愉快な淫魔と斬新な仲間たち

    作者:邦見健吾

    「誰も見たことがない、斬新な納豆ロールだよー」
    「みなさーん、納豆ロールはいかがですかー?」
     怪しい男たちが運営する露店の前で、きわどい水着を着た女の子が客引きをしていた。その手には、たっぷりの納豆と生クリームを包み込んだロールケーキ。
    「おじさーん、納豆ロールお1つどうですか?」
     女の子が小首を傾げて男性に笑いかけると、男性の顔がだらしなく緩んだ。ついでに豊かな胸のたぷんと揺れる。
    「へっ、いくらだい?」 
    「1万円になりま~す」
     高額をふっかけるが、すでに鼻の下の伸びた男性はそんなことも気にせずに納豆ロールを買っていく。
    「……」
     そしてその光景を静かに見つめる、藍色の双眸があった。

    「……私が得た情報は以上です」
    「ありがとうございました。ラブリンスター達が斬新・京一郎の配下を勧誘するという霧月さんの予想が的中したようですね。どうやら、斬新コーポレーションの社員たちは見返りとして協力するよう淫魔に要求したようです」
     霧月・詩音(凍月・d13352)が自身の目で見たことを述べると、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn01014)が説明を引き継ぐ。
    「斬新コーポレーション所属の強化一般人は、ラブリンスター配下の淫魔の協力を得て納豆ロールなる商品を高額で売りつけています。小さな事件ですが、放置するわけにもいかないので強化一般人を止めてきてください」
     斬新コーポレーションの強化一般人は派遣社員という立場らしく、斬新な方法で会社に貢献しようとしている。彼らの労働意欲はとても強く、元に戻すことはできないだろう。
    「ラブリンスター配下の淫魔については、説得すれば戦わずに引き上げてくれるかもしれませんが、場合によっては強化一般人とともに戦闘に加わります。淫魔を灼滅するかどうかは皆さんの判断にお任せします」
     強化一般人と淫魔は商店街の出口付近で客引きをしている。そのまま戦闘すれば一般人を巻き込んでしまう可能性が高い。
     戦いになると、淫魔はサウンドソルジャーのサイキックとシャウトを使用する。強化一般人は5人おり、ティアーズリッパーや黒死斬に似たサイキックを使う。淫魔を含めると相手の数が多く、油断は禁物だ。
    「セイメイとの交渉は阻止しましたが、斬新・京一郎は健在です。小規模とはいえ斬新コーポレーションの戦力を削るチャンスです」
     蕗子は説明を終えると、湯呑の茶を飲んでから席を立った。


    参加者
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    相良・太一(再戦の誓い・d01936)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)
    神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)

