ミッドナイトリフティング

    作者:佐伯都

     連休を控えた金曜日の夜、少女は忘れ物を取りに校舎を訪れていた。
     昼間の、季節外れの暖気ですっかり汗だくになってしまったジャージを忘れてしまうなんて、我ながらどうかしている。休みあけの体育の授業をそんなジャージで受けたくはなかった。
     無事自分の教室に置き忘れていた荷物を回収すると、すっかり夜陰が垂れ込めた校庭を横切って校門をめざす。
     だれもいないはずの夜の学校。それなのに、サッカーゴールのある方からボールが弾む音が聞こえてきた。
    「……あれ?」
     少ない明かりを頼りに引き返していくと、小柄な少年が楽しそうにリフティングをしているのが見える。自分よりも頭一つ分小さいくらいなので、恐らく一年生か、それともどこかから忍び込んだ小学生か。
    「ちょっと、こんな時間にまだ遊んでるの? 早く家に帰ったほうが――」
     ぽーん、とコントロールを誤った少年の足元から、少女のほうへボールが飛んでくる。
     仕方ないなあ、と苦笑しながらボールを拾おうとして、そして凍りついた。
     ボールと思ったものには人間の目鼻がついていたのだ。否、ボールですらない。
    「ねえ」
     駆け寄ってきた小柄な少年。
     まるで言う事をきかない首をねじまげるようにして少年を見やる。
     小柄と思った少年は、実はそうでもなかった。肩から上がなかったので、小柄なように見えただけだったのだ。
    「一緒にリフティングやらない?」
     地面から少年の生首がにたりと少女を見上げて笑いかけ、そして新たな生首がもうひとつ、校庭に転がった。
     
    ●ミッドナイトリフティング
     何か考え込むときの顔をして、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は教卓の上に随分厚みが増してきたルーズリーフを広げた。
    「実は天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)と千布里・采(夜藍空・d00110)から、九州の学校で学校の七不思議的都市伝説が関わる事件が多数起こっているという報告があってね……」
     しかもいつぞやの件同様、発生場所が九州に集中している。
     HKT六六六やうずめ様が関与している疑いが強いと考えるべきだろうが、まだ確証はどこにもない。
    「ただ、どのみちこのままでは多数の犠牲は免れない。学校という場所柄もあるし、急いで解決に向かってほしい」
     件の都市伝説は夜7時すぎ、とある福岡県の公立中学の校庭に出現する。
    「出現する正確なタイミングもわかっている。時刻は7時16分ちょうど」
     その時刻にサッカー場のゴール前へ向かえば、自分の首をボール代わりにリフティングをしている少年が現れる。そして、一緒にリフティングをしないかと誘ってくるだろう。
    「この誘いには乗ってもいいし、乗らなくてもいい。どう答えても先の展開は同じだから」
     どう答えようが首を落とされ、一緒に仲良く生首リフティングしようぜ、というわけだ。深夜でもない微妙な時間帯なので、近くを通りがかった塾帰りの生徒や、忘れ物を取りに戻った生徒などがすでに何人か犠牲になっている。
    「注意してほしいのは、初手として最も近い相手に、黒死斬相当の回避困難な斬撃を仕掛けてくる」
     少年の総合的な戦闘能力は高くなく、むしろ低いほうに入るが、この初撃に限っては相当強力であることがわかっている。少年に近づく者は、めでたくリフティング仲間にされないよう慎重に選ぶべきだろう。
     戦闘が始まると自分の生首を蹴って当ててきたり、衝撃波の伴う金切り声をあげたりもする。そして初手ほどではないが、やはり黒死斬に似た斬撃も放ってくるはずだ。
     そこでルーズリーフを閉じてから、樹は一言付け加えた。
    「ところで都市伝説を灼滅したあとの事だけど――安全のためにも長居はせず、速やかに帰還してほしい。多分襲ってくるような事はないと思うけど、誰かの気配を感じる」
     それはいいとして何故7時16分という妙な時刻なのか、という声に、樹はうすく笑って左手首の袖を少し上げた。鏡のようになっている教卓へ腕時計の文字盤が映る。
     そこでは鏡像になった文字盤が、4時44分を示していた。


    参加者
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)
    森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)
    柴・観月(失踪スピカ・d12748)
    永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666)
    上海・いさな(巫月・d29418)

