ヒノコ、奮闘

    作者:J九郎

     うっすらと雪化粧した山奥で、一体の竜種イフリートが寝ころがっていびきをかいていた。竜種イフリートの周囲では、強化された鹿達が雪を掘り返して草を食んでいる。人里離れた山の中には、穏やかで静かな時間が流れていた。
     と、突如竜種イフリートが目を開き、勢いよく立ち上がった。鹿達が、何事かと主人に目を向ける。
    「ガルルル……」
     竜種イフリートは何かに応えるように低く唸ると、猛然と山を駆け下りていった。
     後に残されたのは、何が起きたのかも分からず立ちつくす鹿達だけだった。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。京都の朱雀門高校が、竜種イフリートを集めて戦力にしようと画策していると」
     神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)が、陰気な表情でそう告げた。その情報は、鴻上・廉也(小学生・d29780)からもたらされたものだったが、
    「……実は、同じ情報が、先日竜種イフリートになりかけてたイフリートからも来てる」
     続けて発せられた妖のその発言に、場がどよめく。
    「……知らせてくれたのは、ヒノコというイフリート。武蔵坂の説得で竜種化を思いとどまった経緯があるから、その借りを返そうとしてるのか、協力を申し出てくれてる。……もっとも、ヒノコも一度クロキバを裏切った手前、何か手柄の一つでも立てないと、クロキバに顔向けできないという事情があるみたいだけど」
     それから妖は、竜種イフリートについて説明を始めた。
    「……竜種イフリートに接触できるのは、山から里に下りてきたあたり。周りには雪の積もった畑しかなくて人はいないから、安心して戦ってきて」
     ただ、そこで灼滅出来ないと、他の竜種イフリートと合流してしまうので、確実に灼滅する必要がある。
    「……今回は、ヒノコが協力してくれるから、戦力は充分なはず。……ただ、ヒノコは子供だから、複雑な指示は理解できないと思う」
     無理に連携を取るより、ヒノコには好きに戦わせた方が楽かもしれないと妖は言う。
    「……ヒノコも竜種イフリートも、ファイアブラッドと同様のサイキックを使える」
     さらにヒノコは人狼の、竜種イフリートは龍砕斧のものに似たサイキックを使えるようだ。
    「……朱雀門が竜種イフリートを集結させて、戦力を整えようとしてるのなら、阻止しないと大きな脅威になる。……ヒノコと協力して、朱雀門の目論見を阻止してきて」
     それから妖は、ヒノコとの合流ポイントを伝えると、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)
    鴻上・廉也(高校生ダンピール・d29780)