    ■リプレイ

    ●納豆ロールおひとつどうですか?
    「納豆ロールおひとつどうですかー? ……あれ? 人が来ないですね~」
     通行人が途絶えたことに、売り子をしていた淫魔が首を傾げるが、それもそのはず。シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)が殺界形成を使用し、一般人を遠ざけたからだ。
     じーっ。
     そこに、淫魔をじっと見つめる少年が1人。その熱い視線はたぷんたぷんと揺れる胸に注がれていた。
    「納豆ロール、おひとついかがですか~?」
    「あ、じゃあ1つ」
    「1万円になりま~す」
     少年は熱に浮かされたように、言われるがまま代金を支払って納豆ロールを受け取り、名残惜しそうに淫魔に背を向けて去ろうとする。
    「って、そうじゃねえ! ふう、流石はラブリンのとこのアイドルだ。俺じゃなかったら危なかった!」
     そこで相良・太一(再戦の誓い・d01936)は目を覚まし、淫魔に向き直った。確かに、太一でなければ1万円も出せなかったかもしれない。さすが太一。
    「ちょっと待ってくれ、そこの淫魔ちゃん! 斬新コーポレーションは六六六人衆、殺しが本分だ。歌って踊るアイドルとは水と油だぜ! 隙あらば乗っ取る奴らだし、信用できねーよ?」
    「あ、もしかして武蔵坂の灼滅者さんですかぁ?」
    「そう……なの。学園……襲われた時は……助けてくれて、ありがとう。恩人の……あなたとは……戦いたく……ないの。ここは……引いて貰えない……かしら?」
    「えー、ならほっといてくださいよー」
     シエラも淫魔に退いてもらおうと説得するが、淫魔は聞く耳を持たない様子だ。
    「君の名前は?」
    「ミナコちゃんでーす。よろしくね☆」
     蓮華・優希(かなでるもの・d01003)が名前を尋ねると、淫魔は前かがみになって自己紹介した。太一の視線が、重力に惹かれた2つの果実に吸い込まれる。
    「どうして彼らに協力しているのかな?」
    「納豆ロール売り切ったら転職してくれるって言うから協力してたんですぅ~」
    「そうか。ところで、ラブリンスターのファンの多い学園と敵対する彼らに力を貸すということは、どうなのだろうね?」
    「じゃあどうしろって言うんですかー? ぷんぷん」
     優希が揺さぶりをかけようと敵対関係を持ち出すが、それは武蔵坂と斬新コーポレーションの話。ラブリンスター勢力としては少しでも戦力は欲しいだろう。
    「そいつら仲間に引き入れちゃまずい事にならねぇかな。信用しちゃならねぇよ、そいつら会社の為なら平気で裏切るぜ」
    「でも~」
     天使・翼(ロワゾブルー・d20929)も説得に回り、ミナコに決別を促す。
    (「無闇矢鱈になんでもかんでも灼滅なんてしてたら気が滅入っちまうよ。ま、ひとまず説得頑張るか。オレはオレのタスクを果たすぜ、絶対にな」)
     倒さずに済むのなら、倒さずに事を収めたい。説得を聞いてもらえればいいのだが。
    「それに、そんな奴らを仲間にしたってなると――」
    「おいお前ら! 何してんだ!」
     説得を続けようとするが、そこに店舗の裏にいた派遣社員たちがぞろぞろと現れ、灼滅者たちに襲いかかった。

    ●納豆ロール、美味しいよ
    「てめえら武蔵坂のガキどもか!」
     派遣社員たちが包丁を振り回して襲いかかってくるが、灼滅者は応戦しながら淫魔に説得を続ける。
    「この方々の愛社精神は近くで見ていたハズです。その彼らが会社に背を向けてでも協力してくれると思いますか? 貴女は良い様に利用されようとしています!」
     姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)は長短二振りの刀を抜き放ち、優雅な足運びで舞い踊る。淫魔にも思惑はあるのだろうが、ラブリンスターは共闘もした間柄。良い様に利用されたり、敵に回ってしまうのは見過ごせない。
    「……そこの派遣社員達が所属している会社は、学園と敵対している組織です。彼らと手を切ってこの場を去るのならあなたは見逃しますが、どうしますか」
    「でもでも~」
     過去に淫魔との因縁を持つ霧月・詩音(凍月・d13352)は、無表情のまま淫魔に警告する。
    (「……淫魔も少しは勧誘する相手を選ぶべきではないでしょうか。わざわざ学園と敵対している組織の者と手を組むなど、灼滅してくれと言っているようなものでしょう」)
     淫魔は灼滅したいところではある。とはいえ今ラブリンスター勢力に正面切って敵対するのは得策ではないだろう。詩音は腕をかざすと、不可視の術で派遣社員たちから熱を奪った。
    「納豆ロール、美味しかったと? 美味しくなかとを宣伝させらるっとは嫌じゃなかね?」
    「売り子がそんなこと気にしちゃダメですよ~」
     二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)はサウンドシャッターを使用し音を遮断する。さっき買っていた太一が意外といけると言っていたが、今は無視しよう。
    「斬新から引き抜くごたっけど、本当に信用できっとね? まだ労働意欲も消えとらんごたっし、スパイとして内部に潜り込まれるかもしれんよ?」
    「むー、しつこいなぁ~」
     少しむっとして口を尖らせるミナコ。他者を魅了することに長ける淫魔には、信用できないと言われても説得力に欠けるか。
    「人材集めは、お互い様。斬新も、戦力を必要としてる。あの人達、頭だけは良さそうだからね。恩を売って引き入れて、利用しようと思ってるのかも」
     神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)はぽつぽつと呟くような口調ながらも、斬新コーポレーションのことを伝える。斬新コーポレーションがラブリンスターに食指を伸ばすのは、武蔵坂にとって良い展開ではない。
    「どっちを信じるかは任せるけど、ラブリンスターには恩があるからね。……僕達なりに、伝えることは伝えたよ」
    「ミナコはミナコの魅力を信じます! というわけで、灼滅者の皆さん、ここはお引き取り下さい!」
     斬新コーポレーションとの敵対は武蔵坂の関係であり、勧誘しているのは強化一般人の下っ端で脅威としては小さい。灼滅者たちの言葉は、相手の立場を考えた上での説得とは言い難かったかもしれない。