    ■リプレイ

    ●前半戦
    「ぼっちが噂され過ぎたか、ただの怪談か……」
     はあ、と呟きと一緒に吐き出した永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388)の息が白く染まる。九州とは言え、日が暮れた一月下旬の夜はどうしたって寒い。
     首元のマフラーを寄せながら、緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)が小さく首を傾けた。
    「まぁ、殺意たっぷりの、久々に都市伝説らしい都市伝説ではありますわね」
    「ボールが生首とは何とも不気味な相手ですが……何より不気味なのは、都市伝説の灼滅後に接触しかねない何者か、ですね」
     恐らく襲撃される事はないと明言されてはいたが、上海・いさな(巫月・d29418)は不穏な想像を拭いきれないでいるらしい。ふう、と白い息を吐いて悩むように眉根を寄せる。
    「個人的に気になる所ではありますが、今回接触するのは得策ではないでしょうね」
     襲っては来ないが、どこかにいる誰か。
     シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)もまたその『誰か』の正体が気にかかる一人だった。もしかしたら、すでにこのグラウンドのどこかでこちらの動向を注視しているのかもしれない。
     もちろん興味はあるし、もしかしてこちらとの接触を望んでいるのだろうか、とも考える。何よりシグマ自身、九州という土地には決して浅からぬ因縁があるのだ。
     『嫌な予感』と表現されたものと博多で接触し、結果、己の闇の深淵を覗いたこと。
     とある依頼で潜入した軍艦島から、仲間の闇堕ちを引き替えに持ち帰ってきたいわくありげな金庫。今回の件についても、HKTや『うずめ様』、さらにはその他の勢力が介入しているのかもしれない。もっとも、今はまだ単なる憶測や想像の域を出ない話でもあるのだが……。
    「とりあえず、長居は無用だよね」
     正体やその手がかりがない以上、下手な危険を犯すことは避けるべきだろう。シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は宵闇に浮かびあがった白いゴールポストを眺め、足を止める。
     灼滅者達からゴール付近まで、距離はおよそ50mもあるだろうか。
    「一撃凌げばOKってよりは、後になってから響いてくるタイプかもね」
     まあ頑張って、と色素のうすい瞳を細めていたずらに笑い、アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666)は森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)を肩越しに振り返った。
    「ほれ君、出番だよ。頑張ってね」
    「そうですね、失敗しない程度に頑張るとしましょうか」
     無表情のくせにどこか色々と期待に満ちた目を向けている気がする柴・観月(失踪スピカ・d12748)に侑二郎はおそろしく気のない返答をする。
     メンバー内でも屈指の実力と、打たれ強さ。
     それは数字的に揺るぎない事実なので作戦としては最も確実で現実的、かつ妥当な人選だったことは百も承知だ。
     しかしながら、こっちをチラ見しながら真っ先に囮に推した人間が何を言うか、と侑二郎は日頃の鬱屈を上乗せしつつ若干恨みがましそうな視線を観月へくれてやる。
    「安心していいよ、彼の仇は俺がとってやろう」 
    「仇って勝手に殺さないでくれますかね」
    「え、まだ死んでない? そう」
     酷い。終わったら絶対殴る。いやむしろここで今すぐ殴りたい。ものすごく。
     白いワンピース姿の観月のビハインドにも侑二郎の背後に燃え立つ何かが見えたのか、隣に立つ観月と侑二郎を不思議そうに見比べていた。
    「7時16分にサッカー場のゴール前へ向かうと、敵が現れる……か」
     アナスタシアが視線を落としていた時計が、7時16分を指す。
     じんわりとサッカーゴールそばの空気が歪み、灼滅者達に背中を向けるようにして小柄な少年が現れた。軽やかにステップを踏み、サッカーボール大のなにかを巧みな足さばきで操りはじめる。
     低い位置でのコンパクトなリフティングなので、ボールはよく見えない。敷地とその外を隔てる木々の向こうからかすかに車のエンジン音が聞こえてくるが、ほの暗い校庭に立つ人影は8と1。
     サッカー少年の姿の都市伝説までの距離を、ゆっくりと、しかし油断なく詰めていく侑二郎。さらに彼と数歩ほどの間合いをとってシェリーやアナスタシア、紅鳥、そしていさなの相棒である宗近といった前衛、そして桐香とシグマが続く。
     それにしても、生首がごろごろ転がってくるとはなかなかショッキングな光景だ。灼滅者という色々な意味で一般常識の番外編な存在でも、実はそういう光景にはほとんどご縁がなかったりする。
     この場合首と身体のどっちが本体になるんだろう……と侑二郎がしごく最もな疑問を巡らせていると、灼滅者達の気配に気付いたのか、少年がリフティングを中断した。

