開かずの扉

    作者:森下映

     熊本県のとある中学校。
    「そういえばいつも気になってたんだけど」
    「うん?」
    「あそこ……廊下のつきあたり。なんか扉あるよね。何の部屋なんだろう」
    「あんた知らないの? あそこは『開かずの扉』だよ」
    「『開かずの扉』?」
    「そう、うちの学校の七不思議の1つ。開かないはずの扉が夜中の0時ちょうどなら開くの。そのかわり中から赤い腕が出てきて、引きずり込まれたら最後、2度と戻ってこれないんだって……」
    「ちょ、脅かさないでよ! 七不思議なんて噂でしょ?」
    「うん……でも隣のクラスにさ、ずっと休んでる子いるじゃない?」
    「え、まさか、」
    「七不思議のこときいて、ぜってーオレが扉あけてやる! っていつも言ってたんだって。それでついに夜中に学校に入り込んだらしいんだけど……それっきり行方不明……」
    「!!!」

    「みんな、集まってくれてありがとう。天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)さんと、千布里・采(夜藍空・d00110)さんから、九州の学校で多数の都市伝説が実体化して事件を起こしているという報告があったんだ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言った。
    「場所が九州に特定されている事から、HKT六六六及び、うずめ様の関与が疑われているけど、確証はなし。どちらにしてもこのままでは、多くの生徒たちが被害にあってしまうから、急いで解決に向かって欲しい」
     今回予知された都市伝説は『開かずの扉』。本体は扉の中にいて赤い人型をしており、『腕』にひきずりこませた者を殺してあとかたもなく食べてしまう。
    「夜学校に侵入して、0時ちょうどに扉を開けると接触できるよ。誰かがひきずりこまれたら、扉を押さえるとかして、閉まる前に全員で飛び込んでね。扉の中は普通の教室より少し狭いくらいの部屋になっていて、真っ暗だけど広さは戦闘に支障ないと思う」 
     都市伝説は身長2メートル程の人型の『本体』と、5体の『腕』。腕はクラッシャー、本体はジャマーにおり、腕が全部先に灼滅されるとクラッシャーへ移動する。本体の使用サイキックはストリートファイター相当と縛霊手相当、腕は掴んでひきずる、投げ飛ばす、殴るといった攻撃をしかけてくる。
    「それから……何者かの気配を感じるんだ。襲ってくることはなさそうだけど、事件解決後は安全のため、すぐに帰還するようにしてね。じゃあ、よろしくね!」


    参加者
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)
    フィリア・スローター(ゴシックアンドスローター・d10952)
    黒影・瑠威(贖罪を望む破壊者・d23216)
    仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)
    加々見・亜梨子(グランギニョルの詠み手・d28107)
    クロード・イルファン(走馬灯・d30182)

