが鳴った。こんな時間にも鳴るなんて知らなかった。少女達は帰ろうか、といって荷物を手にし、席を立つ。
     扉が開かない。
     少女達は慌てて携帯電話を取り出した。圏外になっている。
     二度目のチャイムが鳴る。雑音がひどい。真っ赤な夕陽はしだいに彩度を奪われ、空が不吉な斑模様の赤紫に呑まれていく。
     三度目のチャイム。音程は歪み、うなるような声が混ざりはじめる。乱暴に扉を叩く音に怯え、少女達は教室のすみで身を寄せ合う。
     七不思議のひとつ、鳴るはずのないチャイム。結末は……思い出したく、ない。
     夜が来る。
     
     四度目のチャイムはまったく異質な音。
     鳴り終わった瞬間、辺りは完全な闇に包まれ。
    「きゃあああああああああああああああああああああああああッ!!」
     ――あなたは、放課後の死神に連れて行かれるだろう。
     
    ●warning
     天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)と千布里・采(夜藍空・d00110)から、九州の学校で多数の都市伝説事件が起きているという報告が届いた。
     場所的に、HKT六六六やうずめ様の関与が疑われているが、今のところ確証は得られていない。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はそこまでを早口で説明すると、黒板に資料写真をてきぱきとはりつけた。
    「まあ考えるより行動だ、うだうだしている間に被害者が出てはたまらん。急ぎ九州に向かい、問題の七不思議都市伝説を討伐してくれ」
     
     場所は、佐賀のとある高校。
     夕日で教室が真っ赤に染まる放課後、鳴るはずのないチャイムが鳴る。
     それを聞くと異界に迷いこみ、死神に殺されてしまう……という七不思議だ。
    「次に条件を満たす日の夕方、校内には三人の女子生徒が残っている。まずは、彼女達が被害に遭わないよう下校させてくれ。普通の一般人だし、どうにでもなる筈だ」
     その後は教室で、時間が過ぎるのをただ待てばいい。
     この間教室からは出られず、また携帯電話などの通信機器が使えなくなる。
     完全に日が暮れ、四度目のチャイムが鳴り終わった瞬間、校内の照明がすべて落ち、都市伝説の本体が出現する。
     『放課後の死神』という名のそれは、殺人鬼と咎人の大鎌のサイキックで攻撃してくる。
     気を抜かなければ、さほど苦戦せずに倒せる相手だろう。
    「『放課後の死神』は、制服を着た女生徒の姿をしている。自殺した放送部の部長だとか、放課後に誰もいない教室で病死した女子だとか、色々言われているが……本当はそんな奴いなかったんだろうな」
     ところでこの話怖いか、とエクスブレインは尋ねた。
     夕陽がやけに明るく輝いている。彼にとっては、夕陽が何色だろうが別にたいした事ではないのだろう。
    「正直よくわからん。この学園に来るまで、心霊現象の類はまるで信じていなかったのでな……それに、今はより一層信じられなくなった」
     君達が倒してくれるからな、と鷹神は当たり前のように言う。
    「……今回も何者かの気配を感じるのが気がかりといえば気がかりだが、襲ってくる事はないと思われる。討伐後は安全のため直ちに帰還するように。連絡は以上だ」


    参加者
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    白石・めぐみ(ハイドレンジア・d20817)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    リーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)