    ●後半戦
     自らの首をごく自然な動作で小脇に抱え、少年が振り返る。
    「あれ、何か用?」
     やたらと明るい声音に、いさなは一瞬目眩を覚えた。
     中2かそのくらいだろうか、子供とも青年とも言えない顔はにこにこと楽しそうな笑顔を浮かべている。そのくせ瞳孔が開いた目の焦点はどこか遠すぎる場所を覗きこんでいた。
     赤く、じわじわと濡れた染みを広げるTシャツの首元。ちょうど、初撃として放たれるはずのそれをまともに受ければそうなるだろう、という想像が働いて我ながらアナスタシアは心底嫌な気分になった。
     別に、と言いかけた侑二郎の機先を制して、少年はぽいと自分の首を高く放り、うまく衝撃を殺して左の足首に受け止める。片足立ちのままバランスをとり、足上の生首がきゃらきゃらと笑った。
    「まあいいや、一緒にリフティングやらない?」
     ――きた、とその場の空気が冷たく沈む。
    「教えてあげるよ、俺、得意なんだ」
    「すみません」
     ほんのわずか、炎の匂いを凝らせて侑二郎は目を細めた。
    「俺、運動は苦手なもので」
     封印解除された縛霊手が炎を吹く。サッカー少年の右手が空を薙いだ、そこまでは見えていた。覚えてもいる。
     首を落としにくる無形の刃から己が身を守ることは頭にあったが、どう動いたかまでは何も覚えていなかった。我に返れば、喉元へかざした左腕の手首から肘にかけて真紅の斜線が引かれている。
     一瞬遅れて激痛が襲い、侑二郎は息を詰めた。腕の骨格にまで刃が通ったことを悟るが、この傷を首へ負うよりかは数倍ましだ。そして、致命的なダメージでもない。
     アナスタシアは侑二郎へのカバーを他に任せ先陣を切る。初手を放ったあとの隙をみすみす見逃すなど愚の骨頂だ。
    「さあ、まずは大人しくしてね!」
    「Alea jacta est!」
     アナスタシアと前後するようにシェリーの背で炎の翼がはためく。初手での損害は十分に織り込み済みで、次いでいさなと宗近が侑二郎の傷を完全に塞ぎきった。
    「後方支援ならばお任せ下さい。宗近、回復をお願い!」
    「やられたらやり返す性分なんですよ」
     正直一手目からそのまま攻勢に出られるとは侑二郎自身も思っていなかったが、ここは周到に相談を重ねてきた仲間に感謝すべき所だろう。
    「残酷な都市伝説は、ここでしっかりお仕置きしないとね」
    「ふふ……さぁ、イイ悲鳴を聞かせてちょうだい!」
     早期決着を狙い、桐香はシェリーと紅鳥の後方から前衛にむけて夜霧隠れを施した。シェリーの輪郭が突如ノイズを伴ってぶれるように見えはじめ、サッカー少年が一瞬足を止める。
     そのノイズの幕を突き破って襲いかかった、暗紫の影。
     鋭い鈎爪か何かを備えたように見える影色の腕に身を裂かれ、サッカー少年は悲鳴をあげた。暗紫色の影の腕は、軽く振り抜かれたシグマの右腕とシンクロするようにその足元へ戻る。
     次いで紅鳥のレイザースラストが都市伝説を狙うが、実力は十分だったものの他メンバーとの連携を欠いた一撃は空を切った。
    「すまないが、ガンッガンやらせて貰うぜ」
     元々、初手を除きあまり能力は高くはない相手だが、行動阻害を与えまくるシグマはまるで容赦がない。
     火力底上げのため観月は後衛に回っていたが、件の都市伝説の初手で無傷とは行かずとも痛打にまでは至らなかったことも手伝い、灼滅者側には十分な余裕があった。
     頭に星の装飾をほどこした長杖を観月は器用にくるくると回し、中段へ据える。
    「引きつけて狙って、だーん、ってね」
     よほどの事がないかぎり十二分に痛打を狙えるはずの、高い精度の打撃は少年の身体を軽々と吹き飛ばした。
    「敵には遠慮しない性質なの」
     落下点を予測したように桐香がすべりこみ、鮮やかな短刀の一振りで追い打ちをかける。
    「アアアアアアッ」
     首を落とすことがままならぬ事態に心底苛立つかのような叫びのあと、都市伝説が鋭く生首を蹴りとばす。おそらくこれが生きたサッカー少年のシュートであったなら、正確無比にゴールを揺らしたはずだった。
    「こういうのって、頭のほうが本体だったりするんだよね!」
     観月の指示で守りに入っていた名もないビハインドのお陰もあり、アナスタシアは殺人的なスピードで迫るそれをからくもクルセイドスラッシュで相殺した……が、生首はサッカー少年の足元へ、何事もなかったように元通りにおさまっている。
     生首自体が武器扱いという事なのか、サイキックの事象そのものなのか、あるいは便利に手元に戻ってくるブーメラン的なアレやソレなのか、とりあえずアナスタシアは深く考えない事にした。相殺したときの手応えは十分に満足するものであったし、全くダメージが入らなかったわけではないはずだ。
     その証拠に、少年の足元はふらつきはじめている。
    「あたしの国にも凄い日本人が来てたよ、今はイタリアのトップリーグにいるんだっけか」
     一度間合いを取り直し、アナスタシアはやや寂しげに笑った。