    ■リプレイ


    「うぅ、夜の学校って不気味ですね……」
     皆の後ろに隠れるようにしながら、仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)が言った。
    「確かに……夜の学校、というのは雰囲気がありますね……」
     月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)も言う。問題の扉の前。灼滅者たちは都市伝説との接触に備えていた。
    「しかも七不思議が現実の物になってしまうとは……更に怖いです……ぶるぶる」
     聖也が言うと、
    「学校の七不思議、ね……ふふふ」
     いつも持ち歩いている童話の本を小脇に、持参の懐中電灯の具合を確かめている加々見・亜梨子(グランギニョルの詠み手・d28107)が、抑揚のない口調で言った。光源を持っていない者もいるため、床に置いて全体を照らす亜梨子の懐中電灯は重要な役目を果たすだろう。
    「都市伝説らしいといえばらしいお話ですが、少々厄介な相手ですね」 
     桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)が言う。傍らにはライドキャリバーのヴァンキッシュがいる。
    「開かずの扉、その奥には……という話ですか」
     言いながら彩歌は、そういえば学園にも『開かずの扉』といわれている場所がいくつもあることを思い出す。
    (「大体その正体は、楽しいクラブだったりするのですが」)
    「九州地方での都市伝説の頻出は止まないのですね」
     詠子が言った。
    「気配を感じると言っていましたが……いったい何がいるのやら」
     黒影・瑠威(贖罪を望む破壊者・d23216)が言う。詠子は、
    「地域からして敵の目星はつきますが……」
    「もしHKTの関与があるなら阻止しないとですね」
     と、幼馴のビハインド、時神・御影を伴ったクロード・イルファン(走馬灯・d30182)。
    (「うずめ様の関与であれば話し合いをしたいところですが、今回は調査より事件の解決を優先しましょう」)
     スサノオの畏れが形になったというのなら、七不思議も恐怖が発展すれば第2のスサノオのような存在になりえるのではないか? などとクロードは自分なりに考えを巡らせていた。が、推察は推察。都市伝説灼滅を優先するなら、そのように行動しなければならない。
    (「襲ってくる気配がなさそう……というのも、逆に不気味ですね」)
     とはいえ危険なものではないという確証もない、と彩歌は思う。自分たちが『何か』を気にするのと同じでその『何か』も私達がどう動くのかを気にしているとしたら、
    (「こちらから飛びこんでくるのを待っている可能性もあります」)
     彩歌も正直なところ調べてみたい気持ちがないわけではなかった。しかし彩歌も今回は都市伝説を片付けることを優先としている。
     一方、扉を開ける役を買って出ている長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)は、万が一自分が一気に引きずり込まれてしまった時に備え、自分の腰とフィリア・スローター(ゴシックアンドスローター・d10952)のライドキャリバー、バイク王とをロープで結びつけて準備をしていた。
    (「何者かの気配か。可能性としてはHKTの可能性が高いんだろうけど」)
     カンナビス戦に現れたソロモンの悪魔も気になる。そしてこの都市伝説の発信元は本当に学生なのか……誰かが故意に流したものではないのか、ということも。
    (「ま、考えても仕方ないし、今は都市伝説の灼滅を優先しないとね」)
     隠された目の表情はわからないが、麗羽に仲間のためには犠牲を厭わないという強い意志がある。
    「何にせよ、被害が出る以上は放っては置けません」
     詠子が言う。もうすぐ時刻は0時になる。聖也は集中するために、 大きく深呼吸をした。


    「開けるよ」
     0時ちょうど、麗羽がドアを開ける。途端情報通り、中から現れた手が麗羽の腕を掴んで引きずり込もうとした。
    「く、」
     麗羽が自由の効く側の手でドアをおさえる。その隙になだれこむように室内へ入る灼滅者たち。真っ先に飛び込んだ亜梨子は床に懐中電灯を置き、攻撃に備えてハートのマークを胸に浮かべると、自身の魂を闇へと傾けた。聖也のヘッドライトが室内を照らし、瑠威が放出した黒い殺気で室内が埋められていく。
    「いくですっ!」
     聖也が縛霊手から祭壇を展開。麗羽を掴んでいる腕を含む5体の腕を、まとめて結界の中へ捕らえた。瑠威の殺気と聖也の結界で怯んだ腕を麗羽が振り解き、その間にバイク王とフィリアも中へ。扉がバタンと勢いよく閉まり、彩歌がロープを切断する。
    「その姿は引きずり込まれたら死んでしまう……というイメージの具現化というわけですか」
     ライトの光の中、動きまわる赤い腕を見ながら、彩歌が言った。そして蒼き焔の護印が彫刻された、姉の螢手製の縛霊手、蒼月之篭手から霊力を撃ち出し、麗羽の傷を回復する。本体はまだライトの死角に佇み目立った動きを見せない。が、5本の腕が一斉に前衛に襲いかかってきた。
     迷わず前に出る麗羽。殴りかかってくる腕に対し自ら間合いを詰め、WOKシールドから出現させた障壁で逆に先んじて殴りつける。
     ガン! と床に腕が叩きつけられた。が、すぐさま指を開き、今度は掴みかかろうと跳び上がる。麗羽は避けるでもなく、腕に軽く手首を掴ませると、そのまま横へ投げ捨てるように薙ぎ払った。
    「ごちゃごちゃと邪魔くせぇッ!!」
     普段と同一人物とは思えない詠子の剣幕とともに、ヴァンキッシュのエンジン音が響く。詠子は頭上に開いた祭壇から結界を構築。ヴァンキッシュは手近な腕を突撃で跳ね飛ばした。
    「……腕邪魔」
     フィリアの手元で槍が回転する。バイク王が機銃を掃射する中、フィリアは槍を手に5体の腕に向かっていった。槍が巻き起こす風がフィリアのポニーテールを揺らし、走る勢いにスカートのフリルがひらり舞う。槍に弾き飛ばされる側から、行動を支配された腕の何本かが空中で方向を切り返し、フィリアに襲いかかった。
    「みっちゃん!」
     クロードと御影が、フィリアに向かう腕の1体に一緒に狙いを定める。御影が霊撃を放ち、次の瞬間クロードが腕を高速で切り裂いた。
    「きます」
     彩歌が言う。赤い人型の本体が聖也のヘッドライトに照らされた。 赤い腕にピシッ、と黄色い雷の電光が走る。人型は拳に電撃を纏わせ、まだ攻撃から体勢を立て直しきっていないクロードへ突進した。
    「させるかッ!!」
     クロードを人型の拳が殴り上げる前に詠子が飛び込む。三つ編みが肩から浮いて後方へ流れ、瞬間高く振り上げられた詠子の片足のシューズが、人型の拳と激しくぶつかった。飛び散る雷鳴。飲み込もうと侵食する詠子の影。クロードが後ろを抜けたのを確認、詠子は拳をそのまま回し蹴って自分も体勢を沈め、間合いを離れる。再び各々、腕は前衛に襲いかかった。
    「さぁさ、それでは今宵の物語を吟じるとしようか」
     そう言って亜梨子が本を開く。刹那凍てつく5本の腕。パキン、と氷が割れる音とともに、1本の腕が砕け散り、消えていった。