    ■リプレイ

    ●1
     教室の扉を開けた灼滅者達を見て、女生徒達は驚き、目を円くした。
     今からこの教室を使うので。そう言えばいいだけ――嘘では、ない。
     湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)が口を開く前に、六条・深々見(螺旋意識・d21623)がすたすた教室に入っていった。戸惑う彼女達へ、にこりと笑いかける。歪な美しさに気圧される少女達を、突如身のすくむ威圧感が襲った。
    「早く家に帰ってねー」
    「は、はい……」
     女生徒達は鞄を手に、いそいそと席を立つ。辺りに満ちた殺気が背を押した。三人が足早に去るのを見送ると、ひかるは己を恥じるように俯いた。
     姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)が音を遮断する。窓から望む佐賀の街は、都心とは比較にならぬ静けさだ。古民家の並ぶ街並みは、燃えるような夕陽と相まって室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)の郷愁を誘う。
    「一応教室の机とかは邪魔だし、隅にどかしとこーかしら。照明も早めに設置しときましょ」
     小柄ながらもきびきびと動く夜桜に仲間も同意し、机を下げる。
    「『お』ーは音楽室の目が動くベートーベンの肖像の『お』ー♪ 『り』ーは理科室の動く人体模型の『り』ー♪ 『ほ』ーは放課後の死神の……」
    「ちょっと男子ー、マジメにやんなさいよ!」
    「へィへィ」
    「霧凪さんも頑張ってねー。じゃないと額に犬とか肉とか書いちゃうかもよォ?」
    「……俺も含まれていたのか」
     自作の『学校の七不思議の歌』を口遊みながら机を運ぶ楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)を、夜桜も冗談めかして叱咤する。黙々と作業していた霧凪・玖韻(刻異・d05318)としてはとばっちりだ。二人を監督しながら、夜桜は七不思議ねぇ、と呟く。
    「あたしん小学校にもあったケド、実際には何も起こらなかったし、具現化しなければホントただの戯言よね」
    「確かに何が怖いのかまるで解らない話だしな。『夕日で教室が真っ赤に染まる』のは自然現象で有り得る範囲だし、チャイムはそもそも鳴る物なので『鳴るはずがない』かは主観の問題だ」
    「まァ具現化したトコでブッ潰せばイイだけの話さネ。『と』ーはトイレの花子サンの」
    「まだあんの!?」
     そのやりとりにくすりと笑い、白石・めぐみ(ハイドレンジア・d20817)は幾つかの机に黒猫を模したランプを置く。灯りを入れると、黒猫が白猫になった。香乃果やリーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)も可愛いね、と笑みをこぼす。
    「しかし徒歩で九州まで来るはめにならず安心した」
    「うちの学校も大変だよねー。わたしは石垣島まで行ったことあるよ! 湊元さんは?」
     リーナに話をふられ、一人で教卓を運んでいたひかるははっとする。
    「……この間福島に」
     ――キーンコーンカーンコーン……。
     その時チャイムが鳴り、ひかるは言葉を吞んだ。盾衛が出入口へ近づき、ぐいと扉をひく。彼が力を入れても、扉は重く、ぴくりとも動かない。
    「裏で何モンがコソついてンのか知らねェケド、殺る事ヤッときマスかネ」
     そう言うと、盾衛は手近な椅子へ無造作に腰かけた。
     『何者か』は本当にいるのか。めぐみは念の為DSKノーズで警戒していたが、業の臭いは感じない。
    「なんだか変わった都市伝説だねー」
     扉を軽く叩き、リーナは不思議そうに首を傾げた。
    「どうやってるんだろう? 聞いたら教えてくれないかな?」
     振り返ったリーナは、窓から差しこむ光の色に目を細める。白銀の髪が、夕陽を照り返し真っ赤に染まっていた。

    ●2
     持参した料理本を閉じ、香乃果はふと窓の外を眺めた。
     刺すような赤光は衰え、暗い紫が空を端から喰らい始めた。刻々と、夜が迫る。彩りの抜け落ちた香乃果の髪は、複雑な夕映えを最も色濃く写し取る。
     玖韻が席から立ち上がり、窓に歩み寄る。玖韻は拳で軽く窓を叩くと、少し考え、椅子で殴りつけた。ガンと音がしただけで、窓はびくともしない。
    「霧凪さん、何かあったんですか?」
    「いや。退路の確保という意味で、一応窓が割れるか確認しておこうと思ってな」
     予想通りの結果だったのか、玖韻は席に戻った。遠くを眺めるようで仲間を見ている、鋭くも親身な眼差しも、現実的な物言いも、香乃果の親しい人々に重なるようだ。夕焼けが好きだという友人に、どうしてと尋ねてみたくなった。
     ……携帯を見た。確かに、圏外になっている。
     深々見がノートに文字を書きつける音だけが、寂とした教室にやたらと鳴り渡る。世界から取り残されたような心細さを覚え、香乃果は再び窓の外を見た。
     鳥が飛んでいる。あの鳥は家に帰る所だろうか。いつか見た朝焼けが重なって、少し心が軽くなった。
     帰らなければ。東京で香乃果を待つ人達も今、同じ夕陽をきっと見ている。