    ■リプレイ

    ●共同戦線
    「ヒノコくん、久しぶりだね」
     雪の降り積もる田舎道。そこで灼滅者を待っていたイフリートに、嬉しそうな笑顔と共に声を掛けたのは、居木・久良(ロケットハート・d18214)だった。
    「ガウッ! キタカ、武蔵坂ノ灼滅者!」
     巨大な犬の姿のイフリート――ヒノコが向き直る。
    「今日は手品は見せられないけど、一緒にがんばろう!」
     一転して真剣な表情でそう言う久良の姿を眺めていたヒノコが、何かに気付いたように目を見開いた。
    「ガウッ! オマエ、美味イ芋クレタヤツ! ヒノコ、オボエテル!」
     それは、白の王セイメイが死体をアンデッド化する儀式を行っていた頃。ヒノコが、初めて武蔵坂と接触した時のことだ。
    「ヒノコくんに初めて会ったのはもう一年以上前か。懐かしいね、僕のことも覚えてる?」
     同じく、その時にヒノコと出会っている廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)が、ヒノコに声を掛けた。
    「ガウッ! オマエモ知ッテル! ヒノコ、クロキバヘノ伝言頼マレタ!」
     以前出会った時と変わらないヒノコの様子に、杏理はヒノコと初めて出会った時のことを思い出す。
    (「ヒノコくんと初めて会ったとき、僕は初めて戦場に出たばかりで、初めてきちんと見たダークネスが彼だった」)
     あれから時が流れ、杏理も色々と経験を積んだ。ヒノコが竜種になろうとしていると聞いたときは、なぜかとても心配してしまったものだ。
    「なんだか可笑しいね。再会出来て、共闘出来るのが嬉しいなんて」
     杏理は、そう言ってヒノコに微笑みかけた。
    「アタシは久しぶりっていうほど時間が経ってないけど、今回は一緒に頑張ろうなんだよ!」
     垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)は、つい先日ヒノコが竜種化しようとした時に、出会ったばかりだ。
     この間はヒノコを相手に戦ったけど、今度は一緒に戦う。運命って不思議なものだと、毬衣は思う。
    「ガウッ! コノ間ハオマエタチニ迷惑カケタ! 借リハカエス!」
     意気込むヒノコに、
    「……前にテメェとこっち側では色々あったかもしれねェが、今回は一緒に戦おうぜ」
     ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)がそう声を掛ける。続いて倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)が、
    「ヒノコ殿、初になるかの。我は武蔵坂学園の学生、倉丈姫月じゃ。情報提供感謝するのじゃ」
     そう言って頭を下げた。
     一通り自己紹介を済ませた灼滅者達は、それからヒノコと、簡単な作戦の打ち合わせに移る。
    「基本、ヒノコは自由に戦ってもらっていーぜ。オレ達が合わせるように動くからさ」
     中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)の説明に、ヒノコが真剣な表情で頷いた。
    「でも、デキればヒノコにはクラッシャーに入ってほしいヨ。後は思い切りやっちゃって!」
     堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)がそう続けると、ヒノコは戸惑った様子で首を捻る。
    「ガウ? く、くらっしゃー???」
    「前に出てたくさん攻撃すればいいんだよ」
     すかさず杏理がそうフォローし、
    「ガウッ! ソレナラ任セロ!」
     理解したとばかりにヒノコが何度も頷く。
    「回復は俺が引き受ける。お前はその力を存分に振るってくれ」
     鴻上・廉也(高校生ダンピール・d29780)はそうヒノコに伝えながらも、ダークネスとの共闘に複雑な思いを抱いていた。
    (「イフリートか……。積極的に人間に害を及ぼす種ではないと思っていたが、戦争でもないのに共闘をすることになるとはな」)
     だが、朱雀門が何かを企んでいるなら、それを叩き潰すことが最優先だと、廉也は自分に言い聞かせる。
    「朱雀門の奴らも戦力の回復を考えておる、と言うわけじゃな。竜種の集結、実現すれば脅威以外の何ものでもなかろう」
     姫月の言うとおり、朱雀門の戦力をこれ以上強化させないためにも、今回の竜種イフリートは絶対に灼滅しなければならない。
     最後に、朱那がヒノコと視線をしっかり合わせて、
    「絶対一人で無茶をシナイでネ」
     それが一番大事な事だというように、ヒノコにそう言い聞かせたのだった。

    ●竜種包囲網
     雪の積もった畑の中を、猛然と竜種イフリートが駆け抜けていく。イフリートが走り抜けた後は雪が溶け、湯気が立ち昇っているのでその移動経路は一目瞭然だ。
    「ガウッ! オマエ、止マレッ!」
     駆ける竜種イフリートの前に、ヒノコが飛び出した。巨体同士が激突し、お互いの体が弾き飛ばされる。
    「ヒノコ殿、その力、あてにさせてもらうのじゃよ。『誓いの焔をこの胸に。聖剣の導きあれ!!』」
     ヒノコの後に続き、姫月がスレイヤーカードを掲げて竜種イフリートの正面に飛び出した。
    『おいで、アタシの獣!』
     その隣で、毬衣も同じようにスレイヤーカードの封印を解除する。
    「我が血を霧に、聖戦士の熱き闘志に加護あれ!!」
     姫月の体から噴き上がった霧が毬衣を包み込み、その血潮を滾らせる。
    「狙うならこっちなんだよ!」
     毬衣は激しく回転させた妖の槍で、竜種イフリートを突き刺した。
    「グルルァァァッ!」
     竜種イフリートが咆え、毬衣に向けて太い前脚を斧のように振り下ろす。炎を纏ったその一撃は、毬衣のまとうイフリートの着ぐるみを引き裂き、毬衣自身にも浅くないダメージを与えた。
    「あまり騒ぐんじゃねェよ。近所迷惑だろうがッ」
     竜種イフリートの右手側に回り込んだディエゴがサウンドシャッターを展開し、
    「垰田、大丈夫か?」
     同じく右手側を受け持つ廉也が、傷を負った毬衣に防護符を飛ばす。
    「グルルッ!」
     新手の登場に竜種イフリートがディエゴと廉也に視線を向けるが、
    「こっちにもいるヨ!」
     今度は左手から、朱那が『止まれ』の交通標識で竜種イフリートを殴りつけた。衝撃で、竜種イフリートが硬直した隙に、
    「どっちの炎が強いか、勝負しようか」
     同じく左側に布陣した久良が、炎を放つ蹴りを竜種イフリートに叩きつける。
    「一人じゃない戦い方、これからあたし達がお見せするヨ!」
    「あとはオレ達がサポートするから、思いっきり戦って」
     そして朱那と久良は、そうヒノコに声を掛けた。
    「グルルルル……」
     竜種イフリートは唸りつつも、態勢を立て直すべく数歩後ずさる。だが、背後にも既に灼滅者達は回り込んでいた。
    「ふ、待ちかねたぜ。平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都参上! 悪いがてめぇの行動、見逃すわけにはいかねーな」
     銀都が後退しようとする竜種イフリートの背後を塞ぐように立ち塞がり、
    「ヒノコくん、君がいてくれて心強いよ。背中は任せて」
     杏理が流星のごとき煌めきと共に繰り出した跳び蹴りが、背後から竜種イフリートを打ち抜いた。
    「グルッ!?」
     気付けば竜種イフリートは、四方を二人ずつペアになった灼滅者達に取り囲まれていたのだった。