     広さはあるが、敵の数も多い。赤い腕と本体、灼滅者たちは激しく交錯しながら戦闘は続く。
     本体が右手の手のひらを開いた。巨大化したそれから血の網がとび、彩歌と亜梨子が捕らえられる。
     すかさず襲いかかろうとする腕。途端、室内を覆い尽くすように瑠威から藍の翼が広がった。瑠威の麗華藍帯【護鎧剣】は意志を持って蠢き、飛ぶ。藍帯は腕の全てを捕らえ、バシュ! という音とともに1本の腕が巻きとられて消し飛んだ。
     彩歌は前衛の回復と浄化を行おうとする。が、詠子と麗羽が個別の回復を請負い、自己回復手段のあるものは自分で回復するのを確認。彩歌は霊的加護を受けた赤い金属の長剣、斬仙を構え、祝福の言葉を変換した風を自分と亜梨子をとりまくように開放。ともに結界から抜け出した。
    「はあああああーっ!」
     指を広げ、まっすぐに襲いかかってきた腕を、聖也は全力疾走で回避する。そして十分に距離を置いたところで右腕に自分をひっぱらせるように右半身を反らし返した。ヘッドライトに照らしだされる赤い腕。聖也から夢海豚の影業が泳ぎ出る。雄々しく襲いかかる海豚の口の中へ腕はすっぽりと飲み込まれ、海豚が聖也の元へ戻ってきた時には、もうその姿はなかった。
    「よしっ! おっけーです!」
     聖也はマテリアルロッドを構え直すと、影の海豚を伴い、再び駆け出す。残る腕は2本。バイク王とヴァンキッシュが機銃を掃射し、
    「……潰す」
     ロッドを掲げ、フィリアが竜巻を起こした。腕が渦を巻く風に巻き込まれる。そのうちの1本に、クロードと御影が狙いをつけた。御影の毒の波動に翻弄される腕を、クロードが逆側から一撃に断つ。半分にボキリと折れた腕は地面に落ち、消滅していった。
      亜梨子が残された腕に照準を定める。人型が放った光が腕を包み、腕は勢い、瑠威に襲いかかった。その前にシールドが展開される。腕は障壁に阻まれながらも、かばいに入った麗羽の肩口を掴み、跳ね上げるように殴り飛ばした。
     空中、片脚を振りぬいて上下反転した麗羽は、逆さまの体勢から腕を、影を宿したシールドで殴る。出現するトラウマ。隙を逃さず亜梨子が両手から放ったオーラが命中した。腕はまばゆい光の中にボロボロと崩れ落ち、その向こう、麗羽が片手をついて着地する。
     怪我を負った麗羽の様子を捉え、彩歌は即座に蒼月之篭手から癒しの霊力を送った。霊力の光とライトが交差する手前、瑠威が隕鉄を刃とする青龍偃月刀、六月武【雫蝕月剣】を一閃。ポジション効果を最大限生かすよう戦略が立てられている瑠威の攻撃。光を越え、妖気から作り出された氷弾が人型へぶすりと刺さる。凍りつき動きが鈍くなった本体へ、
    「これでも喰らいなッ!」
     詠子が心の深淵から集めた黒き想念の弾丸を撃ちだした。弾丸の炸裂と同時、人型は毒に侵食されながらも前衛へ上がる――。