    ●納豆ロールを賭けて(違います)
    「意外と美味しい! でもネバネバと甘さが後から喧嘩する!」
     太一は納豆ロールの感想を口に出しながら縛霊手の祭壇を展開。結界を構築して社員の動きを奪った。淫魔の説得には失敗したものの、先に強化一般人を倒して淫魔の灼滅はできるだけ避ける作戦だ。
    「本当に彼女に協力するというのならば、貴方方の社長に対しても自分達は会社を捨てて彼女に協力すると言えますか?」
    「誰が言うかガキ!」
     セカイは抜刀とともに刀を横薙ぎに一閃。刃の軌跡が三日月を描き、社員たちを切り裂いた。しかし社員たちも退かず、包丁を突き出して反撃する。
    「……はあ」
     うんざりといわんばかりに溜め息をつき、詩音は足元の影を伸ばす。影は地を這って敵に迫り、眼前で口を開けて呑み込んだ。影に呑み込まれた社員の精神に外傷を刻む。
    「付き合ってもらうぜ? 少しだけな」
     翼が淫魔を引きつけている間に、仲間が派遣社員を倒す手はずだ。翼は杖に炎を走らせ、ミナコ目掛けて叩きつけた。しかしミナコは軽やかにダンスのステップを踏み、炎の一撃を回避する。
    「お返しです~」
    「ぐっ」
     そしてミナコはアイドル淫魔らしく、歌で翼に攻撃。神秘の歌声が翼の精神を揺さぶった。
    「~~♪」
     すかさずシエラが天上の歌声を響かせて翼を癒す。囁くように優しい歌声が思考を正常に戻し、霊犬のてぃえんだも浄化の眼差しを送った。
    「手加減はせんたい」
     牡丹の体に巻きついたダイダロスベルトが羽のように広がり、派遣社員たちに触手を伸ばす。逃げる社員を追いかけて捕まえ、そのまま縛り上げる。
    「いくよ……」
    「うわあっ!」
     人造灼滅者である湊詩は鳥人の姿になり、エアシューズを駆動させて飛ぶように地を走る。疾走とともに足に炎を纏わせ、強化一般人を蹴り上げた。炎が敵を焦がし、さらなるダメージを与える。
    「やはり上手くいかないな」
     優希はテレパスで強化一般人の思考を読み取ってみるが、その内容は当てにならない。それでも戦闘に支障はなく、左手に持つロッドを打ちつけ、魔力を流し込んだ。
    「がはっ」
    「ああっ、イノウエさん!?」
     優希の攻撃で1人目の派遣社員が沈黙。残る社員は4人となった。