    「なんでドロップ来ないのよ! う~、暖房効いてない学校って寒いわね」
     ゲームに飽きたのか、夜桜はイヤホンを外し、マフラーを口元に寄せた。暗くなるにつれ、冬の夜気は窓を越え、迫ってくる。ちこの毛づくろいをして時間を潰していたリーナも、参った顔をしてもふもふの毛にぽふりと顔を埋めた。
    「ほんとだね。毛布持ってくればよかったな」
    「七不思議とかって何処でもあるケドさ、何もこんな寒い時期の学校に出なくたっていいジャンねェ」
     とことん絡み倒す気らしい。夜桜は伸びをすると、壁際に立っている玖韻へ無茶振りをし始めた。
    「霧凪さん、暇だからなんか怖い話でもしてよ」
    「怖い話かは解らないが、学校と言う施設はある程度の安全が確保されている副作用で内部の人間の緊張感が薄いので、過去に死亡者がいても別に不思議はない。良くある例では運動中に急死や高所からの落下だな」
    「そーゆーのじゃなくてさあ……」
     霧凪さんって結構いい人なんだな、と思いつつ、リーナは声をかけてみようかとひかるへ目を向けた。ひかるはブランケットを膝にかけ、縮こまるように本を読んでいる。名のない霊犬も、生き写しのように足元でじっと伏せていた。

     ――ギィンゴォンガァンゴォン……。

     ひかるは一瞬びくりと身じろぎ、ブランケットをかけ直す。
     元々集中力なんて、無いし。
     燃える夕陽へ、ひかるは怯えるような、焦がれるような眼を向ける。その赤の裏に何を――誰を見ているのかは、彼女しか知りえぬ事だ。
     近づく闇の気配に、心穏やかでないのはめぐみも同じだった。編み物に集中しようとするも、足に何か当たっただけで飛びあがりそうになる。
     ……深々見のナノナノ、きゅーちーが床を転がっていたようだ。その愛らしさにほっとし、めぐみはきゅーちーを抱き上げる。
    「気をつけてください、ね」
     床に深々見の消しゴムが落ちていた。彼女はメモを片手に、相変わらず楽しそうにペンを走らせている。消しゴムを拾い、めぐみが席を立つと、深々見のノートがちらりと見えた。
     冗談か否か『ナノナノへの薬物投与:経過観察まとめ』『凌駕実験:KO回数1000(凌駕0)』などどいった、恐るべき見出しがそこに並んでいる。
    「あれ、消しゴム落ちてた? ありがとー♪」
     こくこくこく、と頷き返し編み物に戻るも、めぐみの手元は一層震えだす。相変わらず『何者か』の気配はないが、大した気休めにもならない。
    「(へっ、へいじょうしんへいじょ……)」