    ● 
    「!」
     クロードの攻撃を人型がかわし、かわりに固く握った拳をクロードの背中へ向けた。拳は走りこんだヴァンキッシュが受け止めたが、その一撃で消滅。命中率の落ちたバイク王の射撃も回避し、人型は室内を縦横無尽に動き回る。
     攻撃力を増し回復技も持つ人型との戦闘は灼滅者たちの実力以上に長引かざるをえなかった。が、彩歌を中心に回復役が粘り強く支え、押しきれるか、というところまで辿り着く。
     叩き潰さんばかりに襲ってきた巨大化した手のひらをバックステップで回避、床を叩いた手の甲を片脚で踏みつけて踏みきり、フィリアが人型の胴体を槍で貫く。そのまま今度は肩をふみつけ、飛びのいたフィリアを追いかけるように狙う拳は、立ちはだかった詠子が影を宿した縛霊手で真っ向から殴りつけた。
     外周を勢い良く回る駆動音は麗羽のエアシューズ。逆のコーナーでは瑠威の片腕でBlade Breakerが唸りを上げる。ぐるり首を回す人型。その死角にうまく入り込んだクロードが、人型の片脚を断ち斬った。
     次いで御影の攻撃も受け、不自然に傾いだ人型を、低い位置から聖也のマテリアルロッドが狙う。人型はロッドを掴みとろうと手のひらをひろげた。しかし寸前、ガスンという衝撃とともに動きが止まる。人型の背後、見据える赤茶の瞳。攻撃に転じた彩歌が放った矢が、人型の背中に刺さっていた。
     狙いすまして聖也はロッドを叩きつけ、ぴょん、と間合いをとんで抜ける。瞬間、聖也の注ぎこんだ魔力と、詠唱圧縮の解けた矢が同時に爆発を起こした。
    「さてさて、カーテンコールの準備はいいかい?」
     亜梨子の胸に浮かび上がるハート。御伽の紡ぎ手は物語を終わらせるため、自らの想念を集め、特大の弾丸を生成する。撃ちだされた弾丸の一歩先、踏み切った麗羽のエアシューズから煌きが散った。亜梨子の弾丸が毒をまき散らし、赤い人型が赤黒く変色する側から、麗羽の踵が流星の重をのせて蹴り潰す。ゆらぎながらもまた体を戻そうとする人型。だが胴体を貫く瑠威の剣状の杭が終止符を打つ。激しくねじ切られた人型は杭を中心に弾けとび、無に帰った。
    「やったですー!」
     聖也が笑顔でジャンプした。


    「見てるのは誰ですか?」
     灼滅後の室内。クロードが呼びかけたが、何も反応はない。
    「……早く帰りたい」
     そう言って、フィリアがバイク王に乗る。
    「私もこれ以上は無理なのです……」
     震えながら聖也も言った。ただでさえ怖いし、夜だし、眠い。それでも調査をするというのなら多少は頑張って手伝おうと思っていた聖也だが、
    「帰還しましょう」
     彩歌が促す。もともと総意は即時撤退。呼びかけに反応があったとして、撤退する者を独断の行動で危険に晒すわけにはいかない。誰かが残るのなら残ると決めていたものもいるが、いずれにしても具体的な策はないのだ。
     撤退しながら詠子は室内や教室に手がかりがないか注意を払い、亜梨子は耳をすませて気配を探ってみたが、何も得られた情報はなかった。依頼は成功。それぞれの考えをまとめるのは、学園に帰ってからでも遅くはないだろう。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