    ●荒ぶる竜種
    「『黄金郷』の力、受けてみな!」
     黄金の鎧を纏ったディエゴが放った金色のビームが竜種イフリートの右横腹を貫通していく。
    「グルルアアアッ!!」
     猛り狂った竜種イフリートがディエゴに向き直った。その隙に、ヒノコが竜種イフリートに鋭い爪を構えて飛びかかっていく。
    「いいぞ、そこだ!」
     杏理が炎を纏った蹴りで竜種イフリートを牽制しつつ、ヒノコを応援する。
    「ガウッ!!」
     ヒノコの爪の一撃が、竜種イフリートの胸を引き裂いた。
    「グルルゥッ!!」
     竜種イフリートが、お返しとばかりにヒノコ目掛けて炎の息を吐きかけようとする。だが、そこへ飛び込んできた久良が盾代わりとなってその炎を代わりに受け止めていた。
    「みんながしっかり攻撃出来るように体を張るのが今回のオレの役目、オレを信じて思いっきり戦ってよね」
     仲間を庇うという行動が理解できないのか首を捻るヒノコに、久良が笑いかける。
    「そういうことだ。そして、回復役は俺が受け持つ」
     廉也はそう言いながら防護符で久良の火傷を塞いでいった。
    「ヒノコ、よく見ておきな。これが俺達の戦闘スタイルだぜっ」
     多分これまで仲間と力を合わせて戦ったことがないのだろうヒノコに、銀都は灼滅者流の連携を披露すべく、大剣『逆朱雀』に炎を纏わせ、背後から竜種イフリートへ突撃していく。
    「俺の正義が真紅に燃えるっ、陰謀マニアの野望を打ち砕けと無駄に吼えるっ! くらいやがれ、必殺、鹿たち山の動物たちに詫び入れてこいっ!!」
     大上段から振り下ろされた『逆朱雀』が、竜種イフリートの硬い鱗を打ち砕いていった。
    「ガルウウウッ!」
     痛みに悶えながらも背後を振り向こうとした竜種イフリートに、今度は正面から毬衣が迫る。
    「冷たいのもいくんだよ!」
     その手から放たれたのは、周囲に降り積もった雪よりも遙かに冷たい氷の塊。
    「グルル……!」
     咄嗟に前脚で受け止めた竜種イフリートだったが、その前脚が見る間に凍り付いていく。
    「今だヨ! みんな一斉にいくんだヨ!」
     朱那が掛け声と共に、左側からサイキックソードで竜種イフリートに斬りかかった。
    「そろそろ終わりにしないとね」
     背後からはクルセイドソードを非物質化させた杏理が迫り、
    「とどめェ行かせてもらうぜ!」
     右側からは拳を黄金に輝かせたディエゴが迫る。
    「お主を討取ってドラゴンスレイヤーの名を冠するのも一興かもしれんのぅ、名も無き竜種のイフリートよ」
     そして、正面からはクルセイドソードを振りかぶって高く舞い上がった姫月の姿。
    「聖剣よ、我が意に応えよ。猛るは獣の黒焔、喰らうは破滅の魔焔。我が誓いに灯る聖火にて、灼滅されるが良いイフリート! 散華の焔、介錯するのじゃ!!」
     そして、四方からの攻撃が、同時に竜種イフリートに炸裂した。
    「グルウウウウアアアアアッ!!」
     冷たい大気を震わせる絶叫を上げ、全身を切り刻まれ打ち抜かれた竜種イフリートの体が、激しい炎に包まれる。
     やがて炎が消えた時、竜種イフリートは跡形もなく消滅していたのだった。