    ●さらば納豆ロール
     背中の傷から生えたデモノイド寄生体が翼の腕と殲術道具を呑み込み、巨大な砲台として作り変える。
    「邪魔させてもらうぜ」
    「きゃあ!」
     砲門から迸る死の光線が、ミナコを襲った。翼の攻撃はあまり有効打にはなっていないが、嫌がらせとしては十分か。
    「もぉ~、痛いですぅ~」
     ミナコが文句を言っている間にも、灼滅者たちは強化一般人に攻撃を続ける。
    「とりゃああ!」
     太一が閃光を帯びた拳を高速で振り抜くと、無数の拳が敵を打ち、社員の1人が力尽きて倒れた。
    「……消えてください」
     詩音が指輪から魔弾を放ち、別の社員に制約を加える。
    「そこまでです」
     間髪入れずセカイが接近、一足の間合いに入ると同時に抜刀し、すれ違いざま切り捨てた。
    「おっと」
    「死ねえ!」
     戦闘中、後方に転びそうになる優希。そこに派遣社員の1人が斬りかかる。
    「それはどうかな」
    「ぎゃああ!」
     しかしそれは優希のフェイク。踵が地面を踏む音を合図に中空から雷が発生し、頭上から社員を打ち貫いた。さらに湊詩が縛霊手を叩き込み、引導を渡す。
    「これで終わりたい」
     牡丹がダイダロスベルトを伸ばし、感電した社員を拘束。ビハインドの菊が霊力を鎌に宿して一閃する。
    「……んっ」
     シエラの影が形を変え、腕となって社員の四肢に巻きつく。てぃえんだも斬魔刀を振るって追撃を与えた。
    「店じまいだな、これで」
    「ぐはああああっ!」
     最後に翼がロケットを点火し、ハンマーで強打。最後の社員が吹っ飛ばされた。
    「イトウさん、タカギさん、ハシモトさん!? あとえーっと……サノさん!?」
     派遣社員を全員倒され、困惑を隠せない様子のミナコ。丸裸にされ、灼滅者に取り囲まれている状況だ。
    「これで……戦う理由……なくなった……よね? 引いて……貰えない?」
     味方を失ったミナコに対し、シエラは帰るよう促す。ここで淫魔が向かってくるなら、今度こそ灼滅しなければいけない。
    「あんたを残したのは最後の誠意だ。もう一度考えて――」
    「ビエーーーーン!」
     太一の言葉を遮り、ミナコが大声で泣き始めた。肩を震わせながら、目から大粒の涙を零している。
    「うええええん! いじめられたって、ラブリンスター様に言いつけてやるー!」
     そして捨て台詞を残し、泣きながら全力疾走。あっという間に灼滅者たちの視界から消えていく。
    「……行ってしまったね」
     もう怪しげな連中と手を組まないようにと釘を刺そうとした優希だったが、その暇もなく淫魔は去ってしまった。まあ、あの様子だと言っても意味はなかっただろうが。
    「……」
     詩音は淫魔の去った跡を忌々しげに見つめる。詩音にとってダークネス、特に淫魔は全て灼滅すべき敵だ。
    「……納豆ロールって、どんな味なんだろ」
    「納豆の塩気が――あ」
     湊詩がぽつりと漏らした言葉に反応し、味を説明しようとする太一。しかし何かを思い出し、途中で説明が止まる。
    「あー! 1万円取られたー!」
     ぼったくられた納豆ロールの代金は淫魔が持ち去ってしまった。とはいえ、一度は納得して払ったお金である。一般人ならともかく灼滅者なら言い訳はできない。
    「ま、それは仕方ないたい」
    「勉強料ですね」
    「最高級納豆使用って袋に書いてあるぜ。意外と高級品なんじゃね?」
    「う……」
     牡丹、セカイ、翼に口々に言われ、黙るしかない太一。そしてその後は納豆ロールのことが話題に上ることはなく、そのまま帰路についた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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