     ――ギィィィンカンゴォォン……。

    「いやー!?」
     ぶち、と猫用マフラーの糸が切れた。
     歪んだチャイムが消えた途端、ドンドンドンと強く扉を叩く音がし始めたのだ。ひかるもひっ、と息を吞む。
     早く、早く終わらせて帰りたい。斜陽の廊下、赤い教室、迫る闇。退けたあの時からも、何時も傍にある。完全に亡くすことなんて――出来ない。
     ブランケットで体を包み、目を瞑って、自分に言い聞かせた。もう少しの、我慢。夢の中に逃げたって何も変わらない。何も、何も。
    「放課後の死神かー……」
     深々見はペンを置き、どこか楽しげに呟く。倒せると判っているならどうという事はない。そして彼女は、ぞっとする程無邪気な笑みをみせる。
    「サイキックとか通用しない類だったら……それはそれで面白そうだから会ってみたいけど!」
    「倒せないのは困るなぁ……あれ? 楯守さんは?」
     リーナがきょろきょろと教室を見回した。大人しいと思っていたら、盾衛の姿が見えない。馬鹿な。この教室からは出られない筈だ。
    「先に連れていかれちゃったとか……ないよね」
     その時。
     重く、低い金属音が教室に圧し掛かった。この世の終わりを告げる鐘のような、音とも呼び難い音。
     負けずに『Fight,on my fist』と、夜桜が力開放の文句を叫ぶ。同時に、机の下から何かが飛び出してきた。一行は武器を構える。金属音に重なって、男の叫び声が響く。
    「よッ、はッ、ほッ、ハイ!!」
    「きゃあー!! ……え?」
     リズミカルにステップを踏む謎の影に、めぐみは叫び声をあげ。
     直後、何かに気づいたように空色の瞳を見開いた。
     そして。
     夜が来る。