    ●またいつか
    「……安らかに眠れ」
     廉也が、灼滅された竜種イフリートに黙祷を捧げる。ふと気付けば、ヒノコも神妙な様子で竜種イフリートが消滅した辺りに目を向けていた。
    (「……イフリートにも、仲間の死を悼む人間の様な感情があるのか?」)
     一瞬そう考えた廉也だったが、
    「ガウ……ヒノコモ竜種化シテタラ、キットコイツト同ジヨウニ灼滅サレテタ」
     ヒノコが口にしたのは、追悼とは少し異なる思い。
    (「……やはり、ダークネスとは分かり合えないのかもしれないな」)
     ダークネスにも人間のような感情があるのなら、共存という道も見えてくるのかもしれないと考えていた廉也は複雑な思いで、ヒノコから目を逸らす。
    「ヒノコ、どうだい? これが仲間ってやつさ」
     そんな中、銀都がヒノコに声を掛け、
    「ま、難しく考える必要はねェがよ。今の戦いで思う事があれば、それを大事にすればいいと思うぜ」
     ディエゴもそうヒノコに話しかける。
    「ガウッ! ヒノコモ、クロキバヤアカハガネト一緒二戦エバ、モット強クナレル!」
     ヒノコも今日の灼滅者の戦い方から、得るものがあったらしい。
    「そうダネ。でも、助け合う事から生まれるのは強さだけじゃない。それを、クロキバにも、伝えて」
     朱那はヒノコにそう頼み込む。かつて直接クロキバと顔を合わせたことがある朱那には、今のクロキバには言いたい事もあるし、同時に湿気た顔なんてしていて欲しくないとも思っているから。
    「ヒノコ、クロキバさんと何を話したいか考えた?」
     毬衣がヒノコの毛皮をもふもふしながら、そう問いかける。
    「ガウ……。ヒノコ、色々考エタケド、何言エバイイカ分カラナイ。ケド、マズハクロキバニ、ゴメンナサイスル」
     それが、ヒノコの出した結論なのだろう。
    「お疲れ様、ヒノコくん。格好良かったよ」
     杏理はヒノコに、ねぎらいの言葉と共に用意してきたクッキーを一袋手渡す。
    「これ、お礼。イフリートのお腹には少ないかもしれないけど」
    「ガウッ! イイ匂イ! ヒノコ、ソレ食ウ!」
     すっかり元の調子に戻ったヒノコがクッキーの袋をかっさらい、杏理は苦笑を漏らした。
    「クッキーもいいけど、せっかくだから焼肉パーティと行こうぜ」
     『アイテムポケット』にバーベキューセット一式を用意してきた銀都が皆に声をかけ、
    「む? 肉? 肉かの? 我も御相伴にあずかって良いかの?」
     さっそく姫月が反応する。
    「実はヒノコと一緒に食べようと思って、とっておきのお菓子を持ってきたんだ、ホントだよ」
     久良は後ろ手にお菓子を隠しながらそう微笑みかけ、
    「ヒノコ腹ペコさん? 久良の料理美味しいんだヨ!」
     朱那がそう太鼓判を押す。
    「それと、共闘の証に、これやるよ」
     そう言って銀都は、自分が付けていた『正義』と書かれたバンダナをヒノコに差し出した。
    「ガウ! ヒノコ、字読メナイケド、ソレカッコイイナ!」
    「いやちょっと待て。ヒノコが付けたらそのバンダナ、燃えちまうんじゃねェか?」
     ディエゴが冷静に指摘し、銀都とヒノコが同時にはっとした顔をする。その様子を見て、皆が笑い出した。
     これから先、武蔵坂の灼滅者とイフリート達の関係がどうなっていくかは分からないけれど。
     共闘して、一緒に焼き肉を食べた今日の思い出は、決してお互いの記憶から消えることはないだろう。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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