    ●ロスタイム
     ……ひょっとすると、彼はただ単に誰かと遊びたかった、それだけだったのかもしれない。サッカーで遊ぶにはまずボールが必要だ。だから親切心で首を落としていたのかも……と、そこまで考えてしまってから、我ながらアレだ、と観月は細く息を吐く。
     こういう思考過程をしてしまうから、ルーツ魔法使いですとか元サウンドソルジャーですとか言ってもあんまり信じてもらえなかったり、殺人鬼じゃなかったのと驚かれるのかもしれない。
    「まあ、都市伝説の行動理念なんて考えるだけ無駄か」
     所詮、やくたいもない人の噂や何やかや、にサイキックエナジーが悪さをしただけの存在。そこにあまり大した意味はないのだ。
     満たしたい願望が無害なものならばまだしも、首切りリフティングとはいただけない。
     万が一反撃を喰らった場合にそなえ宗近は守りを固めさせたまま傍においているが、いさなは揺るがぬ優勢を感じとって攻め手に加わる。
    「しばし、己と戯れていて下さい!」
     今晩、ここへ人が迷い込む可能性については否定されていたものの、戦端が開かれると同時にいさなが遮音しておいてあった。より確実を喫し、より安心が得られるのならば、それ自体は無益ではないはずだ。
     桐香とシグマの波状攻撃により、都市伝説の少年のフットワークは目に見えて鈍くなってくる。もはやリフティングどころか、あれほど正確無比を感じさせたシュートを放つこともままならないはずだ。
    「和製ホラーはあまり得意ではないけど、こうして殴れるのならばあまり怖くはないね」
     小さく片頬で笑い、シェリーはその細腕で巨大なライフルを構える。
    「PK戦は必要ないかな? ――Jackpot!!」
     至近距離からサッカー少年の胸元へ突きつけ、引き金を引く。炎弾として放たれたレーヴァテインは、その体躯すべてを呑み込む業火になって瞬く間に膨れあがった。
     赤い炎に照らされ激しく影が踊るグラウンド。
    「首が落ちていても鳴く位は出来るわね?」
     数歩ほどの距離を、優雅に踊るように縮めた桐香が笑った。ステップを踏むその踵から火花がはじける。
    「Erzahlen Sie Schrei (悲鳴を聞かせて)?」
     爆発的な火花を伴った桐香の蹴りをまともに喰らったリフティング少年は、悲鳴どころか喘鳴を漏らすこともできずに崩れ落ちる。泣き別れになったままの生首もろとも、何の跡形もなく消え去った都市伝説に、桐香は小さく溜息をついた。
     砂埃が戦闘の余韻を残すサッカー場に静寂が戻る。
    「……」
     数瞬、観月とシグマは油断なく周囲の気配を伺っていた。
     万が一不測の事態が起こり、接触あるいは戦闘になった場合でも、応戦するのではなく撤退するという意志統一はされている。
     このグラウンドのどこか、あるいは誰もいないはずの校舎の中か。
    「……戻りましょう、か」
     宗近を呼び寄せたいさなの目に、誰のものかもわからない、空気が抜けて潰れたサッカーボールが目に入る。
     どこかから自分達を注視しているはずの人物は誰なのか。あるいはその黒幕は誰なのか。
     明らかに不自然な、九州での都市伝説事件の多発。その真相にはいまだ遠い。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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