    ●3
     ランプやネックライトが仄かに教室を照らす中、彼女は影のように、扉の傍に佇んでいた。
    『私の教室で何をしているの』
    「アラ? 居たンDEATHねィ死神チャーン。チョイと新たな七不思議『放課後の教室でバンブーダンスする男子生徒』でも生み出そうと思ってネ」
     決めポーズを取ったまま、盾衛はにやにやと笑う。数々のダークネスを怒らせてきた挑発力は流石、と言うべきか。『放課後の死神』と呼ばれる虚構も、昏い瞳で盾衛を睨んだ。
    「……ッてしまッた目撃者が居ねェ……」
    「あはは、その実験面白いねー! 私が噂流しとこっか?」
     悪びれない盾衛に、手を叩いて笑い転げる深々見。仲間達は溜息をついた。緊張や閉塞感が一瞬で崩れ去り、ある意味助かったともいえる。敵の怨嗟の視線を流すように、盾衛はひらひらと手を振った。
    「やーねェ、七不思議なンて子供の箸休めみてェなモンでマジモンの死人まで出しちャッてどうすンの」
    『……貴男、私を追い出すつもり?』
     その声にどこか焦りを感じ、香乃果は胸を痛めた。学校という場所と、そこへ集う人がおりなす悲劇や、負の感情。或いは執着や郷愁が、彼女の正体だろうか。
     途端に、盾衛の顔つきが一変した。自在刀を素早く分解延長すると、敵の身体に鎖を巻きつけ引きずり倒す。倒れた少女を踏みにじり、固定すると、ギロチンの如く刃を叩きつけた。
    「コンニチワそしてサヨウナラ、死ねオラァ!」
     粗野な口ぶり、獰猛な表情とは裏腹に、彼の殺人技巧は冷静に敵の急所へ咬みつく。首を押さえて転がる死神の上に、盾を構えた深々見が飛び乗り、狂おしいリズムで顔を何度も殴った。
     鼻歌交じりの深々見を敵はきっと睨む。彼女を払いのけ、闇を集めた不定形の鎌を振り下ろす。胸から腹にかけて、ばっくりと傷が走る。
     流れた血は人工的な灯りに照らされ、夕映えの教室より冷たい赤が足元を覆う。
     天星弓をひくひかるの手が震える。逃げたい。でも、人を救わねば。でなければ私なんて――強迫観念にも似た想いだけが、ひかるを支えていた。リーナの想いを理解するちこは、どこか心配そうに彼女を見つめ、一緒に深々見の傷を癒す。
    「あんまし周りをブッ壊さない様にね!」
     そう言いながらも、夜桜は鬼と化した腕で敵を殴りつけようと振りかぶる。飛んできた正拳を、敵は鎌で止め、武器を振るう遠心力で夜桜を押し戻す。
    『さよならするのは貴方達。連れていくわ……死の世界へ』
    「悪いケド、地獄へはひとりで帰るのねっ!」
     威勢よくそう返すと、夜桜は受け身をとって机の上へ着地した。時間は充分にある。都市伝説を包囲し、灼滅者達は慎重に戦いを進めた。
     中衛の二人が操る殺戮帯が何重にも前衛を覆う毎に、武器や足を封じられる毎に、刃の威力は削がれていった。虚構の死神は、それらへの対抗手段を持たない。
     相手を恐怖の海へと叩き落とす重さを宿した玖韻の飛び蹴りが、敵の鳩尾を容赦なく打った。
     玖韻はリーナに視線を送る。リーナは頷くと腕を交差させ、のけぞる敵に飛びかかった。盾に跳ね飛ばされ、倒れた死神の前に、めぐみが立つ。
     すると虚空から現れた黒い刃が、めぐみの髪をかすめて前衛を襲った。ひかるの霊犬がリーナをかばい、壁に叩きつけられる。
     飛び散る血、響く音。日常を壊すもの全ては、灼滅者の日常の中にある。
    「ほらきゅーちー、早く攻撃して!」
     きゅーちーのしゃぼん玉が顔に当たって弾け、敵は表情を歪める。哀しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。
    「学校は楽しいだけの場所じゃなくて、辛かったり、哀しい事も起きるよね。そんな胸懐が貴女を生んでしまったの……?」
    『辛い事があった?』
     香乃果は黙りこむ。辛い事があるとすれば――学校の思い出の一部が欠けている事。
    『私は人の畏れ。貴女がそう思うなら、きっとそうね』
     哀しいだけの記憶を学校に残していく人が増えませんように。
     思い出が、笑顔と共にありますように。
     強い願いを宿した魔力を、香乃果は杖に集束させていく。
    「わたしたち、いま伝説と戦っているんです、ね」
     刀を抜きながら、めぐみは呟く。
     武蔵坂に来るまで、本当にただの噂話だと思っていた。雨の交差点にぽつんと立っていた少女は今、少しずつ何かを守れる力を身につけている。
     春が来たら中学三年生。少し先の自分の未来――今は信じられる。二人は同時に武器を打ち下ろし、都市伝説に重傷を与えた。
     夜桜が滑走する。鋼の硬度と流星の速度を乗せた拳を、敵の顔面ど真ん中に叩きこむ。それが決定打となった。
    「噂が事実になる、か。人ってホント、残酷ね」
     ごめんなさい。
     呻き声とともに崩れゆく少女へ、ひかるは謝罪の言葉を呟く。何の意味もない、分かっている、でも。
    「……ごめんなさい……」
     これだってきっと夢。誰かの妄想が見せた、放課後の幻。

     後片付け位したいが、即撤収を推す意見が多い。そんな中、めぐみだけがしきりに辺りを見回し、鼻をひくつかせていた。どうしたと問う仲間達へ、彼女は思いもよらなかった事実を告げる。
    「戦いが始まる前後くらい、だったと思い、ます。……DSKノーズで『死神さん以外の敵の臭い』を感じたん、です。今は感じ、ません」
     ――つまり、その一瞬だけ『半径30m以内に何者かがいた』事になる。
     その気こそなかったが、警戒行動が思いがけず貴重な情報に繋がった。盾衛は都市伝説が消えた場所を一瞥し、変わった様子がない事を確認すると、何もなかったかのように踵を返す。
    「君子チャンは危うきにノータッチ。片付いたンならさッさと帰るべ」
     この情報が何を意味するのか。学園に持ち帰り、少し考えてみる必要がありそうだ。周囲を警戒しながら、一行は急ぎ教室を出た。
     教室の電灯を切る。ぱちん、と軽い音。香乃果が花瓶に忍ばせたネモフィラの可憐な青が、一瞬闇に浮かんで、溶けた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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